「とある学園の前日談録(プロローグ)」
陸上自衛隊・東富士演習場。
富士の東斜面一帯に広がる演習場であり、この国に於ける唯一の実弾射撃が可能な大規模演習場である。
内部は荒地や丘陵、迷路のような塹壕、森林、そして鉄とコンクリートで再現された都市といった地形がある。
その都市の一角。首都の政治中枢辺りをモチーフとしたその場所に、いくつかもの緑色で構成された制服を着た人影があった。
皆一様に鉄帽と防弾着といった服装で、手には狭い場所で取り回しが聞くよう、ストックが切りつめられた89式自動小銃がある。
右肩の記章は、彼らが東部方面隊隷下の第一普通科連隊――すなわち、首都防衛を担う部隊の所属であることを示す。
彼らは所々に設置された信号機や電柱、自販機や花壇、乗用車といった遮蔽物になりそうな物の合間を縫うようにして、ごくごくゆっくりと、しかし迷った様子もなく、ある建物へと向かっていた。
都内ならば何処にもありそうな低層の雑居ビル。
一団が何の変哲もないそのビルの入り口周辺に到達するとともに、先頭にいた男――春日 陽亮2等陸士曹が後ろの部下に向けてハンドサインを送った。
サッと兵士たちが壁に張り付くように並び、上下左右、全方位の視界を各々が警戒する。
「―――」
再び陽亮が手を掲げ、指を折りたたんでカウントダウンする。
それを合図に、入り口の近くと窓際にいた隊員が閃光音響手榴弾(スタングレネード)を取り出し、それを構える。
最後の指がありたたまれるとともに――
バゴンッ、という音とともに背後のコンクリート壁が吹き飛ばされ、張り付いていた兵士たちが吹き飛ばされ、一瞬遅れて閃光音響手榴弾特有の壮大な閃光と炸裂音が響く。
「――っ」
その轟音の中、耳障りな警告音を伴って、左腕に括り付けられたMFDに死亡判定の文字が次々と表示される。
「突入、突入、突入!」
耳に残響が残る中、言い放って扉を開き、内開きの扉にもたれ掛る様にして小銃を構える。続く隊員が彼の反対側で同じように小銃を構え、さらに続く2名が同じ要領で室内奥にある階段の袂で銃を構える。
「1階フロア、制圧完了。班員6名死亡。これより階上に突入する。通信終わり」
呟く様に無線報告を入れ、隊員たちに階段を上るように指示する。
階段の袂にいた2名が微かに頷き、足を踏みだそうとした瞬間
富士の東斜面一帯に広がる演習場であり、この国に於ける唯一の実弾射撃が可能な大規模演習場である。
内部は荒地や丘陵、迷路のような塹壕、森林、そして鉄とコンクリートで再現された都市といった地形がある。
その都市の一角。首都の政治中枢辺りをモチーフとしたその場所に、いくつかもの緑色で構成された制服を着た人影があった。
皆一様に鉄帽と防弾着といった服装で、手には狭い場所で取り回しが聞くよう、ストックが切りつめられた89式自動小銃がある。
右肩の記章は、彼らが東部方面隊隷下の第一普通科連隊――すなわち、首都防衛を担う部隊の所属であることを示す。
彼らは所々に設置された信号機や電柱、自販機や花壇、乗用車といった遮蔽物になりそうな物の合間を縫うようにして、ごくごくゆっくりと、しかし迷った様子もなく、ある建物へと向かっていた。
都内ならば何処にもありそうな低層の雑居ビル。
一団が何の変哲もないそのビルの入り口周辺に到達するとともに、先頭にいた男――春日 陽亮2等陸士曹が後ろの部下に向けてハンドサインを送った。
サッと兵士たちが壁に張り付くように並び、上下左右、全方位の視界を各々が警戒する。
「―――」
再び陽亮が手を掲げ、指を折りたたんでカウントダウンする。
それを合図に、入り口の近くと窓際にいた隊員が閃光音響手榴弾(スタングレネード)を取り出し、それを構える。
最後の指がありたたまれるとともに――
バゴンッ、という音とともに背後のコンクリート壁が吹き飛ばされ、張り付いていた兵士たちが吹き飛ばされ、一瞬遅れて閃光音響手榴弾特有の壮大な閃光と炸裂音が響く。
「――っ」
その轟音の中、耳障りな警告音を伴って、左腕に括り付けられたMFDに死亡判定の文字が次々と表示される。
「突入、突入、突入!」
耳に残響が残る中、言い放って扉を開き、内開きの扉にもたれ掛る様にして小銃を構える。続く隊員が彼の反対側で同じように小銃を構え、さらに続く2名が同じ要領で室内奥にある階段の袂で銃を構える。
「1階フロア、制圧完了。班員6名死亡。これより階上に突入する。通信終わり」
呟く様に無線報告を入れ、隊員たちに階段を上るように指示する。
階段の袂にいた2名が微かに頷き、足を踏みだそうとした瞬間
隊員の真上の天井が、ハンマーで砕かれたかのように砕け、次いで衝撃波と破片が襲いかかり、全員が壁際に叩き付けられる。
MFDに死亡判定の文字が躍り、次いで総員死亡と作戦失敗の文字が浮かぶ。
「は・・・班長」
部下の一人が、肩を押さえつつ問いかける。
「さっきのは・・・いったいありゃ何でありますか」
陽亮はそれに答えることなく、天井と、そして床に穿たれた大穴を交互に見やっていた。
「もしかして・・・能力者、ですか」
能力者。
大脳生理学の飛躍的な発達によって解明された、ヒト脳の未使用領域(ブラックボックス)の存在理由と、そこに秘められた力。その力を使いこなす事が出来る者のことだ。
有態に言えば、手から火の玉が飛んだり、瞬間移動したり――今日日、小学生でも信じない様な力を使いこなせるスーパーマン、ということになる。
一時はニュースや新聞で、大学名誉教授だの軍事評論家なる連中によって軍事転用が話題となったが、そんなことは有得ない筈だ――そう、その筈だ。
(――能力者、なのか)
吹き飛ばされ、肩や脚を押さえて呻く部下たちと、コンクリートの床を基礎ごとぶち抜いたさっきの「攻撃」の痕跡を見て、陽亮は心の中で呟く。
あんな夢の世界(ファンタジー)の住人に、自分の班は叩きのめされたのか――
そうなると、無性に腹が立ってきた。
立ち上がり、そして転がっていた89式小銃を手にする。MFDに命令違反の表示が浮かぶが、それを無視して、彼は慎重な足取りで階段へと向かう。
「動ける者は負傷者を連れて屋外に退避。その後に衛生隊員を呼べ」
「班長!」
部下の一人が咎めるが、無視して階段の様子を伺い、そして一気に駆け上がる。
銃口を階上へと向け、中央をなるべく低い大勢で突き進み、階上へと、そして扉を蹴り開き、室内へと突入する。
三方向を窓に囲まれ、事務デスクと安っぽいパイプ椅子が置かれた部屋の中央に、人影がいた。
自分と同じ迷彩服とヘルメット姿で、左手は無線機を持ち、右手はコインを回している。
右の太ももには正規品ではないポーチが括り付けられ、本来そこにあるべきホルスターは、拳銃を収めたまま左の太ももに括り付けられている。
彼我の距離は10メートルほど。絶対必中の距離だ。
「動くな!武器を捨ててうつ伏せになれ!従わぬ場合は発砲する!」
武器を持たぬ敵に対する文句を、怒気を込めて言い放つ。
人影は振り向くと、左手の無線機を床に放り、右手のコインを握り締めて、ゆっくりと両手を上げつつ、こちらに向き直ろうとする。
MFDに死亡判定の文字が躍り、次いで総員死亡と作戦失敗の文字が浮かぶ。
「は・・・班長」
部下の一人が、肩を押さえつつ問いかける。
「さっきのは・・・いったいありゃ何でありますか」
陽亮はそれに答えることなく、天井と、そして床に穿たれた大穴を交互に見やっていた。
「もしかして・・・能力者、ですか」
能力者。
大脳生理学の飛躍的な発達によって解明された、ヒト脳の未使用領域(ブラックボックス)の存在理由と、そこに秘められた力。その力を使いこなす事が出来る者のことだ。
有態に言えば、手から火の玉が飛んだり、瞬間移動したり――今日日、小学生でも信じない様な力を使いこなせるスーパーマン、ということになる。
一時はニュースや新聞で、大学名誉教授だの軍事評論家なる連中によって軍事転用が話題となったが、そんなことは有得ない筈だ――そう、その筈だ。
(――能力者、なのか)
吹き飛ばされ、肩や脚を押さえて呻く部下たちと、コンクリートの床を基礎ごとぶち抜いたさっきの「攻撃」の痕跡を見て、陽亮は心の中で呟く。
あんな夢の世界(ファンタジー)の住人に、自分の班は叩きのめされたのか――
そうなると、無性に腹が立ってきた。
立ち上がり、そして転がっていた89式小銃を手にする。MFDに命令違反の表示が浮かぶが、それを無視して、彼は慎重な足取りで階段へと向かう。
「動ける者は負傷者を連れて屋外に退避。その後に衛生隊員を呼べ」
「班長!」
部下の一人が咎めるが、無視して階段の様子を伺い、そして一気に駆け上がる。
銃口を階上へと向け、中央をなるべく低い大勢で突き進み、階上へと、そして扉を蹴り開き、室内へと突入する。
三方向を窓に囲まれ、事務デスクと安っぽいパイプ椅子が置かれた部屋の中央に、人影がいた。
自分と同じ迷彩服とヘルメット姿で、左手は無線機を持ち、右手はコインを回している。
右の太ももには正規品ではないポーチが括り付けられ、本来そこにあるべきホルスターは、拳銃を収めたまま左の太ももに括り付けられている。
彼我の距離は10メートルほど。絶対必中の距離だ。
「動くな!武器を捨ててうつ伏せになれ!従わぬ場合は発砲する!」
武器を持たぬ敵に対する文句を、怒気を込めて言い放つ。
人影は振り向くと、左手の無線機を床に放り、右手のコインを握り締めて、ゆっくりと両手を上げつつ、こちらに向き直ろうとする。
差し込む日差しが、迷彩服と防弾着の上からでもわかる、女性特有のシルエットを浮かび上がらせる。
(女――?)
ほんの一瞬だけ、銃口がぶれる。その一瞬の間に女性の右腕が彼に向かって伸ばされる。
「動く――」
言い終えるより早く、バシッという電気質の音が響き、右手からコインが飛び出す。
次の瞬間には彼の背後の壁が吹き飛び、一瞬遅れて衝撃波と轟音が彼に叩き付けられ、全ての窓ガラスが内側から吹き飛ばされる。
「――っ」
思考するまもなく思い切り吹き飛ばされ、彼は事務デスクの上へとダイブ。積み上げられていたダンボールを巻き込んで、盛大に埃を立ち上らせて停止する。
「い・・今のは・・・」
痛む体を叱咤激励し、何とか起き上がると、その眉間に拳銃が突きつけられた。その向こうには、銃を構える女性の姿がある。
「そこまでだ、総員動くな!」
この演習を取り仕切る、教導連隊の1等陸尉の怒号が響き、女性は銃をホルスターに収め、彼は痛む体をかばうようにして床に降り立つ。
1等陸尉はそんな2人のそばまで来ると、わざとらしく室内を見渡し、そしてわざとらしく盛大なため息を吐く。
「――特技官は指揮所で待機をお願いします」
「了解です」
女性にしてはやや低音な、しかしよく通る声で女性は答えると、敬礼も無しに退出した。その後ろを、陸尉と同じ教導連隊の隊員がついていく。
「さて――」
そう言ってわざとらしく咳払いをし、口を開く。
「春日2等陸士曹、貴様、死亡判定を無視して突入するとはどういうつもりだ!」
それを皮切りに、1等陸尉の罵声が窓のない部屋で轟くが、陽亮の意識は退室した少女へと向けられていた。
(女――?)
ほんの一瞬だけ、銃口がぶれる。その一瞬の間に女性の右腕が彼に向かって伸ばされる。
「動く――」
言い終えるより早く、バシッという電気質の音が響き、右手からコインが飛び出す。
次の瞬間には彼の背後の壁が吹き飛び、一瞬遅れて衝撃波と轟音が彼に叩き付けられ、全ての窓ガラスが内側から吹き飛ばされる。
「――っ」
思考するまもなく思い切り吹き飛ばされ、彼は事務デスクの上へとダイブ。積み上げられていたダンボールを巻き込んで、盛大に埃を立ち上らせて停止する。
「い・・今のは・・・」
痛む体を叱咤激励し、何とか起き上がると、その眉間に拳銃が突きつけられた。その向こうには、銃を構える女性の姿がある。
「そこまでだ、総員動くな!」
この演習を取り仕切る、教導連隊の1等陸尉の怒号が響き、女性は銃をホルスターに収め、彼は痛む体をかばうようにして床に降り立つ。
1等陸尉はそんな2人のそばまで来ると、わざとらしく室内を見渡し、そしてわざとらしく盛大なため息を吐く。
「――特技官は指揮所で待機をお願いします」
「了解です」
女性にしてはやや低音な、しかしよく通る声で女性は答えると、敬礼も無しに退出した。その後ろを、陸尉と同じ教導連隊の隊員がついていく。
「さて――」
そう言ってわざとらしく咳払いをし、口を開く。
「春日2等陸士曹、貴様、死亡判定を無視して突入するとはどういうつもりだ!」
それを皮切りに、1等陸尉の罵声が窓のない部屋で轟くが、陽亮の意識は退室した少女へと向けられていた。
1等陸尉殿の長い長い説教と、それに続く「どきっ!300回耐久自衛隊式腕立て伏せ☆脱落者が出たら最初からっ」から3日後、春日陽亮は陸上自衛隊練馬駐屯地の一角、指揮所や幹部の執務室が集まる棟の廊下を歩いていた。
上官がすれ違う度に立ち止まっては敬礼をし、答礼を受けてはまた歩き出すというサイクルを何回か繰り返し、目的地である、師団長の執務室へと続く扉を叩き、返事と共に扉を開く。
「春日陽亮2等陸士、出頭しました」
敬礼と定型句を述べつつ、目だけを動かして室内を見渡す。
正面には日の丸と師団旗が掲げられ、その間には樫の木で作られた立派な執務机があり、そこには師団長である陸将が腰掛け、その傍らには連隊長である1等陸佐が佇んでいる。
「話の前に、まずこの書類にサインしろ」
答礼もなく、連隊長がクリップボードとペンを押しつけてくる。
「守秘義務の誓約書・・・ですか」
「はやくしろ」
苛立たしげに突きつけられたクリップボードを受け取り、内容にざっと目を通してから所属と階級、氏名を書き込む。
連隊長がそれを受け取り、師団長に手渡し、その内容を確認して、ようやく師団長が口を開く。
「・・・なぜ呼び出されたか、わかっているだろうな」
「はい、陸将殿」
直立不動の気をつけ体制を取り、陽亮は答える。
「そうだろうな。ここまで凄まじい記録を打ち立てたのは、我が師団始まって以来だ」
師団長はそう言って、手元の書類に目を落とす。
「昨日の演習に於けるROEの無視。故意の死亡判定の無視。命令不服従。班長としての職務放棄。訓練施設に於ける無用な破壊行動。まだまだあるぞ。本来なら服務規程違反で厳罰処分となるところだが――」
陸佐はそう言い放ち、一冊のファイルを彼に差し出す。
「その埋め合わせとして、貴様に任務を与える」
「任務・・・でありますか」
「そうだ」
(どうせ駐屯地の草むしりかとかそんなもんだろうが・・・)
そんな事を心中でぼやきつつ、陽亮はファイルを受け取る。
「能力者――常識だから知っているだろうが聞いておく。知っているか」
「はい。一般的な知識のみですが」
「その能力者の研究開発を、我々も行っている」
「・・・初耳です」
「当然だ。これは本来、軍機だからな」
煙草に火をつけ、煙を噴いて陸将は続ける。
「・・・今から5日ほど前、我々の能力研究施設から被験者が1人、脱走した」
「・・・それでしたら、自分ではなく警務隊の管轄に思えますが――」
「施設には当時、1個小隊規模の護衛が配置されていたが、全滅が確認された。戦術的な意味ではない、文字通りの意味として、だ」
上官がすれ違う度に立ち止まっては敬礼をし、答礼を受けてはまた歩き出すというサイクルを何回か繰り返し、目的地である、師団長の執務室へと続く扉を叩き、返事と共に扉を開く。
「春日陽亮2等陸士、出頭しました」
敬礼と定型句を述べつつ、目だけを動かして室内を見渡す。
正面には日の丸と師団旗が掲げられ、その間には樫の木で作られた立派な執務机があり、そこには師団長である陸将が腰掛け、その傍らには連隊長である1等陸佐が佇んでいる。
「話の前に、まずこの書類にサインしろ」
答礼もなく、連隊長がクリップボードとペンを押しつけてくる。
「守秘義務の誓約書・・・ですか」
「はやくしろ」
苛立たしげに突きつけられたクリップボードを受け取り、内容にざっと目を通してから所属と階級、氏名を書き込む。
連隊長がそれを受け取り、師団長に手渡し、その内容を確認して、ようやく師団長が口を開く。
「・・・なぜ呼び出されたか、わかっているだろうな」
「はい、陸将殿」
直立不動の気をつけ体制を取り、陽亮は答える。
「そうだろうな。ここまで凄まじい記録を打ち立てたのは、我が師団始まって以来だ」
師団長はそう言って、手元の書類に目を落とす。
「昨日の演習に於けるROEの無視。故意の死亡判定の無視。命令不服従。班長としての職務放棄。訓練施設に於ける無用な破壊行動。まだまだあるぞ。本来なら服務規程違反で厳罰処分となるところだが――」
陸佐はそう言い放ち、一冊のファイルを彼に差し出す。
「その埋め合わせとして、貴様に任務を与える」
「任務・・・でありますか」
「そうだ」
(どうせ駐屯地の草むしりかとかそんなもんだろうが・・・)
そんな事を心中でぼやきつつ、陽亮はファイルを受け取る。
「能力者――常識だから知っているだろうが聞いておく。知っているか」
「はい。一般的な知識のみですが」
「その能力者の研究開発を、我々も行っている」
「・・・初耳です」
「当然だ。これは本来、軍機だからな」
煙草に火をつけ、煙を噴いて陸将は続ける。
「・・・今から5日ほど前、我々の能力研究施設から被験者が1人、脱走した」
「・・・それでしたら、自分ではなく警務隊の管轄に思えますが――」
「施設には当時、1個小隊規模の護衛が配置されていたが、全滅が確認された。戦術的な意味ではない、文字通りの意味として、だ」
「さらに施設の監視システムには、脱走を手引きしたと思われる一団が映されていた。人数は2個分隊規模。自動小銃と分隊支援火器で武装した、よく訓練された軍隊だ」
1個小隊といえば、人数にして40人ほど。対して分隊は一個で10人ほどだから、半分以下の人数に全滅させられたことになる。
「では――」
書かされた守秘義務の誓約書、ここにいる連隊長と師団長。妙な引っ掛かりが消え、彼の中で急速に意味を持った事象として再構成されていく。
「警務隊や、ましてや警察に委ねる訳には行かない。内々だけで処理せねばならない問題だ」
豪華なガラス製の灰皿で煙草を潰し消し、席上で姿勢を正して、陸将は令する。
「春日陽亮2等陸士曹。本日付で現任務を解き、特技研と合同で能力者の追跡、およびその身柄拘束の任を与える」
「本日付で現任務を解除。特技研と合同で能力者の追跡と身柄拘束の任に就きます」
「よろしい。現刻より任務開始とする。以後は、特技研のスタッフと合流し、別名あるまで即時待機とせよ」
「了解です――陸将殿、ひとつだけ質問してもよろしいでしょうか」
1個小隊といえば、人数にして40人ほど。対して分隊は一個で10人ほどだから、半分以下の人数に全滅させられたことになる。
「では――」
書かされた守秘義務の誓約書、ここにいる連隊長と師団長。妙な引っ掛かりが消え、彼の中で急速に意味を持った事象として再構成されていく。
「警務隊や、ましてや警察に委ねる訳には行かない。内々だけで処理せねばならない問題だ」
豪華なガラス製の灰皿で煙草を潰し消し、席上で姿勢を正して、陸将は令する。
「春日陽亮2等陸士曹。本日付で現任務を解き、特技研と合同で能力者の追跡、およびその身柄拘束の任を与える」
「本日付で現任務を解除。特技研と合同で能力者の追跡と身柄拘束の任に就きます」
「よろしい。現刻より任務開始とする。以後は、特技研のスタッフと合流し、別名あるまで即時待機とせよ」
「了解です――陸将殿、ひとつだけ質問してもよろしいでしょうか」
「どうして、自分なのでしょうか」
「――内々に処理せねばならない、という点がひとつ。もうひとつは貴様が有能だからだ」
「――ありがとうございます。では、自分は任務に就きますので、失礼します」
腑に落ちない表情を浮かべたまま、陽亮は敬礼。師団長がそれに答礼するが否や、さっさと回れ右して退出する。
「有能だから・・・よく言えたモノですな」
閉まる扉に視線をやりつつ、連隊長が口を開く。
「母子家庭に生まれ、中学卒業後、高校も行かずに警察沙汰を何度か起こす。その後広報官に誘われて入隊。命令不服従2回を始め、度重なる不祥事を起こす――」
誰に言うでもなく陽亮の経歴を暗唱し、そして師団長を見やる。
「だからだ。この追跡劇はなんとしても失敗させなくてはならない」
新たな煙草に火をつけつつ、師団長は答える。
「例の能力者が米国に渡れば、機密漏洩を口実にあの研究所を潰すことが出来るからな」
「そうなると、我々も矢面に立たされることになりませんか。あの施設は、一応は防衛省の管轄ですし」
「国家の機密保持と、小娘の人としての権利。マスコミと民衆が食いつくなら後者だろう」
閉ざされた扉に視線をやり、そして言い放つ。
「なに、奴には精々踊ってもらうさ」
「――内々に処理せねばならない、という点がひとつ。もうひとつは貴様が有能だからだ」
「――ありがとうございます。では、自分は任務に就きますので、失礼します」
腑に落ちない表情を浮かべたまま、陽亮は敬礼。師団長がそれに答礼するが否や、さっさと回れ右して退出する。
「有能だから・・・よく言えたモノですな」
閉まる扉に視線をやりつつ、連隊長が口を開く。
「母子家庭に生まれ、中学卒業後、高校も行かずに警察沙汰を何度か起こす。その後広報官に誘われて入隊。命令不服従2回を始め、度重なる不祥事を起こす――」
誰に言うでもなく陽亮の経歴を暗唱し、そして師団長を見やる。
「だからだ。この追跡劇はなんとしても失敗させなくてはならない」
新たな煙草に火をつけつつ、師団長は答える。
「例の能力者が米国に渡れば、機密漏洩を口実にあの研究所を潰すことが出来るからな」
「そうなると、我々も矢面に立たされることになりませんか。あの施設は、一応は防衛省の管轄ですし」
「国家の機密保持と、小娘の人としての権利。マスコミと民衆が食いつくなら後者だろう」
閉ざされた扉に視線をやり、そして言い放つ。
「なに、奴には精々踊ってもらうさ」
東京都港区、品川駅。
都内の主要駅のご多分に漏れず、駅前こそ都市整備が行われているモノの、100メートルも離れれば乱開発の名残である雑多な――不良のたまり場となる路地裏などが残る、典型的な駅前の街である。
そんな駅前の、大通りに面した駅舎の入り口に陽亮はいた。私物と着替え、そして制服をぶち込んだボストンバックを足下に置き、誰がどう見ても不機嫌そうな面を浮かべて。
(・・・)
憮然とした表情のまま、ポケットから携帯を取りだし、液晶画面に表示された時刻を確認する。20時16分。午後8時16分。自衛隊式に言うなら2016時。
反対の手で内ポケットを探り、折りたたまれた書類を開いて中を確認。記載された合流時刻は1700時。間違いない。既に3時間以上、実に216分も待ちぼうけを食らっている。仕事でなければさっさと帰っているところだ。
盛大にため息を吐き、携帯と書類をポケットに収め、せめてもの気晴らしにと、周囲を行く人間の観察を再開する。
摩耗したリーマン風のおっさん。誰も聞いていないのに演説する政治家に、もう10人ほど連続で無視されている政見ビラ配りの婆さん。対照的に大好評なティッシュ配りの小娘。お前ほんとに仕事してんのかと言いたくなる若造共。二人っきりのいい感じのムードに浸るカップル。それに影響を受けたのか、2人で連れ添って歩く中高生。自分と同じく待ち合わせなのか、洋服店の紙袋を両手でもった、カチューシャでセミロングの髪をオールバックにした10代半ばくらいの少女。
(・・・だめだ、余計腹立ってきた)
懐から煙草を取り出し、ライターを求めてポケットを探る。
品川区は全面禁煙を声高らかに唄っているが、そんな事にかまってられる状況ではない。任務遂行のために必要な事だ。理論武装よし、戦闘配置完了と心中で意気込んでタバコをくわえ、火を付ける。周囲の人間が露骨にいやな顔をするが、んなことにかまって言われるほど余裕はない。
煙を吐き、そのままぼーっと空を見上げる。
「――」
「――」
不意に、喧騒が耳についた。視線をその方向へと向けると、紙袋を両手にした少女を、5人ほどのいかにも知能指数の低そうな不良共が取り囲んで、なにやらよろしくないムードを演出している。
意訳すれば、不良共が暇なら遊んでいかないと誘い、少女がいや人を待っているからさーと断る。そこでプライドを傷つけられたのか不良達が少女の手を掴み、んだくらぁなぁめてんのかぁとごるぁと意味不明な呪文を唱え、なかば強引に――というか強引に少女を連れ去っていく。
「―――」
もたれ掛かっていた柱から引き離された瞬間、少女と目が合った。
しかし目が合ったことに驚いた様子はなく、まっすぐと此方を見据えてくる。
その一瞬後には、少女は目線をそらし、不良共に連れられ、人ごみへと消えていく。
(まぁ、気晴らしにはなるか)
かなり物騒な思考をしつつ、陽亮は煙草をつぶし消し、不良+少女の後を追う。
都内の主要駅のご多分に漏れず、駅前こそ都市整備が行われているモノの、100メートルも離れれば乱開発の名残である雑多な――不良のたまり場となる路地裏などが残る、典型的な駅前の街である。
そんな駅前の、大通りに面した駅舎の入り口に陽亮はいた。私物と着替え、そして制服をぶち込んだボストンバックを足下に置き、誰がどう見ても不機嫌そうな面を浮かべて。
(・・・)
憮然とした表情のまま、ポケットから携帯を取りだし、液晶画面に表示された時刻を確認する。20時16分。午後8時16分。自衛隊式に言うなら2016時。
反対の手で内ポケットを探り、折りたたまれた書類を開いて中を確認。記載された合流時刻は1700時。間違いない。既に3時間以上、実に216分も待ちぼうけを食らっている。仕事でなければさっさと帰っているところだ。
盛大にため息を吐き、携帯と書類をポケットに収め、せめてもの気晴らしにと、周囲を行く人間の観察を再開する。
摩耗したリーマン風のおっさん。誰も聞いていないのに演説する政治家に、もう10人ほど連続で無視されている政見ビラ配りの婆さん。対照的に大好評なティッシュ配りの小娘。お前ほんとに仕事してんのかと言いたくなる若造共。二人っきりのいい感じのムードに浸るカップル。それに影響を受けたのか、2人で連れ添って歩く中高生。自分と同じく待ち合わせなのか、洋服店の紙袋を両手でもった、カチューシャでセミロングの髪をオールバックにした10代半ばくらいの少女。
(・・・だめだ、余計腹立ってきた)
懐から煙草を取り出し、ライターを求めてポケットを探る。
品川区は全面禁煙を声高らかに唄っているが、そんな事にかまってられる状況ではない。任務遂行のために必要な事だ。理論武装よし、戦闘配置完了と心中で意気込んでタバコをくわえ、火を付ける。周囲の人間が露骨にいやな顔をするが、んなことにかまって言われるほど余裕はない。
煙を吐き、そのままぼーっと空を見上げる。
「――」
「――」
不意に、喧騒が耳についた。視線をその方向へと向けると、紙袋を両手にした少女を、5人ほどのいかにも知能指数の低そうな不良共が取り囲んで、なにやらよろしくないムードを演出している。
意訳すれば、不良共が暇なら遊んでいかないと誘い、少女がいや人を待っているからさーと断る。そこでプライドを傷つけられたのか不良達が少女の手を掴み、んだくらぁなぁめてんのかぁとごるぁと意味不明な呪文を唱え、なかば強引に――というか強引に少女を連れ去っていく。
「―――」
もたれ掛かっていた柱から引き離された瞬間、少女と目が合った。
しかし目が合ったことに驚いた様子はなく、まっすぐと此方を見据えてくる。
その一瞬後には、少女は目線をそらし、不良共に連れられ、人ごみへと消えていく。
(まぁ、気晴らしにはなるか)
かなり物騒な思考をしつつ、陽亮は煙草をつぶし消し、不良+少女の後を追う。
大通りから一方通行の細い道、雑居ビルと雑居ビルの合間にある細い路地、そしてこの手のトラブルにお似合いな路地裏へと一団が消える。
ボストンバックを路面に置き、怒鳴ろうと小さく息を吸い込んだ瞬間、轟音を伴って不良の一人がたたき出される。
ばきゃがらぐっしゃっぐえ
ゴミ箱がひしゃげ、次いで周囲のゴミ箱が倒壊する音、更に残飯が雪崩のように崩れる音。あと不良の悲鳴。
周囲のゴミ箱を巻き込み、残飯に埋もれてはいるものの、気絶しているだけだ。
視線を問題の路地裏へと戻すと、先ほどの不良たちが折り重なり、思い思いの状況で伸びているのが確認できた。その向こうに、ただひとつだけ佇む人影ある。
冬物のプチコートに、細身のジーンズ。腰には服装とつりあっていないごついポーチ。
セミロングの黒髪はカチューシャでオールバックに纏められ、その為か強調された顔立ちは、10代半ばくらいの少女のもの。そして傍らには洋服の紙袋。
間違いなく、先ほど拉致られた少女であった。
「なんだ、やっと来たの」
少し遅れた待ち合わせの相手が来たような、そんな普通の口調で、少女は陽亮に話かけ、そして歩み寄ろうと不良を跨ぐ。その不良は、明らかに脚が間接の稼働限界を超えた角度で曲がっている。
よくよく見ると、他の不良共も腕や脚があり得ない角度に曲がっていたり、頭や口から血を吹いていたり。死人こそ居ないモノの、軽傷と呼べる者もまた居ない。
「おい・・・」
陽亮が現状を認識すると共に、パトカーのサイレン音にとブレーキ音、次いで微かながら聞こえるドアの開閉音。
「やばい・・・おい、とりあえず逃げろ!」
「んー・・・なんで?」
まじめな口調で陽亮が言い放ち、クエスチョンマークを浮かべんばかりの勢いで少女が返す。
「なんでって・・・お前、この状況で警察沙汰になったらやばいだろ!」
「この場合正当防衛じゃないの?」
「やりすぎだアホ」
そんなやり取りの間にも、足音は大きくなってゆく。
「だぁー・・・ほら、逃げるぞ!」
強引に少女の右手を掴み、左手でボストンバックと紙袋を持ち、狭い路地を先ほどとは反対側に駆け出す。
「これって、愛の逃避行ってやつー?」
「黙れ!」
状況に不似合いな暢気な少女の言を、陽亮が一刀両断する。
2人の足音が、夜の街に響き渡る。
ボストンバックを路面に置き、怒鳴ろうと小さく息を吸い込んだ瞬間、轟音を伴って不良の一人がたたき出される。
ばきゃがらぐっしゃっぐえ
ゴミ箱がひしゃげ、次いで周囲のゴミ箱が倒壊する音、更に残飯が雪崩のように崩れる音。あと不良の悲鳴。
周囲のゴミ箱を巻き込み、残飯に埋もれてはいるものの、気絶しているだけだ。
視線を問題の路地裏へと戻すと、先ほどの不良たちが折り重なり、思い思いの状況で伸びているのが確認できた。その向こうに、ただひとつだけ佇む人影ある。
冬物のプチコートに、細身のジーンズ。腰には服装とつりあっていないごついポーチ。
セミロングの黒髪はカチューシャでオールバックに纏められ、その為か強調された顔立ちは、10代半ばくらいの少女のもの。そして傍らには洋服の紙袋。
間違いなく、先ほど拉致られた少女であった。
「なんだ、やっと来たの」
少し遅れた待ち合わせの相手が来たような、そんな普通の口調で、少女は陽亮に話かけ、そして歩み寄ろうと不良を跨ぐ。その不良は、明らかに脚が間接の稼働限界を超えた角度で曲がっている。
よくよく見ると、他の不良共も腕や脚があり得ない角度に曲がっていたり、頭や口から血を吹いていたり。死人こそ居ないモノの、軽傷と呼べる者もまた居ない。
「おい・・・」
陽亮が現状を認識すると共に、パトカーのサイレン音にとブレーキ音、次いで微かながら聞こえるドアの開閉音。
「やばい・・・おい、とりあえず逃げろ!」
「んー・・・なんで?」
まじめな口調で陽亮が言い放ち、クエスチョンマークを浮かべんばかりの勢いで少女が返す。
「なんでって・・・お前、この状況で警察沙汰になったらやばいだろ!」
「この場合正当防衛じゃないの?」
「やりすぎだアホ」
そんなやり取りの間にも、足音は大きくなってゆく。
「だぁー・・・ほら、逃げるぞ!」
強引に少女の右手を掴み、左手でボストンバックと紙袋を持ち、狭い路地を先ほどとは反対側に駆け出す。
「これって、愛の逃避行ってやつー?」
「黙れ!」
状況に不似合いな暢気な少女の言を、陽亮が一刀両断する。
2人の足音が、夜の街に響き渡る。