とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 3-482

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

 ▼ スキルアウト

 あれは、本当に人間なのだろうか?
 あの腕を動かしているのは、筋肉なのだろうか。
 あれは呼吸するのに、肺を使っているのだろうか。
 その鼓動は、心臓の収縮によるものなのだろうか。
 そもそも、あの中には血液が巡る血管が通っているのだろうか。
 あの存在は、自分達と同じような、ちゃんとした原理で動いているのか。

 あれは、本当に人間なのだろうか?

  ▼ スキルアウト

 その腕は、旋風だった。

  ▼ スキルアウト

 その拳は、鉄槌だった。

  ▼ スキルアウト

 その脚は、機関銃だった。

  ▼ スキルアウト

 その有様は、猛獣のそれだった。

  ▼ スキルアウト

 あれは、人間なんかじゃない。
  ▼ スキルアウト

 悪魔だ。

  ▼ スキルアウト

 死神だ。

  ▼ スキルアウト

 あんなものは、

 人間なんかじゃない。

  ▼ スキルアウト

 人間じゃ、ない!

  ▼スキルアウト

 逃げ出した。
 『アレ』相手にあんな顔ぶれでに立ち向かうのは馬鹿のすることだ。
 走る。走る。逃げる。
 逃げる。逃げる。震える。
 震える。震える。怯える。
 怖い。必死で逃げる。逃げながら考えを巡らせる、でなければやってられない。
 何なんだよあいつなんでここに居るんだよ俺たち襲ってんじゃねえよ、
 逃げた。
 脇目も振らずに全力で逃げた。
 目的地は、天幕だらけのこの街の中でも一番太い通りだ。
 そこへ行けば、そこはバイクや銃やその他の凶器を大量に持っている、影響力の強いグ
ループの管轄地区、つまり縄張りであり、そいつらがたむろしているはずだった。
 見えた。
 路地の出口。
 壁と天幕と地面でかたどられた、縦に伸びる出口。
 その幅3メートルの切れ目は、通りの明かりでオレンジ色の塔のように見えた。
 これで、助かる。後は、頭でも何でも下げればいい。
 これで、助かる
 安堵、した。
 ゆとりが、できた。
 そこで、気付いた。

 なぜ、明るい?

 スキルアウトが天幕を張っているのは、その中のどこで、何をしているのかを隠蔽する
ためだ。こんな時間に明るくしていれば、天幕越しと言えど衛星の目には一目瞭然である。
 頭に疑問が生まれはじめた、しかし脚は止まらない。
 3メートルの、救済のオレンジ色が近づいてくる。
 あと10メートル。
 あと5メートル。
 あと

 その時、そこを『アイツ』が通り過ぎた。

 左から右へ、まるで水平に上昇する竹トンボのようにきりもみ回転しながら通り過ぎた。しかも、その両手にはスキルアウトらしき人間の首根っ子を一つずつ掴んでいた。
 一気に腰が砕け、走っていた勢いのままに通りへ転がり出る。
 身を起こして見回したそこは、地獄だった。
 明るかったはずだ。
 何十台ものバイクが、グシャグシャになって、そこらじゅうで炎上しているのだから。
 ドサ、と鈍い音をたてて、先程まで散々振り回されていた二人が地面に捨て落とされた。
 『アイツ』の姿はない。
 その代わりいつの間にか、自分の両肩に、何者かの両足が乗せられていた。
 まるで組体操の一種目のようにして自らの体の上に存在する『ソイツ』。そのパートナーへ、ゆっくりと顔を上げると、そこには――

 アレは、悪魔ではない。
 死神でもない。
 アレは、そういった神聖な、神だとか天使の対などといった存在では決してない。もっ
と下賎で、醜悪で、欲に塗れた理由の元に、災厄をもたらす妖怪――

 アレは、鬼だ。

  ▼スキルアウトA02

「ああ、そうだ、全員だ。十九学区中のスキルアウトを、クリスタルタウンに集めろ。…
…ああ?……くそ、じゃあAチームを二つ寄越す、あとはてめえでなんとかしろ!」
 どうにも何かがおかしい気がしてならない。
 リーダーの与える指示は、適切と呼べるのだろうか?
 レストランの他の幹部たちは何も感じていないようだが、私は疑問に思えて仕方がなか
った。
 注意していると聞こえてくる独り言のようなつぶやき声には、心底狼狽した様子があっ
た。

「どうし…だ……約束…と違う、一日早いじゃ…か……」

  ▼ クレイモア08

 寝不足だからまだ寝ていようと思うのに勝手に目が覚めてしまうような感覚の
後、意識が外側の現実世界に向き直った。おそらくボサッとしたままでは対処で
きそうにない事態でもやってきたのだろう。
 見てはいるけど見えてなかった眼の神経、ただ鼓膜が震えるだけだった耳に脳
みそを割り当てる。
 自分を囲む世界に情報が戻り、やっと普通の感覚に戻ってみると――
 ゴーッ!という耳鳴り。
 重力を感じない三半器官。
 穏やかなはずの大気に、髪をのたくらされ、肌を掻き撫でられている体。
 俺は、高さ90メートルぐらいを思いっきり自由落下していた。
 瞬時に焦点を発生、同時に感覚変質。体感時間を歪ませながら、自らの無意識
に感心する。ちょうどいい戦場だ。よく分かってんじゃん、俺。これぐらいがい
いんだよ。
 どうやら俺は50人ほどのスキルアウトの群れにむかって身を投げ出していた
らしかった。
 足元を物凄い勢いで流れる、廃ビルの壁でできた地面。その先に切り立つ、ア
スファルトの絶壁。びっしりと生える建築物の突起、その間にひしめいているイ
ガグリ、フラスコ、肉団子、毛玉、ワカメ。
 パシッ――
 主観的前方に何かが炸裂する閃光が起こった。と思った直後、俺のすぐそばを
細い線が通り過ぎ、主観的後方からビシビシと硬いものが弾ける音がした。銃弾
だった。しかも連射――マシンガンだろうか?スキルアウトの使う『外』方式の自
作銃は独創的なものが多い。
 このままではさすがに命中してしまうので、落下軌道を乱す。
 体の中心から外れた場所を適当にボンボン爆破、何かにぶつかられたように、
技を連続する体操選手のように右へ左へとび跳ねながら落下する。
 でたらめな回避行動は俺の視界もめったやたらに流転させた。左右がない。上
下もない。天地は一色。すべてが回って一緒くた。
 しかし構わない。
 俺は肩甲骨あたりの鎖巻きを3メートルばかり引き千切ると、それを両手に握
って親指に力を込めて焦点発生、爆破、一つずつ切り離して撃ちとばし始めた。
 小指の側からベルト給弾のようにして鎖が吸い込まれ、引っ張られる環の連な
りがミミズのようにのた打ち、コイントスの形で握られた人差し指と親指の間か
ら、歪な一本となった鉄が遠心力も上乗せして飛び出し、飛び出し、飛び出し、
飛び出していく。
 流れ星のように尾を引きながら俺の全方向を取り巻く紳士淑女、その本体であ
る先端部分ヘ狙いをつけ、というより射線上に入ってきたものからすかさず撃ち
抜く。『拘束』や『捕縛』の意味合いを持つ、それでいながら自らもまた縛られ、
繋ぎ止め合っている輪っか達を解き放つ事で行う射撃。なかなか洒落が利いてい
る気がして気に入る。
 うるさい喚き声が多数あがった。音と音源はやはり俺の全周囲を飛び交う。そ
の圧迫で推し量り、残り十数メートルの高さから墜落を防止した。勘で肘を爆破
して、回りっぱなしの勢いへの肘打ちによる相殺停止、続いて下方ヘ爆発を乱射、
積層されたベニヤ板を木っ端微塵に突き抜けるようにして、無事に地面ヘ降り立
つ。

 今の時間で既に周りは走査している。幅約3メートルの20メートル以内に4
0人弱。どことなく重装備。
 ほとんどの者が銃器を持ってはいるが、こう密集した状態のど真ん中に入り込
まれたとなっては、同士討ちの畏れから撃てるワケがない――と思ったのだが、泣
きそうな顔で震える指を引き金にのせるヤツが3人いた。
 そいつらはみんなそう遠くない場所だったで、たぶん当たる。判断した俺は肩
関節を外して鎖巻きを弛ませ、結構な長さの三本をとばすと一人ずつをぐるぐる
巻きに絡め捕った。
 一見すると、自分から鎖で三方向に縛り止められた形。その隙に飛び掛かって
くる者もあるが、そんな事はもちろん承知済みだ。
 俺は肩甲骨から左右に広がる二本をそれぞれ両手に握り締め、爆発と共に上半
身を回転、伸ばした腕の先の拳を大きく振り回した。
 ちょうどいい場所に飛び込んできていた、そのガッツは評価してやってもいい
少年が腕ごと脇腹を破壊されて飛ぶ。俺はなおも回転を止めず、脚に地面を砕か
せながら全身で鎖を巻き取る。その勢いに囚われた二人は水中から引きずり出さ
れてしまった魚のように、何人かを巻き添えにしながらこっちにむかって飛んで
きた。腹周りで巻き取っていた残りの一人もやってきた。距離が一時に縮まった
事で弛んだ部分の鎖を掴み、再びベルト給弾式の要領で、今度は地面と水平に回
転しながらの掃射を放つ。
 スキルアウトは既に大混乱になっていた。銃を持って強気になり俺をぶっ殺そ
うとする者、その銃口を必死で掴み止めようとする者、振り掛けられた鉄の粒に
血を流す者、鎖につながれたまま振り回される三人がバラ撒く銃弾から逃げる者、
ただ怯えてうずくまり無数の足の裏に蹴られ転がり潰される者。
 ついに仲間同士で殴り合うスキルアウトの姿が目に入ってきて、急に萎えた。
俺はなんてやつらの相手をしているのだろう。ここは底だ。平均以下の評価に耐
えられず、自分を昇華させる努力も持たず、社会から落ちこぼれ、生活の手段を
食い違え、それでもただ沈むに任せきり、挙げ句にどうしようもなくくだらない
事で人生を終える、ゴミ箱の一番下にへばりついているゴミとも言えない汚れで
できたような、そんな人間のいる場所だ。
 纏っていた残りの鎖5キロほどを一気に爆破して使いきり、作り出した嵐の中
心で思案する。もうとっとと壊しきってしまおう。汚物は一刻も早くまとめて排
除すべきだ。
 ちょうどその時、路地の果てに一台の自動車が横停めされた。ブレーキをかけ
られてタイヤが止まる前に俺は駆け寄っていた。両側の壁を右へ左へ蹴りとばし、
邪魔な汚物の沼を跳び越え接近してボンネットに着地、同時にフロントのエンジ
ンあたりに爆風をぶつける。内部から四つの悲鳴があがる鉄の箱。そのドアは歪
んで開かなくなった。
 少し機嫌がよくなるのを感じる。下拵えは終わり。ここからは準備の分だけ楽
しい時間、作業の工程で一番盛り上がる、いわゆるサビとかキモというヤツだ。
俺は路地にむかって車体の反対側に立つと、相撲取りの格好で屈んで下部をメキ
リと掴んだ。いけそうだ。

 バンバンとうるさい音がしている鉄の板を隔てた向こう側。その更に向こうで
相変わらず喚き声がひしめいている路地の中。腕にありったけの力と焦点を込め、
俺はすべての雑音を振り払うように車を投げ飛ばした。
 フレームが歪むほどの力と速さで端を持ち上げられた軽自動車は、グシャゴロ
ガシャンと転がって横向きに路地ヘ侵入し、薄汚れたれたコンクリートの中をロ
ーリングし始めた。勢いが衰える前にもういちど投げ上げる。回転する塊となっ
た車は後部を押し上げられた事でエネルギーを得て更に一斉処理の行進を続ける。
 ゴトン、ガタン、ゴロン、ボコン、圧倒的な重さの音が路地を震わせた。時折
その中にメキリとかグチャリという音が交じった。俺がいる車からこっちの側に
は、汚物がちゃんと汚物らしく同じ仲間である地面や壁等に赤くへばりついて人
間の真似をしていないという、とても好ましい光景があった。
 しかし俺とは反対のローリングの向こう側からはまだ汚物が耳障りに叫び回る
という我慢ならない光景が残っていた。俺はそっちの側も早くにこっち側にして
しまうために、更に何度も車を押し転がした。重々しく巡るその回転を手助けす
る、万歳をするように、励ますように、背中を押してやるように、いいぞ、もっ
とだ、車の下からは静かになった赤色の汚物が次々と吐き出されている、通った
跡はどんどん赤色になっていく、俺の好きな色だ、更に転がす、快走するサラブ
レッドに鞭の激励を入れるように、並走する友と戯れ合うように、
 ゴドン。凍り付いたようにして車の回転が止まった。路地は直角に折れ曲がっ
ていたのだ。壁にぶつかった鉄の箱はぴくりとも動かなくなった。。
 振り上げ抜いた格好のままだった腕をゆっくりおろす。クライマックスでテレ
ビの電源を引っこ抜かれたような気分だった。今度こそ本当に冷めきってしまっ
たのを感じた。こっち側には誰もいなかった。あっち側の皆はもう逃げ切ってし
まっていた。空気が急に静かになった。一人だ。独りぼっちだ。
 しょうがない。また記憶あさりに戻ろう。

  ▼スキルアウトA03

  地上10階の窓ガラスがいきなり砕け散り、何者かがドスンとレストランの中へ着地
した。
 キラキラと舞うガラス片。
 侵入者という存在の圧倒的な異物感。
「何だ!誰だぁ!」
 私はタカの背中に隠れながらそれを見る。
 突然の喧騒に包まれる空間の中、うずくまった姿勢から立ち上がるその人物は――
「何だ、駒場か」リーダが拍子抜けした様子で言った。「どうしたんだ、窓を突き破って登
場するとは、おまえらしくも――」
 リーダーの言葉は、途中で途絶えた。
 バコン!!という音をたてて、駒場さんがその体を蹴り飛ばしたからだ。
 私は何が起こっているのか全く理解できなかった。リーダーと同じぐらい偉い副リーダ
ーなのにコックをしている駒場さんが突然窓からやってきて、そしてリーダーを容赦なく
蹴ったのだ。他のみんなも、同じように呆気にとられていた。
 その間に、駒場さんはサイボーグみたいに素早い動きで事を成し終えていた。
 気が付くと、レストランの中央にはリーダーが仰向けに倒れ、その喉を駒場さんに踏み
付けられていた。
 私たちはようやく我に返った。
「この、どういうつもり――」
 懐から拳銃を取り出そうとした男もいた。しかしそれよりも早く、駒場さんが両手に構
えた二丁拳銃が火を噴いていた。
「少し黙っていてくれ。……俺はコイツと話がしたい」
 銃弾が男の顔から数センチを掠められたのを見て、みんな黙った。
 彼は両手で周囲に銃口を広げ、片足でリーダーの首を地面に押し付けながら見回す。
 この場の主導権は、もはや完全に駒場さんが握っていた。

「アツシ」駒場さんはリーダーを呼び捨てで呼んだ。「今から聞く事に答えろ……その質問
は、おまえが本当のスキルアウトのリーダーであるならば難なく答えれるはずのものだ
……」
 みんな聞き入っていた。
 リーダーは頷きはしなかったけど、もう駒場さんの言う事に従うしかない、と悟ったよ
うだった。そして、急に油汗をかきはじめた。
 駒場さんは拳銃を握る両手を水平に掲げながら問う。「おまえにも、もう分かっているは
ずだ……今十九学区に仕掛けられている襲撃は、一人の能力者……『爆弾魔(ボマー)』の
仕業だと」耳慣れない言葉だったが、リーダーは知っているようだ。「今すべきは、全スキ
ルアウトに割り当てた役務を解除し、ヤツにの手が届く前に避難させる事だ。それなのに、
何故おまえはこの学区の中心部である『クリスタルタウン』へ、逆に集結させている……?」
 リーダーは喉を踏まれながら答える。「そんな事、当たり前だろう、いくら強え能力者で
も、人間の一人ぐらい、スキルアウトが数を揃えれば――ぐぇッ」
 リーダーは言葉を詰まらせた。駒場さんが足に体重を乗せたのだ。
「何を寝呆けているんだ……『爆弾魔(ボマー)』は人間なんかじゃない、化け物だ。おま
えもよく知っているはずだろう……」
 続いて、駒場さんはいきなり二つの銃口を揃えて突き付けながら吠えた。
「やはりか……おまえは、学園都市と繋がっているな!?」
  隙が生まれているが、止めようとする者はいない。
 全員の注目が集まる……
 「……そうだ」リーダーが開き直ったように口を開いた。「確かに俺は学園都市と命令を
取り合っている。『爆弾魔(ボマー)』がやって来たら、クリスタルタウンにスキルアウト
を集めろと、そうすれば善処してやると言われていた」
 駒場さんは悲しそうな顔をした。「スキルアウトは愚かな能力者に対抗するために団結さ
れた集団……その頭が、この様か……」
「仕方がないだろう!」突然リーダーは喚いた。「そもそもそのグループが結成されたのは
何のせいだと思っているんだ!『アイツ』を使われて、俺たちに勝ち目なんかあるわけな
いだろう!そうだよ、『アイツ』は化け物だ!忘れるわけがないだろう!俺とおまえがいた
チームは五年前に『アイツ』に皆殺しにされたんだ!誰もかないやしなかった!他のチー
ムもみんなやられた!最近はやっといなくなったと思ったのに、また出てくるって言いや
がる!そうなったらもうスキルアウトは終わりだ!俺はもうそんなのは嫌なんだ!それだ
ったら、学園都市の言う事を聞くほうがまだマシだ!」
 そこで猫撫で口調に変わって続ける。「なあ駒場、学園都市が助けてくれると言ったのは、
俺だけじゃないんだぞ、この場にいるみんなを、もちろん、おまえも助けてくれるって言
ってるんだ、すごいだろう、今まで夢でしか見られなかったような生活を、あいつらは保
障してくれ――」
 言葉は最後まで続かなかった。駒場さんが、最後まで聞き届ける前に、相槌の代わりと
ばかりに両手の引き金を引いたのだ。

 ダガダガダガ!と、景気の良い音が破裂する。
「おまえはもう、リーダーなどではない……」
 銃弾はリーダーの頭に当たってはいなくて、すぐ横の床にぶつかっていた。リーダーは、
飛び散ったその破片で頬を切っただけで、無事だった。しかし、自分が撃たれたと勘違い
したのか、その体脂肪の多い男は気を失っていた。
 駒場さんは足をどけ、私たちに振り向く。
 そこへ足音高くやってきた者がいた。
「リーダー!大変だぁ!『アイツ』が!クリスタルタウンの駐車場までやって来――」
 動きが止まった。床に気絶している男と、拳銃を両手にぶら下げている副リーダーとい
う異常な事態に気付いたのだ。
 彼は周りの幹部たちに目を向けて助けを求めた。
 私たち幹部は多少は混乱していたものの、誰についていくべきかは分かっていた。
 中央に毅然と立つ、軍人のような格好の駒場さん。
 その目に反抗しようとする者はいなかった。
 駒場さんはポケットから携帯電話を取り出して、誰かに電話をかけだした。
「浜面……俺だ。“ラジコン”の取り付けは終わっているか?では、早急に準備しろ。早速
使用する事になった。……命令権……?」
 その時、気絶していたとばかり思っていた肥満の男がムクリと上体を起こし、腰に下げ
ていた奇妙な銃を駒場さんに向けた。
「駒場ぁぁ!」
 しかし駒場さんは動じなかった。
 ブオン!と空気が掻き分けられる音。その一瞬の間に、元リーダーだった男の上半身は
赤く弾けてなくなっていた。
 目にも止まらぬ速さで、駒場さんが振り向き様に蹴り払っていたのだ。
 そう気付いた時、既に彼は、クルクルと舞う奇妙な形状の銃を空中でパシリと掴み、携
帯にむかってこう言っていた。
「……問題ない。今のスキルアウトのリーダーは、俺だ」

  ▼白井黒子04

 私は笑い飛ばしてしまおうと思った。
初春、あなた役者を目指したらいいんじゃありませんの?私が推して差し上げてもよろ
しいぐらいですわね。自棄になった笑顔から一転してのシリアスモードなんて、ちょっと
見事でしたわね、ほとんど騙されてしまいましたわ。
 だが私は、目をパソコンの画面に奪われて食い入るように『ソレ』を凝視していた。
「……お、おかしいじゃありませんの……」
 やっとの事で、それだけの言葉を搾りだす。
 それは、とても論理的とは言えないただのうわごと。
「あの、猫バカ……今日は、確かに風紀機動員(アンパイア)の任務をさぼって、という
より、無視して、姿も見せませんでしたけど……こんな所で……こんな……任務さぼって
……何を……」
「午後6時ジャスト、」初春が平板な口調で遮る。「暴走した能力者が第十九学区外円部で
警羅中のスキルアウトへ危害を加えました」
 画面が切り替わり、ディスプレイに録画された衛星映像が流れる。そこにいた豆のよう
な人間数粒。そのうちの一つがすごい勢いで動き出し、他の豆が少し長くなって人の形に近くなった。倒れたのだ。
「その4分後、暴走能力者は東へ5キロの場所で再びスキルアウト十数人に暴行、ほぼ全
滅します」
「さらに3分後、また数人へ暴行」
「そのさらに5分後、再び数人を暴行」
「6分後、また。以降、40分間に7回繰り返されます。これらは十九学区を取り囲むよ
うに行われました。攪乱が目的ですね」
「暴走者はこの後、十九学区の内側へ行動を移します。私の所へ命令が来たのはこの時で
す。」
「これを境に暴走能力者は攻撃をさらに活発化ししました。信じられないかもしれません
が、平均して5秒に1人という手際でスキルアウトを――」
「お待ちなさい!」
 次々と早口で並べ立てれる状況報告に、私はやっと割り込んだ。
「そんな馬鹿馬鹿しい事、本気で言ってますの?確かに黒山大助はアンパイアとしての実
力がありますわ、彼がもし精神に異常をきたしたとして――もしそんな事があったとした
らの話ですけど――その場合には同じ風紀機動員に命令が来るでしょう、でもおかしい事
が多すぎますわ、なぜそれを命令されたのが私一人であるのか、それ以前に、何よりも――」
 そう、全く根本的な問題として、
「十九学区への侵攻ですって!?あそこは今、無能力武装集団(スキルアウト)で一杯に
なっていますのよ!?たった一人の人間に、そんな事ができるわけがないじゃないです
の!!」
 いくつもの戦場を経験してきた私には分かる。
 結局のところ、強さとは数の多さなのだ。
 いくら私のような能力者は絶大な力を持っていると言っても、スキルアウト10人にい
っぺんに襲われては、おそらくは勝つ事はできない。
 一人一人と、連続で10回戦って10連勝する自信ならある。一対一の戦いなら、その
対戦相手が持つ『強さ』を、毎回毎回上回れば良いのだ。私はそれだけの『強さ』を持っ
ている。有効な射程距離、行動の速さ、攻撃のバリエーション――それを毎回相手より上
回った数値で発揮すればよいのだ。
 自分に1人味方がいて、相手が3人、つまり2対3の戦いとなるのならまだ良い。
 しかし、自分が一人だけで、相手が複数人であるなら話は違う。二人になれば2倍強い
とか難しいとか、そういう事にはならないのだ。
 押さえ込められない、とでも言おうか。
 イメージとしては、壁と、そこに空く穴、さらにそこから流れ出てくる水を思い浮べる
といい。

 自分は壁の穴から噴き出す水を止めなくてはならない。穴の直径は数センチ。一つであ
れば、簡単に塞ぐ事ができる。たとえ水圧が大きくなってしまっても、その数が二個や三
個に増えてしまっても、より力をこめたり、両手を使ったりすればなんとかなるだろう。
 しかし、新たな穴が、今まで押さえていた所から数メートルも離れた場所に開いてしま
ったらどうしようもないのだ。そしてそれらはいつのまにか穴同士で数珠のような円を
作って壁を刳り貫いており、今までとは比べものにならないほど大きな穴が壁に穿たれて
いる。次々と開く穴は壁にひびを入れ、終には壁そのものが崩れ、押し流されてしまう……
 大人数を相手にするというのは、そういうものなのである。
 まして、十九学区にいるのは、学園都市の脳開発を施された不良集団だ。能力としては
成果が現れず、スキルアウトに落ちぶれているとはいえ、状況判断、運動の把握・命令、
頭の回転の速さなど、“脳の処理能力”自体は『外』の一般的な人間達よりもはるかに優れ
ている。
 なるほど、確かにあの猫バカは強い、第七学区の風紀機動隊の中でも上位に入る。加え
て複数人を相手にした戦闘も得意だ。
 しかし、初春が言ったような事は本当であるはずがない――
「私もそう思ってましたよ、白井さん」
 思考を読まれたかのような台詞。
 初春はとても冷静だった。
「私も、そうやって、反論しやすそうな所から理屈を並べて、この命令はでたらめだと……
黒山先輩が十九学区なんかに攻め入るわけがないって……そう決め付けようとしました。
でも、私たちって、先輩が本気を出したところなんて見た事がありますか?風紀機動隊(ア
ンパイア)の任務中でだって、黒山先輩は全然余裕だっていうじゃないですか」
 そこで初春はまたも画面を操作して、一つのメールに書かれた文章を呼び出した。
「あの人が普通の人間じゃないって、すぐにぜんぶ本当の事だって思い知らされたんです」
 これがその命令文です、と示されたそこには、
『黒山大助。現在十九学区を蹂躙しているこの者、「人間爆弾(クレイモア)」を、空間移
動(テレポート)である白井黒子の手によって討たせん事を命ず』
 という、最後の学園都市の正式なコードがなければ悪戯だと思うような事が書いてあっ
た。
 私が気になったのは、聞いた事のない、黒山大助の個人能力名だった。
 人間爆弾……クレイモア……?
「白井さん、前に私たち、『書庫』から黒山先輩についての情報をこっそり調べてみたけど、
個人能力名だけはどうしても分からなかった事がありましたよね?」
 黒山大助は個人能力名を他人に教えようとはしなかった。だからちょっと気になって調
べようとした事があった。
 学園都市で発現される能力の呼称に使われる名前には、学校側が能力を大雑把な分類の
もとに呼び分ける、『発火能力(パイロキネシス)』、『電撃使い(エレクトロマスター)』な
どのシンプルな名前と、各自が自分で決める(意欲向上が目的らしい)個人能力名がある。
 これらは二つとも一緒に『書庫』へ登録される事になっている。はずなのだが、黒山大
助の個人能力名だけはどうしてもヒットしなかったのだ。
「『人間爆弾(クレイモア)』。それが先輩の個人能力名でした。そして、Aランクに指定さ
れる秘匿検索鍵語だったんです」
 それを検索してしまった瞬間、私はブラックリストに載りました。その代わりに、今ま
で検索しても開示されなかった情報も手に入れる事ができました。
 ピ、という単純な電子音と共に表示された資料。
 それは、一般的な『身体測定(システムスキャン)』とは明らかに精度の違う、黒山大助
の個人データだった。「握力900N、視力7.5、体脂肪率は9%なのに、体重、816N
ですって。すごいですね。あとほら、先輩の爆発って、エネルギー量と連射速度だけなら
余裕で大能力(レベル4)らしいですよ」
 それは、過去5年の間に黒山大助が壊滅させた不良グループの一覧表だった。「知ってま
したか?学園都市にいる不良の皆さんが、統一してスキルアウトって呼ばれる理由。黒山
先輩が、他はぜーんぶ倒しちゃったんですよ。それで、また新しい名前を名乗って結成し
ようとする人がいないんですって」
 それは、今まで黒山大助が今まで参加した大規模なスキルアウト捕獲作戦の詳細だった。
「5年間でこんな事を200回以上ですって。しかも、戦闘のほとんどは黒山先輩が行っ
て、他の要員は負傷したした人を手当てしたりそのまま逮捕したりするためにいるそうで
す」

 その最後には、こうあった
『作戦要項――九月一日、24時より、第十九学区に「人間爆弾(クレイモア)」を投下、
絶対座標……――続く形で特別警備隊および特別風紀隊を進行させ――当作戦中においては
実弾の使用を許可し――』
「もういいですよね?」
 とても冷ややかな声。
「白井さん。黒山先輩はそういう人なんです。普通の人が知ってはいけない所で活躍して
る人なんです。一人で、生身で、何百人っていうスキルアウトの相手をできる人なんです。
そういう人が、作戦を無視して、独断で暴れているんです。これは止めなければなりませ
ん」
 これほどの情報をこんなにも簡単に入手できたのは、おそらく命令してきた者が意図的
にそうしたからだ。知ってはならない情報をあえて握らせ、この命令が真実のものである
事を思い知らせながら、こう言っている。もう後戻りは許されないんだ、分かったらとっ
とと従え。
「まだ理解できない事がありますわ……命令では、なぜ私が指名されていますの?」
 やっとまだ解決されていない疑問点を見つけるが、初春はそれにも平然と答えた。
「明確な答えは出せませんが、理由の根拠と思しき資料があります」
 再びの操作の後、表示された画面には、氏名と能力名、そしてその横に見慣れない言葉
を一行に収めたものだけをびっしりと並べられた、名簿のようなものが映った。
 花峰貞子 植物操作 階級2
 伊藤雅也 肉体軟化 階級1
 足利太郎 鉱質繊維 階級3
 その見慣れない言葉には、レベル認定と同じように、数字が付随していた。
「『階級(グレード)』……2、1、3……?何ですの、これは……?」
「見ててください」
 初春が操作すると、一番右横にあったその数字が、全て1に変わった。どうやら、そこ
にあわせて名簿をソートしたようだ。
 彼女は画面を上へ上へとスクロールする。見知らぬ名前、能力名、そしてそこだけ規則
正しく縦に並ぶ階級1111111……その数字が2に変わり、さして長くない時間の後
に3へと変わった。
 その時から、名前の羅列の中に見覚えのあるものが目に入りだした。
「これは……もしかして、ここに載っているのは、全員風紀委員なんですの?」
「その通りです」
 2の時よりさらに早く3がついた羅列が終わり、4が縦に並び始めると、そこにはいく
つもの見知った名前が登場しはじめた。第七学区の同僚風紀機動員、第一学区の有名な風
紀機動隊隊長、アンパイアではないが成績が高く評判の風紀委員……
「そろそろ、一番上に届きますよ」
 既に名簿には知らない名前の方が少ないぐらいだった。第九学区の風紀機動隊隊長『階
級4』、嘘のような伝説を持つ風紀機動員(アンパイア)『階級4』。初春もいる。その他名
立たる名前の数々……
 そしてその一番上、名簿の頂点である先頭には、こうあった。

 黒山大助 人間爆弾(クレイモア) 階級4+(グレード4プラス)

 白井黒子 空間移動(テレポート) 階級4+(グレード4プラス)

「この名簿には、題名も説明書きも『階級』という言葉の意味も何も書かれていませんで
した。でも、一つだけ言える事があります」
 この中で『階級4+』とされているのは、黒山先輩と、白井さん――あなただけだという
事です。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー