とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 5-338

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匿名ユーザー

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(25.木曜日21:30)
姫神秋沙は気を失っていた。

あの時、廊下に出た上条を追って姫神秋沙はこっそり台所に入っていた。
上条がヒソヒソと話している声を聞くと姫神秋沙にまたイタズラ心が芽生えた。

(上条君。私のことを土御門君に隠そうだなんて。ちょっと傷付いたかな。
 ふふ。もし今「上条君」って声をかけたら。君はどう言い訳するかな?)
「かみ……」
「姫神を殺せ?」
 (なっ何?今「姫神を殺せ」って)

会話の断片しか聞こえなかったが、姫神秋沙は理解してしまった。
自分が吸血鬼を生み出している元凶であること。
そして自分が死ねば吸血鬼も消滅すること。

バスルームで上条に励まされ、自分にもまだ存在価値があるかもしれないと思った。
『吸血殺し』が吸血鬼から人間を守るならそれを受け入れてもいいと思い込もうとした。
その矢先に自分こそがその吸血鬼という災厄の元凶だという事実を突きつけられた。

逃げ出したいのに震えだした足はうまく動いてくれない。
テーブルまで来ると立っていることすらできなくなった。
残酷な現実から逃れたくて目をつむり耳も塞いだ。

いきなり身体を持ち上げられて悲鳴を上げたことは覚えている。
でも7階から飛び降りた後の記憶は無い。
気が付くと通路に立っていた。

(ここは…………工場の中?
 でも床や壁に描かれた模様や文字は……これは三澤塾で見たことある……確か魔法陣。
 あれ?身体が動かない。足首を紐で縛られているだけなのに。
 ひょっとして私。魔術師にさらわれた?
 何のため?……やっぱり吸血鬼?
 でも『歩く教会』は脱がされていない。
 じゃあなぜ?……)

その時、姫神秋沙の考えを遮るように男の声が工場内に響いた。

「全員、準備は終わったな。では始めるぞ!」

その瞬間『歩く教会』は舞い上がり『吸血殺し』が発動した。

同時刻、上条当麻は工場を囲む広大な駐車場の外縁にいた。
仕掛けられているかもしれない罠についてはあえて考えず一気に駐車場を駆け抜けた。
通用口まで来た時、上条は違和感に気付いた。

(中はまだ明るいのに守衛室に誰もいない。
 ロッカールームにもシャワー室にも事務室にも人の気配がない。
 これは……人払いの魔術!
 待ってろよ、姫神。すぐに助けてやる)

上条は事務室に入り工場へ続くドアの前まで進んだ。
ガラス越しに覗いた工場の内部はサッカー場ぐらい広く天井の高さは20m程あった。

(ここに姫神がいるとしたらどこだ?
 囮ならやっぱり中央辺りか?
 それなら魔術師達は姫神を取り囲むように身を潜めているハズだ。
 土御門は1ダースって言ってたけど、どこにいる?
 全く気配がしねえぞ。
 くそ!ただでさえ多勢に無勢だっていうのに作戦無しの出たとこ勝負で大丈夫か?俺)

上条がドアのノブに右手をかけた瞬間「バキン!」という感触が手に響いた。
同時に「ピィィィー」という警戒音が工場内に鳴り響いた。
上条の右手が工場内に張り巡らされた防御結界の1つを破壊したのだった。

(くそっ!もう気付かれちまった)

上条が舌打ちした瞬間、悪寒が背筋を走った。
上条からは見えなかったが、吸血鬼は反対側にあった製品搬出口の前に現れていた。
そのため魔術師達は上条が結界を破ったとは思わなかった。
そして、工場内は耳をつんざく轟音と目もくらむ閃光で満たされた。


(26.木曜日21:48)
(あれ、目の前に魔術師が2人いる。さっきまでいなかったハズなのに)

上条は吸血鬼が現れたことで隠遁の結界を解き攻撃呪文を唱えている魔術師に気が付いた。
上条は転がっていた鉄パイプを左手に持つと身をかがめながら魔術師達に近づいた。
魔術師達の真後ろまで来ると立ち上がり、その首筋に鉄パイプを叩きつけ昏倒させた。

(ふーっ、間抜けな奴らで助かった)

本当は魔術師達も油断などしていなかった。
彼らは周囲の床に対吸血鬼用の強力な迎撃術式を展開していた。
しかし、かがんだ上条の右手が触れた時それらは発動することなく破壊されていたのだ。
上条は倒した魔術師達の手足を棚にあったガムテープでぐるぐる巻きにした。
(楽勝?)と思った上条だが世の中そんなに甘く無いことをすぐに思い知った。

「こいつ!なんで効かない!」

叫び声の方向には吸血鬼に壁際に追いつめられつつある1人の魔術師の姿があった。

(魔術師のくせに簡単に追いつめられるんじゃねえ!
 目立ちたくないこっちの都合も考えろ!)

上条は30mほど先の吸血鬼に全速力で駆け寄った。
途中、轟音とともに深紅の炎が右側から襲ってきたが、右手の一閃でそれを打ち消した。

「うおぉぉぉ!」

魔術師に噛み付こうとしていた吸血鬼の背中に上条は右拳を叩きつけ吸血鬼を霧散させた。
その向こうでは追いつめられていた魔術師が恐怖で顔を引きつらせていた。

「たっ、助かった。ありが…」
「バカ野郎!」 
「ガハッ」
「ハァ、ハァ、無駄な全力疾走させやがって」

魔術師の言葉を右フックで遮って上条は倒した魔術師の手足をガムテープで縛った。
その時、二人めがけて氷の刃が襲ってきた。
もし右手の迎撃が一瞬でも遅れていたら魔術師もろとも両断されていた。

(こいつら敵も仲間も見境無しかよ。
 くそ!何で俺がコイツらの身の安全まで面倒見なきゃならねえんだ)

上条は倒した魔術師から走って離れた。
十字路まで来ると正面をふさぐ魔術師から炎の龍が解き放された。
しかも背後にいた魔術師からは1ダースもの氷の槍が飛んできた。
上条はとっさに左の通路に転がり込む。
しかし、背後で衝突した炎と氷が起こした水蒸気爆発に盛大に吹き飛ばされた。

「うぁちっちっ!こっちは一人なんだからちょっとぐらい手加減しろ」

上条が顔を上げると、通路の両端を塞ぐように立つ2人の魔術師が呪文を唱えていた。
袋のネズミとなった上条に再度炎の龍と氷の槍が襲いかかってきた。

(げっ、ヤバイ)

とっさに上条は背後の炎の龍に右手で裏拳を叩き込むとその勢いのまま床に倒れ込んだ。
上条を仕留めたと確信していた炎の魔術師は、炎の龍が消された事を理解する前に、
氷の槍の直撃を受けて床に崩れ落ちた。
予想外の事に一瞬動きが止まった氷の無術師には、素早く起きあがった上条が右拳を叩き込んだ。

(ふーっ、これでやっと五人か)

上条が周囲を見回すと、右の通路の先にセーラ服姿の姫神秋沙が見えた。
姫神秋沙に駆け寄ると足首を縛っている紐に気付いた。
紐を外そうと右手を掛けた瞬間、紐はひとりでに解けて落ちていった。

「姫神!無事か?」
「上条君?」
「俺が判るか?ここから逃げるぞ!」
「どうやったら死ねるかな?」
「なにを言ってる」
「私。聞いてしまった。上条君の電話。
 吸血鬼の正体は私。そうでしょ?」
「そっ、それは」
「結局。皆を殺したのは本当に私だった」
「違う。姫神のせいじゃない」

「やっぱり。私は生きていちゃいけない。
 私が死ねば吸血鬼も消滅する。
 でも、どうやったら死ねるかな?」
「うるさい!そんなことはどうでも良いんだよ。
 方法が見つかったんだ。
 誰も傷つかず、誰もが笑って迎えられるエンディングが在ったんだよ」
「えっ?」
「朝だ。明日の朝になれば全てが解決する。
 そしたらお前に悪夢を見せている幻想なんて俺がぶっ壊してやる」
「本当?」
「ああ、本当だ。だから諦めるな!」
「う、うん。」

上条は姫神の手を握り走り出そうとしたが、ふと立ち止まって振り返った。

「姫神、ちょっとゴメン」
「?」

上条は姫神秋沙の首筋に右手を当てると目を閉じて力みだした。

「…………やっぱりダメか」
「何のこと?」
「いや、何でもない(『幻想殺し』を拡げるって、一体どうすりゃ良いんだ?)
 とりあえず、逃げるぞ。」


(27.木曜日21:55)
「ジャギン!」
突然、上条達を取り囲むように床から数十本の土の槍が生えた。
それらは一気に10mも伸びると一本の縄を作るように先端から縒り合わさっていった。
上条は正面の数本を右手でなぎ倒し、姫神の手を引き転がり出た。

「俺達は雑巾じゃねえぞ」
「騎士(ナイト)君を雑巾扱いして申し訳ないが、その娘に逃げられちゃ困るのでね」
「誰だ!」

上条は声のする方向に石を投げつけると、そこには人間ほどの土の塔が立っていた。
その土の塔が崩れ去るとすまし顔の魔術師が姿を見せた。

「姫神、下がっていろ!」

上条が一歩踏み出した瞬間、前方の床から土の壁が2mもせり上がってきた。
それが上条を押しつぶすように一気に倒れてきた。
上条はとっさに右手を前方に押し出して倒れてきた土の壁を突き崩した。
土煙の中から無傷で現れた上条を見て土の魔術師から余裕の笑みは消え去った。

「貴様、一体何をした?」
「俺はな、こんな石ころぐらい簡単に砕けるんだよ。学園都市の能力者を舐めんな!」
「ふざけるな。貴様ごときにわが魔術が通じないとでもいうのか!」
「じゃあ、確かめてみな。
 てめえの攻撃なんか、全てひねり潰してやる」

土の魔術師が繰り出した土の槍は上条の右手に遮られると全て砕け散った。
作り上げたゴーレム達も上条の右手の一振りによって全てなぎ倒された。
そして上条の前進を阻む土の壁は紙のように破られた。
上条に全ての攻撃を破られた土の魔術師は上条に圧されるように徐々に後ずさっていった。

「一体何だ。お前の能力は?」
「どうした。もうお終いか?
 出し惜しみなんかするんじゃねえぞ!」
「ひっ……」

上条が一歩踏み出した時、後ずさった土の魔術師が突然身体をのけ反らせた。
魔術師に無数のツタが巻き付いたと思った瞬間、魔術師は緑の十字架に磔にされていた。
我を失い自分達の罠に嵌まった魔術師を見て、上条は至る所にある魔法陣にようやく気付いた。

(あぶねえ。気付いてなかった。こんなに魔法陣が仕込まれていたなんて)
「上条君。危ない!」
「ドゴッ」
「ドサッ」

上条が振り向くと上条の後ろで姫神秋沙が倒れていた。
その向こうには広げた右手を前につきだした魔術師が立っていた。

「まさか、その女に邪魔されるとはな。
 痛みも感じないうちに殺してやるつもりだったのに」
「姫神!」

倒れた姫神秋沙を助けようとしゃがんだ上条の頭の上を何かが突き抜けた。
「グァシャ!」という破壊音に振り向くと工作機械が潰れていた。
まるでボーリングの球を高速で叩きつけられたような壊れた方だった。

(ヤバイ、奴は掌から見えない何かを高速で打ち出してやがる。
 もろに食らったらアウトだ)

上条は左利きボクサーのように右拳を肩口に構えた。
上条は魔術師の腕の方向と表情から魔術師の攻撃を予測して右手を振るった。
しかし防ぎきれなかった攻撃が脇腹や左肩や太ももをかすめていく。
その度にバットで殴られたような激痛が走り、上条は顔をゆがめていった。
魔術師は攻撃を緩めずに前進し、上条は徐々に後ずさっていった。
魔術師が姫神秋沙を跨ぎ越えた頃には、上条の背は壁に張り付いていた。
しかも、左右の床には魔法陣のような模様が見えていた。

(まずい。逃げ道がない)
「これで、お終いだ」
「バチィッ」

魔術師は白目を剥いて気を失っていた。
その後には魔法のステッキ(特殊警棒)で決めポーズを取っていた姫神秋沙がいた。

「姫神!」
「これ、萌えない?」
「…………ぷっ」
「ふふっ……」
「あははははっ。
 ああ姫神、これならいつでも魔法使いになれるぞ。イテテッ」
「大丈夫?上条君」
「大丈夫だ。姫神こそあれを食らって良く無事だったな?」
「これを抱いていたから」

姫神は床に落ちていた白い布を拾ってみせた。それは『歩く教会』だった。

「そうだ。姫神、今のうちに『歩く教会』を着ておくといい。
 そうすりゃお前も安全だし『吸血殺し』も封印できる」

頷いた姫神秋沙であったが「バシッ」という音と共に背をのけ反らせて苦悶の声を上げた。

「カハッ!くうぅぅっ」
「だから、そんなことされるとこっちが迷惑なんだ」


(28.木曜日22:01)
ムチで打たれた姫神秋沙が落とした『歩く教会』をムチ使いはムチではじき飛ばした。
そして姫神秋沙に駆け寄ろうとする上条にもムチを激しく打ちつけた。
上条は床の魔法陣を気にする余り動作が小さくなりムチを上手く避けられない。

「くそ!(なんとか懐に入り込まないと)」

上条は両手を眼前で交差させダメージ覚悟でムチ使いに突進した。
しかしムチの衝撃に出足を止められてしまう。
何度試みてもダメージを受けるだけで間合いを詰めることはできなかった。

(痛てっ!やっぱり間合いが詰められねえ。
 しかもこいつは霊装じゃねえから『幻想殺し』も効かねえ。
 何かコイツの懐に入るきっかけが欲しい)

その時、ムチ使いの背後の壁掛け時計が目に入った。

(あと30秒)

ムチは、間合いを計る上条の腕や肩を、容赦なく打ちつけていく。

(くそ!いい気になりやがって)

約30秒後、悪寒が2人背中を駆け抜けた。
それを予期していた上条はムチ使いより早く動き出すことができた。
慌ててムチを振ろうするムチ使いに上条は右のレバーブローを放った。

「ぐはっ」
「遅いんだよ!」

身体を前に折り曲げたムチ使いの首筋に上条は組んだ両手を叩き込んだ。
しかしムチ使いを床に叩き伏せた上条も両手を膝に置き荒い呼吸をしている。
体中の激しい痛みも納まる気配はなかったが、休んでいる暇はなかった。

「ハァ、ヤツはどこに現れた?」

魔術師達の「こっちだ!」と叫ぶ声方向へ上条は重い足取りで歩き出した。
角を曲がると3人の魔術師の背中が見えた。
さらに魔術師達から10m向こうに吸血鬼が立っているのも見えた。
そして吸血鬼と魔術師達の魔力がぶつかり合い彼らに挟まれた空間が歪んでいた。
空間の歪みが5mもの大きさになると、それは徐々に魔術師達に近づいていった。

「くそ!3人がかりでも押し込まれる。
 コイツ、どれほどの魔力を持ってやがる?」

必死に押し戻そうとする魔術師達だったが、その顔には絶望の色が浮かんでいた。

(ちくしょう!見殺しにはできない)

魔術師達を救おうと、上条は身体の痛みに耐えながら歩み寄った。
そして魔術師の間近まで迫っていた空間の歪みに右拳を叩きつけた。
その瞬間、歪みを消された空間が揺り戻しの突風を巻き起こした。
突風に煽られ転がった上条が目を開けると50cmも離れていない場所に吸血鬼が立っていた。
3人の魔術師も気を失って上条の周りに倒れていた。
吸血鬼は上条の右隣に倒れている魔術師に噛み付こうとしていた。
上条は痛む右拳を握りしめると、裏拳を吸血鬼の頭に叩き込み吸血鬼を消し去った。
上条はのそりと起きあがると、足を引きずりながら姫神秋沙のいた方へ戻っていった。


(29-1.木曜日22:07)
「姫神、無事か?」
「ヒュン!」

上条の言葉を遮るように真空刃が飛んできた。
姫神に向かってあげた右手が真空刃を打ち落としたのは偶然だった。

「その右手、噂の『幻想殺し』か?」
 『幻想殺し』は吸血鬼にも効果があるのだな。
 しかし、その役は『吸血殺し』一人で十分なんだ」

言葉も終わらないうちに圧縮された空気の塊が飛んできた。
一つは右手でたたき落としたが、一つは上条の鳩尾を直撃した。

「ごっ、がァあああ」

痛みに身体をくの字に折り曲げた上条に風の魔術師がゆっくりと近づいてきた。
身体を伸ばせない上条は顔だけ上げて魔術師を睨み付けた。

「君はよく頑張った。ご褒美に楽に殺してやろう」
「なんだと!」
「ヒュン!」

飛んできた真空刃を痛む右手でたたき落とした。
しかし次に飛んできた黒い塊に右拳を叩きつけた時、拳は血を吹き上条はうめき声を上げた。
黒い塊はただのコンクリート片だった。

「ぐっ、うぅぅ」
「噂どおり魔術には無敵の『幻想殺し』もただの石に傷つくのか?
 自分の目で見るまでは信じられなかったが、面白いものだ。
 では『幻想殺し』に敬意を払って、このナイフで君を殺してやろう」
「そんなことさせない」

姫神秋沙が両手を広げて上条の前に立ちふさがり、魔術師を睨み付けた。

「姫神、止めろ。ここは俺に任せとけ」
「大丈夫。この人が吸血鬼を欲しがるなら私を傷つけることなんてできない」
「ほう、意味深な発言だな。
 では傷つかない程度になら痛めつけてもいいのかな。ほら」
「カフッ」
「ほう。気丈な娘だ。しかしいつまで持つ?次」
「んっク」
「姫神!もういいから」
「これはどうかな」
「あっく!」

姫神秋沙は上条を休ませるために少しでも時間を稼ごうとした。
そして姫神秋沙の思惑通り、魔術師は攻撃の手を緩めざるをえなかった。
姫神秋沙は苦痛の声を上げながらも、必死で身体を支え上条の盾になっていた。
しかし右肩に受けた衝撃に耐えきれずとうとう身体を半回転させて上条の方に倒れ込んだ。
そんな姫神秋沙を上条は正面から抱きかかえた。

「ありがとう。姫神。
 もうお前は休んでいいぞ。あとは俺に任せろ」
「上条君。大丈夫?」
「ああ、お前のおかげで楽になった」
「死んじゃ……ダメだよ」

姫神秋沙は上条の背中に両手を回してぎゅっと抱きしめるとその場に崩れ落ちた。
その時ズボンの後ポケットに何かが入れられたことに上条は気付いた。

「なかなか感動的なシーンじゃないか。お別れはもう済んだかね?」
「てめえ!」

上条は足を引きずりながら前進した。
魔術師は圧縮された空気の塊を上条に放った。
右手で捌ききれない攻撃が上条の身体を痛めつける。
それでも上条は足を止めなかった。
無術師の間近まで近づくと上条は魔術師の腰にタックルした。
客観的に見ればタックルなどではなく倒れないようにしがみついただけだった。
ただ、上条にとっては魔術師にダメージを与えることより密着することが大事だった。
右手にナイフを持った魔術師が左手で上条の背中をポンポンと叩いた。

「よく頑張ったが、ここまでだな」
「うっ、うるせぇ!」
「口はともかく、身体はもう動かないのだろ?」
「うるせぇって言ってんだ」
「じぁ、今すぐ楽にしてやろう。さよなら」


(29-2)
魔術師が上条の心臓にナイフを振り下ろそうとした瞬間、上条は動いた。
左手に持っていた特殊警棒を魔術師の足に当て電撃を放った。
魔術師がひるんだ時、残った全ての力を使って上条は右横の魔法陣に倒れ込んだ。
魔術師を道連れにして。
「ドッゴォーン!バチッバチッパチッ」
その魔法陣はインドラの檻と呼ばれていた。
魔法陣で囲まれた空間を何十本ものインドラの矢(稲妻)が跳ね回り、掛かった獲物を焼き尽くすものだった。

激しい雷光に目が眩んだ姫神秋沙が再び目を開けた時、もう放電は収まっていた。

「上条君?」

姫神の問いかけにも、魔術師に覆い被さった上条はピクリとも動かなかった。
しかも身体のあちこちからは薄い紫煙が立ち登っていた。

「上条君!」

姫神の叫び声に上条の右手がぴくりと動いた。
そして身体を左に回転させて仰向けになった。
魔法陣に倒れ込んだ時、上条は右手で自分の胸を押さえていたので致命的な一撃を受けずに済んだ。
魔術師も腹に上条の右手が触れていたので上条以上のダメージを負ったものの致命傷には至らなかった。

「上条君……」
「よう。姫神」
「良かった……無事で……」
「ハァ、これで全員か?
 これ以上はもう……動けねえぞ。ハァ
 後は『吸血殺し』を封印すりゃお終いだ」

上条が心配そうな姫神秋沙に右手を伸ばした瞬間、例の悪寒が背中に走った。


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