とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 3-501

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匿名ユーザー

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 ビュルルルルォォ――と、切り裂かれる空気をたなびかせ、緩やか   
に回転しながら、獲物に襲い掛かる鷹よりも速く飛んできた鉄柱が、  
クリスタルシティの最上部ににある、ガラス張りのレストランに突   
っ込んだ。ボクが立っている場所の数メートル下にある空間は、完   
全に破壊の色へと染められた。ボクは地響きに耐えながら、必死に   
状況を把握し続けようとする。が、今ので、もう、スキルアウトの   
勝ち目は失われたと悟った。                    
 ラジコンの動きが一斉に乱れる。今までは、爆弾魔に突撃する順   
番を鳶のように弧を描いて廻りながら待ち構えていたのが、糸が切   
れてしまったかのように散り散りになってしまったのだ。       
 爆弾魔は残る装いの盾すら未練無く捨て去ると、人が走る程度の   
速さで操縦者の操作が無くなった無作為な走行を惰性で行う一台の   
ラジコンに正面衝突し、バンパーにめり込みながら腕を突き立てて   
取り付いて、それを力任せに回しだした。それは先程の、空中でコ   
ンクリート畳を投げ付けてきた方法に似ていた。初めは、タイヤを   
ギュルギュルと軋ませながら元の進行方向とは垂直に引っ張り、そ   
の方向に車体がついてきだすとまた直角の方向に引っ張り、それを   
ぐるぐると繰り返し――次第に、爆弾魔よりも車体の方が大きく動き   
始め――車の方が爆弾魔を中心に回り――ついには車体が地面から浮   
き上がり――スキルアウトも銃弾を放ってはいるが、軸である爆弾魔   
は回転力を得ながらもでたらめに、しかし、車体が自身を遮る時間   
がより長くなるような足運びで踊り回り、それどころか銃弾が車体   
に命中する衝撃すら勢いに加え――充分なエネルギーを与えられた    
ラジコンは、ジャイアントスイングそのままの方法で放り投げられ、  
射撃手が特に密集していたフロアの壁面に激突、爆発し        
て、駐車場に転がる他のものと同じように業火を撒き散らした。起   
爆されなかった爆弾が残っていたのだ。               
 これが決定打となった。残存する正常な射撃手は、最初の4分の   
1も残っていないだろう。もはや爆弾魔は、それらの銃撃を個別に   
見極めながら避けていた。炎でまみれる中で迷彩効果を持ちはじめ   
た上半身むき出しの赤い体が、鋭い爆発音と共に、瞬間移動のよう   
な素早さで弾け飛びながら近づいてくる。              
 最初の総攻撃が100メートル以上の距離であったのに対して、   
今はもう40メートルもない。あの距離でも相当な威圧感を受けた   
のだ。ここまで近づいてこられては、心の保ちようが無かった。    
 さらに爆弾魔は、またもや鉄柱に手をかざし、粉砕せんとしなが   
ら止めを吐いた。                         
「てめえ゛らまとめて、死に゛腐らしやがれ゛ぇッ!!!!!!」   
 それは口の中に起こした爆発を利用して拡大した、鼓膜が歪むか   
と思わせるほどに、ひどく狂暴な叫びだった。その音と共に、人肉   
を切り裂く凶器となった鉄の破片が広範囲に飛び広がり、スキルア   
ウトのほぼ全員に襲い掛かった。


  ▼ クレイモア LAST

 その事故現場にいた人間は俺を除いて全員死亡したらしい。俺だけが、体重の
13分の1を占めるはずの血液のうち、20リットルを失いながら生き残った。
生き残ってしまった。
 そこからは歪められる前の記憶にもはっきりしたものは映っていなかった。そ
の断片から推測するに、俺は茫然自失状態で山の奥深くに閉じこもっていたよう
だ。なぜか何日も飲まず食わずでいても死ぬ事がなかった。ある日、自分が誰か
も分からないまま家に帰ると、遠い親戚だという見たこともない人間が母さんの
漬物をかじっていた。
 何日か後、俺は学園都市の小学校へ編入されていた。そしてその三日後には俺
の生家は売り払われていた。もちろん保護者となっているはずの人間とは一切の
連絡がとれなかった。俺は立派なチャイルドエラーとなった。
 そして、思い出した本物の記憶が語る最後の日。その日俺は、脳を開発されて
能力を発現した。
 俺に現われた能力は、爆発だった。
 何もかもを破壊する、あの日俺の全てを破壊した力だった。
 脳内にその回路が開いた瞬間、俺の爆発は研究所の障壁を食い破って設備を滅
茶苦茶にしていた。俺はそこにできた穴を潜り抜けて脱走し、学園都市をがむし
ゃらに走った。
 鉄とコンクリートの街を歩く俺は何も持っていなかった。山が無い。木がない。
親はいない。友人達もいない。帰る家も失った。すべて無くなった。そして与え
られた、たった一つの力。爆発。俺から全てを奪った力。
 気が付くと、手術衣のような薄衣一枚で放浪する俺は暴走族に取り囲まれてい
た。当時無数に存在していた、個々が好きな名を名乗りそれぞれの目的を持つ不
良集団の一つだった。俺はそんなものに興味などわかなかった。ただ虚ろな目で
楽しそうなバイク達を不思議がるだけだった。
 しかし、その団旗がいけなかった。
 赤い染料で書かれた団名、ブラッドキャッツ。そしてそのシンボルマークとし
て、白目を向いた猫の生首がはためく大きな布に描かれていた。
 それを見た瞬間、俺は暴走族全員を皆殺しにしようと思った。
 俺に残されたのは、爆発だけだった。破壊の力だけだった。その使い道を、俺
はやっと見つけたのだった。
 俺は幸運だった。
 まず一つ目に、俺が叩きのめしたのは俺を危険な目にあわせかけていた暴走中
の暴走族であり、また、能力が発現したばかりだったために自滅して動き続けら
れず、殺すまでには至らなかったために、とくに咎められる事にはならなかった
こと。
 二つ目に、その騒ぎを一般人が早いうちに警備員へ通報しており、動けなくな
った俺をボロボロの生き残りが殺す前に優秀な女警備員が保護してくれた事。
 三つ目に、体の中で焦点を発生して爆破し穴だらけになった俺が搬送された病
院には、何でも治せる医者がいた事。
 ここまでが俺の本当の記憶だ。
 そしてここからが、俺が自分のものとして持っている記憶でもある。


 その翌日白いベッドの上で目覚めた時、俺は記憶のほとんどを書き替えていた。
俺はくだらない詐欺師の両親の元に生まれクソみたいな不良の同級生達と殴り合
う生活を送っていたところを学園都市に無理矢理放り込まれ、そのまま捨てられ
たガキになっていた。
 カエルみたいな顔をした爺ィが俺の顔を覗き込んできたとき、俺の中で何かが
暴れ始めた。
 その衝動に従い、俺はカエルを不意打ちで蹴り転がし、看護婦やノロい患者た
ちを突き飛ばしながら、俺は病院を飛び出した。
 壊さなければならない。
 でなければ自分が壊れてしまう。
 俺の頭は、そんな意味不明な言葉で埋め尽くされていた。
 そして、それ以外に何も保有していなかった。
 持っていたのは、それを実行できる能力だけ。

 三日三晩不良どもを狩り続けると、外を出歩くならず者はさすがに一人もいな
くなってしまったため、、ハンバーグを買い漁った。それはあのクソったれなバカ
親が作る事のできる数少ない料理の一つであり、俺はそれだけは認めていた――
そういう事になっていた。学園都市の店には無意味なほどバリエーションが異な
る無数の種類の冷凍ハンバーグが並べられていたから、その全種類を一つずつ。
金はいつの間にか7桁ほどに増えていた口座の数字を全部おろして使った。ATM
では無理だったから受け付けで要求すると不審がられ、レジでは気味悪がられた。
 12になってまだそんなに経っていなかった俺には、新品の家具が揃えられた
僚の部屋はとても大きく感じられた。お化けのような染みがある木の天井は無か
った。歩くとギシギシ鳴って夜中は通りたくない廊下も無かった。もちろん鼻を
押し付けると埃と乾草の匂いがする畳なんてものもなく、すべては見たことも無
い建材で覆われていた。そんな綺麗で落ち着かない生活空間だったが、リビング
の数平方メートルを残してハンバーグのパックで埋め尽くしてやると少しだけ自
分と馴染んだ気がした。
 夜中だった。
 電気の代わりにテレビをつけた。
 どこを見回してもハンバーグだった。
 楽しくなってきていた。
 俺は早速目の前に積み上げられた山から一つを掴むと、包装を破って中身をぶちまけた。ミイラみたいな肉の塊が出てきた。それは今引き裂いたビニールにプリントされていた写真とは全くの別物で、俺は騙されたと思って、ミイラと包装をまとめてグチャグチャに引き潰した。と、舞い散る切れ端に“調理手順”とあるのをとらえた。そこには、ズタズタで見えにくくなってはいるものの、レンジで5分とか熱湯とか、そういう事が書かれていた。
 キッチンだった場所から電子レンジと電気ポットとボウルを掘り返して持ってきてコンセントに繋ぎ、なんだ結構面倒臭いなとこぼしながらさっきグチャグチャにしたミイラに熱湯をぶっかけて、ドロドロになったそれを電子レンジに注いでから一番大きなボタンを押してみた。ブーン、と音を立て始める四角い箱にかなり感動した。
 しかし、出来上がったのが湯気を立たせる温かい泥水だと分かると、俺は再び癇癪を起こして今度はレンジを丸ごと壁に叩きつけた。
 もうこんな食物なんて信じないと思いながら、ビシャッと広がってその後垂れ落ちる茶色の泥を眺めていたのだが、その内に腹が大声で空腹を訴え始めた。仕方なく電子レンジを拾い上げて、次のハンバーグを、今度は最初からちゃんと説明書を読みながら作る。
 5分後、ちゃんとしたハンバーグがレンジの中から現れたのを見て、俺は狂喜していた。嬉しくなって、それを食べるのは置いといて、続け様に7個ぐらいレンジにいっぺんにぶち込んで調理した。7個ぐらいのホカホカのハンバーグができた。俺は皿を掘り返して持ってくるのも待ちきれなかったから、レンジの中に腕を突っ込んで、一つを手掴みで口に掻き入れた。
 直後、全部吐き出した。


 ひどい味だった。この肉になる前の生きていた牛は、一度も太陽の光を浴びた事が無かったのだと分かった。尻にたかってくる羽虫と戦う事も、湿った匂いのする黒い土に茂る朝露を纏った青草を食んだ事も、体にこびり付いた土埃や自分の排泄物を二日に一度人の手で隅々まで洗いあげてもらった事も無かったのだと、正確に分かった。その計算し尽くされた管理から生まれた絶妙な脂の味に全てが現れていた。
 俺は、一口食べただけの肉の塊をさっきと同じ壁へ投げ付けた。比較的やや小さめで粘り気の高い模様が弾けるのを見ることもせず、まだレンジの中にある他のハンバーグに手を伸ばす。一つを口にする。吐き出す。投げ付けながらまた手掴みで口に持ってくる。吐き出す。壁にぶつける。掴む。食べる。もどす。投げる。口に入れる。吐く。ビシャリ、グチャ、ゲホ、ブチャ、ブシャリ、グスリ、グズ、グスリ、そうしながら俺は何か大切な事を忘れているような、勘違いをしているような気がしてならなかった。だがこうしている他に何も無いという事も分かっていた。今はこうして、何かを欠落したままに、たった一人でハンバーグを食い散らかすしかなかった。
 唯一部屋を照らすテレビの光が滲んで見えた。気が付くと俺の顔には鼻水と涙が垂れていた。そして唇が勝手に動いて、声に出さずに何かを言っていた。何となく、人の名前のような気がした。何度も何度も呼んでいた。俺の知らない人の名前を呼んでいた。そのうち、鼻水と涙が口の中に入ると丁度良い塩加減のアクセントとなって少しだけマシになることに気付き、舌を出して口の周りをベロベロ舐めとった。その間も口は動き続けていて何度も舌を噛み切ったが、血の味もしてもっといい感じになった。
 そこで俺は付属のソースを使っていなかった事に気付いた。しかし少量舐めとってみると化学調味料の味しかしなかったからすぐに見放した。
 俺は数人分のハンバーグをレンジに入り込み、手掴みで食べ、吐き出し、投げ付け続けた。
 誰かの名をを呼ぶ口に舌を切らせ、ダラダラ垂れる血と鼻水と涙を舐めながらハンバーグを消費し続けた。
 なんとなく付けていたテレビに照らされながら食べ続けた。
 だいたい四日ほど、眠らず、休まず。

 安っぽい電子音のチャイムの連打が止んだかと思ったら、その数分後にカチャリと鍵の開く音がした。マスターキーを使ったのか。
 滑らかに回転するドアノブ
 すんなりと開くスチールドア。
 目を見開いて驚く、二十代前半ぐらいのババア。ドアが騒ぎだしてからずっと玄関に座っていたのだが、そんなにびっくりしたのだろうか。俺をハンバーグ食いながらテレビ見て四日も過ごすような変人だとばかり思っていたら大間違いだぜ。来客が来たらチャンと玄関でおもてなしするんだ。同級生の女を袴姿で出迎えた事だってある。同級生の女なんて知らない。袴なんて大嫌いだ反吐が出る。んなことしなくていいんだって、ちがうよ母さん、そんなんじゃないって、あいつはただの友達でクソでクズでゴミで死ねよ殺すぞブッ壊してやろうか。
 鬱陶しく騒々しい音。女が悲鳴を上げている。
 近所迷惑なんて、うちは考えないでいいわよねえ、都会はすごく気を遣うらしいけど。俺はソイツの頭を髪の毛ごとつかんで力任せに引っ張り、一本釣りのようにして部屋の中へ投げ飛ばした。
 天井にぶつかって片方の靴をこぼしながら落ちた先には、血の池に浮かぶ、糞山のように積もったハンバーグがあった。奇声をあげながらヨロヨロと起き上がった女は見渡してから嘔吐した。本物の肥溜めになった。
 しかし俺はそんなものには構わず、テレビの前に座り込む。前日の夜中、猫の耳を生やして巫女の服を着たアニメのキャラクターが画面の中に現れてからというもの、なんとなく喉が渇いて仕方がなかったのだ。今まではお気に入りのマンガがテレビになったときぐらいしか見ていなかったアニメを、俺は食い入るようにして見ていた。
 そんな生活は、ついに突入してきた警備隊員のうちの一人(なんと女)にロケットのようなドロップキックを食らわされるまで続く。


 鳴り響いていた銃声が激減し、代わりに響く悲鳴。ボクは決断し   
た。あと数秒あれば爆弾魔はクリスタルシティに侵入する。建物内   
の閉じた空間ではアレに対抗する事など不可能だ。そうなればボク   
らは一方的に屠られるだけになってしまう。             
 そうなる前に、ボクが囮になるしかない。             
「クロヤマァァァ――ッ!」                     
 できるだけ大きな銃撃音をたてながら、ボクはヤツに声を振り絞   
る。                               
「スキルアウトのボスはここにいるぞ!スキルアウトの頂点の首は、  
ここだぁーっ!!」                        
「なっ、ちょっとリーダー、何をしてんすか!」幹部が皆慌てふた   
めき、一人が口を出す。                      
「おまえたちは、逃げるんだ。全員に命令だ。スキルアウトは全て   
の責務を放棄して全力で逃げろ」ボクは言い聞かせる。「アレは俺一   
人で引き付ける。ここに居れば巻き添えにするぞ」          
 爆弾魔は呼び声に反応してこちらを見上げていた。近くになって   
見下ろすその顔は、自分の名を呼ぶ声の主を探している。       
「こうなったのも俺の責任だ。それに勝算が無いわけじゃない。俺   
には発条包帯がある、それに演算銃器は一発限りで『炸裂弾』とい   
うのが撃てるらしい」                       
 ワンタッチでそれに切り替えられるようにし、また数発撃ってク   
ロヤマと叫びながら、                       
「だからおまえたちは早く逃げるんだ」               
 決して怖くないわけじゃない。ボクはたぶん死ぬだろう。ただ、   
義務には従わなければならない。この状況を作ってしまった、一番   
の責任者であるボクは、だからこの身を犠牲にしても、        
「何言ってるんですかリーダー!」                 
 幹部の一人が怒鳴った。                     
 そして自分の銃をわななかせながら、「リーダーひとり置いて逃げ   
られるわけねぇじゃねぇか!」                   
 それに全員が続く。憤りながら、勇みながら、あるいは怯えなが   
らも。                              
 その時、ボクは初めて幹部の姿をよく見たと思う。頑強なゴウ。   
女みたいなサスケ。メガネのリョウ。細身のシンジ。体育系のタカ。  
その後ろのミホ。                         
「……好きにしろ」                        
 でも、その代わりに。                      
「だが、この炸裂弾を撃つ時には合図する。5メートル以上離れて   
伏せろ。そしてそしてそのためにはタカとミホ、お前たちがいては   
窮屈だ。二人は昇降口に隠れていろ。炸裂弾を撃った後、あるいは   
全員が巻き込まれているかもしれない。その時はお前たちに任せる」  
 志望を受け入れた上での命令として、強制させた。タカとミホは   
顔を見合わせて複雑な表情で頷いた。そして走り去る         
 ボクはそれを尻目に、爆弾魔に向き直った。「構えろ。来るぞ」    
 クリスタルシティ眼前、駐車場のヤツはついに、自分の声を呼ぶ   
者がすぐ近くの一際高い建造物の屋上にいる事に気付く。       
 そしてボクに気付いたらしい。その顔がグニャリと曲がってより   
一層の笑みをつくり――しかし、その口から放たれたのは、悲痛の色   
に染まった叫びだった。


 体の内側にブラックホールが入り込んだような喪失感があった。その穴は力を使いものを壊す事によってのみ癒す事ができた。なんでもいいから力を使って壊したい、俺にはそれしか無いのだという思いに突き動かされていた。だから、壊しても許される約束をしないかと電話が来たとき、俺は特に考えもなくイェアーと答えた。
 5ヵ月後、俺は合法的に人に暴力をふるう事のできる風紀委員になっていた。さらにその2ヵ月後には、より暴力的な仕事の多い風紀機動隊へ入隊。異常な早さの認定だった。それを幸いに俺は思う存分暴れ回り、飢えを満たし、何かを少しずつ薄めていった。
 そうして月日が過ぎ、能力をつかい続けるうちに、俺はだんだんと落ち着いていった。入学して1年程は学園都市じゅうの不良集団を潰しまわっていたが、スキルアウトという自衛目的のグループしかいなくなってからは飽きたから辞めた。壊す事がすっかり生き甲斐になってはいたものの、それはあくまで趣味のようなものであり、任務と『お知らせ』以外で不良達の相手をする事は無かった。
 壊すの大好き。でもそれは隠れた楽しみ。普段は風紀委員(ジャッジメント)と風紀機動員(アンパイア)の忠実な隊員であり後輩であり経験豊かな先輩である実力派の口数少なめな男子学生。その役どころを目指し、そして確立する事に成功して中学校時代をやり過ごし、大した努力も無く普通の高校に進学し、相変わらず任務をこなし、黄泉川姉ちゃんにこき使われ、いつものように病院へ通い、カエル先生の世話になり、猫達を拾って来ては飯を食わせ、馴染みのベンチで昼寝をして――
 そして、ミサカと出会った。

「う、う……ぅぅぅぅぅヴ、ぅぅ、ぅぅぅぅぅぅぅヴぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉおぉおぉおぉおぉおおおおお!!!」


 何故だ?クロヤマ、お前は壊すのが楽しくて楽しくて仕方ないの   
ではなかったのか。楽しいからそうやってボクの邪魔をしているの   
ではなかったのか。                        
 クロヤマ、                           
「お前は……何故、そんなに追い詰められた顔をしているんだ     
……?」                             
 ヤツは答えるはずもなく、新しく得た二本目を振り回す。全身を   
うならせ、半径10メートルの円を幾回にも描かせた末にお辞儀す   
るようなモーションで放られた鉄柱は、ボクの立つ建物の中腹に突   
き刺さった。爆弾魔はその後を追い、蛙のように飛び上がって壁か   
ら突き出た足場に取りつき、そして鉄柱を踏み砕きながら再び跳躍、  
悲鳴と銃弾をくぐり抜けながら一直線に屋上へ、ボクの所へ飛び込   
んでくる。                            
 ボク等が一斉に飛び退くと、入れ代わりに爆弾魔が屋上の縁へ爪   
を立て、銃撃する暇を与えぬ速さで屋上に乗り上げた。        
 びょうびょうと眼下に広がる、炎にまみれた駐車場を背中に、た   
った一人でスキルアウトを全滅しかけている能力者が間近に姿を晒   
す。                               
 腰に残ったボロ布だけを纏い、むき出しになっている上半身に盛   
り上がる、スジだらけの筋肉。                   
 数え切れないほどの荒事を繰り返したために変質している、甲殻
類のような右手。
 そしてその体表面を、揺れる水面のように染め上げる、赤色の光   
――『焦点』。                           
 幹部達もいつまでも惚けているわけではない。罵声をあげながら   
銃を向け、至近距離から銃弾を放つ。だが爆弾魔は十にも満たない   
数の銃口など意にも介さず、翻る魚影の動きで踊り回って瞬く間に   
距離を縮めてくる。


「銃は止めだ!手で抑えろ!」ボクは炸裂弾を設定しながらナイフ   
を取り出し、同時に発条包帯を稼働させての運動負荷に備えるべく   
全身の筋肉を膨張させる。                     
 爆弾魔が爆音と共に跳躍して頭上を過ぎる。ボク等の中に踏み込   
み紛れて暴れるつもりだ。ボクは今にも動体視力の限界を突破して   
しまいそうなヤツを追って構える。あのスピードに付いていけるの   
は、発条包帯を巻いている自分しかいないのだ。           
 だが、その空間にバラ撒かれた破壊の乱生を見極める事ができた   
者など、はたしてこの世に存在するのだろうか。           
 ヤツは赤い残像すら残さず消えた。                
 見失った、と思うと同時に体を爆風が襲った。可視できる程の爆   
風に遮られたから見えなくなったのか、それとも衝撃に煽られ視界   
が動いた事で見えなくなったのか、分からなかった。         
「だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 駄目だ。どうしても駄目だ。壊すだけではどうしても足りない。五年前はこれでなんとかなったのに、今は全く通じない。過去の思い出まで引っ張り出してきたのに、どうしてもあいつから離れる事ができない。
 消せない。隠れない。それを考えてしまっては駄目だというのに。
 彼女と座ったベンチと猫達の中庭が忘れられない。二人でテレビ画面を眺めた真夏の休憩室が忘れられない。一緒に歩いた霧雨の道路が忘れられない。
 突然崩れ落ちた冷たい体が頭から離れなかった。
 動じていない様子の真っ青な顔が頭から離れなかった。
 巨大な培養器が鎮座し、重力の無くなったあの病室が頭から離れなかった。
 突き付けられてしまった真実を振り払いたかった。
 俺は命を失うというのがどういう事かを知っていた。血の抜けた皮膚がどういう色をするのか知っていた。その体温がどのようにして無機物に奪われていくのかを知っていた。
 どれだけ呼び掛けても、泣き叫んでも、喚いても、引っ掻いても、懇願しても、いつまで待っても永遠に答えなくなる事だ。
 その眼が物を見なくなり、ただ網膜に光がぶつかるだけで終わる事だ。その耳が声を聞かなくなり、ただ音を振動としてとらえる鼓膜が揺れるだけになる事だ。
 その体が、ただの酸素と水素と炭素と窒素でできたアミノ酸でできた蛋白質でできた細胞でできた組織でできた器官でできた個体という“肉”のかたまりになる事だ。“人間”ではなくなる事だ。“ひと”ではなくなる事だ。
 俺は耐えられなかった。
 ミサカとそれを結び付けてはいけなかった。
 それ以上考えてしまっては壊れてしまう。
 『ミサカは』駄目だ。男『細胞年齢』の額を陥没させろ。
 早く。ソイツの『寿命』腕をへし折ってしまえ。
 邪魔だ。『クローン』あのガキを地べタに叩き潰せ。
 『薬物投与』ほら、アそこに3人もいるじャないか、今スgぐ壊セよ。『通常より』
 あそこノ『一年』dKguWだ。そう、クsB.Q、を、クソ、まだだ、壊レたクない、俺ha、まdだ、壊れたくない!

「だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 夜のクリスタルタウンに四角く浮かぶ屋上が、絶え間ない爆発音   
にさらされる。


 まるでありったけの手榴弾をぶちまけられたかのよ   
うに、空間という空間が爆破されていく。爆弾魔の姿は目に捉えき   
れない。突然ジグザグに通り過ぎた風の通り道にただただ爆発が連   
続し、地面が弾け、幹部たちが吹っ飛び、崩折れ、そこへ再び、爆   
発の尾を引く突風が襲う。その風の接近に気付いた時には既に自分   
の体は何処かを破壊されている。爆風を食らわせれたのか、殴られ   
たのか、蹴られたのか、叩かれたのか投げられたのか突かれたのか   
抉られたのか、それすらも分からない。全てかもしれない。      
 足を掬われる。転がされる。膝を立てる事もなく地面へ戻される。  
逃げようとしたシンジも既に気絶しているサスケを投げ付けられて   
倒れる。なんとか立ち上がるゴウ、彼がやられる瞬間にを狙い、ボ   
クは渾身の力を振り絞って挑みかかるが、虫でも払うかのようにし   
て弾き返される。                         
 ボク等は一瞬で勝機を失った。いや、最初から勝ち目の無い交戦   
なのだったか――洗濯機の中に放り込まれたがごとくゴロゴロと揉    
みくちゃに地面を転がりながら、ボクは思う。が、直ちにそんな無   
意義な思考を取り止める。                     
 衝撃が、やってこない。                     
 爆弾魔の様子が、おかしかった。                 
 ボロボロの顔を向けて見ると、そこには何もない中空にむかって、  
愕然と立ち竦んでいる爆弾魔の背中があった。            
 それはひどく不思議な光景だった。そこにいる彼の後ろ姿は、空   
っぽの宙へ向かって、まるで神の顕現を目撃する敬虔な信徒のよう   
に目を奪われている彼は、どういう訳か、他のどんな時よりも――    
幽霊のように歩いていた時、炎をあげながら笑っていた時、無数の   
銃弾をくぐり抜けた時、そして苦悶とも言える表情を浮かべた時よ   
りも――一番、“まとも”に見えたのだ。                
 腕を動かし、演算銃器を構える。炸裂弾。内蔵する全ての爆薬を   
純化させ、一発のうちに標的を消滅させる弾丸。辛うじて言う事を   
聞く腕を掲げて、身を固めるままの爆弾魔に銃口を合わせる。     
 止めてやる。終わらせてやる。引き金を引いた瞬間、そんな事が   
頭を通り過ぎていった。                      
 そして放たれた炸裂弾は、狙い過たずに爆弾魔の背中へと突っ込   
んで――




 腕に脚に首に額に拳に焦点を精製して爆発させ、取り囲むスキルアウト達を薙ぎ倒す。
 俺は何か訳の分からない言葉を声の限りに叫びながら腕を振り回して俺の代わりに壊れ
てくれる相手を求めた。
 転がったまま起き上がれていない一人の足首を引っ掴み、立ち上がって走りだす誰かの
背中にぶん投げる。
 なんとか上半身だけを起こした男の頭を問答無用で叩きふせ、飛び掛かってきた少年を
後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。
 真正面から挑んできたソイツの腕をとって捻り弾き、顎を蹴り上げ、そのまま踵落しに
移行、宙を漂う体を引き落とす。
 背後から迫ってきていた巨漢のそいつにむかって、爆発に乗った裏拳を体の回転ごと叩
き込み――

 そこに、ミサカが現われた。

 大きな体の後ろに隠れていた。俺が手の甲でカーテンを割るようにしてそれをどけると、
そこにはミサカが立っていた。
 真っ白な薄い夏物のワンピース姿だった。
 軽くて涼しそうな木のサンダルを履いていた。
 みずみずしく健康的な肌が透き通っていた。
 栗色の髪がところどころ金色に煌めいていた。
 恥ずかしそうな、笑顔だった。
 世界の光が、音が、色が、俺が、その体に吸い込まれていくのを感じた。この世でただ
一人だけスポットライトを浴びているかのようだった。彼女は本物として俺の前に存在し
ていた。
 俺はミサカがはにかむところなんて見た事はなかった。あいつはいつもむっつりとした
顔で笑ったりなんかしない。考えてみればあいつ、本当はすごく自分中心で人使い荒くて
うんざりするような性格をしてるんだ。恥じらいなんてものも持っていやしない。上半身
の裸を見られても平然としているぐらいだ。着ている服も、寝巻き代わりの手術衣以外に
は見た事がない。私服の一枚すら持っていないかもしれない。
 しかし、このミサカには、俺の好みに直球命中ド真ん中の格好をし、いきいきとした表
情で頬を赤らめ綻ばせている彼女の姿には、不思議と安心するような既視感があった。長
年寄り添って生活し続けて何年も見続けていた身内を見ているようだった。むしろそれが
本来の彼女なのだという気さえした。
 その光景は長くは続かなかった。
 ミサカの白い爪先に、ピシリと音無き亀裂が走った。それを合図にして、彼女の体は下
から徐々に粉となって崩れはじめたのだ。
 俺は静かな気持ちでそれを見届ける。自分の頭の中が、禁断の思考へと到達してしまう
のが手に取るように分かる。
 しかし、もうそれでいいのかもしれない。そこに行ってしまえば、俺はもう苦しむ事も
ないだろうと思う。
 ミサカの崩壊が肩まで届いた。
 なぁ、ミサカ――
 ゴトリと地面に転がり、目と額のあたりを最後に粉と消えゆく彼女の首を見て、俺はつ
いに思考してしまった。
 ――おまえ……死ぬのか。

 そウしtEb、俺ヴァ、壊れde pt――ッ


「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
イイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィャァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア アア ア ア ア ア ア ア
ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア
ア ア !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!」

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