とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 3-162

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匿名ユーザー

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とある教師の進路相談 1

 肌寒さに急かされて重いまぶたをゆっくりと開く。
 月明かりのスポットライトに照らされて、星屑と身を寄せ合うように埃(ほこり)たちは輝き、部屋中を舞い踊る。
 夜は好きだ。
 恥ずかしさもなく、素直にそう思う。
 無粋な呼吸一つで静けさを失ってしまうその儚さは、世界をより鮮明により先鋭に変化させる。がらにも無いがそれはとても美しい
光景だ。
 けれど、だからこそ——、
 夜は怖い。
 強調された世界では、曖昧に生きている自分がひどく浮いてしまう。
 病室にいるときはいつもそうだ。
 誰かを救うことができたという充実感。誰も本当の自分を知らないという孤独感。
 二つの感情が飽きもせずメリーゴーランドのようにやってくる。
 こんなときはひたすらに眠り続けるのがいい。そう思って掛け布団にくるまろうとしたときだった。
 夜のとばりを揺らす小さな足音。
 室内の無個性な壁掛けは午後九時を知らせている。看護師の巡回にはまだ早い。普段なら同じ入院患者が散歩でもしている、と無視
したことだろう。けれど——今日はそう思うことができなかった。
 なんとなくだが……この病室のドアを叩くのでは、そう思った。
 それは予想だったのか、それとも期待だったのか。
「失礼するですよー?」
 遠慮がちな申し出と同時に、焦らすようにドアが開き、
「——あれれ、起こしちゃったですか? 十分静かにしたつもりだったのですけど」
 幼顔(おさながお)の小柄な担任——月詠小萌が訪れた。

 一〇月中旬。上条当麻は毎度のごとく入院していた。
 もはや常連とまで言える入院回数に担当の医師も院内の看護師も呆れるばかり。お見舞いの人間すら顔を覚えられている。
 その日もそれなりのお見舞いがやってきて上条を笑い、けなし、噛みついていった。
「小萌先生にもお仕事があるのですよ。お見舞いに来たくても終わってからじゃ時間が遅くなっちゃいますからねー。今日は上条ちゃ
んのカワイイ寝顔だけ見て帰ろうと思っていたのです」
 小萌は慣れた手つきで林檎を剥いていく。
 一緒に置いてあった蜜柑や葡萄、白桃などはことごとくインデックスに食べられてしまった。唯一残されたのが二つの林檎。ここま
できたら残されたことを哀れにさえ思う。まぁ、これはインデックスのちょっとした反逆……いや、優しさの裏返しだと願っている。
「わざわざすみません」
「ふふっ、気にしなくていいのです。そんなにしおらしいのは上条ちゃん『らしくない』ですよ?」
 滑らかに動くナイフをとめると、小萌は幼い顔でふんわりと笑いかけてきた。
 『らしくない』
 つらい言葉だ。特にいまの上条にとっては。
 記憶喪失にもなんとか慣れ始めたから、こんなときは軽口でも言えばなんら問題ないことくらいわかる。それでも『記憶を失う前の
上条』と自分は違う。小萌の表現は『記憶を失った上条』と『記憶を失う前の上条』を暗に比較しているふうに聞こえてしまう。
 自分らしさ……『記憶を失った上条』にとって、それはどのようなものだろう。
 こんなことを考えると、どうも意識が自分の内側ばかりに向いてしまう。小萌といる現状ではそれは芳しくない。
「らしくないのは小萌先生ですよ。そんな子供っぽい顔してお料理スキル満点だなんて……上条さんはそんなギャップに屈しませんか
らね、えぇ屈しませんとも!」
 『子供っぽい』など、わざとちゃかすような発言をして話を濁す。
「な、なに言ってるのですか! こう見えても……いえ、小萌先生は見てわかるように家事全般は大得意なのですよ!?」
 案の定つっかかってくれた。
 とはいえ自分のした行動が、わざと好きな女の子をいじめる小学生くらいの男の子みたいで、無性に恥ずかしくなってくる。
 そんな上条を知ってか知らずか……、
「まったく……上条ちゃんは仕方ないのです、えへへ」
 年上とは思えない——いや、実際問題として小萌の容姿は小学生と言っても通用するだろうが——ような愛くるしい表情で、林檎を
さっきの倍以上のペースで剥きだした。ダメな子ほど絶大な効果が発揮される世話焼きスキルである。
 結局それから上条が小萌をなんとかして帰すまで、これでもかというほど介抱された。
 小萌とのやりとりに疲れたのか、その夜はいつもより穏やかに眠れた気がした。


「上条ちゃんっ、病室に引きこもってばかりでは体に悪いのですよー! いまから小萌先生とお散歩に出かけるのです!!」
 昨日より少し早い、まだ月が建造物で顔を隠している時間。小萌はそう宣言して車椅子を持ってきた。
 その表情は昨夜に見た眩しいほどの笑顔である。
 世話焼きはまだ続いていたわけだ。
「はぁー」
 二の句を告げられなくなった上条は、溜息一つをお土産にして小萌には帰ってもらうことにした。
 布団に潜り込もうとしたが驚異的なスピードで腕をつかまれ、現実逃避をこばまれる。
「……もう夜なんですけど?」
「むむっ、小萌先生だってそれくらいわかってます。昨日も言いましたけど、小萌先生には時間がないのです」
「あと数ヶ月で死んじゃう悲劇のヒロインみたいなこと言わないでください……」
 あまりの傍若無人っぷりに呆れてしまう。
「えへへ……まぁ、冗談はここまでにしといて」
 あろうことか小萌はそんなことを言い出した——が、夜の散歩が流れてしまうなら、との思いでツッコミたいのを我慢する。
「——上条ちゃんは温かい格好をするのですよ?」
「結局行くんかいっ!!」
 相変わらず小萌の瞳は一昔前のLED光源のようにわざとらしいほどまぶしく輝いている。どうやってでも上条を外に連れ出したい
ようだ。このまま拒み続ければ最終的には女の武器を使用するだろう。そうなったら上条に退路はない。
 秋の涼しさは街中に広がっているとはいえ、今日は比較的暖かいほうだ。上条は寝間着としてジャージの下に長袖のTシャツといっ
た格好だったので、少し見栄えは悪くなるが薄手のカーディガンでも羽織れば問題ない。
 腹をくくる必要がありそうだった。
「……外出許可は取ってあるんですよね?」
「あ、その……上条ちゃんが本当に嫌だったら小萌先生も諦めますよ?」
 そうは言っているが、自分がいまにも泣きそうなのをわかって言っているのだろうか? まぁ、きっと無自覚だろう。
 上条としても、ここまでしてくれた小萌をそのまま帰すのは……まぁ、それなりに忍びない。
「いいですよ、散歩くらい。ちょっと準備するんで廊下で待っててもらえますか?」
「あの、平気です? やっぱりやめましょうか?」
「……小萌先生が誘ったんでしょ。それとも……生徒の生着替えでも見たいんですか? キャッ、小萌先生のエッチ!!」
 それでも少しだけからかってみれば、
「なっ、なに言ってるんですか、上条ちゃん!!」
 小萌は小さな両手で朱に染まった顔をなんとか隠しながら病室を飛び出していった。
 なんというか……あんなことで真っ赤になるなんて本当にちっちゃい子みたいだ。きっと土御門や青髪ピアスにしたら、そこが小萌
の魅力なのだろう。上条には理解できない世界だ。
 ……とはいえ、あの仕草には上条自身もグッとくるものがあったのも現実なのだが。

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