買い物袋の中から要冷蔵の物を選び、冷蔵庫に詰めていく。夕食の時間も近いため、すぐに調理を始めることとなった。
「このままだと。服が汚れちゃうんだけど」
「あーちょっと待て、確かインデックスに用意したエプロンがどっかに……」
しばらく物置を漁って、上条が取り出したのはデニム生地の無地のエプロンと――
「……上条君は。私に。これを着ろと」
「じゃあ俺にこれを着ろと言うのか!?」
ピンクの生地にひよこのアップリケ、肩紐や胸元にたっぷりのフリルがあしらわれた一品だ。上条がこれを着ると言うならあの夏の惨事を繰り返すことになりかねない。
「……私は。こっちの無地の方が」
「いやいやいやいや! ほら、姫神にはそんな地味なのよりこっちの可愛いのが似合うって絶対!」
「上条君が……。上条君が。そう。言うなら……」
エプロンを受け取って首紐に頭を通す姫神だったが、しかし頬を染めているのは何故だろう? そんなことを考えながら上条もエプロンを着る。
「……それでは。料理を始めます」
「先生、まずは何から?」
「まず。玉葱のみじん切りから。大雑把で良い」
皮を剥き半切りにした玉葱に切れ目を入れ、荒いみじん切りに。油を引いたフライパンにそれを全て入れ、中火で炒めていく。
「……上条君は。最近。よく学校を休んでるけど」
「? いきなりなんの話だ?」
「また……あの時みたいに。怪我して。戦ってるの……?」
フライパンを振り、中身を焦がさないようかき混ぜる。けれどその会話はあまり穏やかなものではなかった。
あの時。姫神が上条に救われた三沢塾ビル。そこにあったのは人の溶けた黄金や、肌を弾けさせた人々、合わせ鏡のように吊るされた断頭台。銃剣と、人の死体だった。そこは一歩踏み違えただけで命を失う地獄だ。それを経験して尚、上条は他人の為に拳を振るう。
「……姫神? 何を……」
「上条君は。……危うい。と思う。目に入る人皆。助けようとして。自分が助かることなんて。考えもせずに」
三沢塾では腕を落とした。学園都市に爆発が起きた時、火傷と擦り傷が混じっていた。始業式から一週間で痣だらけに。体育祭ではいつの間にか消えていて、帰ってくれば包帯を幾重も巻いていた。
あるいは姫神の知りえない場所でもっと重い怪我を、死に関わるような事件を、経験しているのかもしれなかった。
「……えーと、とりあえず、この後何すれば良い?」
「このままだと。服が汚れちゃうんだけど」
「あーちょっと待て、確かインデックスに用意したエプロンがどっかに……」
しばらく物置を漁って、上条が取り出したのはデニム生地の無地のエプロンと――
「……上条君は。私に。これを着ろと」
「じゃあ俺にこれを着ろと言うのか!?」
ピンクの生地にひよこのアップリケ、肩紐や胸元にたっぷりのフリルがあしらわれた一品だ。上条がこれを着ると言うならあの夏の惨事を繰り返すことになりかねない。
「……私は。こっちの無地の方が」
「いやいやいやいや! ほら、姫神にはそんな地味なのよりこっちの可愛いのが似合うって絶対!」
「上条君が……。上条君が。そう。言うなら……」
エプロンを受け取って首紐に頭を通す姫神だったが、しかし頬を染めているのは何故だろう? そんなことを考えながら上条もエプロンを着る。
「……それでは。料理を始めます」
「先生、まずは何から?」
「まず。玉葱のみじん切りから。大雑把で良い」
皮を剥き半切りにした玉葱に切れ目を入れ、荒いみじん切りに。油を引いたフライパンにそれを全て入れ、中火で炒めていく。
「……上条君は。最近。よく学校を休んでるけど」
「? いきなりなんの話だ?」
「また……あの時みたいに。怪我して。戦ってるの……?」
フライパンを振り、中身を焦がさないようかき混ぜる。けれどその会話はあまり穏やかなものではなかった。
あの時。姫神が上条に救われた三沢塾ビル。そこにあったのは人の溶けた黄金や、肌を弾けさせた人々、合わせ鏡のように吊るされた断頭台。銃剣と、人の死体だった。そこは一歩踏み違えただけで命を失う地獄だ。それを経験して尚、上条は他人の為に拳を振るう。
「……姫神? 何を……」
「上条君は。……危うい。と思う。目に入る人皆。助けようとして。自分が助かることなんて。考えもせずに」
三沢塾では腕を落とした。学園都市に爆発が起きた時、火傷と擦り傷が混じっていた。始業式から一週間で痣だらけに。体育祭ではいつの間にか消えていて、帰ってくれば包帯を幾重も巻いていた。
あるいは姫神の知りえない場所でもっと重い怪我を、死に関わるような事件を、経験しているのかもしれなかった。
「……えーと、とりあえず、この後何すれば良い?」
誤魔化すように――いや、事実誤魔化しているのだろう。上条は身を開き、誰かを抱きとめるような仕草で手が開いていることを示す。唐突な話し方だったことを姫神は意識し、誤魔化しに乗るように指示を出す。
「……。お皿と。鶏肉を二枚取って」
「ん。……えーと、皿はコレで良い?」
鶏肉とともに差し出された皿は直径十五センチほどの物だ。姫神はそれを受け取り、フライパンの火を止め火の通った玉葱を移す。空いたフライパンにまた油を引き、二枚の鶏肉を並べ皮から焼いた。
「鶏肉は火を入れすぎると。堅くなるから。中火で両面を焼く」
言葉のとおり、鳥皮に焼き色がついたのを確認して裏返す。二分ほど待ち、裏面にも火が通り始めた頃、皿に分けておいた玉葱をフライパンに戻した。
「上条君。トマト缶と。砂糖。ちょうだい」
「あいあい……っと。でも、トマト缶かぁ……」
「……もしかして。トマト。嫌いだった?」
「いや、そうじゃなくて。昔トマト缶でパスタソース作ったことあるんだけどさ、酸っぱいっつーか、味気ないものになってな」
ううむ、と上条が唸る。
上条の質問に姫神は缶のプルタブを引き、スプーンで中身を掻き出しつつ答えた。
「トマト缶は。煮詰めてないから。ケチャップより甘みが足りてない。だから……」
受け取った砂糖を開け、大さじで二杯程投入する。玉葱とトマト、それに砂糖を混ぜ、さらに塩胡椒を何度か振るとフライパンに蓋をした。
「こうやって。砂糖を入れてあげると美味しくなる」
「ふーん……」
「あとは。弱火で煮詰めるだけ。煮詰めたら味が濃くなるから。味の調整は。最後に」
コンロの火を弱め、姫神が一息つく。これで工程はほぼ終ったようだった。
「さて、姫神、次は――」
「――さっきの。話だけど」
遮るように。一歩進み、姫神は口を開く。それは、これまで何度も考えたことだった。
「……もしも。もしも私がお願いしたら。上条。君。は。……危ないこと。やめてくれる……?」
当事者、救われた者として一度。傍観者として一度。巻き込まれ者として、一度。上条当麻を登場人物とした事件を姫神が見たのはそれだけだ。それ以外、“絶対能力”“御使堕し”“法の書”“残骸”“女王艦隊”“天罰”“天使”――一つひとつが容易く命を奪うような事件に上条は関わり続け、しかし姫神が知るのは学校を休み、あるいは入院したという担任の言葉だけ。何かが起こり、その結果として上条の怪我を見る。
姫神は上条に――勿論小萌や神父、インデックスにもだが――恩を感じ、またそれを返したいとも考えている。有り体に言えば好意を持っていた。それは恋に似た、諦めを含むものではあるけれど。
姫神(わたし)が望めばこの人は止まってくれるだろうか。そう、姫神は考えていた。何度も繰り返し、だ。
引き換えに何を差し出しても――とは言わないし、言えない。例えば命、上条やインデックス達に救われたものは、大事にしようと考えている。意思も居場所も同じだ。
だから、それ以外。
望みを叶える為に代価が必要で、それが自らに支払えるものなら――。
もう一歩。姫神は歩み出て、上条の目前に立つ。手を伸ばせば上条の胸に届き、触れる。
「……悪い、姫神。多分、無理だ」
けれど。
差し出す全てを拒絶するように、上条は姫神の手を止めた。握った手首を僅かに押し、逆の手で、誤魔化すように頭を掻いて。
「んー……俺もよくはわからねぇんだけどさ。今までは、インデックスの近くにいたから巻き込まれてた。……ま、他にも偶然遭遇したりはしてたんだけどさ」
例えば。インデックスがベランダに引っかからなければ、姫神と遭遇しても三沢塾には行かなかっただろう。オルソラ・アクティナスも救わなかった。使徒十字を防ぐことも、女王艦隊に乗ることもなく――少なくとも、危機の半分をやり過ごすことが出来た筈だった。
あるいは、今からであっても、上条がインデックスと離れたのなら。これ以上の危機を回避出来たのかもしれなかった、けれど。
「俺が、狙われてるんだよ。詳しくは分からないんだけどさ。この前……後方のアックアなんて化物が、学園都市にやってきたんだ。他の何かじゃなく、俺を狙って」
だから。上条にはもう逃げ道が存在しない。
「あの。怪我……」
姫神が思い出したのは一つの事実だ。いつもよりはるかに長い欠席と、久しぶりに登校した上条の擦過傷。ふとした仕草で覗いた、包帯の巻かれた手首。
姫神(私)が日常を過ごしていた頃、上条は非日常に向き合っていた。
「……。お皿と。鶏肉を二枚取って」
「ん。……えーと、皿はコレで良い?」
鶏肉とともに差し出された皿は直径十五センチほどの物だ。姫神はそれを受け取り、フライパンの火を止め火の通った玉葱を移す。空いたフライパンにまた油を引き、二枚の鶏肉を並べ皮から焼いた。
「鶏肉は火を入れすぎると。堅くなるから。中火で両面を焼く」
言葉のとおり、鳥皮に焼き色がついたのを確認して裏返す。二分ほど待ち、裏面にも火が通り始めた頃、皿に分けておいた玉葱をフライパンに戻した。
「上条君。トマト缶と。砂糖。ちょうだい」
「あいあい……っと。でも、トマト缶かぁ……」
「……もしかして。トマト。嫌いだった?」
「いや、そうじゃなくて。昔トマト缶でパスタソース作ったことあるんだけどさ、酸っぱいっつーか、味気ないものになってな」
ううむ、と上条が唸る。
上条の質問に姫神は缶のプルタブを引き、スプーンで中身を掻き出しつつ答えた。
「トマト缶は。煮詰めてないから。ケチャップより甘みが足りてない。だから……」
受け取った砂糖を開け、大さじで二杯程投入する。玉葱とトマト、それに砂糖を混ぜ、さらに塩胡椒を何度か振るとフライパンに蓋をした。
「こうやって。砂糖を入れてあげると美味しくなる」
「ふーん……」
「あとは。弱火で煮詰めるだけ。煮詰めたら味が濃くなるから。味の調整は。最後に」
コンロの火を弱め、姫神が一息つく。これで工程はほぼ終ったようだった。
「さて、姫神、次は――」
「――さっきの。話だけど」
遮るように。一歩進み、姫神は口を開く。それは、これまで何度も考えたことだった。
「……もしも。もしも私がお願いしたら。上条。君。は。……危ないこと。やめてくれる……?」
当事者、救われた者として一度。傍観者として一度。巻き込まれ者として、一度。上条当麻を登場人物とした事件を姫神が見たのはそれだけだ。それ以外、“絶対能力”“御使堕し”“法の書”“残骸”“女王艦隊”“天罰”“天使”――一つひとつが容易く命を奪うような事件に上条は関わり続け、しかし姫神が知るのは学校を休み、あるいは入院したという担任の言葉だけ。何かが起こり、その結果として上条の怪我を見る。
姫神は上条に――勿論小萌や神父、インデックスにもだが――恩を感じ、またそれを返したいとも考えている。有り体に言えば好意を持っていた。それは恋に似た、諦めを含むものではあるけれど。
姫神(わたし)が望めばこの人は止まってくれるだろうか。そう、姫神は考えていた。何度も繰り返し、だ。
引き換えに何を差し出しても――とは言わないし、言えない。例えば命、上条やインデックス達に救われたものは、大事にしようと考えている。意思も居場所も同じだ。
だから、それ以外。
望みを叶える為に代価が必要で、それが自らに支払えるものなら――。
もう一歩。姫神は歩み出て、上条の目前に立つ。手を伸ばせば上条の胸に届き、触れる。
「……悪い、姫神。多分、無理だ」
けれど。
差し出す全てを拒絶するように、上条は姫神の手を止めた。握った手首を僅かに押し、逆の手で、誤魔化すように頭を掻いて。
「んー……俺もよくはわからねぇんだけどさ。今までは、インデックスの近くにいたから巻き込まれてた。……ま、他にも偶然遭遇したりはしてたんだけどさ」
例えば。インデックスがベランダに引っかからなければ、姫神と遭遇しても三沢塾には行かなかっただろう。オルソラ・アクティナスも救わなかった。使徒十字を防ぐことも、女王艦隊に乗ることもなく――少なくとも、危機の半分をやり過ごすことが出来た筈だった。
あるいは、今からであっても、上条がインデックスと離れたのなら。これ以上の危機を回避出来たのかもしれなかった、けれど。
「俺が、狙われてるんだよ。詳しくは分からないんだけどさ。この前……後方のアックアなんて化物が、学園都市にやってきたんだ。他の何かじゃなく、俺を狙って」
だから。上条にはもう逃げ道が存在しない。
「あの。怪我……」
姫神が思い出したのは一つの事実だ。いつもよりはるかに長い欠席と、久しぶりに登校した上条の擦過傷。ふとした仕草で覗いた、包帯の巻かれた手首。
姫神(私)が日常を過ごしていた頃、上条は非日常に向き合っていた。
「――でも、そんなこと抜きにさ」
私は何も出来ない、なんて無力感。それに溺れそうだった姫神の思考を、その言葉が断ち切る。
「戦争を止めたいなんて、そんな大それたことじゃなくてさ。俺は誰かを助けたいんだよ。……痛いのは嫌だけどさ」
冗談めかして上条が笑う。
「いろんなことに巻き込まれたけど、後悔はしてない。目の前の誰かを助けて、一緒に笑いたいんだよ。土み――ああいや、俺を変なことに巻き込む奴がいるんだけどさ。恨んではないんだ。……いや、怖いんだけどさ」
「じゃあ……。なん。で……」
なんでそんなふうに笑えるのか。
そう問いかける姫神に上条が思うのは一つの事件だ。それは記憶を失って初めての出来事。
錬金術師と相対し、過去と現在、二人の上条が重なった瞬間。
「――きっと。お前を助けたみたいに、誰かを助けたいんだよ」
記憶喪失の上条から違和感を拭い去ったのはその時だ。もう失われてしまったかつての自分も関係なく、ただ、目の前にいる誰かを助けたいと思い。思うままに行動する。
「………………………………あ……」
上条と姫神は僅かの間見詰めあい――そして、今の状況にふと気付いた。
姫神が詰め寄ったせいで二人の身は近く、上条は姫神の手を握ったままだ。まるでキスでもするような、恋人の距離で――
私は何も出来ない、なんて無力感。それに溺れそうだった姫神の思考を、その言葉が断ち切る。
「戦争を止めたいなんて、そんな大それたことじゃなくてさ。俺は誰かを助けたいんだよ。……痛いのは嫌だけどさ」
冗談めかして上条が笑う。
「いろんなことに巻き込まれたけど、後悔はしてない。目の前の誰かを助けて、一緒に笑いたいんだよ。土み――ああいや、俺を変なことに巻き込む奴がいるんだけどさ。恨んではないんだ。……いや、怖いんだけどさ」
「じゃあ……。なん。で……」
なんでそんなふうに笑えるのか。
そう問いかける姫神に上条が思うのは一つの事件だ。それは記憶を失って初めての出来事。
錬金術師と相対し、過去と現在、二人の上条が重なった瞬間。
「――きっと。お前を助けたみたいに、誰かを助けたいんだよ」
記憶喪失の上条から違和感を拭い去ったのはその時だ。もう失われてしまったかつての自分も関係なく、ただ、目の前にいる誰かを助けたいと思い。思うままに行動する。
「………………………………あ……」
上条と姫神は僅かの間見詰めあい――そして、今の状況にふと気付いた。
姫神が詰め寄ったせいで二人の身は近く、上条は姫神の手を握ったままだ。まるでキスでもするような、恋人の距離で――
「なんだかいい匂いがするかも――!!」
妙に甘く壊しがたい雰囲気をインデックスがあっさりと蹴散らした。
「むむ、これは鶏肉とトマトの匂い――って、あれ? 何、してるの、とうま?」
「いやいやいやいやこれはその――そう! 姫神が手を火傷したからそれを見てて! 何もやましいことはございませんことよ!?」
姫神から身を剥がし、慌ててインデックスに向き直る。
怒っているかと思えば、インデックスは笑っていた。それも聖女の如く無駄に慈愛と優しさに溢れる感じだが騙されてはいけない。あれは囚人の首を狩る処刑人の目だ。
「とうま……? じゃあ、その、離したくなさそーに握り締めてる手はなんなのかな?」
「あ、いや、これは……!」
すぐさま手を離し、両手を前に出して違いますのアピール。けれど、
「……上条君が。強引に。手を。握って……」
「とう、ま?」
「いや違――」
「腕を腰に回して。情熱的に。抱きしめてくれて……」
「何言ってんだオマエ!? 待てインデックス、これは誤解! 誤解だ! そう冗談であっていやぁお茶目だな姫神さん――ってそこ! 頬赤らめるな手を添えるな!」
ふ、と。インデックスの目から感情が消えた。慈愛の有効期限が切れた模様。ガキンガキンと歯が鳴る様子はゴミを潰していくプレス機のようだ。その横を通って姫神は飄々と退避していく。
「女の子家に連れ込んで何するつもりだったのとうま――!!」
「ぎゃああああぁぁあぁぁぁ!!」
「答えてくれるまで噛み続けるかも!」
台所に骨と骨を打つような鈍い音が響いた。多分痛みで答えどころじゃないんだろうな、と姫神は考えるが、さらに追い討ちをかけてみる。
「……上条君。何かあったら。何でも言って。……私なら。いい。から……」
「とうまアアァァァァ!!」
ヒートアップするインデックスとは対称に、上条は悲鳴を上げず、ふ、だとかあ、だとかいった気まずい声を漏らしている。そろそろ危ないか、と姫神はインデックスを止めたが、けれど考えていたのは別のことだ。
上条は止められない。これからもいくつもの事件に首を突っ込み、そして誰かを助けてくるのだろう。それはまるで、姫神を助けた時のように。ならば、姫神は止めることすらできない、けれど。
(なら。私は。ここにいよう)
自分に出来ることは限りがある。戦うような力もなく、精々応急手当をする程度だ。
だから、姫神は選択する。
日常として上条の傍にいることを。今自分がいる場所で、出来ることをやろうと。
家事の手伝いでも、休日の遊びでも、何でもだ。あるいは、何か手伝えることが見つかるまで。
隣じゃなくていい。同じ教室にいて、たまに話して、笑い合うことを姫神は決めた。
妙に甘く壊しがたい雰囲気をインデックスがあっさりと蹴散らした。
「むむ、これは鶏肉とトマトの匂い――って、あれ? 何、してるの、とうま?」
「いやいやいやいやこれはその――そう! 姫神が手を火傷したからそれを見てて! 何もやましいことはございませんことよ!?」
姫神から身を剥がし、慌ててインデックスに向き直る。
怒っているかと思えば、インデックスは笑っていた。それも聖女の如く無駄に慈愛と優しさに溢れる感じだが騙されてはいけない。あれは囚人の首を狩る処刑人の目だ。
「とうま……? じゃあ、その、離したくなさそーに握り締めてる手はなんなのかな?」
「あ、いや、これは……!」
すぐさま手を離し、両手を前に出して違いますのアピール。けれど、
「……上条君が。強引に。手を。握って……」
「とう、ま?」
「いや違――」
「腕を腰に回して。情熱的に。抱きしめてくれて……」
「何言ってんだオマエ!? 待てインデックス、これは誤解! 誤解だ! そう冗談であっていやぁお茶目だな姫神さん――ってそこ! 頬赤らめるな手を添えるな!」
ふ、と。インデックスの目から感情が消えた。慈愛の有効期限が切れた模様。ガキンガキンと歯が鳴る様子はゴミを潰していくプレス機のようだ。その横を通って姫神は飄々と退避していく。
「女の子家に連れ込んで何するつもりだったのとうま――!!」
「ぎゃああああぁぁあぁぁぁ!!」
「答えてくれるまで噛み続けるかも!」
台所に骨と骨を打つような鈍い音が響いた。多分痛みで答えどころじゃないんだろうな、と姫神は考えるが、さらに追い討ちをかけてみる。
「……上条君。何かあったら。何でも言って。……私なら。いい。から……」
「とうまアアァァァァ!!」
ヒートアップするインデックスとは対称に、上条は悲鳴を上げず、ふ、だとかあ、だとかいった気まずい声を漏らしている。そろそろ危ないか、と姫神はインデックスを止めたが、けれど考えていたのは別のことだ。
上条は止められない。これからもいくつもの事件に首を突っ込み、そして誰かを助けてくるのだろう。それはまるで、姫神を助けた時のように。ならば、姫神は止めることすらできない、けれど。
(なら。私は。ここにいよう)
自分に出来ることは限りがある。戦うような力もなく、精々応急手当をする程度だ。
だから、姫神は選択する。
日常として上条の傍にいることを。今自分がいる場所で、出来ることをやろうと。
家事の手伝いでも、休日の遊びでも、何でもだ。あるいは、何か手伝えることが見つかるまで。
隣じゃなくていい。同じ教室にいて、たまに話して、笑い合うことを姫神は決めた。