「OOオOOO雄OOーっ!!」
鬼が響く。気が息吹く。機が轟く。
鋼の狂戦士が迫り来る。
先端科学の粋を凝らして造り上げられた複合装甲は、ステイルにとって天敵と言えた。
炸裂装甲(リアクティブアーマー)により爆風はかき消され、耐熱組成(キャンサーバブル)を纏われれば三千度の炎熱を以てしても溶かすことは出来ない。
圧倒的窮地に追いやられながら、ステイル=マグヌスという男は、
「――それがどうした」
と、笑ってみせた。
半分以上燃え尽きていた煙草を吐き捨てる。
炎剣が通じないのがなんだ。
『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が通じないのがなんだ。
その程度の障害は、“あの右手”ですでに経験している。
「僕は“奴”に負ける訳にはいかない。僕の力が及ばなかったなんて、そんな下らない理由で負ける訳にはいかない」
力が要る。力が要る。
神を浄め魔を討つ御手すら突き破れる力が。
――もしも、あの少年が、白い少女の笑顔を裏切ってしまった時、彼女のために立ち上がれるのは自分だけだから。
きっと自分が勝ったならば、彼女はステイルを責めるだろう。憎むだろう。恨むだろう。
きっと誰があの少年を斃しても、彼女はその誰かを責めるだろう。憎むだろう。恨むだろう。
世界中の誰でも同じであるのなら、
その役割だけは譲れない。
「光栄に思え。“その時”のために編み上げたとっておきを見せてやる……!」
ステイルは内ポケットに右手を入れると、これまでとは違うカードを一枚抜き出した。
惨劇の夜を閉じ込めたように暗く黒い紙片に、鮮血よりもなお赤い文字(ルーン)が刻まれている。
魔術師ステイル=マグヌスの真髄がここにある。
「『魔女狩りの王』!」
彼の術式の名を叫ぶと、呼びかけに答えようと炎の人型は身じろぎした。
しかし半ば以上が砕け、風船がしぼむようにその体を縮めようとしている状態では、床の上で無様にのた打ち回ることしかできない。教皇クラスとまで謳われた炎の魔人は、今やくずぶるだけの焚き火に成り下がっていた。
それでも、ステイルは動じない。人差し指と中指で挟んだ例のカードを崩れかけの『魔女狩りの王』に向ける。
「世界を構成する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」
唇が紡ぐ呪文は『魔女狩りの王』と同じ。だが、ステイルにはこれほどの大魔術を二体同時に作ることなど出来ない。
何かの形状を変化させ操る系統の魔術を無理に重複して行えば、どちらも形のないただの固まりになるだろう。
同僚のゴーレム使いから教わったこの事実は、しかしステイルに新たな展望を与えた。
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」
教皇クラスとまで謳われた大魔術、『魔女狩りの王』。
それでは足りない。“あの右手”には届かない。
「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を罰する凍える不幸なり」
拳の攻撃をかわしきり、異能に対する防護のない部分を狙う――そんな戦い方では勝てないのだ。そんなありきたりの対抗策で崩せるほどあの少年は甘くない。
“あの右手”を真正面から打ち破る。そのためには、そう、竜王クラスの威力が必要だ。
禁書目録・自動書記が放った竜王の殺息(ドラゴンブレス)に匹敵する力が不可欠だ。
「その名は炎。その役は剣」
凡才たるこの身に、それほどの魔術が扱えるだろうか?
否。
そこで躊躇うことが既に馬鹿者の証だ。
下がる理由がなければ進め。
臆する理由がなければ吼えろ。
たとえその先に溺れるほどの後悔が待ち受けていたとしても、過去にどれほど同じことを繰り返してきたのだとしても、憎むべきを憎み愛すべきを愛し、生きあがくことを諦めぬ大馬鹿者であれ。
奇しくもそれは、あの上条当麻から学んだことではなかったか――!
「“昇華”せよ」
呪文が変わる。
魔術が変わる。
黒いルーンのカード――一枚で最小規模の『魔女狩りの王』を産み出せるように火蜥蜴(サラマンダー)の鱗と古代魚(シーラカンス)の油で緻密に造り上げた――を振りかざす。
「刻まれし役目を今こそ果たせ! 『魔女狩りの王』!」
叫び放たれた呪に応じ、炎の魔人は歓声を上げた。
猛々しい火勢が甦る。揺らぐ炎が象るのは、もはや人型ではない。
火が燃え火が弾け火が飛び火が散り火が踊り火が集う。
まるで太陽が地上に降って来たかのような燃え盛る真球。
その名も『炎陣(システマイグニス)』。
重複発動による崩壊を逆手に取り、純粋に魔力の炎のみで組み上げた立体型魔法陣である。
岩をも溶かすほどの焦熱の只中に立ち、ステイルは『炎陣』の中心目掛けて躊躇いなく黒いカードを投じた。
小太陽にカードが飛び込む。すると、
鬼が響く。気が息吹く。機が轟く。
鋼の狂戦士が迫り来る。
先端科学の粋を凝らして造り上げられた複合装甲は、ステイルにとって天敵と言えた。
炸裂装甲(リアクティブアーマー)により爆風はかき消され、耐熱組成(キャンサーバブル)を纏われれば三千度の炎熱を以てしても溶かすことは出来ない。
圧倒的窮地に追いやられながら、ステイル=マグヌスという男は、
「――それがどうした」
と、笑ってみせた。
半分以上燃え尽きていた煙草を吐き捨てる。
炎剣が通じないのがなんだ。
『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が通じないのがなんだ。
その程度の障害は、“あの右手”ですでに経験している。
「僕は“奴”に負ける訳にはいかない。僕の力が及ばなかったなんて、そんな下らない理由で負ける訳にはいかない」
力が要る。力が要る。
神を浄め魔を討つ御手すら突き破れる力が。
――もしも、あの少年が、白い少女の笑顔を裏切ってしまった時、彼女のために立ち上がれるのは自分だけだから。
きっと自分が勝ったならば、彼女はステイルを責めるだろう。憎むだろう。恨むだろう。
きっと誰があの少年を斃しても、彼女はその誰かを責めるだろう。憎むだろう。恨むだろう。
世界中の誰でも同じであるのなら、
その役割だけは譲れない。
「光栄に思え。“その時”のために編み上げたとっておきを見せてやる……!」
ステイルは内ポケットに右手を入れると、これまでとは違うカードを一枚抜き出した。
惨劇の夜を閉じ込めたように暗く黒い紙片に、鮮血よりもなお赤い文字(ルーン)が刻まれている。
魔術師ステイル=マグヌスの真髄がここにある。
「『魔女狩りの王』!」
彼の術式の名を叫ぶと、呼びかけに答えようと炎の人型は身じろぎした。
しかし半ば以上が砕け、風船がしぼむようにその体を縮めようとしている状態では、床の上で無様にのた打ち回ることしかできない。教皇クラスとまで謳われた炎の魔人は、今やくずぶるだけの焚き火に成り下がっていた。
それでも、ステイルは動じない。人差し指と中指で挟んだ例のカードを崩れかけの『魔女狩りの王』に向ける。
「世界を構成する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」
唇が紡ぐ呪文は『魔女狩りの王』と同じ。だが、ステイルにはこれほどの大魔術を二体同時に作ることなど出来ない。
何かの形状を変化させ操る系統の魔術を無理に重複して行えば、どちらも形のないただの固まりになるだろう。
同僚のゴーレム使いから教わったこの事実は、しかしステイルに新たな展望を与えた。
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」
教皇クラスとまで謳われた大魔術、『魔女狩りの王』。
それでは足りない。“あの右手”には届かない。
「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を罰する凍える不幸なり」
拳の攻撃をかわしきり、異能に対する防護のない部分を狙う――そんな戦い方では勝てないのだ。そんなありきたりの対抗策で崩せるほどあの少年は甘くない。
“あの右手”を真正面から打ち破る。そのためには、そう、竜王クラスの威力が必要だ。
禁書目録・自動書記が放った竜王の殺息(ドラゴンブレス)に匹敵する力が不可欠だ。
「その名は炎。その役は剣」
凡才たるこの身に、それほどの魔術が扱えるだろうか?
否。
そこで躊躇うことが既に馬鹿者の証だ。
下がる理由がなければ進め。
臆する理由がなければ吼えろ。
たとえその先に溺れるほどの後悔が待ち受けていたとしても、過去にどれほど同じことを繰り返してきたのだとしても、憎むべきを憎み愛すべきを愛し、生きあがくことを諦めぬ大馬鹿者であれ。
奇しくもそれは、あの上条当麻から学んだことではなかったか――!
「“昇華”せよ」
呪文が変わる。
魔術が変わる。
黒いルーンのカード――一枚で最小規模の『魔女狩りの王』を産み出せるように火蜥蜴(サラマンダー)の鱗と古代魚(シーラカンス)の油で緻密に造り上げた――を振りかざす。
「刻まれし役目を今こそ果たせ! 『魔女狩りの王』!」
叫び放たれた呪に応じ、炎の魔人は歓声を上げた。
猛々しい火勢が甦る。揺らぐ炎が象るのは、もはや人型ではない。
火が燃え火が弾け火が飛び火が散り火が踊り火が集う。
まるで太陽が地上に降って来たかのような燃え盛る真球。
その名も『炎陣(システマイグニス)』。
重複発動による崩壊を逆手に取り、純粋に魔力の炎のみで組み上げた立体型魔法陣である。
岩をも溶かすほどの焦熱の只中に立ち、ステイルは『炎陣』の中心目掛けて躊躇いなく黒いカードを投じた。
小太陽にカードが飛び込む。すると、
業ッ!!
飛び込んだ反対側から爆発と共に“炎が生えた”。
紅炎(プロミネンス)のように噴き出した炎は、三メートルあまりも伸びてある形状を取る。
途方もない迫力と魔力を秘めた――大剣だ。
ステイル=マグヌスは目の前の虚空を、まるで長い棒がそこにあるかのように両手で握り締める。
大気を掴む手をバットのように振りかぶった。
するとその腕の動きに対応し、小太陽と大剣も動く。
見えない柄に操られ、炎陣が回る。
ふと気づくと、狂戦士は目前だった。
だがステイルの目には、そんなものはもう映っていない。
全身全霊全魔力でもって焼き滅ぼさんとしているのは、白い少女と共に先に進んだあの少年だ。
かつてステイルがいた場所を、我が物顔で蹂躙し、食い散らかしている男。
(ああ、いいさくれてやる。それは僕達が捨ててきたものだ。たまたま拾っただけの君に本当の価値が分かるとは思えないが……捨ててしまった僕に何か言えた義理じゃない。せいぜい大事にするといい。だけど)
この身に刻んだ誓いだけは。
たとえ想い幻と笑われても守り抜いてみせる。
誰が敵でも誰が味方でも構わない。
何も掴んでいないこの手を、絶対に放すものか。
紅炎(プロミネンス)のように噴き出した炎は、三メートルあまりも伸びてある形状を取る。
途方もない迫力と魔力を秘めた――大剣だ。
ステイル=マグヌスは目の前の虚空を、まるで長い棒がそこにあるかのように両手で握り締める。
大気を掴む手をバットのように振りかぶった。
するとその腕の動きに対応し、小太陽と大剣も動く。
見えない柄に操られ、炎陣が回る。
ふと気づくと、狂戦士は目前だった。
だがステイルの目には、そんなものはもう映っていない。
全身全霊全魔力でもって焼き滅ぼさんとしているのは、白い少女と共に先に進んだあの少年だ。
かつてステイルがいた場所を、我が物顔で蹂躙し、食い散らかしている男。
(ああ、いいさくれてやる。それは僕達が捨ててきたものだ。たまたま拾っただけの君に本当の価値が分かるとは思えないが……捨ててしまった僕に何か言えた義理じゃない。せいぜい大事にするといい。だけど)
この身に刻んだ誓いだけは。
たとえ想い幻と笑われても守り抜いてみせる。
誰が敵でも誰が味方でも構わない。
何も掴んでいないこの手を、絶対に放すものか。
「業火剣嵐……『六大罪の王(グレゴリウス)』!!」
渾身の力で大剣をフルスイングする。
触れるだけで大樹を灰に変える炎剣が突進する狂戦士の装甲に激突した瞬間、
触れるだけで大樹を灰に変える炎剣が突進する狂戦士の装甲に激突した瞬間、
赤炎、白雷、金光。
三色の巨大な柱がほぼ同時に内側からビルを貫いた。
三色の巨大な柱がほぼ同時に内側からビルを貫いた。
パラパラ……と建材の破片が落ちる。
ビルの壁には直径五メートルほどの風穴が開き、真夜中の夜空が覗いていた。
鉄壁を誇っていた狂戦士は残骸すらなく、ただわずかに床に残る二本のまっすぐな焦げ跡が、最後の抵抗を象徴するのみであった。
「……ふぅ」
ステイルは肩にかかった埃を払い、懐を探り始めた。一仕事終えた後は口寂しくて仕方ない。
結局先ほど吐き捨てたのが最後の一本だったことを思い出し、悔しげに唇を歪めた。そしてようやく目が破壊跡に向く。
台風と噴火がいっぺんに起きてもこの惨状には及ぶまい。フロア内の見渡す限りの物が塵と化し、あるいはなぎ払われている。
「……もう少し余波を抑えないと、危険すぎるな。しかしこれほどのものとなると、そうそう試し撃ちもできないし。おまけに一発でスッカラカンだ。マッチに火を点けられそうな気もしない。燃費が悪すぎるのも問題か」
ま、そのあたりは今後の課題ということで、とステイルは強引にまとめた。今はとにかく煙草が吸いたい。
その時、床から恋しい香りの煙が立ち上ってきた。
「ん?」
足元を見ると、さっき捨てたそのまま煙草が落ちていた。
あの高熱の中よく無事だったものだと思っていると、気づく。
ステイルの周囲、三歩で届くくらいの範囲の床は、焦げ目一つないまったくの無傷だった。
その意味する所は一つ。
「『炎陣』と僕との間は安全地帯になるのか」
実際に使ってみるまで分からなかったことだ。恐らく二つの『魔女狩りの王』が起こす熱気流がうまいこと作用したのだろうが……。
はっと。
ステイルは、とてもおもしろくないことを連想してしまう。
「『魔女狩りの王』の発展型、『六大罪の王』。広域殲滅と物理破壊力に特化し、しかし術者の傍にいる者は傷つけない。魔力の通っていない機械仕掛けの防御も、この通り木っ端微塵」
なんということだ。これではまるで、
「奴の欠点を補う為に……奴と並んで戦う為に作ったようなものじゃないか」
拳が届く範囲でしか戦えず、普通の鉄の塊相手では猫の手ほどにも役に立たないくせに、魔と名のつく物に対しては絶対を誇るあの少年。
考えれば考えるほどに相性は抜群だ。
ため息も出ない。
あれほど悩んで、みっともない独占欲とか自己犠牲とかそれらを言い訳にしている罪悪感とか色々なものを飲み下してようやく作り上げた術式だというのに、結局は最も向けたい相手に向けられない代物だったなんて。まるっきり自分が馬鹿みたいじゃないか。
理不尽だ。不条理だ。だが最も正しく今の心境を説明できる言葉はそれらではない。
「……なるほど。こういう時に叫べばいいのか。二度とはやらないよく聞けよ? せーの、不幸だー」
試してみると意外と口に馴染んだ。しかもそれが特に不快でもなく、そんなことをしている自分を客観的に見てみてようやく苦味を感じられた。
――意地があるだろ、男の子には。奴にだけは負けたくない。
色々言い訳してみても、結局のところそれだけの話だったのだが。
ルーンの魔術師は踵を返し、上条達の後を追うために歩き出した。
折角苦心して作り上げた新術をこんな理由で封印していいものかと、割と真剣に悩みながら。
ビルの壁には直径五メートルほどの風穴が開き、真夜中の夜空が覗いていた。
鉄壁を誇っていた狂戦士は残骸すらなく、ただわずかに床に残る二本のまっすぐな焦げ跡が、最後の抵抗を象徴するのみであった。
「……ふぅ」
ステイルは肩にかかった埃を払い、懐を探り始めた。一仕事終えた後は口寂しくて仕方ない。
結局先ほど吐き捨てたのが最後の一本だったことを思い出し、悔しげに唇を歪めた。そしてようやく目が破壊跡に向く。
台風と噴火がいっぺんに起きてもこの惨状には及ぶまい。フロア内の見渡す限りの物が塵と化し、あるいはなぎ払われている。
「……もう少し余波を抑えないと、危険すぎるな。しかしこれほどのものとなると、そうそう試し撃ちもできないし。おまけに一発でスッカラカンだ。マッチに火を点けられそうな気もしない。燃費が悪すぎるのも問題か」
ま、そのあたりは今後の課題ということで、とステイルは強引にまとめた。今はとにかく煙草が吸いたい。
その時、床から恋しい香りの煙が立ち上ってきた。
「ん?」
足元を見ると、さっき捨てたそのまま煙草が落ちていた。
あの高熱の中よく無事だったものだと思っていると、気づく。
ステイルの周囲、三歩で届くくらいの範囲の床は、焦げ目一つないまったくの無傷だった。
その意味する所は一つ。
「『炎陣』と僕との間は安全地帯になるのか」
実際に使ってみるまで分からなかったことだ。恐らく二つの『魔女狩りの王』が起こす熱気流がうまいこと作用したのだろうが……。
はっと。
ステイルは、とてもおもしろくないことを連想してしまう。
「『魔女狩りの王』の発展型、『六大罪の王』。広域殲滅と物理破壊力に特化し、しかし術者の傍にいる者は傷つけない。魔力の通っていない機械仕掛けの防御も、この通り木っ端微塵」
なんということだ。これではまるで、
「奴の欠点を補う為に……奴と並んで戦う為に作ったようなものじゃないか」
拳が届く範囲でしか戦えず、普通の鉄の塊相手では猫の手ほどにも役に立たないくせに、魔と名のつく物に対しては絶対を誇るあの少年。
考えれば考えるほどに相性は抜群だ。
ため息も出ない。
あれほど悩んで、みっともない独占欲とか自己犠牲とかそれらを言い訳にしている罪悪感とか色々なものを飲み下してようやく作り上げた術式だというのに、結局は最も向けたい相手に向けられない代物だったなんて。まるっきり自分が馬鹿みたいじゃないか。
理不尽だ。不条理だ。だが最も正しく今の心境を説明できる言葉はそれらではない。
「……なるほど。こういう時に叫べばいいのか。二度とはやらないよく聞けよ? せーの、不幸だー」
試してみると意外と口に馴染んだ。しかもそれが特に不快でもなく、そんなことをしている自分を客観的に見てみてようやく苦味を感じられた。
――意地があるだろ、男の子には。奴にだけは負けたくない。
色々言い訳してみても、結局のところそれだけの話だったのだが。
ルーンの魔術師は踵を返し、上条達の後を追うために歩き出した。
折角苦心して作り上げた新術をこんな理由で封印していいものかと、割と真剣に悩みながら。