とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

2-13

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(二日目)12時14分


第一二学区。
周囲には高層ビルが立ち並び、四車線の交通が可能な交差点の真ん中に彼女はいた。四ツ角にはそれぞれ歩道橋があり、中心くり抜いた四角形になっている。高層ビルと歩道の間には植林が立ち並んでいる。
七天七刀が舞う。
甲高い音を立てて、コンクリートの地面が抉れていく。六本の鉄線は、常人の目には映らない程の音速を超えた斬撃となり、『魔神』を襲った。

その斬撃を、『魔神』は音速を超えた速度で回避する。

神裂火織の眼前に、『魔神』は歪んだ笑みを浮かべて現れた。
彼女は反応する間もなく、豊満な胸囲がある胸元に、握りしめられた拳を叩きこまれた。
「――――ッ、ぶごっォオ!」
強烈な衝撃を受けた神裂火織は、五メートルほど吹き飛ばされ、息を整えながら距離を取った。
神裂は意識が薄れつつも、刀を構え、敵から視線を外さない。左手で口元に滴る血をに拭うと、両手で刀を握った。
「うおおおっ!!」
バスタードソードを握りしめた牛深が、大声を張り上げて、『魔神』の頭上にある歩道橋から飛び降りた。
腕力に思い切り力を入れて、一〇〇センチを超す刀剣を、迷いなく『魔神』の頭部に振り下ろす。
だが、
ガキィイン!という音がアスファルトとの衝突によって引き起こされた。長身の男性は、我が目を疑った。眼前に迫っていた『魔神』が視界から消えたのだ。
そして、足が地面に着く前に、彼は『魔神』との再会を果たす。
『魔神』の強烈なキックが、中年男の右頬を的確に捉えた。
剣を振り下ろした反動で猫背になった長身の体は、顔だけ左に仰け反るような格好でアスファルトに着地する。『魔神』の蹴りで意識が跳びかけた男は、体の条件反射ですぐさま立ち上がるが、バスタードソードは手から離れていた。
男は、『魔神』と正面を向き合いながらも、中枢線を晒すような無防備な状態になっていた。
ズンッ!と『魔神』を起点とした半径三メートルほどの円が、アスファルトに亀裂を刻んだ。常人を逸した『掌逓』をくらった長身の男は、約10ほどメートル吹き飛んだ。
枝々が折れる音と共に、植林に身を突っ込んだ男には、既に意識は無かった。
カラン、カラン…と、空しい金属音と共に、バスタードソードはひび割れたアスファルトに落ちた。
『魔神』は足でそれを蹴って、バスタードソードを手にする。
ヒュン!という音がなる亜音速の剣筋は、後ろに迫っていた老人の斧の根本を切断した。
斧の刃の部分だけが、宙を舞った。
一瞬の出来事で呆気にとられた諫早の顔面に、重い右ストレートが直撃する。
意識を失い、膝を着いて項垂れる老人の体躯に、『魔神』は容赦なく腹部に強烈なキックを突き刺した。
『魔神』は放射線を描いて、空を舞う老体を見上げた。


この間、僅か一〇秒足らず。


30メートル程の『魔神』の背後で、ダンッ!と地面を踏みしめる音が聞こえた。
一陣の風と共に、神裂火織は『魔神』との距離を一瞬にしてゼロにした。
『聖痕(スティグマ)』を発動し、斬撃が『魔神』を捉えた。
神裂の魔力が一気に跳ね上がる。
『魔神』はそれをバスタードソードで受け止めた。
ドバァン!と聖人の人間離れした攻撃力が『魔神』の生身を襲った。アスファルトの亀裂はさらに増し、生じた爆風が破片を巻き上げた。
二つの刃は火花を散らせ、ギィィイン!と大きな金属音ともに聖人と魔神は交差した。
一〇メートルほど距離に神裂火織は降り立った。
空中で数回転した刃が、聖人の傍に落ちた。
『魔神』は手元にある剣を見た。
バスタードソードは根本から折れていた。
「……ふむ」
何の感慨もない表情で、『魔神』は折れた剣を見つめていた。
そして、剣として役目を終えた物を『魔神』は捨て去った。無機質な音が鳴り響く。
だが、それは『魔神』だけでは無かった。カランッという音が同時になった。
七天七刀が地面に落ちる。
「ぐぅッ…!」
神裂は膝を折り、肩から血を流していた。


この間、僅か〇,一秒足らず。


右腕に深い切り傷を負った神裂は、腕にチカラが入らず、刀を落としてしまった。
それだけはない。神裂の発動した『聖痕(スティグマ)』は、『魔神』の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によって強制的にキャンセルされてしまった。
水が噴き出している間欠泉に、いきなり蓋をされてしまったようなもので、神裂の魔力が暴走し、彼女の意識は朦朧としていた。
血が流れ落ちる右腕を無視して、左手で七天七刀を握り、立ち上がった。
こうして意識を保つだけで、彼女は精一杯だった。
その様子を見た『魔神』は呆れた口調を返した。
「『魔王』との余興で、右の肺を潰してしまってな。呼吸が少々苦しいのだ。その余を息一つ乱せないとは、貴様らに殺す価値も見出せぬぞ」
ゆっくりとした歩調で、『魔神』は彼女に近づいてくる。
(…私たちは、ただ…遊ばれている、だけなのですか…いくつもの戦場を駆け抜け、腕を上げてきたというのにっ…!)
天草式は、すでに戦闘不能に追い込まれていた。
『魔神』は右手に宿る『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と、体術しか我々に使っていない。だが、それでも翻弄され続けた。
仲間たちは死んでいないが、意識が奪われて倒れている者が半数以上、他も何らかの傷を受け、万全の状態ではない。のらりくらりと策略や攻撃を回避され、確実に的確な一撃を叩き込まれていく。
連携は一〇分も経たずにズタズタにされた。
『魔神』と単体でやりあえる魔術師は聖人である神裂火織しかいない。
しかし、すでに彼女も手傷を負っており、次の攻撃で確実に戦闘不能にされる。
(私たちは…こんなものだったのですか?……私たちは…彼の…足元にすら…及ばなかったのですか?…)

「――――ってください…」

誰かの声が、神裂の耳に届いた。
それは『魔神』の耳にも聞こえたらしく、彼女に近づく足を止めた。
声がした方角を二人は見た。
神裂の四〇メートル程の視線の先には、『海軍用船上槍(フリウリスピア)』に体を預け、必死に立ち上がる少女の姿があった。
着ていた白のジャケットは、所々が破け、黒い汚れが付いている。破れているハーフジーンズはさらに傷みが広がり、彼女の素足は、膝の擦り傷の血で濡れている。
中に着込んでいるネットの黒シャツは破け、ピンク色のブラジャーと、白い素肌の胸が晒されていた。
五和は左手で、顔に付いた汚れと汗を拭い、敵を目視する。
『魔神』を睨みつける五和の眼光は鋭さを増していた。
大きな声が木霊した。

「当麻さんの体から、さっさと出て行ってください!!」

その殺気を感じ取った『魔神』は、何の感情もなく、彼女を見た。
五和の周囲には、数人の天草式のメンバーが倒れていた。
『海軍用船上槍(フリウリスピア)』を構え、五和は破れた靴を脱ぎ去った。素足でアスファルトに立つ彼女は、大きな深呼吸をした後、言葉を紡いだ。

“Cuando los brillos de fuego, exigiré el agua.…El agua me rodea y me protegerá―――”
(我が光り輝く炎を求める刻、我は凍てつく水を求めるだろう――)
神裂はゾッとした。
五和が唱え始めた魔術は、天草式のものではない。
彼女が単体として使う魔術だった。
「――五和ッ!」
神裂の叫びも、彼女には届かなかった。彼女の頭にあるのは、『魔神』ただ一人。
魔術の魔力を感じとった天草式メンバーの一人が、負傷している体を起して、叫んだ。
「五和ちゃんっ!」
“Cuando el agua me exige, exijo el agua!!”
(我が凍てつく水を求める刻、凍てつく水は我を求める!)
五和の素足に『水』が巻きつき、水面を滑るがごとく、滑らかな動きで『魔神』に突進していった。
彼女の魔術と同時に、ヒュン!という疾風の攻撃が『魔神』を襲う。
七教七刃。
鋼糸を張り巡らせ、七方向から同時に攻撃するという、彼女が編みだしたオリジナルの技。
速度はますます加速し、五和はさらに言葉を紡いだ。
“Cuando el fuego me exige, exijo el fuego―――”
(清らかなる炎が我を求める刻、我は炎を求め――)
両手で『海軍用船上槍(フリウリスピア)』を一回転させ、上半身を大きく捻った。「突き」の姿勢をなし、氷の上を滑るような動きで、『魔神』との距離を一気に縮めた。
七教七刃は『魔神』を攻撃したが、七つの線撃は『魔神』の足元で消滅した。七教七刃が生じた風が、『魔神』の黒髪を揺らす。
“La llama de la purga pasa por usted!”
(清らかなる炎は、全てを浄化する!)
ボワッ!と『海軍用船上槍(フリウリスピア)』の矛に炎を纏った槍は、ついに射程距離範囲に入った。
五和は、全身の回転モーメントを注ぎ込んだ一撃を『魔神』の左胸に放つ。
バギンッ!
『魔神』の右手に『海軍用船上槍(フリウリスピア)』を捉えられ、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』に、練りこまれた魔術の細工ごと、炎は打ち消された。
『魔神』はグイッと槍を翻し、五和のバランスを崩そうとした。
だが、既に彼女は『海軍用船上槍(フリウリスピア)』を手放していた。
それだけではなかった。五和は『魔神』の視界から消え失せていた。
「っ!?」
『魔神』の目が初めて見開かれる。
そして、


“La llama de la purga pasa por usted!”
(清らかなる炎は、全てを浄化する!)


五和は大声で、魔術を唱える。
炎を纏ったナイフを手に、五和は『魔神』の背後に回っていた。素早い動きで身を一回転させ、背中に隠し持っていたナイフを左手で握り、押し込むことを前提とした突きで、右手を柄に添える。
七天七刃と『海軍用船上槍(フリウリスピア)』の二重のフェイク。
完全に『魔神』の後ろを取った五和は、咆哮した。
腹の底から、絶叫する。

「当麻さんから、出て行けぇぇえエエッ!!」

掠れた彼女の声が、『魔神』の耳に届く。
五和は、上条当麻を愛していた。
一目惚れだった。
その恋は、内気な彼女を突き動かしてきた。昔も、そして今も。彼の力になりたいと願い、彼の為に強くなりたいと願い、人に見えない努力を積み重ねてきた。
「浄化の炎」は、邪悪なものを断ち切る魔術。
『魔神』は一瞬で身を翻し、彼女に振りかえった。

襲いかかる五和を見て、『魔神』は心の底から笑った。

炎を纏ったナイフは直進した。
ドスッ!
という音が鳴り、五和のナイフは『魔神』の左胸に突き刺さった。
鮮血が顔に飛び散り、五和は驚愕した。
「―――えっ?!」
決死の手段だったとはいえ、自分の攻撃が当たるとは思っていなかった。
水を使う魔術は、かつて対峙したアックアの魔術を見よう見まねで編みだしたものであり、火の魔術はその術式の色彩を「赤」に変えたものである。
短剣から流れ落ちる『魔神』の血を見て、五和の喉は冷えあがった。
それは人間と同じ、赤い血。
人格は違うとはいえ、自分が愛する男の身体を傷つけたのだ。『魔神』の白いYシャツに、赤い血が徐々に広がっていく。
身を焦がしていた敵意は一瞬で消え去り、五和は凍りついた。肉を突き破った生々しい感覚と罪悪感から、身を引こうとした瞬間、
『魔神』は左手で、ドガッ!と五和の頭部を鷲掴みにした。
「うぐっ?!」
彼女は、軽い脳震盪に襲われた。
ナイフは衝撃で引き抜かれ、地に落ちる。
五和の意識が徐々にはっきりしてくる。
そして、眼前には愛しい男の顔が迫っていた。
「…良い目だ。気に入った」
『魔神』が微笑みを浮かべて、五和の顔を覗き込んでいた。
顔は、意中の男性とはいえ、精神はドラゴンに乗っ取られている。
恐怖に心を掬われた五和は、
「ッ!離せ!」
と、蹴りを叩き込もうとしたが、『魔神』右腕が腰に手を回され、胸から下の身体が密着した状態となって、五和の動きが封じられた。
五和は、『魔神』に抱きしめられていた。
彼女と『魔神』の顔の間は数センチの距離で、彼女の吐息が『魔神』の顔に当たるほど、接近していた。
五和はさらに驚く。
意中の男性の顔が、目の前にあるのだ。
戦闘中だというのに、五和の冷静な殺気は失われ、『魔神』は、不敵な笑顔を浮かべたまま告げた。
上条当麻には似つかわしくない、邪悪な笑顔と甘い囁きで。


「余の『僕(しもべ)』になれ。五和」


「――んッ?!」
五和の唇は唐突に奪われた。
熱い感覚が、彼女の口内にねじ込まれた。
ネチュ、という卑猥な水音が五和の思考を奪う。
乾いた唇を潤す、温かいキス。
右腕で彼女の身体は抱きしめられ、左手は彼女の顎を持ちあげ、顔を固定されていた。
五和はパニックに陥る。
彼女はキスをされている。
愛しい男の姿をした『魔神』に。
彼女はファーストキスは、唐突に奪われた。それも恋焦がれた男性の唇に奪われて、予期せぬ形で成しえてしまった。
奪われたのは彼女の唇だけではなく、口内まで蹂躙された。
クチャァ…と、粘着ある唾液を引き、二人の唇は離れた。
茫然自失としている五和の耳に、『魔神』の声が囁いた。

「上条当麻はお前と違う女を心底愛している。そなたに振り向くことなど、一度たりとも無い。そなたの一途な恋心が実を結ぶことなど、決して無いのだ」


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――え?」
五和は、凍りついた。
そして、目の前が真っ暗になった。


見たこともない風景が映っていた。
自分と上条当麻が仲睦まじく、過ごしていた。
天草式の皆と、笑い合っている。
自分の手と上条当麻の手は指をからめ合って、繋がれていた。
一緒に映画館に出かけたり、
一緒にレストランに出かけたり、
皆に隠れてキスしたり、
二人で夜をベッドの上で過ごしたり、
他の女の子に好かれる上条当麻に嫉妬したり、
天草式のメンバーから二人の熱愛ぶりを冷やかされたり、
恋人となった上条当麻との日々が、目の前にあった。
それは自分が望んだ現実であり、その光景に心が満たされる。

しかし、その幻は一瞬で崩れ去った。

気づけば、五和は暗闇に一人佇んでいた。
(ここは…どこ?)
一筋の光があった。愛しい男の背を照らしていた。
あのツンツンとした髪型は、一日たりとも忘れたことは無い。
「!当麻さ…」
彼女の声はそこで途切れた。
周囲が徐々に明るくなるにつれて、彼が一人ではないことがわかった。
当麻の傍に他の女がいた。
他の女が手をつないでいた。
手を取り合いながら、彼女は当麻に微笑みかける。
彼も彼女に微笑みかける。
彼の笑顔は、自分と一緒にいた時よりも輝いて見えた。
なぜ、隣にいるのは自分ではない?
こんなにも好きなのに。
誰よりも好きなのに。
彼の為に、誰よりも努力してきたのに。
彼の為に、可愛くなったのに。
彼の為だけに、尽くしてきたのに。
なんで、自分に振り向いてくれないのか。
五和は、叫んだ。
「…い、……いやああああああああ!!」


「―――――――――――――――――――――っ…―――あっ……」
気づけば、『上条当麻(ドラゴン)』は眼前にいた。
自分の瞳は、涙に濡れていた。
「それはお主が望んだ幻想。だが、それは有り得なかった現実ではない。お主と上条当麻が結ばれる運命は、確かに『在』ったのだ」
五和にはそれが、分かった。
先ほどのビジョンが真実であることが理解できた。
この世に「並行世界」というIFがあれば、自分と上条当麻が結ばれ、愛を語り合えた未来があったことは確かだった。
あのキスの感覚、抱擁された時の感覚。
愛の温もり。
芯から蕩けるような幸福の感情。

在ったことなのだ。
自分が、もうちょっと手を伸ばしていたなら、
もっと積極的に接していれば、
上条当麻と少しでも長く傍にいれば、
彼は私を見てくれた。
愛してくれた。

「……あ、ああ…ああ…あ、あああーっ……」
涙が止まらない。
感情が制御できない。
上条当麻が、御坂美琴を選んだことを知った時、自分は諦めると思ったのに。
あの時、彼を慕う人たちと一緒に思いっきり泣いたのに。
この涙は、まだ枯れていなかった。
彼女の涙を、『魔神』はそっと拭った。
愛しい男の顔が眼前にある。そして、甘い声が彼女の耳に囁かれた。

「『余』はお前を愛してやる。この身に抱かれることを光栄に思え」

もう一度、『魔神』は五和に唇を重ねた。
舌を入れ、彼女の口を再び蹂躙する。熱い感情が五和に湧き上がり、脳内を揺らすほど刺激する。
涙はそれでも止まらなかった。
だが、徐々に冷え切ったに生ぬるい温度が満たされていく。
何度も、彼女に濃厚なキスが襲ってくる。それを成すがままに五和は受けいれていた。
熱い。
温かい。
…欲しい。
手に入らなった愛情が欲しい。
彼女は、『魔神』の甘美な囁きに耳を傾けてしまった。


五和は自らの意思で、『魔神』の舌に、自分の舌を絡めた。


神裂火織は眼前で起こっている現象に絶句していた。
五和は『魔神』と唇を貪り合っていた。
だが、彼女が注目しているのはそれではない。
『魔神』の右肩から生えている巨大な『何か』だ。翼のような、腕のような…このようのものとは思えない、不思議な物質だった。
四本の長い指先のような先端から、一本の毛糸のようなものが出ており、それが五和の頭に繋がっていた。
五和は『魔神』に抱きしめられて、その異様な物体が見えていないだろう。
神裂火織は『それ』を『識』っていた。
この世全ての万物を操り、変換し、願望通りに物体を作りかえる神の領域の力を持つ腕。
かつて『神の右席』の『右方のフィアンマ』が所有していた、『ドラゴン』の一部。

『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』。

あの腕のせいで、『禁書目録(インデックス)』や自分たちがどのような被害をこうむったか、神裂の脳裏にまざまざと蘇った。
その事件は、「科学」と「魔術」との戦争の芽となり、「ドラゴン」が覚醒を始めることとなる事件だった。
彼女は力一杯に歯を食いしばり、唇を噛み切ってしまった。
「ドラゴンッ!!貴様、何をしているッ!!五和から離れろォォおおお!!!」
七天七刀を握り締め、神裂火織は何の考えもなしに突進した。
アスファルトは聖人の脚力で蹴り砕かれた。『聖痕(スティグマ)』を発動し、魔力を爆発させた。
石柱すら一刀両断する刃は、『魔神』を捉え、右腕の傷から血が飛び散ることも恐れず、両手で刀を握り、『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』の一指を斬り落とした。
『魔神』は五和から体を離すと、常人離れした脚力で跳び上がり、歩道橋の手すりに足を止めた。
斬り落とされた指と五和の頭に繋がっていた糸は霧散し、『魔神』の右肩から生え出ていた『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』はゴキゴキという音と共に、『魔神』の身体に潜り込み、その姿を消した。
神裂の腕に、五和は倒れこんだ。
傍には、術式が打ち消されたナイフと『海軍用船上槍(フリウリスピア)』が転がっている。
神裂は射殺しかねない視線で、『魔神』を睨みつける。
「ドラゴンッ!!五和に何をしたあああああああああ?!」
左手で七天七刀を振りかざし、太陽を背に立っている『魔神』に吼えた。
Yシャツの左胸あたりが血で赤く染まっており、『魔神』は唇をそっと舌で舐める。
不敵な笑顔を取りつくろい、神裂火織の神経を逆なでする口調で、
「何を言っている?貴様も見ていたであろう?余は、五和を余のモノにすると決めただけだ」
「ふざけるなっ!お前はただの下種だっ!神を名乗る資格も無い!」
「ふはははははっ!余は神を殺すための神だ。それ以外の義務は無い。人を殺そうが犯そうが蹂躙しようが所有しようが、余の気まぐれだ。余はその人間が気に入った。それだけだぞ?聖人よ」
神裂火織の頭は激怒で沸騰した。
『竜王(ドラゴン)』は神でも、例外中の例外であり、神を殺す権限と能力を与えられている『怪物(カイブツ)』である。
人には災いや破壊を齎す神でもあるが、それは邪悪なものにしか適応されない。偉人を導き、絶大な力を宿し、世に平定を齎す象徴ともなる神でもあるのだ。
だが、強すぎるがために人に畏怖され、そして、肉体をバラバラにされ、人間に封印された。
よって、人間という『穢れ』と『強欲』を知った『竜王(ドラゴン)』は、ただのカイブツに成り果てていた。
その原因が人間であり、人間はその罪を忘れて、ただ『竜王(ドラゴン)』を恐れていたのだ。真に罪深き者は人間である。
だが、神裂火織は『識』らない。
『魔神』は怒りに身を焦がす聖人を見据え、笑いながら、
「聖人よ。貴様は何か勘違いをしていないか?」
「ッ!!どういうことだ?!」
『魔神』の言葉に嫌悪感すら覚える彼女に、冷静な思考はとうに失われている。
心にあるのは、『魔神』に対する憎悪と、仲間を想う情のみだ。
(ちっくしょうッ!これ以上仲間を失ってたまるか!建宮も、対馬も、香焼も死なせて、私はッ!皆を守るためにここにいるのにっ!私の為に天草式があるんじゃない!天草式のために私がいるんです!)
神裂は自分の弱さと激情に駆られ、瞳には涙すら貯めていた。
『魔神』は顔を歪ませる神裂を笑いながら見つめ、
告げた。
「五和は、自ら余のモノになることを受け入れたのだぞ?」


ドスッ…


鈍い音が響いた。
赤い血の斑点が、アスファルトを濡らし始めた。
数秒、神裂は反応が遅れた。
「か――――はっ…」
彼女は、目の前の現実が受け入れらず、途切れ途切れに声を吐いた。
なぜなら、
彼女の腹に、
五和が『海軍用船上槍(フリウリスピア)』を突き刺さしていたからだ。
喉から込み上げた血を手で抑えながら、神裂は呟く。
「……五、和?………何…をっ?…」

「なに、余に籠絡されただけのことだ」

『海軍用船上槍(フリウリスピア)』を神裂の腹部から引き抜いた五和は、立ち上がって無機質な瞳で彼女を見つめた。
大量の血が流れ出る腹部を抑え、神裂火織はアスファルトの上をのたうった。
「きゃあああああああああああああああああああ!!」
「プ、『女教皇(プリエステス)』様ぁああ!」
「五和ぁあ!お、お前何をッ?!」
他の天草式十字凄教のメンバーはその光景に目を疑った。
ある者は悲鳴を上げ、またある者は言葉を失ったまま、茫然としているだけだった。
『魔神』は高らかに声を上げる。
「ふはははははははははははっ!良い!実に素晴らしい!五和!なかなかに愉快な景色ぞ!誇るがよい!」
ぺたぺた、と五和は素足でアスファルトの上を歩き、『魔神』が立っている歩道橋の下まで近寄った。彼女は『海軍用船上槍(フリウリスピア)』を捨て、『魔神』を見上げた。
「ハイ…当麻、様」
無感情な五和の返答は、『魔神』をさらに悦ばせた。
「ふはっはっはっ!意識を嫉妬と欲望に流されながらもそれでもなお、上条当麻に恋焦がれるか!なんとも色欲に素直な人間か!だがそれで良い。それこそ人間のあるべき姿だ。気に入った!
これは神の加護ぞ!心して身に受けるがよい!」
『魔神』の背中から白の翼が発現する。4メートルほどの大きな片翼が、五和の体を覆い尽くした。
翼の形をした『何か』は、外形を崩し、白い液体のような粘着性を持ったモノへと変貌した。グチャグチャと音を立てながら、五和を包み込んでいく。
フワリと、その『何か』地面から浮き上がり、『魔神』と同じ高さまでになると上昇を止めた。ボタボタと白い液体が垂れ落ちるが、みるみる硬化が始まり、楕円の繭のようなものが形成された。
全長は三メートルをで、幅は二メートルほどある。
歩道橋の手すりから『魔神』は離れ、ゆっくりと浮遊し、白い繭に近づいた。そして、『魔神』は右手を触れる。
パリンッ。
ガラスが割れたような音が鳴り、『魔神』の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が反応した。
白の繭に亀裂が走り、その隙間から強烈な光が漏れだした。
辺りは眩い光に包まれた。
太陽の光を浴びた羽が舞い降りる。
天草式十字凄教のメンバーは奇怪な現象に目を疑った。
「なんだ?…これ」
周囲が光に包まれ、五和や神裂火織の様子は分からない。ただ、無数の羽のような白い物体が空から降り注いでいることが分かった。傷ついた仲間に手を貸している者が多くいる中、一人がその羽のような物体を掴もうとして、
「熱っ?!これ、ただの羽じゃないぞ?!」
ジュウッ、と音を立てて掌に火傷を負った。
他の天草式のメンバーも被害を受けて、急ぎ早に物陰に避難した。
羽のような物体は、人間や植物には被害を及ぼすが、アスファルトや鉄で出来た信号や歩道橋には全く変化が見られなかった。まるで雪が解けるように霧散していく。その神秘的な光景に目を奪われつつ、天草式十字凄教のメンバーは『魔神』の方角に目をやった。彼は言葉を失った。
天使。
左胸のあたりを赤く血で濡らしたワイシャツを着て、両手を黒ズボンのポケットに入れている一人の『魔神』と、同じ高さに浮上している『天使』がいた。
白のローブを身に纏い、金色のラインが入った純白の甲冑を着ていた。銀色の金属ブーツが光沢を発していた。無機質な紫色の瞳を宿し、紫色の髪を靡かせている。
背中には大きい白の翼が生えていた。
天草式十字凄教のメンバーは息を飲んだ。
「………五、和?」
ガチャン!と白い繭は地面に落ちて、割れた。
空に浮かび、繭から生まれた『天使』は五和の容姿をした少女だった。
二重瞼が特徴的な瞳に、肩にかかる長さのショートヘアーをした容姿は、五和そのものだ。だが、彼女の表情に、感情は宿っていない。
『天使』は右腕を水平に突きだした。
彼女の周囲に散乱していた羽が急速に集まり、純白の槍を形成する。
少女の全身の二倍ほどある翼が動き出し、槍を天草式の人々に入る方角に向けた。
空気が戦慄する。
一帯を覆い尽くしている羽が、一斉に天草式のメンバーに襲いかかった。
「―――――――ッ!!?」
吹雪のように降り注ぐ白の無数の羽。
咄嗟に武器で身を防ごうとするが、間に合わない。
生物の肉体のみを焼き尽くす羽は容赦なく、彼らに向かっていった。
それは彼女も例外では無い。
交差点の中心で倒れていた神裂火織は、穴が開いた腹部を抑え、仰向けにその光景を見ていた。彼女は朝日に照らされる『天使』と『魔神』を見つめ、茫然としたまま死を悟った。


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