とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 3-236

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匿名ユーザー

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 病院を後にすると、小萌はデートプランを練ってきたかのように迷いもなく歩を進めた。
「小萌先生、どこに向かってるんですか?」
 素直にそう問いかける。
「特には決めてませんよ? 今日はお散歩なので着の身着のまま赴くままに、といった感じなのです。……それとも、上条ちゃんはど
こか行きたいところがあるです?」
「特にはないですよ。それじゃ、小萌先生にまかせますね」
 なんだかはぐらかされたような気もするが、変な勘ぐりはやめることにした。
 もし上条に内緒で行きたいところがあるいのなら、それは小萌にとって本当に知られてはいけないのだろう。
 自分の意思とは関係なく景色が動いていく。
 ここのところ怪我ばかりの上条だったが車椅子に座ったのは初めてだった。
 上条は自分が座っている車椅子を小萌が押すのは少々無理があるのでは、と松葉杖で行くことを勧めた。なにせ身長一三五センチの
体格では、ほぼ全自動の駆動輪付き車椅子でさえ扱いづらいはずだ。それなのに上条の言葉を一蹴して看護師から車椅子を略奪した。
よほど上条を連れて行きたいところがあるのかもしれない。単なるお節介という線もなくはないが……。
「えへへ、まかせてほしいのです!!」
 肩越しに見た小萌は、左手を小さく握り締め、息巻いて頷いた。
 この担任は教え子である上条にこんなにも無邪気に笑いかけてくる。そんなあどけない笑顔をじっくり見ていては小萌にも失礼かも
しれないし、なにしろ上条自身が恥ずかしい。
 車輪の行方を小萌に任せ、月明かりに照らされた科学の街を眺める。
「なんか……この辺りは静かですね」
「そうですねー、やっぱり病院が近いせいだと思うのですよ。……それに、どこかの誰かさんみたいに不良さんと追いかけっこするよ
うな子もいないと思うのです。有り余ってる体力は勉強の方で発散してほしいですねー。上条ちゃんも、そう思ないです?」
「……ははは、そうとう元気な人ですね」
 どこか乾いた声になってしまう。
「まったくもってその通りなのです。なんとですね、その子ったらなにかといろんなことに巻き込まれてたのです。不良さんと遊んで
るのもその一つみたいで……女子中学生にもちょっかい出されたりするらしいのですよ? ほんと……とっても楽しそうなのです」
 小萌の声は弾んでいて、明らかに上条をからかっていた。
「そ、そうですか?」
 なんとか返事をしたが……心中穏やかではなかった。
「そうですよ。正直……学園都市は子供にとって住みよい場所だとは思えないのです。小さい頃から強度(レベル)による上下関係が
生まれるですし。傷ついてしまう子、傷つけてしまう子。どちらにとっても悲しいことです。……でも、その子は笑っていました。痛
いのは嫌だけど他の誰かが痛いのはもっと嫌、そんなことを言っていたのです」
 いま、小萌の顔を見たら築いてきたものが崩れてしまう、そう思った。
 記憶喪失以来、上条はそんなことを小萌に言った憶えはない。つまり小萌の話は『記憶を失う前の上条』のことだ。
 小萌は上条が知っている教師の中でも、学園都市にいる大人の中でも、とてもとても素晴らしい人物だ。年端もいかない上条に対し
てでも、まっすぐな気持ちと言葉をぶつけてくれる。
 きっと頼ってしまう。どうしようもない想いを吐き出してしまう。
 それだけは耐えなければいけなかった。
「——上条ちゃんは憶えていますか?」
 この街の無機質な律動の音、その中で小萌の澄み切った声はやけに大きく聞こえた。
「初めて会った日のことを」

 病院さほど遠くない小さな公園で小萌は足を止めた。
 所々にある遊具たちは本日の業務を終えて故障したかのように動きを止めている。閉館後の遊園地も同じ雰囲気なのだろうか。外界
から切り離されたような、どこか違う時間を流れている感覚。
 上条も彼らと同じ空間にいた。
 縫いつけられたように車椅子に座っている。膝の上で絡ませていた両手が小刻みに震えだす。
「——は、初めてって『あの時』……です、か?」
 『あの時』? それはいつだ!? 俺はなにを言っている!
 小萌の不意打ちで思考は完全に止まっていた。しかし、身体は動くことをやめなかった。
 知りもしない幻想を吐き散らしてまで小萌を事実から遠ざけようとする。
「……憶えてるです? 小萌先生は『あの時』、『あの場所』で出会えたのが『上条ちゃん』で本当によかったと思ってるですよ」
 投げかけられる言葉が何度も胸をえぐる。
 悲鳴を叫び続ける心とは裏腹に、不自然なほど滑らかに言葉が流れていく。
「なに言ってるんですか……俺だってそうですよ」
 やめろ! これ以上『上条当麻』を演じるな! もう、この人だったらバレたっていいじゃ——、
 上条の脳裏に焼きついて離れない、向日葵のような笑顔。
 それを守らなければいけない。陰ることすらあってはならない。
「本当に……本当にそう思ってるです? 小萌先生に気を使ってるんじゃないです? お世辞とかじゃなくて……上条ちゃん……いえ、
『上条当麻』として言っていますか?」
 いつの間にか小萌が目の前にいた。
 上条が車椅子に座ってちょうど同じくらいの目線。心の奥まで覗き込むように、じっと上条を見つめている。
 『能力』と『学力』で全てを評価される学園都市で小萌ほど学生に真摯な態度をとる大人はいないだろう。上条は記憶を失ってから
の数ヶ月足らずで心からそう思っていた。
 バカなクラスメイトにも、怪しげな外国人のシスターにも、無鉄砲な上条にも小萌自身ができる精一杯のことをしようとしてくれる。
表面的な印象だけで決め付けず、ちゃんと向き合ってくれる。
 だからこそ、この人には誠実でありたい。
 たとえ言えないことでも、向けられた想いだけは返したい。
 なのに、
「——もちろん、です」
 『上条当麻』はそう答えていた。
「そう、ですか……それならいいのです。えへへ、なんか変なこと聞いちゃいましたね」
 やめてくれ……そんな笑顔で俺を見ないでくれ。俺はあなたに嘘をついたんだ。笑いかけてもらう資格なんてもうないんだ!!
 小萌の笑顔は心から守りたいと思う少女にどことなく似ている。それがいま、嘘にまみれた上条に向けられている。
 喉が枯れる。胸が痛い。心が軋む。
 とり返しがつかないことをしてしまった思いが全身を支配して、まともなことを考えられない。
「正直、小萌先生は不安だったので——」
 小萌の顔に一瞬だけ影が走った。しかし、それは本当に一瞬で次の瞬間にはまったく別の表情になっていた。
「ちょ、ちょっとどうしたのですか? 上条ちゃん、どうして泣いてるです!? あぁっ、やっぱり小萌先生のせいです!?」
 急に慌てだした小萌がそうまくしたてる。
 泣いている? 俺が? ……俺はまだこの人に迷惑をかけるのか!?
 笑いかけなければ。
 霞がかった意識の中でそう思った。
 ふざけたことでも言わなければ。いつも通りの冗談だと、心配する必要などまったくないのだと。
 そう確信できたのに——、
「あ、あぁ……」
 『上条当麻』はことごとく裏切った。
「——うわぁあああああ!!」
 堰(せき)を切ったかのように泣き叫んだ。
 唇を噛んで嗚咽を殺そうともせず、目元を隠さずこぼれ落ちる涙で頬を汚し、恥ずかしげもなく子供のように泣きじゃくった。崩れ
そうな心を支えるために小萌の服のすそを掴んだ。からっぽの心を誤魔化すために小萌の気配を感じていた。
 溢れ出した『弱さ』を全身で受け止めて、小萌はそっと上条に寄り添った。

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