とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 3-68

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匿名ユーザー

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 初対面だろうか。
 上条がまず考えたのはそのコトだ。
 こんな格好をした人間と会ったコトなどあるはずがない――と断定したいところだが、我が家にはインデックス(銀髪シスター)が居候までしている。上条は確信を持てなかった。
 仕方が無いので対応を保留。とりあえずはハンバーガーを喰らう。
 変わり映えのしない味だな――とまず思い、続いてそう思えたことに軽く驚く。
 『エピソード記憶』の全損。それが上条の障害だ。詰まるところ人々との思い出の全消去。それまでに脳髄に刻みつけた『知識』は消えはしない。
 だが、そもそも『知識』と『思い出』との分類はどういう基準で行っているのだろうか。
 反復回数で分けている、などというコトはありえない。それならば親の顔まで忘れてしまうコトは無かったはずだ。同じ理由で情報を取得した時期、という仮説も却下。
 上条はその疑問を退院する前に蛙顔の医者にそれとなく訊いてみたが、困ったような顔で曖昧に誤魔化されるだけだった。
 ――結局は。
 この学園都市でさえ、脳のメカニズムは未だに把握し切れていない、という、ただそれだけのコト。
 それだから――自分の現状についてのはっきりとした説明がつけられないから――だろうか。
 自分は偽物だ、という錯覚が、上条の頭の隅にいつまでも残っているのは――

 机に突っ伏した黒髪巫女を眺めながら、上条はそんな益体も無い思考を打ち切るコトにした。
(まあ、どうしようもないコト――か)
 時を巻き戻すコトは叶わない。やり直しは、できないのだ。
 時折、自分の立ち位置を確認するように考えるのはいいが、それに囚われてしまっては 意味が無い。
 上条が席についてからそろそろ二十分。
 ――そろそろ、向かいの少女の様子が気になってきた。
 先程からほとんど身動きをしていない。体調でも悪いのだろうか。
 本来、『上条当麻』でもこんな怪しい人物に関わろうとはしなかっただろう。――インデックスと関わってさえいなければ。
(だが、まあ――仕方無いか)
 諦めてばかりだな、と苦笑しつつも、上条はその巫女の肩を揺さぶろうと手を伸ばした。

 パシン、と鋭い音が響いた。続いて感じたのは微かな痛み。
 上条は現状を認識するためにしばらく時間を要した。
 肩に手を掛け――そして次の瞬間、払われた。
 何だ、起きてたのか――そう納得し、叩かれた左手から彼女の顔へと視線をずらす。
 恐れているような――怯えているような、そんな顔。
 失敗したな、と上条は心の中で舌打ちした。

「…………」
 寝惚けていたのだろうか。しばらくして、彼女は無表情になる。
 未だに初対面なのかどうかはわからない。仕方無く螺子を巻く。
「あー、大丈夫か? 悪かったな、馴れ馴れしく肩に手を置いたりして」
 今ではもう失われた『上条当麻』の言動を模倣。
 ズキン、と心の底の方が痛む気がする。
 それでも、仕方が無い。
 万が一上条が記憶を失っていることがインデックスに知れたら、すべてが破綻するのだから。

 ――誤解は解けた。何故そんなに怯えたのかはわからないままだったが、きっとそれは踏み込むべきではないコト。上条当麻は軽く安堵し、黒髪の――自称魔法使いと割とどうでもいいコトを喋り続ける。
 どうやら上条と彼女は初対面だったらしい。最初に『上条当麻』として接してしまったのは失敗だったようだ。もし仮面を被ったりしなければ『上条当麻』ではない上条当麻の知り合いにできたのに。

 別れ際、100円程貸してほしいと言われた。『上条当麻』の知り合いではない人と此処まで長く話したのは初めてだったので帰ってこないことを承知で渡しても良かったのだが、財布の中には五十円玉一枚しか入っていなかった。
 情けないコトだが、別に何かを買いに来たわけでもなかったのだ。寮からは徒歩なのだし、最低限入っていればいいだろう、と出るときに上条は判断した。
 そんなコトをつらつらと語りながら謝っていると、同じようなスーツを着た男達がやってきて、彼女を連れて行った。彼女は特に動揺した様子も無く、塾の先生だ、と言っていた。
 ――最近の塾講師は、随分と気配を消すのが上手いらしい。


 ――夕方。人々の喧騒が溢れている。
 茹だるような暑さが少しだけ薄れ、生ぬるい風が上条を撫でた。
 インデックスはどうしているだろうか。建造物の外壁にもたれながら、そんなコトをぼんやりと思う。
 そして上条は目を閉じた。

 気がつけば、辺りには誰もいなくなっていた。
 ――撤回。耳を澄ませば、カツカツと靴音が聞こえてくる。
 その方向を、上条は注視する。嫌な予感がした。
 ぷん、と漂ってくる香水の匂い。染み付いた“何か”の匂いを誤魔化しているかのように強烈で、不快感を感じさせる。
 一歩。真紅に染め上げた髪。
 一歩。右目の下のバーコード。
 一歩。指輪とピアス。
 修道服を纏ってこそいるもののとても神父には見えず、寧ろ悪魔崇拝者だと言われる方がしっくりくる。
 ――さらに、一歩。
「久しぶりだね、上条当麻」
 男――顔立ちは幼いが――が口にしたのはそんな言葉だった。

「――あぁ。久しぶりだな、“魔術師”」
 蛙顔の医者から聞いた、『魔術師』を名乗る二人組の特徴。
 目の前の男は、それに見事に合致していた。
 加えて、周囲に全く人のいないこの状況。何らかの異能を行使しているのだろう。
 ――そう、例えば。
「ルーン魔術、か」
 また、違和感。そんな知識が脳内に存在することも異常だが、それよりも気になるコトがあった。
 ――この『知識』は、『いつ』得たモノなのだろうか。
「あぁ、その通りだよ。この辺りには僕が『人払い』のルーンを刻んである。それにしても――ふん、随分といい顔をするようになったものだね」
 記憶を失うよりもある程度前に得た知識なら何も問題はない。だが、学園都市にいながら魔術(オカルト)に関わるコトが早々あるものなのだろうか。
 もし、記憶を失う直前、インデックスと出会ったよりも後に得た『知識』ならば。
 それならば、“そのとき何を感じたか”若しくは“何を考えていたか”を覚えていないのはともかく、“そのとき何があったか”は覚えていてもおかしくないというコトにはならないだろうか。
 或いは――思い出せていないだけ、なのだろうか。
「まぁいいさ、気に食わないがそれなりに使えそうだ。実のところ――大きな仕事を追えて腑抜けているんじゃないか、とも思っていたんだけどね」
 いや、それはないか。退院してから今日まで、『エピソード』の断片すら浮かび上がったコトはない。だから、原因は恐らく別にある。
 そこまで思考を進めたところで、上条は考察を中断しなければならなくなった。
「聞いているのかい?」
 苛立ちが感じられる魔術師の声。
 ザクリ、と肋骨の隙間に刃物を捻じ込まれる錯覚。
 やけに暑いと思えば、魔術師が炎で構成された剣を大きく振り上げていた――

 ――本来なら、動転すべき状況、なのだろう。
 しかし上条は特に慌てることもなく、無造作に右腕を上げた。
 当然のように動いた身体に驚きつつ、上条は認識する。
 『上条当麻』にとって、異能で攻撃されるような状況は当然のモノであったのか、と。

 上条当麻の右手は当然のように炎剣を受け、
 炎剣の消滅を待たずに動き出した左拳は、全体重を乗せて当然のように魔術師の鳩尾を穿った。
 魔術によって防御したのだろう、薄笑いを浮かべたままの魔術師に、当然のように幻想を殺す右拳を叩き込んだ。
 当然のように、魔術師の顔は酷く歪んだ。

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