とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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2章一〇月四日Float_one's_feeling

 姫神秋沙は朝早くから顔の火照りを抑えきれずにいた。
「私の頬。リンゴみたい」
 自分の部屋に備え付けてある鏡には面白いほど真っ赤に染まった自分の顔が写っていた。
 姫神は『三沢塾』の事件から月詠小萌のアパートで居候の身だったのだが、転校を機に学校の寮へ移動していた。もともと家事は苦
手ではなかったので、ここでの生活にも特に不自由はない。
「秋祭り。……とうとう誘っちゃった」
 昨日のことを思い出しただけでも嘘のように体中が熱をもっていくのがわかる。
 当初、姫神は上条を誘うつもりはなかった。これは二・三日前に決めたことではなく、秋祭りの日程が決定した九月上旬から考えて
いたことだ。
(私なんかが誘ったって迷惑なだけだと思ってたけど——)
「喜んでくれてた……。と思う」
 自分の口からでた言葉に一層恥ずかしさがこみ上げてくる。
「——こんな顔じゃ学校行けない」
 洗面台に汲んでおいた水でめいっぱい顔を洗う。首筋を流れる水滴もその少し冷たすぎる温度が今は心地よかった。


「なるほどね。私は貴様ら三バカの手綱(たづな)を握ってればいいわけね?」
 上条がクラスのおでこ委員長である吹寄制理に秋祭りのことを提案したときの反応である。
 前髪の片方をヘアピンでとめ、なかなかに豊かな体つき、通販の健康グッズにどっぷりはまっている吹寄は秋祭りのお誘いに快く了
承した。そのため今は休み時間を利用して教室前の廊下で詳細を話し合っている最中だった。
「カミやん? それにしても秋祭りだなんて、いったいどうゆう気違いなん?」
「そうなんだにゃー。俺だってカミやんのことだから、どうせ家でゴロゴロしてると思ってたんだぜい?」
 上条以外の三バカと名づけられた人物、青髪ピアスと土御門元春が二人ともニヤニヤしながら口を開いた。その顔から本気で理由を
気にしていないことが経験則として理解でる。
「そう言えばそうね。上条当麻、そこの所、私にも納得できるように説明してくれる?」
 吹寄の発言に上条は首をひねった。
 どうやら姫神は吹寄にも自分から誘ってはいないようだ。この話し合いだって姫神が「秋祭りの話し合い。君はみんなを呼んできて
ほしい」と言うので、上条が吹寄たちに声をかけていた。
(吹寄なんか、俺が声かけたら「私は貴様になんかなびかないわよ!」とか意味わかんねぇこと言ってたし。姫神、まだクラスのみん
なに馴染めてないのか? やっぱ少し内気なとこがあるし、まだ恥ずかしいのか? そうならこれは姫神を吹寄に慣れさせる大チャン
ス! 名付けてっ、『吹寄制理ろめろめ大作戦』!! ……いや、大作戦はいいけど、ここで俺がばらしていいものか?)
 どう答えようかと思って横目で姫神を見ると、普段はあまり起伏の少ない表情だがその質問が予想外だったのか、ほんのり頬を赤く
しながら上条の方をじぃっと見つめていた。
(くそぅ! 俺任せってやつですか? これは——)
「いやいや、俺がそんなこと考えちゃいけないと言いますか! この上条当麻さんは変わりゆく季節感を大切にする趣きある詩人です
よ? こういった行事はふるって参加するに決まってるじゃないですか。さらに友達思いの上条当麻ですから親友たちを誘って祭りに
くりだすのですよ!」
 上条が選んだのは、姫神が誘ってきたことを隠すという選択肢だった。

 上条が選んだのは、姫神が誘ってきたことを隠すという選択肢だった。
「……どうせこの機会に新しい出逢い(フラグ)を探すんでしょう? なんたって貴様は『上条当麻』なんだし」
 一言でこの場の雰囲気がガラリと変わった。
(あれ? 姫神優先の選択すぎて吹寄さんがお怒りモードですか? もしかして選択肢……間違えた? 自分で言うのもなんだけど、
このフラグ王である上条当麻さんが?)
 何をしでかそうというのか、吹寄がじりじりとにじり寄ってくる。
「上条当麻……今日こそその腐った性根を——」
「はーい! みんなさん、授業を始めるので教室に戻ってほしいのですよ。チャイムが鳴るまでに戻らないとビシッと授業で指名しち
ゃいますからねー。今日は小萌先生も開発に関わった変換器(トランジスタ)の試験品(テストモデル)を使って擬似的ではあります
けど、発火能力者(パイロキネシス)を再現してみようかと思うのです。だから、指名されちゃうと被験者(モニター)になっちゃう
かもしれないですよー?」
 大きく声を張り上げながらバスケットボールほどの大きさの試験品(テストモデル)を抱えた小萌先生が登場した。
「と言っても、どうせ誰かにやってもらうんですけどねー。……って、なんでみんなさん一斉に教室に戻っちゃったんですか? そり
ゃぁ、小萌先生が戻ってって言いましたけど……そんなにやりたくないのですか? 小萌先生たちの力作なのですよ!?」
 学園都市で開発された能力者用の多種多様な試験品(テストモデル)。開発で得られたデータを基に設計され、能力者の性能を高め
たり、警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)の武装などに活用される。学園都市の治安維持や低レベルの能力者にと
ってはこういった開発品も重要なことだ。しかし、そこはやはり試験品(テストモデル)。失敗する確立の方が高い現状では誰も被験
者(モニター)などやりたがるはずもなかった。
 涙目になりながら訴える小萌先生に同情はするが、ここは背に腹はかえられないので上条も一歩遅れたが教室に戻ろうとした。
 その眼前で教室のドアがぴしゃりと閉まる。
「なっ!?」
 ドアの小窓からニヤニヤした土御門の顔が覗いている。声は聞こえないが、その口がこう語っていた。
『カミやん、尊い犠牲は必要だにゃー』
「てめぇ、なに人を生贄に捧げてんだ! 上条さん一人じゃ人柱にもならないし、真っ赤な石だって練成できないですよ? ってか、
俺が無能力者(レベル0)だって知ってんだろ!? 土御門、このっ——開けろってんだ!」
 硬く閉じられたドアと格闘し始めた上条の背後から、素晴らしく眩しいのに背筋が凍るほどの気配がする。
 振り返ると——、
「上条ちゃーん? まったくしょうがない子なのですよー、えへへ、そんなに被験者(モニター)がやりたかったのですか? えへ、
上条ちゃんが開発熱心な生徒に育ってくれて、えへへ、小萌先生はすっごく嬉しいのですよ、えへへへへ、そうです! 放課後の警備
員(アンチスキル)用の武装開発にも参加してくれますか? なんか忍耐強い能力者の被験者(モニター)が必要らしいんですよねー
、えへえへへ」
 小萌先生は感動の臨界点を突破してしまったのか、先ほどの吹寄よろしく、小萌先生もその小さな体ながらかなりの威圧感で迫って
くる。小さな笑顔に収まっている細められた瞳に上条は恐怖を覚えた。
「小萌先生、なんか様子がおかしいですよ? いつものかわいい顔が台無しになってますし、落ち着いた方が……って、ちょっと! 
そんなギラギラと目を光らせないでください!」
「えへへ、『かわいい』だなんて……担任に言う台詞じゃないのですよ。それとも……えへ、上条ちゃんは小萌先生を女性として見て
くれるのですか? とっても嬉しいですけど、えへえへへ、それなら『きれい』の方がよかったのです、えへへへへ、でも、教師と生
徒なんで諦めてほしいのですよー」
 一歩間違えれば小萌先生のフラグを立てていたようだが、今はそんなこと考えている暇はなかった。


 すぐ近くまで、世話焼きの鬼がやってきていた。
「小萌先生、上条さんは実験体(モルモット)にはなりたくありません! ここはなんとか見逃して——って、あれ? ちょっ——ぐ
げっ!!」
 上条は背中がドアにぶつかって退路を絶たれたと諦めた……のだが、そこにドアはなく寄りかかろうとした上条は背中から教室に倒
れてしまった。受身をとる余裕もなく、後頭部をしたたかに打ちつける。
「上条君。大丈夫?」
「ひ、姫神……」
 見上げた先には、心配してくれているのか、少し眉根を寄せている姫神の顔があった。遠くで小萌先生が「あわわっ! 上条ちゃん
が倒れちゃったのです! 平気ですか、上条ちゃーん?」と騒いでいるが、ここは被験者(モニター)を避けるため無視しておく。
 倒れたまま、姫神に声をかける。
「あぁ、俺は大丈夫だけど……ドア開けたのって、もしかして姫神?」
「そう」
「結果として、とりあえず助かった。ありが——っとぉおおお!?」
 お礼を言うために姫神を見ようとした瞬間に上条は自分の首を思いっきり横に曲げて視線を逸らした。
(今気づいたんですが、姫神さん立ってましたよね? そんでもってこの学校の制服は一般的なセーラー服。この位置から見上げると
必然的に例の光景が視界に入ってしまうはず。上条さんは健全な学生ですが、それ以前に誠実な男の子なので、ここで姫神を見てはい
けないと思うのです。というか、それは御坂妹のポジションなのでは——とトウマは自分の心中を包み隠さず吐露してみます)
 不自然な行動がバレたのではと、ダラダラと嫌な汗をかく上条を一瞥した姫神は、
「見えてるんじゃない。見せてるの」
「なにぶっちゃけてるんですか、姫神さん! ——って今度は吹寄ぇ!?」
 思わずノリで声のした方に向いてしまったが、そこにあるはずのものはなく……あるのは吹寄の光り輝くおでこ。
 よく見ると吹寄の肩越しに姫神がいた。
 どうやら上条が首を変な方向に曲げている間に姫神は移動していたようで、
「上条当麻、貴様はやっぱり一回ぐらいは死んだ方がいいと思わない? それがいいわよねそうよねそうしましょう!」
「自己完結ネタ!? 吹寄さん、それは上条さんの専売特許で——いぎゃぁあああ!!」
 悲鳴とともに額に大きなタンコブをもらって床をのたうつ上条。
「えーっと……それじゃ、昨日の続きからなのです。みんなさん、テキストの準備はおーけーですか?」
 ちょっと前から成り行きを眺めていた——慌てすぎて事態を治められなかった——小萌先生はひきつりながらも笑顔をたやさなかっ
た。慣れとは怖いものである。


「——上条ちゃん、ちょっといいですか?」
 悲惨だった授業が終わった直後、上条は小萌先生に呼ばれて廊下に連れ出された。
(なんの用だ? まさか……昨日の追試、そうとうやばかったのか? もしかして追追試? うだー……上条さんに開発の試験はきつ
すぎなんですよ。勉強したってなんの成果もないってのに、集中なんてできませんのことよ?)
 廊下の端、あまり人の気配がしないところまできて、やっと小萌先生は口を開いた。

「上条ちゃんは……因幡里ちゃんとお知り合いなのですか?」

 一瞬、聞き違いかもしれないと思ったので、声が裏返らないようにして小萌先生に聞き返す。
「因幡里って……因幡里数葉、ですか?」
「そうなのです。やっぱり上条ちゃんのお知り合いだったのですね。一応ですが、どうやって会ったのか説明してほしいのです」

 つい昨日聞いたばかりの名前が小萌先生から聞こえて上条は驚きを隠せなかった。しかし、ここで慌てるのもおかしいので声を落ち
着けながら上条は話し始めた。
 昨日の追試のあと、帰るのが遅くなったこと——姫神のことは除く。
 帰り道にある公園で見知らぬ少女がびしょ濡れになっていたので、思わずいじめにあっていると思ったこと。
 話しかけるとその子が因幡里数葉と名乗り、一〇分ほど話して因幡里は帰っていったこと。
 上条の話を聞き終えると小萌先生は妙に納得したかのように、うんうんと一人で頷いている。そして、すっと人差し指を立てて、
「因幡里ちゃんは一週間くらい前からウチに居候しているのです。自分のこともたくさん話してくれるとてもいい子なのですよ。小萌
先生が話を聞いた限り強度(レベル)によるいじめとかは受けてないと思うのです。びしょびしょだったのは……たぶん、因幡里ちゃ
んの能力のためですね。だから上条ちゃんは心配しなくてもいいのですよー」
(能力? 水力使い(ハイドロハンド)なのだろうか? 自分自身が濡れていたということは能力の制御ができていない?)
 上条の疑問などお見通しというかのように小萌先生は続けた。
「ところで……ですけど、上条ちゃんは自分の能力が影で話されるのは嬉しいですか? ふふっ。因幡里ちゃんも同じなのです。小萌
先生も上条ちゃんの性格は知ってますからね、ちょっとのことでも気になるのも納得なのです。でも、気になったのなら本人から聞く
べきなのですよー。因幡里ちゃんなら放課後にはもう小萌先生のアパートにいるはずなので、帰りにでも顔を出してほしいのです。上
条ちゃんが来たら、因幡里ちゃんもきっと喜ぶのですよ」
 「それでは、お願いしますねー」と言って小萌先生は次の授業へ向かっていった。
 小萌先生の言ったとおりだと思った。俺が勝手に考えたって、それじゃ相手を値踏みするようなことだし……放課後、空いた時間で
会いに行くか。そう決心して、なんだかんだで小萌先生が尊敬に値する人物だと再認識した上条も教室に戻ろうとした。

「上条君。また女の子と関わったの? しかも私と別れた後すぐに」

 背後からの声に、ぎくぅっと上条の肩がすくんでしまった。
「ひ、姫神!? いつからそこに?」
「君がその女の子とのいきさつを話したあたりから」
「いや……いたなら声かけてくれればいいのに」
 しかし、ほとんど最初から姫神はこの話を聞いていたのなら、小萌先生はなぜなにも言わなかったのだろうか。やはり姫神は見つか
らないように隠れていたのか。どちらかと言えば後者の方がありそうなのだが。そうならそうで、盗み聞きはいけないことだと注意し
なければいけない。

「——ってか、小萌先生には見つからなかったのか?」
 上条の問いにゆっくりと首を振る。
「小萌先生は私が君の後ろにいたことを知っていた。私がこうしたら——」
 そう言って小さな唇の前で右の人差し指を立てて、しぃーというジェスチャーをする。
「黙っていてくれた。さすが小萌先生」
(なんでだよ、小萌先生……)
 全身の力が一気に脱力していく。今すぐにでも、うだーっとしたいところだが、ここは廊下なのでそうもいかない。
 気だるい体を引っ張って姫神と一緒に教室へ戻る。
 その途中、
「どうして私が誘ったことを言わなかったの?」
「ん? あ、あぁ……なんつーか、言っていいのか迷ったから結局、ってとこかな。吹寄にも自分から言ってないんだろ?」
「そう。了解」
 言葉どおりに、満足げな表情をしていた姫神だったが、
「でも君はまた別の女の子に関わっていく。……やっぱり。私って報われない」
 ぽつりとこぼした。
「いや、だから、あれはだな……」
 あきらかに不機嫌で、ともすれば頬でも膨らましかねない感じだったが、慌てふためく上条の様子に姫神がくすりと笑った。
(なんだかこの頃……姫神もよく笑うようになったような気がするな。さっきみたいに冗談だって言うようになったし)
「だけど——」
 一転。姫神が真剣な顔をした。
「秋祭りは。……ちゃんと来てほしい。絶対に来てほしい」
 真摯な瞳が上条を見据える。
 普段の姫神からはあまり感じられない、焦燥、当惑、懇願、様々な感情が混ざったような複雑な表情に見えた。それは口にした言葉
にも表れていた。誰かに何かを頼むとき、姫神は『絶対に』などの強い言葉をあまり使っていないと思う。上条が考えていた以上に、
姫神はこの秋祭りを重要視しているようだった。
「あたりまえだろ? 約束だ……必ず行くから。姫神とは大覇星祭のナイトパレードも一緒に見れなかったしな」
 力強く宣言した上条に、姫神は心の底から安堵したふうだった。
 上条の事件に飛び込んでいく性格から考えれば、新しい人物との関わりが心配にならないはずがなかった。わずか二・三ヶ月の関係
だが、姫神もそれを十二分にわかっているのだろう。
 二度も約束を破るわけにはいかない、と上条は思った。
 ある少女と同じように、この少女の笑顔も曇らせてはいけないものだと、小さく右手を握りしめた。



2章一〇月四日Float_one's_feeling 終



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