とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 2-884

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集



とある異人の永久彷徨



序章 嵐の前触れ The_stormy_night

 学園都市、深夜。
 月明かりが照らし出す無人の街にからからと風車の音が響く。
 風は関東に近づきつつある台風の影響で刻一刻と強さを増し、道路に沿って建てられたビルとビルの間を吹きぬけて街路樹の枝をざわざわと揺らしていた。
 最近たまに外れるようになった天気予報によると、台風は明日の明け方には関東上空に到達するらしく、そこから本当の嵐が来るようだった。大半の人々は明日の午前中の移動を控えるつもりで今日のうちに食料や生活用品の買出しを済ませていたため、日付が変わろうとする今の時間帯には街を歩く者は誰もおらず、学園都市に住む教師も学生も研究員も今はしっかりと戸締りをして家に篭っているのだった。
 窓を叩く風の音は徐々に重さを増してきている。夜空は何時しか分厚い雲に覆われ月と星の灯りを隠されて、街はいっそう深い闇に覆われた。
 街灯の光が瞬く。
 チカチカと不安定に点滅した街灯はすぐにいつもの安定を取り戻し、再び街を照らした。

 そこに、人影が在った。


 街灯の点滅する前には無人のはずだった中央道路のアスファルトの上に、人の形をした黒い影が現われていた。実際それは真実「人」であったのだが、その身に纏う端が擦り切れた黒のローブがその輪郭を曖昧にし、存在感をも希薄にしていた。
 黒い影は、ざり……ざり…… と地面を擦るように一歩一歩街を歩いてゆく。風を受けて黒衣がはためくその姿は、まるで西洋の亡霊の様に仄暗くぼんやりと浮かび上がって見え、もし見る者があるならばその背筋を冷たく凍らせるような不穏な禍々しさを放っていた。
 黒い影はゆっくりと街を進む。
 その時、空を覆う黒い雲の合間から月明かりが一条零れ落ち、黒い人影の輪郭を浮き上がらした。
 擦り切れてぼろぼろになった黒衣の裾から覗く痩せた足。
 長年風雨に晒されてきた古木のような腕。
 そして頭まで被ったフードの奥に彫りの深い顔立ちと漆黒の髪。
 それは男性だった。中近東の人々を思わせるその顔付きは、若々しい青年にも歳を経た老人の様にも見えて異様な雰囲気を漂わしていた。
 男の顔からは生気が感じられず、頬は扱け眼窩の肉は落ち窪み、表情は憔悴しきっているように見える。
 その中で、鈍く光る金色の瞳だけは強い意志を秘めて炯炯(けいけい)と内に炎を抱(いだ)き、ただ真っ直ぐと前だけを見据えていた。
 月明かりが再び雲に隠れる。
 その間にも風はさらに猛威を増大させる。
 高層ビルや学校の校舎は強風に煽られぎいぎいと悲鳴を上げ、
 街路樹の枝は烈風に吹かれてぎしぎしと大きく軋み、
 枝葉を通り抜けた風はひょおおおっと甲高い音を立てて泣き、
 黒雲は速い速度で上空を不気味にうねり今にも激しい雨を降らそうとしている。

 それは、学園都市全体が震えている様であった。
 招かれざる来訪者に脅えている様であった。






 やがて男はある建物の前でその歩みを止めた。
 ゆっくりとした動きで正面の建物を見上げる。
 そこは病院であった。とある少年が何度も世話になり、そして多くの命を守ろうとして確実に守り通してきたある医者のいる、あの病院。
 男は前を向き直して、病院の正面玄関から中を覗く。すでに院内の明かりは落とされており、非常灯の緑色の光だけがぼんやりと玄関ホールを照らしていた。普段多くの人が順番待ちをしているこの玄関ホールも今は誰もいなくて深と静まり返り、どこか空恐ろしい感じがする。
 営業時間を終えた後ロックの掛かった自動ドアの前に立って、小声で何かを呟く。
 そしてそのまま自動ドアのほうへ向かって影は歩き出し、
『ずるり』
 とその体は強化ガラスでできた自動ドアを“突き抜けた”。
 院内への侵入を果たした男は、またゆっくりとした足取りで歩き出す。
 受付窓口から右に進むとそこから左手に見える中央階段を上って二階に出る。二階の階段前ホールの前を左右に伸びる廊下を右に真っ直ぐに進み、廊下の突き当りのT字路に男が差し掛かったとき、
「きゃっ」
 とん、と曲がり角から出てきた少女とぶつかった。
 病院はもう消灯時間をとっくに過ぎているので、原則この時間に病室の外をうろつくことは禁止されているはずなのだ。パジャマ姿のその少女は寝付けずに夜更かしをしてしまい、途中でちょっとトイレにでも行こうとしていた所なのだろう。
 ぶつかった拍子に尻餅をついたその少女は、
「いたたたたた、とミサカは突然のアクシデントに痛むお尻をさすりながら混乱します。なんなのですか、一体?って……………………………………ぁ、え?」
 不思議な語調で会話をするその少女は自分がぶつかった「何か」を確認しようとして、
「きゃあああぁ……ぁ…………ぅぐ………………っ!」
 叫ぼうとした瞬間に影の男に口を封じられた。声を出せずに少女は動転する。相手の正体が分からないことで恐怖感が少女の中で一気に膨れ上がる。
 後ろから羽交い絞めの形で口元を塞いだ男の手から必死に逃れようともがく少女に、男は覗き込むように自身の顔を近づけて囁く。
「    、             」
「………………!!」
 少女の目は呆然と見開かれ、その体からゆっくりと力が抜けていった。


 遠くの方から低く轟く地響きの様に雷が鳴り出し、
 やがて降り出した雨の音に、全ての音は飲み込まれていった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー