とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

3-1

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第三学区
日は落ち、学園都市は既に夜になっていた。
セブンズホテルの最上階のスウィートルーム、プリズムルームにある大きなソファーに、雲川芹亜は深く腰かけていた。タオルで汗を拭き取り、テーブルに投げ捨てる。

ようやく、長い一日が終わる。

多くの能力者と、多くの魔術師を動員し、神を滅ぼす『戦争』は幕を閉じた。
先ほど、意思体の交換が終了し、一年前の上条当麻の肉体を『並行世界(リアルワールド)』によって無事に返還したと報告が来た。
『並行世界(リアルワールド)』作戦は成功した。
半年前から動き出していた計画に終止符を打ち、ようやく緊張から解かれた彼女は、大きな深呼吸を繰り返す。
「お疲れさま」
黒スーツを着込んだ金髪グラサンは、彼女にコーヒーを手渡した。雲川はそれを受け取り、口に含む。ミルクと砂糖が多く入っており、甘い味覚が舌を刺激する。
「…本当に忙しいのはこれからだ。既に根回しは終わっているが、経営機能を失った企業を買収し終えるまで気が抜けない。この戦争の被害を利用しない手は無いからな。
神上派閥を拡大させるためには又と無い大チャンスだ。目標値に達するかどうかは蓋を開けてみなければわからんが、戦後にアレイスターがやった買収行為。そのままそっくり真似させてもらうよ」
「ブレインは大変だにゃー」
口の周りに付いたコーヒーの泡を吹き取りながら、
「ま、やりがいはあるけど…貴様に言っておく」


「任務終了だ。「土御門元春」のふりはもう止めろ」


雲川は、眼前に立っている青年に告げる。
彼は柱の陰に隠れ、サングラスを外す。
途端、パリンと何かが割れたような音がした。
金髪が黒髪に変わり、彼の素顔は影に潜めた。
雲川芹亜の場所からでは、彼の顔が分からない。
「…上条様には、本当にお優しいのですね。貴女は」
彼女はその問いに答えなかった。

土御門元春は、既に死んでいる。

『戦争』が勃発する直前、彼は裏の世界で命を落とした。
義理の妹に告げること無く、優しい嘘をつきながら、上条当麻の腕の中で息を引き取った。
一年前の上条当麻には教えてはならない情報だった。故に、『肉体変化(メタモルフォーゼ)』の「彼」が死人の役割を担ったのだ。
「……土御門の死は、必要な犠牲だった。でなければ、ドラゴンの覚醒は…」
「私は上条様に命を救われました…こんな私にも、生きる理由と帰る居場所を与えてくれた。能力ゆえに、利用されるだけの人生でしたが、人のために尽くしたいと思ったのはこれが初めてですよ」
「…それが意中の人の為だと尚更だよ。私は総帥の悲しむ姿は、もう見たくは無いんだ……」
「貴女こそ、上条様に相応しい方だと、私は思っていますよ」


「…ありがとう」


雲川芹亜の笑顔は、恋する乙女だった。




数日後。
第七学区内で最大規模を誇る病院のとある病室。
茜色に染まる日の入りを一人占めできるという西側の個室であり、関係者の間ではいわくつきの病室だと噂されていた。
その病室とは、事あるごとに戦いに巻き込まれ、ギネス級の入退院を繰り返していた上条当麻の専用室と化してしまった病室であり、彼が入院していなくとも「上条当麻」のネームプレートを看護士が外さなかったほどだ。
彼が入院するたびに医療機材が増え、現在ではICUと遜色ない設備が整っている。それと同等に、六五インチのテレビや最新のゲーム機といった嗜好品も数多く揃っており、一般患者が多い同階の病室では一際異彩を放っていた。
「二三学区に最新鋭の兵器が非公式にあったらしくてね?被害総額は八〇〇兆円ほどだって、聞いたよ?」
「…マジですか?」
カエルのような顔をした医者は、ベッドに横たわるパジャマ姿の上条当麻に声をかけた。
テレビから流れてくる情報は、世界各地で起こった超常現象の報道ばかりで、チャンネルを切り替えても内容はほとんど変化が無い。テーブルに置かれている新聞も同様だ。
公式見解では、『樹形図の生計者(ツリーダイグラム)』の後継機である『大いなる母(マザー)』が超常現象の危険を事前に察知し、アレイスター学園長指揮の元、二三〇万人を避難させたとの事だった。だが、各学区に残る不自然な痕跡から、これは超常現象ではなく、人為的に起こされたものではないか、という話も浮上し、人々の噂が噂を呼び、報道だけではなく、ネット上でも話題を独占していた。
「これ以上、ニュースを見るかい?」
「…結構です」
リモコンを操作して、テレビの電源を切る。
コンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。この時間に来訪する人間は一人しかいない。
「あんな可愛い子に心配をかけちゃいけないよ?」
「…すいません」
「それは美琴ちゃんに言うべきだね?」
カエルのような顔をした医者は、ドアを開ける。
彼らの予想通り、手に小箱を持って見舞いにきた御坂美琴がいた。
常盤台中学の冬服の上に、至宝院久蘭と同様の黒のマントを羽織っている。茶髪のロングヘアーに、誕生日プレゼントとして上条当麻からもらったヘアピンで前髪を留めていた。
「いつも当麻がお世話になってます」
「…いきなり何言ってんだ。母親かお前は」
「恋人よ。馬鹿」
二人のやりとりを見て、カエルのような顔をした医者は小さな溜息をつく。
「君たちの事は知ってるけど、仲が良いのもほどほどにね?分かってると思うけど、君たちはこの学園都市を代表する生徒だからね?」
「はい。十分承知しています。先生」
「美琴ちゃんからも当麻君に言っておいてくれないかな?君とは違って、ちょっと物分かりが悪いからね?」
「ちょ!?本人の目の前で、何言っちゃってくれてるんですか先生!」
「それと、彼、明日退院だから」
「シカト!?」
箱をテーブルの上に載せる。銘柄から、美琴が贔屓しているケーキ屋の名前だとすぐに分かった。御坂美琴は花瓶に生けてある花に目を通し、その隣には、一体どれほどの人が見舞いに来たのだと言うくらい、山のように積まれたフルーツの籠がある。
彼の顔は広すぎる。
御坂美琴は改めて認識した。
「額の傷は、そんなに酷いんですか?」
巻かれている包帯を見て、御坂美琴は言った。
平静な声だったが彼女は本当に彼の事が心配なのだろう、と医者は思った。人一倍向う見ずな性格をしている彼が、今まで肉体に後遺症を残さず命を落とさなかったのは、彼女のおかげだ。
そう思い、カエルのような顔をした医者はそれが杞憂であることを正直に告げた。
「治療と言うより、検査かな?目立った外傷は殆どなかったからね?」
「…そう、ですか」
御坂美琴は安心した顔で、胸を撫で下ろした。
果物で溢れかえっている籠の中から、御坂美琴はリンゴを取りだし、慣れた手つきで、リンゴの皮を果物ナイフで剥き始める。
「何だぁ?美琴。この世界の英雄、上条当麻様がかすり傷くらいでどうかなるとでも思ってたのかぁ?心配性だな。美琴は」
「…分かってるなら、ちょっとは無傷で帰ってきなさいよ!」
ザクッ!と果物ナイフをベッドに突き立てる。上条当麻の右手の人差し指と中指の間を縫うように刺さった。
「うおっ!?」
「今のは当麻君が悪いね。ちなみに破れたシーツ代は後で君に請求するから」
「マジッすか!?いじめ?これいじめですよね?なんたる不幸!」
うがー!と両手で頭を抱える少年を見て、
「今回の事は、統括理事長から聞いたよ。世界を救ってくれたことに僕からもお礼を言わせてもらう。
ありがとう。当麻君」
カエルのような顔をした医者は、深く頭を下げる。
その姿を見た二人は、少々面を食らった。
「こちらこそ…なんか、慣れないんですよね。こういうの」
上条当麻は視線を逸らし、頬をかく。何照れてんのよ、と。美琴は彼の頭を小突いた。
「あと、あしたはこっちの病院にはいないから、見送りは出来ないんだ。会う機会も少なくなるだろうから、先に言っておくよ。お大事にね」
カエル顔の医者は、ドアを閉めた。

君が患者になることは二度とないだろうから…と告げて。





「貴殿にしては、例に見ない愚策であったな」
「―――そう言うな。君に比べれば、私の謀略など子供の遊戯程度にしか見えない事は分かっている」
「なに、そう自分を蔑下するでない。長い月日を生きていた余でも、貴殿ほど存在に狂った人間は見た事が無いぞ?」


第七学区。
窓の無いビルの中で、聖人とも悪人とも、男であり女であるような人間は、緑色の手術衣を着て、弱アルカリ性培養液に満たされた巨大ビーカーの中に逆さに浮いている。
推定寿命は一七〇〇年程。
世界最高の科学者である一方で、世界最高最強の魔術師でもある、学園都市総括理事長アレイスター=クロウリーは、視線の先にいる者と会話をしていた。
「AIMといったか?『神の物質(ゴッドマター)』を地上に振りまく濃度の基準は」
「…君の予想通りだよ。
神々が存在し、神の肉体を構成する『神の物質(ゴッドマター)』を地上で満たし、『神の世界(ヴァルハラ)』と同等の土壌を築き上げるために、大量の人間に「開発」を行っていた。
『神の物質(ゴッドマター)』の残滓とはいえ、本質は『思考によって変化する物質』。
『自分だけの現実』を強めれば『副産物(のうりょく)』は出現する。故に、現実を直視する者は、『自分だけの現実』が「有り得ないモノ」もしくは「現実で不可能だ」という思考が無意識に働いていてしまい、能力は弱体化する」
「『無能力者(レベル0)』とは、身分不相応な願望を持たない現実主義者(リアリスト)というわけだな。
ゆえに、夢や希望を信じて疑わない子供を使ったのか。
すなわち、高位能力者ほど、稀有なる誇大妄想家ということになる。
…だが、余の見てきた大義を成す人間は、大抵がそういう者ばかりだったぞ?
唯の妄想家と、偉人と呼ばれる人間の違う点を挙げるとするならば、如何ようにして願望を実現できるかを理論的に考え、実行しているか否か、という点においてのみだ。
まぁ、科学も穴だらけの空論だ。現象を文字や数字に代用しなければ共通の理解を得られない人間の限界を、余は承知しているつもりだが?」
自身を『余』と名乗る者は、言葉を続けた。
「これからどうするつもりだ?アレイスター」
「――さて、どうするかね?君は、私に何を望む?」
「つまらぬことを聞くな。魔術師。心は貴殿の宝であろう?余の関することでは無い。この酔狂な街をどうしようが、貴殿の勝手ではないか…ただ、余にも守るべきモノはある。それだけだ」
「学園都市は潰さないさ…何時の間にか、この箱庭には随分と愛着が湧いてしまったからね」
「手間のかかる矮小な存在ほど、可愛いものだからな」
ククク…と、其の者は声を小さくして笑う。
アレイスター=クロウリーは告げる。



「どうだ?上条当麻。『神上(レベル7)』となった気分は?」



窓の無いビルの中で、学園都市総括理事長と対等に会話する少年。
身長は一七八センチ。
ツンツンとした黒髪。
長点上機学園の制服。
「―――っ…悪い。アレイスター。記憶の混濁が激しくて……危うくドラゴンに呑み込まれそうになってた」
頭を押さえる上条当麻が、そこにはあった。
「パーソナルリアリティを確立しろ。自我を保たないと、人間一人の思念体など、容易く飲み込んでしまうぞ。『竜王の顎(ドラゴンストライク)』から流れる情報は莫大だ。過去、未来、現在すら、区別がつかなくなってしまう」
そう、これは雲川芹亜すら知らない。
『竜王(ドラゴン)』は『上条当麻』と完全に同化した。
『The Real World Project』の最終目的はここにあったのだ。
ドラゴンは、元来から天界に存在する神ではなく、地上に存在する異端の『神』であり、その存在は「地に堕ちた天使」、すなわち『堕天使』のエイワスと酷使している。
そもそも、死の概念が無い「神」を殺すことはできない。
人が同じ過ちを繰り返すように。
神とは人の恐怖の対象であり、いずれそれが形となって、再構築される。
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が打ち消したのは『竜王(ドラゴン)』の破壊本能であり、肉体は残留していた。
意思体を失った世界最強の能力は、そのまま上条当麻という器に内包される。

ゆえに、『神上(レベル7)』。
神を殺し、神を越えた存在。

「神になったっていう感覚はイマイチなんだけど、人間じゃ無くなったっていう感じの方が大きいかな。
アレイスターを見てるだけで、アレイスターがどんな過去を生きてきたのかっていうことが手に取る様に理解(わか)るんだ。この防壁の構成要素も、製造過程も、粒子の一つ一つが辿った歴史も…未来も」
「私の死も理解(わか)るか?」
不老不死となった上条当麻は頷く。
「…ああ、理解(わか)る」
そっと、アレイスターは瞳を閉じた。
(自分の未来は聞かないでおこうか…)とアレイスターが言ったかどうかも定かではないが、上条当麻は彼の意思を理解した。
次に放たれる言葉すらも理解し、
「『超電磁砲(レールガン)』を選んだ理由もあるのかな?」
鼓膜が震え、上条当麻はそれが発せられた言葉だと認識する。
「…美琴と禁書目録が対立する前に、美琴を選ぶのが最良の選択だった。一歩間違えれば、インデックスが美琴の存在を抹消したり、一〇〇人を越える女たちが、公式に殺し合いを始める未来すら在った……『竜王の顎(ドラゴンストライク)』がそう教えてくれる。
そして、ドラゴンは疲れていた。
人間が繰り返す歴史に、嫌気がさしていたんだ。
人間を滅ぼしてしまいたい気持ちも、理解(わか)ってしまう…だから、ドラゴンは、俺に託したんだ。神としての役割を…」
最期に交わした言葉を上条当麻は思い出す。


『余の代わりに、永遠の時を生きよ……神浄の…討魔』


「…やはり、ドラゴンは自ら殺されたがっていたわけだな…確かに、ドラゴンの余興に付き合うという点では理解したが…あのような作戦でドラゴンを殺せる訳は無い」
上条当麻の脳内では、見た事の無いビジョンが流れ出す。
それは人がまだ言語すら知らない時代から、今現在まで辿ってきた歴史。
人は笑い、悲しみ、憎しみ、愛し、築き上げてきた世界。
上条当麻の瞳に、うっすらと涙が溜まる。
誰の為に流した涙なのか、彼自身は理解しようとしなかった。
「…これからは長い付き合いになりそうだな」
「互いに有益な関係であることを望むよ。出来れば未来永劫にね」
時すら越える『空間移動(テレポート)』の究極能力、『竜王の脚(ドラゴンソニック)』が発動する。
音も無く、影も無く、窓の無いビルから「上条当麻」は消え去った。



再び、場所はとある病室に戻る。
二日前、アレイスターと交わした言葉が何故今、頭をよぎったのだろうと上条当麻は思いながら、
「あれ?」
御坂美琴の胸に手を伸ばす。
もにゅ。

時は夕暮れ。
昼間は彼女が買ってきたショートケーキを食べながら、御坂美琴の常盤台中学での話を聞いていた。混乱に乗じて事件が多発している事や、校舎の半壊で長点上機学園は無期限の休学になっていることなど、話す話題は尽きない。
夜は『並行世界(リアルワールド)』作戦成功を祝い、学園都市最高峰の『エドワード・アレクサンデルホテル』のホールを借りて、立食パーティーが催される予定だ。
上条当麻と御坂美琴は恋人同士である。
名目上、
少年は長点上機学園高等部二年。『絶対能力者(レベル6)』第一位。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。
少女は常盤台中学三年。『超能力者(レベル5)』第一位。『超電磁砲(レールガン)』。
両名とも学園都市を代表する生徒であるが、それを除けば年相応の少年少女であり、格好良くなりたい、可愛くなりたい、オシャレもしたい、異性は気になるお年頃である。
個室に二人きりで、それが恋人同士になれば行動も自ずと限られてくる。
「…あっ、ん…どうしたの?」
「おっぱい大きくなった?」
「え?わかったの?服の上から?」
「ああ。俺、美琴のおっぱい大好きだからな」
「…おっぱいだけ?私は?」
「愛してる」
歯が浮くようなセリフは、ストレートなだけに絶大な効果がある。上条当麻はそれを肌身で感じていた。
彼女は当麻、と彼女は言おうとしたがそれ以上は言えなかった。
美琴の唇は塞がれてしまったからだ。
当麻の舌は美琴の口に入り込み、それを彼女も受け入れた。丹念に舌を絡め、熱いキスを交わす。
唾液に熱が加わり、それに合わせて当麻は胸を強く揉み始めた。
「ちょ…んふ、と…ちゅ、ちゅ…とうまぁ、少し痛い」
「ごめん。久しぶりだから我慢できねえ」
当麻は再び美琴の唇を貪り始め、強引に舌をねじ込ませた。そのまま彼女の体を反転させ、ベッドにゆっくり押し倒した。当麻が美琴に覆いかぶさるような体勢になる。
慣れた手つきでニットの下から手を入れて、シャツのボタンを外していく。その隙間から桃色のブラジャーを搔い潜り、素肌を貪った。
「やっぱり…大きくなってる」
「エッチ…ん、ふぬっ、あ、む、むちゅ…」
美琴の唇から口を離した当麻はフレンチキスを数回した後、頬、顎、首筋にキスをしていった。柔らかくてザラザラとした舌の感触が美琴の脳を刺激する。
「美琴」
当麻の声が下から聞こえた。彼のツンツンとした黒髪が美琴の顔に当たる。
「ん…なに?」
ボタンを外し終えた当麻はさり気無く両手を背中にまわして、美琴を抱きしめていた。本当はブラジャーのホックを外すためだったが、彼女の体温を感じた当麻は無意識的に抱擁していたのだ。
「来週の土曜まで溜めておくつもりだったが、上条さんはもう限界です」
「…だろうと思った」
美琴は当麻の髪を優しく撫でながら彼のことばを待った。
「今日はスゴイですよ?」
「あ…」
「どうしたの?」
上条当麻は周囲を見渡し、
「この部屋、カメラとか付いてないよな?」
御坂美琴は肯定した。
「あるわよ」
「マジで!?」
しかし、彼女は前髪に静電気を立てながら、不敵な笑顔で言った。
「…私がこうなることを予想してなかったと思う?」
「美琴、大っ好きだー!」
「きゃーっ!」
彼女に勢いよく襲いかかった上条当麻は、シャツを脱がせ、ブラジャーのホックをはずした。
彼の欲望は今から満たされようとしている。


「な・に・が・大好きなのかなぁ?とうまぁ?」


世界が止まった。
上条と御坂は即座に凍りついた。
「インデックスさん…人が悪いですよ。私はあと二時間ほど待ってたほうがいいと言ったんですが…ひぃ!」
「何?私に逆らう気?」
「……いえ。何でもありません」
御坂美琴はあわててシーツで上半身を隠し、おそろおそる上条当麻が振り向くと、
ブチギレ気味のインデックスと。
冷や汗をかいているアニェーゼ=サンクティスと。
現場を直視できない神裂火織がそこに佇んでいた。
「…ノックは?」
「したよ。三回も。なのに、とーまとみことちゃんはラブラブちゅっちゅっしてて気付かないんだもん」
うっ…!と黙り込む二人。
「私が気付かないと思った?匂いとかシャワーで…前からバレバレなんだよ?」
銀髪碧眼のシスターのこめかみに青筋が浮き出ている。
対処を間違えれば、『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』が撃たれかねない、と上条の能力が教えていた。
「ご、ごほん!その、貴方とその彼女が、そ、あ…だ、男女の関係だということは知ってました、が…」
知人の情事を間近で見るのは…その、とても恥ずかしいというか…だろう。
神裂の続く言葉は分かる。
実は神裂火織とのキスが上条当麻のファーストキスだったりする。
思わぬアクシデントだったとはいえ、唇が触れあったのは確かだ。それ以来、どことなくギクシャクしていた。そんなことは死んでも美琴には言えないが、と上条は思った。
突如、
「当麻さぁぁああん!」
と、彼に跳び込むように抱きついた少女がいた。
「ごめんさない!ごめんなさぁあい!」
上条のパジャマにしがみ付き、泣きじゃくっていた。入院しているのか、所々に包帯が巻いてあり、水色のパジャマを着ている。髪はショート。二重まぶたが印象的な女の子。
「…五和」
上条当麻は腹部に柔らかい感触を感じつつも、理性を保つ。
御坂は少々を面くらったが、彼女の心情を察し、手を出さなかった。
五和は顔を上条の胸にうずめたまま、謝り続けた。
そんな彼女の髪を、優しくなでる。
「五和が謝る事は何もない。むしろ謝るのは、俺の方だ。皆にたくさん迷惑をかけちまった」
彼の言葉に、五和が顔を上げる。
瞼には涙の痕がある。一人で泣いていたのだろう、上条は思い、優しく頭を撫でながら、微笑みかけた。
彼女の顔に、徐々に生気が戻る。
そして、目つきが険しくなったと思うと。
「当麻さん…私、やっぱり諦められません」
と、告げた。
「へ?」
何かを決意した目だった。
そのまま上条当麻の顔を両手で掴むと、
「貴方が、好きですっ!」

チュッ。

五和は愛の告白と同時に、情熱的なキスをした。
「ちょっ?!」
恋人の唇が目の前で奪われ、御坂美琴は素っ頓狂な声を上げる。
『あーっ!!!』
と、インデックスやアニェーゼ、後ろに控えていた『新たなる光』のメンバーが声を上げるが、時すでに遅し。五和の大胆な行動に、神裂火織は茫然としていた。向かい側のビルから双眼鏡で覗いていた天草式十字凄教のメンバーが、「うおおおおおおっ!修羅場キタ――(゜∀゜)――!」と喝采を上げていた事には誰も気づかない。
「責任とって下さいね♪」
「何言ってんのよ!五和!というか当麻から離れろぉ!」
はっとした御坂は五和を恋人から引きはがそうとする。
こんな時でも、病院内ということで雷撃を発生しないのは流石と言うべきだろう。
「聞いたよ!とうま!五和とデ、デデ、ディープキスしただけじゃなくて、裸まで見たとか!」
その言葉にビクン!と反応した御坂美琴は、ジロリと、座った目つきで上条当麻を睨みつけた。
うーん…と、甘える声を出しながら、五和は抱きついたままだ。
上条はダラダラと冷や汗を流しはじめる。
「ねぇ…どゆこと?」
「いや、それは俺じゃなくて、ドラゴンの仕業でっ?!美琴!」
グイッ!と襟元を掴み、強い力で引っ張られる。彼女の瞳にはうっすらと涙さえ溜まっている。
少年は慌てた。
「もう許さない!私と別れるか、皆の前で最後までヤっちゃうか!どっちにする!?」
「そんなことしたら、美琴の裸が皆に見られるんだぜ?!そんなことできるか!」
「じゃあ別れるのね?!私のこと、遊びだったんだね?!当麻に私の初めてを全部あげたのに!」
「やっぱり一年前とちっとも変ってないかも!むしろ肉体関係が絡んでるからもっとサイアク!とうま!とうまにはお祈りの時間を与える余地も無いんだよっ!死刑!生きたまま噛み殺す!」
「ああっ!カオス!本当にカオスってる!もうどぅすりゃいいんだよぉぉおおお?!!」
「うわーん!当麻の馬鹿ああああああああああああ!」
ズバン!
バチィ!
ドガァァッ!
とある病室は木端微塵に破壊された。




時刻は一九時を回っていた。
第三学区の『エドワード・アレクサンデルホテル』の三階にあるフロアを仕切って、立食パーティが行われていた。各国から名立たるシェフが集い、古今東西の料理が並べられている。
「これなに?」と物珍しそうに料理を眺めるアンジェレネもいれば、片っ端から腹に詰め込む暴食シスターもいる。総数は一〇〇〇人強と多く、畏まったフォーマルな雰囲気は無く、どちらかというと打ち上げのような賑やかな空気に包まれていた。修道服を着ている者もいれば、学園都市の制服を着ている人もおり、そこに科学と魔術の垣根など無い。力を合わせ、世界を救ったという連帯感が彼らの心を一つにしていた。「これが噂のライスケーキであるのよ?」と生ハムとチーズを包んだ餅を口に入れ、『最大主教(アークビジョップ)』が喉に詰まらせ、あたふたするステイルの姿もあった。

主役である上条当麻は会場に着くなり、多くの女性からあからさまなアプローチを受けた。
その度に、恋人の前髪はビリビリと帯電していた。
学園都市を一望できるラウンジで、会場から持ってきたオレンジジュースを飲みながら、
「…で、俺の借金はさらに増えるのでした…と」
「なに独り言を呟いてるの?友達イナイイナイ病が発症しちゃってるわけ?…まさか、お酒飲んじゃった?」
「んな訳ねーだろ。カミジョーさんは未成年ですよ?」
ツンツンのヘアスタイルでは無く、オールバックの髪型にワインレッドのネクタイに黒スーツ姿の上条当麻の隣には、白のドレスを身に纏い、化粧でその美しさに磨きがかかっている御坂美琴が立っていた。茶髪のロングヘアーにウエーブをかけ、胸元にはピンクアクアマリンゴールドのネックレスが輝いている。
「破壊されたあの医療機材、全部で六〇〇〇万円もするんだって…」
「八〇〇兆円に比べれば、大した金額じゃないでしょ?被害総額とか、既に天文学的数字だからね。でもその分、復興資金が潤っているみたいじゃない?」
「…神上派閥の組織がどんどん増えるわけだよな。ビジネスの恐ろしさを改めて身に感じてるわけですよ。経済学もすこしかじってるから」
長点上機学園でのカリキュラムは普通の高校過程と異なるが、彼のカリキュラムは雲川の助言の元、武等の他に、各国の財界人との会合も頻繁にある為、帝王学や上級社会のマナーも授業に組み込まれている。
そして、御坂美琴は常盤台中学の授業に加え、彼に並び立つに相応しい女であろうと様々な分野を学び、二人は多忙な日々を送っていた。
故に、会える機会には激しく求め合う。
口紅が付くのも厭わず、上条当麻は恋人と唇を重ねた。
「来週の土曜…覚悟しろよ?」
「それは私と遊園地に行くこと?それとも夜のこと?」
色々と特殊なカップルだが、蓋を開ければ一七歳の少年と一五歳の少女である。
「どっちもだ。馬鹿…好きだよ。美琴」
「私も。愛してる。当麻」
どちらともなく無言で見つめ合い、無言でキスをした。影が一つに重なる。欲情を満たす口付けでは無く、愛を確かめ合うような甘ったるいキスだった。唇を離し、瞳は離さないまま美琴は、
「ねぇ、当麻」
「なんだ?美琴」
「一年前に帰った当麻も、私のこと、好きになるかな?」
「ははっ…欲張りだな。美琴は」
「いいじゃない…それくらい」


一年前の自分が、どうような未来(せかい)を辿るかは分からない。
『戦争』が起こらない世界も『在』る。
近しい友が生存する世界も『在』る。
『戦争』で敗北する世界も『在』る。
自分が死んでしまう世界も『在』る。
御坂美琴を選ばない世界も『在』る。
小さな選択肢で、幾つもの多様な未来へと別れる「並行世界」。
その中で、この上条当麻は、この世界を選びとった。
後悔は無いと言えば嘘になる。
だが、この道を選んだ責任は取る。
そうやって、彼は新たなる未来(せかい)へ進んでいく。


上条当麻は全ての思いを呑みこんで、返事を待ちわびる恋人に笑顔を送った。
「ああ…何度でも、美琴のことを好きになる」
時間は、ゆっくりと流れていく。
再び、二人は甘い口付けを交わした。
夜空をほのかに彩る満月は、一つになった人影を優しく照らしていた。


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