とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 2-542

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匿名ユーザー

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 マトリョーシカ、というおもちゃがある。
 大きな人形の中を開くと一回り小さな人形が入っていて、それを開くとまた……というものだ。
『悪魔』の頭は、そのマトリョーシカの一番外側の人形だけを持ってきたかのように“何も入っていなかった”。
 まともな中身が詰まっていることを期待していたわけではなかったけれど、あまりに現実とは認めにくい光景に、サーシャは呆然としてしまう。
「……ふふ」
 半分だけ残った右目と、半分だけ残った唇で、『悪魔』は笑みを作った。
「あまり……怖がっている、感じじゃないですね。こういうの、慣れてるの……?」
 ゆっくりと顔面に開いた穴が塞がっていくのを見つめながら、サーシャはふらふらとうなづいていた。戦う相手の言葉に反応するなど、ゴーストバスターとしては落第だ。
『悪魔』はもう一歩サーシャに近づき、
「でも、普通の人には……怖いんだろうね。こんな――化け物みたいな体は。怯えて、避けて、それが当然だと思う。…………でも、居たの」
 歪な顔の、歪な笑み。
 人とは思えぬその有様に、サーシャは不覚にも、
「私を、友達だと言ってくれる人達が」
“彼女”を、綺麗だと思った。
 触れれば解ける儚さを、愛おしいと感じてしまった。
「だから……ね? 貴女も大丈夫だよ」
「……わ、私は」
「私と違って、貴女はあの子の傍に居られてるじゃない。それに他にもたくさんの人達が貴女のことを想ってくれている。だから、少なくとも私よりは大丈夫。想うことに……想われることに、怯えないで。そういうのは……えっと」
 しばらく言葉を選ぶように間を置くと、彼女は腰をかがめてサーシャに視線の高さを合わせた。
「もったいない……よ?」
 雪解け水が大地に染み入るように、その言葉はサーシャの中に入ってきた。
 怯えないで、と。
 何もかも分かっていると言う様に。何もかも分かっているでしょうと言う様に。
 彼女が、つ、と背後を向いた。変わった事はない様にサーシャには思えたが、
「もうすぐ……あの人が来る」
「……、」
 誰のことを指して言っているのか、即座に分かった。
 おそらくインデックスがこの場所を教えたのだろう。幾度となく話し合って決めた場所だ。サーシャがここにいると予想できないはずがない。
 けど、
「どうすれば……いいの?」
 すがるような問いかけが唇からこぼれた。
 しかしその時にはもう、“体育館の屋上”にはサーシャと気絶したままの言祝以外に“人間”の姿はなかった。

 ダッシュダッシュさらにダッシュ。
 上条当麻はまだ走っていた。
 長時間の、それも混雑した中での全力疾走に、息は上がりまくっている。だがさっきまでとは違い、今ははっきりとした目的地があった。
 側頭部に押し当てた携帯電話から白シスターの声が聞こえる。
『空想(イメージ)を現実に持ってくる魔術ってあるよね? あるの。三沢塾で錬金術師が使った黄金練成(アルス=マグナ)はその究極。で、私とサーシャで体育館に仕掛けようとしていた魔術はそれの応用版。“空想に沿う物を現実の中から選出する”術式なんだよ。数百人の観客が一斉に硝子の靴に注目した瞬間に発動させて、学園都市全域から「灰姫症候(シンデレラシンドローム)」を洗い出す計画だったんだよ』
「おいおい! 演劇を観に来る客には学生もいるんだぞ? それこそ三沢塾みたいなことになるんじゃないのか!?」
『そこらへんは大丈夫。観客の人達の空想を大気中のマナに一度転写して、そっちを使う手はずだから。魔術を使わせるんじゃなく、かけるだけだから超能力者でも問題ないよ』
「そうか? 本当にそうか? ……ん? 待てよ。その魔術、仕掛けるのはいいけどどうやって起動させるつもりだったんだ? お前と俺は魔術使えないし、サーシャに至っては舞台上だぞ」
『他に学園都市に潜入してるっていう人にお願いするつもりだったんだけど……指揮系統が違うのか全然連絡つかなくて。もし前日までに捕まらなかったら、イギリス清教かロシア成教から暇な人を適当に派遣してもらうって話になってたの』
「えらく行き当たりばったりだな……ともかく、その魔術の設置予定場所だったのが体育館の屋上なんだな?」
『そう。空想の収集、起動のタイミング合わせ、あと部外者が立ち入りにくいとか、色々条件を考えて決めたの。だからサーシャが何かしらの魔術を行使しようとしているなら、あそこが一番都合がいいはずだよ』
 それだけ聞ければ十分だ。どうせ他にあては無いのだから、全額そこに賭けるしかない。
 私は私に出来る事をやるから、というインデックスの言葉にうなづきを返して、通話を終える。
「にしても……ええい! すみませんそこ通してください! 通して!」
 人波を縫って走るのはかなり体力と集中力を消耗する。しかしそれ以上の現実問題として、
(体育館に着いたとして……屋上までどうやって登る!? 垂直飛びで届く高さじゃない。舞台袖の梯子は大道具や器材で埋まっちまってるだろうし、壁をよじ登るのは時間がかかり過ぎる!)
 初めからそういう場所を選んでいるのだから仕方ないと言えば仕方ないが、いざ追う立場になると面倒この上なかった。
 ちんたらしている時間も惜しいが考えてる時間も惜しい。目的地に近づけば近づくほど思考に回す余裕が消えていく。
 やがて組み立て中の神輿の向こうに、体育館の青い屋根が見えた。
 気のせいか、赤い制服も覗いたような気もする。あれ、どっちかっつーと青かったような……?
 近くに立てかける梯子でもあればと思い周囲を見回すが、生憎どれも使用中だった。
「くそっ! なんかないか、なんか!」
 体育館に着くまでに屋上に登る方法を見つけられなければ、もう間に合わない予感がする。
 ここまで散々遠回りしてしまったのだ。これ以上のロスは確実にまずい。
 しかし近くには梯子はおろか踏み台に使えそうな物すらもなく――

「おーいかみやーん! 皆の土御門さんが帰ってきたぜよー!」

 その時、走る上条の真正面から能天気な謎口調が飛んできた。
“まるでたまたま通りがかったかのような”気楽さで、クラスの三馬鹿(デルタフォース)最後の一人、土御門元春が体育館玄関前に立っている。
「てめえ土御門! こんな時にお前どこに――」
 上条は怒声を上げようとして、思いとどまる。
 そうだ。もうこれしかない。
 上条は疾走のスピードを上げながら、
「土御門! 疑問を持つな! 何も言わず俺に合わせろ! 『空』!」
 駆ける勢いに乗って、謎の言葉が飛ぶ。
 上条の言葉の意味を理解したのか、土御門のサングラスがきらりと光った。
 遅れてやってきた金髪チェーンは素早くその場で倒立すると、両肘と両膝を曲げて全身のバネを溜める。
 そして叫ぶ。
「『愛』!」
 聞こえたと同時に上条はジャンプ。土御門が空へと向けた足の裏に乗っかるように。
 出来上がるのは大空へ羽ばたく準備だ。
 これぞ伝家の宝刀(マンガでよんだだけ)!
「「『台風』!!」」
 一気に体を伸ばした土御門を発射台にして、上条はさらに高く高く飛び上がる!
 目指すは――
 砲弾じみた勢いで屋上に現れた少年を、サーシャは立ち尽くしたまま見上げていた。
 口だけが無意識に呪文の続きを唱えている。
「九つ。今宵彼が来て……」
 ザザザザッ! という激しい音を立て、少年が着地する。
 肩で息をしながら、汗だくになりながらも視線は揺るがず。
 その姿はまるで絵本の主人公のようで。
 主人公みたいで。
 主人公らしくて。
 ――ああ。そうだ。
「十で。――とうとう幕が開く」
 呪文がまた変わる。
 赤い少女の全身に血が巡る感覚が甦る。
 銃把を握る手に力が戻る。
 役目を果たそうと思った。
 シンデレラを演じる役者としてではなく、
 全てを台無しにした「悪い魔女」として。

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