(二日目)10時55分
核シェルターR-177にある三つの非常エレベータの一つ、第二エレベータがあるフロア。トラックなども運搬可能のように設計されており、100人程度の人数を乗せられる大型エレベータである。
そのエレベータの重厚な扉が開かれ、老若男女問わず、多くの人々が溢れ出してきた。つまりは、主要な学校の生徒は全て避難が完了し、民間人の避難を優先しているということだ。重装備をしている『警備員(アンチスキル)』の要員も、一般人に交じってちらほらと避難している。このフロアから巨大ホールへと繋がる通路に、先ほどこのシェルターに来た人々はぞろぞろと移動する。しかし、巨大ホールには戻らず、エレベータの前で屯っている数百人の人々がいた。十数人の『警備員(アンチスキル)』がエレベータの重厚な扉の前に立っている。
数百人の人々は多くの罵声を彼らに浴びせていた。一発で人間を沈黙させるゴム弾を装備した自動小銃を装備していても、誰一人として怯む気配は無い。
「おいっ、勝手に避難させて何でワケ分かんねえトコロに連れてきてんだよ!」「我が子は、我が子は無事なんですか!?」「君ぃ、私を誰だと思っとるんだ!そこを開けて私を帰さんか!」などという様々な身勝手な発言が繰り返されていた。
無理もない、と思う。
突然の『第一級警報(コードレッド)』の発令。迅速すぎる『警備員(アンチスキル)』の連携。原因を全く説明されないまま、多くの人々は強制的に核シェルターへの避難へと移されたのだ。そして先ほどの地上の凄惨な光景。我が身に降りかかっている危機も分からない。パニックは徐々に広がりつつあった。
核シェルターR-177にある三つの非常エレベータの一つ、第二エレベータがあるフロア。トラックなども運搬可能のように設計されており、100人程度の人数を乗せられる大型エレベータである。
そのエレベータの重厚な扉が開かれ、老若男女問わず、多くの人々が溢れ出してきた。つまりは、主要な学校の生徒は全て避難が完了し、民間人の避難を優先しているということだ。重装備をしている『警備員(アンチスキル)』の要員も、一般人に交じってちらほらと避難している。このフロアから巨大ホールへと繋がる通路に、先ほどこのシェルターに来た人々はぞろぞろと移動する。しかし、巨大ホールには戻らず、エレベータの前で屯っている数百人の人々がいた。十数人の『警備員(アンチスキル)』がエレベータの重厚な扉の前に立っている。
数百人の人々は多くの罵声を彼らに浴びせていた。一発で人間を沈黙させるゴム弾を装備した自動小銃を装備していても、誰一人として怯む気配は無い。
「おいっ、勝手に避難させて何でワケ分かんねえトコロに連れてきてんだよ!」「我が子は、我が子は無事なんですか!?」「君ぃ、私を誰だと思っとるんだ!そこを開けて私を帰さんか!」などという様々な身勝手な発言が繰り返されていた。
無理もない、と思う。
突然の『第一級警報(コードレッド)』の発令。迅速すぎる『警備員(アンチスキル)』の連携。原因を全く説明されないまま、多くの人々は強制的に核シェルターへの避難へと移されたのだ。そして先ほどの地上の凄惨な光景。我が身に降りかかっている危機も分からない。パニックは徐々に広がりつつあった。
パァン!
唐突に、一発の銃声が鳴り響いた。その音によって、周囲には静寂が生まれる。
エレベータの扉を囲む『警備員(アンチスキル)』の中心に立つ小柄な男が、天井に向けて拳銃を発砲した。左手に携帯電話ほどの大きさの通信機に口をあてた。このフロアに設置されているスピーカーから、低い男の声が流れた。
『静かにしろ。これ以上の行為は緊急処置として、手段を選ばない』
『警備員(アンチスキル)』らしからぬ、取り繕う素振りすら無い命令口調が響き渡った。
その言葉を理解するや否や、人々は敵意ある視線を『警備員(アンチスキル)』に送った。
一人、威勢のいい不良少年が、「てめえぇ!!」と叫びながら、その声の主に掴みかかろうとした。その瞬間、
パァン、と。
少年の右足が撃ち抜かれた。
再度の発砲と、崩れ堕ちる少年の姿に、周囲の人々は声を上げた。
「きゃあああああああああああああああああ!!」
地面に這いつくばる少年。風体に似合わない醜態を曝しながら、右足を押さえて悲鳴を上げていた。押さえている右足から赤い血が溢れ出した。
「お、おいっ!!何してんだ!なぜ撃った!?」
数人の男女が負傷した少年のもとに駆けつけ、発砲した『警備員(アンチスキル)』を睨みつけた。しかし、少年を撃った人間を見るや否や、背筋に悪寒が走った。
まるで動物の死骸を見るような視線。
その少年に見向きもせずに、一人の『警備員(アンチスキル)』は硝煙を吹く拳銃を前方に向けた。その後に続くように、他のメンバーは腰を下げ、一斉に自動小銃を人々に構える。突如として沈黙していた『警備員(アンチスキル)』が牙をむいた。
凍り付いた人々に、機械音の低い声が静寂を支配した。
エレベータの扉を囲む『警備員(アンチスキル)』の中心に立つ小柄な男が、天井に向けて拳銃を発砲した。左手に携帯電話ほどの大きさの通信機に口をあてた。このフロアに設置されているスピーカーから、低い男の声が流れた。
『静かにしろ。これ以上の行為は緊急処置として、手段を選ばない』
『警備員(アンチスキル)』らしからぬ、取り繕う素振りすら無い命令口調が響き渡った。
その言葉を理解するや否や、人々は敵意ある視線を『警備員(アンチスキル)』に送った。
一人、威勢のいい不良少年が、「てめえぇ!!」と叫びながら、その声の主に掴みかかろうとした。その瞬間、
パァン、と。
少年の右足が撃ち抜かれた。
再度の発砲と、崩れ堕ちる少年の姿に、周囲の人々は声を上げた。
「きゃあああああああああああああああああ!!」
地面に這いつくばる少年。風体に似合わない醜態を曝しながら、右足を押さえて悲鳴を上げていた。押さえている右足から赤い血が溢れ出した。
「お、おいっ!!何してんだ!なぜ撃った!?」
数人の男女が負傷した少年のもとに駆けつけ、発砲した『警備員(アンチスキル)』を睨みつけた。しかし、少年を撃った人間を見るや否や、背筋に悪寒が走った。
まるで動物の死骸を見るような視線。
その少年に見向きもせずに、一人の『警備員(アンチスキル)』は硝煙を吹く拳銃を前方に向けた。その後に続くように、他のメンバーは腰を下げ、一斉に自動小銃を人々に構える。突如として沈黙していた『警備員(アンチスキル)』が牙をむいた。
凍り付いた人々に、機械音の低い声が静寂を支配した。
『緊急措置としての発砲許可が下されている。すなわち、それほどの未曽有の事態だということだ。直ちにホールに戻れ。二度の警告は無い。』
発砲許可。
その言葉に、人々は息を飲んだ。銃を構える『警備員(アンチスキル)』の顔にも動揺の表情が浮かんでいない。兵士のように、ただ、人々を冷たい瞳で見つめていた。人差し指にかかるトリガーがいつ引かれてもおかしくない。
その光景に、武器を持たない人々は成す術も無かった。耳を塞ぎたくなるほどの大声や罵声が一瞬にして消えた。足を撃たれた少年でさえ、声を殺して必死に痛みに耐えていた。その嗚咽だけが、この巨大なフロアに響き渡っていた。
しかし、その静寂は一瞬の内にして、打ち砕かれることになる。
ズドン!
青白い電撃の槍が、中心にいた一人の『警備員(アンチスキル)』に直撃した。周囲にいた『警備員(アンチスキル)』よりも一回り小さい男であるが、まるで風に吹かれた紙キレのように吹き飛ばされる。鈍い音を立てて、エレベータの重厚な壁に激突し、崩れ落ちた。
機械音に変換された衝撃音が、スピーカーから流れ、途中で切れた。
吹き飛ばされた男は『警備員(アンチスキル)』のこの場の指揮官であり、先ほど少年を撃った人物である。頭を垂れ、装備の貴金属からは、小さな煙が上がっていた。
「なっ……!!」
突然の事態に、周りの民衆どころか『警備員(アンチスキル)』まで動揺した。遅れて空気を切る衝撃波が生じた。その危険を本能で察知した人々は、悲鳴を上げながら、その場を離れた。
一瞬の内にパニックに陥った。
子供は泣きだし、甲高い悲鳴を上げる女もいた。大の男たちも何が何だか分からずに、大声を上げた。『警備員(アンチスキル)』も、指揮官の負傷で、指揮系統が乱れ、銃を人々に向けながらも、それ以上の行動を起こすことが出来なかった。
そんな中、数百人という人間で犇めき合っていた空間に、一筋の通路が形成される。
その道を、悠然と歩く一人の少女がいた。
背丈ほどの長い漆黒のマントを纏う一人の少女が。
少女の頭に、青白い火花が散った。
その光景を見た『警備員(アンチスキル)』が、即座に反応する。
自動小銃を構え、グリップを強く握りながら腰を落とした。『警備員(アンチスキル)』たちの間に緊張が走る。
『止まれ!!』
大声に反応したのはその少女でなく、周囲の人々だった。ビクリ、と肩を震わせ、その場に立ちすくむ。大声を上げていた人々もすぐに声を殺した。
しかし、その少女は歩みを止めなかった。
歩調を緩めることなく、悠然と、ただ前に進み、淡々と距離を縮めていく。
『警備員(アンチスキル)』は歯を食いしばり、大声を張り上げた。
『そこの女子生徒!お前だ!止まれ!!それ以上近づくと撃つぞ!!』
初めて気づいたのか。いや、そうではなく、自分の意思で、その少女は足を止めた。
その声の先に立つ一人の少女に『警備員(アンチスキル)』だけでは無く、周りにいた人々も一斉に目を向けた。視線の先に立つのは、一人の美少女だった。
腰まである茶色いロングヘアーを靡かせ、身長は一七〇センチ弱の背丈。ベージュ色のブレザーに紺色のプリーツスカートを穿いている。マントのような黒のコートを羽織っている。茶色の瞳に強い意志を宿した、可憐な美少女がそこにいた。
一瞬、人々は息を止めてその姿に見とれてしまった。それほどまでに彼女は。御坂美琴は美しかったのだ。
そんな空気を壊すように、一人の『警備員(アンチスキル)』が声を上げる。
『その制服、常盤台だな?『電撃使い(エレクトロマスター)』の高位能力者か。さっき攻撃を仕掛けたのは、お前か?』
底冷えのする言葉と共に、強い視線を少女に向けた。
だが、表情を変えずに美琴は返事をした。
「ええ、そうよ。私がやったわ」
あまりにも素直な返事に、人々は呆気にとられた。誰も言葉を投げかけられなかった。『警備員(アンチスキル)』も一瞬呆けていたが即座に敵を認識し、言葉を紡ぐ。
『…なぜ能力が使える?AIMジャマーが作動しているこのエリアで』
避難などといった突発的な事態に人々は強いストレスに晒される。その時、力のある能力者がパニックに陥り、暴走を起こさぬよう、シェルター内の制御機器装置のあるエリアや避難エレベータ付近の周囲はAIMジャマーが施されている。それは複雑な演算を用いる高位能力者であればあるほど、その影響は大きい。しかし、その状況下で、御坂美琴は大規模な能力の使用を行ったのだ。当然の疑問である。
その言葉を聞いた御坂美琴は右手を腰に当てると、溜息をついた。
「…貴方、周りを見てみなさいよ」
この大きなフロアの端に設置されているAIMジャマーを行う電波装置を見た。メーターが表示されるディスプレイの電源が落ちており、作動している気配は無い。
そして、今の目の前にいる少女は『電撃使い(エレクトロマスター)』の高位能力者。
すなわち、
『お前、自分が何をしたのか分かっているのか?これはもうイタズラ程度ではすまされないんだぞ』
明らかに怒気を含んだ言葉。しかし、美琴はそんなことにも臆せず、平然と言葉を返した。
「ええ、私が何をしたのか。それが一体どのような事なのか。自分の立場も分かった上で言っているわ」
御坂美琴は少し首を傾げると、誰もが惹かれるような笑顔で言った。
「そこをどいていただけますか?」
今度こそ、人々は絶句した。『警備員(アンチスキル)』にも、彼女を説得するのは無理だと理解した。周囲の人々は巻き込まれるのを恐れ、大ホールに繋がる道を美琴が阻むように立っているので逃れることも出来ない。人々は文句を言うのも忘れ、左右の壁際に散らばった。『警備員(アンチスキル)』が銃口を向ける直線上にいるのは御坂美琴ただ一人。
自分が置かれている状況を把握すると、美琴は思わず笑ってしまった。
『何か可笑しい!気でも狂ったか!?』
男の叫び声ですら、美琴の嘲笑は消えない。
本当に笑ってしまう。銃という武器で、優位性に浸る大人たちがあまりにも滑稽だったのだ。『異能力者(レベル2)』で粋がる不良たちはまだ分かる。彼らは子供なのだ。手に入れた力で身勝手な行動をしたい気持ちは少しは理解できる。しかし、今目の前にいる武装をした人々は立派な大人なのだ。そんな分別のある大人が、銃という武器を持っているせいで、『暴力としての優位性が一体どちらにあるのか』ということを見誤っているという現実に笑いがこらえきれなかった。
御坂美琴はその現実を、大人たちに突き付けた。
その言葉に、人々は息を飲んだ。銃を構える『警備員(アンチスキル)』の顔にも動揺の表情が浮かんでいない。兵士のように、ただ、人々を冷たい瞳で見つめていた。人差し指にかかるトリガーがいつ引かれてもおかしくない。
その光景に、武器を持たない人々は成す術も無かった。耳を塞ぎたくなるほどの大声や罵声が一瞬にして消えた。足を撃たれた少年でさえ、声を殺して必死に痛みに耐えていた。その嗚咽だけが、この巨大なフロアに響き渡っていた。
しかし、その静寂は一瞬の内にして、打ち砕かれることになる。
ズドン!
青白い電撃の槍が、中心にいた一人の『警備員(アンチスキル)』に直撃した。周囲にいた『警備員(アンチスキル)』よりも一回り小さい男であるが、まるで風に吹かれた紙キレのように吹き飛ばされる。鈍い音を立てて、エレベータの重厚な壁に激突し、崩れ落ちた。
機械音に変換された衝撃音が、スピーカーから流れ、途中で切れた。
吹き飛ばされた男は『警備員(アンチスキル)』のこの場の指揮官であり、先ほど少年を撃った人物である。頭を垂れ、装備の貴金属からは、小さな煙が上がっていた。
「なっ……!!」
突然の事態に、周りの民衆どころか『警備員(アンチスキル)』まで動揺した。遅れて空気を切る衝撃波が生じた。その危険を本能で察知した人々は、悲鳴を上げながら、その場を離れた。
一瞬の内にパニックに陥った。
子供は泣きだし、甲高い悲鳴を上げる女もいた。大の男たちも何が何だか分からずに、大声を上げた。『警備員(アンチスキル)』も、指揮官の負傷で、指揮系統が乱れ、銃を人々に向けながらも、それ以上の行動を起こすことが出来なかった。
そんな中、数百人という人間で犇めき合っていた空間に、一筋の通路が形成される。
その道を、悠然と歩く一人の少女がいた。
背丈ほどの長い漆黒のマントを纏う一人の少女が。
少女の頭に、青白い火花が散った。
その光景を見た『警備員(アンチスキル)』が、即座に反応する。
自動小銃を構え、グリップを強く握りながら腰を落とした。『警備員(アンチスキル)』たちの間に緊張が走る。
『止まれ!!』
大声に反応したのはその少女でなく、周囲の人々だった。ビクリ、と肩を震わせ、その場に立ちすくむ。大声を上げていた人々もすぐに声を殺した。
しかし、その少女は歩みを止めなかった。
歩調を緩めることなく、悠然と、ただ前に進み、淡々と距離を縮めていく。
『警備員(アンチスキル)』は歯を食いしばり、大声を張り上げた。
『そこの女子生徒!お前だ!止まれ!!それ以上近づくと撃つぞ!!』
初めて気づいたのか。いや、そうではなく、自分の意思で、その少女は足を止めた。
その声の先に立つ一人の少女に『警備員(アンチスキル)』だけでは無く、周りにいた人々も一斉に目を向けた。視線の先に立つのは、一人の美少女だった。
腰まである茶色いロングヘアーを靡かせ、身長は一七〇センチ弱の背丈。ベージュ色のブレザーに紺色のプリーツスカートを穿いている。マントのような黒のコートを羽織っている。茶色の瞳に強い意志を宿した、可憐な美少女がそこにいた。
一瞬、人々は息を止めてその姿に見とれてしまった。それほどまでに彼女は。御坂美琴は美しかったのだ。
そんな空気を壊すように、一人の『警備員(アンチスキル)』が声を上げる。
『その制服、常盤台だな?『電撃使い(エレクトロマスター)』の高位能力者か。さっき攻撃を仕掛けたのは、お前か?』
底冷えのする言葉と共に、強い視線を少女に向けた。
だが、表情を変えずに美琴は返事をした。
「ええ、そうよ。私がやったわ」
あまりにも素直な返事に、人々は呆気にとられた。誰も言葉を投げかけられなかった。『警備員(アンチスキル)』も一瞬呆けていたが即座に敵を認識し、言葉を紡ぐ。
『…なぜ能力が使える?AIMジャマーが作動しているこのエリアで』
避難などといった突発的な事態に人々は強いストレスに晒される。その時、力のある能力者がパニックに陥り、暴走を起こさぬよう、シェルター内の制御機器装置のあるエリアや避難エレベータ付近の周囲はAIMジャマーが施されている。それは複雑な演算を用いる高位能力者であればあるほど、その影響は大きい。しかし、その状況下で、御坂美琴は大規模な能力の使用を行ったのだ。当然の疑問である。
その言葉を聞いた御坂美琴は右手を腰に当てると、溜息をついた。
「…貴方、周りを見てみなさいよ」
この大きなフロアの端に設置されているAIMジャマーを行う電波装置を見た。メーターが表示されるディスプレイの電源が落ちており、作動している気配は無い。
そして、今の目の前にいる少女は『電撃使い(エレクトロマスター)』の高位能力者。
すなわち、
『お前、自分が何をしたのか分かっているのか?これはもうイタズラ程度ではすまされないんだぞ』
明らかに怒気を含んだ言葉。しかし、美琴はそんなことにも臆せず、平然と言葉を返した。
「ええ、私が何をしたのか。それが一体どのような事なのか。自分の立場も分かった上で言っているわ」
御坂美琴は少し首を傾げると、誰もが惹かれるような笑顔で言った。
「そこをどいていただけますか?」
今度こそ、人々は絶句した。『警備員(アンチスキル)』にも、彼女を説得するのは無理だと理解した。周囲の人々は巻き込まれるのを恐れ、大ホールに繋がる道を美琴が阻むように立っているので逃れることも出来ない。人々は文句を言うのも忘れ、左右の壁際に散らばった。『警備員(アンチスキル)』が銃口を向ける直線上にいるのは御坂美琴ただ一人。
自分が置かれている状況を把握すると、美琴は思わず笑ってしまった。
『何か可笑しい!気でも狂ったか!?』
男の叫び声ですら、美琴の嘲笑は消えない。
本当に笑ってしまう。銃という武器で、優位性に浸る大人たちがあまりにも滑稽だったのだ。『異能力者(レベル2)』で粋がる不良たちはまだ分かる。彼らは子供なのだ。手に入れた力で身勝手な行動をしたい気持ちは少しは理解できる。しかし、今目の前にいる武装をした人々は立派な大人なのだ。そんな分別のある大人が、銃という武器を持っているせいで、『暴力としての優位性が一体どちらにあるのか』ということを見誤っているという現実に笑いがこらえきれなかった。
御坂美琴はその現実を、大人たちに突き付けた。
「ハッ。『警備員(アンチスキル)』ごときが。『超能力者(レベル5)』第一位のこの私を止められるとでも?」
その言葉に、周囲は驚愕の声を上げた。
『だ、第一位!?まさかお前、『超電磁砲(レールガン)』か!?』
ザワッ!!と、その言葉に周囲が騒ぎだした。
それもそのはず。能力開発が行われる学園都市で『超能力者(レベル5)』は、全ての人々が憧れる存在。今年に入って『絶対能力者(レベル6)』の存在が報道されたが、上条当麻と『一方通行(アクセラレータ)』の事が機密事項であるため、一般の人々には今一理解にかけていた。大多数の人々にとっては『超能力者(レベル5)』こそ学園都市最強の称号だった。その第一位となれば、なおさらである。
「あ、あの人が第一位?」「うっそ、マジ?」「あの娘が?マジかよ!めっちゃカワいくね!?」「写メ、写メ!」「『超能力者(レベル5)』って初めて見た…」
そんな声が周囲に飛び交っていた。好奇な視線に晒される中、御坂美琴は顔色一つ変えなかった。
戦慄する『警備員(アンチスキル)』たち。だが、エレベータの警備を任されている以上、身を引くわけにはいかない。結果は目に見えていた。しかし、自分たちではどうすることも出来ない。
ならば、交渉しかない。言葉だけで彼女を説得するしかない。それ以上の手段は残されていなかった。けれど、頭でそれを理解していても、感情を抑えることは容易では無い。
『お前、死にたいのか?!』
思わず彼は叫んでしまった。それが相手に不快感を与えることが分かっていても、力では敵わない相手だと分かっていても。
御坂美琴はそれを察していた。
『警備員(アンチスキル)』たちも、今起きている事態がどんなものかを把握していない。説明しても納得できないだろう。上層部の命令に従っているだけだ。『警備員(アンチスキル)』の人々も不安で胸が押しつぶされそうになっているはずだ。
けれど御坂美琴は違う。彼女はその情報を知っている当事者なのだ。そしてそれを知っている以上、私は関わらねばならない。愛しい彼がまた巻き込まれているのだ。そこでただ指を咥えているだけの女など、彼には相応しくない。そんな想いが彼女を突き動かしていた。
そんな我儘で自己中心的な意見を推し進めるには、この方法を取らざるを得なかったのだ。
白井黒子の『空間移動(テレポート)』を使ってエレベータ内に侵入し、美琴の能力で勝手に動かすつもりだったのだが、エレベータ内にもAIMジャマーが設置されているので、容易に入ることは不可能だった。だからこそ、正面からの実力行使しか無かったのである。内心で、『警備員(アンチスキル)』に詫びを入れつつも、行動に出たのだ。刻々と事態が変化している中、安全な場所で手をこまねいている暇などない。一秒でも早く、地上に戻らねば。人々を運び終えるまで、地上に上がる機会を待っていたのだ。
だが、そんなことは表情には決して出さず、美琴は不敵な笑みを浮かべた。
「もう一度言います」
身構える『警備員(アンチスキル)』。けれど、自分の道を邪魔するやつは容赦しない。彼への想いだけが、彼女の強靭な理性や良心を押し潰し、行動に走らせた。心の隅に宿る、道義に反する行為の背徳感に身が震えつつも、彼女は言葉を紡いだ。
『だ、第一位!?まさかお前、『超電磁砲(レールガン)』か!?』
ザワッ!!と、その言葉に周囲が騒ぎだした。
それもそのはず。能力開発が行われる学園都市で『超能力者(レベル5)』は、全ての人々が憧れる存在。今年に入って『絶対能力者(レベル6)』の存在が報道されたが、上条当麻と『一方通行(アクセラレータ)』の事が機密事項であるため、一般の人々には今一理解にかけていた。大多数の人々にとっては『超能力者(レベル5)』こそ学園都市最強の称号だった。その第一位となれば、なおさらである。
「あ、あの人が第一位?」「うっそ、マジ?」「あの娘が?マジかよ!めっちゃカワいくね!?」「写メ、写メ!」「『超能力者(レベル5)』って初めて見た…」
そんな声が周囲に飛び交っていた。好奇な視線に晒される中、御坂美琴は顔色一つ変えなかった。
戦慄する『警備員(アンチスキル)』たち。だが、エレベータの警備を任されている以上、身を引くわけにはいかない。結果は目に見えていた。しかし、自分たちではどうすることも出来ない。
ならば、交渉しかない。言葉だけで彼女を説得するしかない。それ以上の手段は残されていなかった。けれど、頭でそれを理解していても、感情を抑えることは容易では無い。
『お前、死にたいのか?!』
思わず彼は叫んでしまった。それが相手に不快感を与えることが分かっていても、力では敵わない相手だと分かっていても。
御坂美琴はそれを察していた。
『警備員(アンチスキル)』たちも、今起きている事態がどんなものかを把握していない。説明しても納得できないだろう。上層部の命令に従っているだけだ。『警備員(アンチスキル)』の人々も不安で胸が押しつぶされそうになっているはずだ。
けれど御坂美琴は違う。彼女はその情報を知っている当事者なのだ。そしてそれを知っている以上、私は関わらねばならない。愛しい彼がまた巻き込まれているのだ。そこでただ指を咥えているだけの女など、彼には相応しくない。そんな想いが彼女を突き動かしていた。
そんな我儘で自己中心的な意見を推し進めるには、この方法を取らざるを得なかったのだ。
白井黒子の『空間移動(テレポート)』を使ってエレベータ内に侵入し、美琴の能力で勝手に動かすつもりだったのだが、エレベータ内にもAIMジャマーが設置されているので、容易に入ることは不可能だった。だからこそ、正面からの実力行使しか無かったのである。内心で、『警備員(アンチスキル)』に詫びを入れつつも、行動に出たのだ。刻々と事態が変化している中、安全な場所で手をこまねいている暇などない。一秒でも早く、地上に戻らねば。人々を運び終えるまで、地上に上がる機会を待っていたのだ。
だが、そんなことは表情には決して出さず、美琴は不敵な笑みを浮かべた。
「もう一度言います」
身構える『警備員(アンチスキル)』。けれど、自分の道を邪魔するやつは容赦しない。彼への想いだけが、彼女の強靭な理性や良心を押し潰し、行動に走らせた。心の隅に宿る、道義に反する行為の背徳感に身が震えつつも、彼女は言葉を紡いだ。
「そこをどいていただけますか?」
引き金を引いた。
その瞬間、無数の銃声が鳴り響いた。
その瞬間、無数の銃声が鳴り響いた。
(二日目)11時22分
第三学区にある、とある大企業の高層ビルの一室。第三学区の全景を見渡せるガラス張りの大きな部屋。IT企業の社長室のような部屋で、モダンな家具やデスクが備えられている。
避難が完了し、外部にもビルの内部にも人はいないはずだ。
だが、その一室に人はいた。
大きなデスクに、幾つものパソコンや電子機器を置いてあり、束になったプリント、一ピースのショートケーキと、飲みかけのコーヒーが入っている紙コップがパソコンの前に並んでいた。モニターの光と室内の照明で、暗幕で閉め切られた部屋は、昼時にも関わらず夜の雰囲気を漂わせていた。大きなソファには黒のスーツを着込んだ一人の黒髪の少女が寝そべっている。
名前を雲川芹亜という。
彼女は携帯電話を片手に、ソファに悠然と体を傾けていた。
電話越しに男の怒号が聞こえた。その声が部屋中に響き渡っていた。
相手の男は貝積継敏。学園都市統括理事会のメンバーである。
『一体どうなっている!?なぜここまでの大規模な『戦争』を私は知らされなかったのだ!?』
片手で髪をかき上げながら雲川芹亜は言う。
「貴方だけじゃ無い。他の九人の統括理事会のメンバーも知らなかった。まさに寝耳に水ってやつだけど、今回の件は学園長と親船最中で極秘裏に進められた『避難』にしか過ぎない」
電話の先では大声を上げる。学園都市統括理事会の一員でもある大物が。
『何だと!?』
「はっはっは。最中の権力は随分と強くなったものだな。彼女の預かり知らぬ所で権力が増してしまったことなど知りもせずに、な」
雲川に本当のことを言われて、相手は押し黙るしか無かった。
「結局、正攻法でやってきた者が勝つのかね。小細工を好まない親船最中がアレイスターの次に強力な権力を持ってしまったのは統括理事会の不測の事態らしいけど。一般的に見てしまえば当然の帰結とも言えるけど」
大人相手に人生を諭すような哲学を聞かせ、雲川は皮肉交じりに相手を笑った。
『…何故、私に知らせなかった?』
声に秘められた怒気が電話ごしに伝わってくる。
遊び過ぎたかな。と心で雲川は思いつつも、平坦な声で返事をした。
「少し冷静になれ。いつものお前なら安易に想像がつくはずだけど」
『…また『幻想殺し(イマジンブレイカー)』か!』
「そういうこと。今は『魔神』で通ってるけど」
雲川は話を続ける。貝積継敏の耳障りな舌打ちが、電話の雑音となって混じる。
避難が完了し、外部にもビルの内部にも人はいないはずだ。
だが、その一室に人はいた。
大きなデスクに、幾つものパソコンや電子機器を置いてあり、束になったプリント、一ピースのショートケーキと、飲みかけのコーヒーが入っている紙コップがパソコンの前に並んでいた。モニターの光と室内の照明で、暗幕で閉め切られた部屋は、昼時にも関わらず夜の雰囲気を漂わせていた。大きなソファには黒のスーツを着込んだ一人の黒髪の少女が寝そべっている。
名前を雲川芹亜という。
彼女は携帯電話を片手に、ソファに悠然と体を傾けていた。
電話越しに男の怒号が聞こえた。その声が部屋中に響き渡っていた。
相手の男は貝積継敏。学園都市統括理事会のメンバーである。
『一体どうなっている!?なぜここまでの大規模な『戦争』を私は知らされなかったのだ!?』
片手で髪をかき上げながら雲川芹亜は言う。
「貴方だけじゃ無い。他の九人の統括理事会のメンバーも知らなかった。まさに寝耳に水ってやつだけど、今回の件は学園長と親船最中で極秘裏に進められた『避難』にしか過ぎない」
電話の先では大声を上げる。学園都市統括理事会の一員でもある大物が。
『何だと!?』
「はっはっは。最中の権力は随分と強くなったものだな。彼女の預かり知らぬ所で権力が増してしまったことなど知りもせずに、な」
雲川に本当のことを言われて、相手は押し黙るしか無かった。
「結局、正攻法でやってきた者が勝つのかね。小細工を好まない親船最中がアレイスターの次に強力な権力を持ってしまったのは統括理事会の不測の事態らしいけど。一般的に見てしまえば当然の帰結とも言えるけど」
大人相手に人生を諭すような哲学を聞かせ、雲川は皮肉交じりに相手を笑った。
『…何故、私に知らせなかった?』
声に秘められた怒気が電話ごしに伝わってくる。
遊び過ぎたかな。と心で雲川は思いつつも、平坦な声で返事をした。
「少し冷静になれ。いつものお前なら安易に想像がつくはずだけど」
『…また『幻想殺し(イマジンブレイカー)』か!』
「そういうこと。今は『魔神』で通ってるけど」
雲川は話を続ける。貝積継敏の耳障りな舌打ちが、電話の雑音となって混じる。
「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は『原石』というより『パンドラの箱』だったな」
『…ああ、確かにな。先の『戦争』にしてもそうだったな。『一方通行(アクセラレータ)』は『絶対能力者(レベル6)』というには不十分だが…』
「逆に上条当麻は『絶対能力者(レベル6)』という範囲を逸脱している。それほど彼は強い。この二人の戦いを『戦争』といわずして何と呼ぶ?」
『この被害状況から見てもそうだな…』
雲川は衛星から送られてきた情報をもとに、被害状況をメインコンピュータに演算させ、随時更新されるグラフで確認していた。
第二三学区の壊滅的な被害。第一八学区の被害も再建の目途すら立たないほどの状況。
それに続いて第一〇、一一、二二学区の被害も余波で深刻だ。衛星から送られてくる画像に、たった数秒単位で数キロ範囲の建物が消滅するというショッキングな画像もある。被害想定額は既に兆単位に昇っていた。
「そっちはどうなっている?」
『…口論のサウナ状態だ。困惑しているよ。『神の世界(ヴァルハラ)』の『干渉者(コンタクター)』同士の戦いを止められるものなど、この世に存在しないからな』
「―――くっ」
その言葉に、雲川芹亜は笑い出してしまった。
「ああっはははははははっ!!『神の世界(ヴァルハラ)』の『干渉者(コンタクター)』だと?そんな不可解な理屈でお前らは納得しているのか?統括理事会も落ちぶれたものだな」
『…何を言っている?』
「まさか本当に、あの二人が『神の世界(ヴァルハラ)』の『干渉者(コンタクター)』だから重宝されているとでも思っているのか?」
雲川は口を大きく開いて言った。
「逆だ」
『逆、だと?』
「逆に上条当麻は『絶対能力者(レベル6)』という範囲を逸脱している。それほど彼は強い。この二人の戦いを『戦争』といわずして何と呼ぶ?」
『この被害状況から見てもそうだな…』
雲川は衛星から送られてきた情報をもとに、被害状況をメインコンピュータに演算させ、随時更新されるグラフで確認していた。
第二三学区の壊滅的な被害。第一八学区の被害も再建の目途すら立たないほどの状況。
それに続いて第一〇、一一、二二学区の被害も余波で深刻だ。衛星から送られてくる画像に、たった数秒単位で数キロ範囲の建物が消滅するというショッキングな画像もある。被害想定額は既に兆単位に昇っていた。
「そっちはどうなっている?」
『…口論のサウナ状態だ。困惑しているよ。『神の世界(ヴァルハラ)』の『干渉者(コンタクター)』同士の戦いを止められるものなど、この世に存在しないからな』
「―――くっ」
その言葉に、雲川芹亜は笑い出してしまった。
「ああっはははははははっ!!『神の世界(ヴァルハラ)』の『干渉者(コンタクター)』だと?そんな不可解な理屈でお前らは納得しているのか?統括理事会も落ちぶれたものだな」
『…何を言っている?』
「まさか本当に、あの二人が『神の世界(ヴァルハラ)』の『干渉者(コンタクター)』だから重宝されているとでも思っているのか?」
雲川は口を大きく開いて言った。
「逆だ」
『逆、だと?』
「能力者全員は『神の世界(ヴァルハラ)』の『干渉者(コンタクター)』だ」
次の瞬間、相手側が叫んだ。
『ふざけるな!貴様こそ何を根拠に言っている!?』
彼の反応を予測出来ていた雲川は淡々とした口調で言葉を紡いだ。
『ふざけるな!貴様こそ何を根拠に言っている!?』
彼の反応を予測出来ていた雲川は淡々とした口調で言葉を紡いだ。
「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』だ」
『ッ!?』
「彼の能力は特に奇妙だとは思わなかったか?例えばだ。魔術であれ機械であれ、生み出された炎は何の違いもない。火は酸素の助燃性の下に可燃物を燃焼する。生み出された電気や水もプロセスの違いはあれ、性質は同様だ。
超能力や魔術で発生した火は打ち消せるが、燃えうつった火や、ライターの火では打ち消せないどころか、火傷をしてしまう。では一体『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は何を打ち消しているのか」
「彼の能力は特に奇妙だとは思わなかったか?例えばだ。魔術であれ機械であれ、生み出された炎は何の違いもない。火は酸素の助燃性の下に可燃物を燃焼する。生み出された電気や水もプロセスの違いはあれ、性質は同様だ。
超能力や魔術で発生した火は打ち消せるが、燃えうつった火や、ライターの火では打ち消せないどころか、火傷をしてしまう。では一体『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は何を打ち消しているのか」
「それは簡単。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は『神の物質(ゴッドマター)』を打ち消しているんだよ」
『何だと!?』
「やはり知らなかったか。それでは『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の真の能力も。魔術と超能力が何たるか。それすらも知らないようだな」
『『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の真の能力だと!?異能の力を打ち消すだけでは無いのか!?』
まるで目の前に相手がいるように、雲川芹亜は首を横に振った。
彼女の目には数字が羅列されたモニターが写っていた。
「いいや。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は『神の物質(ゴッドマター)』を打ち消す能力しか無い」
彼女は笑いを含ませながら、口に飴を一つ入れた。カリ、コリと小さな音がする。
「…まあいい。一から説明してやろう。まず魔術と超能力についてだ。超能力は魔術回路を固定した固有魔術と(カリ)言われているが、これは本当だ。しかしな。アレイスターと同様の魔術回路が開(カリ)発されているわけじゃない。
カリキュラムは『神の世界(ヴァルハラ)』と『接続(アクセス)』す(コリ)るための魔術回路を脳に刻み込むた(パキ)めのものだ」
『…早く飲み込め。それで、『神の世界(ヴァルハラ)』との『接続(アクセス)』だと?そんなことをしてしまえば、開発を受けた人間は皆、魂が『神の世界(ヴァルハラ)』に取り込まれてしまい、死んでしまうのではないのか?』
「(ゴックン)その通りだ。『一方通行(アクセラレータ)』ですら巨大コンピュター『マザー』のプログラムを使用しなければ、すぐに取り込まれてしまう。シンクロ率も2,0パーセントが限界。
だから、『神の世界(ヴァルハラ)』に近づくだけでもいいのさ。近づけばそれだけで能力が発現し、また『神の世界(ヴァルハラ)』に近かければ近いほど、能力の質と威力はあがる」
『…ますます理解に苦しむな。では能力の差異はどうやって決まるというのだ?』
「魂の形だ。人の形成する人格に反映する。この時点ですでに能力がどのようなものかは決まっているんだ。いくら『無能力者(レベル0)』でも多少の能力は発現するだろう?
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を除く『原石』はすでに魔術回路が固定されているから、開発を受けても変化することは無い。
また、能力の発現だが、これは魂が『神の世界(ヴァルハラ)』との共振によって『神の世界(ヴァルハラ)』から漏れ出した『神の物質(ゴッドマター)』を、魂によって変換させる。それが炎であったり電気であったりするわけで、そうして初めて現実世界に発生する」
『?『神の物質(ゴッドマター)』は現実には存在できないのか?』
「ああ、特例を除いてね。
『神の物質(ゴッドマター)』の性質は名の通りだ。
『人の思考によって性質が変化する』物質だ。人はこれを『賢者の石』とも呼ぶな。しかし、これは色に例えるなら無だ。何か着色しなければそれは無いのものと同じだからな」
「特例というのは何だ?」
「やはり知らなかったか。それでは『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の真の能力も。魔術と超能力が何たるか。それすらも知らないようだな」
『『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の真の能力だと!?異能の力を打ち消すだけでは無いのか!?』
まるで目の前に相手がいるように、雲川芹亜は首を横に振った。
彼女の目には数字が羅列されたモニターが写っていた。
「いいや。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は『神の物質(ゴッドマター)』を打ち消す能力しか無い」
彼女は笑いを含ませながら、口に飴を一つ入れた。カリ、コリと小さな音がする。
「…まあいい。一から説明してやろう。まず魔術と超能力についてだ。超能力は魔術回路を固定した固有魔術と(カリ)言われているが、これは本当だ。しかしな。アレイスターと同様の魔術回路が開(カリ)発されているわけじゃない。
カリキュラムは『神の世界(ヴァルハラ)』と『接続(アクセス)』す(コリ)るための魔術回路を脳に刻み込むた(パキ)めのものだ」
『…早く飲み込め。それで、『神の世界(ヴァルハラ)』との『接続(アクセス)』だと?そんなことをしてしまえば、開発を受けた人間は皆、魂が『神の世界(ヴァルハラ)』に取り込まれてしまい、死んでしまうのではないのか?』
「(ゴックン)その通りだ。『一方通行(アクセラレータ)』ですら巨大コンピュター『マザー』のプログラムを使用しなければ、すぐに取り込まれてしまう。シンクロ率も2,0パーセントが限界。
だから、『神の世界(ヴァルハラ)』に近づくだけでもいいのさ。近づけばそれだけで能力が発現し、また『神の世界(ヴァルハラ)』に近かければ近いほど、能力の質と威力はあがる」
『…ますます理解に苦しむな。では能力の差異はどうやって決まるというのだ?』
「魂の形だ。人の形成する人格に反映する。この時点ですでに能力がどのようなものかは決まっているんだ。いくら『無能力者(レベル0)』でも多少の能力は発現するだろう?
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を除く『原石』はすでに魔術回路が固定されているから、開発を受けても変化することは無い。
また、能力の発現だが、これは魂が『神の世界(ヴァルハラ)』との共振によって『神の世界(ヴァルハラ)』から漏れ出した『神の物質(ゴッドマター)』を、魂によって変換させる。それが炎であったり電気であったりするわけで、そうして初めて現実世界に発生する」
『?『神の物質(ゴッドマター)』は現実には存在できないのか?』
「ああ、特例を除いてね。
『神の物質(ゴッドマター)』の性質は名の通りだ。
『人の思考によって性質が変化する』物質だ。人はこれを『賢者の石』とも呼ぶな。しかし、これは色に例えるなら無だ。何か着色しなければそれは無いのものと同じだからな」
「特例というのは何だ?」
「その特例こそが『絶対能力(レベル6)』の正体さ。『絶対能力(レベル6)』とは『神の物質(ゴッドマター)』を無色のまま、現実に引き出せる能力を指すんだ」
『……ふむ』
「『神の物質(ゴッドマター)』で自身の周囲を満たし、物事を自分の思い通りに動かし、作り変えることができる。これが『絶対能力(レベル6)』だ」
『だから『一方通行(アクセラレータ)』は不完全な『絶対能力(レベル6)』と言われているわけか…』
「『超能力者(レベル5)』としては優秀だよ。『神の物質(ゴッドマター)』をベクトルという応用性の高い『物理法則』に変換する彼の魂の形は逸材だがらな。それにこの能力は一八〇万人の能力者の中で、最も『神の世界(ヴァルハラ)』に近く、無色に近い『神の物質(ゴッドマター)』を引き出せていたからな。これは余談だが、虚数学区・五行機関は人工的な『天界』だ。あれは『ドラゴン』の『檻』だ。ヒューズ・カザキリを媒体とした『天使』がそれを証明しているだろう。天使は『神の御使い』でしかない。ではその『神』たる存在は一体何が代理するのか。自ずと答えは見えてくるだろうよ」
『…だから『絶対能力者(レベル6)』ではなく『絶対能力(レベル6)』だったのか。『ドラゴン』という神の力があれば、そこに人格や肉体はいらない。むしろ不純物でさえある』
「まあ、その計画が頓挫した今となって、笑い話で済むんだろうがな。完成していたらこの世は名実ともに『アレイスター』のものだった」
声は殺しているが、内心では驚愕に満ちているだろう。子供の意見にいちいち驚いていると大人としての面子が無い、というプライドが動いていることを雲川は感じとっていた。
その事を察しつつも、雲川は話を続ける。
彼女は机に置いてあるストロベリーショートケーキをフォークで一つまみ摘まんで、口に入れた。
甘いクリームと柔らかいシフォンの生地が彼女の口に広がった。
「次に、魔術についてだが、これは開発で魔術回路が固定されていない人間が使用できる。
術式で魔術回路を固定し、魔力を流して発動させる。
では、魔力とは何か。これは魂から流れ出るノコリカスのようなものだ。
魔力は魂そのものといっても過言ではない。
そして魂とは現実と『神の世界(ヴァルハラ)』を繋ぐものとも言えるし、ここでは『神の物質(ゴッドマター)』を現実に引き出すための変換機と言った方がいいだろう。
さっきも言ったとおり、
超能力は『神の世界(ヴァルハラ)』から得た『神の物質(ゴッドマター)』というガソリンを使って『魂』という変換機と使って現象を発生させる。
それに対して魔術は『魔力』というガソリンを使って、『術式』という変換機を持って現象を引き起こすのさ」
『?ちょっと待て。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は魔力も打ち消せるのか?』
「『神の物質(ゴッドマター)』で自身の周囲を満たし、物事を自分の思い通りに動かし、作り変えることができる。これが『絶対能力(レベル6)』だ」
『だから『一方通行(アクセラレータ)』は不完全な『絶対能力(レベル6)』と言われているわけか…』
「『超能力者(レベル5)』としては優秀だよ。『神の物質(ゴッドマター)』をベクトルという応用性の高い『物理法則』に変換する彼の魂の形は逸材だがらな。それにこの能力は一八〇万人の能力者の中で、最も『神の世界(ヴァルハラ)』に近く、無色に近い『神の物質(ゴッドマター)』を引き出せていたからな。これは余談だが、虚数学区・五行機関は人工的な『天界』だ。あれは『ドラゴン』の『檻』だ。ヒューズ・カザキリを媒体とした『天使』がそれを証明しているだろう。天使は『神の御使い』でしかない。ではその『神』たる存在は一体何が代理するのか。自ずと答えは見えてくるだろうよ」
『…だから『絶対能力者(レベル6)』ではなく『絶対能力(レベル6)』だったのか。『ドラゴン』という神の力があれば、そこに人格や肉体はいらない。むしろ不純物でさえある』
「まあ、その計画が頓挫した今となって、笑い話で済むんだろうがな。完成していたらこの世は名実ともに『アレイスター』のものだった」
声は殺しているが、内心では驚愕に満ちているだろう。子供の意見にいちいち驚いていると大人としての面子が無い、というプライドが動いていることを雲川は感じとっていた。
その事を察しつつも、雲川は話を続ける。
彼女は机に置いてあるストロベリーショートケーキをフォークで一つまみ摘まんで、口に入れた。
甘いクリームと柔らかいシフォンの生地が彼女の口に広がった。
「次に、魔術についてだが、これは開発で魔術回路が固定されていない人間が使用できる。
術式で魔術回路を固定し、魔力を流して発動させる。
では、魔力とは何か。これは魂から流れ出るノコリカスのようなものだ。
魔力は魂そのものといっても過言ではない。
そして魂とは現実と『神の世界(ヴァルハラ)』を繋ぐものとも言えるし、ここでは『神の物質(ゴッドマター)』を現実に引き出すための変換機と言った方がいいだろう。
さっきも言ったとおり、
超能力は『神の世界(ヴァルハラ)』から得た『神の物質(ゴッドマター)』というガソリンを使って『魂』という変換機と使って現象を発生させる。
それに対して魔術は『魔力』というガソリンを使って、『術式』という変換機を持って現象を引き起こすのさ」
『?ちょっと待て。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は魔力も打ち消せるのか?』
「いや、『魔力』は打ち消せない。何故なら『魔力』は現実(リアル)だからだ」
『なんだと!?』
貝積継敏の予想通りの反応に、雲川は口元がニヤけてしまった。彼女はショートケーキにフォークを指し、先ほどよりも大きく切り取って、頬張った。口に生クリームが付いたまま、言葉を紡ぐ。
ふと、四台あるノートパソコンの一つに、『Error』の赤い文字が表示された。彼女の眉が少し吊りあがった。
「これは理論的な話だよ。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が『魔力』を打ち消せるなら、魂も消してしまえることになる。しかし、できない。まあ、魔力の泉とも言われる自然界の『地脈』などといったものには反応しないからな」
『では、魔術は何を打ち消されているのだ?』
貝積継敏の予想通りの反応に、雲川は口元がニヤけてしまった。彼女はショートケーキにフォークを指し、先ほどよりも大きく切り取って、頬張った。口に生クリームが付いたまま、言葉を紡ぐ。
ふと、四台あるノートパソコンの一つに、『Error』の赤い文字が表示された。彼女の眉が少し吊りあがった。
「これは理論的な話だよ。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が『魔力』を打ち消せるなら、魂も消してしまえることになる。しかし、できない。まあ、魔力の泉とも言われる自然界の『地脈』などといったものには反応しないからな」
『では、魔術は何を打ち消されているのだ?』
「術式だ」
雲川は言葉を続けた。片手でノートパソコンに、机に置いてあった赤色のディスクをセットし、Enterキーを押す。読み込みが通常の数百倍の速度で完了し、新たなデータが浮かび上がった。
「術式という変換機が『神の物質(ゴッドマター)』を呼び込み、変換機としての役割を果たすのさ。
だから神器や聖具といった、大がかりな術式、つまりは大量の『神の物質(ゴッドマター)』を内包した物に、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は反応する。だからだ。ただの絵を描いて、それが魔術的な力を持つものなら、それは発動せずとも『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が触れただけでただの絵になってしまうのさ」
電話の相手の反応が鈍い。
確かにこれだけの情報を一気に理解できるほうが普通では無い。
しかし、これくらいのことが一度で呑み込むだけの理解力を持っていないと、『ブレイン』という役割はこなせないのだ。
一時の時間を待って、貝積継敏の合図を待った。
ハンカチで口元に付いている生クリームを拭きとって、雲川は話を紡ぐ。
「では話そう。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の真の能力をな。それは―――」
「術式という変換機が『神の物質(ゴッドマター)』を呼び込み、変換機としての役割を果たすのさ。
だから神器や聖具といった、大がかりな術式、つまりは大量の『神の物質(ゴッドマター)』を内包した物に、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は反応する。だからだ。ただの絵を描いて、それが魔術的な力を持つものなら、それは発動せずとも『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が触れただけでただの絵になってしまうのさ」
電話の相手の反応が鈍い。
確かにこれだけの情報を一気に理解できるほうが普通では無い。
しかし、これくらいのことが一度で呑み込むだけの理解力を持っていないと、『ブレイン』という役割はこなせないのだ。
一時の時間を待って、貝積継敏の合図を待った。
ハンカチで口元に付いている生クリームを拭きとって、雲川は話を紡ぐ。
「では話そう。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の真の能力をな。それは―――」
「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は『死の運命』を打ち消せるんだよ」
『なっっ!!?』
貝積継敏は驚愕に声を震わせてしまった。
「そして、もっと興味深いことが出てくる。それは『運命』そのものが『神の物質(ゴッドマター)』で出来ていることになるのさ」
相手は声すら出せない。
「くっくっく。面白いだろう?これを知ったとき、私は笑いが堪えきれなかったよ。なんせ『人の運命は神のみぞ知る』なんていう諺が、はるか一〇〇〇年の時を越えて、『科学的』に証明されたんだ。
人類の新たな発見に私は立ち会えたんだよ。科学者が新たなる境地を見出したい欲望が理解できたね。確かに、あれは忘れられん。一種の麻薬だ」
『……』
「もうこれは確証を得ている。彼が関わった戦いで、死者は一人も出ていない。
先の『戦争』でそれは分かっているだろう?あれだけの大規模な戦いが繰り広げられたこの地で、死者は両方共にゼロだ。
≪なんという茶番。まるで観客に見せる大掛かりな『ショー』ではないか≫と、お前も言っていたではないか」
『そ、そんな事が信じられるか!!死の運命を打ち消すだと!冗談でもいいかげんにしろ!!』
「だがな。その奇跡は『偶然』じゃないんだよ。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が引き起こした『必然』だったんだよ
…ならば、イギリスに送り込んだ『妹達』はどうなった?四〇〇〇体もの無残な死体が転がっただけだろう?それだけじゃない。『強能力者(レベル3)』、『大能力者(レベル4)』は一〇〇名以上、そして『超能力者(レベル5)』を二人も失ってしまった」
『ぐっ…』
「もし、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』をイギリスに送り込んでいたら、彼らが生き残るかわりに、私たちは死んでいたさ。いや、それどころか学園都市そのものが存在しているかどうかさえあやしい」
『だが、『戦争』は『終結』したのではなく、『中止』になったのだぞ!?』
「ああ、そうだ。我々は暴走した『ドラゴン』という『神上』を抑え込むために、戦争を『中止』して魔術側と手を組んだ。そのお蔭で莫大な学園都市の敷地と、いくつかの島が消滅しただけで事が済んだ」
「だがその『偶然』のおかげで、で私たちが手を組み、誰一人血を流すこと無く、和解しえたという『奇跡』が起きたのだろう?」
『…っ!』
「だがら、お前らも甘い。彼が重要な事件の当事者にさせられていた本当の意味を見抜けなかった。
それは両者の間に犠牲者を出さないためだ。
死者さえださなければ、双方は和解できる可能性もより高いからな。そして被害を受けるのは彼だけ。」
『…被害を受ける、だと?』
貝積継敏は驚愕に声を震わせてしまった。
「そして、もっと興味深いことが出てくる。それは『運命』そのものが『神の物質(ゴッドマター)』で出来ていることになるのさ」
相手は声すら出せない。
「くっくっく。面白いだろう?これを知ったとき、私は笑いが堪えきれなかったよ。なんせ『人の運命は神のみぞ知る』なんていう諺が、はるか一〇〇〇年の時を越えて、『科学的』に証明されたんだ。
人類の新たな発見に私は立ち会えたんだよ。科学者が新たなる境地を見出したい欲望が理解できたね。確かに、あれは忘れられん。一種の麻薬だ」
『……』
「もうこれは確証を得ている。彼が関わった戦いで、死者は一人も出ていない。
先の『戦争』でそれは分かっているだろう?あれだけの大規模な戦いが繰り広げられたこの地で、死者は両方共にゼロだ。
≪なんという茶番。まるで観客に見せる大掛かりな『ショー』ではないか≫と、お前も言っていたではないか」
『そ、そんな事が信じられるか!!死の運命を打ち消すだと!冗談でもいいかげんにしろ!!』
「だがな。その奇跡は『偶然』じゃないんだよ。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が引き起こした『必然』だったんだよ
…ならば、イギリスに送り込んだ『妹達』はどうなった?四〇〇〇体もの無残な死体が転がっただけだろう?それだけじゃない。『強能力者(レベル3)』、『大能力者(レベル4)』は一〇〇名以上、そして『超能力者(レベル5)』を二人も失ってしまった」
『ぐっ…』
「もし、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』をイギリスに送り込んでいたら、彼らが生き残るかわりに、私たちは死んでいたさ。いや、それどころか学園都市そのものが存在しているかどうかさえあやしい」
『だが、『戦争』は『終結』したのではなく、『中止』になったのだぞ!?』
「ああ、そうだ。我々は暴走した『ドラゴン』という『神上』を抑え込むために、戦争を『中止』して魔術側と手を組んだ。そのお蔭で莫大な学園都市の敷地と、いくつかの島が消滅しただけで事が済んだ」
「だがその『偶然』のおかげで、で私たちが手を組み、誰一人血を流すこと無く、和解しえたという『奇跡』が起きたのだろう?」
『…っ!』
「だがら、お前らも甘い。彼が重要な事件の当事者にさせられていた本当の意味を見抜けなかった。
それは両者の間に犠牲者を出さないためだ。
死者さえださなければ、双方は和解できる可能性もより高いからな。そして被害を受けるのは彼だけ。」
『…被害を受ける、だと?』
「あいつの『不幸』さ。それは他人の『死の運命』を打ち消す代償なのさ」
『そ、それでは彼は…』
「そうだ。あいつは、いつも他人の『不幸』を肩代わりしているのさ。まあ、魂が内包する『死』は、流石に『幻想殺し(イマジンブレイカー)』でも打ち消せないみたいだがな。
…誰からも感謝されることなく、それどころか他人に近寄ることさえ嫌がられていても、彼は『赤の他人の命』を救っているんだ。
それを私が彼に話した時、彼は泣きながらこう言ったさ。
「そうだ。あいつは、いつも他人の『不幸』を肩代わりしているのさ。まあ、魂が内包する『死』は、流石に『幻想殺し(イマジンブレイカー)』でも打ち消せないみたいだがな。
…誰からも感謝されることなく、それどころか他人に近寄ることさえ嫌がられていても、彼は『赤の他人の命』を救っているんだ。
それを私が彼に話した時、彼は泣きながらこう言ったさ。
『よかった』
…とな」
絶句している貝積を無視して、雲川は話を続けた。
「やつは他人のために命をかけるお人よしだがな。人を動かすのは心だ。人を動かすのは金でも権力でもない。心だよ。心を揺り動かされた者に、人はついていくものさ。命すら惜しまずにね。
だからこの件はお前は関与するな。何か小細工をしかけようとした時、私は動く」
絶句している貝積を無視して、雲川は話を続けた。
「やつは他人のために命をかけるお人よしだがな。人を動かすのは心だ。人を動かすのは金でも権力でもない。心だよ。心を揺り動かされた者に、人はついていくものさ。命すら惜しまずにね。
だからこの件はお前は関与するな。何か小細工をしかけようとした時、私は動く」
『…お前も、上条勢力の一員だったとはな』
「不服か?」
『いや、羨ましいんだよ』
「?」
『いや、羨ましいんだよ』
「?」
『嫉妬しているのさ。私は。誰からも好かれる、『上条当麻』という男に』
「…そうか」
予想外の言葉に雲川は少し驚いていた。
しかし、そんなことは声に微塵も出さない。
「では切るぞ。これはサービスだ。私の長い独り言だと思ってもらっても構わない」
『…これは驚いたな。君がそんなことを言うとは』
「では、ごきげんよう」
そう言って、雲川は携帯を閉じた。
一度、体を伸ばして体をほぐしていた。
もう一度、ノートパソコンに目をやる。先ほどのエラーは出現せず、自動的に情報処理が行われていた。部屋の端にあるプリンターも断続的にA4のコピー用紙が何枚もプリントアウトされていく。そして、右から二番目にあるノートパソコンのデスクトップに、『COMPLETE』という文字が表示された。
雲川は口を薄め、全てのノートパソコンを閉じた。ソファを立ち上がり、コンセントを全て引き抜き、周囲の機械の電源が落ちた。
先ほど、貝積と話していた携帯電話をダストシュートに捨てると、机に置いてあるもう一つのピンク色の携帯電話を取り、電話をかけた。
雲川は寝そべった態勢を崩さず、相手を待つ。
3コール後、相手が電話に出る。
『グループだ』
「なあ、土御門」
『何だ』
「パンドーラーは好奇心を抑えきれず、神々から授かった箱を開けてしまった。そして、世界に災いをもたらした」
『…いきなり何を言っている?『パンドラの箱』がどうかしたのか?』
「まあ、黙って答えろ。その箱の底に何が残ったか、知っているか?」
電話越しに、当たり前だと言わんばかりの返答が返ってきた。
予想外の言葉に雲川は少し驚いていた。
しかし、そんなことは声に微塵も出さない。
「では切るぞ。これはサービスだ。私の長い独り言だと思ってもらっても構わない」
『…これは驚いたな。君がそんなことを言うとは』
「では、ごきげんよう」
そう言って、雲川は携帯を閉じた。
一度、体を伸ばして体をほぐしていた。
もう一度、ノートパソコンに目をやる。先ほどのエラーは出現せず、自動的に情報処理が行われていた。部屋の端にあるプリンターも断続的にA4のコピー用紙が何枚もプリントアウトされていく。そして、右から二番目にあるノートパソコンのデスクトップに、『COMPLETE』という文字が表示された。
雲川は口を薄め、全てのノートパソコンを閉じた。ソファを立ち上がり、コンセントを全て引き抜き、周囲の機械の電源が落ちた。
先ほど、貝積と話していた携帯電話をダストシュートに捨てると、机に置いてあるもう一つのピンク色の携帯電話を取り、電話をかけた。
雲川は寝そべった態勢を崩さず、相手を待つ。
3コール後、相手が電話に出る。
『グループだ』
「なあ、土御門」
『何だ』
「パンドーラーは好奇心を抑えきれず、神々から授かった箱を開けてしまった。そして、世界に災いをもたらした」
『…いきなり何を言っている?『パンドラの箱』がどうかしたのか?』
「まあ、黙って答えろ。その箱の底に何が残ったか、知っているか?」
電話越しに、当たり前だと言わんばかりの返答が返ってきた。
『『希望』―――――――――だろ?』