「違うんです」
「じゃあ、何を――」
「そもそも、スキルアウトが何かをしているんじゃないんです」
「え?」
「元凶は別にあります。むしろ、スキルアウトはそれに巻き込まれた被害者でもあります」
どういう事なのか?
初春は、説明する代わりにキーボードを操作し始めた。さほど複雑そうでない作業の後、
ディスプレイに一つの真っ黒なウィンドウが表示された。
「これは第一九学区の外れにある地下に設置された監視カメラがリアルタイムで映してい
るものです」
始めは一面が暗闇に浸されているだけだったが、その内くぐもった雑音が聞こえだした。
その音源がだんだん近付き、鮮明になる。
黒一色でも、その映像がブレている事が分かり始めた。どうやら何かが近くで激しい運
動をしているらしい。
そして一段と激しい振動にカメラが震えた時――赤い何かが、粗雑な映像の中に現れた。
そのぼんやりとした発光には、見覚えがあった。
「白井さん、あなたに命令された任務は、第一九学区を蹂躙している暴走能力者を止める
事です」
「じゃあ、何を――」
「そもそも、スキルアウトが何かをしているんじゃないんです」
「え?」
「元凶は別にあります。むしろ、スキルアウトはそれに巻き込まれた被害者でもあります」
どういう事なのか?
初春は、説明する代わりにキーボードを操作し始めた。さほど複雑そうでない作業の後、
ディスプレイに一つの真っ黒なウィンドウが表示された。
「これは第一九学区の外れにある地下に設置された監視カメラがリアルタイムで映してい
るものです」
始めは一面が暗闇に浸されているだけだったが、その内くぐもった雑音が聞こえだした。
その音源がだんだん近付き、鮮明になる。
黒一色でも、その映像がブレている事が分かり始めた。どうやら何かが近くで激しい運
動をしているらしい。
そして一段と激しい振動にカメラが震えた時――赤い何かが、粗雑な映像の中に現れた。
そのぼんやりとした発光には、見覚えがあった。
「白井さん、あなたに命令された任務は、第一九学区を蹂躙している暴走能力者を止める
事です」
▼クレイモア04
思い出した。
学区の外れの地下街でたむろしていた、末端の末端達に囲まれた時だった。
「なぁーに?どうしたのぉ、ぼくぅ?」
「パパとママはぁ?はぐれちゃったのかなぁー?」
自分でギャハハ、と笑うそいつらは酔っ払っているらしく、七で今何が起こっているの
かも知らないようだった。生ごみの方がまだ使い道がありそうな人間たちを見ているうち
に、俺の脳裏に、チラチラと、記憶の欠けらが引っ掛かって揺れているのに気付いた。
学区の外れの地下街でたむろしていた、末端の末端達に囲まれた時だった。
「なぁーに?どうしたのぉ、ぼくぅ?」
「パパとママはぁ?はぐれちゃったのかなぁー?」
自分でギャハハ、と笑うそいつらは酔っ払っているらしく、七で今何が起こっているの
かも知らないようだった。生ごみの方がまだ使い道がありそうな人間たちを見ているうち
に、俺の脳裏に、チラチラと、記憶の欠けらが引っ掛かって揺れているのに気付いた。
――おまえの母ちゃんと父ちゃん、詐欺師なんだろー?
――人を騙して悪いことする、最低なヤツなんだろー?
それは声変わりを控えた子供の声だった。
これは俺の記憶なのか?
疑問はすぐに解決した。
不良たちの一人が手を伸ばしてきたので、ノーモーションで顔面を殴った。その時、先
程の記憶がより鮮明に再生され、目の前の映像に重なった。
これは俺の記憶なのか?
疑問はすぐに解決した。
不良たちの一人が手を伸ばしてきたので、ノーモーションで顔面を殴った。その時、先
程の記憶がより鮮明に再生され、目の前の映像に重なった。
――放課後の教室。いつもの面子。ニヤニヤ笑い。適当に逃げよう。パン屑の入ったランド
セル。小走り。投げ掛けられた言葉。見過ごせなかった言葉。勝手に動いていた拳。初め
ての感触。叫んでいた喉。
セル。小走り。投げ掛けられた言葉。見過ごせなかった言葉。勝手に動いていた拳。初め
ての感触。叫んでいた喉。
――父さんと母さんを侮辱するなぁ!!!
思い出した。俺は、自分の両親の事を『オヤジ』『オフクロ』と呼んでなどいなかった。
父親は、妻を『母さん』と呼んでいた。だから俺も母親の事を『母さん』と呼んだ。そ
れにならって、父親も『父さん』だった。
俺が暴力を交えたいじめを受けるようになったきっかけは、俺の方から手をだしたのは、
自分の親の事をバカにされて我慢ができなくなったからだった。
あいつらの魔術(マジック)は本物だった。
俺はそんな両親を尊敬していた。将来はそんな人間になりたいと思ってすらいた。理想
の人物像は一位が父さん母さんで、二位はいなかった。
しかし、俺はそれらの記憶を歪める必要があった。自分の両親はくだらない奴らだった
として価値を下げ、記憶のありかを隠してしまわなければならなかった。
でも、もういいだろう。俺も、もう16になったんだ。親が死んだ時の事なんて、今更
どうってことはない。五年も経ってしまえば、どんな出来事だって色褪せる。これは本当
だ。現に、記憶が元に戻った今も何とも無い。
ちょうどいいから、有効利用させてもらうとしよう。昔話ほど花の咲くネタもないだろ
う。今の俺には、頭の隅々までを埋め尽くしてくれる何かが必要だった。“壊し”だけでは
足りない。芝居じみた立ち振る舞いも足しにはならなかった。
そうと決まれば、早く始めてしまおう。
今まで陽にあたる事無く埃をかぶっていた記憶の再上映。
五年前、俺が学園都市に来た理由。風紀委員、そして風紀機動員になるまでの経緯。
そして本物の魔術師だった両親の、その人生と爆死の物語だ。
父親は、妻を『母さん』と呼んでいた。だから俺も母親の事を『母さん』と呼んだ。そ
れにならって、父親も『父さん』だった。
俺が暴力を交えたいじめを受けるようになったきっかけは、俺の方から手をだしたのは、
自分の親の事をバカにされて我慢ができなくなったからだった。
あいつらの魔術(マジック)は本物だった。
俺はそんな両親を尊敬していた。将来はそんな人間になりたいと思ってすらいた。理想
の人物像は一位が父さん母さんで、二位はいなかった。
しかし、俺はそれらの記憶を歪める必要があった。自分の両親はくだらない奴らだった
として価値を下げ、記憶のありかを隠してしまわなければならなかった。
でも、もういいだろう。俺も、もう16になったんだ。親が死んだ時の事なんて、今更
どうってことはない。五年も経ってしまえば、どんな出来事だって色褪せる。これは本当
だ。現に、記憶が元に戻った今も何とも無い。
ちょうどいいから、有効利用させてもらうとしよう。昔話ほど花の咲くネタもないだろ
う。今の俺には、頭の隅々までを埋め尽くしてくれる何かが必要だった。“壊し”だけでは
足りない。芝居じみた立ち振る舞いも足しにはならなかった。
そうと決まれば、早く始めてしまおう。
今まで陽にあたる事無く埃をかぶっていた記憶の再上映。
五年前、俺が学園都市に来た理由。風紀委員、そして風紀機動員になるまでの経緯。
そして本物の魔術師だった両親の、その人生と爆死の物語だ。
▼スキルアウト
カズが倒れた。カクン、と首が揺れたかと思ったら、グニャリと崩れて動かなくなって
いた。
それは目にも止まらぬ速さで迷子の男に殴られたからだと分かった時には、シンとリュ
ウもやられていた。体が動く時には、もう三人ほどがやられていた。
逃げろ、と誰かが言った。その腰の抜けた言葉に、いつのまにか従っていた。
皆一目散に走りだした。『アイツ』が出口を塞いでいたから、暗い通路を走るしかない。
幅が狭いから、押し合って何人か転んだ。そいつは後ろから迫る爆発に飲み込まれていっ
た。
縦横無尽に張り巡らされたトラップが次々と炸裂していくかのようだった。『ソイツ』は
上半身をめったやたらと振り回し、腕をあらゆる方向に回転させ、コンクリートの壁を抉
りながら走り迫る。
力の限り走った。でもそれも長くは保たなかった。
あっという間に追い付かれていた。背中のすぐ後ろを、触れるだけで粉々にする何かが
ビュンビュンと飛び交っているのが聞こえた。背中に火が付いたようだった。
どれだけ力を振り絞っても、逃られそうになかっ
いた。
それは目にも止まらぬ速さで迷子の男に殴られたからだと分かった時には、シンとリュ
ウもやられていた。体が動く時には、もう三人ほどがやられていた。
逃げろ、と誰かが言った。その腰の抜けた言葉に、いつのまにか従っていた。
皆一目散に走りだした。『アイツ』が出口を塞いでいたから、暗い通路を走るしかない。
幅が狭いから、押し合って何人か転んだ。そいつは後ろから迫る爆発に飲み込まれていっ
た。
縦横無尽に張り巡らされたトラップが次々と炸裂していくかのようだった。『ソイツ』は
上半身をめったやたらと振り回し、腕をあらゆる方向に回転させ、コンクリートの壁を抉
りながら走り迫る。
力の限り走った。でもそれも長くは保たなかった。
あっという間に追い付かれていた。背中のすぐ後ろを、触れるだけで粉々にする何かが
ビュンビュンと飛び交っているのが聞こえた。背中に火が付いたようだった。
どれだけ力を振り絞っても、逃られそうになかっ
▼クレイモア05
ランドセルの中に、コッペパン。
帰りのあいさつが終わり、教科書を収めようと開いた黒革のランドセルの中か
ら現れたそれを見て、今日はラッキーだと思った。
俺に嫌がらせをしてくるやつらは、毎日飽きもせずに給食をランドセルへ忍び
込ませるのだ。汁物の日はさすがにイヤになる。でも今日みたいに、俺の好物を、
けっこう綺麗なままで入れてる事もたまにあった。バカだよな、あいつら。グウ
グウ鳴る腹を押さえながらこっちをチラチラ伺ってるのを見ると、ムカつく気も
あんまり起きない。勝手にやってれば?って感じ。
「おーい、クソ山ぁー」
嫌がらせボーイズのお頭がアホそうな声を投げ掛けてきた。
「なんじゃぁそのランドセル、コッペパン詰め込んで今からどっかに行くんか
ぁ?」
ちなみに今、俺はランドセルの蓋をしめて背負おうとしているところであって、
ヤツは中に入っている素朴な味わいの小麦食品を目にする事はできないはずだ。
なのにわざわざ言ってしまうなんて、何考えてんだろう。こういうのは『やった
のはおまえだろう!』というのを『はぁー?俺じゃないよぉ、どうしてそんなに
キレてんのぉー?』みたいにバカにするためにあるんじゃないか?
たぶん、俺がとっとと帰ろうとするのを見て、慌てたんだろうな。
「いやー、開けてみたらパンが入っとってさー。ボクこれ見るだけでもイヤにな
るほど嫌いなんじゃー。だけーとっとと捨てようと急いでたとこ」
思いっきりバカにした声でそう言ってみた。今からかってきた声に似せて。あ
と、母さんに話してもらった昔話にあった『饅頭こわい』の手も使ってみた。二
重のからかい、だ。
でも、だんだん集まってきている嫌がらせ軍団は、
「ヘーそうか、大変じゃなぁー、クソ山」
「早く捨ててこないとランドセルが腐っちゃうんじゃねーのか、クソ山ー」
って感じでもっとニヤニヤするだけ。給食の時、隣で泣きそうな顔してたサキ
ちゃんのも食べてあげてたのに。見ていなかったんだろうか?
「うーん、そうなんだよー、ランドセルが腐っちゃうよー、だけん、ボク早く帰
んないとー。大変だーっ」
そう言って俺はパタパタと教室を出ていってみた。通せん坊するヤツはいなか
った。みんな、ゲラゲラ笑い転げていたのだ。
廊下を少しだけ歩いて、教室から死角になったところで立ち止まり、俺はため
息を一つついた。
帰りのあいさつが終わり、教科書を収めようと開いた黒革のランドセルの中か
ら現れたそれを見て、今日はラッキーだと思った。
俺に嫌がらせをしてくるやつらは、毎日飽きもせずに給食をランドセルへ忍び
込ませるのだ。汁物の日はさすがにイヤになる。でも今日みたいに、俺の好物を、
けっこう綺麗なままで入れてる事もたまにあった。バカだよな、あいつら。グウ
グウ鳴る腹を押さえながらこっちをチラチラ伺ってるのを見ると、ムカつく気も
あんまり起きない。勝手にやってれば?って感じ。
「おーい、クソ山ぁー」
嫌がらせボーイズのお頭がアホそうな声を投げ掛けてきた。
「なんじゃぁそのランドセル、コッペパン詰め込んで今からどっかに行くんか
ぁ?」
ちなみに今、俺はランドセルの蓋をしめて背負おうとしているところであって、
ヤツは中に入っている素朴な味わいの小麦食品を目にする事はできないはずだ。
なのにわざわざ言ってしまうなんて、何考えてんだろう。こういうのは『やった
のはおまえだろう!』というのを『はぁー?俺じゃないよぉ、どうしてそんなに
キレてんのぉー?』みたいにバカにするためにあるんじゃないか?
たぶん、俺がとっとと帰ろうとするのを見て、慌てたんだろうな。
「いやー、開けてみたらパンが入っとってさー。ボクこれ見るだけでもイヤにな
るほど嫌いなんじゃー。だけーとっとと捨てようと急いでたとこ」
思いっきりバカにした声でそう言ってみた。今からかってきた声に似せて。あ
と、母さんに話してもらった昔話にあった『饅頭こわい』の手も使ってみた。二
重のからかい、だ。
でも、だんだん集まってきている嫌がらせ軍団は、
「ヘーそうか、大変じゃなぁー、クソ山」
「早く捨ててこないとランドセルが腐っちゃうんじゃねーのか、クソ山ー」
って感じでもっとニヤニヤするだけ。給食の時、隣で泣きそうな顔してたサキ
ちゃんのも食べてあげてたのに。見ていなかったんだろうか?
「うーん、そうなんだよー、ランドセルが腐っちゃうよー、だけん、ボク早く帰
んないとー。大変だーっ」
そう言って俺はパタパタと教室を出ていってみた。通せん坊するヤツはいなか
った。みんな、ゲラゲラ笑い転げていたのだ。
廊下を少しだけ歩いて、教室から死角になったところで立ち止まり、俺はため
息を一つついた。
白い壁と床が伸びる細長い空間には、さざ波のような笑い声が響いていた。ま
だ聞こえる。まだ、笑ってる、あいつら。
俺があいつらに抱く感情は、嫌がらせをしてくるのについてのムカつきとか、
憎しみとか、そんなのだけじゃなかった。それもあったけど、ほとんどはそれだ
ったんだけど、それだけじゃなかった。
俺は寂しかった。俺はぜったいにあいつらの仲間には入れなかった。嫌がらせ
を受けているからとか、そんなせいじゃない。あの中にいるちょっと下のヤツ、
俺よりもずっと気の弱いのにちょっかいをかけてやれば、そんなのは簡単にどう
にでもできる。いっしょに嫌がらせをする立場にかわる事ができる。でも、それ
では俺はあいつらの仲間になれなかった。だから輪に混ざろうとはしなかった。
俺はあんなふうには笑えなかった。あんな猿芝居に騙されられない。あんなち
っぽけな事で笑えない。あんなにバカ笑いする事ができない。それがいつも、無
性に寂しく感じられてしょうがなかった。特に、学校での人と人とのつながりが
ほどけ始める放課後になると。つまり、今なんか、そうだ。
でも、まあ、そんなのはたいした事じゃないさ。本当に仲間になりたいなら、
上辺だけでも成り済ましているはずだし。今俺はピエロの役に納まっている。そ
れが答えだ。それに、チューガクセーになったらもっと気の合うヤツも現れるだ
ろう。
そうやって、俺はいつものように気を持直し、生徒玄関に行こうとした。そこ
までは、本当に、何も変わらないいつもの事だった。
でもその日、あいつらは絶対に許せない事をした。
「クソ山の家はイカレてるから、俺たちが食物を恵んでやんないとなー」
次いで、騒めく笑い声。
廊下を歩く俺の背中にそんな音が届いた。足が止まった。
「アイツの親は、なんか変なまじないを信じてて、家事なんかろくにないんだぜ、
きっと。朝から晩までぶつぶつ呟いてて――」
ガキ大将のわざとらしい呪文が聞こえた。爆笑の渦。
そして、更に繰り出された言葉。
「だってアイツの家って、困ってる人から金をだまし取る最低のヤツらなんだろ
ー?」
その時、俺の足は勝手に回れ右をして教室ヘ戻って行っていた。
今までは、親の事でバカにされた事はなかった。親が普通じゃない仕事をして
いた事が嫌がらせを受けるきっかけだったけど、俺に向けられるのはあくまで俺
に対する嫌がらせだった。親の事まで持ち出される事はなかった。
しかし今、アイツは、あのガキ大将は俺の親をバカにした。父さんと母さんを
笑いものにした。
バカにした。父さん。母さん。クソガキ。バカにされた。父さん。母さん。ク
ズ野郎。頭の中を同じようなものが何度も何度も駆け回っていた。猛スピードで
回転して生み出されたとてつもない遠心力が、頭を破裂しそうな程パンパンにし
ていた。
力一杯に引いた扉が、ガラスが砕けそうな勢いでガシャンと開く。
笑い声で満たされていた教室が、一瞬で静まり返る。
輪になっていたガキたちのうち、こちらを向いていたヤツの顔が凍り付く。
ずんずんと、未だ背を向けたままのソイツに歩み寄る。
どんどん近づいてくるソイツが、ゆっくりと振り向く。その顔は何が起こった
のかを理解していない。
知らぬ間に叫んでいた。
「父さんと母さんを侮辱するなぁ!!!」
瞬間、俺の頭は弾け、 中に詰まっていたものが一斉に飛び出していた。
さっきまでソイツの顔があったところには、白くなるほど握り締められた俺の
手があった。ソイツは2メートル離れた床に、鼻血を出しながら倒れていた。気
絶していた。
「ヒッ」
誰かが息を飲んだ。悲鳴をあげようとして喉を締められたような音だった。俺
はそいつの方をキッと睨んだ。今度は音も出せずに息を飲み、泣きだしそうな顔
になった。
だ聞こえる。まだ、笑ってる、あいつら。
俺があいつらに抱く感情は、嫌がらせをしてくるのについてのムカつきとか、
憎しみとか、そんなのだけじゃなかった。それもあったけど、ほとんどはそれだ
ったんだけど、それだけじゃなかった。
俺は寂しかった。俺はぜったいにあいつらの仲間には入れなかった。嫌がらせ
を受けているからとか、そんなせいじゃない。あの中にいるちょっと下のヤツ、
俺よりもずっと気の弱いのにちょっかいをかけてやれば、そんなのは簡単にどう
にでもできる。いっしょに嫌がらせをする立場にかわる事ができる。でも、それ
では俺はあいつらの仲間になれなかった。だから輪に混ざろうとはしなかった。
俺はあんなふうには笑えなかった。あんな猿芝居に騙されられない。あんなち
っぽけな事で笑えない。あんなにバカ笑いする事ができない。それがいつも、無
性に寂しく感じられてしょうがなかった。特に、学校での人と人とのつながりが
ほどけ始める放課後になると。つまり、今なんか、そうだ。
でも、まあ、そんなのはたいした事じゃないさ。本当に仲間になりたいなら、
上辺だけでも成り済ましているはずだし。今俺はピエロの役に納まっている。そ
れが答えだ。それに、チューガクセーになったらもっと気の合うヤツも現れるだ
ろう。
そうやって、俺はいつものように気を持直し、生徒玄関に行こうとした。そこ
までは、本当に、何も変わらないいつもの事だった。
でもその日、あいつらは絶対に許せない事をした。
「クソ山の家はイカレてるから、俺たちが食物を恵んでやんないとなー」
次いで、騒めく笑い声。
廊下を歩く俺の背中にそんな音が届いた。足が止まった。
「アイツの親は、なんか変なまじないを信じてて、家事なんかろくにないんだぜ、
きっと。朝から晩までぶつぶつ呟いてて――」
ガキ大将のわざとらしい呪文が聞こえた。爆笑の渦。
そして、更に繰り出された言葉。
「だってアイツの家って、困ってる人から金をだまし取る最低のヤツらなんだろ
ー?」
その時、俺の足は勝手に回れ右をして教室ヘ戻って行っていた。
今までは、親の事でバカにされた事はなかった。親が普通じゃない仕事をして
いた事が嫌がらせを受けるきっかけだったけど、俺に向けられるのはあくまで俺
に対する嫌がらせだった。親の事まで持ち出される事はなかった。
しかし今、アイツは、あのガキ大将は俺の親をバカにした。父さんと母さんを
笑いものにした。
バカにした。父さん。母さん。クソガキ。バカにされた。父さん。母さん。ク
ズ野郎。頭の中を同じようなものが何度も何度も駆け回っていた。猛スピードで
回転して生み出されたとてつもない遠心力が、頭を破裂しそうな程パンパンにし
ていた。
力一杯に引いた扉が、ガラスが砕けそうな勢いでガシャンと開く。
笑い声で満たされていた教室が、一瞬で静まり返る。
輪になっていたガキたちのうち、こちらを向いていたヤツの顔が凍り付く。
ずんずんと、未だ背を向けたままのソイツに歩み寄る。
どんどん近づいてくるソイツが、ゆっくりと振り向く。その顔は何が起こった
のかを理解していない。
知らぬ間に叫んでいた。
「父さんと母さんを侮辱するなぁ!!!」
瞬間、俺の頭は弾け、 中に詰まっていたものが一斉に飛び出していた。
さっきまでソイツの顔があったところには、白くなるほど握り締められた俺の
手があった。ソイツは2メートル離れた床に、鼻血を出しながら倒れていた。気
絶していた。
「ヒッ」
誰かが息を飲んだ。悲鳴をあげようとして喉を締められたような音だった。俺
はそいつの方をキッと睨んだ。今度は音も出せずに息を飲み、泣きだしそうな顔
になった。
俺はバッと身を翻して教室を飛び出した。廊下を駆け抜け、階段を飛び降り、
靴を手に握ったまま玄関を突き抜けて靴下だけで道を走った。次第に、頭が今ま
で感じたことがないくらいクリアになるのを感じた。俺は、人を殴ったんだ。人
を殴ったんだ。人を殴ったんだ。殴ったんだ。
その日、俺は初めて、言葉とかの、平和的なそういうもの以外での接触を知っ
た。暴力をふるう事を知った。
そしてその日から、俺への嫌がらせはいじめに変わった。
靴を手に握ったまま玄関を突き抜けて靴下だけで道を走った。次第に、頭が今ま
で感じたことがないくらいクリアになるのを感じた。俺は、人を殴ったんだ。人
を殴ったんだ。人を殴ったんだ。殴ったんだ。
その日、俺は初めて、言葉とかの、平和的なそういうもの以外での接触を知っ
た。暴力をふるう事を知った。
そしてその日から、俺への嫌がらせはいじめに変わった。
▼白井黒子03
隠蔽された監視カメラ。監視という役目を果たさないそれは、つまり盗撮カメラ。
これは何だ。
そこに映っているのは誰だ。
どうして、おまえがそこにいる?
「黒山、さん――?」
初春はディスプレイの前で石のように俯いたままだった。
「初春、どういう事ですの?一九学区で起きているのはスキルアウトの暴動ではなくて、
能力者の暴走?しかもそれは一人?黒山さんが?なんで?私はそれを止める?」
急に落ち着かなくなって、いつの間にか私は二つ縛りにした髪の毛の右側を強く引っ張
っっていた。動揺した時の癖だった。それを見て、初めて自分がひどく混乱している事に
気付いた。
慌てて手を離し、デスクに手をついてディスプレイを覗き込む。
「なんで……黒山さんが……」
私の知っている彼はこんなのじゃない。何考えてるのかよく分からなくて、いつも私の
事を軽くからかい半分にあしらって、あほみたいなネコ馬鹿で、でも風紀機動員としてす
ごい実力を持っていて、それなのにちっとも偉そうにしていなくて、それどころか機動隊
の後輩の面倒見もよくて、年下の隊員たちはみんな彼のことを尊敬していて、何より非番
当番関係なしに事件に巻き込まれては片っ端から解決していくような人なんだ。私だって
昔それに助けられて、それで――
「あんなところに、黒山さんが、いるはず、ない、じゃない、ですの……」
映像にその姿が映っていたのは一瞬だった。しかし、それで十分だった。炎が揺らめく
ような、体の表面に走るあの赤い光は、任務中に見せる彼のものに間違いなかった。
信じられないのはその表情だった。彼は、今まで一度も、自分がこれまで目にしてきた
全てのモノの中でも一度も見たことがないような顔で笑っていた。
信じられないのはその後送られてきた音声だった。画面に再び黒一色がが戻ると、代わ
りにコンクリートの瓦解音と身の毛もよだつような悲鳴がスピーカーから届けられた。誰
の声なのかは考えるまでもなかった。
「違う……」
既に無音と闇を伝えるだけになった画面にむかって呟き、私は頑なに否定した。
これは何だ。
そこに映っているのは誰だ。
どうして、おまえがそこにいる?
「黒山、さん――?」
初春はディスプレイの前で石のように俯いたままだった。
「初春、どういう事ですの?一九学区で起きているのはスキルアウトの暴動ではなくて、
能力者の暴走?しかもそれは一人?黒山さんが?なんで?私はそれを止める?」
急に落ち着かなくなって、いつの間にか私は二つ縛りにした髪の毛の右側を強く引っ張
っっていた。動揺した時の癖だった。それを見て、初めて自分がひどく混乱している事に
気付いた。
慌てて手を離し、デスクに手をついてディスプレイを覗き込む。
「なんで……黒山さんが……」
私の知っている彼はこんなのじゃない。何考えてるのかよく分からなくて、いつも私の
事を軽くからかい半分にあしらって、あほみたいなネコ馬鹿で、でも風紀機動員としてす
ごい実力を持っていて、それなのにちっとも偉そうにしていなくて、それどころか機動隊
の後輩の面倒見もよくて、年下の隊員たちはみんな彼のことを尊敬していて、何より非番
当番関係なしに事件に巻き込まれては片っ端から解決していくような人なんだ。私だって
昔それに助けられて、それで――
「あんなところに、黒山さんが、いるはず、ない、じゃない、ですの……」
映像にその姿が映っていたのは一瞬だった。しかし、それで十分だった。炎が揺らめく
ような、体の表面に走るあの赤い光は、任務中に見せる彼のものに間違いなかった。
信じられないのはその表情だった。彼は、今まで一度も、自分がこれまで目にしてきた
全てのモノの中でも一度も見たことがないような顔で笑っていた。
信じられないのはその後送られてきた音声だった。画面に再び黒一色がが戻ると、代わ
りにコンクリートの瓦解音と身の毛もよだつような悲鳴がスピーカーから届けられた。誰
の声なのかは考えるまでもなかった。
「違う……」
既に無音と闇を伝えるだけになった画面にむかって呟き、私は頑なに否定した。
▼スキルアウトB05
キキキ、とタイヤをきしませてバイクが止まる。
「……すまない。お前の仲間のところに行く余裕がなくなった。俺は本部に戻らなければ
ならない」
クリスタルシティから数キロの場所、駒場さんはオレに信じられないような話を聞かせ
た後で謝り、バイクを降りた。
「ちょっと待ってくださいよ!本当なんですか!そんな化け物が本当に、」
ズン……と、何かの地響きが届く。
「本当だ。お前は仲間のところへ戻れ。おそらくそこにはもう、爆弾魔はこない。その後
はできるだけじっとしているか、でなければより遠くへ逃げるんだ」
そう言い残して、駒場さんは地面を蹴るなり数十メートルのビルの向こうへ消えていっ
た。
……どうなってるんだよ……。
「……すまない。お前の仲間のところに行く余裕がなくなった。俺は本部に戻らなければ
ならない」
クリスタルシティから数キロの場所、駒場さんはオレに信じられないような話を聞かせ
た後で謝り、バイクを降りた。
「ちょっと待ってくださいよ!本当なんですか!そんな化け物が本当に、」
ズン……と、何かの地響きが届く。
「本当だ。お前は仲間のところへ戻れ。おそらくそこにはもう、爆弾魔はこない。その後
はできるだけじっとしているか、でなければより遠くへ逃げるんだ」
そう言い残して、駒場さんは地面を蹴るなり数十メートルのビルの向こうへ消えていっ
た。
……どうなってるんだよ……。
▼スキルアウト
その腕はまるで空を切るヌンチャクだった。
肩で風を切るような、体の中央の部分で作られる小さな一挙動。
しかしそれに引かれる腕は爆発的なスピードで動き出す。
どちらかというと、勝手に暴れる四肢に引っ張れるのに任せている
とさえ感じる体の使い方。空間を一瞬で横切るその動きは、残像と
してしか認識できない。
肉体を殴る事でエネルギーが逃げているはずなのに、その後も拳
は全く変わらぬ速さで駆け抜け、また次の殴打となって襲い掛かっ
てくる。
そのフットワークはまるで跳弾だった。
音は聞こえる。しかし目に見えないのだ。爆発音は自分達の周囲
を飛び交うが、そこには煙を撒き散らす荒された地面や壁がある
だけ。
だがその時一瞬、一瞬だけ、『ソイツ』の姿をとらえた――と思っ
たら、真後ろから延髄切りらしき衝撃をもらっていた。
肩で風を切るような、体の中央の部分で作られる小さな一挙動。
しかしそれに引かれる腕は爆発的なスピードで動き出す。
どちらかというと、勝手に暴れる四肢に引っ張れるのに任せている
とさえ感じる体の使い方。空間を一瞬で横切るその動きは、残像と
してしか認識できない。
肉体を殴る事でエネルギーが逃げているはずなのに、その後も拳
は全く変わらぬ速さで駆け抜け、また次の殴打となって襲い掛かっ
てくる。
そのフットワークはまるで跳弾だった。
音は聞こえる。しかし目に見えないのだ。爆発音は自分達の周囲
を飛び交うが、そこには煙を撒き散らす荒された地面や壁がある
だけ。
だがその時一瞬、一瞬だけ、『ソイツ』の姿をとらえた――と思っ
たら、真後ろから延髄切りらしき衝撃をもらっていた。
……、目に見させる事すらも、計算の内だったの
▼スキルアウト
『ソイツ』の動きは人間業ではなかった。
体を使った喧嘩とは、極端に言ってしまえば『溜める』→『殴る蹴る』→『引く』の動
作を延々と繰り返す作業である。
しかし『ソイツ』は『溜め』と『引き』の動作を必要としなかった。にもかかわらず、
ノーモーションで繰り出されるその拳はもはや鉄槌のレベルだった。
おかしいのはそれだけではない。ありえない体重移動で当たり前のように体を起こした
り、果てには空中で直角に方向転換、さらに空中ジャンプまでをもこなしてしまうのだ
まるで画面の中の格闘ゲームのキャラクターを見ているようだっった。
子供が駄々をこねて振り回すようでいて、全身が鞭でできている
かのような、そして突発的に生まれる圧倒的なスピードとパワー。
鋭角的に弾け飛び回る拳撃と蹴撃の嵐。予備動作も無しに繰り出される、上半身と下半身
の統制が全く取れているとは思えない、のたうつような回転を纏わせた跳躍。そしてその
空中より回転する影から伸びる、カマイタチのごとき一振り一振りに倒される仲間たち。
そのうちの一なぎに倒される、自分の――
体を使った喧嘩とは、極端に言ってしまえば『溜める』→『殴る蹴る』→『引く』の動
作を延々と繰り返す作業である。
しかし『ソイツ』は『溜め』と『引き』の動作を必要としなかった。にもかかわらず、
ノーモーションで繰り出されるその拳はもはや鉄槌のレベルだった。
おかしいのはそれだけではない。ありえない体重移動で当たり前のように体を起こした
り、果てには空中で直角に方向転換、さらに空中ジャンプまでをもこなしてしまうのだ
まるで画面の中の格闘ゲームのキャラクターを見ているようだっった。
子供が駄々をこねて振り回すようでいて、全身が鞭でできている
かのような、そして突発的に生まれる圧倒的なスピードとパワー。
鋭角的に弾け飛び回る拳撃と蹴撃の嵐。予備動作も無しに繰り出される、上半身と下半身
の統制が全く取れているとは思えない、のたうつような回転を纏わせた跳躍。そしてその
空中より回転する影から伸びる、カマイタチのごとき一振り一振りに倒される仲間たち。
そのうちの一なぎに倒される、自分の――
▼クレイモア06
次の日の下校途中、横手の林からいきなり飛び出してきた竹に頭を殴られた。
ガキ大将だった。
地面に倒れた俺は、頭に葉っぱをそのクソが林の中から出てくるのを見て、と
りあえず殴り倒そうと思った。でも、起き上がるより早く何度も何度も竹をぶつ
けられたので、そのまま地面にへばっているしかなかった。
霞む視界には、他の何人かも、ちょっと細めの竹を持って俺を囲んでいる光景
が映っていた。ていうか、一人で殴り続けているこのクソが持っているのは太す
ぎやしないか?
ただ、実際に俺を痛め付けているのは一人だけだった。そのことに苛立ったの
だろう、大将は言った。
「おい、おまえらも殴れや、コイツはサギシのガキのくせに歯向かいやがったん
じゃぞ!?」
俺はその時、自分がどんなふうにとらえられていたのかを心底深く理解した。
そして同時に、今まで少しだけ感じていた疎外感なんかは綺麗に消え去っていた。
大将の気が手下達に向いている隙をつき、俺はすっくと起き上がった。そして
戸惑うように竹を掴んでいた一人の胸ぐらを掴み、竹を奪いながら振り回して大
将に向けて突き飛ばした。そこからは、大将以外のヤツに突っ掛かって盾にした
りして、とにかくメチャクチャにする事を優先した。そして仲間同士で団子状に
もつれ合っているところへ、その中にあった大将の頭に一撃をかまして逃げ出し
た。
ガキ大将だった。
地面に倒れた俺は、頭に葉っぱをそのクソが林の中から出てくるのを見て、と
りあえず殴り倒そうと思った。でも、起き上がるより早く何度も何度も竹をぶつ
けられたので、そのまま地面にへばっているしかなかった。
霞む視界には、他の何人かも、ちょっと細めの竹を持って俺を囲んでいる光景
が映っていた。ていうか、一人で殴り続けているこのクソが持っているのは太す
ぎやしないか?
ただ、実際に俺を痛め付けているのは一人だけだった。そのことに苛立ったの
だろう、大将は言った。
「おい、おまえらも殴れや、コイツはサギシのガキのくせに歯向かいやがったん
じゃぞ!?」
俺はその時、自分がどんなふうにとらえられていたのかを心底深く理解した。
そして同時に、今まで少しだけ感じていた疎外感なんかは綺麗に消え去っていた。
大将の気が手下達に向いている隙をつき、俺はすっくと起き上がった。そして
戸惑うように竹を掴んでいた一人の胸ぐらを掴み、竹を奪いながら振り回して大
将に向けて突き飛ばした。そこからは、大将以外のヤツに突っ掛かって盾にした
りして、とにかくメチャクチャにする事を優先した。そして仲間同士で団子状に
もつれ合っているところへ、その中にあった大将の頭に一撃をかまして逃げ出し
た。
家に帰って尋ねた。
「母さん、母さんと父さんの仕事は、困っている人を助ける事だよな?」
母さんは微笑みながら、でもすごく真剣な目で頷いた。
「そうよ。私達はね、どうしようもできない事を、それでもなんとかしたい、そ
んな人たちのためにいるの」
その晩、母さんから聞いたのだろう、父さんも俺に言って聞かせてくれた。
「実はな、お前も母さんやわたしと同じような力を持っているんだよ。それは自
分一人だけではなく、他の人にも大きな何かを与えられる力だ。でも、その使い
道はお前で決めなくちゃならない。例えばナイフだ。これは外敵から身を守る武
器になる事もあれば、木を削って道具を作る事もできるし、おいしい料理だって
作れる。でも、人を傷つける事も同じぐらい、いや、より簡単だ。自分だって傷
つけてしまうかもしれない。ちょっと握って、ツイっと動かしたとして、そこに
頸動脈なんかがあればな」
母さんが慌てて口を挟んだ。
「とにかく、ね。大ちゃんには誰かを守るために頑張るような人になってね」
そう言う目は、なぜか父さんの顔を見つめていた。
父さんはその視線に気付いていない様子で言った。
「まぁ、大助ぐらいの年なら、そのうち嫌でも守りたくなるような人ができる。
いいか、その人は大事にするんだぞ」
そこで父さんは母さんの方を見た。母さんは何かを思い出したのか、体をクネ
クネさせながら、いやぁねぇもぅと言って父さんをバシバシ叩いた。
「母さん、母さんと父さんの仕事は、困っている人を助ける事だよな?」
母さんは微笑みながら、でもすごく真剣な目で頷いた。
「そうよ。私達はね、どうしようもできない事を、それでもなんとかしたい、そ
んな人たちのためにいるの」
その晩、母さんから聞いたのだろう、父さんも俺に言って聞かせてくれた。
「実はな、お前も母さんやわたしと同じような力を持っているんだよ。それは自
分一人だけではなく、他の人にも大きな何かを与えられる力だ。でも、その使い
道はお前で決めなくちゃならない。例えばナイフだ。これは外敵から身を守る武
器になる事もあれば、木を削って道具を作る事もできるし、おいしい料理だって
作れる。でも、人を傷つける事も同じぐらい、いや、より簡単だ。自分だって傷
つけてしまうかもしれない。ちょっと握って、ツイっと動かしたとして、そこに
頸動脈なんかがあればな」
母さんが慌てて口を挟んだ。
「とにかく、ね。大ちゃんには誰かを守るために頑張るような人になってね」
そう言う目は、なぜか父さんの顔を見つめていた。
父さんはその視線に気付いていない様子で言った。
「まぁ、大助ぐらいの年なら、そのうち嫌でも守りたくなるような人ができる。
いいか、その人は大事にするんだぞ」
そこで父さんは母さんの方を見た。母さんは何かを思い出したのか、体をクネ
クネさせながら、いやぁねぇもぅと言って父さんをバシバシ叩いた。
俺は父さんと母さんに助けて欲しくなんてなかった。俺は、俺の父さんと母さ
んをバカにするヤツは自分が懲らしめてやると決めていた。
父さんも母さんも、俺が今日作ってきた傷には気付いていた。そしてたぶん
、誰かを傷つけてきた事も知っていた。でも、俺の気持ちも分かってくれていた。
それだけで十分だった。
んをバカにするヤツは自分が懲らしめてやると決めていた。
父さんも母さんも、俺が今日作ってきた傷には気付いていた。そしてたぶん
、誰かを傷つけてきた事も知っていた。でも、俺の気持ちも分かってくれていた。
それだけで十分だった。
暴力的ないじめ――俺にとっては、俺を気に入らないヤツらからの挑戦みたいな
もの――を受けるようになってから、生活はむしろ充実した。毎日朝早くに起きて、
家の裏の森の中で殴ったり筋トレしたりする。それから朝ご飯を食べて、学校に
行って、授業以外の時間をガキたちの視線に睨み返しながら過ごす。そして、学
校が終わってからが大事。
学校は先生とかの目があるから、殴り合いになるのは主に放課後の通学路なの
だ。
大将以外のヤツが戸惑っていたのは最初の頃だけだった。仲間意識が呼び覚ま
されたのか、ほぼ俺と大将だけのやりとりであった争いに巻き込まれてボロボロ
になる内に俺にムカついてきたのかは知らないが、みんな本気で俺にかかってく
る。
三回に二回は負けてボコボコにされた。でも、要領を覚えて、筋トレの成果で
筋肉が付き始めてからは、逆に三回に二回はバキバキにしていった。するとむこ
うもいろいろ努力しはじめたみたいで、何ヵ月か経つと互角の戦い――俺は一人で、
あっちなんか何人もいるんだけどなっ――になった。
半年もすると、俺は放課後以外ではほとんど普通の学校生活を送っていた。あ
いつらとはもちろん話したりはしないけど、絡まれる事はなくなった。俺たちは
人目のつかない場所を選んでいて、そのことをばらすヤツもいなかったから、ま
わりから特に注目される事はなかった。俺は普通のやつと普通の友達付き合いが
できた。でも、何となく物足りなかった。
不思議な事に、放課後の帰り道が一日で一番楽しい時間になっていた。そして
もっと不思議な事に、あいつらも同じような気持ちであるらしかった。
絶対に表に出したりはしないけど。
もの――を受けるようになってから、生活はむしろ充実した。毎日朝早くに起きて、
家の裏の森の中で殴ったり筋トレしたりする。それから朝ご飯を食べて、学校に
行って、授業以外の時間をガキたちの視線に睨み返しながら過ごす。そして、学
校が終わってからが大事。
学校は先生とかの目があるから、殴り合いになるのは主に放課後の通学路なの
だ。
大将以外のヤツが戸惑っていたのは最初の頃だけだった。仲間意識が呼び覚ま
されたのか、ほぼ俺と大将だけのやりとりであった争いに巻き込まれてボロボロ
になる内に俺にムカついてきたのかは知らないが、みんな本気で俺にかかってく
る。
三回に二回は負けてボコボコにされた。でも、要領を覚えて、筋トレの成果で
筋肉が付き始めてからは、逆に三回に二回はバキバキにしていった。するとむこ
うもいろいろ努力しはじめたみたいで、何ヵ月か経つと互角の戦い――俺は一人で、
あっちなんか何人もいるんだけどなっ――になった。
半年もすると、俺は放課後以外ではほとんど普通の学校生活を送っていた。あ
いつらとはもちろん話したりはしないけど、絡まれる事はなくなった。俺たちは
人目のつかない場所を選んでいて、そのことをばらすヤツもいなかったから、ま
わりから特に注目される事はなかった。俺は普通のやつと普通の友達付き合いが
できた。でも、何となく物足りなかった。
不思議な事に、放課後の帰り道が一日で一番楽しい時間になっていた。そして
もっと不思議な事に、あいつらも同じような気持ちであるらしかった。
絶対に表に出したりはしないけど。
何通りもあるルートから、待ち伏せしていそうな場所を避け、あるいは奇襲す
る。分散して探査の網を広げてくるのを、一人密かに始末して穴を空け、速やか
に突破する。または大きく離れた場所にいる二人を一気に潰し、撹乱する。はた
また、正面から豪快に突っ込み、殴って投げては蹴り飛ばす。
まるでゲームだった。いや、ゲームそのものだったんだ。個人的な恨みなんか
は全く無くなっていた。誰も大きな怪我をした事などなかった。一番ひどかった
ので拳の骨が潰れたぐらいだ。どちらかにある程度きついのが決まって体がうま
く動かなくなると、それ以上続ける事はしなかった。俺なら次の狙いを付けて放
っておくし、あいつらが俺を倒したのならそこで終了。全部が済んだら、無言で、
ちょっとの優越感に浸りつつ、ヘンって笑ってやってみたりしながら立ち去る。
そして家に帰ってご飯を食べるのだ。ガツガツと。
る。分散して探査の網を広げてくるのを、一人密かに始末して穴を空け、速やか
に突破する。または大きく離れた場所にいる二人を一気に潰し、撹乱する。はた
また、正面から豪快に突っ込み、殴って投げては蹴り飛ばす。
まるでゲームだった。いや、ゲームそのものだったんだ。個人的な恨みなんか
は全く無くなっていた。誰も大きな怪我をした事などなかった。一番ひどかった
ので拳の骨が潰れたぐらいだ。どちらかにある程度きついのが決まって体がうま
く動かなくなると、それ以上続ける事はしなかった。俺なら次の狙いを付けて放
っておくし、あいつらが俺を倒したのならそこで終了。全部が済んだら、無言で、
ちょっとの優越感に浸りつつ、ヘンって笑ってやってみたりしながら立ち去る。
そして家に帰ってご飯を食べるのだ。ガツガツと。
「毎日楽しそうねぇ、大ちゃん」
母さんは俺に三杯目のご飯をよそいながらニコニコした。
「子供のうちはよく遊ぶ事が仕事だからなあ。よく食べよく遊ぶ。やんちゃなの
はいいことだ」
なあ母さん、と父さんは母さんを見た。母さんはまた、もぅやぁねぇあなたっ
たら、とくねりながらしゃもじをペチペチした。
山盛りになった米がどんどん密度を増していく自分の茶碗を見ながら、俺は言
った。
「遊んでんじゃないよ。勝負してるんだよ」
あれは遊びではないけど、勝負なのだった。
母さんは俺に三杯目のご飯をよそいながらニコニコした。
「子供のうちはよく遊ぶ事が仕事だからなあ。よく食べよく遊ぶ。やんちゃなの
はいいことだ」
なあ母さん、と父さんは母さんを見た。母さんはまた、もぅやぁねぇあなたっ
たら、とくねりながらしゃもじをペチペチした。
山盛りになった米がどんどん密度を増していく自分の茶碗を見ながら、俺は言
った。
「遊んでんじゃないよ。勝負してるんだよ」
あれは遊びではないけど、勝負なのだった。
▼スキルアウト
たった今、そっちの方向から「敵だ――!」と声がした。警備員ンチスキル)でも風紀委
員(ジャッジメント)でも風紀機動員(アンパイア)でもない、『敵』という叫びに少し疑
問に思ったが、もちろん行かないわけにはいかなかった。
少し近づくと、暗くてよく見えない路地の向こうに、怒声とくぐもった爆発音が鳴り響
いているのが分かった。続いて、赤い光の瞬きも目に届いてくる。
確かに誰かが何かをやっているんだ、大変だ――
そう思った時、『ソイツ』はもう目の前にいた。自分は物凄い速さの回し蹴りを放たれよ
うとしていた、そう分かったのは奇跡だった。
そして奇跡はそこまでだった。反射的に屈む事はできたのだけれど、その逃げた先には
また足が待ち構えていて、次の瞬間には
員(ジャッジメント)でも風紀機動員(アンパイア)でもない、『敵』という叫びに少し疑
問に思ったが、もちろん行かないわけにはいかなかった。
少し近づくと、暗くてよく見えない路地の向こうに、怒声とくぐもった爆発音が鳴り響
いているのが分かった。続いて、赤い光の瞬きも目に届いてくる。
確かに誰かが何かをやっているんだ、大変だ――
そう思った時、『ソイツ』はもう目の前にいた。自分は物凄い速さの回し蹴りを放たれよ
うとしていた、そう分かったのは奇跡だった。
そして奇跡はそこまでだった。反射的に屈む事はできたのだけれど、その逃げた先には
また足が待ち構えていて、次の瞬間には
▼スキルアウト
『ソイツ』は、緩やかな回転力を与えられた『ト』の字の形をして、数十メートルを飛
行してきたのだった。実際には“跳んだ”のだろうが、あんな距離をあんな矢のようなスピ
ードで接近して来られては“飛んだ”としか受け取れない。しかもそれは陸上の幅跳びのよ
うなものではなく、後ろ回し跳び蹴りの“跳び”の部分の跳躍だった。
その餌食となったのは一番先頭のチビだった。直前で爆発的に急回転した脚、しかしチ
ビはなんとその回し蹴りを下に避けた。が、まぐれだったのだろう、2度目は許されなか
った。回転の軸だった『ト』の下部分であるもう一方の足に、回し蹴りの勢いを全てその
まま宿らせたような蹴りをもらって吹っ飛んだのだ。
一瞬で回し蹴りからトウキックへの変更をこなした『ソイツ』は、その時空中で足が地
面に届いていなかったにしては出来過ぎなバランスのとれた態勢で着地した。
一目ではどんな立場にあるのかは分からない、軽装の、高校生と思しき男だった。目に
見える武器は持っていない。つまり能力が武器、だから仲間が癇癪を起こしたわけでもな
い。風紀委員の腕章をしていない。アーマー等の装備を着用してもいない。よって風紀機
動員、警備員とも違う。
チビを見直してやる気持ちになった。『アイツ』が目にも止まらぬ
速さでこめかみに拳をめり込ませてくるまで、自分はそんなしょう
もない事しか考えられず、体など一つも動かせなかったのだ。
行してきたのだった。実際には“跳んだ”のだろうが、あんな距離をあんな矢のようなスピ
ードで接近して来られては“飛んだ”としか受け取れない。しかもそれは陸上の幅跳びのよ
うなものではなく、後ろ回し跳び蹴りの“跳び”の部分の跳躍だった。
その餌食となったのは一番先頭のチビだった。直前で爆発的に急回転した脚、しかしチ
ビはなんとその回し蹴りを下に避けた。が、まぐれだったのだろう、2度目は許されなか
った。回転の軸だった『ト』の下部分であるもう一方の足に、回し蹴りの勢いを全てその
まま宿らせたような蹴りをもらって吹っ飛んだのだ。
一瞬で回し蹴りからトウキックへの変更をこなした『ソイツ』は、その時空中で足が地
面に届いていなかったにしては出来過ぎなバランスのとれた態勢で着地した。
一目ではどんな立場にあるのかは分からない、軽装の、高校生と思しき男だった。目に
見える武器は持っていない。つまり能力が武器、だから仲間が癇癪を起こしたわけでもな
い。風紀委員の腕章をしていない。アーマー等の装備を着用してもいない。よって風紀機
動員、警備員とも違う。
チビを見直してやる気持ちになった。『アイツ』が目にも止まらぬ
速さでこめかみに拳をめり込ませてくるまで、自分はそんなしょう
もない事しか考えられず、体など一つも動かせなかったのだ。
▼スキルアウト
続け様に二人がやられた。
今度は自分にむかって『ソイツ』が襲い掛かってきた。
接近するそれは人間のスピードではなかった。パソコンに表示さ
れた画像を拡大するような、カーソルをピクチャの角に置き、ドラ
ッグで一気に画面の端から端まで引き伸ばしたような、そんな異様
な圧迫感を伴って、『ソイツ』の掌は巨大化しながら視界を占め――
今度は自分にむかって『ソイツ』が襲い掛かってきた。
接近するそれは人間のスピードではなかった。パソコンに表示さ
れた画像を拡大するような、カーソルをピクチャの角に置き、ドラ
ッグで一気に画面の端から端まで引き伸ばしたような、そんな異様
な圧迫感を伴って、『ソイツ』の掌は巨大化しながら視界を占め――
▼スキルアウト
前方の仲間の頭を鷲掴んだ『ソイツ』はいとも容易く地面へ捻じ
伏せさせる。そしてバコリと地面を蹴りつけ、遮るものがなくなっ
た互いの距離を、『ソイツ』はまるでぞんざいに放られた長剣のよう
な軌跡の跳躍と回転でブワリと縮め、棒のように一本に伸ばされた
その脚の、膝の、ふくらはぎの、腱の先に取り付けられている凶器
としての両踵が、
頭に
伏せさせる。そしてバコリと地面を蹴りつけ、遮るものがなくなっ
た互いの距離を、『ソイツ』はまるでぞんざいに放られた長剣のよう
な軌跡の跳躍と回転でブワリと縮め、棒のように一本に伸ばされた
その脚の、膝の、ふくらはぎの、腱の先に取り付けられている凶器
としての両踵が、
頭に
▼スキルアウト
そのスピードは現実感を抱かせないくせに、目に映るその他あら
ゆるどんなものよりもリアルに満ちていた。
これは何かに似ていると思ったら、そうだ、テニスボールや野球
ボールに似ているんだ、と思い出した。自分にむかってくる豪速球
というのは、本当にCG映像のようにリアルで、そして嘘っぽく見
えるのである。
そして同時に、スポーツを嗜んでいた時代の感覚で分かった。
絶対に、勝てない。
地元のスポーツのイベントで、有名なプロのスポーツ選手を相手
にプレイができる機会があった。その事を思い出した。その時の、
圧倒的な実力の差というプレッシャー、それを何万倍にも濃縮した
ようなものを、今の自分は感じ取っていた。
勝つとか負けるとか、そういうレベルではない。
次元が違うのだ。
『アイツ』に立ち向かうというのは、例えるなら、迫撃砲弾のバ
レーサーブをレシーブしようとするような、デッドボール狙いでマ
ウンドに立つ狙撃手の銃弾を打ち返すためにバッターボックスに入
るような、そんなギャグにもならない自殺行為でしか
ゆるどんなものよりもリアルに満ちていた。
これは何かに似ていると思ったら、そうだ、テニスボールや野球
ボールに似ているんだ、と思い出した。自分にむかってくる豪速球
というのは、本当にCG映像のようにリアルで、そして嘘っぽく見
えるのである。
そして同時に、スポーツを嗜んでいた時代の感覚で分かった。
絶対に、勝てない。
地元のスポーツのイベントで、有名なプロのスポーツ選手を相手
にプレイができる機会があった。その事を思い出した。その時の、
圧倒的な実力の差というプレッシャー、それを何万倍にも濃縮した
ようなものを、今の自分は感じ取っていた。
勝つとか負けるとか、そういうレベルではない。
次元が違うのだ。
『アイツ』に立ち向かうというのは、例えるなら、迫撃砲弾のバ
レーサーブをレシーブしようとするような、デッドボール狙いでマ
ウンドに立つ狙撃手の銃弾を打ち返すためにバッターボックスに入
るような、そんなギャグにもならない自殺行為でしか
▼スキルアウト
分かった。
『アイツ』は自分の体表面に爆発を起こす事で、あの異常なパワ
ーとスピード、そしてトリッキーな動きを実現しているのだ。
さらにもう一つ、その爆発は、必ず赤く光った部分に起こってい
る。
そう、赤く光った部分以外には起こらないのだ。
爆発とはすなわち、『ヤツ』の動きそのもの。
それをうまく読んで予測すれば、
予測も読むのも無理だった。
『アイツ』は自分の体表面に爆発を起こす事で、あの異常なパワ
ーとスピード、そしてトリッキーな動きを実現しているのだ。
さらにもう一つ、その爆発は、必ず赤く光った部分に起こってい
る。
そう、赤く光った部分以外には起こらないのだ。
爆発とはすなわち、『ヤツ』の動きそのもの。
それをうまく読んで予測すれば、
予測も読むのも無理だった。
▼クレイモア07
ある日、いつものように周囲を注視しながら下校していると、大将が路の真ん
中にたった一人で待ち構えていた。
他には誰もいなかった。これなら楽勝で突破できると思ったけど、何か様子が
おかしかった。第一、俺を見つけた時に他のヤツに知らせるための笛を、大将は
持っていなかった。
「なんなんだ?」
素直に聞いてみた。
すると、大将は頷いた。……頷いただけだ。それだけ。他には何も。
俺はもう一度尋ねた。
「だから、どうしたんだ?」
大将はもう一度頷いた。いや、それはさっきもしただろ。しかもすんげぇぎ
こちない。油さしてやろうか。
なんか不安になってきた頃、大将はスウっと深呼吸した。そしていきなりババ
っと加速した動きになって、紙切れみたいなのをランドセルから取り出した。
そして叫んだ。
「ク、ろ山!この手――」
気になって途中で割り込んだ。「ソレ何?」
すると大将は人形みたいに固まった。しまった、と思った。さっきみたいにな
ってしまった。また動かなくなるかもしれない。
でも、大将は今度はさっきよりも早く、20秒くらいで元に戻ってくれた。
そしてまた叫んだ。
「これはお前ヘの果たし状だ!くソ山!一対一で正正堂堂勝負しろ!」
大将はその果たし状をランドセルにクシャクシャとねじ込んで収めると、ファ
イティングポーズをとった。なんかおかしいな。もともと多数でかかってきてい
たのはそっち、俺はいつでも独力だったぞ?それに果たし状は俺に読ませもせず
に収めてしまった。つうか、必要だったか?口で全部言ったじゃん。あーあ、地
球の資源がまた一つ……
「おりゃぁぁぁぁー」
首をひねっている間に大将が突っ込んできていた。でもやけに単純な動きで読
みやすい。
俺は手を素早く伸ばして襟を掴んだ。そして走ってくるスピード以上でグイと
引っ張り、同時にすねを蹴っ飛ばす。
つんのめった大将の体は脚を払われたことで完全にバランスを崩し、びっくり
するぐらい綺麗に空中へ浮かんだ。ちょうど俺のわき腹にむかって水平に飛び掛
かってくる格好だった。あんまりうまく出来過ぎてちょっと焦った。このままじ
ゃやりすぎてしまう。俺もそれなりの手加減や思いやりというのを手に入れてい
た。
俺はとっさに態勢を入れ替え、空飛ぶ大将の体を捕まえて小脇に抱えた。俺の
身長は、ここ2,3ヵ月で大将を追い抜いていた。こうしてみると、大将の体は結
構細くて軽く感じた。
地面におろしてやってから、一応言っておいた。
「お前さあ、正正堂堂の勝負にスカートなんか履いてくるなよ」
もう決着はついたと思っていたから、油断していた。それがいけなかった。
直後、真っ赤な顔の大将に顔面をぶん殴られていた。俺の顔も真っ赤にされた。
中にたった一人で待ち構えていた。
他には誰もいなかった。これなら楽勝で突破できると思ったけど、何か様子が
おかしかった。第一、俺を見つけた時に他のヤツに知らせるための笛を、大将は
持っていなかった。
「なんなんだ?」
素直に聞いてみた。
すると、大将は頷いた。……頷いただけだ。それだけ。他には何も。
俺はもう一度尋ねた。
「だから、どうしたんだ?」
大将はもう一度頷いた。いや、それはさっきもしただろ。しかもすんげぇぎ
こちない。油さしてやろうか。
なんか不安になってきた頃、大将はスウっと深呼吸した。そしていきなりババ
っと加速した動きになって、紙切れみたいなのをランドセルから取り出した。
そして叫んだ。
「ク、ろ山!この手――」
気になって途中で割り込んだ。「ソレ何?」
すると大将は人形みたいに固まった。しまった、と思った。さっきみたいにな
ってしまった。また動かなくなるかもしれない。
でも、大将は今度はさっきよりも早く、20秒くらいで元に戻ってくれた。
そしてまた叫んだ。
「これはお前ヘの果たし状だ!くソ山!一対一で正正堂堂勝負しろ!」
大将はその果たし状をランドセルにクシャクシャとねじ込んで収めると、ファ
イティングポーズをとった。なんかおかしいな。もともと多数でかかってきてい
たのはそっち、俺はいつでも独力だったぞ?それに果たし状は俺に読ませもせず
に収めてしまった。つうか、必要だったか?口で全部言ったじゃん。あーあ、地
球の資源がまた一つ……
「おりゃぁぁぁぁー」
首をひねっている間に大将が突っ込んできていた。でもやけに単純な動きで読
みやすい。
俺は手を素早く伸ばして襟を掴んだ。そして走ってくるスピード以上でグイと
引っ張り、同時にすねを蹴っ飛ばす。
つんのめった大将の体は脚を払われたことで完全にバランスを崩し、びっくり
するぐらい綺麗に空中へ浮かんだ。ちょうど俺のわき腹にむかって水平に飛び掛
かってくる格好だった。あんまりうまく出来過ぎてちょっと焦った。このままじ
ゃやりすぎてしまう。俺もそれなりの手加減や思いやりというのを手に入れてい
た。
俺はとっさに態勢を入れ替え、空飛ぶ大将の体を捕まえて小脇に抱えた。俺の
身長は、ここ2,3ヵ月で大将を追い抜いていた。こうしてみると、大将の体は結
構細くて軽く感じた。
地面におろしてやってから、一応言っておいた。
「お前さあ、正正堂堂の勝負にスカートなんか履いてくるなよ」
もう決着はついたと思っていたから、油断していた。それがいけなかった。
直後、真っ赤な顔の大将に顔面をぶん殴られていた。俺の顔も真っ赤にされた。
「なー、タイショーはなんであんなに怒ってんの?」
俺は今まで勝負し続けてきたやつらと初めて会話してみた。最初はバツが悪そ
うな感じでぎこちなかったけど、慣れると拍子抜けするぐらい普通に喋れた。
「ワシに聞くなや。知るか、んなもん」
スポーツ刈りは迷惑そうに言った。
「女ってのはそんなもんじゃろ、たぶん」
適当だな。
でもそれはなかなかいい考えに思えた。『そういうことにしておいてもいいんじ
ゃねぇ?ポイント』が70越えるぐらいだ。他のヤツも『あーあー、まぁそうい
うことかねぇー』って顔をしていた。
でも一人、おかっぱ頭のソイツはすっごく呆れた顔をした。そして低い声で言
った。
「あんたら、ホンマに分からんのか?」
その睨むような目はなぜか俺を射貫いていた。俺は首を傾げるだけだった。
俺は今まで勝負し続けてきたやつらと初めて会話してみた。最初はバツが悪そ
うな感じでぎこちなかったけど、慣れると拍子抜けするぐらい普通に喋れた。
「ワシに聞くなや。知るか、んなもん」
スポーツ刈りは迷惑そうに言った。
「女ってのはそんなもんじゃろ、たぶん」
適当だな。
でもそれはなかなかいい考えに思えた。『そういうことにしておいてもいいんじ
ゃねぇ?ポイント』が70越えるぐらいだ。他のヤツも『あーあー、まぁそうい
うことかねぇー』って顔をしていた。
でも一人、おかっぱ頭のソイツはすっごく呆れた顔をした。そして低い声で言
った。
「あんたら、ホンマに分からんのか?」
その睨むような目はなぜか俺を射貫いていた。俺は首を傾げるだけだった。
それから大将は俺との勝負にやたら本気で挑んでくるようになった。ろくに体
も動かせなくなっているのにまだ続けようとしたりするのだ。それに加えて、み
んなでの勝負が終わって解散してから、家に帰っている途中で一対一の勝負を挑
んできたりもした。
俺は全く理由が分からなかった。おかっぱ頭に聞いてみても教えてくれなかっ
た。父さんと母さんに聞いてみたら、母さんがすごい勢いで暴れ出したのでやめ
た。家じゅうにいる猫たちに聞いてみるのも手だったけど、俺はあいつらが苦手
だし、バカにされるかデタラメを教えられるかのどっちかだから止しておいた。
も動かせなくなっているのにまだ続けようとしたりするのだ。それに加えて、み
んなでの勝負が終わって解散してから、家に帰っている途中で一対一の勝負を挑
んできたりもした。
俺は全く理由が分からなかった。おかっぱ頭に聞いてみても教えてくれなかっ
た。父さんと母さんに聞いてみたら、母さんがすごい勢いで暴れ出したのでやめ
た。家じゅうにいる猫たちに聞いてみるのも手だったけど、俺はあいつらが苦手
だし、バカにされるかデタラメを教えられるかのどっちかだから止しておいた。
大将が足を挫いてしまい、歩いて家に帰れなくなった。するとおかっぱ頭がこ
こぞとばかりに言い付けてきた。
「クソ山!あんた、家まで送ってってやんなさいっ!」
確かにこんなにさせたのは俺のせいだ。組み合った状態から大将を投げようと
して力をこめたんだけど、大将の体は変なところで急に力を抜いてバランスを崩
し、いつもなら何でもないような事で転んでしまったのだ。
「わかったよ。でも、どうやって?」
渋々承諾した俺に、おかっぱ頭は、いきいきとした目で言い放った。
「もちろん、おんぶ!」
そうして俺は大将を家まで背負っていくことになった。
勝負の連中とはそれなりに話すようになった俺だけど、大将とだけはうまく話
せていなかった。もともと口数の多い性格ではないのだ。ましてヤツは大将であ
り、勝負相手であり、ああ、あと、一応女だ。
やっぱり、一時間弱の道中に会話は無かった。でも、気まずいってのも無かっ
たと思う。言葉がいらないってわけじゃあなくて、それが普通だったんだ。
俺はランドセルを前に掛引っ掛け、後ろに大将を背負ってただ黙々と歩いた。
腹と背中に両方ぶら下げている格好だ。
大将の顔は首の後ろ。喉にまわした腕が俺の黒ランドセルヘのっかっていて、
俺の手に膝の裏を引っ張りあげられている脚がぶらぶら揺れている。絆創膏をべ
たべた貼られた、力はあるけど、なまっちろい手足。
大将の体は、今、一つも働いてはいなかった。俺の体によって持ち上げられ、背負われ、体重を預けきり、ただ無抵抗に運ばれている。少しだけそう意識した。
こぞとばかりに言い付けてきた。
「クソ山!あんた、家まで送ってってやんなさいっ!」
確かにこんなにさせたのは俺のせいだ。組み合った状態から大将を投げようと
して力をこめたんだけど、大将の体は変なところで急に力を抜いてバランスを崩
し、いつもなら何でもないような事で転んでしまったのだ。
「わかったよ。でも、どうやって?」
渋々承諾した俺に、おかっぱ頭は、いきいきとした目で言い放った。
「もちろん、おんぶ!」
そうして俺は大将を家まで背負っていくことになった。
勝負の連中とはそれなりに話すようになった俺だけど、大将とだけはうまく話
せていなかった。もともと口数の多い性格ではないのだ。ましてヤツは大将であ
り、勝負相手であり、ああ、あと、一応女だ。
やっぱり、一時間弱の道中に会話は無かった。でも、気まずいってのも無かっ
たと思う。言葉がいらないってわけじゃあなくて、それが普通だったんだ。
俺はランドセルを前に掛引っ掛け、後ろに大将を背負ってただ黙々と歩いた。
腹と背中に両方ぶら下げている格好だ。
大将の顔は首の後ろ。喉にまわした腕が俺の黒ランドセルヘのっかっていて、
俺の手に膝の裏を引っ張りあげられている脚がぶらぶら揺れている。絆創膏をべ
たべた貼られた、力はあるけど、なまっちろい手足。
大将の体は、今、一つも働いてはいなかった。俺の体によって持ち上げられ、背負われ、体重を預けきり、ただ無抵抗に運ばれている。少しだけそう意識した。
夕焼けが綺麗……と言えなくもなかった。
「もういい。おりる」
あと一つ角を曲がれば到着、という所でそう言われた。今まで耳に入るのはカ
ラスの間抜けた鳴き声ぐらいなものだったので、とんでもない近距離からいきな
り発せられた声にちょっとびっくりした。
「おう」
腰を低くして足をつかせてやると、ちゃんと両足で立った。
「ここでいいのか」
「うん、いい」
うんだってよ、コイツが、大将が、うん。よっぽど足首が痛いのか?――しかし、
次の瞬間耳にした言葉には、もっとびっくりした。
「ありがと、クロヤマ」
固い顔だった。でもまっすぐとこちらを見ていた。俺はなんと返したらいいの
か分からず、ただ喉を詰まらせるだけだった。
大将は夕焼けのせいで、そう、絶対に夕焼けの光によって赤くなった固い顔で、
早口に続けた。
「じゃね、クロヤマ」
そして小走りで去っていった。
夕焼けが赤かった。
「もういい。おりる」
あと一つ角を曲がれば到着、という所でそう言われた。今まで耳に入るのはカ
ラスの間抜けた鳴き声ぐらいなものだったので、とんでもない近距離からいきな
り発せられた声にちょっとびっくりした。
「おう」
腰を低くして足をつかせてやると、ちゃんと両足で立った。
「ここでいいのか」
「うん、いい」
うんだってよ、コイツが、大将が、うん。よっぽど足首が痛いのか?――しかし、
次の瞬間耳にした言葉には、もっとびっくりした。
「ありがと、クロヤマ」
固い顔だった。でもまっすぐとこちらを見ていた。俺はなんと返したらいいの
か分からず、ただ喉を詰まらせるだけだった。
大将は夕焼けのせいで、そう、絶対に夕焼けの光によって赤くなった固い顔で、
早口に続けた。
「じゃね、クロヤマ」
そして小走りで去っていった。
夕焼けが赤かった。
それからというもの、俺は勝負の後にはちょくちょく大将を送り届けることに
なった。おかっぱのヤツがうるさいのだ。それに大将も、クロヤマのせいで歩け
ない、なんて言い出すものだから逆らえなかった。
やがて勝負をする頻度が減っていった。いつもの面子で鉢合わせしても、くだ
らない話をしながら一緒にだらだら下校する事が多くなった。そして隣にはいつ
も大将がいた。しだいにいつもの面子が揃う事も減っていった。勝負はもうする
事もなくなった。たまに思いついたように、技を2・3発かけあう程度。じゃれ
合う程度。
そして12になる頃には、俺は大将と二人っきりで下校するようになっていた。
たまにおかっぱとスポーツ刈りも一緒に帰った。
それらはとても穏やかな日々だった。毎日欠かせず一緒にいて、休日にも会っ
て、たまに殴り合って、けっこうボコされて、家に誘って、らしくもなく縮こま
って、親が二人して踊り回って、ちょっと引かれて、苦笑いを返して、こぼれた
ように吹き出した顔に思わず見入ってしまって、部屋に二人っきりで、そいつは、
彼女はもはや大将ではなく、もう思いっきり女の子で、誕生日プレゼントで、言
葉が出なくて、そして――
なった。おかっぱのヤツがうるさいのだ。それに大将も、クロヤマのせいで歩け
ない、なんて言い出すものだから逆らえなかった。
やがて勝負をする頻度が減っていった。いつもの面子で鉢合わせしても、くだ
らない話をしながら一緒にだらだら下校する事が多くなった。そして隣にはいつ
も大将がいた。しだいにいつもの面子が揃う事も減っていった。勝負はもうする
事もなくなった。たまに思いついたように、技を2・3発かけあう程度。じゃれ
合う程度。
そして12になる頃には、俺は大将と二人っきりで下校するようになっていた。
たまにおかっぱとスポーツ刈りも一緒に帰った。
それらはとても穏やかな日々だった。毎日欠かせず一緒にいて、休日にも会っ
て、たまに殴り合って、けっこうボコされて、家に誘って、らしくもなく縮こま
って、親が二人して踊り回って、ちょっと引かれて、苦笑いを返して、こぼれた
ように吹き出した顔に思わず見入ってしまって、部屋に二人っきりで、そいつは、
彼女はもはや大将ではなく、もう思いっきり女の子で、誕生日プレゼントで、言
葉が出なくて、そして――