魔術師がよろめく。気絶もしない。殴っただけで人を飛ばせるような腕力は上条当麻には備わっていない。今魔術師がダメージを受けているのだって、フェイントを入れ油断させたからだ。
だというのに、何故『上条当麻』は魔術(オカルト)と関わったんだろう。
切り札は確かにある。あらゆる幻想を殺し尽くすこの右手は、確かに戦闘行為において有用だろう。だが、それはこんなにも容易に戦闘に巻き込まれるような世界に首を突っ込む理由には、ならない。上条には、理解できなかった。無論、そうせざるを得ない状況というモノも、確かにあるのだろうが。
「ぐ……」
ダメージが抜けてきたのだろう、魔術師は静かに呻く。
「まいった。腑抜けているのは僕の方だったみたいだ」
魔術師ステイル・マグナスともあろう者が、なんて、無様——
そう、彼は自嘲する
「腑抜けているとかそういう次元でもないだろう」
事情もロクに話さずにいきなり切りかかってくるなんて——
上条は、呆れながらそう言った。
「それもそう、か」
ぽつりと呟くその顔には、寂寥感が浮かんでいる。
彼は首を振り、気を取り直したかのように何処からか大きな封筒を取り出し、投げる。不自然な軌跡を描くそれからは、魔術を用いていることが容易に推測できる。封筒は、上条の右手に触れた途端、慣性の法則を感じさせることもなく非科学的に停止した。
中身は書類の束。建物の図面らしきモノもある。
上条はそれらに軽く目を通した。
「——三沢塾?」
書類の一枚に書かれているのはそんな名称。
『上条当麻』の『知識』にはその名称は存在しなかったが、予備校であることはまず間違いないだろう。
これが何だというのだろう。
気になったので魔術師——ステイル・マグナス——に尋ねる。
真逆彼がこの予備校に通うわけではないだろう。
尋ねてみると、ステイルは心底退屈そうに言った。
「そこ、女の子が監禁されてるから。どうにか助け出すのが、僕の役目なんだ」
——だから、君も来い。
言外に彼はそう言っていた。
だというのに、何故『上条当麻』は魔術(オカルト)と関わったんだろう。
切り札は確かにある。あらゆる幻想を殺し尽くすこの右手は、確かに戦闘行為において有用だろう。だが、それはこんなにも容易に戦闘に巻き込まれるような世界に首を突っ込む理由には、ならない。上条には、理解できなかった。無論、そうせざるを得ない状況というモノも、確かにあるのだろうが。
「ぐ……」
ダメージが抜けてきたのだろう、魔術師は静かに呻く。
「まいった。腑抜けているのは僕の方だったみたいだ」
魔術師ステイル・マグナスともあろう者が、なんて、無様——
そう、彼は自嘲する
「腑抜けているとかそういう次元でもないだろう」
事情もロクに話さずにいきなり切りかかってくるなんて——
上条は、呆れながらそう言った。
「それもそう、か」
ぽつりと呟くその顔には、寂寥感が浮かんでいる。
彼は首を振り、気を取り直したかのように何処からか大きな封筒を取り出し、投げる。不自然な軌跡を描くそれからは、魔術を用いていることが容易に推測できる。封筒は、上条の右手に触れた途端、慣性の法則を感じさせることもなく非科学的に停止した。
中身は書類の束。建物の図面らしきモノもある。
上条はそれらに軽く目を通した。
「——三沢塾?」
書類の一枚に書かれているのはそんな名称。
『上条当麻』の『知識』にはその名称は存在しなかったが、予備校であることはまず間違いないだろう。
これが何だというのだろう。
気になったので魔術師——ステイル・マグナス——に尋ねる。
真逆彼がこの予備校に通うわけではないだろう。
尋ねてみると、ステイルは心底退屈そうに言った。
「そこ、女の子が監禁されてるから。どうにか助け出すのが、僕の役目なんだ」
——だから、君も来い。
言外に彼はそう言っていた。
実際問題、インデックスのことを持ち出されたら、上条は抗うことができない。
記憶を失って間のない上条当麻にとって、インデックスは自身を構成する重大な要素なのだから。
——まぁ、そうでなくても上条当麻はステイル・マグナスに協力していただろうが。
監禁されている少女の写真を見たとき、上条は愕然とした。
馬鹿だろう。誰かに事情を話しさえすればすぐにでも逃げ切れたはずなのに。他人を巻き込まない代わりに捕まってしまっては元も子もないだろうに。
何を考えているのか上条には理解できなかった。
少女——姫神秋沙——は上条に助けを求めなかった。その報いは彼女が負うべきモノだ。
——それでも。それでも、上条が100円を渡してやることができなかったというコトは事実。
塾の先生だ、という姫神の言葉に、違和感を覚えたのも事実。
だから、上条は、姫神を助けたい、と思うのかもしれない。
『上条当麻』ではない上条当麻は、自身が『初めて』抱いた感情に対して、こう思った。
『上条当麻』のときも、自分はこのように感じていたのか、と。
記憶を失って間のない上条当麻にとって、インデックスは自身を構成する重大な要素なのだから。
——まぁ、そうでなくても上条当麻はステイル・マグナスに協力していただろうが。
監禁されている少女の写真を見たとき、上条は愕然とした。
馬鹿だろう。誰かに事情を話しさえすればすぐにでも逃げ切れたはずなのに。他人を巻き込まない代わりに捕まってしまっては元も子もないだろうに。
何を考えているのか上条には理解できなかった。
少女——姫神秋沙——は上条に助けを求めなかった。その報いは彼女が負うべきモノだ。
——それでも。それでも、上条が100円を渡してやることができなかったというコトは事実。
塾の先生だ、という姫神の言葉に、違和感を覚えたのも事実。
だから、上条は、姫神を助けたい、と思うのかもしれない。
『上条当麻』ではない上条当麻は、自身が『初めて』抱いた感情に対して、こう思った。
『上条当麻』のときも、自分はこのように感じていたのか、と。
本当はすぐにでも三沢塾へ向かいたかったのだが、インデックスのことを蔑ろにするわけにも行かない。他勢力の魔術師からすれば、10万3000冊の魔道書はまだまだ狙う価値のあるモノだ。帰ってきたらインデックスは攫われていました、では話にならない。
一定範囲内の指定対象を守護する。上条はその能力を保有していないが、ステイルは保有している。上条に『幻想殺し』があるように、ステイルには『魔女狩りの王』がある。それだけのコト。自分の能力だけではできるコトとできないコトがある、というのは当然のことだ。面白い事実であるとは言えないが。
インデックスに今日の夕飯について話し、次いで猫を飼う、飼わないで揉めて、ようやく寮の部屋を出る。打ち合わせどおり、ステイルがコピー機で量産したルーン文字を通路に貼り付けていた。手書きである必要すらない、というのは如何なモノだろう。相変わらず、反則じみた必殺技だ。
『魔女狩りの王』。
「——ルーンをばら撒いた『結界』の中でしか使えず、ルーンを潰されると形を維持できなくなる、か」
何が言いたい、とでも言うような顔でステイルがこちらを睨む。
「いや、まぁ……大丈夫だとは思うんだがな」
歯切れ悪く上条は言う。真逆そんなコトはないだろう、と。
敵地に向かう間、相手の魔術師について聞き、あとは雑談に努めた。
『上条当麻』がどんな人間だったかを知ることは重要だ。
一定範囲内の指定対象を守護する。上条はその能力を保有していないが、ステイルは保有している。上条に『幻想殺し』があるように、ステイルには『魔女狩りの王』がある。それだけのコト。自分の能力だけではできるコトとできないコトがある、というのは当然のことだ。面白い事実であるとは言えないが。
インデックスに今日の夕飯について話し、次いで猫を飼う、飼わないで揉めて、ようやく寮の部屋を出る。打ち合わせどおり、ステイルがコピー機で量産したルーン文字を通路に貼り付けていた。手書きである必要すらない、というのは如何なモノだろう。相変わらず、反則じみた必殺技だ。
『魔女狩りの王』。
「——ルーンをばら撒いた『結界』の中でしか使えず、ルーンを潰されると形を維持できなくなる、か」
何が言いたい、とでも言うような顔でステイルがこちらを睨む。
「いや、まぁ……大丈夫だとは思うんだがな」
歯切れ悪く上条は言う。真逆そんなコトはないだろう、と。
敵地に向かう間、相手の魔術師について聞き、あとは雑談に努めた。
『上条当麻』がどんな人間だったかを知ることは重要だ。
「——見た目からは、特におかしな感じはしないものだな」
外からわかってしまうようでは意味がないので、当然といえば当然なのだろうが。
「ああ。僕が見ても怪しい所は見当たらないよ。だからおかしいんだ」
——そう。それは異常であるはずなのに異常が感知できないという異常。
確かにそこにいるはずなのに、魔術師アウレオルス・イザードの存在は感知できなかったのだ。
「実は魔術師なんていませんでした、とかいうオチじゃねーだろうな」
時折、意識して『上条当麻』の言動を挟む。常にそこに気を使う余裕は、今はない。
「それはないね。もしそれが真実だったとしたら、僕が此処に呼ばれるはずがない」
なら高度な隠蔽を施しているのか。上条は不安を感じた。そんな所に素人同然の自分が足を踏み入れて、大丈夫なのか、という不安を。
「大丈夫なはずがない。最悪、入った途端にトラップ全起動即時串刺し、なんてコトも有り得るさ」
そのために君がいる、と魔術師は嗤いながら言った。
「……は?」
「死にたくなければ死力を尽くして右手を楯にしろ。そして僕も守れ」
君がいる限り隠密行動なんて不可能なんだから。ステイルはそう言って一歩前に足を踏み出す。
「……ちょっと待て。隠密行動が不可能、とはどういうことだ?」
「君の右手は発信機のようなモノだ、ということさ」
理解はできなかったが納得はした。故に上条も覚悟を決め、一歩前に足を踏み出した。
外からわかってしまうようでは意味がないので、当然といえば当然なのだろうが。
「ああ。僕が見ても怪しい所は見当たらないよ。だからおかしいんだ」
——そう。それは異常であるはずなのに異常が感知できないという異常。
確かにそこにいるはずなのに、魔術師アウレオルス・イザードの存在は感知できなかったのだ。
「実は魔術師なんていませんでした、とかいうオチじゃねーだろうな」
時折、意識して『上条当麻』の言動を挟む。常にそこに気を使う余裕は、今はない。
「それはないね。もしそれが真実だったとしたら、僕が此処に呼ばれるはずがない」
なら高度な隠蔽を施しているのか。上条は不安を感じた。そんな所に素人同然の自分が足を踏み入れて、大丈夫なのか、という不安を。
「大丈夫なはずがない。最悪、入った途端にトラップ全起動即時串刺し、なんてコトも有り得るさ」
そのために君がいる、と魔術師は嗤いながら言った。
「……は?」
「死にたくなければ死力を尽くして右手を楯にしろ。そして僕も守れ」
君がいる限り隠密行動なんて不可能なんだから。ステイルはそう言って一歩前に足を踏み出す。
「……ちょっと待て。隠密行動が不可能、とはどういうことだ?」
「君の右手は発信機のようなモノだ、ということさ」
理解はできなかったが納得はした。故に上条も覚悟を決め、一歩前に足を踏み出した。