頭の中で無数の知識が浮かんでは消える。
少女は病室のベッドの上で、上半身だけ起こして窓から見える景色を眺める。
窓からは街並み――学園都市の一角が望める。
見慣れない街だが、知識は十二分にある。
数日前まで、少女もまたこの学園都市の学生だった。
だが、そんな記憶は存在しない。
少女は記憶を失っている。
原因は不明。気がつけばベッドの上で、多少の怪我はあったものの、今はほとんど治っている。
そして、思い出という記憶を失っても、脳に蓄積された知識は残っている。
その知識は莫大で、目に映るもの一つ一つに対して様々な知識が存在していた。
言語、数式、化学、物理、歴史、機械、医療、窓から見える景色からも知識という知識が
際限なく溢れ出す。
(怖い)
どれだけ知識があっても、
(誰も覚えていない……)
前髪から青白い火花が散る。
精神が不安定になるたび、手や前髪から電光が走る。
それが自身の能力であることは、担当の医者から説明されている。
能力の制御方法は知識の中に存在した。
しかし、その力は強大で――それをこの身に内包していることが恐ろしかった。
自然に力を抑制しようとして、それを自然に理解して行えることが不気味で、
不安と恐怖から精神が不安定になり、再び力を抑えられる自分に戸惑い――
少女は心細さと自身が背負う力に怯える日々を過ごし、精神的に疲れ切っていた。
病室には少女以外誰もいない。
担当の医師や看護婦、母親だという女性が定期的に来るが、それ以外は誰も知らない。
「助けてよ……」
そんな言葉を呟いても、記憶は戻らない。
いつ、どうするば回復するのかは分からない。
もしかしたら、一生このままかもしれない。
そんな幻想が頭から離れない。
(『幻想』……?)
その単語が、不思議な気持ちを抱かせた。
曖昧すぎて、理解できない。
もし、これがただの夢幻なら、早く終わって欲しい。
でも、自分に終わらせる術はない――
「誰か、助けてよ……」
少女は病室のベッドの上で、上半身だけ起こして窓から見える景色を眺める。
窓からは街並み――学園都市の一角が望める。
見慣れない街だが、知識は十二分にある。
数日前まで、少女もまたこの学園都市の学生だった。
だが、そんな記憶は存在しない。
少女は記憶を失っている。
原因は不明。気がつけばベッドの上で、多少の怪我はあったものの、今はほとんど治っている。
そして、思い出という記憶を失っても、脳に蓄積された知識は残っている。
その知識は莫大で、目に映るもの一つ一つに対して様々な知識が存在していた。
言語、数式、化学、物理、歴史、機械、医療、窓から見える景色からも知識という知識が
際限なく溢れ出す。
(怖い)
どれだけ知識があっても、
(誰も覚えていない……)
前髪から青白い火花が散る。
精神が不安定になるたび、手や前髪から電光が走る。
それが自身の能力であることは、担当の医者から説明されている。
能力の制御方法は知識の中に存在した。
しかし、その力は強大で――それをこの身に内包していることが恐ろしかった。
自然に力を抑制しようとして、それを自然に理解して行えることが不気味で、
不安と恐怖から精神が不安定になり、再び力を抑えられる自分に戸惑い――
少女は心細さと自身が背負う力に怯える日々を過ごし、精神的に疲れ切っていた。
病室には少女以外誰もいない。
担当の医師や看護婦、母親だという女性が定期的に来るが、それ以外は誰も知らない。
「助けてよ……」
そんな言葉を呟いても、記憶は戻らない。
いつ、どうするば回復するのかは分からない。
もしかしたら、一生このままかもしれない。
そんな幻想が頭から離れない。
(『幻想』……?)
その単語が、不思議な気持ちを抱かせた。
曖昧すぎて、理解できない。
もし、これがただの夢幻なら、早く終わって欲しい。
でも、自分に終わらせる術はない――
「誰か、助けてよ……」
扉が開く。
ノックもせずに。無遠慮に。一人の少年が入り込んできた。
跳ね上がった黒い髪。
夏服の学生服。
包帯の巻かれた右腕。
その少年は――
まるで、助けを求める声を聞いて駆けつけた、ヒーローのようだった。
ノックもせずに。無遠慮に。一人の少年が入り込んできた。
跳ね上がった黒い髪。
夏服の学生服。
包帯の巻かれた右腕。
その少年は――
まるで、助けを求める声を聞いて駆けつけた、ヒーローのようだった。
「……誰?」
それが、少女の声だった。
か細い声が、怯え混じりに震えている。
少しでも触れれば、硝子細工のように壊れてしまいそうで。
そこにいる少女には、上条当麻の知る強気な少女の面影はなく。
暗闇の中で泣いていた、あの真夏の一夜を思い起こさせる。
絶望に押し潰されそうになっても、誰にも助けを求められない少女。
「……誰、なの」
揺れる瞳は濡れていて、今にも泣き出しそうだった。
「病室、間違えていませんか」
「いや、間違えてないよ」
どこかで聞いた会話だな、と上条は思う。
「しばらくは面会謝絶だって、受付で言われなかったの?」
「言われたけど、特別に許可してもらったんだよ」
「……誰なの」
俯いて、搾り出すように問いかけるその声は、
「……誰よ」
泣き声に近かった。
少年のその表情がショックだったのかもしれない。
「誰なのよ……」
誰なのかという問いかける度に『ごめんなさい』『ごめんなさい』と謝っている。
上条にはそう聞こえた。
それが、少女の声だった。
か細い声が、怯え混じりに震えている。
少しでも触れれば、硝子細工のように壊れてしまいそうで。
そこにいる少女には、上条当麻の知る強気な少女の面影はなく。
暗闇の中で泣いていた、あの真夏の一夜を思い起こさせる。
絶望に押し潰されそうになっても、誰にも助けを求められない少女。
「……誰、なの」
揺れる瞳は濡れていて、今にも泣き出しそうだった。
「病室、間違えていませんか」
「いや、間違えてないよ」
どこかで聞いた会話だな、と上条は思う。
「しばらくは面会謝絶だって、受付で言われなかったの?」
「言われたけど、特別に許可してもらったんだよ」
「……誰なの」
俯いて、搾り出すように問いかけるその声は、
「……誰よ」
泣き声に近かった。
少年のその表情がショックだったのかもしれない。
「誰なのよ……」
誰なのかという問いかける度に『ごめんなさい』『ごめんなさい』と謝っている。
上条にはそう聞こえた。
きっと、何も覚えていないのだろう。
少女と同じ姿をした妹達。
夏の終わりの恋人ごっこ。
お姉様と慕う後輩の少女のことも。
大覇星祭の借り物競争で走ったことも。
罰ゲームでした携帯のペア契約。
二人で撮った写真。
ボロボロの上条を一人送り出してくれたこと。
少女と同じ姿をした妹達。
夏の終わりの恋人ごっこ。
お姉様と慕う後輩の少女のことも。
大覇星祭の借り物競争で走ったことも。
罰ゲームでした携帯のペア契約。
二人で撮った写真。
ボロボロの上条を一人送り出してくれたこと。
上条は今、どんな表情をしているのだろうか。
(思い出せない。何も、思い出せない……)
あとは、拒絶するしかない。
知らない、と。
それ以外にどうすればいいか、分からない。
これ以上傷ついて欲しくない。
「……こっちに来ないで。今は誰にも会いたくないの。それと、どこの学生なの?
私が通ってたのは常盤台中学のはずよ。
女学校に男子生徒がいるはずないし――それに、その制服は高校生じゃないの?」
早口で捲くし立てると、少女の前髪から小さな火花が二、三回散る。
能力の暴走。
上条も少女も、それが分かった。
少女は慌てて両手で頭を抱え込むと、能力を抑制しようと集中する。
それが、上手くいかない。
今度は大きな火花が弾けた。
「駄目……抑えられない――!」
少女はナースコールのボタンを押そうとして、そのボタンに触れようとして――
電光が走る。
プラスティックが焼けて、独特の臭いを放つ。
ボタンは焼け焦げて使い物にならなくなっていた。
しかし、このまま暴走すれば周囲に強力な電磁波を撒き散らすことになる。
病院の医療機器やペースメイカーなどを機能停止させ、最悪の場合――
(人が死ぬ……!)
自分が誰かに助けを求めたから?
人を傷つけて、自分も傷ついてるつもりで。
能力を暴走させて、人に迷惑かけて。
(誰か――)
それなのに、また助けを求めるのは――身勝手すぎるのではないか。
記憶喪失というのも、結局自滅の類ではないか。
そんな考えが脳裏を過ぎる。
電流が幾筋も発せられるようになると、室内が青白い光に照らされる。
能力を制御に集中する。できない。それでも、それでも、それでも――
(嫌だ、嫌だ、嫌だ……!)
それでも、抑えきれない。だから焦って、制御できない悪循環。
少年に向かって叫ぶ。
「逃げて!危ないから……死んじゃうかもしれないから!」
せめて、この少年をこれ以上傷つけたくない。
この少年は少女を助けたいと思って来た。
少女にはなんとなく、それが分かる。
そんな人に傷ついて欲しくない……
それなのに、
あとは、拒絶するしかない。
知らない、と。
それ以外にどうすればいいか、分からない。
これ以上傷ついて欲しくない。
「……こっちに来ないで。今は誰にも会いたくないの。それと、どこの学生なの?
私が通ってたのは常盤台中学のはずよ。
女学校に男子生徒がいるはずないし――それに、その制服は高校生じゃないの?」
早口で捲くし立てると、少女の前髪から小さな火花が二、三回散る。
能力の暴走。
上条も少女も、それが分かった。
少女は慌てて両手で頭を抱え込むと、能力を抑制しようと集中する。
それが、上手くいかない。
今度は大きな火花が弾けた。
「駄目……抑えられない――!」
少女はナースコールのボタンを押そうとして、そのボタンに触れようとして――
電光が走る。
プラスティックが焼けて、独特の臭いを放つ。
ボタンは焼け焦げて使い物にならなくなっていた。
しかし、このまま暴走すれば周囲に強力な電磁波を撒き散らすことになる。
病院の医療機器やペースメイカーなどを機能停止させ、最悪の場合――
(人が死ぬ……!)
自分が誰かに助けを求めたから?
人を傷つけて、自分も傷ついてるつもりで。
能力を暴走させて、人に迷惑かけて。
(誰か――)
それなのに、また助けを求めるのは――身勝手すぎるのではないか。
記憶喪失というのも、結局自滅の類ではないか。
そんな考えが脳裏を過ぎる。
電流が幾筋も発せられるようになると、室内が青白い光に照らされる。
能力を制御に集中する。できない。それでも、それでも、それでも――
(嫌だ、嫌だ、嫌だ……!)
それでも、抑えきれない。だから焦って、制御できない悪循環。
少年に向かって叫ぶ。
「逃げて!危ないから……死んじゃうかもしれないから!」
せめて、この少年をこれ以上傷つけたくない。
この少年は少女を助けたいと思って来た。
少女にはなんとなく、それが分かる。
そんな人に傷ついて欲しくない……
それなのに、
「美琴」
少女の名前を呼ぶと、少女へ向かい歩き出す。
「俺はおまえを心配して来たんだ。心配したんだ」
少年は右腕に巻かれた包帯を解く。
電流が少年の足元を走り、蛍光灯が割れる。
そんな中を、少女だけを見つめて歩いていく。
「おまえがまだ、誰かに助けを求めるのが許されないって思ってるなら」
少女に歩み寄る少年の目に迷いはなく、
「上条当麻は――」
右手を少女へ伸ばす。
美琴、と呼ばれた少女の記憶に『上条当麻』の名前はない。
だけど、何かが覚えている。
少女の中の深いところ――きっと、心のどこかで覚えている。
この少年は、少女にできないことを成し遂げる――と。
「俺はおまえを心配して来たんだ。心配したんだ」
少年は右腕に巻かれた包帯を解く。
電流が少年の足元を走り、蛍光灯が割れる。
そんな中を、少女だけを見つめて歩いていく。
「おまえがまだ、誰かに助けを求めるのが許されないって思ってるなら」
少女に歩み寄る少年の目に迷いはなく、
「上条当麻は――」
右手を少女へ伸ばす。
美琴、と呼ばれた少女の記憶に『上条当麻』の名前はない。
だけど、何かが覚えている。
少女の中の深いところ――きっと、心のどこかで覚えている。
この少年は、少女にできないことを成し遂げる――と。
「まずは、その幻想を――ぶち殺す!」
上条当麻の右手が美琴に触れる。
美琴は電流が霧散する中で――少しだけ、心がピリッとした。
上条当麻の右手が美琴に触れる。
美琴は電流が霧散する中で――少しだけ、心がピリッとした。