とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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第六話     破滅狂走曲 第惨番 破綻調

第二章 ネコ科の魔術師は愛に生きる

  ▼スキルアウトA 01

 最初は鳶か何かの鳥だと思った。
 八月三十一日、日暮れ時の事だ。
 私は十九学区にいくつもある住居用の路地裏から少し外に出て、大きめの通りの歩道に
座り込んでいた。
 この学区には、学園都市としては古い町並みが広がっている。
 耐久年数が低い、粗い目のアスファルト。
 光触媒の含まれていない、くすんだビルの外壁。
 何よりも目に付くのは、風力発電機の代わりに点在している電信柱だろう。そびえ立つ
ビルとビルの間に覗く夕暮れの空を寸断する電線は、最先端技術が溢れるこの街にはここ
以外に見る事ができないものだ。
 取り残され、見捨てられ、ただ寂れていくだけの場所。しかし私は、どこか生まれ故郷
を思い出させるこの眺めを気に入っていた。
 それを失わせずに済んで、良かったと思う。
 三ヶ月前、この学区は全面的な再開発のために無人状態にされた。その隙を、私達スキ
ルアウトが突いた。
 無能力武装集団(スキルアウト)。今では単なる不良集団の代名詞となってしまっている
が、その元は強大な力を持つ能力者達から身を守るために無能力者達が結成した組織だ。
 外界から隔絶されたこの街における強さとは、すなわち能力に他ならない。統括理事会
は『学生の六割はスプーンがやっと曲がる程度の無能力者』という広報を行ってはいるが、
よく考えてみればあの金属棒をひん曲げるには結構な力が必要なのだ。それに、そのスプ
ーンだってどんな金属で作られているのか知れたものじゃない。どの程度で『曲がった』
としているのかもはっきりしていない。学園都市特製超合金のスプーンを蝶々結びさせて
おいても、それを『スプーンを曲げた』と言っているのかもしれないのだ。
 さすがにそこまでの事はないだろうにしても、能力というのは人間の力の及ばないよう
な強さを持っている。
 そして強さを持った人間は得てして傲慢になるものであって、弱者を虐げる場合がある。
 私が、そうだった。
 と言っても、自分は虐げたのではない。
 虐げられたのだ。
 『読心能力(サイコトメリー)』。私がこの身に発現した能力は、人の心を覗き見する力
だった。とはいえ、実際には、『読心』なんてレベルの情報量を感じ取る事はできないし、
それを処理するだけの脳も持ってはいなかった。目をこれ以上無い程に凝らしてようやく、

快か不快か、人の心の最も基本的な感情が分かる程度だ。そして、それ位なら普通の目で
見るのと変わりなど無い。
 しかし、周りの人間達はそうは思わなかったらしい。読心系の能力は希少な方の力で、
一般的な認知の度合いが低かった。
 最初にその事について思い当たったのは、中学生になってからだった。
 ある日教室に入ると、固まって喋り合っていたクラスメイト達の動きが止まった。その
時は一瞬の事にすぎなかったが、それこそはいずれ舞い来たる日々の予兆に他ならなかっ
るという事が無くなり、私が話し掛けるとその場の温度が下がるようになり、会話に参加
しても相手にされなくなり、一番の親友からはあからさまに避けられるようになり、つい
には誰からも完全に無視されるようになり――初めて人を病院送りにしたのは、押しつけ
られたゴミ袋を運んでいる途中に足を引っ掛けられて転ばされ、その拍子にぶちまけられ
た屑に紛れていた回し手紙が目に入ってきた時だった。
 それから私は学校へ行かなくなった。受験なんかしていなかったので、卒業するはずだ
った日が来てから数日後、寮を追い出されて真っ当なスキルアウトになった。
 もし今も普通の人生を送っていれば、と思う事が無いわけではない。
 しかし私は、今の生活も決して悪くはないと考えている。
「空を見るのが、好きなのか?」
 背後からかかってきた声が、その理由だった。
「何となく、いっつもそうしてる感じがするな、クミは」
 それも仕方ないかもしれない。私が初めてタカに会った時も、私は空を見上げて何を考
える事もなく呆然としていたのだから。
「うーん、別に、特に好きってワケでも無いんだけど」
 つれない言葉とは裏腹に、私の心は弾んでいた。
 私なんかが今までスキルアウトとしてやってこれたのは、目の前にいる男のおかげだっ
た。タカは住む場所を失って裏路地に倒れこんでいた私の前に現れ、スキルアウトとして
の簡単な仕事と居場所をくれた。
 私にとっては、もっと別のものを与えてくれる存在でもあるのだが。
「そういうタカだって、結構空眺めてんじゃん」
「んー、まあなー。だってさすがに、一日中天幕に覆われてちゃかなわねぇよ」
 スキルアウトは路地を挟むビルとビルの間に色とりどりのビニールシートで天幕を張っ
て生活する。学園都市を遥か上空、大気圏外から監視する人工衛星の目から逃れるためだ。
こうすると、どこで何かをしているのは分かるが、“何を”しているのかまでは分からなく
なる。これらは月に一度の頻度で警備員等に強制撤去されるのだが、私たちはそれと同時
にまた別の場所に天幕を張り、意図的にイタチごっこの構図を築く。

 一つを壊されては一つを作り出す。簡単に捨てては、簡単にやり直す。
 それがスキルアウトの本質。
 住みかを荒らされれば別の場所へ移り、本拠地が壊されればすぐ近くに別の居場所を作
り、組織が潰されればあぶれた仲間を集めて新たな組織を結成する。
 それが私たちのやり方……だった。
 しかし、疲れてしまったのだ。
 いくら作りあげても作り出しても、阻まれ、壊され、潰される螺旋に。終わりの見えな
い堂堂巡りに。
 だから私たちは十九学区を占拠することにした。
 朽ちない、変わらない、擦れ尽きない平穏を手に入れるために。
「もうすぐ、なんだよね」
 夜と夕暮れが同居する空を見上げて呟く。
 ん?という顔をこちらに向けるタカに、確かめるように聞く。
「もうすぐ、ここは私たちのものになるんだよね。そうしたら、私たちはもっと自由に生
きられるんだよね」
「ああ」
 答える彼は、笑顔だった。
「そうだ。もう少しだ。もう少しで、俺たちは自由を手に入れる。そうすれば、もう天幕
の下で生活する事なんて無くなる」
 その声は、何よりも頼もしかった。私は心身が暖まるのを感じた。
 それを誤魔化すようにして、一つの話題を持ちかける。
「ねぇ、そうしたら、まず最初に何したい?私は、フカフカのベッドで一日中ゴロゴロし
てみたいなぁ」
「そうだなぁ。確かに、それだけゆっくりしてみたいもんだなぁ。俺は、そこにテレビも
欲しいかな。別に面白い番組があるわけでもないのに、ただ何となく付けておくだけのや
つ」
 彼の答えが私の望みに付している随ことに、またもや何かが溢れ出し、それこそ極上の
毛布の包まれているような気分になる。
 そして私は、そんな気分を保ちながら空を見上げ――
 ソレに、気付いたのだった。

 ――……ぉぉん

「ん?」
 どこからか、震えるような響きが聞こえた。
「どうした?」
 タカには聞こえなかったようだ。
「うーん……なんか、変な音しなかった?」
「変な音?」
 警備員たちがやってきた可能性を考えてだろう、彼は急に警戒した姿勢になる。
 そのまま路地に転がればよかったのに、私はその入り口をつくる建物の角に向かって回
転した。直線的にぼやける視界の中で危険を感じて身を固くする。が、体に感じたのは思
っていたような衝撃はではなかった。思わず瞑っていた目を開くと、タカが私の体を受け
止めていた。
「大丈夫か?」
 そう言いながらも、目線は私を見ていない。体に触れている腕は硬直していて、全身に
警戒を漲らせている事を知らせる。
 私は無様に転がった状態から身を起こし、突然やってきた乱入者を見た。
 ソイツは、たった今着地した場所から一歩も動いていないようだった。あっという間に
吹き飛ばされていたのにそれと分かったのは、クレーターのようにえぐられた地面のため
だ。
 直径2メートルはあろうか。外気に触れる事の無かったアスファルトとその下の土くれ
が掘り起こされている。
 その荒地の円の中心に、ソイツは堂々と立っていた。その奇妙な出で立ちに、私は眉を
ひそめた。
 数十メートルという高さから着地し、もはやつるつるのクレーターの中心部に突き立て
られた両足は、何も履いていない、全くの素足だった。少し大きめの、薄っぺらなハーフ
パンツに、同じくサイズの一つ大きなノースリーブで上半身を覆っている。広い首回りの
上に乗っかっている顔は、縮れたボサボサの癖っ毛が上半分を隠していて、表情は伺えな
い。
 何よりおかしいと思ったのは、首にぐるぐると巻かれた鎖と、両手に握った二本の金属
バットだった。
「それはどの方向からだ?」
 私は座っている体の向きそのままの方向を指差した。
「……でも、多分気のせいだと思うよ……?」
「なら、いいんだけどな……」
 腰を浮かしかけていたタカはゆるゆると座り直す。
 その姿を視界の中心にもってきた時、私は端の方に何かを見付けた。その方向、直前ま
で指差していた広い道路の向こう側を再び振り返る。
 左右に続く二点遠近法の道路と、それに沿って立ち並ぶ廃ビル街。

 その上空、数十階はあろうかという高さを飛び越えて、ソイツは“飛んで”来た。
「……鳥?」
「トリ?何が?」
「あれ。こっちに向かって飛んで来てる」
 ソレは鳶か鷲の、上昇気流に身を任せてゆっくりと空を横切る動きにそっくりだった。
ビルの上辺りからゆるゆると離れ、だんだん私たちの頭上へ移動して来ている。
 しかし、ソイツは鳥にしては大き過ぎた。
「……ひと?」
 そう呟いたのは、私だったのか、タカだったのか。
 私たちの真上ヘ到着したソイツは、いきなり降下し始めた。
 遠くにある物体の運動は、小さく見える。その方向が自分に向かっているのなら、更に
顕著だ。
 避ける暇も無かった。
 今までゆっくりと動いていたものが真上で静止して、そして少し膨らんで大きくなった
ような気がして、それはひょっとして落ちて来ているという事だろうか?と思った時には
――ソイツは、ほんの数メートルの所のアスファルトに突き立っていた。
 体を突き飛ばすような轟音は、地面を揺るがす振動と、人間二人を空き缶のように転が
す豪風と一緒だった。
「きゃあっ!?」
「うおっ!?」
 なんだ、風紀機動員ではないのか。
 風紀機動員。風紀委員の中でも実戦的な能力の高い者達で組織される、準警備員とでも
言うべき治安維持部隊員だ。が、近代兵器と高度な能力を併せ持つその戦闘力は警備員の
何倍も厄介だと言われている。
 ここにやってきたソイツも、それだと思っていた。ただの警備員ならもう何度も返り討
ちにしている。あんなふうに飛んでこれるのは能力者しか考えられない。向こうの奴らは
とうとう痺れを切らして、風紀機動員を投入したのだ、と。
 しかしソイツは、先端技術の粋を集めたボディーアーマーや銃器はおろか、風紀委員の
腕章さえ付けていなかった。
 一体何者なのか。
 ただ一つだけ言えるのは、この十九学区に乗り込んで来た者は、誰であろうと無事では
帰れないという事だ。
 ……と、この時はそう思っていた。
「――っ、」
 ソイツはいきなり動き出した。私たちなど目にも写らぬ様子で、体いっぱいに息を吸い
込むと、
「グッっッッッもーにーぃぃィィっエブリワン!!!」
 岩石でできた拡張器を使ったような、ひび割れた声でそう叫んだ。
 私とタカは思わず耳を塞いだ。こんなひどい音は聞いたことが無い。
 ソイツは私たちを無視して目の前を通り過ぎながら、尚も叫ぶ。
「やぁヤぁ皆さぁーン、楽しんデまスかぁー!?いいですよねー、ガッ校も授業(カイハ
ツ)も無イ生活!偏差値なんて物差しに縛られない人生!実に素晴ラしいッ!!!あなタ
方はジユーに生きている!それだケではない!流行りの歌にもありましたねぇー、いつも
ギリギリで生きてイタいって。貴方ガタは正にそれだ!いやいや、時代を先取りしてます
よねー!!ンぅぅ?アレ、あの曲自体は時代遅れデスかねェ?」
 叫んでいる言葉の内容は喧嘩を売っているとしか思えない。ここにいるのは、その気が
無くても暴力ヘと話を捻曲げる人間たちばかりだ。正気ではない。
  しかしソイツは少しばかり能力が発達しただけで神様にになったと錯覚したわけでも、
ちょっと頭の血行と脳内麻薬の分泌がよくなって喧嘩を売りに来たわけでもないようだっ
た。

 薄暗い裏路地ヘ、踏み込んだ者をことごとく捕らえて放さぬ胃袋、決して救いの手など
差し伸べられない場所ヘ自ら歩み入るそのその足取りは、修業僧のように重々しい。
 ふざけた叫び声をあげる顎とは裏腹に、髪の隙間から覗く双眸は般若のようにしかめら
れている。
 私はその威容なオーラに圧倒されて、ソイツの足を止める事もできずに凝視し続けた。
「しかしここでェ、皆さんに残念な事をお聞かせしなけレばナりませぇん。」
 薄暗闇の路地に、チラチラと動く影が現れる。スキルアウトたちだ。ここから見えるだ
けでも五、六人、それでもソイツの足は止まらない。
「皆さんが更なる自由のために手に入れようとしているこの十九学区、もウちょっとでボ
コボコにされちゃうんですヨねー。というのも――」
 何をたわける気かと思ったが、次の言葉は私たちの頭を冷やした。
「早ければ来週から始まって、九月中には終わるでショうねぇ。十九学区は、千人規模の
警備員風紀委員合同治安維持部隊によって、徹底的に“お掃除”さレまーす」
 今、コイツは千人と言ったか?
 その言葉が本当かどうかは分からないけど、ありえない話では無かった。現在、十九学
区に接する第四、六、十二、十四学区では治安維持人口が高くなっている。それらが合わ
さった上に全学区からいくらかを掻き集めれば、それ位はいけるかもしれない。
 そして、そんな大人数が相手では、私たちスキルアウトに勝ち目は無かった。
 今の十九学区の人口は約一万人だが、そのほとんどは、スキルアウトに占領された=『警
備員達の居ない学区』という魅力に寄り付いて来たただの不良や、いかがわしい商人達だ。
実際に武器を持って戦うスキルアウトは、初めにここを乗っ取った四百人弱ほどか。
「そして更にィー、もーット残念ナ事にー、実弾の使用許可も下りちゃってるんデスよー、
どうしまショー。死人出ますよねー。つーか皆さん、人として見られてないデスねー。し
かーし、そんな貴方たチにも助かるための選択肢が用意されたイマーす」
 そこでソイツは空を仰ぎ、両手の金属バットを振りかざして叫んだ。
「今すぐ裸足で逃げ出すか、“俺たち”にこの場でブチ壊されるかでぇーす!」
 仲間達は明らかに動揺していた。 千人だと?来週から?実弾だって?本当の話なの
か?俺たちは全部で何人いるんだ?九月中に終わる?
 ただし、そこに鎖男ヘの配慮は皆無だった。
「クミ、本部ヘ行ってみよう」タカが私の肩に手を置いた。
「え?本部ヘ?」
「ああ。アイツの言ってることを一応確かめないといけないからな。仲間がいる可能性も
ある。それに、どっちにしろ俺は情報伝達係だから」
「アイツはどうするの?」
 私は自分からスキルアウトの輪の中へ入っていく背中を訝しげに見ながら問うた。
 タカはまるで興味無さげに歩き出す。「ニック達がなんとかするだろう」
 私は『一人ぐらいなら私も加わってちゃっちゃと済ませられるだろう』と思った。いつ
も肌身離さず持っている小さな折畳みナイフを、胸ポケットから音も無く取り出す。
 ずるずると引きずられている鎖の音は、今なら仲間達よりも私の方が近かった。それに、
死角だ
 私は肋骨の隙間を切り裂くべく刄を覗かせようとする。が、その時、今だにイカレた事
を叫ぶ首がこちらに振り向き、黒髪越しに睨み付けてきた。
 その目を見た瞬間、私の頭の中を特大のシンバルが砕け散ったような音が響いた。
「何してんだよ、ほら、行くぞ」
 ついて来ていない事に気付いて催促するタカに、私は今度は逆らわなかった。 早歩き
でその場を後にする。
 本場に続く道の途中、今さっきの事を不思議に思い、考え、一つの推測が浮かんだが、
自分でそれを否定する。
 ありえない。能力を無理矢理発動させる程の感情が、アイツの中に詰まっていたなんて。
 額を押さえて首を振ろうとして、折り畳まれたままのナイフをまだ手に持っていた事に
気付いた。妙に濡れて滑りやすくなっている。それを裾で拭いながら、とにかく今はタカ
と二人で一緒に居ることに集中しよう、と、私はまだ一回も使った事の無い得物をポケッ
トにしまった。


  ▼スキルアウトB01

 ソイツは中世の功城に使われる火矢のようにして飛んで来た。
 八月三十一日、夕か夜かの間の頃だ。
 天幕に覆われた暗い路地の中、オレはニックやその他の仲間達と暇を持て余していた。
天井の無い空の下を闊歩でもすれば気分はいいだろうが、そういうワケにもいかねぇ。オ
レ達スキルアウトが占拠した十九学区は、最近はご無沙汰になっているとはいえ、常に警
備員達のゲリラ的な強制撤去の危険にさらされているんだ。警備員達のいないパラダイス
学区、というのに釣られてホイホイ集まってきためでたい奴らとは違って、オレ達は然る
べき時には武器を持って戦わなくてはならない。具体的に言うと、アンチスキルの分厚い
装備の弱点、首筋を小刀付き鉄パイプで突いたり、胡椒や何やらの粉爆弾を投げたり、顔
面にスタンガンを押しつけたり、景気の良い時にはボウガンや拳銃を浴びせかけたりする
ワケだ。そしてそのために、配置された場所でいつでも準備を整えておかなくてはならな
い。これも不意の襲撃にいち早く対応するためだ。うんざりする程に馴染みきった裏路地
に一日二十一時間以上駐屯していなければならなくても、別に仕方ねぇと思う。
 だけど、むこうからオレ達を訪ねて来やがるとは思ってもいなかった。
 オレがソイツに気付いたのは、ニックが言ってきた下品なギャグに顔をしかめ、そっぽ
を向いたからだ。
 その碧眼の少年はしばしば、わざと英語でこちらの理解できない言葉を吐く。外国から
の留学生で、母国からのプレッシャーに耐え切れずに学校を飛び出したという彼は、元は
とても頭の良い人間だったんだろう。初めは油断ならないという態度でオレ達に接してい
たけれど、そのうちにそつの無い会話を交えるようになり、回転の早い切り返しを繰り出
すようになり、今では仲間達の中心で濃密な時間を作り出すムードメーカーとなっている。
 どんな話題の中だったか。
 その時も彼は場を笑わせ、暖かい色の時間を作り出していた。そしてその途中でオレに
はあまり意味の分からない冗談を言って、更に皆を笑い転がらせた。
 キョトンとしちまってたオレにむかって、英語で彼は言ったのだ。言葉の内容は更に分
からなくはなったが、逆に雰囲気で伝わった。自分は、下品な言葉でからかわれたのだと。
 彼はそっぽを向く私に八の字の眉毛で許しを請いた。
 さて、あと何種類の謝り方で許してやろうか、と思った時だ。
 表の大きな通りに続く路地の出口を見るとも無しに収めていたオレの視界に、妙なモン
が映った。
 路地を出てすぐの所には、二人の男女が歩道に腰掛けて何やらダベっていた。天幕の中
から出てはならないと決め付けられているはずだが、あの新参の女は何度言っても聞かな
い。加えて、そんな時にはいつもタカが割って入ってきて、根暗女の肩を持ちやがる。世
話好きな古株は、どうやらソイツを新入りの仲間という人間以上の意味で気に入っていや
がるようだ。はん、胸でかいからな、あの女。
 その姿を認めた瞬間にそれだけの評価が脳内スクロールされるが、それは日頃思い積も
った思考がショートカットで起動されただけで、ほとんど条件反射的な脳活動に過ぎず、
それほどの意味は無かった。
 重要なのは、表の大通りの向こう側に立ち並ぶビルの上、地上数十メートルの場所を縦
に通り過ぎた影だ。
 何だ、アレは。カラスなんかの鳥のシルエットか。いや、それにしては何かがおかしか
った。そこには生きものを発見したワクワク、じゃねぇ、なんつうか、同じ生物として遭
遇した者ヘ抱く興味というか、とにかくそんなものが全く無かった。
 むしろ逆。
 逃げ出したい。
 自分の中に沸き起こった感情、オレはまずそいつに対して戸惑い、それからそんなもの
を抱かせたアレに急激な警戒を抱いた。なんだろう、この気持ちは、とても不安で、しか
し過去にも味わった事がある、それはどちらかと言うとネガティブな記憶に包まれていて、
そしてあまり取出しやすくない場所にしまわれていて、そうだ、思い出した、これはオレ
が初めて命の危険、死の恐怖を味わったあの日の作戦の時のものだ、次々と捕まっていく
仲間、動かない体、止まらない出血、追い立てる足音、役立たずの武器、絶望に打ちのめ
され、諦念に縛り付けられ、そしてガスの糸を引きながら撃ち込まれた榴弾――

「ニック、あれっ」
 オレはとっさに、背後で謝罪の言葉を並べ続けている少年の名を読んだ。が、ここから
見える外の景色は左右の建物と頭上の天幕に遮られ限定された長方形だ。あの影はビニー
ルシートに邪魔されて見えなくなっていた。
 ヒューゥ。きっと彼はあの二人を見たのだろう、わざとらしいお調子者の仕草で口笛を
吹く。そしてオレの顔をチラリと見やって何かの感情を瞳の中に表した。今さっきまでな
らその虹彩に浮かぶものを解読できたのだろうが、現在そんな余裕は無い。
 オレは首を左右ヘ交互に振りながら、ニックとあの影のいた方向をもどかしく見比べた。
 それを自分の態度に対しての否定と受け取ったのか、おかしな動きに何かが起きたのを
察したのか、尖らせた唇の動きを止めた彼。
 その口はすぐに、驚愕の形にこじ開けられる事になる。
 首をあらん限りの勢いで振る。バケツいっぱいの水をぶちまけられたように流れ去るニ
ックと路地の壁、地面。そして次に映った表通り脇の歩道。浮き足立つ人一組の男女。
 そこに、オレ達の場所に、『アイツ』は襲来の足音を響かせた。

 ボ…ボボ……ボババ、バ、バ、ボババババババババババババババ バ バ バ バ バ バ バ 
バ バ バ バ ! ! ! ! ! ! !

 ムチャクチャな改造をされたエンジン音のような振動があたり一帯に轟いた次の瞬間、

 ――ッゴウン!!!!!!

 天幕のビニールシートが数枚いっぺんに引き剥がされ、吹き飛ばされる。
 固ささえ感じるような突風が襲い掛かり、顔を腕で覆わなければならない。
 空気が耳元でビリビリと震える。遠くで何枚ものガラスが砕かれ、降り注いで地面を叩
きつける音がする。
 隕石のような、と言っても間違ってはいなかった。
 やっとのことで『ソイツ』の姿をこの目におさめた時、『ソイツ』は真っ赤に焼けた鉄の
ように発光する四肢を大地に突き立てて、眠りから醒めた老竜のような動きでのそりと立
ち上がるところだった。
 そして、まるで高級車に乗り付けて到着した重役のような堂々とした態度でこちらを見
据え、肺に深々と酸素を吸い込んでから、頭の涌いた叫びを発する。

「グッっッッッもーにーぃぃィィっエブリワン!!!」

 八月三十一日、第十九学区終焉の日。
 破壊と崩壊の限りを尽くした『ソイツ』は、このようにしてオレ達の前に姿を現したの
だった。

 しばらくの間、誰もが呆気にとられていた。ある者は座り込んだまま、またある者は中
腰の態勢で、地震が来て驚いたような格好のやつもいれば、爆発に対処するような、頭を
覆って地面に伏したままの姿もあった。
 そんな状態のスキルアウト達ヘ、『アイツ』は、威風堂々、そんな言葉が当てはまってし
まうような態度で、しかしその顎だけは狂気の言葉を吐きながら歩み寄ってきた。
「やぁヤぁ皆さぁーン、楽しんデまスかぁー!?いいですよねー、ガッ校も授業(カイハ
ツ)も無イ生活!――」
 ひどい音だ、鼓膜に痛みさえ覚える。しかしオレには耳を押さえる余裕なんて無かった。
 わずかばかりの明るみに逆光になっている黒いシルエット、そして更にその足から伸び
る影。幾重にも巻かれ、首から無造作に垂れ下がっている鎖の束。両手に一本ずつ握られ
た、球よりも人間を殴った回数の方が多そうな金属バット。二つの眼(まなこ)を無秩序
に茂る黒髪に隠し、下半分だけを開閉させる顔。
 『アイツ』。
 オレは、その姿を目にするだけで噴き上がってくる感情を押さえ付けるのに精一杯だっ
た。
(何なんだ、いまさっきのは)
 落ち着け、たかが人間一人だ、それに風紀起動員でもねぇらしい。
(どんな力を使えばあんな距離を飛んでくる事ができる?)
 異能の力と言っても、神様になれるわけじゃない、できる事なんてたかが知れてんだ。
(この風貌は本当に人間のものなのか?)
 それにコイツは何だ、頭だってイカレてるじゃねぇか。
(そうだよ、『コイツ』はイカレてるんだ、)
(常識なんて通用しない、どんな測定も受け付けない、)
(そして殺しに来るんだ、少しの躊躇いも見せずに、血の通わない兵器のように――)

 ガツン。

 地面に打ちつけられた鉄パイプの音。オレの泥沼な混乱は、それを聞いた瞬間に、解け
るようにして断ち切られた。

「何だ?あのイカレポンチは?」
 ニックだった。
 口先では不良らしい台詞を吐いているが、その目は鋭く冷静で、毎度の事ながら全く不
良らしくない、スポーツマンのような雰囲気だ。
 混乱していたスキルアウトはオレだけではなかった。しかしそいつらも、異国人の少年
の姿にいつもの調子を取り戻していく。
 ジャキン、バチリ、スチャリ、ガチャリ――。
 それぞれの武器を手にして、臨戦態勢を整える少年たち。その光景はまさに、“武装集団”
の呼び名の謂われだ。
 オレは急速に落ち着きを取り戻し始めた。そうだ、それがオレ達なんだ。超常の力を振
りかざす能力者どもに対抗するため、武器と人数を力とする集団。そう、それがオレ達な
んだ。
 オレも同じく武器を取り出――そうとして、自分は今にも走りだしそうな姿勢でカチコ
チに力んでいた事に気付いた。何事も無かったような素振りでポケットの中のスタンガン
を握り、重心を落として構えをとる。
 大丈夫だ、こっちには何人いると思っている?それに対してあっちはたった一人だぜ?
いくらあんな着地ができたって、こんな大勢を相手にできるはずがない。
「しかしここでェ、皆さんに残念な事をお聞かせしなけレばナりませぇん――」
 ぶっ飛んだ頭の男は、気兼ねの無い足運びで路地の入ってきながら突拍子も無い事を口
にする。
 オレはそんなものを信じたりはしなかった。千人規模の強制撤去?実弾の使用許可?ん
なモンに騙されるものか。そんな言葉でオレ達が乱れるわけが無い。敵の言葉などには動
じず、ただ無慈悲に、一つの情けも無く――
「はぁ?千人?」
「ダハハ、コイツマジで言ってんの?」
「実弾ー?うわーチョーコエぇー」
 緊張感の欠けらも無い声。目の前にいる敵の事など少しも考えていない仲間たちに、オ
レは呆然とした。いや、なんでそんなに余裕なんだよ、アイツはメチャクチャな高さから
で飛んで来るようなヤツだぞ?
「何みっともない顔してんだよ」
 ニックが肩を叩き、言葉をかけてきた。
「もうアイツは手榴弾も何も持ってないぜ?金属バットなんか屁でもないさ。すぐに片付
けられる」
 え?
 オレは一瞬呆然としたが、すぐに合点がいった。
 皆は、あれを爆弾だったと思っているんだ。
 しかし我に帰った時にはすでに時遅く、オレ以外の奴らは路地の出口にむかって駆け出
していた。
 ダメだ。アイツは爆弾と鈍器だけを手にして喧嘩を売りに来た奇人じゃない。数十メー
トルも飛ぶ事ができるような、危険な能力者なんだ。
 オレはその事を教えようとして、半歩踏み出しながらあわてて手を伸ばす。
 が、そうする必要などどこにも無かった。
 ニックの言った通りだった。
 事はすぐに片が付いた。オレが何を言おうが言うまいが、その結果には何の差異も現わ
れなかっただろう。
 47秒。
 十一人のスキルアウト達が一人の人間に叩きのめされるまでに要した時間は、一分にも
満たなかった。

  ▼クレイモア01

うッわー、こイつ等、バカだ。
 俺は緊張を塗り隠した余裕の笑顔で走り来るスキルアウト達を眺めながら、少し引いた。
 いきなりノ闖入者に動転しちゃっタけど、相手がただの人間一人だと分かった途端、面
子を回復しようとして慌てて格好付けてるってカンジ?ププー!チョーウケルーッ。
 特に構えをとるでもなく、迫ってくるスキルアウト達を観察する。
 その数は6、7……8、……9、10……それぐラいか?運動不足って事は無さそうだ
なあ。武器はそれぞれに物騒なモンが一つずつ以上。さて、どウ捌くかね。
 その間も、互いの隔たりは20メートルから15メートル、10メートルと縮まってい
く。うーん、近くデ見れば見ルほどバカ顔だ。
 一番前が三人、その次に二人、三人――と、並びの悪い三列縦隊。
 ザッザザッザッザザザザザ――左右の壁に反響しているのか、足音も非常によく聞こえ
る。
 その距離はとうとう5メートル。
 先頭集団の真ん中が、その手に持つ警棒を高々と振り上げた。俺の持つ金属バットを警
戒していたのか、そのモーションは少々遠めで行われた。
「オラァ!」
 静止した鈍器を凶器と成して打ち放つには、エネルギーを与えてやらなければならない。

 その作業が必要とするタイムラグ、警棒が速度を伴って振り下ろされるまでの隙を突い
て、俺は動き出していた。

 ポイ――

 バットを躊躇い無く捨て去り、一瞬の内に警棒男との距離――4メートルほどを取り払う。
左肘にスナップをきかせて相手の肘の裏をはたき、警棒を取りこぼさせると同時、空中の
それを右手でキャッチ。
 驚愕の表情がやっと追い付いて来た顔に、鉄(くろがね)の棒を叩き込んだ。
「カッキーン☆」
 力を無くした肉体が倒れ伏す振動が、背後で地面に落ちたバットの、乾いた金属音と重
なった。
「な……て、テメ――」
 吠える暇など与えない。手の届く距離にあった残りの先頭集団二人。左右に腕を伸ばし
てその胸ぐらを引っ掴み、手繰り寄せて目の前でぶつけ合わせる。筋力にものを言わせた
スピードとダメージにふらつく体を二つまとめて、パンの生地でもこねるようにして地面
に叩きつける。
「ベチャッ!」
 俺の手際に今更警戒のレベルを改めようと思ったのか、継続の奴らはブレーキをかけて、
駆け足程度だった速度を緩めた。
 あーあ。戦場でハ動きを止めた者から死ぬ――はちょっと違うかもしレんが、勢いに乗り
損ねると辛いぞ?俺はそのうちの一人、減速し遅れて前に取り残され、結果一番近い場所、
3メートルほどの距離に来た男に目標を定めた。
 体に宿っていた運動エネルギーを地面に逃がすために、負担のかかった脚。その不自由
を狙う。
 一瞬の計画を元に動き出す。
 俺は回転ジャンプを跳ぼうとするかのように体をひねると、そのままの格好で一気に標
的ヘ接近、完全に間合いに入ったところで、全身の発条を解き放った。
 目の見開いた顔面を横殴り、脚を逆方向へと蹴り払う。空中で奇麗な横一文字となった
体に寄り添うようにして飛び上がり、垂直な後ろ回し蹴りを打ち下ろす。
「ズッドーン!」
 重心を軸にして90度回転され、何をする間も無くの字に折れ曲げられた骨格は、地面
に衝突して小気味の良い音を立てたのち、動かなくなった。
 このあしらいはスキルアウトに変化をもたらした。
「サンォヴァヴィーッチ!!!」
 俺のリスニング能力に間違いが無ければ、sun of a bitch 、つまり糞女の息子と罵られ
たようだった。どうやら、幼稚な言葉とともに数人を打ち負かすような人間に抱く感情は、
恐怖や警戒から、侮蔑と嫌悪、憤怒に変わったらしい。
 確かに、俺ノお袋は品を持っているとは言えなかっただろうサ。凄まじい速さで肉迫す
る金髪を睨む。しかし、テメエに言われちゃむかツくんだよ。それとこれとには関係ハ無
いけどな。今は母親なんて関係ない。俺を罵ってるだケダからな。
 鉄パイプを振りかざす金髪男が迫ってくる。俺はそのリーチが届く前に、右手に握った
ままだった警棒を投げ付けた。
 ヒュン、と、挙手をするようなモーションで投擲され、やや上昇気味に飛来する凶器を、
金髪は大きく横に翻る事で回避した。
 いい動きだ。
 だが、再び攻撃の姿勢をとろうと体を向け直す前に、俺はその襟首に指を絡み付かせて
いた。
「ぐぉォッ!?」
 重心の傾いている体、そのバランスを更に効率的に不安定にさせる上部を、目一杯引き
寄せる。俺はクルリと背中を向けて、前のめりになって倒れこんでくる体の下に潜り込み、
鉄パイプを離さない腕を肩に担いだ。

 そして、金髪が宙を舞った。
 助走のついた一本背負い。床に叩き付けるはずの本来のそれとは違い、俺は意図的に大
きく斜め上方向ヘ投げ飛ばした。屈折する上半身を発射台にして、さっきまでうるさかっ
たスキルアウトは声を出す事もできずに浮遊、頂点静止、落下。俺が作ったクレーターの
辺りに横になった。
「コンのくそおぉ!」
 俺は老廃物ではなく人間だが反応しておく。
 首を軽くひねって見やると、投げ技で180度回転して背後を晒した俺にむかって、二
つの少年が競い合うようにして迫っていた。
 うーん、また何アクションも起コすのは面倒だ。まとめて倒すことにする。
 俺は少し身を落として膝を曲げると、その落差を一瞬にして再獲得、頭の高さは変えな
いままに跳び上がって、脚部を少年たちに突き出した。
 両の足がそれぞれに目的の破壊を狙ったドロップキックは、その奇抜性からか、何の防
御も許さぬままに首筋ヘ到達すると、確かな感触を足の裏に伝えた。
 再び暗い路地の奥向きになおり、またも地面に転がった人間を確かめる。これで七人処
理した。あと四・五人といったところか。
 が、俺の誤算は頭部ヘの突然の衝撃という形であらわれた。

 ボガツンッ――

 視界の横端、自分のこめかみから、見覚えのある金属バットの先端が伸びていた。
 振り返って視認、そこにいたのは金髪だった。どうやら投げだけでは気絶しなかったら
しい。俺が投げ捨てたバットの一本を横殴りにぶつけた格好で、そしてもう一本を、今ま
さに殴りかからんとして振りかぶっている。
 その目がキラリと青く光り、口は歓喜を叫んだ。
「ファッッキィィィィィンッッッッ!!」
 そして、鉄の塊が振り下ろされる。
 しかし、その軌道が俺の頭の中に消える事はなかった。
 インパクトの瞬間が訪れるよりも前に、俺の手がその先端を掴み、目前でぐるりと円を
描かせたからだ。
 最も破壊力を持つ地点以外では、鈍器はそれほどの脅威ではない。プロペラに巻き込ま
れるようにしていなされ、制御を失った金属バット。俺はその真心の部分を鷲掴むと、そ
のまま少年の顔に殴り付けた。
「ソノママ飲ミ込ンデ!ボクノエクスカリバー!」
 鋼鉄の打撃は口の部分に命中し、前歯の何本かを砕いて白い顔面を血色に染めた。
 それを最後までは見届けない。俺はバットを持直しながら振り返り――そウ何度も後ろか
ラ襲うなよ――そこに迫っていたスキルアウトにむかってフルスイングした。
「再びカッキーン☆!!」
 ベコンッという、一際爽快な手応え。一拍おいて、ドサリ、と味気ない音で崩れ落ちる。
 残っていたほんの数人は、あたかも物理的な影響を受けたかのように、その音にビクリ
と身を震わせた。そしてじりじりと後退りして、今にも逃げ出したそうな重心移動を始め
る。
 どうやら、さすがに怖くなってきたらしい。が、俺にとってはどうでもいい事だった。
 手首をしならせ、腕・腰・背筋を脈動させて、手ごろな目標にむかって金属バットを投
げ付ける。ソフトボールの投球方で飛び出したバッティング用具は、空気を切り裂きなが
ら縦方向に回転していた。その凶暴な運動の外円がスキルアウトに触れた瞬間、その顎は
真上に殴り上げられ、体はそれに引っ張られて伸び上がった。
 俺は地面に落ちていたもう一本を拾い上げながら走り寄り、勢いに乗った一撃を腹にか
ます。既に気絶していて力が入っていなかったのか、その体はそこまで吹っ飛ぶ事無く、
代わりに折畳み式携帯電話のようになってコンパクトに落下した。
 その姿が決定打となったらしい。もうすぐに数えられる程になったスキルアウト――たっ
た三人が、我先にと背を向けて逃げ出した。しかし、その速度は俺の足より遥かに遅かっ
た。

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