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7分前。未だ尻尾の掴めないテロリストを求めて“偶然”付近の捜索を命じられていた第
七学区風紀機動隊の十九名へ、学園都市に仇をなす反逆者を討てとする命令が下る。継続
中の任務は一時中断、本命令を最優先せよ。
散開して捜索を行っていた隊員たちは外耳道に差し込まれた骨振動式無線マイクによっ
て指示を受け、連携を取り合いながら、『グラス』――ヘルメットのゴーグルに映し出され
る情報映像を片目で参照しつつ、“目的地へと移動し続ける集合地点”へと寄り集まる。4
トンまでの圧力に耐久するブーツの足裏に仕組まれた『ランナー』をアスファルトに滑ら
せ、かすかな煙とブラックマークを引きながら、一人、また一人と闇から現れる、犯罪者
と戦うための白を基調とした装備に身を固めたアンパイア。風のようにビルの間を縫いな
がら縒り集まっていく彼らは、約3分で完全に集合を終え、今、とあるビルに到着しよう
としている。
残り30秒で、アンパイアたちは任務を開始する。
ここまで移動するためにとっていた団体陣形を解除、三人一組の自由度の高い隊列に分
かれる。一人が『ランナー』のジャンプ台作成などのスキルを持つ『セッター』、一人が高
速で移動できるスキルを持つアタッカー、残りの一人が銃器による援護を行うバックアッ
プ。しかし、本任務では標的の能力者の性質から近接混戦に持ち込まれることが予想され
るため、遠距離からの一方的射撃か、近距離からの物量戦か、状況しだいで迅速に切り替
える必要がある。『セッター』は『ランナー』の『ジャンプ台』に集中、各員も『レール』
には常に気を配るよう注意。本日は二名の欠員があるが、両名とも『セッター』ではない
ため支障無し。機動性を重視し、空いた二組は二名で行動。
7つの組は7つの方向からビルを囲んでゆく。ある組は一直線にビルへと通じる道路の
物影へ。ある組はそのビルの二つ隣の屋上の給水塔へ。標的のビルの屋上からは目の届か
ない場所をくぐり、しかし迅速に。来た方向に近い場所から到着、進行方向から反対側の
最も遠い開始地点へと、最後の組が到着したとき、『グラス』の秒針のとおりに突入が行わ
れる。
まず、それまでオートに設定していた『ランナー』のアクセルを随意操作に切り替え、
無音状態を保ったままで出せる最高速度まで加速する。『セッター』は『ジャンプ台』を一
瞬で構成できるよう、各自の操作粒子をいわゆる過冷却と同じような状態に高める。これ
らは、ビルの屋上へ乗り上げるための滑走路を走る数秒の間に済まされる。
七学区風紀機動隊の十九名へ、学園都市に仇をなす反逆者を討てとする命令が下る。継続
中の任務は一時中断、本命令を最優先せよ。
散開して捜索を行っていた隊員たちは外耳道に差し込まれた骨振動式無線マイクによっ
て指示を受け、連携を取り合いながら、『グラス』――ヘルメットのゴーグルに映し出され
る情報映像を片目で参照しつつ、“目的地へと移動し続ける集合地点”へと寄り集まる。4
トンまでの圧力に耐久するブーツの足裏に仕組まれた『ランナー』をアスファルトに滑ら
せ、かすかな煙とブラックマークを引きながら、一人、また一人と闇から現れる、犯罪者
と戦うための白を基調とした装備に身を固めたアンパイア。風のようにビルの間を縫いな
がら縒り集まっていく彼らは、約3分で完全に集合を終え、今、とあるビルに到着しよう
としている。
残り30秒で、アンパイアたちは任務を開始する。
ここまで移動するためにとっていた団体陣形を解除、三人一組の自由度の高い隊列に分
かれる。一人が『ランナー』のジャンプ台作成などのスキルを持つ『セッター』、一人が高
速で移動できるスキルを持つアタッカー、残りの一人が銃器による援護を行うバックアッ
プ。しかし、本任務では標的の能力者の性質から近接混戦に持ち込まれることが予想され
るため、遠距離からの一方的射撃か、近距離からの物量戦か、状況しだいで迅速に切り替
える必要がある。『セッター』は『ランナー』の『ジャンプ台』に集中、各員も『レール』
には常に気を配るよう注意。本日は二名の欠員があるが、両名とも『セッター』ではない
ため支障無し。機動性を重視し、空いた二組は二名で行動。
7つの組は7つの方向からビルを囲んでゆく。ある組は一直線にビルへと通じる道路の
物影へ。ある組はそのビルの二つ隣の屋上の給水塔へ。標的のビルの屋上からは目の届か
ない場所をくぐり、しかし迅速に。来た方向に近い場所から到着、進行方向から反対側の
最も遠い開始地点へと、最後の組が到着したとき、『グラス』の秒針のとおりに突入が行わ
れる。
まず、それまでオートに設定していた『ランナー』のアクセルを随意操作に切り替え、
無音状態を保ったままで出せる最高速度まで加速する。『セッター』は『ジャンプ台』を一
瞬で構成できるよう、各自の操作粒子をいわゆる過冷却と同じような状態に高める。これ
らは、ビルの屋上へ乗り上げるための滑走路を走る数秒の間に済まされる。
7つの点で構成される円が、一気に狭まる。
絶妙のタイミングで固体化されるジャンプ台。
七つの組の十九人は同時に空を昇る。正確に計算された速度の『ランナー』がクロソイ
ド曲線を描くジャンプ台とらえ、音無く、つまずきもブレも無く、横向きの運動を垂直に
変換し、完成された滑らかさで飛び立つ。
その姿を見る者は不可能といわれる反重力装置の発明を疑う。
定規ではかったような正三角形は崩れることなくビルの壁面をすべり、ちょうど運動エ
ネルギーを位置エネルギーに変換し終えると同時に、まるで後向きにビルから飛び降りる
映像を逆再生したように、着地のためのバネも必要とせず、その足は屋上の地面を踏み――
絶妙のタイミングで固体化されるジャンプ台。
七つの組の十九人は同時に空を昇る。正確に計算された速度の『ランナー』がクロソイ
ド曲線を描くジャンプ台とらえ、音無く、つまずきもブレも無く、横向きの運動を垂直に
変換し、完成された滑らかさで飛び立つ。
その姿を見る者は不可能といわれる反重力装置の発明を疑う。
定規ではかったような正三角形は崩れることなくビルの壁面をすべり、ちょうど運動エ
ネルギーを位置エネルギーに変換し終えると同時に、まるで後向きにビルから飛び降りる
映像を逆再生したように、着地のためのバネも必要とせず、その足は屋上の地面を踏み――
来た。
時間通りだ。
時間通りだ。
ス――と。白いボディアーマーに身を固める亡霊が、屋上の淵へ魔法のように現れる。
ス――と。警備員(アンチスキル)のものよりもいくぶんSF的なヘルメットの『グラス』。
管楽器のような銃器。まるでその体勢で生まれてきたかのように、自然に俺に向いている。
ス――スタンロッドを片手に構える『アタッカー』。
ス――能力のみで行動し、武器を必要としない『セッター』。
ス――ナックルガードのついた二丁拳銃を持つ『ハーフプレイヤー』。
ス――
ス――
ス――
ス――
ス
ス
ス
ス
スッテン、コロリ。「ちょっと四つ葉ちゃん」「四つ葉ちゃん」「大丈夫っスか四つ葉ちゃん」
ス
ス
ス
ス
手摺りもなにもなかったはずの屋上は、あっという間に、十八の白い人柱の壁に囲まれ
ていた。
ス――と。警備員(アンチスキル)のものよりもいくぶんSF的なヘルメットの『グラス』。
管楽器のような銃器。まるでその体勢で生まれてきたかのように、自然に俺に向いている。
ス――スタンロッドを片手に構える『アタッカー』。
ス――能力のみで行動し、武器を必要としない『セッター』。
ス――ナックルガードのついた二丁拳銃を持つ『ハーフプレイヤー』。
ス――
ス――
ス――
ス――
ス
ス
ス
ス
スッテン、コロリ。「ちょっと四つ葉ちゃん」「四つ葉ちゃん」「大丈夫っスか四つ葉ちゃん」
ス
ス
ス
ス
手摺りもなにもなかったはずの屋上は、あっという間に、十八の白い人柱の壁に囲まれ
ていた。
そして最後に、わずかな偏りによって隙間のできていた場所へ、十九人目が舞い降りる。
空気の流れる音すら、しない。夜に染まるビルの縁がそのまま盛り上がり、人の形をと
ったように、最後の一人が現れる。
忍者のような闇色の装備に身を包む、細身の人物。“彼女は”第七風紀機動隊隊長、薄葉
艶花。選りすぐりの風紀委員たちの中から選ばれた、実力能力者の頂点たちを統べる指揮
官だ。
「こちらは第七風紀機動隊。学園の風紀を乱す犯罪者よ、無駄な抵抗はやめて――」隊長は
アクティブロッドをクイっと振って、紋切り型の台詞を切り替える。「――おとなしく投降
する気は、ないのかな?第七風紀機動隊『ファーストアタッカー』、黒山大助隊員。います
ぐ大人しくお縄についてもらえば、これに勝る恩幸はないのだが――私としては、状況の理
解も不完全に、戸惑いを抱いたまま己の同僚に縄をくれるというのは、いささか忍びない
ものがあるのでね」
彼女の言葉に嘘はないのだろう。突入と同時に標的へとびかかることもせず姿を晒し続
ける作戦など聞いたこともない。それにこの突入法――『滝昇り』は、本来ならば最前線へ
姿を現すのは5、6人、あとは後方に控えているのが定石のはずなのだ。そのはずが、自
分と白黒――じゃなくて、白井、黒子――の二人を除いた全員で、この屋上にわんさかと押
し詰めている意味。
泣けてくるじゃないか、畜生。
そして、だからこそ――手を抜くわけにはいかない。
「悪いですね、ウスハ隊長」俺は38の視線を浴びながら答えた。「あいにく、俺がここで
皆を待っていたのは、全力で手加減をするためなんですよ」
それですべては伝わった。
第七風紀機動隊。彼らは白井のように、こっちが恥ずかしくなるような引き止めにうっ
て出たりはしない。
「ほう――」
隊長の唇が、心の底からの安堵と歓喜によって柔らかくほころび――
一転、翻るナイフの刃先のごとき、酷薄を描く。
「それではお手柔らかに頼もうではないか、“反逆者”黒山大助よ」
薄葉艶花のアクティブロッドが、バチンと音をたてて2メートルの長さの鎌と化す。完
全な戦闘状態。切り替えのお速いことで。
連続する不穏な金属音。他の隊員たちも、威嚇のポーズから純粋な戦闘体勢へ構えなお
していく。
空気の流れる音すら、しない。夜に染まるビルの縁がそのまま盛り上がり、人の形をと
ったように、最後の一人が現れる。
忍者のような闇色の装備に身を包む、細身の人物。“彼女は”第七風紀機動隊隊長、薄葉
艶花。選りすぐりの風紀委員たちの中から選ばれた、実力能力者の頂点たちを統べる指揮
官だ。
「こちらは第七風紀機動隊。学園の風紀を乱す犯罪者よ、無駄な抵抗はやめて――」隊長は
アクティブロッドをクイっと振って、紋切り型の台詞を切り替える。「――おとなしく投降
する気は、ないのかな?第七風紀機動隊『ファーストアタッカー』、黒山大助隊員。います
ぐ大人しくお縄についてもらえば、これに勝る恩幸はないのだが――私としては、状況の理
解も不完全に、戸惑いを抱いたまま己の同僚に縄をくれるというのは、いささか忍びない
ものがあるのでね」
彼女の言葉に嘘はないのだろう。突入と同時に標的へとびかかることもせず姿を晒し続
ける作戦など聞いたこともない。それにこの突入法――『滝昇り』は、本来ならば最前線へ
姿を現すのは5、6人、あとは後方に控えているのが定石のはずなのだ。そのはずが、自
分と白黒――じゃなくて、白井、黒子――の二人を除いた全員で、この屋上にわんさかと押
し詰めている意味。
泣けてくるじゃないか、畜生。
そして、だからこそ――手を抜くわけにはいかない。
「悪いですね、ウスハ隊長」俺は38の視線を浴びながら答えた。「あいにく、俺がここで
皆を待っていたのは、全力で手加減をするためなんですよ」
それですべては伝わった。
第七風紀機動隊。彼らは白井のように、こっちが恥ずかしくなるような引き止めにうっ
て出たりはしない。
「ほう――」
隊長の唇が、心の底からの安堵と歓喜によって柔らかくほころび――
一転、翻るナイフの刃先のごとき、酷薄を描く。
「それではお手柔らかに頼もうではないか、“反逆者”黒山大助よ」
薄葉艶花のアクティブロッドが、バチンと音をたてて2メートルの長さの鎌と化す。完
全な戦闘状態。切り替えのお速いことで。
連続する不穏な金属音。他の隊員たちも、威嚇のポーズから純粋な戦闘体勢へ構えなお
していく。
不意に、その狩る者の側に自分が立っていないことに、大きな違和感を覚える。まあ、
それも当然か。俺はこれまで、数えきれないほどの人間たちを力で屈服させてきたんだ。
深夜の街を爆走する少年たちを一斉に包囲し、行き場を失って踊り狂うバイクから引き
ずり落とした。後ろ手に拘束された彼は、怯えきった顔で必死にガンを効かせていた。
校舎内に立てこもる暴走能力者を力任せに蹴り倒し、有無を言わせずひざまずかせた。
自暴自棄な様子で脚をバタつかせ、彼女はわけのわからない言葉を泣き叫び続けていた。
暴動を起こした50人ほどスキルアウトを、実弾を使って制圧した。股を真っ赤に濡ら
してうずくまる一人が、ごめんなさいごめんなさいと何度も謝っていた。
俺は身に染みて承知している。この世の中で生きていくためには、その世の中に従うほ
かない。この世の道理に歯向かう行動をとった者は、例外なく大きな力によって叩き潰さ
れる。まして、この場所に起こされようとしているのは、学園都市でもトップレベルの治
安維持活動――つまり、武力行使。何人の背理も許さない、許すことのあってはならない、
法治の体現。
それでも俺は、突き進まなくてはならなかった。19のアンパイアが阻めばこれを蹴散
らし、100のアンチスキルが現れればこれを乗り越え、千の戦車が道を防げばこれを突
破し、万の軍団が立ちはだかればこれを爆砕する。そんな妄言を貫き通さなければならな
かった。
この学園都市に、俺の求めるものはない。あいつを救えない世界になど、要はない。
俺は帰らなくてはならないのだ。
俺の故郷へ。
魔術の世界へ。
それも当然か。俺はこれまで、数えきれないほどの人間たちを力で屈服させてきたんだ。
深夜の街を爆走する少年たちを一斉に包囲し、行き場を失って踊り狂うバイクから引き
ずり落とした。後ろ手に拘束された彼は、怯えきった顔で必死にガンを効かせていた。
校舎内に立てこもる暴走能力者を力任せに蹴り倒し、有無を言わせずひざまずかせた。
自暴自棄な様子で脚をバタつかせ、彼女はわけのわからない言葉を泣き叫び続けていた。
暴動を起こした50人ほどスキルアウトを、実弾を使って制圧した。股を真っ赤に濡ら
してうずくまる一人が、ごめんなさいごめんなさいと何度も謝っていた。
俺は身に染みて承知している。この世の中で生きていくためには、その世の中に従うほ
かない。この世の道理に歯向かう行動をとった者は、例外なく大きな力によって叩き潰さ
れる。まして、この場所に起こされようとしているのは、学園都市でもトップレベルの治
安維持活動――つまり、武力行使。何人の背理も許さない、許すことのあってはならない、
法治の体現。
それでも俺は、突き進まなくてはならなかった。19のアンパイアが阻めばこれを蹴散
らし、100のアンチスキルが現れればこれを乗り越え、千の戦車が道を防げばこれを突
破し、万の軍団が立ちはだかればこれを爆砕する。そんな妄言を貫き通さなければならな
かった。
この学園都市に、俺の求めるものはない。あいつを救えない世界になど、要はない。
俺は帰らなくてはならないのだ。
俺の故郷へ。
魔術の世界へ。
ミサカを救える場所へ。
「かかれ」
一言。第七風紀機動隊の指揮官が、突撃を告げる。一つの遅れも無く動きだすアンパイ
アたち。振り上げられるスタンロッド。固定される銃口。
瞬間、ガラスの割れるような音とともに、窒素分子を固体化して造り出された『レール』
の蔓が、そこらじゅうを埋め尽くす。
ビルの街を侵食する、凍てつくジェットコースタージャングルの戦場。
『ランナー』を滑り止め処理された『レール』の表面に唸らせ、四方八方から夏の虫の
ように迫り来る、白い鎧の暴力。
それでいい。それでは、全力で手加減してやって――さっさと先に進ませてもらうとしよ
う。
一言。第七風紀機動隊の指揮官が、突撃を告げる。一つの遅れも無く動きだすアンパイ
アたち。振り上げられるスタンロッド。固定される銃口。
瞬間、ガラスの割れるような音とともに、窒素分子を固体化して造り出された『レール』
の蔓が、そこらじゅうを埋め尽くす。
ビルの街を侵食する、凍てつくジェットコースタージャングルの戦場。
『ランナー』を滑り止め処理された『レール』の表面に唸らせ、四方八方から夏の虫の
ように迫り来る、白い鎧の暴力。
それでいい。それでは、全力で手加減してやって――さっさと先に進ませてもらうとしよ
う。
俺は静かに拳を握り、頭の中の本能を開け放つ。
「遮ってんじゃねぇよ。俺の邪魔だろうが」
激変する感覚情報。
捻じ曲がっていく体感時間。
自然と、両の眼が見開かれていく。動物としての衝動が体の中で暴れ回り、爆発を求め
てあふれ出そうとする。
戦闘、開始。
赤い輝きが、爪先から髪の天辺までを覆いつくした。
「遮ってんじゃねぇよ。俺の邪魔だろうが」
激変する感覚情報。
捻じ曲がっていく体感時間。
自然と、両の眼が見開かれていく。動物としての衝動が体の中で暴れ回り、爆発を求め
てあふれ出そうとする。
戦闘、開始。
赤い輝きが、爪先から髪の天辺までを覆いつくした。
勝負は最初の一撃で決まった。
第七風紀機動隊の19名は、3人1組のグループを更にアタッカー1人とセッター・サ
ポーターの2人に分ける作戦に出た。アタッカーの行く先に邪魔な『レール』をサポータ
ーが射撃で排除し、足りない『レール』は各自セッターが追加する。付ききりの援護をう
けて自由に宙を飛び回るアタッカーによる、高速機動作戦。
おそらく第七学区(ウチ)のアンパイアでしか実行できないであろう、綿密な連携を必
要とする、しかし強力な戦法だ。標的の俺がアンパイアだったとはいえ、たった一人に対
して妥協無くこの戦いを選択できた隊長には尊敬の念すら抱く。
しかし――これはまったく仕方の無いことではあったと思うが――その隊長にも、致命的
なミスがあった。
それは、風紀機動隊の総戦闘武力と機動力、それに隊長自身の戦闘センス、それらをす
べて凌駕する人間の存在を知らなかったことである。
6人のアタッカーが短期決戦を挑んで一斉に飛び掛かってきた瞬間、俺は上下左右、3
60°の全方位に赤色の衝撃波を撃ち放った。
第七風紀機動隊の連携は、一撃で木っ端微塵に崩れ去った。
第七風紀機動隊の19名は、3人1組のグループを更にアタッカー1人とセッター・サ
ポーターの2人に分ける作戦に出た。アタッカーの行く先に邪魔な『レール』をサポータ
ーが射撃で排除し、足りない『レール』は各自セッターが追加する。付ききりの援護をう
けて自由に宙を飛び回るアタッカーによる、高速機動作戦。
おそらく第七学区(ウチ)のアンパイアでしか実行できないであろう、綿密な連携を必
要とする、しかし強力な戦法だ。標的の俺がアンパイアだったとはいえ、たった一人に対
して妥協無くこの戦いを選択できた隊長には尊敬の念すら抱く。
しかし――これはまったく仕方の無いことではあったと思うが――その隊長にも、致命的
なミスがあった。
それは、風紀機動隊の総戦闘武力と機動力、それに隊長自身の戦闘センス、それらをす
べて凌駕する人間の存在を知らなかったことである。
6人のアタッカーが短期決戦を挑んで一斉に飛び掛かってきた瞬間、俺は上下左右、3
60°の全方位に赤色の衝撃波を撃ち放った。
第七風紀機動隊の連携は、一撃で木っ端微塵に崩れ去った。
接近していたアタッカーたちは足場となる『レール』を爆砕され、たまらず屋上の宙に
放り出される。ドーム状に爆発する気体の壁に加えて、砕けた『レール』の破片をまとも
にかぶった。耐衝撃性の高い装備を身に付けながらも、ダメージは避けられない。開始と
同時、距離をとっていたセッター・サポーターたちは無事な『レール』の上で無傷。しか
し俺に群がって密集したアタッカーたちが邪魔をして、射撃は不可能。セッターの能力を
攻撃に使おうにも、操作分子・粒子は支配範囲外まで吹き飛ばされ、あるいは乱されてい
て、武器化して標的に突き刺すことはできない。
放り出される。ドーム状に爆発する気体の壁に加えて、砕けた『レール』の破片をまとも
にかぶった。耐衝撃性の高い装備を身に付けながらも、ダメージは避けられない。開始と
同時、距離をとっていたセッター・サポーターたちは無事な『レール』の上で無傷。しか
し俺に群がって密集したアタッカーたちが邪魔をして、射撃は不可能。セッターの能力を
攻撃に使おうにも、操作分子・粒子は支配範囲外まで吹き飛ばされ、あるいは乱されてい
て、武器化して標的に突き刺すことはできない。
その間に、俺は行動を起こすのに十分な情報を収集し終えていた。足の裏に感じる砂粒
の数、髪の毛をゆらす風、ゆるく構える腕の角度、宙踊るアタッカーの足で空回りする『ラ
ンナー』の減速度。
戦闘の完全シミュレーション。カエル先生いわく、もはや偽装能力(ダミースキル)の
域に達しているらしい俺の戦闘法には、事象を分解しつくす数式も、未来予知のようにあ
らわれる映像も必要無い。ただ、感覚するのだ。足にかける体重の1グラムで変わる腹の
疼きを、肩の上下の1センチで明滅するこめかみの強張りを。身体の訴えは身体で処理す
る。膨大な情報の中から違和感を選り分け、突破口を弾き出す。そして俺は荒れ狂う窒素
のダイアモンドダストの中、かつてない鮮明さですべてを看破した。
自分の体を、標敵を、戦場を、支配する。
戦闘時の標準状態にしていた拳、肘、肩、頭頂、膝、足。それぞれの『焦点』を臨界点
まで高密度化。
爆発。
動き出す。
能力使用状態の俺に、慣性などといった現象は通用しない。まだ空中にいるアタッカー
――斎藤の懐へ爆風の速さで突っ込み、分厚い胸板へ掌をすえる。密着した状態から肘と手
の甲を爆破して、押し出すかたちの正拳突き。
矢のように吹っ飛ぶ斎藤は、水分子の結晶でできたジャンプ台でこちらにむかって来て
いたセッターとサポーターの一組にぶつかる。それは本来彼のサポートをするべき彼自身
の組だった。近くの二組がすかさずループを描く天地逆さまのジャンプ台を構成、落下す
る斎藤たちを追い掛け、フルスロットルでビルの谷間に消えていく。
一方、屋上。俺はその間に、五つの拳と七つの踵をアタッカーたちの防護板の隙間に突
き込んでいた。結果、ギリー、さくま、武嶽の3人はすでにもの言わぬ身だ。『レール』を
爆砕されて空中に投げ出され、無様に屋上へ落下したアタッカーたちも体勢を持ち直して
はいた。しかし集団としての連携を失った彼らに、俺を止める威力は無い。突入した建築
物を平均時速40キロで駆け抜けながら制圧する運動能力も、毎秒速5発の拳撃を乱射す
る対人兵器(クレイモア)には適わなかった。
ただの障害物となり果てた『コース』の残骸を、体内に組んだ『フレーム』にものを言
わせて押し退け、ロボットのように突進してくる獅子志。水平に凪ぎ払うスタンロッドに
対し、俺は直立のままから沈むようなスライディングで足払い。折り重なるように倒れて
くるのを、容赦なく突き上げる。
「『フレーム』の動きが機械的すぎだ!もっとキモイくらいに生生しく使いこなせ!」
とどめに体勢を入れ替えて地面に叩きつけ、反動で自分は起き上がる。そこへ等速曲線
運動で飛び込んできた弾丸。一見射手の場所の特定できない攻撃を指向爆破ではじき、振
り向き様に桃野に踵落としをくらわせるついでに地面を粉砕。コンクリート塊を振りかぶ
り、爆発に爆発を重ねて連続で射ち放つ。
の数、髪の毛をゆらす風、ゆるく構える腕の角度、宙踊るアタッカーの足で空回りする『ラ
ンナー』の減速度。
戦闘の完全シミュレーション。カエル先生いわく、もはや偽装能力(ダミースキル)の
域に達しているらしい俺の戦闘法には、事象を分解しつくす数式も、未来予知のようにあ
らわれる映像も必要無い。ただ、感覚するのだ。足にかける体重の1グラムで変わる腹の
疼きを、肩の上下の1センチで明滅するこめかみの強張りを。身体の訴えは身体で処理す
る。膨大な情報の中から違和感を選り分け、突破口を弾き出す。そして俺は荒れ狂う窒素
のダイアモンドダストの中、かつてない鮮明さですべてを看破した。
自分の体を、標敵を、戦場を、支配する。
戦闘時の標準状態にしていた拳、肘、肩、頭頂、膝、足。それぞれの『焦点』を臨界点
まで高密度化。
爆発。
動き出す。
能力使用状態の俺に、慣性などといった現象は通用しない。まだ空中にいるアタッカー
――斎藤の懐へ爆風の速さで突っ込み、分厚い胸板へ掌をすえる。密着した状態から肘と手
の甲を爆破して、押し出すかたちの正拳突き。
矢のように吹っ飛ぶ斎藤は、水分子の結晶でできたジャンプ台でこちらにむかって来て
いたセッターとサポーターの一組にぶつかる。それは本来彼のサポートをするべき彼自身
の組だった。近くの二組がすかさずループを描く天地逆さまのジャンプ台を構成、落下す
る斎藤たちを追い掛け、フルスロットルでビルの谷間に消えていく。
一方、屋上。俺はその間に、五つの拳と七つの踵をアタッカーたちの防護板の隙間に突
き込んでいた。結果、ギリー、さくま、武嶽の3人はすでにもの言わぬ身だ。『レール』を
爆砕されて空中に投げ出され、無様に屋上へ落下したアタッカーたちも体勢を持ち直して
はいた。しかし集団としての連携を失った彼らに、俺を止める威力は無い。突入した建築
物を平均時速40キロで駆け抜けながら制圧する運動能力も、毎秒速5発の拳撃を乱射す
る対人兵器(クレイモア)には適わなかった。
ただの障害物となり果てた『コース』の残骸を、体内に組んだ『フレーム』にものを言
わせて押し退け、ロボットのように突進してくる獅子志。水平に凪ぎ払うスタンロッドに
対し、俺は直立のままから沈むようなスライディングで足払い。折り重なるように倒れて
くるのを、容赦なく突き上げる。
「『フレーム』の動きが機械的すぎだ!もっとキモイくらいに生生しく使いこなせ!」
とどめに体勢を入れ替えて地面に叩きつけ、反動で自分は起き上がる。そこへ等速曲線
運動で飛び込んできた弾丸。一見射手の場所の特定できない攻撃を指向爆破ではじき、振
り向き様に桃野に踵落としをくらわせるついでに地面を粉砕。コンクリート塊を振りかぶ
り、爆発に爆発を重ねて連続で射ち放つ。
「その程度の偽装で満足してんじゃねぇ!トリックってのは最低でも五重に囲って、はじめ
て欺けるんだよ!」
一投目は10メートルも進んだところで急激に進路を変えて弧を描き、様子を見定めな
がら『レール』を走っていた玉芽を襲う。柴瀬を巻き込みながらの二投目は真横に曲がっ
てジャンプ台をぶち壊し、まさに踏み切ろうとしていた沖馬が落下していく。三投目、あ
えて見当違いの方向に投げられたコンクリートは『曲壁』によって逆に方向を修正され、
死角になっているビルの向こうで狙撃手を昏倒させる。
致命傷はもちろん、後遺症の残る重傷も負わせてはならない。かつ、向こう一日は体を
動かしてもらっては困る。風紀機動隊仕様のヘルメットとアーマー相手にはかなりきつい
条件。それでも、手加減の手を抜くつもりは無かった。
一撃で戦闘不能に陥らせられないまでも、飛び掛かってくる者から手当たり次第に叩き
のめしていく。
投げ飛ばしながら関節を極め、飛び掛かりながら頭蓋骨を揺さぶり、打ち倒すと合わせ
て胸部を圧迫する。
爆発を乗せた拳を爆破し、爆発に乗せた掌を突き飛ばし、空中で何度も回転しながら両
手両足の連打を叩き込む。
落下防止用のフェンスを千切りとばし、へし折った『レール』で凪ぎ払い、『アーマー』
状態の神田先輩を逆に利用し武器として振り回す。
いくつものビルを跳びまわる。壁を蹴りつけてビルの隙間を飛び跳ね回り、セッターを
潰して隊の機動力を奪う。『ジャンプ台』を失って、窒素の『レール』を『ランナー』と自
分の脚力だけで移動するしかなくなったサポーターとアタッカー。宙を舞う能力を失った
者から捻じ伏せていく。
15人目の失神を確認した時、俺はようやくその気配を感じた。最小限に抑えられた硬
質な音の連なり。それが空気を引き裂きながら迫る音。弾かれたように回転、地面に円弧
を交差させ、真横へ回避すると同時に振り返る。
巻き戻されていく真っ黒な鎖。
その先に、ビル街を浸す夜に背中を溶かす忍者がいた。
「気に入らないな」
忌々しそうに微笑みながら、薄葉艶花は『グラス』越しに舐眼つける。
「今の攻撃、私の知るアンパイアの黒山大助ならば、肌に触れてからでなければ気付けな
いはずだ」
私たちの前では全力を出していなかったのか。気に入らない。
なじる言葉とは裏腹に、その顔は異様な歓喜に彩られている。俺が白井黒子に対して装
ったのと同じ表情。
て欺けるんだよ!」
一投目は10メートルも進んだところで急激に進路を変えて弧を描き、様子を見定めな
がら『レール』を走っていた玉芽を襲う。柴瀬を巻き込みながらの二投目は真横に曲がっ
てジャンプ台をぶち壊し、まさに踏み切ろうとしていた沖馬が落下していく。三投目、あ
えて見当違いの方向に投げられたコンクリートは『曲壁』によって逆に方向を修正され、
死角になっているビルの向こうで狙撃手を昏倒させる。
致命傷はもちろん、後遺症の残る重傷も負わせてはならない。かつ、向こう一日は体を
動かしてもらっては困る。風紀機動隊仕様のヘルメットとアーマー相手にはかなりきつい
条件。それでも、手加減の手を抜くつもりは無かった。
一撃で戦闘不能に陥らせられないまでも、飛び掛かってくる者から手当たり次第に叩き
のめしていく。
投げ飛ばしながら関節を極め、飛び掛かりながら頭蓋骨を揺さぶり、打ち倒すと合わせ
て胸部を圧迫する。
爆発を乗せた拳を爆破し、爆発に乗せた掌を突き飛ばし、空中で何度も回転しながら両
手両足の連打を叩き込む。
落下防止用のフェンスを千切りとばし、へし折った『レール』で凪ぎ払い、『アーマー』
状態の神田先輩を逆に利用し武器として振り回す。
いくつものビルを跳びまわる。壁を蹴りつけてビルの隙間を飛び跳ね回り、セッターを
潰して隊の機動力を奪う。『ジャンプ台』を失って、窒素の『レール』を『ランナー』と自
分の脚力だけで移動するしかなくなったサポーターとアタッカー。宙を舞う能力を失った
者から捻じ伏せていく。
15人目の失神を確認した時、俺はようやくその気配を感じた。最小限に抑えられた硬
質な音の連なり。それが空気を引き裂きながら迫る音。弾かれたように回転、地面に円弧
を交差させ、真横へ回避すると同時に振り返る。
巻き戻されていく真っ黒な鎖。
その先に、ビル街を浸す夜に背中を溶かす忍者がいた。
「気に入らないな」
忌々しそうに微笑みながら、薄葉艶花は『グラス』越しに舐眼つける。
「今の攻撃、私の知るアンパイアの黒山大助ならば、肌に触れてからでなければ気付けな
いはずだ」
私たちの前では全力を出していなかったのか。気に入らない。
なじる言葉とは裏腹に、その顔は異様な歓喜に彩られている。俺が白井黒子に対して装
ったのと同じ表情。
「いいんですか、雨乃と四つ葉を守ってないで。今なら10秒以内に割り出して、『レール』
を完全に潰しますよ」
雨乃とは、このビル街を覆い尽くす『レール』を作っている、窒素を操作する大能力者
の名前だ。精神活動が存在する座標を感知できる四つ葉の力を借りて絶対安全な場所から
第七風紀機動隊の戦場を築く、いわば隊の心臓とも言うべき存在。
俺の第一目標は当然、雨乃だった。それが、決定打の要であるはずのウスハ隊長が前線
に立てなかった理由だ。真っ白な隊員たちの攻撃の中から、突如あらわれる黒い影。その
装備は装甲が薄いという欠点の代わり、手動で大まかな色を変化させる化学迷彩の機能を
持っている。心理的死角から放たれるアクティブロッドの一撃。しかし幾度となく雨乃の
隠れ場所を見つけだす俺に対抗するには、第七風紀機動隊の脳として撹乱に撤し、運動能
力に乏しい二人の手を引き、もとい引きずり回る他なかった。
その彼女が、役目を放棄し、一人で俺の前に姿を表した意味。
「とぼけるな。貴様にはすでに予測済みのはずだ」笑み崩さず薄葉艶花。「能力の使用限界。
貴様の手に落ちるまでもなく、『レール』は崩れる」
言い終わらないうちに、パラパラと、固く細かいものが落ちる音。ビル街を覆い尽くし
ていた窒素製の『レール』にヒビが伝染し、破片となって崩れ、それも粉煙となって消え
ていく。
「貴様に追い付かれないだけのスピードで逃げ続けるのは、あいつらには少々酷だったよ
うだ。四つ葉のやつも同じく目を回して倒れているよ」
しかし、今となっては好都合だ。隊長は狂暴な笑みを浮かべて言う。
「黒山大助。私と一対一の勝負をしてもらおう」
ガシャンッ、と両手に出現するアクティブロッド。
俺は一応言い返してみる。
「失礼ですが、第七風紀機動隊はすでにその機能を破壊されています。俺がここでこれ以
上の時間を潰す必要は――」
「あるさ」隊長は花のように唇をほころばせ、さえぎる。「ここで私を行動不能にしておか
なければ、お前はこの先、より厳しい状況で私と対峙する事態に直面する可能性がある。
そこでは、こんな丁重なサービスは提供できんだろう?それに――」
そこで一転、獲物を締め上げる狩人の表情。
「戦闘の完全予知。リアクション不要のワンサイドアクション。ふふ。私には貴様の戦い
方がわかったぞ、黒山大助。私に新たな部下が補給されれば、もう貴様の思い通りにはさ
せない」
両手のアクティブロッドを連結させ、2メートルの棍を手にする忍者。
「貴様の答えは、一つしかないのではないかな?」
を完全に潰しますよ」
雨乃とは、このビル街を覆い尽くす『レール』を作っている、窒素を操作する大能力者
の名前だ。精神活動が存在する座標を感知できる四つ葉の力を借りて絶対安全な場所から
第七風紀機動隊の戦場を築く、いわば隊の心臓とも言うべき存在。
俺の第一目標は当然、雨乃だった。それが、決定打の要であるはずのウスハ隊長が前線
に立てなかった理由だ。真っ白な隊員たちの攻撃の中から、突如あらわれる黒い影。その
装備は装甲が薄いという欠点の代わり、手動で大まかな色を変化させる化学迷彩の機能を
持っている。心理的死角から放たれるアクティブロッドの一撃。しかし幾度となく雨乃の
隠れ場所を見つけだす俺に対抗するには、第七風紀機動隊の脳として撹乱に撤し、運動能
力に乏しい二人の手を引き、もとい引きずり回る他なかった。
その彼女が、役目を放棄し、一人で俺の前に姿を表した意味。
「とぼけるな。貴様にはすでに予測済みのはずだ」笑み崩さず薄葉艶花。「能力の使用限界。
貴様の手に落ちるまでもなく、『レール』は崩れる」
言い終わらないうちに、パラパラと、固く細かいものが落ちる音。ビル街を覆い尽くし
ていた窒素製の『レール』にヒビが伝染し、破片となって崩れ、それも粉煙となって消え
ていく。
「貴様に追い付かれないだけのスピードで逃げ続けるのは、あいつらには少々酷だったよ
うだ。四つ葉のやつも同じく目を回して倒れているよ」
しかし、今となっては好都合だ。隊長は狂暴な笑みを浮かべて言う。
「黒山大助。私と一対一の勝負をしてもらおう」
ガシャンッ、と両手に出現するアクティブロッド。
俺は一応言い返してみる。
「失礼ですが、第七風紀機動隊はすでにその機能を破壊されています。俺がここでこれ以
上の時間を潰す必要は――」
「あるさ」隊長は花のように唇をほころばせ、さえぎる。「ここで私を行動不能にしておか
なければ、お前はこの先、より厳しい状況で私と対峙する事態に直面する可能性がある。
そこでは、こんな丁重なサービスは提供できんだろう?それに――」
そこで一転、獲物を締め上げる狩人の表情。
「戦闘の完全予知。リアクション不要のワンサイドアクション。ふふ。私には貴様の戦い
方がわかったぞ、黒山大助。私に新たな部下が補給されれば、もう貴様の思い通りにはさ
せない」
両手のアクティブロッドを連結させ、2メートルの棍を手にする忍者。
「貴様の答えは、一つしかないのではないかな?」
「……ええ、分かりましたよ」
俺はうなずいた。
「飛び出した俺の4回の拳打をロッドで防御したところに、爆破で無理矢理膝を叩き込み
ます。ひるんだところへ間髪入れずに正拳突き。吹っ飛ぶ身体に次々と追い打ちをかけて
さらに加速した隊長の体は、あそこの金網まで吹っ飛んでメリ込み、十字架にはりつけに
された格好で動かなくなるでしょう」
「ほう、おもしろい。しかし最初の拳とロッドの攻防の後ひるむのは、背後から飛来した
鎖分銅を食らう貴様のほうだと、私は“予測”しよう。畳み掛けるような猛襲が次々と急所
に突き込まれるダメージに立つこともままならず、それでも引っきりなしの殴打に倒れる
ことも許されず、貴様は私の前に踊り続けるのだ」
「それはとてもおもしろい。俺の確信するシナリオとは少しばかり間違っていますが――
重要なのは最初の拳とロッドの攻防ですかね」
「ああ、そうだな。揺るがない私の未来の唯一の岐路は、初っ端の近距離でのぶつかり合
いらしい」
ヴン――と、隊長の『ランナー』が唸りを上げる。
俺は『焦点』を全身に展開し、戦闘準備を完了する。
一瞬の静寂。
刹那の緊迫。
最初に動いたのは隊長だった。ロッドを放り出して両腕を大きく振り抜き、二丁のマシ
ンピストルからありったけの弾丸を雨霰と浴びせかけてきた薄葉艶花にたいして、俺はめ
いっぱいの指向性をかけた爆発を撃ち放った。
コンクリートの屋上に、鉄のつぶてが弾けて火花を散らす。
「フン。黒山、初ッ端からハズレじゃないか」
「自分から先にハズしたのは隊長のほうです」
それもそうか――言うが速いか、隊長は両手のフルオート状態のマシンピストルを回転さ
せながら投げつけた。放射状にばらまかれる銃弾の面が交差して飛んでくるのを、俺は後
方へバック宙しながら回避――
――したところへ、忍者が足から火花を散らしながら突っ込んできた。
ひとりでに刃をバチンと飛び出して宙に浮いたアクティブロッドを回収しつつ、『ランナ
ー』の馬力を乗せた、必殺の勢いで繰り出される刺突。俺はそれを重力加速度以上の速さ
で身を低くすることで避け、直後に鋭利な角度を描いてカウンターを決めようとする。し
かしそれを隊長はバキンと分離したロッドの後ろ半分でフェンシングのように往なし、そ
してそれ以上の深追いはしない。そらされた腕が爆発によって再び真横から襲い掛かるの
をあえて受け、衝撃を利用して後転、距離をとる――
それを許さず、俺は爆発に乗って突進する。体重移動や重心の制御といった言葉とは無
縁の軌道を描き、つんのめるような前宙から踵を落とし、拳を振り落とし、さらに前宙、
もう一回転。
俺はうなずいた。
「飛び出した俺の4回の拳打をロッドで防御したところに、爆破で無理矢理膝を叩き込み
ます。ひるんだところへ間髪入れずに正拳突き。吹っ飛ぶ身体に次々と追い打ちをかけて
さらに加速した隊長の体は、あそこの金網まで吹っ飛んでメリ込み、十字架にはりつけに
された格好で動かなくなるでしょう」
「ほう、おもしろい。しかし最初の拳とロッドの攻防の後ひるむのは、背後から飛来した
鎖分銅を食らう貴様のほうだと、私は“予測”しよう。畳み掛けるような猛襲が次々と急所
に突き込まれるダメージに立つこともままならず、それでも引っきりなしの殴打に倒れる
ことも許されず、貴様は私の前に踊り続けるのだ」
「それはとてもおもしろい。俺の確信するシナリオとは少しばかり間違っていますが――
重要なのは最初の拳とロッドの攻防ですかね」
「ああ、そうだな。揺るがない私の未来の唯一の岐路は、初っ端の近距離でのぶつかり合
いらしい」
ヴン――と、隊長の『ランナー』が唸りを上げる。
俺は『焦点』を全身に展開し、戦闘準備を完了する。
一瞬の静寂。
刹那の緊迫。
最初に動いたのは隊長だった。ロッドを放り出して両腕を大きく振り抜き、二丁のマシ
ンピストルからありったけの弾丸を雨霰と浴びせかけてきた薄葉艶花にたいして、俺はめ
いっぱいの指向性をかけた爆発を撃ち放った。
コンクリートの屋上に、鉄のつぶてが弾けて火花を散らす。
「フン。黒山、初ッ端からハズレじゃないか」
「自分から先にハズしたのは隊長のほうです」
それもそうか――言うが速いか、隊長は両手のフルオート状態のマシンピストルを回転さ
せながら投げつけた。放射状にばらまかれる銃弾の面が交差して飛んでくるのを、俺は後
方へバック宙しながら回避――
――したところへ、忍者が足から火花を散らしながら突っ込んできた。
ひとりでに刃をバチンと飛び出して宙に浮いたアクティブロッドを回収しつつ、『ランナ
ー』の馬力を乗せた、必殺の勢いで繰り出される刺突。俺はそれを重力加速度以上の速さ
で身を低くすることで避け、直後に鋭利な角度を描いてカウンターを決めようとする。し
かしそれを隊長はバキンと分離したロッドの後ろ半分でフェンシングのように往なし、そ
してそれ以上の深追いはしない。そらされた腕が爆発によって再び真横から襲い掛かるの
をあえて受け、衝撃を利用して後転、距離をとる――
それを許さず、俺は爆発に乗って突進する。体重移動や重心の制御といった言葉とは無
縁の軌道を描き、つんのめるような前宙から踵を落とし、拳を振り落とし、さらに前宙、
もう一回転。
だが薄葉艶花はそのことごとくを避け切っていく。突然回転数を増した『ランナー』で
棒立ちのまま宙返り、ロッドをスキーヤーのように操って小回りに走り回り、自在に武器
を変更させてはカウンターを返していく。
それは人間の女子高生ではありえない動きだった。筋力、動体視力、反射神経、判断速
度、神経系の伝達速度。すべてが人間ではありえないレベル。そして、クレイモアとして
の黒山大助を人間兵器たらしめている、戦闘の完全シミュレートによる高速戦闘。その世
界におかれてなお、互角を保つ実力。
それらを可能にしているのは、彼女自身の人並み外れた努力と才能、そしてその『あら
ゆる肉体活動を強化する』という、オーソドックスに見えてその実、強力な能力だ。強度
認定こそレベル1だが、筋力の増強、耐久力の向上、短時間での自己治癒、状況の高速判
断など、その汎用性は計り知れない。
そもそも、戦闘を計算分解するという戦闘法を確立したのは、他ならぬ薄葉艶花。俺は
それを自分の脳の処理速度と腕力に合わせて修正したものをコピーしたにすぎなかった。
「ふざけるのもいい加減にしろ、黒山大助」
だから、やっぱり、バレた。
頭を狙って大きく振った腕が、見事にスカった。完全に読まれていた。
スピンの軸足を入れ替えるフィギュアスケーターの動きで身を翻し、『ランナー』を床に
滑らせ、火花とブラックマークの尾を引く回し蹴りが腹に直撃する。内蔵を苦痛の塊と入
れ替えられたような感覚にめまいを起こしながらも、なんとか距離をとる。
隊長は苛々と叱咤する。
「貴様、私が気付かないとでも思っていたのか。本気を出さない貴様が私に勝てるとでも
思っているのか。私は貴様の本当の実力に用があるのだ。だというのに、なんだ、その薄
らボケた『焦点』は。初っ端『レール』を崩した時に見せた、あの『焦点』を出せ。それ
以外には用は無い」
バチン、と両手のロッドに双刃を出し、二本の手斧を構える薄葉艶花。『ランナー』は右
足と左足が逆に回転し、今はブレーキに抑え付けられてうなりを低く轟かせている。
足の裏がツリそうなアクセル操作を、しかし一瞬で難なくこなすが最後、その細身の身
体は独楽のように突進し、俺を横にスライスしてしまうことだろう。
隊長は今、本気で怒っている。やむなく、答えるしかない。
「そうしたいのは山々なんですがね。あの超ピカピカ『焦点』、実は、つい、ほんの先程で
きるようになったばかりなんですよ。だから本気で手加減しなければならない俺としては、
必要に迫られないかぎり、実戦でいきなり生身の人相手に使うのは――」
必要に迫られた。
人の話を最後まで聞かないまま、隊長は独楽の突撃を仕掛けてきたのだ。
棒立ちのまま宙返り、ロッドをスキーヤーのように操って小回りに走り回り、自在に武器
を変更させてはカウンターを返していく。
それは人間の女子高生ではありえない動きだった。筋力、動体視力、反射神経、判断速
度、神経系の伝達速度。すべてが人間ではありえないレベル。そして、クレイモアとして
の黒山大助を人間兵器たらしめている、戦闘の完全シミュレートによる高速戦闘。その世
界におかれてなお、互角を保つ実力。
それらを可能にしているのは、彼女自身の人並み外れた努力と才能、そしてその『あら
ゆる肉体活動を強化する』という、オーソドックスに見えてその実、強力な能力だ。強度
認定こそレベル1だが、筋力の増強、耐久力の向上、短時間での自己治癒、状況の高速判
断など、その汎用性は計り知れない。
そもそも、戦闘を計算分解するという戦闘法を確立したのは、他ならぬ薄葉艶花。俺は
それを自分の脳の処理速度と腕力に合わせて修正したものをコピーしたにすぎなかった。
「ふざけるのもいい加減にしろ、黒山大助」
だから、やっぱり、バレた。
頭を狙って大きく振った腕が、見事にスカった。完全に読まれていた。
スピンの軸足を入れ替えるフィギュアスケーターの動きで身を翻し、『ランナー』を床に
滑らせ、火花とブラックマークの尾を引く回し蹴りが腹に直撃する。内蔵を苦痛の塊と入
れ替えられたような感覚にめまいを起こしながらも、なんとか距離をとる。
隊長は苛々と叱咤する。
「貴様、私が気付かないとでも思っていたのか。本気を出さない貴様が私に勝てるとでも
思っているのか。私は貴様の本当の実力に用があるのだ。だというのに、なんだ、その薄
らボケた『焦点』は。初っ端『レール』を崩した時に見せた、あの『焦点』を出せ。それ
以外には用は無い」
バチン、と両手のロッドに双刃を出し、二本の手斧を構える薄葉艶花。『ランナー』は右
足と左足が逆に回転し、今はブレーキに抑え付けられてうなりを低く轟かせている。
足の裏がツリそうなアクセル操作を、しかし一瞬で難なくこなすが最後、その細身の身
体は独楽のように突進し、俺を横にスライスしてしまうことだろう。
隊長は今、本気で怒っている。やむなく、答えるしかない。
「そうしたいのは山々なんですがね。あの超ピカピカ『焦点』、実は、つい、ほんの先程で
きるようになったばかりなんですよ。だから本気で手加減しなければならない俺としては、
必要に迫られないかぎり、実戦でいきなり生身の人相手に使うのは――」
必要に迫られた。
人の話を最後まで聞かないまま、隊長は独楽の突撃を仕掛けてきたのだ。
仕方ない。俺はあの『焦点』を即座に全身へ展開した。
凝縮された、小さな太陽のような光が輝き――
勝った、と、俺の感覚は認識した。
一撃目。赤い光を直線に残し、数メートルの距離をほぼゼロ秒で駆け抜けながら瞬速で
振られた俺の右腕を、薄葉艶花は防御もできないまま腿に受けた。華奢な身体は放り投げ
られた棒キレのようにクルクルと縦回転し、地面に叩きつけられるのを待つ以外に体勢を
立て直す方法を失う。
二撃目。振り向きざまに放たれる裏拳が、乱回転に囚われた体をさらに加速させる。も
はやどんな物体に接触することも危険な速度。
――結局のところ、頭で予測できる事と実際に対処できることというのは違う問題なのだ
った。それにそもそも、判断の材料となる情報が不正確なのではどうしようもなかった。
三撃目、四撃目、五撃目。人権を無視された運動状態へ、なおも容赦なく斬撃を浴びせ
る。赤い光が宙に浮く回転体を通過するたび、異様な音をたてて回転する方向が切り替わ
る。
とどめを刺そうとして一直線に接近する直前、薄葉艶花はここに来て反撃をみせた。信
じられない根性で手放していなかった二本のロッドを、乱回転する勢いのままに乱舞する。
しかし察知していた俺は、2メートル手前で停止していた。回転途中で直径を広げたため
に、力のモーメントに従って速度の弛んだ体は、そのまま頭から落下しようとする。
その前に、薄葉艶花は逆さまの状態からロッドを繋ぎ、最後の手段にうってでた。
アクティブロッドに仕組まれた無数の武器。その奥の手、2メートル近い全長を余さず
バレルとして用いた、多段式単発銃。初動の火薬に加え、銃身からも加速度的に推進力を
与えることで携行兵器としては破格の威力を備えた弾丸は、装甲車程度ならばやすやすと
貫通する。さっきのマシンピストルの比ではない。
しかし、俺はそれを避けはしなかった。
真っ赤に輝く右手をピストルの形にして、向けられたロッドの先端の銃口を指差す。そ
の指先が赤熱する。熱をともなわないはずの『焦点』が燃えるように熱く、そして全身の
高密度の中でもなお一層に強く輝き――発射した。
赤い衝撃波は針のような形をとって空気を切り裂き、狙いあやまたず銃口に突き刺さっ
た。
アクティブロッドは粉々に破裂した。凶器となって飛び散る破片が、隊長の頭から闇色
のヘルメットと『グラス』を吹き飛ばした。
ドサリ、と地面に横たわり、素顔の露になった隊長は、その垂れ目を細めて微笑んでい
た。
――まったく……どこまで“わかって”いたのだろうか。
俺はその頭に手をかざし、
「……今まで、世話になりました」
爆破を、一発。
第七風紀機動隊隊長、薄葉艶花は、頭を仰け反らせ、意識を失った。
すなわちこの瞬間、第七風紀機動隊は、一人の暴走能力者を相手に全滅させられたのだった。
凝縮された、小さな太陽のような光が輝き――
勝った、と、俺の感覚は認識した。
一撃目。赤い光を直線に残し、数メートルの距離をほぼゼロ秒で駆け抜けながら瞬速で
振られた俺の右腕を、薄葉艶花は防御もできないまま腿に受けた。華奢な身体は放り投げ
られた棒キレのようにクルクルと縦回転し、地面に叩きつけられるのを待つ以外に体勢を
立て直す方法を失う。
二撃目。振り向きざまに放たれる裏拳が、乱回転に囚われた体をさらに加速させる。も
はやどんな物体に接触することも危険な速度。
――結局のところ、頭で予測できる事と実際に対処できることというのは違う問題なのだ
った。それにそもそも、判断の材料となる情報が不正確なのではどうしようもなかった。
三撃目、四撃目、五撃目。人権を無視された運動状態へ、なおも容赦なく斬撃を浴びせ
る。赤い光が宙に浮く回転体を通過するたび、異様な音をたてて回転する方向が切り替わ
る。
とどめを刺そうとして一直線に接近する直前、薄葉艶花はここに来て反撃をみせた。信
じられない根性で手放していなかった二本のロッドを、乱回転する勢いのままに乱舞する。
しかし察知していた俺は、2メートル手前で停止していた。回転途中で直径を広げたため
に、力のモーメントに従って速度の弛んだ体は、そのまま頭から落下しようとする。
その前に、薄葉艶花は逆さまの状態からロッドを繋ぎ、最後の手段にうってでた。
アクティブロッドに仕組まれた無数の武器。その奥の手、2メートル近い全長を余さず
バレルとして用いた、多段式単発銃。初動の火薬に加え、銃身からも加速度的に推進力を
与えることで携行兵器としては破格の威力を備えた弾丸は、装甲車程度ならばやすやすと
貫通する。さっきのマシンピストルの比ではない。
しかし、俺はそれを避けはしなかった。
真っ赤に輝く右手をピストルの形にして、向けられたロッドの先端の銃口を指差す。そ
の指先が赤熱する。熱をともなわないはずの『焦点』が燃えるように熱く、そして全身の
高密度の中でもなお一層に強く輝き――発射した。
赤い衝撃波は針のような形をとって空気を切り裂き、狙いあやまたず銃口に突き刺さっ
た。
アクティブロッドは粉々に破裂した。凶器となって飛び散る破片が、隊長の頭から闇色
のヘルメットと『グラス』を吹き飛ばした。
ドサリ、と地面に横たわり、素顔の露になった隊長は、その垂れ目を細めて微笑んでい
た。
――まったく……どこまで“わかって”いたのだろうか。
俺はその頭に手をかざし、
「……今まで、世話になりました」
爆破を、一発。
第七風紀機動隊隊長、薄葉艶花は、頭を仰け反らせ、意識を失った。
すなわちこの瞬間、第七風紀機動隊は、一人の暴走能力者を相手に全滅させられたのだった。
▼
――目の眩むほどの赤い輝き。下半身へ重点的に、姿勢制御のための補助として、肩と肘
にも『焦点』を高密度で展開。
ビルの屋上。滑走路は20メートル。横方向へ段階的に9回の爆発、踏み切りの際には
最大出力で仰角43゜へ飛び立つ。
プロセスを確認、
発射した。
爆発が自分の体を叩く、今まで馴れ親しんだはずの、しかし桁違いな強さの衝撃、9回。
空気を押し退ける轟音が耳を潰す。
爆発的に加速していく感覚も一瞬、
にも『焦点』を高密度で展開。
ビルの屋上。滑走路は20メートル。横方向へ段階的に9回の爆発、踏み切りの際には
最大出力で仰角43゜へ飛び立つ。
プロセスを確認、
発射した。
爆発が自分の体を叩く、今まで馴れ親しんだはずの、しかし桁違いな強さの衝撃、9回。
空気を押し退ける轟音が耳を潰す。
爆発的に加速していく感覚も一瞬、
――破壊的な衝撃。
思わずとじた目を開いたとき、そこには別世界が広がっていた。
目にも止まらぬ速さで眼下を飛び去っていくビル、ビル、ビル。
物凄い音をたてて身体を撫で過ぎていく大気の奔流。
弾道軌道を描く体に、重力の手は届かない。
俺の体は時速300キロに近い速度で飛行していた。破れた服の代わりをタマヤ(今年
入った風紀機動隊の新顔、ツルツルほっぺの瑞々しい15歳)から剥ぎ取ったベストにし
ておいて本当によかった。並の衣服ならあっという間に千切れてしまっているだろう。
本当に、スンゲェ。
今までの『焦点』では考えられないエネルギー量だった。その他にも、奇妙な特徴。こ
の爆発には奇妙な衝撃波がともなう。赤い色を持ったそれは、ほとんど拡散することなく
とび、離れた場所へ硬い衝撃を与えるらしい。スキルアウトに囲まれたとき、隊長のアク
ティブロッドを破壊したとき、それに今、飛び立つのに使ったビルの反対側の柵はひん曲
がっていた。『焦点』が体外へ飛び出しているのだろうか、いずれ原理を把握しておく必要
があるだろうが、素手のままで可能な中距離攻撃手段は戦闘のバリエーションを大幅に広
げることができるだろう。
欠点がないわけではない。空気抵抗に気を払いながら、踵と肘を見る。超高密度の『焦
点』を爆発させたそこからは、うっすらとした煙の震える線が伸び、後方へ流れている。
今までの『焦点』はその色と光り方こそ炎のようなかたちをしていたものの、発熱現象は
ともなっていなかった。せいぜいが、爆発によって瞬間的に圧縮された大気の発熱ぐらい
だ。
目にも止まらぬ速さで眼下を飛び去っていくビル、ビル、ビル。
物凄い音をたてて身体を撫で過ぎていく大気の奔流。
弾道軌道を描く体に、重力の手は届かない。
俺の体は時速300キロに近い速度で飛行していた。破れた服の代わりをタマヤ(今年
入った風紀機動隊の新顔、ツルツルほっぺの瑞々しい15歳)から剥ぎ取ったベストにし
ておいて本当によかった。並の衣服ならあっという間に千切れてしまっているだろう。
本当に、スンゲェ。
今までの『焦点』では考えられないエネルギー量だった。その他にも、奇妙な特徴。こ
の爆発には奇妙な衝撃波がともなう。赤い色を持ったそれは、ほとんど拡散することなく
とび、離れた場所へ硬い衝撃を与えるらしい。スキルアウトに囲まれたとき、隊長のアク
ティブロッドを破壊したとき、それに今、飛び立つのに使ったビルの反対側の柵はひん曲
がっていた。『焦点』が体外へ飛び出しているのだろうか、いずれ原理を把握しておく必要
があるだろうが、素手のままで可能な中距離攻撃手段は戦闘のバリエーションを大幅に広
げることができるだろう。
欠点がないわけではない。空気抵抗に気を払いながら、踵と肘を見る。超高密度の『焦
点』を爆発させたそこからは、うっすらとした煙の震える線が伸び、後方へ流れている。
今までの『焦点』はその色と光り方こそ炎のようなかたちをしていたものの、発熱現象は
ともなっていなかった。せいぜいが、爆発によって瞬間的に圧縮された大気の発熱ぐらい
だ。
加えて、今、『焦点』を発生させることができなくなっている。俺の能力は発動条件があ
いまいなためにほとんど感情や肉体と直結している。腹の中にある奇妙な空洞から感覚す
るに、これだけの使用の後は一時的な使用不可に陥ってしまうようだ。
とはいえ、そう長い時間ではなかった。筋肉を巡り満たす感覚がよみがえり、四肢がふ
たたび赤い光を浮かべはじめる。戦闘中での連発を常用することはできないが、ここぞと
いうときの決定打には充分利用できる。火傷もそこまでひどくはない。無視できる程度の
痛みなので、ほうっておけば治る。
なおも爆発で飛距離を伸ばし――500メートルも飛んだだろうか、眼下のビルの屋上た
ちが真下迫ってきた。そのうちの一つに狙いを定め、小刻みに落下を緩めながら、しかし
速度は落とさず着地し、すぐに駈け過ぎ、また跳躍。
さっきとは違って高さにバラつきのあるビル群のため、一直線にはいかない。壁を走っ
て進路をねじる。ゲームの中でしか体感することのない対物速度。ガラスの破裂を後ろに
聞きながら、最小限の角度で通り過ぎていく。ひときわ大きく高いビルに目星をつけ、今
度はあらかじめの速度もあいあまって、更に大きく空を跳ぶ。
ふたたび弾道軌道の無重力――その途中で気付いた。
いつか初春と一緒に遊び半分で喧伝した、黒山大助のキャッチコピー。
『第七学区最強の風紀委員』
……いつのまにか、なってる。本当に。
なんという事だろう。『最強』なんてイタい肩書き、実際にはありえないのに名乗ってい
るからこそネタで在れるというのに。ありがちな少年漫画じゃあるまいし、くそ、俺とし
たことが。
だがこの程度の業績でうじうじと悶えている暇はない。超能力者(レベル5)になる前
のアクセラレータ、数年前に姿を消した『プライマリウエポン』、ここ最近『壁』をポンポ
ン飛び越えてくるやつらもいるし、学園都市の治安維持部隊を撃破した人間なんてめずら
しいもんじゃない。俺はその先を行かなくてはならないのだ。
学園都市からの逃亡。
それは今まで誰にも成し得られたことのない偉業、言うなれば、異業、だった。そして
それを成せなければ俺に未来はない。
だが決して不可能ではない。世界の企業を牛耳っている学園都市にも、踏み込めない世
界があるのだ。母親の中にあった世界。魔術の世界に逃げ込みさえすれば、学園都市から
逃げ切るのも不可能ではない。そしてその場所にこそ、ミサカを救う手段がある。
それに加えて、もう一つの希望。
この数時間で異常な急成長をとげた、俺の能力だ。
猛スピードで夜の学園都市を駆け抜ける。遠くに聞こえる警備員のサイレンも、俺に追
い付けるものはなにもない。
いまいなためにほとんど感情や肉体と直結している。腹の中にある奇妙な空洞から感覚す
るに、これだけの使用の後は一時的な使用不可に陥ってしまうようだ。
とはいえ、そう長い時間ではなかった。筋肉を巡り満たす感覚がよみがえり、四肢がふ
たたび赤い光を浮かべはじめる。戦闘中での連発を常用することはできないが、ここぞと
いうときの決定打には充分利用できる。火傷もそこまでひどくはない。無視できる程度の
痛みなので、ほうっておけば治る。
なおも爆発で飛距離を伸ばし――500メートルも飛んだだろうか、眼下のビルの屋上た
ちが真下迫ってきた。そのうちの一つに狙いを定め、小刻みに落下を緩めながら、しかし
速度は落とさず着地し、すぐに駈け過ぎ、また跳躍。
さっきとは違って高さにバラつきのあるビル群のため、一直線にはいかない。壁を走っ
て進路をねじる。ゲームの中でしか体感することのない対物速度。ガラスの破裂を後ろに
聞きながら、最小限の角度で通り過ぎていく。ひときわ大きく高いビルに目星をつけ、今
度はあらかじめの速度もあいあまって、更に大きく空を跳ぶ。
ふたたび弾道軌道の無重力――その途中で気付いた。
いつか初春と一緒に遊び半分で喧伝した、黒山大助のキャッチコピー。
『第七学区最強の風紀委員』
……いつのまにか、なってる。本当に。
なんという事だろう。『最強』なんてイタい肩書き、実際にはありえないのに名乗ってい
るからこそネタで在れるというのに。ありがちな少年漫画じゃあるまいし、くそ、俺とし
たことが。
だがこの程度の業績でうじうじと悶えている暇はない。超能力者(レベル5)になる前
のアクセラレータ、数年前に姿を消した『プライマリウエポン』、ここ最近『壁』をポンポ
ン飛び越えてくるやつらもいるし、学園都市の治安維持部隊を撃破した人間なんてめずら
しいもんじゃない。俺はその先を行かなくてはならないのだ。
学園都市からの逃亡。
それは今まで誰にも成し得られたことのない偉業、言うなれば、異業、だった。そして
それを成せなければ俺に未来はない。
だが決して不可能ではない。世界の企業を牛耳っている学園都市にも、踏み込めない世
界があるのだ。母親の中にあった世界。魔術の世界に逃げ込みさえすれば、学園都市から
逃げ切るのも不可能ではない。そしてその場所にこそ、ミサカを救う手段がある。
それに加えて、もう一つの希望。
この数時間で異常な急成長をとげた、俺の能力だ。
猛スピードで夜の学園都市を駆け抜ける。遠くに聞こえる警備員のサイレンも、俺に追
い付けるものはなにもない。
何でもできる、と思った。
何だってやってやる、と思った。
踏み越え、
抜き去り、
ぶち抜き、
くぐり抜け、
走って、走って、走って、
跳んで、
飛んで、
翔んで、
何だってやってやる、と思った。
踏み越え、
抜き去り、
ぶち抜き、
くぐり抜け、
走って、走って、走って、
跳んで、
飛んで、
翔んで、
――、着いた。
20メートル下に、夜にひたされた公園が広がっていた。
その、緑というよりは黒に近い凹凸の波間にむかって、ビルの縁を飛び降りる。水面は
みるみるうちに近づき、着水、足が地面につく。
体に付いた葉を適当に散らし、迷いなく歩く。落ち着いた色のレンガでできた歩道。控
えめにされた灯を、一つ、二つ、通り過ぎていく。むかう先には、ここの林と一体化した
病院の中庭がある。
立ち並ぶ林が終わり、病院の中からの明かりの漏れる芝生。
いつものベンチに、彼女がいた。
その瞬間、俺は確かに風を感じた。ブワ、と音をたてて全身の毛を引き寄せる重力を感
じた。学園都市からエスケいプしよう、なんてどう伝えたらいいのか――今まで必死に考え
ていた口上は、あっという間にどこかへ吹き飛んでしまっている。当たり前だった。そこ
にいるのは、俺が惚れた女だ。
ベンチの少し手前、こちらに背を向けて立っている。その浴衣のような真っ白な手術衣
は、夜の暗闇でもわかるほどに汚れている。どうしてこんな時間にここにいるのだろうか。
いつからここにいたのだろうか。
「……ミサカ……」
ぴくり、細い肩が動いた。
俺は必死に言葉を探そうとする。
言え。言うんだ。俺と一緒に行こう。
だがしかし――踏み切れない。ここにきて、中途半端に冷静になった俺の頭は逡巡という
感情を思い出す。
そういうのには順序とか、タイミングとかいうものが、――いや、そもそも俺たちの間に
ある関係は、ただの知り合いというもの以上の何物でもないのではないだろうか――ここで
は助からない、外に行けば生きられるんだぞ?断られる理由なんてあるものか――いや、あ
る、そうだ、学園都市への離反者という烙印を押されてしまうだろうが。そんな危険な行
為、俺なんかの説得で――
必死に絡みあわせようとした思考は、そのままもつれて解けなくなってしまい、そして
挙げ句には、再びどこかへ吹き飛ばされてしまった。
そう、吹き飛ばされた。吹き飛ばされたのだ。
その、緑というよりは黒に近い凹凸の波間にむかって、ビルの縁を飛び降りる。水面は
みるみるうちに近づき、着水、足が地面につく。
体に付いた葉を適当に散らし、迷いなく歩く。落ち着いた色のレンガでできた歩道。控
えめにされた灯を、一つ、二つ、通り過ぎていく。むかう先には、ここの林と一体化した
病院の中庭がある。
立ち並ぶ林が終わり、病院の中からの明かりの漏れる芝生。
いつものベンチに、彼女がいた。
その瞬間、俺は確かに風を感じた。ブワ、と音をたてて全身の毛を引き寄せる重力を感
じた。学園都市からエスケいプしよう、なんてどう伝えたらいいのか――今まで必死に考え
ていた口上は、あっという間にどこかへ吹き飛んでしまっている。当たり前だった。そこ
にいるのは、俺が惚れた女だ。
ベンチの少し手前、こちらに背を向けて立っている。その浴衣のような真っ白な手術衣
は、夜の暗闇でもわかるほどに汚れている。どうしてこんな時間にここにいるのだろうか。
いつからここにいたのだろうか。
「……ミサカ……」
ぴくり、細い肩が動いた。
俺は必死に言葉を探そうとする。
言え。言うんだ。俺と一緒に行こう。
だがしかし――踏み切れない。ここにきて、中途半端に冷静になった俺の頭は逡巡という
感情を思い出す。
そういうのには順序とか、タイミングとかいうものが、――いや、そもそも俺たちの間に
ある関係は、ただの知り合いというもの以上の何物でもないのではないだろうか――ここで
は助からない、外に行けば生きられるんだぞ?断られる理由なんてあるものか――いや、あ
る、そうだ、学園都市への離反者という烙印を押されてしまうだろうが。そんな危険な行
為、俺なんかの説得で――
必死に絡みあわせようとした思考は、そのままもつれて解けなくなってしまい、そして
挙げ句には、再びどこかへ吹き飛ばされてしまった。
そう、吹き飛ばされた。吹き飛ばされたのだ。
ズガンッ――!という、耳をつんざく轟音。
まず感じたのは、頬にぶち当てられた衝撃だった。とんでもない速度で飛ぶなにかが、
頬をかすめていった余波。
バキメキメキッ!、という音は背後の木々が、そのなにかの直撃を受けて引き裂かれる
音だった。
そして、パチパチとはぜる、紫電の火花。
「3分前です。行方不明になっていた妹達(シスターズ)の上位固体、『打ち止め』の脳波
が、ミサカネットワーク上に姿を現しました」
生物のようにうねる紫電を纏い、ミサカははっきりと、正確に言葉を発する。
「しかし彼女の脳はウイルスの汚染を受けていました。現在、そのウイルスコードは全シ
スターズの発信されるべく命令コマンドとして変換中。完了するまでの時間は、残り7分」
これを脳に受けると、ミサカたちは無差別な武力行使を実行――つまりは、周囲の人間を虐殺します。
彼女は、化け物のような武骨なライフルを構え、引き金に力を込めながら言った。
頬をかすめていった余波。
バキメキメキッ!、という音は背後の木々が、そのなにかの直撃を受けて引き裂かれる
音だった。
そして、パチパチとはぜる、紫電の火花。
「3分前です。行方不明になっていた妹達(シスターズ)の上位固体、『打ち止め』の脳波
が、ミサカネットワーク上に姿を現しました」
生物のようにうねる紫電を纏い、ミサカははっきりと、正確に言葉を発する。
「しかし彼女の脳はウイルスの汚染を受けていました。現在、そのウイルスコードは全シ
スターズの発信されるべく命令コマンドとして変換中。完了するまでの時間は、残り7分」
これを脳に受けると、ミサカたちは無差別な武力行使を実行――つまりは、周囲の人間を虐殺します。
彼女は、化け物のような武骨なライフルを構え、引き金に力を込めながら言った。
「ミサカを破壊しなさい。そうでなければ、ミサカはあなたを破壊します、とミサカ10039号は宣告します」
そして、紫電が炸裂する。
『超電磁銃(レールショット)』が撃ち放つ轟音が、夜の学園都市へ響き渡った。
『超電磁銃(レールショット)』が撃ち放つ轟音が、夜の学園都市へ響き渡った。