とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 2-161

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匿名ユーザー

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 吹寄制理は苛立っていた。
 プレ公演開始まであと何時間も無いというのに、監督と主演女優と端役一名が見つからないのだ。しかもここぞと思って訪れた図書室ではどういうわけか中庭に面した窓が数枚、粉と微塵になるほどに砕け散っていて、たまたま居合わせた生活指導の災誤先生に「これ。掃除しといてね」とにこやかに言い渡されてしまった。
 硝子の粉は室内にはあまり飛び散っていないのがせめてもの救いだったが、中庭は本気でやるなら園芸業者を呼ばなければならないかもしれない。素手で触ると危険なので軍手を何枚も重ねてはめ(こういう時こそ学園都市製インチキ科学アイテムの出番ではなかろうかと思いながら)、積もりに積もった硝子の粉をスコップでかき集めていく。
「あーーーもう! 恨むわよ栞! 憎むわよ上条当麻! 一人で無関係な顔してんじゃないわよサーシャ!」
 ここにはいない友人達に届けと、虚空に呪いを吐き続ける吹寄。
 その姿を彼女について来たがために掃除につき合わされる羽目になった青髪ピアスと姫神秋沙が流し目で見ていた。
 背の高い似非関西人は排水溝からのかき出しを担当し、「祭の準備→動きやすい服装で→じゃあ普段着を」の三段論法により巫女装束を身に纏っている少女は図書室内の掃除を任されている。
「吹寄さん。荒れてるね」
「いやーあの人はいつもあんなもんやで」
「カルシウムが足りてないのかも。確か彼女は錠剤を持ち歩いていたはずだけど」
「あーそれな? あんまり関係ない思うで。昔クラスの三馬鹿(ボクら)で吹寄の手持ちの錠剤を全部それっぽく加工したヨーグレットとすり替えてみたことがあるんやけど、三日間バレへんかったし。まあ四日目には廊下に並ばされて尻叩きやったけどな」
「…………。そんなことばかりされてるから。飲んでも飲んでも足りなくなっちゃったんだね」
 空っぽの窓枠ごしにそんな会話をしながら、姫神は窓の下に据え付けられた本棚の天板を右手に持った小さな箒で掃く。同時に左手にはちりとりを構え、天板の端から落とした粉を集めていく。
 この本棚は、段に貼り付けられた名札によると絵本のコーナーらしい。そして、何故かある一列の中身だけがごっそりと抜き出され近くの床に積み上げられていた。
 後でこれらの絵本も点検しなければ、と姫神は考える。ページの間に硝子の粉が挟まりでもしていたら大事だ。
「あれ?」
 と、姫神は床の一点に目を留めた。
 絵本のタワーにほど近い、薄く硝子の砂が広がっているあたり。まるで数年ぶりにタンスを動かした時のように、ぽっかりときれいな床が覗いている場所があった。
 形は長方形。大きさは――ちょうど大き目の絵本くらい。
「……また。あの人は。面倒なことに巻き込まれているみたいね」
 ふぅ、と一息。
 とある白シスターならば、ここでなりふり構わずあの少年を追いかけるのだろうが、姫神秋沙は違った。彼女は相手を信じて待つタイプの女性なのである。
 もっとも、自分が行っても何の役にも立たないことを重々承知しているからでもあるのだが。
「それにしても。今回のフラグは。サーシャなのか言祝さんなのか」
 そこだけはどうしても気になる複雑な乙女心であった。
 すると姫神の独り言が聞こえたらしい青髪ピアスが窓枠の向こうから顔を見せた。
「あれ? 姫神さん知らんの?」
 まあ転入生やしなぁ、と勝手に納得のポーズをしていたりするのだが、姫神にはわけが分からない。
「何のこと? 青髪君」
「せやからあたかもそれがボクの本名であるかのよーに馴染まんで欲しいんやけど。……まあええわ。あのな、今言祝にかみやんフラグが立つかもて心配しとったやろ?」
「――。いえ。そんなことは」
「ええってええって照れんでも。つつき所はわきまえとるから。やっぱいじめるんやったらかみやんやもん。」
 青髪ピアスはそう言って片手をひらひらさせた。

 口ではいじめると言いながら気の良さそうな笑顔を浮かべる彼に、姫神はふと、かつてインデックスが語っていたことを思い出す。
『とうまの場合、いろんな人を守るから分かりにくいかもしれないけど、それであいさを守るって気持ちが薄らぐ事だけは、絶対にない。あいさを迷惑だなんて思うはずがない。その程度の人間なら、とうまの周りにあんなに人が集まってくるはずがないもの。とうまはそういうことを口にしない人だし、みんなも黙っているから、絆の繋がり方がいまいちはっきりしないんだけどね。もしも全部の絆が分かったとしたら、結構すごい広がり方をしているのかも』
 青髪ピアスも、その不思議な絆の一枝なのだな、と何とはなしに思った。
「…………それで。私が何を知らないって?」
「うん。てっとり早く言うなら姫神さんの心配は無用っちゅうこと。言祝にかみやんフラグが“改めて”立つゆうことはあらへんから」
 え? と言い方にひっかかるものを感じて首を傾げる。青髪ピアスは人差し指を上向きにピンと立て、
「やからな、“もう立っとるねん”。中坊ん時になんかあったらしいで。ボクは高校からの友達やから詳しゅうは知らんけどな」
「……………………。」
 ぱちくり、と姫神の目が丸くなる。先ほどの回想がすぐさまフラッシュバック。
『とうまの場合、いろんな人を守るから――』
 青髪の言う“なんか”もそういうことだろうと予想は出来るが、
「で。でも。言祝さんは。そんな風には見えなかったけど」
「んー。そりゃ一口に好き言うてもいろんな好きがあるし。言祝の場合は『誰かええ人とくっついて欲しい』いう感じの好きみたいやねん。なんとゆーか、惚れとるからこそ自分は身を引くとゆーか」
 その気持ちは、理解できなくは、ない。
 姫神自身、似たようなことを考えていた事もあったからだ。
 でもそれは。
(自分に自信が持てなくて。自分では彼の隣に居られないと。その資格はないと思った時の。逃げの論理)
 上条に特別な思い人がいるのなら、また話はちがってくるだろうが、姫神の知る限りではそんな気配は無い。
 そう思えばこそ、常にクラスの先頭に立ち、大胆不敵とも取れる立ち振る舞いで驀進していた言祝栞という人物像には当てはまらない気がする。
 しかし、所詮姫神と言祝はまだ一、二ヶ月の付き合いだ。積極的に話すようになったのなんて演劇班に入ってからのことである。たったそれだけの期間で相手の人柄を決めつけてしまうのは失礼というものだろう。
 だからそういうこともあるかもしれない、というくらいに思っておくことにする。
「あ。もしかして。初め上条君をシンデレラにしようとしたのは」
「多分やけど、吹寄とくっつけようとしたんちゃうかな。かみやん王子で吹寄シンデレラやったら、絶対吹寄は嫌や言うやろーし」
 確かに急遽配役を変更したにしては、上条用のシンデレラドレスが既に出来上がっていた辺りに計画的なものを感じないでもなかった。周りが『言祝栞ならやりかねない』というムードだったので、姫神としてはそれに流されていた分もあったのだが。
 だとすると、今度はどうしてあっさりと計画を撤回してサーシャをスカウトしたのか、という疑問が浮かぶ。
 青髪ピアスに尋ねても、頼りなく肩をすくめるだけだった。
「案外、似合いそうやったからとちゃう?」
 果たして“何”が“何”に似合うという意味なのか、深く考えての台詞ではないようだったので、姫神はそれを軽く聞き流した。

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