とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 2-715

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匿名ユーザー

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                    ◇   ◇

 ポロポロと、砂の塔のように崩れ落ちていく自らの霊装を、サーシャは戸惑うような視線で追いかけていた。
 何故。
 どうして。
 そんな思考が見て取れる表情だ。
 上条は五歩後ろに下がり――“もちろん”サーシャにも言祝にも指一本触れていない――赤いシスターに向き直る。
「問一。なんで銃だけを壊したのか、って顔だな」
 返事はなかった。しかし彼女はその代わりに疑問の表情を浮かべたまま見上げてきた。上条はそれに対し、右の人差し指を立てて見せる。
「回答一。まず魔法陣を狙うのは真っ先にやめた。確かに速攻で魔術の発動を止められるだろうけど、やり直しも簡単そうだったから。俺が下で走り回ってる間に準備できた訳だしな」
 続けて中指。
「回答ニ。次に切ったのは『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』だ。まあそうだよな、作った魔術師を捕まえなくちゃならないんだから、壊すわけにはいかない」
「でも」
 サーシャが初めて反論した。青い瞳は感情の乱れに同調し、今にも決壊しそうである。
「私は言った。シオリを撃つと。そう言えばトーマは絶対にシオリを優先すると思ったから。だから、」
「んなこと言ってねぇよ。お前は」
 ピシャリ、と突き返した言葉に、
 今度こそ、演技という名の仮面は少女からはがれ落ちた。
「…………な、」
 上条は口を挟む余地を与えないよう畳み掛ける。
「お前はこう言ったんだ。『「灰姫症候」の魔力を解析する役の人間がいないから、「灰姫症候」そのものを破壊することで解析の手順を省略する』って。――それだけだ。“誰”を撃つかってのは一言も言ってない」
 薬指を立て、

「これが回答三だ。銃を壊さなかったら、“サーシャは自分で自分を撃っていた”。『灰姫症候』は今、お前の体の中にある。違うか?」

 サーシャはうつむき、唇を固く結んでしまう。
 その沈黙は何よりも雄弁だった。
 上条当麻は言葉を続ける。幕を引き切るために。
「ふっとな、思ったんだよ。サーシャに本当に言祝が撃てるのかなって。そしたら俺に対しても、絶対直撃しない戦い方をしてることに気づいた。日頃から乱射をかましてる俺にこの調子なら、言祝を撃てるはずがない。……不謹慎かもしれないけどさ、正直安心しちまった」
 二つの巨大宗派から与えられた使命と、
 たった一、二週間程度の知り合いを天秤にかけてしまうような甘い心の持ち主。
 友達を傷つけたくないという意思を最後の最後まで抱いてゆける、弱くて強い女の子。
 サーシャ=クロイツェフというのがそういう少女で、本当によかった。
 だからこそ上条は――卑怯かもしれないが――迷わず釘の嵐の中で目を閉じることが出来たのだ。
「で、言祝でないのなら何を撃つ気なのかって考えたら一発だった。まさか逃がしてる訳もなし、サーシャ本人の体しかないって」
「もし私が最初からそのつもりだったなら、私は一人でここまで来ればよかったのでは? シオリを気絶させてまで連れてくる必要は全くない」
 風に埋もれてしまいそうな、小さな声での反論だった。しかし屋上を流れる風はその声を遮るどころかそっと背中を押すようにして上条の耳まで届けてくれる。
「いや。サーシャは絶対に言祝を連れてこなくちゃならなかった。“俺に追ってこさせるために”」
 きっぱりと断言する。実はほとんどがこの会話の最中に思いついたことだったのだが。銃を壊す直前の数秒はほとんど無心だったから、あの瞬間の閃きを言語化しようとすると結構手間取る。
「自分で自分を撃つなんて裏技、必ず成功させる自信はなかったんじゃないか? まあ人肉プラネタリウムになっても平気で魔術を使ってた変態もいるけど、サーシャはあそこまでぶっ飛んでるようには見えないしな。だからもしも探索の魔術が失敗した時、俺やインデックスがお前の『共犯』にされないように。先走ったサーシャを止めようとしていたと、形だけでもそう見えるように。もし言祝を残していったら、俺は『何か考えがあるのかも』って思って、深く考えずに任せた気分になってたかもしれない。そしたら俺達も叱られる――で済めばいいけど――まああんまり良くないことになってただろ」
 指を立てていた右腕を下ろす。
 そして、
「結局サーシャはさ、全部自分の責任にして、事件を終わらせるつもりだったんだろ?」
 上条は、言った。
 思ったことを、全て。
 考えてみれば簡単な話だったのだ。
 上条達は、少女を友達だと思っていた。
 少女は、上条達を友達だと思っていた。
 ゆえに上条は少女を止めたいと思い、少女は全ての責を負おうと心に決めた。
 たったそれだけの、三文芝居。
 しかし、上条は自分で気づいていた。この推理の穴を。


「……トーマ。貴方には推理小説の主人公は似合わない」
 彼女も同じことに感づいたのだろう、わずかに余裕めいたものが生まれた。
 それは、
「貴方が述べているのは全て状況証拠でしかない。いや、それよりも悪いただの願望だ。私の行動に勝手な理由をつけて、貴方自身が納得するための筋書きを作っているにすぎない」
「…………、」
 言い返そうとして、言葉に詰まる。
 そんなことは分かっていた。
 上条にはサーシャが何をしようとしているのかを推測することは出来ても、何故そこに思い至ったかを推察することは出来ない。彼女には彼女の事情があり、思惑があり、思い出があり、それらの中から生まれた結論を理解しようと思うなら、事情を思惑を思い出を全て知らなければならないだろう。しかしそんなことは読心能力でもなければ不可能だ。
 理解出来ないものを無理に語ろうとすることを、暴論と呼ぶ。
 結局上条の言葉は、彼自身のための、主人公気取りの偽善の押しつけにすぎないのではないか。
(でも、)
 ばらばらになったカケラをでたらめに貼り合せたような、歪な仮面に似た少女の顔を見る。
 様々な感情が交錯し、どんな表情をしているのか自分でも分かっていないに違いない貌を見つめる。
(お前のその顔じゃ……証拠にならないか?)
 ここに鏡があれば見せてやりたかった。もしも演劇がシンデレラでなく白雪姫だったなら、魔法の鏡を用意出来ただろうか。
「貴方に似合うのは――やはり絵本のような、勧善懲悪、荒唐無稽な御伽噺の主役だな」
 少女は夢を見るように、夢に浸るように、夢に溺れるように呟く。
「そして、私は『悪い魔女』だ」
 もしかしたら、その一言が全てだったのかもしれない。
 サーシャ=クロイツェフの迷いも決意も、全てはその一言の中にあったのかもしれない。
 そう思った時には――
 赤いシスターはまるで敬礼をするように、額に右手を当てた。
「トーマ。貴方は私を直接殴るべきだった。そうすれば、こんな結末は見ずに済んだのに」
 え? と問い返す間もなく、滑らかな動作でサーシャの手が何かを引き抜いた。
 そんなところから何を?
 答えはまたも風が教えてくれた。
 ゆるやかになびく金髪。
“ヘアピン”で止められていた前髪が下ろされたのだ。
「――――――あっ!」
 サーシャの手の中にあるヘアピンの先端は、鋭く尖っていた。“まるで釘のように”。
「十一。遠いいつかの空で」
『図書室から持ち出せた霊装』は、あの銃一丁のみ。
「十二。自由に飛べたなら」
 けれど、『常日頃から身に着けていた霊装』はカウントされない。
『サーシャ』と『ミーシャ』の最もはっきりとした相違点。
 何故、そこに考えが及ばなかったのか――!?
「…………アンコール」
 その囁きが呪文だったのか、指先でつまむように持たれたヘアピンが鈍い魔力の輝きを放ったように見えた。
 細い指が最後の釘を落とす。重力に引かれてまっすぐ落下するその先には、サーシャの足の甲があった。
 一瞬で、上条は思い出す。潜伏段階の『灰姫症候』は、発見されるのを防ぐため、自分の靴に所有者限定をかけるだけの効果にされているという話だった。
 つまり、破壊するために狙うべき場所は――
 飾り気のない上履きは今、まぎれもなく硝子の靴と化していたのだ。
「う――――おおおおおおおおっ!!」
 叫びながら、駆け出しながら、上条は絶望的に直感していた。
 距離が開きすぎている。足の筋力より重力の方が強い。腕の速さより落下速度の方が速い。
 これは、間に合わない。止められない。
 この釘は間違いなくサーシャの足を貫く。
 脳裏に浮かぶ1フレーズ。
 ――――最低の結末(バッドエンド)。
 それを払ったのは、やはり、また風だった。








   世界中の大好きを集めても 君に届けたい思いに足りない
   体中の愛がうたいだしてる ぼくらの鼓動は全ての始まりだよ ハレルヤ






 時間が間延びしたように感じる。実際にはヘアピンが落下するわずかな時間だったはずなのに、歌声ははっきりと聞き取れた。
 旋律に気を取られたせいだろう、集中が途切れ、ヘアピンにかかっていた攻性魔術が霧散する。上履きには当ったものの、何の破壊も行わずにコロコロと転がっていった。
 上条とサーシャは空を見上げた。そこに誰かがいた訳ではない。しかし、確かにそこにあった。
 風が運んできた、白い少女の歌う歌が。


   とんでる鳥にはわからない苦労 逃げだしたい気持ちは足かせ
   けってみたけど まわり続けてる ラールルー地球

   つまんないはずだったDANCE 君となら軽くSTEPふめる
   どーして大地が暖かいんだ


(放送室をジャックして海賊放送……お祭りじゃなきゃできませんよねー)
 回転椅子に腰掛けて足をブラブラさせながら、小萌先生は目の前で行われているコンサートを観賞していた。
 舞台道具はマイクのみ。出演者は一人。聴衆は恐らく全校生徒。
 最初このシスターの少女に「学校中に声を届かせる方法はないか」と迫られた時には仰天したものだが、これほどの歌を特等席で聴けるのなら文句は無い。
 祈るように目を閉じ、胸の前で小さく拳を作って歌う彼女の姿は、聖職である教師の目から見ても神聖さを感じずにはいられなかった。
 だがそれでいて、ひどく人間らしい感情も伝わってくるのだから、大したものだ。
 神様に捧げる歌ではない。手を取り合える誰かのための歌なのだと。
 小萌先生は自然に――マイクに届かないように――口ずさんだ。


   ハレルヤ


 歌はそこいら中のスピーカーから流れているらしい。誰もが作業の手を休めて聞き入っていた。
 上条は嬉しかった。シンプルにそれだけを思う。
 きっとこの歌には何の意味もない。
 メロディに乗せて『強制詠唱(スペルインターセプト)』を試みるとか、『零時の鐘(ロンドベル)』の魔力拡散波を打ち消す波を作るとか、そんな下心は存在しない。
 ただ歌い、ただ届けと。
 押しつけじゃなく、あなたが何処で何をしている時にも、私はここにいるんだよと伝えるために。


   世界中の大好きをひきつれて 君に届けたい思いは一つ
   体中の愛がとびだしそうさ ぼくらの鼓動は全てをぬりかえてく ハレルヤ


 彼はサーシャに歩み寄った。少女は空を仰ぎながら耳を澄ましている。
 その邪魔をしないよう、静かに話しかける。
「いい歌だな」
「………………うん」
「俺達の、友達の歌だもんな」
「………………うん」
「じゃ、ここで回答四だ」
「え?」
「サーシャを直接殴らなかった理由。これから舞台に上がる役者の顔に、傷なんかつけられないだろ?」
「………………うん」
 泣いてはいなかった。演技ではなかった。
 彼女の今の表情を説明するのに、これ以上の言葉はいらない。


   世界中の大好きを集めても 君に届けたい思いに足りない
   体中の愛がうたいだしてる ぼくらの鼓動は全ての始まりだよ ハレルヤ


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