魔術の準備は整った。
足元に石灰で描かれた円が一つ。直径はサーシャが両手を広げたよりも少し長いくらい。円の内側には掌大の何かの紋様が複数、これも石灰で描かれている。
正確な数は十二。真上から見たなら歪な時計盤のように見えるかもしれない。方位は各時刻に対応しているものの、中心からの距離がちぐはぐだからだ。
「魔力パターンを手がかりにして術者の居場所を突きとめる魔術」というと、大覇星祭の時に土御門が使った「理派四陣」があるが、それとはまた違った系統の探索魔術である。
「理派四陣」系は「魔力の送受信」を逆探知して術者を見つけ出すものなので、『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』のような完全に術者の手を離れた『零時迷子(ヌーンインデペンデンス)』には使えないのだ。
だが、それでも『灰姫症候』が故意に産み出された魔術であるのなら、術者の固有魔力パターンというものは必ず内在している。サーシャが準備した魔術は対象の魔力パターンに干渉する魔力の波を空間に流し、その反響を捕らえて場所を探るものだ。イルカや潜水艦が行う超音波探知に近いものがある。
更に今回はインデックスの持つ「神殿」の知識も取り入れられていた。
陣とそれと同心の半径数十キロメートルの領域を簡易的にリンクさせ、十二個の紋様に相当する座標に波の受信源を作る。内と外の現象を等しくする「神殿」の効果だ。あとは三点計測の要領で目標を補足できる。
とは言え建築物や街の人の存在をまるっきり無視した簡易リンクであるため、「理派四陣」ほど正確な位置座標は得られない。それでも探索領域の広さでは圧倒的に勝っていた。相手がどれだけ遠くにいるか分からない以上、最も求められる性能はそれである。
仮につけた名は「零時の鐘(ロンドベル)」。硝子の舞踏会を終わらせる鐘の音だ。
「………………ふう」
薄い胸に手を添え、一息。簡易リンクは成功。後は呪文(スペル)を唱えながら十二個の紋様を学園都市の対応する位置に仮想設置してゆき、“最後に陣の中に魔力の共鳴波を打ち鳴らせばいい”。「神殿」の中で響いた音は「神殿」の外でも大気を震わせる。
それで終わりだ。
もう決めたのだから、迷いは無い。
「……………………、」
意識のない言祝栞の体を抱いて陣内に入る。
円の中央に立ち、定められた手順に従い魔力を精製。呪に乗せて空(くう)に送る。
「――、一つ。火の粉の雪の中」
ポゥ、と紋様の一つがこもった光を放った。
時計盤の一時に対応する位置だ。
「二つ。二人の血の泉」
二時。
「三つ。禊も血の中で。四つ。黄泉路の花畑」
三時。四時。
――本来の、インデックスが考えてくれた呪文とは異なる呪文が紡がれる。
重々しい数え歌は、何よりも如実にサーシャの心中を表していた。
だけど、それでも。
「五つ。いつしか山の下。六つ。骸の丘の上」
五時、六時――
「七つ。涙も血を吐いて。八つ。社(やしろ)を火が舐める」
七時、……八時。
と。
足元に石灰で描かれた円が一つ。直径はサーシャが両手を広げたよりも少し長いくらい。円の内側には掌大の何かの紋様が複数、これも石灰で描かれている。
正確な数は十二。真上から見たなら歪な時計盤のように見えるかもしれない。方位は各時刻に対応しているものの、中心からの距離がちぐはぐだからだ。
「魔力パターンを手がかりにして術者の居場所を突きとめる魔術」というと、大覇星祭の時に土御門が使った「理派四陣」があるが、それとはまた違った系統の探索魔術である。
「理派四陣」系は「魔力の送受信」を逆探知して術者を見つけ出すものなので、『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』のような完全に術者の手を離れた『零時迷子(ヌーンインデペンデンス)』には使えないのだ。
だが、それでも『灰姫症候』が故意に産み出された魔術であるのなら、術者の固有魔力パターンというものは必ず内在している。サーシャが準備した魔術は対象の魔力パターンに干渉する魔力の波を空間に流し、その反響を捕らえて場所を探るものだ。イルカや潜水艦が行う超音波探知に近いものがある。
更に今回はインデックスの持つ「神殿」の知識も取り入れられていた。
陣とそれと同心の半径数十キロメートルの領域を簡易的にリンクさせ、十二個の紋様に相当する座標に波の受信源を作る。内と外の現象を等しくする「神殿」の効果だ。あとは三点計測の要領で目標を補足できる。
とは言え建築物や街の人の存在をまるっきり無視した簡易リンクであるため、「理派四陣」ほど正確な位置座標は得られない。それでも探索領域の広さでは圧倒的に勝っていた。相手がどれだけ遠くにいるか分からない以上、最も求められる性能はそれである。
仮につけた名は「零時の鐘(ロンドベル)」。硝子の舞踏会を終わらせる鐘の音だ。
「………………ふう」
薄い胸に手を添え、一息。簡易リンクは成功。後は呪文(スペル)を唱えながら十二個の紋様を学園都市の対応する位置に仮想設置してゆき、“最後に陣の中に魔力の共鳴波を打ち鳴らせばいい”。「神殿」の中で響いた音は「神殿」の外でも大気を震わせる。
それで終わりだ。
もう決めたのだから、迷いは無い。
「……………………、」
意識のない言祝栞の体を抱いて陣内に入る。
円の中央に立ち、定められた手順に従い魔力を精製。呪に乗せて空(くう)に送る。
「――、一つ。火の粉の雪の中」
ポゥ、と紋様の一つがこもった光を放った。
時計盤の一時に対応する位置だ。
「二つ。二人の血の泉」
二時。
「三つ。禊も血の中で。四つ。黄泉路の花畑」
三時。四時。
――本来の、インデックスが考えてくれた呪文とは異なる呪文が紡がれる。
重々しい数え歌は、何よりも如実にサーシャの心中を表していた。
だけど、それでも。
「五つ。いつしか山の下。六つ。骸の丘の上」
五時、六時――
「七つ。涙も血を吐いて。八つ。社(やしろ)を火が舐める」
七時、……八時。
と。
「そこまで」
背後から発せられた誰かの声に、サーシャはドキリとして呪文を止めた。
この場所に人がいないこと、たどり着くのも容易ではないことは確認済みだ。
加えて知らない声。だが、知っている。
この感覚は覚えている。
懐かしさなど微塵もないが、確かに記憶の中に刻み込まれている。消せない傷として。
“居ないはずのナニカが居る”不条理を。
「――、は」
呼吸が浅くなる。
間違いない疑いない相違ない。後ろには“あれ”がいる。
でも……でも、でも!
“あの日の悪魔はしゃべりかけてきたりはしなかった”!!
「…………、」
振り向く勇気はない。ただ動揺で術が解けないようにするので精一杯。
それでも、見てしまう恐怖と見えないままでいる恐怖では、後者の方が強かった。
じりじりと足をずらして体をひねる。
「あなたが……、何をするつもりなのか、なんとなくわかります。……そして、それを止められるのは、あの人だけだってことも……」
“悪魔”が語る。
人間のフリをした声で。
じりじりと足をずらして体をひねる。
「……だから。あの人がここに来るまでは……私が時間を稼ぎます」
“悪魔”が語る。
人間のような声で。
じりじりと足をずらして、そうしながら問う。
「問一。――お前は、何だ」
思っていた以上にかすれた声しか出なかったが、“悪魔”には届いたようだ。返事が来る。
それと同時に振り向ききった。
この場所に人がいないこと、たどり着くのも容易ではないことは確認済みだ。
加えて知らない声。だが、知っている。
この感覚は覚えている。
懐かしさなど微塵もないが、確かに記憶の中に刻み込まれている。消せない傷として。
“居ないはずのナニカが居る”不条理を。
「――、は」
呼吸が浅くなる。
間違いない疑いない相違ない。後ろには“あれ”がいる。
でも……でも、でも!
“あの日の悪魔はしゃべりかけてきたりはしなかった”!!
「…………、」
振り向く勇気はない。ただ動揺で術が解けないようにするので精一杯。
それでも、見てしまう恐怖と見えないままでいる恐怖では、後者の方が強かった。
じりじりと足をずらして体をひねる。
「あなたが……、何をするつもりなのか、なんとなくわかります。……そして、それを止められるのは、あの人だけだってことも……」
“悪魔”が語る。
人間のフリをした声で。
じりじりと足をずらして体をひねる。
「……だから。あの人がここに来るまでは……私が時間を稼ぎます」
“悪魔”が語る。
人間のような声で。
じりじりと足をずらして、そうしながら問う。
「問一。――お前は、何だ」
思っていた以上にかすれた声しか出なかったが、“悪魔”には届いたようだ。返事が来る。
それと同時に振り向ききった。
「私は……貴女の友達の、友達です」
“悪魔”は語る。
人間の声で。
触れれば融けてしまいそうなほど儚く、しかし強い芯を持って立っている、氷の華のような少女がそこにいた。
人間の声で。
触れれば融けてしまいそうなほど儚く、しかし強い芯を持って立っている、氷の華のような少女がそこにいた。