——当然、姫神は一人しかいない。
故に、これは幻なのだろう。
走りながら上条は、そんな簡単なコトにも気づくことができなかった自分を叱咤する。もっと早く気づいておけばステイルと対策を練ることもできたというのに。
今となっては全てが手遅れで、ただ生き残り、敵の数を少しでも減らすことしかできない。
操られているとはいえこちらに干渉してきているのだから、こちらから攻撃することができないわけがない。そう思い、苦し紛れに拳をぶつけたのはつい先程のことだ。その推測は正しかったようで、姫神という外殻はいとも容易く剥がれ落ち、どこにでもいそうな学生が血塗れのまま崩れ落ちた。倒せないことも、ない。
——が、難しいのだ。
壁や床、天井などは未だに『表』のままらしく、普段の十割増で上条の膝を軋ませる。
加えて光球も危険極まりない。どういう理屈だろうか、床を溶かすようだ。『表』に属しているはずの、床を。
(管理者権限……ということか?)
製作者のみが知っている抜け道、なんてモノはプログラムなんかでは珍しくもない。魔術においてそれが存在し得るのかは知らないが。
故に、これは幻なのだろう。
走りながら上条は、そんな簡単なコトにも気づくことができなかった自分を叱咤する。もっと早く気づいておけばステイルと対策を練ることもできたというのに。
今となっては全てが手遅れで、ただ生き残り、敵の数を少しでも減らすことしかできない。
操られているとはいえこちらに干渉してきているのだから、こちらから攻撃することができないわけがない。そう思い、苦し紛れに拳をぶつけたのはつい先程のことだ。その推測は正しかったようで、姫神という外殻はいとも容易く剥がれ落ち、どこにでもいそうな学生が血塗れのまま崩れ落ちた。倒せないことも、ない。
——が、難しいのだ。
壁や床、天井などは未だに『表』のままらしく、普段の十割増で上条の膝を軋ませる。
加えて光球も危険極まりない。どういう理屈だろうか、床を溶かすようだ。『表』に属しているはずの、床を。
(管理者権限……ということか?)
製作者のみが知っている抜け道、なんてモノはプログラムなんかでは珍しくもない。魔術においてそれが存在し得るのかは知らないが。
——凌ぎつづけるにしても限界はある。
というより、状況としての限界はもうすぐそこだ。
死にはしない。時折身体を掠める光球が明らかに健康によろしくない音を立てはするが、それも致命傷からは程遠い。
だから、今すぐどうにかなる、ということはなかった。——上条だけは。
背後からはぐちゃり、とかべちょり、とかそんな音が聞こえてくる。
——存外、精神的にきついものがあるのだ。人が壊れていく音を聞きつづけるのは。その辺りも計算に入れてアウレオルス某がこのトラップを作製したのだとすれば、彼とはとても友人になれそうにはない。
加えて、ステイルのこともある。
核を見つけさえすれば当然のように右手で全て解決できるものの、特化している事柄以外はまるで無能なのが一点強化型の常だ。
——有り体に言ってしまえば、上条には核を見つけるだけの能力がない、ということだ。
ステイルならば可能であろう『探知』が、上条にはできない。
だから当然、ステイルがやられていたら現状の打破は不可能だ。いくらグレゴリオ・レプリカ——詠唱の相乗効果による強化がされているからといって、素人 ——どころか適正値がマイナスといっていい学園都市の能力者たちと比べてステイルの力量が下回るとは思っていない。——ステイル・マグナスという魔術師の戦闘スタイルを考慮に入れさえしなければ、今こうして懸念を抱くこともしなかっただろう。
様々な工夫によって欠点を補ってはいるものの、所詮ルーン魔術は対象に『刻む』という行為によって神秘をなす『設置型』の魔術だ。そもそも相手の『城』を墜とすようにはできていない。——寧ろ、今回の敵方がやっているように、自分の『陣地』で相手を迎撃することにこそ真価を発揮するタイプのはずだ。インデックスを護るために身に付けたのか、或いは他に守りたいものがあったのかは上条には分からないが、ステイルが今のような任務を受けているのは明らかに異常なのだ。
加えてステイルは今回、さらにハンデを負っている。切り札とも言うべき『魔女狩りの王』は、既に上条の寮に設置されているのだ。大技を使って一掃、というわけにもいかないだろう。
ステイルが生き残っているか。また、どうやって合流するか。全く方策が浮かばないまま、上条はまた、姫神の外殻を一つ剥がした。
というより、状況としての限界はもうすぐそこだ。
死にはしない。時折身体を掠める光球が明らかに健康によろしくない音を立てはするが、それも致命傷からは程遠い。
だから、今すぐどうにかなる、ということはなかった。——上条だけは。
背後からはぐちゃり、とかべちょり、とかそんな音が聞こえてくる。
——存外、精神的にきついものがあるのだ。人が壊れていく音を聞きつづけるのは。その辺りも計算に入れてアウレオルス某がこのトラップを作製したのだとすれば、彼とはとても友人になれそうにはない。
加えて、ステイルのこともある。
核を見つけさえすれば当然のように右手で全て解決できるものの、特化している事柄以外はまるで無能なのが一点強化型の常だ。
——有り体に言ってしまえば、上条には核を見つけるだけの能力がない、ということだ。
ステイルならば可能であろう『探知』が、上条にはできない。
だから当然、ステイルがやられていたら現状の打破は不可能だ。いくらグレゴリオ・レプリカ——詠唱の相乗効果による強化がされているからといって、素人 ——どころか適正値がマイナスといっていい学園都市の能力者たちと比べてステイルの力量が下回るとは思っていない。——ステイル・マグナスという魔術師の戦闘スタイルを考慮に入れさえしなければ、今こうして懸念を抱くこともしなかっただろう。
様々な工夫によって欠点を補ってはいるものの、所詮ルーン魔術は対象に『刻む』という行為によって神秘をなす『設置型』の魔術だ。そもそも相手の『城』を墜とすようにはできていない。——寧ろ、今回の敵方がやっているように、自分の『陣地』で相手を迎撃することにこそ真価を発揮するタイプのはずだ。インデックスを護るために身に付けたのか、或いは他に守りたいものがあったのかは上条には分からないが、ステイルが今のような任務を受けているのは明らかに異常なのだ。
加えてステイルは今回、さらにハンデを負っている。切り札とも言うべき『魔女狩りの王』は、既に上条の寮に設置されているのだ。大技を使って一掃、というわけにもいかないだろう。
ステイルが生き残っているか。また、どうやって合流するか。全く方策が浮かばないまま、上条はまた、姫神の外殻を一つ剥がした。
ぐちゃ。べちょ。ぎちゅ。
相当数の姫神・ダミーを墜としたはずなのだが、正直、上条には負担が軽くなっている気が全くしなかった。
数の暴力には抗いようもなく、多数決による民主主義に政治体制が移行するのも仕方のないことだなと現実逃避。張り詰めた状態を継続できるのならばそれがベストではあるが生物・非生物に関わらずそんなコトをしていたらあっという間に限界を超えてしまう。現状、余力を残すことも考えたら発揮するスペックは七割程度までに抑える必要があるのではなかろうか。人質さえいなければ撤退して増援を待つということも可能だろうが、今回は不可能だ。作戦を実行する魔術師がステイル一人というふざけた現状が何よりもまずい。『必要悪の教会』とやらは何を考えているんだ。適性も考えず単独投入など、正気の沙汰とは思えない。実はステイル、捨て駒なのではなかろうか。
思考がずぶずぶとネガティブに落ち込んでいく現状を問題だと思いつつ、なんで自分はこんなに冷静でいられるのか、と上条は自身に疑念を抱く。
真っ当な精神の持ち主なら、とうに精神に異常をきたしていても不思議はないような惨状。だというのに、まるで感情が根こそぎ壊死してしまったかと誤認するほど、上条は機械的に『作業』——そう、『作業』をこなすことができている。
元からそういう人間だったのか。
あの日からそういう人間になったのか。
考えても詮のないことながら、上条はその疑問を手放すことができなかった。
——だから。
それだから、失敗してしまった。
限界——瞬間的な出力の限界ではなく、持久力のそれに、上条は達してしまったのだ。
がくん、と冗談みたいに力が抜ける。まるで立ち上がるのに失敗したロボットのように呆気なく、転んだ。ブツブツ、と全身の機能がカットされていく。脳内で精製されるおクスリの効力も切れてしまったらしい。
今まで、角を曲がるときくらいしか視界に納めなかった『彼女達』を、上条はぼんやりと見た。
遠慮することもなく光球を放つための詠唱を続けている——たくさんのひめがみ。
——ああ、よくみたら。
「——ぜんぜん、にてないな」
上条は意識を手放した。
あの食い倒れ巫女は、もっと表情豊かだったな、などと思いながら。
相当数の姫神・ダミーを墜としたはずなのだが、正直、上条には負担が軽くなっている気が全くしなかった。
数の暴力には抗いようもなく、多数決による民主主義に政治体制が移行するのも仕方のないことだなと現実逃避。張り詰めた状態を継続できるのならばそれがベストではあるが生物・非生物に関わらずそんなコトをしていたらあっという間に限界を超えてしまう。現状、余力を残すことも考えたら発揮するスペックは七割程度までに抑える必要があるのではなかろうか。人質さえいなければ撤退して増援を待つということも可能だろうが、今回は不可能だ。作戦を実行する魔術師がステイル一人というふざけた現状が何よりもまずい。『必要悪の教会』とやらは何を考えているんだ。適性も考えず単独投入など、正気の沙汰とは思えない。実はステイル、捨て駒なのではなかろうか。
思考がずぶずぶとネガティブに落ち込んでいく現状を問題だと思いつつ、なんで自分はこんなに冷静でいられるのか、と上条は自身に疑念を抱く。
真っ当な精神の持ち主なら、とうに精神に異常をきたしていても不思議はないような惨状。だというのに、まるで感情が根こそぎ壊死してしまったかと誤認するほど、上条は機械的に『作業』——そう、『作業』をこなすことができている。
元からそういう人間だったのか。
あの日からそういう人間になったのか。
考えても詮のないことながら、上条はその疑問を手放すことができなかった。
——だから。
それだから、失敗してしまった。
限界——瞬間的な出力の限界ではなく、持久力のそれに、上条は達してしまったのだ。
がくん、と冗談みたいに力が抜ける。まるで立ち上がるのに失敗したロボットのように呆気なく、転んだ。ブツブツ、と全身の機能がカットされていく。脳内で精製されるおクスリの効力も切れてしまったらしい。
今まで、角を曲がるときくらいしか視界に納めなかった『彼女達』を、上条はぼんやりと見た。
遠慮することもなく光球を放つための詠唱を続けている——たくさんのひめがみ。
——ああ、よくみたら。
「——ぜんぜん、にてないな」
上条は意識を手放した。
あの食い倒れ巫女は、もっと表情豊かだったな、などと思いながら。