一方通行(アクセラレータ)は眼前に広がる光景を疑い、そして嫌悪した。
人が汚らしく血肉を撒き散らし、無様な物になり下がる瞬間は何度も見てきた。
筋肉、脂肪、軟骨、硬骨、眼球、舌、耳、鼻、大腸、小腸、胃袋、肝臓、心臓、肺、神経、髄液、脳漿(のうしょう)——人間とい
う生物から噛み千切れるもの、引きずり出せるもの、抉り取れるもの、そのほとんどを見たことがあった。色、臭い、手触り、だいた
いは覚えている。味わったこともある。
だが——、
それでもこの空間は異常だった。
「ねぇ、一方通行(アクセラレータ)? ここがアタシの居場所なの。『人間』を否定されて、『生物』さえも拒絶されちゃった。実
験動物(モルモット)だって褒め言葉の一つなんだから。……唯一の望みだってどうせ叶わないんだけどさ」
楽しそうな表情で、悔しそうな声で、涙を浮かべて少女は言った。
少女は子猫のように軽やかに駆け出し部屋の中心に近づくと、なにかしらの溶液が入っている円筒形の機器を優しくなぞる。
その中に浮かぶ生命の律動を眺めて一方通行は思い出す。
『んー、眠るように死んじゃいたいかな? ポックリってやつ』
それが自分の望みだと少女は言った。
眼前の光景はその望みをむさぼるように喰い散らかしていた。
「——それでもね、ちょっとだけ期待しちゃうわけよ。なんかすっごい人が助けてくれるんじゃないかって……アタシだって女の子だ
もん。妄想の一つや二つくらいするわ」
部屋の壁一面に全身の部位をさらされて、それでもなお少女は生き続けている。
肉体とは異なる次元で繋がっている少女の片割れたち。
自分自身の心臓を眺めながらなにを思っているのだろうか、一方通行には想像もできなかった。
けれど、
「だからね——」
少女の言葉を遮った。
「ごちゃゴチャうるせェンだよ」
血を浴びて生活してきた自分のなにができるかなんてわからない。——いや、考えたくもない。
正直、目の前の少女だってどうでもいい。
ただ——あんなふうに笑う顔が気に入らない。
「で、オマエはなンだぁ? 結局ナニが言いてェンだ。生憎と俺の能力じゃ殺スしかできねェンだけどよ」
現状から逃げ出すなにかを望むだけの日常。望んでもいないことを機械的に繰り返す。昔の自分を見ているようだった。
「あ、アタシは——」
「ン?」
少女の瞳から液体が流れる。
「……たす……け、て……ここから連れ、出して……お願い……」
呼応するように部屋中の眼球が瞳孔を広げ、心臓が早鐘を鳴らしていく。
「チッ——晩飯には帰るからナ。じゃなきゃアイツがうるせェからよォ」
ゆっくりと首のチョーカーに指を伸ばす。
躊躇うことなどありはしなかった。
一方通行にとって誰かを救うのは慣れていない。けれどもう……初めてではないのだから。
人が汚らしく血肉を撒き散らし、無様な物になり下がる瞬間は何度も見てきた。
筋肉、脂肪、軟骨、硬骨、眼球、舌、耳、鼻、大腸、小腸、胃袋、肝臓、心臓、肺、神経、髄液、脳漿(のうしょう)——人間とい
う生物から噛み千切れるもの、引きずり出せるもの、抉り取れるもの、そのほとんどを見たことがあった。色、臭い、手触り、だいた
いは覚えている。味わったこともある。
だが——、
それでもこの空間は異常だった。
「ねぇ、一方通行(アクセラレータ)? ここがアタシの居場所なの。『人間』を否定されて、『生物』さえも拒絶されちゃった。実
験動物(モルモット)だって褒め言葉の一つなんだから。……唯一の望みだってどうせ叶わないんだけどさ」
楽しそうな表情で、悔しそうな声で、涙を浮かべて少女は言った。
少女は子猫のように軽やかに駆け出し部屋の中心に近づくと、なにかしらの溶液が入っている円筒形の機器を優しくなぞる。
その中に浮かぶ生命の律動を眺めて一方通行は思い出す。
『んー、眠るように死んじゃいたいかな? ポックリってやつ』
それが自分の望みだと少女は言った。
眼前の光景はその望みをむさぼるように喰い散らかしていた。
「——それでもね、ちょっとだけ期待しちゃうわけよ。なんかすっごい人が助けてくれるんじゃないかって……アタシだって女の子だ
もん。妄想の一つや二つくらいするわ」
部屋の壁一面に全身の部位をさらされて、それでもなお少女は生き続けている。
肉体とは異なる次元で繋がっている少女の片割れたち。
自分自身の心臓を眺めながらなにを思っているのだろうか、一方通行には想像もできなかった。
けれど、
「だからね——」
少女の言葉を遮った。
「ごちゃゴチャうるせェンだよ」
血を浴びて生活してきた自分のなにができるかなんてわからない。——いや、考えたくもない。
正直、目の前の少女だってどうでもいい。
ただ——あんなふうに笑う顔が気に入らない。
「で、オマエはなンだぁ? 結局ナニが言いてェンだ。生憎と俺の能力じゃ殺スしかできねェンだけどよ」
現状から逃げ出すなにかを望むだけの日常。望んでもいないことを機械的に繰り返す。昔の自分を見ているようだった。
「あ、アタシは——」
「ン?」
少女の瞳から液体が流れる。
「……たす……け、て……ここから連れ、出して……お願い……」
呼応するように部屋中の眼球が瞳孔を広げ、心臓が早鐘を鳴らしていく。
「チッ——晩飯には帰るからナ。じゃなきゃアイツがうるせェからよォ」
ゆっくりと首のチョーカーに指を伸ばす。
躊躇うことなどありはしなかった。
一方通行にとって誰かを救うのは慣れていない。けれどもう……初めてではないのだから。