とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 2-425

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匿名ユーザー

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 判断は迅速だった。
 サーシャは言祝の体を左手一本で抱き上げると、右手で図書室から唯一持ってこれた霊装――デザートイーグル型釘打ち機・ハスタラビスタを抜く。
 直属の上司であるワシリーサが「美少女と大きな銃の組み合わせって萌えない?」などと言い出したせいでサーシャの基本装備となってしまったこの銃だが、最近ではそれなりに愛着を持つようになっていた。とある少年のせいで使用頻度が極端に上がったからでもあるのだが。
 殲滅白書において、対幽霊戦闘の鉄則として叩き込まれたのは次の三つ。
 耳を貸すな。
 容赦をするな。
 記憶に残すな。
 一つ目は余計な認識は敵を強めてしまうため、二つ目は確実に倒したと「自覚」するため、三つ目は万一の復活を阻止するために決められたルールだ。
 ゆえにサーシャはその『幽霊』の――『悪魔』の言葉を聞かない。
 撃ち殺すことに躊躇いもしない。
 そしてすぐに忘れよう。
 氷の華に似た少女の姿も、意味の分からない言葉も、全て。
 肩、ひじ、手首を意思のラインで直結。理想的な射撃体勢に移行するのに瞬きほどの間も必要ない。
「“解体一、ニ、三”」
 トリガーを引くと同時に一声。上条への威嚇に撃つのとは違う正真正銘サーシャ=クロイツェフの魔術が発動する(もっとも上条の場合、ただの釘の方が致命傷になりやすいのだが)。
 ガッガッガッ、と三連続で炸裂音が飛ぶ。
 図書室の窓ガラスを砂に変えた攻性術式『棘姫(いばらひめ)』だ。無論命名したのはワシリーサである。
 冷たい風を切り裂いて進む魔術の釘は、ひどくあっけない音を立てて全弾『悪魔』に突き刺さった。
 額に一発。喉に一発。心臓に一発。狙いに寸分の狂いもない。
「…………、」
 手ごたえあり。
 人体急所を狙う理由は単純。“こちらが弱点だと思っている場所は実際に弱点になるからだ”。
 我思う故に彼あり。この原則を戦闘に応用した結果である。
 その代わり、イメージした場所以外に攻撃が当ってしまった場合のデメリットもある。百発百中で当たり前。そういう意味で、今回の攻撃は申し分なかった。通じた。決まった。確信を得られる。

 ――――でも。
 ――――『幽霊』ごときと戦うための戦術が、
 ――――あの『悪魔』に通用するのか?

 そう、思ってしまったからかどうかは確かめようがない。
 けれど結果として、
“サーシャの魔術は全く効果を発揮しなかった”。
「……………………え?」
 芯を抜かれたような声が漏れる。それくらい目の前の光景には現実味がなかった。
 サーシャが撃った釘は、確かに『悪魔』に命中した。
 狙い通りの必殺の軌道で。
 なのに、『悪魔』は何事もなかったかのようにこちらを見返してきている。
 いや、本当に何事もなかった訳ではない。
 信じられないことだが、サーシャの目が確かなら、この『悪魔』は“砕けた額と喉と胸を一瞬で復元したのだ”。
 まるでビデオの巻き戻しみたいに。距離があるため明確なプロセスまではわからなかったが。

『悪魔』の少女は髪の乱れをほんの少し気にするそぶり“だけ”して、
「この程度の攻撃は……私には通用しません。私を殺すなら、今の二三○万倍は必要ですよ……?」
 諭すような哀れむような声色が癇に障る。
 けれど勝ち目がなくなったのは事実だ。絶対の確信を持って放った攻撃が破られたということは、“それ以降の攻撃はどう間違っても通用しなくなったということ”。
 それはつまり観測・被観測の相対関係が上下関係に変わってしまったことを意味する。
 対幽霊戦闘における最悪のシチュエーション。
 この瞬間、サーシャ=クロイツェフが『悪魔』に打ち勝てる可能性は、完全に潰えた。
「……………………………………………………………………………………、」
 なんて、無様。
 迅速な判断?
 馬鹿を言うんじゃない。単に怯えて来るな近寄るなと子供のように暴れただけじゃないか。
 ――コツ、コツ、と乾いた足音を立てて、『悪魔』の少女が近づいてくる。
 何のために。
 何のために苦しい訓練と辛い実戦を重ねてきたのか。
 ――コツ、と足音。
 子供のように暴れただけ。
 結局、私は、パーパとマーマを失ったあの日から何一つ変わってはいなかった!
 ――コツ、と足音。
「来るな……」
 銃を持つ手が震えているのが分かる。
 照準なんてとても合わせられないだろう。
 けれど、それ以外に何が出来る?
 無力な子供にすぎないサーシャ=クロイツェフに。他に何が出来る?
 ――コツ、と足音。
「来るなぁぁぁぁぁっ!!」
 引き金が絞られた。何度も何度も狂ったように。
 出鱈目に飛ぶ茨の釘。その内の一本が、たまたま偶然『悪魔』の頭に命中した。
 無意識にでも組んでいた術式の効果が、間近に迫っていた『悪魔』の頭蓋を砕き散らす。
 そして、サーシャは“見た”。

 彼女の術式で吹き飛んだ『悪魔』の頭。
 人間なら眼球と骨と肉と脳髄が詰まっているはずの場所には――何もなかった。
 見るもの全ての視線を吸い込み、奪わずにはいられないほどの、伽藍堂だった。

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