「荒我兄貴!!ようやく追い着いた・・・!!」
「荒我君!!落ち着くでやんす!!!無闇に駆け回っても、緋花ちゃん達を見付けられないでやんすよ!!」
「馬鹿野郎!!落ち着いてなんかいられるか!!!緋花が・・・緋花が『ブラックウィザード』に捕まったんだぞ!!?もしかしたら・・・もしか・・・」
「ま、まだ緋花ちゃんが死んだとは決まってないでやんす!!!」

陽射しの強さに翳りが見え始めた頃、ここ第7学区の一角で“不良”達が激しい論争を繰り広げていた。
その中心に居るのは、焔火が告白した少年・・・荒我拳。彼は、焔火の親友である葉原から昨日起こった事の詳細を説明された直後、脇目も振らず駆け出した。
思い浮かべるのは焔火緋花のことのみ。彼女の声が・・・笑顔が・・・もう二度と見られなくなる。そんな可能性を自覚したために、彼は舎弟の制止の声も振り切って奔走した。
それは理性的な行動では無い。当ても無い本能的な疾走。葉原から、『ブラックウィザード』の本拠地の正確な場所は未だにわかっていないことを知らされている。
風紀委員が見付けられていない以上、荒我1人にどうやって見付けられると言うのか。そんなことは不可能に近い。だが、それでも少年は走った。じっとなんかしていられなかった。
そんな兄貴に、舎弟である梯と武佐がようやく追い着いたのが今この時である。

「荒我兄貴!!兄貴の気持ちは俺達なりに理解してるつもりだぜ!!?俺や梯君だって、緋花ちゃんや朱花さんの身が心配で堪らない!!
だからこそ、今は無闇に動く時じゃ無い!!俺が救済委員である兄貴に色んな情報を伝えているのも、荒我兄貴がその拳を存分に振るえるようにって気持ちなんだぜ!!?」
「武佐君の言う通りでやんす!!オイラ達で緋花ちゃん達を救うにしても、そのためには冷静でいなきゃいけないでやんす!!!」

矢継ぎ早に荒我に苦言を呈する武佐と梯。実を言うと、舎弟達だってかなり混乱しているのである。それこそ、今の荒我並に。
だが、それをいの一番に表に出した親分の姿を見て舎弟2人は若干の落ち着きを取り戻していた。自分達まで冷静さを欠いてはいけない。尊敬する兄貴のために。

「・・・・・・があああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

舎弟の厳しくも暖かな忠言を感じ取った兄貴は、胸を駆け巡っている激情を思いっ切り吐く。それで、少しでも冷静さを取り戻すために。

「ハァ、ハァ・・・。ス~、ハ~。・・・悪ィ。みっともねぇ姿を晒しちまったな。兄貴失格だ・・・」
「荒我君・・・」
「荒我兄貴・・・」
「お前等の言う通りだ。自分を見失ってちゃ、取り戻せるモンも取り戻せなくなる。利壱!紫郎!俺に知恵を貸してくれ!!」
「「もちろん(でやんす)!!」」

“不良”3人組は、ようやく冷静な思考を取り戻した。今自分達が為すべきこと。それを見出すために、3人の頭脳をフル回転させる。

「緋花達の安否は、この際横に置く。安否云々よりも、そこへ辿り着くための手段が今求められている!!
葉原の説明だと、『ブラックウィザード』の本拠地は風紀委員でも掴めていねぇようだからな」
「荒我兄貴。斬山兄貴に連絡を取ってみたらどうかな?あの人なら、何か有力な情報を持ってるかも・・・」
「それもいいが、確か『ブラックウィザード』のことを集中して調べてんのは峠だった。最近は、過激派のメンバーが一同に集まる機会は無ぇし。つか、俺はその1人に喧嘩売ったし」

脳裏に思い浮かべた人間・・・喧嘩を売った男・・・麻鬼天牙。かつて焔火と共に対峙し、自分達2人を打ち負かした過激派救済委員。

「そういえば、一応斬山さんと荒我君は“裏切り者”という判断を免れたんでやんすね」
「あぁ。だが、そんなことがあった以上中々会いに行こうって気分にはなれねぇわな。こんなことなら、もう少し積極的に顔を出す・・・・・・」

そこで、気付いた。葉原が口に出した言葉にあった救済委員だった男の名を。

「・・・荒我君?」
「・・・今回の件には『シンボル』も・・・あの“変人”も絡んでやがるんだよな?」
「“変人”・・・界刺先輩のことでやんすか?」
「あぁ。あいつは・・・救済委員だった。穏健派救済委員の1人として、春咲桜っていう風紀委員と共に活動していた。
てことは・・・穏健派の救済委員なら奴への連絡手段を持ってる筈だ!!ここは・・・何学区だ!!?」
「第7学区だよ、荒我兄貴!!」
「荒我君・・・自分が何処を走っていたのかもわからなかったでやんすか?」
「うううぅぅ!!ま、まぁそんなことはどうでもいいじゃねぇか!!この学区には・・・穏健派が集まる集合場所がある!!いくぜ、テメェ等!!」

荒我達は、携帯のGPS機能を使って自分達の現在位置を確認、穏健派が屯っている場所を目指し疾走する。

「あの野郎なら、風紀委員以上に『ブラックウィザード』に関する情報を持ってる可能性がある!!『ブラックウィザード』のリーダーとも話したことがあるらしいしな!!」
「そうでやんすね!!界刺先輩が風紀委員に全面協力するなんて姿は想像できないでやんすから!!もしかしたら、先輩独自の情報を隠し持ってる可能性があるでやんす!!」
「でも、荒我兄貴!!界刺先輩相手に口で対抗できるの!!?あの口達者な先輩にさぁ!!?」
「口で無理なら拳で語るだけだ!!!」
「「荒我兄貴(君)らしいお言葉(でやんす)」」

舎弟は兄貴の発言に半ば呆れながらも感心していた。一度決めたら、意地でも貫き通す。迷い無くその拳を振るえる。そんな漢だからこそ、自分達は舎弟になった。

「(あの野郎に頼るのは癪だけどよぉ・・・今はなりふり構っていられねぇ!!おそらく、斬山さんや峠以上にあの“変人”が『ブラックウィザード』の情報を持ってる可能性が高ぇ。
緋花達を助け出すためには、紫郎が俺にしてくれるように確実な情報が要る!!その情報を何としてでも・・・)」

一方、兄貴は舎弟の忠言から冷静な思考を纏めて行く。そして・・・3人は息も絶え絶えに穏健派の集合場所に雪崩れ込んだ。そこに居たのは・・・






「荒我・・・どうしたの?そんなに息を切らして・・・」
「花多狩さん。このリーゼントは・・・?」
「灰土さん。彼は、私達と同じ救済委員よ。但し、過激派だけど」
「過激派か・・・。大抵『過激』なんて言葉が付く組織にはロクな奴が居ないと、オジサンは思っちゃうなぁ」






この辺りの穏健派救済委員達を纏める花多狩菊と、最近穏健派に加入した現職警備員灰土勇の2人であった。
この2名は、“変人”からある依頼を承っている。その打ち合わせを現在進行中で行っていた。そこに乱入して来た荒我達は、すぐに花多狩に事情を説明する。
そして、花多狩は荒我の意を受けて依頼主に連絡を取った。改めて彼と打ち合わせを行う救済委員達の上空を星空が覆い・・・今日という日が過ぎて行った。






第17学区にあるオートメーション化された『ブラックウィザード』の本拠地は、総合病院のように複数の建築物が集まって形作られている広大な建物群であった。
その一角で、『ブラックウィザード』に協力する男―調合屋―は暢気な足取りで通路を歩いていた。
一昨日の“決行”により、彼にとっては百名単位の実験体が手に入ったも同然だったので内心では少しはしゃいでいる。
とは言っても、その実験体を迅速且つ強力な“手駒達”に仕立て上げなければならないので、好き勝手にできないのが少々不満でもあった。

「<まぁ、その不満はあの風紀委員にぶつけてるからトントンかな>」

独り言を漏らしながら、男はある一室に向かう。そこに居るのは・・・

「<入るよ?>」
「どうぞ」
「フフ~ン♪フフ~ン♪」

幹部の永観と蜘蛛井。彼等は、拉致した200名もの一般人を“手駒達”に仕立て上げるための意見交換を行うために調合屋を呼び付けたのだ。

「調合屋。君の作った被暗示性の強い薬は、やはり効果テキメンだ。薬の吸収率という面でも、高い数値を弾き出している」
「<電波で人間を操作する以上、余計な思考は極力中断させなければならない。かと言って、今までの“手駒達”のように薬によって記憶や人格を破壊することは、相応のデメリットがある。
各個人によって、能力発動の際に使用する演算・・・つまり脳波は違って来るからね。無闇に人格とかを破壊すると、その発掘が面倒だ>」
「何より、それって時間が掛かっちゃうんだよね。如何に中程度の薬物中毒にするかってのがカギだし」

人間を“手駒達”に仕立て上げる従来の方法は、下記の通り。

①快楽性・中毒性の強い薬を投与・摂取させ、能力発動に支障が出ない中程度の薬物中毒にする(ここで急性薬物中毒に発展してしまうと、後々の作業に支障が出るため気を配っている)。
②脳波を計測する機具を頭部に取り付け、その人間の普段の行動や能力使用時の脳波等を記録する。
③記録後、更なる薬物投与で人格や記憶を破壊し、操作用の小型アンテナを取り付ける。

この方法のデメリットは大きく2点。1点目は、①にもある通り急性薬物中毒にしてしまった場合、使い物にならなくなる可能性が大きいことである。
アレルギーや個人差等で、適量の薬物投与でも急性中毒を引き起こす場合が結構ある。そうなった場合、使用している薬の関係で脳神経を傷付けるリスクが比較的高かった。
そうなっては、操作に必須の脳波測定が不可能になってしまう。特定の電波を脳波に関与する電気信号に変換する機能が備わっている小型アンテナは、測定が前提である。
2点目は、全体的に時間が掛かることである。薬の調合1つとっても細心の注意を払わなければならない。火急な今、その鈍さは致命的であった。

「故に、被暗示性の強い薬と風間の『個人解明』が今作戦の要でもあった」
「薬を服用した時の風間は、能力強度だけじゃ無くてDNA情報の深い部分まで分析可能だからねぇ」

それ等を解消するために“決行”作戦で用いられたのが、調合屋が『薬物合成』にて作り出した被暗示性の強い薬と風間の『個人解明』である。
被暗示性の強い薬は、服用した者に強い暗示を掛けることが可能な代物であった。一種の洗脳である。
この薬は、風紀委員や警備員等に事が露見するのを防ぐためだけに使われたのでは無い。具体的に言うと、記憶や人格を破壊せずとも思考を単一化させてしまう作用があった。
単一化=他の思考をしないということである。限られた選択肢(行動パターン)に必要な脳波を計測し、“手駒達”に用いて来た特殊な電波でその選択(暗示)を強制させる。
この方法なら、一々大量の脳波を測定して操作しなくても勝手に操作される側が思い込み(暗示)によってこちらの思う通りに行動してくれる。
もちろん、被暗示性の薬だけではその暗示は解けてしまう可能性も低くない。よって、能力強化も兼ねて何時も使っている中毒性の強い薬も抑え目に投与している。
抑え目にしている理由は、急性中毒予防と被暗示性の薬に該当の薬物を人体に吸収させる手助けをする(吸収効率を高める)効果がある成分が含まれているためだ。
全体的な中毒の程度としては低~中の間程。吸収効率の高さ故に、誤って急性中毒にしないために何時も用いている薬物投与を抑制しなければならないのが暗示薬の弱点であった。
更に、吸収効率にも個人差があるためそれを見極められなければ元の木阿弥になる可能性がある。
そこで、風間の『個人解明』の出番である。薬を服用した状態での『個人解明』なら、DNA情報を深く分析することが可能であった。
この分析を基に調合屋が事前に薬の配分を予測・調合し、控えめに投与することで急性・重度の薬物中毒を発症させずに“手駒達”化する作業時間の大幅な節約に至ったというわけだ。

「<やっぱり、重度の薬物中毒にすると安定しないからね。普通の行動ならともかく。戦闘の時に痛みすら感じさせない状態にできるっていうメリットもあるけど、
能力発現の効率を計測したデータを見る限り、どうしても非効率さが目立つよね。能力強化の観点から見れば、やっぱり中程度の薬物中毒が一番効率的だ>」
「薬は、何度も投与されていてはその効果は薄れる。人格が破壊される程の薬物中毒者に至っては、それが極まってしまうのだろうねぇ」
「おまけに、薬のせいで体にガタが来るし。まぁ、ボクのボディーガートを務めている“手駒達”は、その辺の心配は無いけどね」
「<そもそも、今回用いた暗示薬も何時も使っている薬も麻薬のように一度手を出したら一生止められなくなるという代物じゃ無い。
能力開発に用いられている薬の成分が多く含まれている、そしてその成分を活かすために2つ共にどうしても依存性を削らざるを得なかったからね。
鏡子とかもそうだけど、構成員の中に居る中程度の薬物中毒者達でも身体的・精神的治療をキッチリ行えば時間は掛かるけど完全治癒も不可能じゃ無いしね。
新しい“手駒達”なんか中毒レベルが中より下だから、今の医療技術ならそれこそ早期に治る可能性が高い。
慢性でも何でもない上依存症もまだ発症していないし。にしても、学園都市の医療技術はやっぱりスゴイね。色んな意味で惚れ惚れしちゃうよ>」
「それでも、調合屋のおかげで随分快楽性や中毒性が増しているがね。まぁ、だからこそその依存症を継続させる手っ取り早い方法として“手駒達”の場合は思考を粉々にした。
だが、今回の“手駒達”にはその手が使えない。急性や重度にならない程度の定期的な薬物摂取。そして、暗示と電波による強制によって動いて貰わなければならない」
「<暗示薬のせいで、これ以上の薬物投与は現状では厳しい状態だ。少し間を空けて、しかも抑え目に。元々の方針もある。
つまり、思考を破壊できない以上思考の単一化が解ける可能性は否定できない。また、単一化って言ってもある目的をやらせるって形だから複雑な行動を実行させると個人差が出ると思う>」
「その点は然程問題無いよ。そうなんだろう、蜘蛛井?」
「まぁね。今度の200人には、この新型のアンテナを取り付けてあるから」

蜘蛛井の手に握られていたのは、チップ型のアンテナ。これが新しい“手駒達”の頭部に装着されることになっている。

「このチップ型のアンテナは、並大抵のことじゃあ引き剥がせない。皮膚に直接埋め込んであるし。
今までの小型アンテナは、コスト面の理由から受信できる電波が1種類だけだったけど、今度のアンテナは色んな電波を受信できるよう改良されている。
前までのようなジャミングが何時までも通じると思うなよってこと。チップに内蔵されているバッテリーの出力自体も強力になっているし。フフッ」

蜘蛛井の非道な笑みが部屋に染み渡る。これだけのことをして、全く罪悪感を覚えていないあたり、3名の狂人さが現れている。

「<成程。だったら心配無いね。もう、脳波データは大方計測済みなんだろう?>」
「あぁ。もうちょっとで終わる。これだけの人数を一斉に“手駒達”化するのは初めてだったから、中々に慣れないよ」
「ボクとしては、嬉しいけどね。これだけの人数を操作できるし。あぁ・・・そういえば。
調合屋。あの風紀委員はどうしてるの?一昨日に捕えた頃から、ずっと智暁が色々やってるのは知ってるけど」
「<今もやっているよ。俺にはソッチ方面の趣味は無いから彼女の気持ちはよくわからないが、すごい熱の入りようだ。女が女に行う調教の真髄というのを垣間見た気がする>」
「少量の筋弛緩剤を投与した後に自白剤で色々聞き出した時も、智暁は衝動を我慢し切れていなかったねぇ。百合というのは、かくも人を虜にしてしまうものなのか・・・」
「そういえば、愛しの彼に告白したばっかりだったらしいね。智暁は百合の中でも鬼畜系が好みだし、拘束されている今の焔火の状態なら一線を越えない程度に好き勝手やってそうだね」
「・・・よく知っているね、蜘蛛井?智暁のことが嫌いなんじゃ無かったのかい?」
「・・・嫌いさ。嫌いな人間程よく知っちゃうんだよ」
「ふむ。そういうものか・・・」

永観・蜘蛛井・調合屋は、焔火が構成員の中でも変わった趣味を持つ智暁の餌食になっている様に微かに同情する。
智暁自身焔火に電撃を喰らっているので、その仕返しとばかりに焔火の調教に熱を入れているのだ。

「・・・一応質問するが、智暁は“アレ”を外してはいなかったかい?」
「<それについては心配無いね。彼女も痛い目を見ているし。能力を使わせないためにも、“アレ”は外さないよ。
まぁ、“アレ”が無くても今の焔火緋花はまともに演算できる思考状態じゃ無いよ。智暁に渡した複数の新薬でずっと喘ぎまくっているし。
今回の新薬は快楽性を追及した媚薬剤でね。智暁が以前から所望していたのを聞いていたから少々張り切って作ってみたよ>」
「映像媒体に録画して“裏”に回したらいい金づるになりそうだけど、智暁はそういうのを嫌うっていうか、肝心の一線は越えられないんだよね。
薬物中毒者の女達に対してもそうだったし、調教部屋に付いていた監視カメラも外させたし。あれで鬼畜系を語っているんだからお笑い草さ。甘い甘い」
「・・・よく知っているね、蜘蛛井?智暁のことがすごく嫌いなんじゃ無かったのかい?」
「・・・すごく嫌いさ。すごく嫌いな人間程よく知っちゃうんだよ」
「ふむ。そういうものか・・・」
「<(永観・・・君は、時折真面目な顔してものすごいボケを晒すね。自覚が無いというのがまた・・・)>」

調合屋は、部屋に漂い始めたボケの空気から抜け出したくなったために、さっさとここから退散することを決める。

「<それじゃあ、俺は退散するよ。夕方にまた>」
「あぁ。よろしく頼む」

永観の言葉を受け、白衣の男は部屋を後にする。殺人鬼の襲撃が続いた当初は『ブラックウィザード』から手を引くことも考えたが、中々どうして魅力的なことを行う。
しかも、それをキッチリ完遂するのだからまだまだ捨てたモノじゃ無い。あの風紀委員には、後々に他の新薬の実験台になって貰うつもりだ。
だからこそ、網枷に彼女の管理を任された智暁の機嫌を取っている。その機嫌を取る手段を自ら講じた調合屋は、マスクに隠した唇をわずかに緩めながら去って行った。






「・・・永観」
「・・・何かな?」
「・・・まだ、我慢するのかい?今は、絶好のチャンスでもあるんじゃないの?東雲の首を取って、お前が『ブラックウィザード』の頂点に君臨するための・・・さ?」
「・・・フッ」

調合屋が去った後に、蜘蛛井が永観に語り掛ける。この部屋に設置されている監視カメラは蜘蛛井が弄ってあるので、この会話が録画・録音されることは無い。
それは、反逆。『ブラックウィザード』のリーダーである“孤皇”東雲真慈を討ち、永観策夜が新しきリーダーに上り詰めるということ。

「確かに、今はその好機だ。件の殺人鬼の猛攻で、あの“孤皇”も少なからず揺らいでいるだろう」
「お前が『ブラックウィザード』に入ったのも、東雲に魅力を感じていたんじゃ無い。
『ブラックウィザード』が持つ数々のコネクションに惹かれたこと、そして数多くの他人の苦しむ顔が見れること・・・だったっけ?」
「そうだ。フフッ、そうだとも。この組織を牛耳ることができれば、僕は更なる他人の苦痛をこの目に映すことができる!!それは、僕にとって至上の贅沢だ・・・!!」

永観の瞳が愉悦に染まる。彼にとっては、敵・味方関係無くその苦しむ顔を見ることが至上の幸せだった。その快楽を極めるために、彼は謀反を企てさえいる。
蜘蛛井や智暁、中円に風間等に対してそれとなく話を持ち掛けているのも、来るべき反逆の時に味方へ引き入れるためである。
実際に永観の反逆の意志を知っているのは、現状では蜘蛛井と・・・他1名のみ。

「・・・だが、あの殺人鬼の猛攻は僕としても予想を遥かに超えるモノだった。もし、内紛状態に『ブラックウィザード』が陥れば、僕は東雲共々殺人鬼の牙に掛かるだろう。
東雲だけならともかく、僕にまで影響が及びかねない。好機に拘り過ぎて共倒れになってしまっては意味が無い」
「へぇ・・・。まぁ、お前の勇み足で風紀委員達にも嗅ぎ付けられたしねぇ。面倒臭い所は、全部東雲に押し付けてからってこと?」
「そうだ。・・・君は僕の陣営なんだろう?」
「今の所はね。本当は『ブラックウィザード』にそこまで興味は無かったんだけど、“手駒達”っていうオモチャを放り出すのは惜しいし。
実際、網枷のバカや東雲の命令があったら“手駒達”を思うように動かせなくなるし・・・」
「僕が頂点に立った暁には、君に“手駒達”の全権・・・とまでは行かずとも相応の権限を与えよう。『守護神』への復讐にも、全面的に力を貸そう」
「フフッ。期待しているよ、永観?にしても、焔火緋花を通常の手段で“手駒達”化しないなんてどう考えても網枷の私情だよね。
人質として扱いたければ人格をブッ壊す“手駒達”化が一番良いのに。何時も使っている薬も投与しているけど、量的には大したこと無いから低レベルの中毒しか発症していないし。
智暁の調教を認めたのも、大見得を切るだけで肝心要の一線を越えられないあいつの性格を見越した上でボク達の手が及ばないように段取りしたものなのかもね」
「とは言っても、僕の教えで智暁も大分突っ込むようになったがね。そういえば、『調合屋の機嫌を取るためにも1つくらいは被験体を』とも言っていたな。
最もらしい『言い訳』だ。やはり、176支部出身者には少なからず情が移るのかもしれないな」
「鏡子もだよね。大量の薬を摂取しているにも関わらず重度化していないのも、網枷の根回しで薬1つ1つの含有量を減らしているからだし。・・・ムカつくね。
おかげで、焔火朱花の調整にも余計な手間を掛けることになったよ。しかも、『手探り』の調整なモンだからまだ絶対じゃ無いんだよねぇ」
「あぁ。・・・そういえば、あの倉庫で江刺達と道連れにしようとした178支部の2人が生きていたようだな。目撃情報が上がっていた」
「みたいだね。大方江刺がパニくって『優先変更』を解除しちゃったから、殻衣の『土砂人狼』で何とか逃げたんだろうね。片鞠と江刺は“手駒達”共々死んだから別にいいけど。
それより、成瀬台強襲の件だよね。重体者は何人も出ているようだけど、死者が1人も出ていないって拍子抜けだよね。
まぁ、これで伊利乃も評価が落ちる。ボク達には都合が良い形になったからあえて文句は言わないけど」
「・・・フッ。全くだ」

急成長した組織というモノには、必ず何処かに歪が生まれる。『ブラックウィザード』もまた、その例外では無い。
今は、殺人鬼の討伐という目的があるが故に矛を懐に収めている人間も居る。自らに降り掛かった危機が、自身に潜む反乱因子を抑え込んでいるのは何とも皮肉である。






「それにしても、昨日・今日の阿晴さんのニヤけ顔は気色悪いを通り越しませんか?」
「いいんじゃない?阿晴君もいい気分なんだし。誰だっていい気分で居たいものよ。まぁ、真昼はちょっといい気分にはなれないわよね。江刺君の件で」
「・・・い、いえ。裏切り者に対する正当な罰が与えられたとは思いますし。片鞠君も巻き込まれたって聞いた時は、ちょっと心穏やかでは居られませんでしたけど」
「『巻き込まれた』・・・ね」
「・・・伊利乃さん?」
「いえ・・・・・・この話題は禁句だったかしら?ごめんなさいね、真昼。いい気分が吹っ飛んじゃったわね」

施設内北部の通路を歩いているのは、幹部の伊利乃と構成員の中円。2人は、リーダーの東雲と幹部の網枷に会いに行くために歩を進めている。

「いえ!!もう終わったことですし!!それに、このことは一部の人達しか知らない事実ですから、あたしの雰囲気で他の皆に悟られないようにしないと!!
そのためにも・・・いい気分・・・いい気分・・・そういえば、智暁はどうしたんですか?まさか・・・まだあの部屋に?」
「ご名答♪智暁もあの娘の調教に熱中しているみたい。私が教えたテクを実践しているんじゃないかしら?」
「テク!?伊利乃さん・・・智暁にそんなことを!?」
「あら?『そんなこと』ってどんなことかしら、真昼?」
「えっ!?そ、それは・・・・・・///」
「ンフッ。まぁ、智暁も色々ソッチ方面を勉強してたし、私の教えと相俟って今頃はあの純情な女の子を快楽の坩堝に陥れてると思うわよ?
そのために、調合屋から専用の薬も幾つも貰ってたし。調合屋の作る薬は効き過ぎるから、すぐに壊れなきゃいいけど」
「あれっ?心配しているんですか?」
「それは心配よ。だって、私が楽しむ機会が無くなっちゃうじゃない?」
「あぁ・・・そういう意味ですか」

等と言い合いながら、2人は東雲と網枷が居る作戦会議室へと辿り着く。扉を開くと、そこには予想通り『ブラックウィザード』のリーダー東雲と“辣腕士”網枷が居た。

「ヤッホー♪真慈。網枷君も。ちょっといい?」
「・・・・・・」
「伊利乃・・・中円も。何の用かな?」

伊利乃に話し掛けられても無口を貫く東雲の代わりに、網枷が訪問の意図を尋ねる。

「『太陽の園』の件で話があるのよ」
「『太陽の園』?明後日の午前中に回収予定の件か・・・それが?」
「えっとねぇ・・・それ変更!」
「はっ?」
「え、えっとね・・・網枷君。伊利乃さんは、今日の夜に回収へ向かいたいって言うんだ」

単刀直入且つ言葉が圧倒的に少ない伊利乃の提案に網枷が困惑している横で、中円が説明を付け足す。

「今日の夜?・・・伊利乃。どうして今日なんだ?」
「う~ん・・・女の勘!」
「それでは、何の説明にもなってないんだが?報道等を見ている限りでは、『シンボル』の話題が前面に出ていること以外は事前の予想通りだ。私達の名前も表沙汰になっていない。
秘かに警備員達が学園都市中に検問という名の網を張ってはいるようだが、それも精神系・光学系・電気系能力者達を随行させればどうとでもできる。
“裏”から圧力も掛かっているために、警備員の体制は今の時点でも穴が存在しているが・・・どうして回収を急ぐんだ?」

網枷は、伊利乃の判断に疑問を抱く。“辣腕士”と謳われる網枷でも、彼女の思考は完全には読み切れない。

「・・・希杏」
「・・・何?」
「まさかとは思うが・・・焦っているんじゃないだろうな?先日の“決行”作戦で、お前に課せられた『風紀委員会本部の殲滅』を果たせなかったがために。
網枷が遂に覚悟を決めて“裏”の世界に本格的に足を踏み入れる切欠の場で、お前達は作戦を遂行し切れなかった」
「・・・・・・」
「負い目を感じるのは勝手だ。失敗を取り返そうというのなら好きにすればいい。だが、そのために動くのなら本人にはキッチリ説明をしてやれ。例え、それが女の勘だとしても」

東雲は、伊利乃のほんの僅かな気負いに勘付いていた。彼女とは『ブラックウィザード』結成前からの付き合い・・・いや、自身を学園都市に導いた親友だからこそわかる。

「・・・ふぅ。真慈には敵わないねぇ」
「伊利乃・・・」
「・・・何だか嫌な予感がするの。網枷君、言ってたよね。“『シンボル』の詐欺師”が変な着ぐるみを身に付けて、大勢の人間を連れ立ってボランティアに向かったって」
「・・・あぁ。どんな着ぐるみを身に付けていたかまでは知らないがな。176支部の問題児集団によって発生した余計且つ多量の事務仕事に巻き込まれて、そこまで聞き出せなかった」
「・・・『太陽の園』の施設主と今朝電話が通じたの。本当に偶々。私としては、明後日のお迎えの時の打ち合わせをしたかったから運が良かったって思ってた。
そしたら・・・施設主がこう言ったの。『カエルの着ぐるみを着た大勢の人間が、「太陽の園」にボランティアに来てる』って」
「何っ!!?」

網枷の背中に、嫌な鳥肌が立つ。成瀬台の強襲時に風紀委員達を殲滅できなかった最大の理由・・・『シンボル』。
伊利乃が言いたいことはこうだ。『太陽の園』に、その『シンボル』のリーダーが居る可能性があること。そして、自分達を待ち構えている可能性があること。

「あの“詐欺師”が、私達の情報を掴んでいるとは限らない。でも、その存在は必ず邪魔になる。もし、私達の影に気付いていたら罠を張っている可能性は限り無く高いわ」
「・・・『シンボル』の数名が風紀委員に協力していることは、報道でも確定している。その伝手で、伊利乃が勤めているとしている会社がダミーだと気付いている可能性は高い。
下手をすれば、『太陽の園』に風紀委員達も待ち構えている可能性がある・・・!!」
「あたしは、それだけ危険なのがわかっているんだから『太陽の園』の回収は諦めた方がいいんじゃないかって伊利乃さんに言ったんですけど・・・伊利乃さんは『回収はする』って・・・」
「・・・希杏。もしかして、留守番電話に自分の声を残していたりするのか?」
「・・・えぇ。私も迂闊だった。施設主は、あの『太陽の園』の運営を1人で担う程の忙しい日々を送っていたから中々連絡が繋がらなかったの。
私としても、できるだけ対面を避けたかったというのもあって電話に拘った。でも、財政難を抱えるあの老人は予想以上に厄介だった。
携帯電話さえ持っていない耳の遠い老人で、しかも電気代の節約のために使用時以外はどの電化製品もコンセントを抜くって徹底振りだったから。
だから、施設主がコンセントを抜き忘れた時に1、2回留守番電話に音声メッセージを残しているわ。回収する時に“手駒達”を使って潰せばいいとも思っていたから。でも・・・」
「それはマズイな。『書庫』には、音声記録も登録されている。もし、“詐欺師”が私達の存在に気付いているのなら、伊利乃の情報は既にバレていると見て間違い無い」
「そんな・・・!!伊利乃さん・・・!!」

中円は、事ここに至って伊利乃が何時に無く真剣であった理由を察する。先日の強襲だけでは無い。それ以外でも失態を重ねていた可能性に彼女は気付いていたのだ。

「・・・仮に、私達の存在に気付いていなくてもそれはそれで面倒なの。施設主の話だと、カエル軍団は私達のお迎え時まで居るようなの。
そんな状況でも、“手駒達”を使った音声データの確実な消去は施設に近付かないと難しいわ。電気系能力を使って地下ケーブルからという手も、コンセントを抜かれていたら意味無いし。
でも、そんな暗躍をあの“詐欺師”が気付かないとは思えない。正直な話、界刺得世を出し抜くのはどんな状況でも難しいわ。万全の準備をされていたら余計に」
「・・・君の言いたいことはわかった。界刺得世が居ない場合もしくは居ても『ブラックウィザード』の影に気付いていない場合、
後々に引き摺る原因になりかねない留守番電話の音声データを早期に消去する必要がある。
施設主が音声データを消去しているという確認が取れれば杞憂で終わるが、これにも落とし穴がある」
「落とし穴って・・・網枷君・・・?」
「界刺がその場に居て、尚且つ『ブラックウィザード』の存在に気付いていた場合だ。
例えば、こちらから音声データの有無を確認する電話を掛けた場合、もしかしたら施設主を説得して音声データを消去しているという嘘を付かせるかもしれない。
今現在、『ブラックウィザード』に言葉を聞いただけで心理状態を読める能力者は居ない。変声器でも使って奴が施設主に成り代わっていれば・・・」

回答を述べた後に独り言のようにブツブツ言葉を垂れ流す網枷を、中円は奇妙なモノを見たかのような視線で目に映す。そんな可能性まで考慮しなければならないのか・・・と。

「網枷君。それは、考え過ぎじゃない・・・?」
「中円・・・あの“詐欺師”を甘く見るな。『シンボル』を甘く見るな。伊利乃に任せた強襲の件で、俺は『シンボル』は手を出さないと踏んでいた。
リーダーの性格や不在、“3条件”の件からそう判断した。しかも、成瀬台を中心に強力なジャミング網も敷いていた。有線にも細工をしていた。
だが、『シンボル』は強襲を打ち砕いた。しかも、ジャミング網を敷いていたにも関わらず『シンボル』は外回りをしていた風紀委員と連絡を図っていた節がある。
駆動鎧へ攻撃を仕掛けた時間帯から、その場に居た『シンボル』のメンバーは成瀬台学生寮に居たと予測できる。つまり、連中も電波を使った連絡手段や有線網の利用は不可能だった。
だが、爆弾を積んだ車両の迎撃の実行者及びタイミングは事前に打ち合わせをしていなければ絶対に無理な業だった。
おそらく、連絡不能範囲外に居たあの“詐欺師”が裏で糸を引いていたんだろう。しかも、奴等独自の連絡手段を用いて俺達の作戦を完璧にさせなかった」
「・・・!!!」

何時もは無表情な網枷が珍しく苛立っていた。それは、自分が作った作戦を『シンボル』に乱された影響か。
否、それは風紀委員に『シンボル』が手を貸したこと自体に対する怒り。東雲が言う所の・・・『答え』。それを見極めるのに『シンボル』という存在は邪魔なのだ。
単に『ブラックウィザード』に対する脅威として面倒な存在であることも確かである。網枷としても、『シンボル』によって自分達が追い詰められる事態は絶対に認められないのだ。

「・・・話を戻す。“詐欺師”が私達に気付いていた場合、伊利乃の素性は割れ、『シンボル』及び風紀委員達の待ち伏せを喰らう可能性が高い。
知っているとは思うが、強襲前において成瀬台支部のメンバーの大半が単独行動をしていた。
それがここに結び付いている可能性は低いが、無事な戦力として急遽回される可能性は否定できない。
それ以上に、“手駒達”の材料として『置き去り』を使用していることに気付かれた可能性が高い。もし、このまま回収を止めたあるいは延長したとあればそれはそれで疑われる。
一方、奴が居ないもしくは私達の存在に気付いていない場合伊利乃が残してしまった音声データがネックになる。これは、早急に潰さなければならない。
潰すためには、『太陽の園』に侵入する必要がある。そのためには・・・」
「・・・網枷君。私としては、その確認も込めて今日の夜に向かいたいって思ったの。施設主の話だと、カエル軍団は夜には『太陽の園』から離れるみたいなの。
もし、私達の影に気付いていたとして、一番警戒するのはお出迎えする明後日の筈。時間帯がわかっているから、それに合わせた準備を行っている筈。
風紀委員会も、一昨日の襲撃でまだ完全には立ち直っていないわ。“裏”からの情報だと、成瀬台に集まっている風紀委員・警備員は守りを固めているみたいだし」
「確かに、伊利乃さんの言う通り強襲で大被害を被った直後に攻めに転じることはそうそうできませんよね」
「今なら、まだ準備が整っていない可能性が高いわ。成瀬台支部のメンバーだけなら、まだ対処の仕様はある」

伊利乃の説明は一理ある。如何に無事な戦力とは言え、成瀬台単独ならば“手駒達”で十分対処は可能だ。
『シンボル』が本格的に関わるか関わらないかは、そこに居るかもしれない“詐欺師”次第。

「・・・中円。智暁と調合屋に連絡を取れ。焔火なら知っているかもしれない。自白剤を用いて吐かせろ」
「そ、それなら精神系能力持ちの“手駒達”を使ったほうが早い・・・」
「どうせ、どう動くにしても時間は掛かるからな。それに、あの人質にそんな遠慮は要らない。さっさとしろ!!」
「・・・!!わ、わかった」

網枷の冷淡な声にビクつきながらも中円は、携帯電話を取り出して両者に連絡を取るために部屋を出て行った。






「・・・その上で回収を目指すのは・・・・・・意地か?」
「真慈・・・」
「元『置き去り』として・・・他の暗部組織に『置き去り』達を使い捨てられるのが我慢ならないか?あの『太陽の園』は『闇』の人間も狙っていた。
その情報を入手したお前が陣頭に立って、『太陽の園』との売買契約にまで至った。俺達も、やっていることには変わりは無い。
そんな矛盾を抱えてでも・・・お前は動くのか?『家族』と見做す片鞠を始末する作戦を提案した蜘蛛井の判断を認めた俺に、お前は今も従うのか?」

心を見透かす東雲の興味深げな言葉と視線が少女に突き刺さる。そして、それ等を伊利乃は真正面から受け止める。
これは、少女の秘めたる歪な覚悟の再確認。“魔女”の覚悟を“弧皇”が再び確認しているのだ。故に・・・伊利乃希杏は正真正銘の本音で応える。

「・・・私は、手駒達”を生み出すことをあなたに提案したわ。『力』を証明したいあなたにうってつけの駒を・・・その供給源を元『置き去り』である私が提案した。
あなただって、本当は『闇』の人間が嫌いでしょう?私も大嫌いだわ。このまま私達が『太陽の園』の回収を取り止めたら、間違い無く『闇』の人間が動く。動いて使い潰す。
それは、絶対に認められないわ。それを認めるくらいなら・・・真慈。あなたの礎として使い潰した方がマシだわ。
あなたなら・・・いずれこの学園都市を変えられる。私は・・・そう信じている。そのためなら・・・『家族』を切り捨てることも私は厭わない!!」
「伊利乃・・・!!」
「・・・ンフッ。それに・・・網枷君の船出に泥を塗っちゃったしね。挽回したい気持ちも無くは無いのよ」

網枷は、初めて伊利乃希杏の本当の姿を垣間見た気がした。出会った当初から、ずっとお姉さんぶっていた年長の女性が初めて見せた本音の本音。
その本音が、自分と同質であると知った。知ったからには、その思いに応えないわけにはいかない。例え、リスクを抱えてでも。己が『力』を証明するために。

「伊利乃。前に言った通り、君に『六枚羽』を貸そう。先にも言ったが精神系・光学系・電気系能力者等で固めた“手駒達”なら隠蔽は可能だ。
フッ、このくらいの想定外を楽しめないようでは“裏”の世界では生きて行けないんだろう?」
「網枷君・・・!!」
「伊利乃。私は君と同じ思いだ。東雲さんなら、学園都市を変えられる。そんな君の気持ちを無下にはできない。私も、『闇』の人間は心底嫌いだ。この手で殺したいくらいにな。
今日の夜、『太陽の園』の『置き去り』を回収する。中円の確認待ちだが、もし“詐欺師”が私達の存在に気付いて邪魔をしたとしても、『六枚羽』の力があれば蹴散らすことも可能だ。
“手駒達”も数十名動員する。“裏”からも手を回しておこう。今後『置き去り』の拉致が難しくなるが、もしバレているのならどっちみち一緒だしな。
連中の準備が整っていない可能性が高い今、『太陽の園』の『置き去り』だけでも回収し“手駒達”として東雲さんの礎となって貰おう!!」

組織として、本来であれば取るべき選択では無いのかもしれない。だが、譲れないモノがある。自分達は、組織に所属したくて『ブラックウィザード』に居るのでは無い。
理不尽なこの世界を打破したくて、己の意思を貫きたくて、『力』を証明したくてここに居るのだ。それを体現する男がここに居るから、自分達は集った。

「・・・話を勝手に進めるな。お前等・・・俺に殺されたいのか?」
「真慈・・・」
「東雲さん・・・」

『ブラックウィザード』のリーダー・・・“孤独を往く皇帝”・・・東雲真慈。

「・・・・・・フッ。『俺』の中に居る人間は、自己主張が激しい奴が多いな。・・・だが、俺らしいと言えばらしいか。俺も、自己主張が激しいからな」
「・・・確かに」
「・・・誰よりも」
「・・・いいだろう。中円の確認が済んでからだが、今日の夜の回収・・・許可しよう。但し・・・その指揮は俺が執る。俺が陣頭に立つ」
「「!!!」」

伊利乃と網枷は驚愕する。東雲が陣頭指揮を執ることは、まず無いと言っていい。あの殺人鬼を潰すために部隊を展開した時も、指揮は網枷に任せていた程だ。

「俺も、唯待っているだけというのはつまらん。最近は、『力』を証明する機会も無かったからな。何処かの“辣腕士”が出しゃばって」
「・・・」
「それに・・・あの“変人”がそこに居る可能性があるんだろう?それだけで、俺が出る理由ができた。あの男には、もう一度会いたいと思っていたしな。機会があればだが」
「真慈・・・ありがとう」
「礼を言うのは、作戦を完遂してからにしろ。あの“変人”が邪魔をするのなら、完遂自体が困難だぞ?
網枷!お前はここに残れ。逃走ルートのフォロー等は全てお前に任せる。いいな?」
「了解です」
「真慈と共同作戦か・・・何時以来だろう?・・・ンフッ。これは、頑張らないと!」

このやり取りの十数分後、中円が部屋に戻って来た。自白剤で以って焔火に吐かせた情報は、伊利乃の予想通り―懸念通り―“変人”が『太陽の園』に居ることを示していた。
故に、それに応じた作戦を練り・・・行動は開始される。






「(こういう展開は好ましくないなぁ。予想外な攻勢だったのはわかるし、破輩のメールを見てもやっぱり真刺達を巻き込みたく無かったんだろうし・・・。
俺達を守りたいという真摯な想いもわかる。でも、結局はこうなった。そのせいで俺の仕事がまた増えた。・・・増えたっつーか、絶対に成功させないといけなくなった。・・・。
やっぱムカつくな。クソムカつく。ブッ殺したいくらいに風紀委員(あいつら)ムカつく。折角この件が終わったら『シンボル』の活動を休止して大人しくしてようと思ってたのに。
まさか、今回の真刺達の『活躍』が『シンボル』にとって有益なモンだとは思って無ぇよな?。・・・・・・破輩のメールを見る限りそれは無い・・・か。でもよぉ・・・ガァッ!!)」

場面は変わって、ここは第19学区にある自然公園。『ゲコ太マンと愉快なカエル達』と『太陽の園』の子供達は、虫取りのためにこの公園へ赴いていた。

「(この度を超えた偏向報道を見る限り、“裏”・・・というか『闇』が関わっているのは確実だな。いくら破輩でも、『闇』連中のことは具体的には知らねぇだろう。俺も全部知らないし。
あいつの気持ちは有難いんだけど、対処療法でしか無いんだよな。予防できなかった時点で敗走モードだ。どっちにしろ『シンボル』としての活動はしばらく休止するが・・・チッ。
自業自得だってのはわかっちゃあいるが、余り目立ちたく無いなぁ。『闇』に本格的に目を付けられるのは面倒にも面倒だ。救済委員事件で桜の自首が改竄された辺りからか・・・?
今は学園都市の治安維持に貢献しているって形だから『観察対象』レベルで収まってるだろうけど、『殺害対象』レベルへの引き上げに繋がるようなことだけはしないようにする)」

各“ヒーロー”と子供達が触れ合っている中、1人だけベンチに腰を下ろしている“ヒーロー”が居る。名は“カワズ”。理由は、仲間ハズレである。
先日“ゲコ太マン”と共に『光学装飾』で色んな見世物をしてみたのだが、それだけで子供達の“詐欺師ヒーロー”に対する印象は完全には変わらない。
“詐欺師ヒーロー”と積極的に関わろうとする者・遊ぼうとする者なんてまず居ない。それをするくらいなら、他の“ヒーロー”と遊んだ方が面白いと子供達は考えている。

「(そもそも、今回の件で学園都市の上層部は『ブラックウィザード』を『殺害対象』レベルに引き上げてもおかしくは無い。
つまり、暗部連中が一気に動いてもおかしく無い。なのに、それらしい動きが無い。寒村先輩達を含めた風紀委員会が“自由”に動けているのがその証拠だ。
普通、暗部が動く時は表の治安組織に悟られ無いよう工作する筈。工作して、一気に調査・殲滅に掛かる筈。勝敗は別にして。
怪我人が多発している今なら、排除の理由は何とでも付けられる。・・・動けない理由があるのか?『ブラックウィザード』が『闇』関連の何かと繋がっている可能性は高い。
だけど、それでも動かないのは不自然だ。・・・・・・まさか、俺達『シンボル』が表立って参戦したからか?
あわよくば、『正義の味方』と『ブラックウィザード』を衝突させて潰し合いって腹か?この報道・・・。
『「観察対象」で居たければ「正義の味方」として自分達の代わりにキリキリ働け。途中下車は許さないぞ?』的なメッセージも含まれているのか?)」

“カワズ”は、今回の偏向報道の奥深くに潜んでいた深意を読み取る。風紀委員会に『シンボル』が表立って助力した以上、最後まで協力しろというメッセージ。
深読みかもしれないが、それが有り得るのがこの学園都市という街。科学に支配された世界である。むしろ、自身の自惚れであってくれた方が何倍もマシである。

「(確かに、手段を選ばない暗部連中も効率は考えるしな。工作活動もタダじゃ無い。自分達の手を煩わせる前に、利用できるモノは何でも利用するだろう。
連中だって、風紀委員や警備員のように学園都市の秩序を守っている組織であることには違いない。・・・今回の件を利用して俺達『シンボル』の動向『も』見極めてそうだな。
もしそうなら、当初の予定通り『正義』的存在の風紀委員会を主役にして今回の件を解決すれば、少なくとも暗部に命を狙われる『殺害対象』への引き上げは免れられるか?
学園都市に反旗を翻す脅威にはなりませんよー的なアピールを事の終わりまでし続ければ・・・一押し足りないな。警備員の中にある“面倒臭い”部署がネックだ。
あの部署は、場合によっては暗部の人間を依頼という形で動かせる。暗部連中にその気が無くとも、あそこがでっちあげでも何でもいいから主導して事を動かせば・・・だからな。
“3条件”を警備員に適用しなかった理由の1つなだけはある。本当にメンドクセェ。やっぱり、寒村先輩に頼んだこと以外の保険として“協力”を絶対に取り付けないといけねぇか。
ハァ・・・真刺に決定権を委ねたこと自体は後悔しねぇけど、余計な面倒事を抱えちまったぜ。風路の件や『太陽の園』の件で協力したことにはなるかなぁ。
ここまで来たら、いっそのこと一部を除いて主役にならない範囲で積極的に協力することで“面倒臭い”部署の動きをなるたけ封じる方向へ・・・)」
「おい!!!」
「んっ!!?な、何!?」
「どうだ!!この獲得数は!!?」
「・・・おおぉ。こりゃ大漁だね」

1人思案に耽っていた“カワズ”の傍に、臙脂勇とその友達数人が現れた。臙脂の持つ虫かごの中には、何匹もの蝉が入っていた。
虫取りが大得意の臙脂にとっては、このくらいの獲得数は朝飯前と言った所か。

「だろ!!なのに、何で“カワズ”はそこで座ってばっかりなんだよ!!?」
「勇君の言う通りだ!!たるんでるぞー!!」
「こうなったら、また『暗黒時空』で“カワズ”を・・・」



ピカー!!!



「「「うわっ!!?」」」



臙脂達を襲ったのは、『光学装飾』で発生させた光球。直後にその光球は虹色に変わる。光の強さを調節し、眩しくない程度に抑えた“カワズ”はデタラメで返答する。

「この虹色の光球を君達に見せたくてね。丁度虫取りに夢中になってたから、一息吐くのを待っていたんだよ」
「そ、そうなの!?」
「あぁ。“ヒーロー”は嘘を付かないさ」
「・・・でも、“カワズ”は“詐欺師ヒーロー”なんでしょ?嘘を付くんでしょ?」
「幾ら“詐欺師ヒーロー”つっても、毎度毎度嘘を付くわけじゃ無いよ?」

確かに毎度毎度嘘を付いているわけじゃ無い。しかし、今現在吐いた『虹色の光球を見せたい』という言葉は嘘であり・・・ある意味では本当でもあった。

「・・・・・・」
「勇君?どうしたの?急に黙っちゃって」
「んん!?べ、別に何も無ぇよ!!」
「そ、そう・・・」

臙脂の顔に陰が差していると思った友人は気遣いの声を掛けるが、ガキ大将は気丈に振舞う。

「そういえば・・・勇君。前に、ここで『“ヒーロー”になりたい』って叫んでた年上の女の子が居たよね?」
「お、おぅ!!そうだったな!!お前等と一緒に虫取りにここへ来た時に、ゴリラみてぇなゴリラに堂々と宣言してた人が居たよな!!綺麗な人だったよな!!」

ふと思い出したという体で、かつて出会った女性のことを話題に出したもう1人の友人の言葉をこれ幸いとし、臙脂は意識をそっちに集中する。

「ゴリラみたいなゴリラ?それって本物のゴリラ?ここにゴリラなんて居るの?」
「そうじゃ無いよ!正確には、ゴリラみたいな大人って表現が正しいんだ!」
「余り変わらないような気が・・・というか酷い表現だ・・・・・・ゴリラ?“ヒーロー”?・・・・・・なぁ、臙脂?」
「な、何だ!!?」
「その『“ヒーロー”になりたい』って宣言した女の子って・・・もしかしてこの娘かい?」

臙脂達の言葉に何かが引っ掛かるような感覚を抱いた“カワズ”は、ある予感と共に臙脂達に光像を見せる。小川原の制服を着用した、背の高い黒髪の少女・・・焔火緋花の姿を。

「おおおぉぉっ!!?こ、この人だぜ!!?“カワズ”!!お前の知り合いか!!?」
「・・・まぁね」
「・・・ま、まさか!?この人がなりたい“ヒーロー”って・・・!!?」
「違う違う。この娘は、俺のような“ヒーロー”にはなりたくないってさ。この娘の友達から聞いた話だけど」
「そ、そうなんだ。ハァ・・・よかった」

友人達は、焔火が目指す“ヒーロー”が目の前に居る“詐欺師ヒーロー”とは違うモノだとわかって安堵する。こんな“ヒーロー”は、正直な所居て欲しくない。
未だに“カワズ”を偽者の“ヒーロー”と考えている子供達が今こうやって普通に会話できているのも、“ゲコ太マン”の檄の影響が大きい。

「そりゃそうだろ!!“カワズ”のような“ヒーロー”ばっかじゃあ、“ヒーロー”を信じられなくなるぜ!!
嘘を付いて、人を騙す偽者の“ヒーロー”だもんな!“ゲコ太マン”とは違って、困っている人に“救いの手”を差し伸べようとしない“ヒーロー”だもんな!!“カワズ”はよ!!」
「だよね!!その女の子も、きっと勇君が大好きな“ヒーロー”に憧れてたんだよ!!」
「私達にとっては、勇君も“ヒーロー”だけどね!!」
「そ、そうか!!そうか!!ハッハッハ!!」

友人達の言葉に気を良くする臙脂。それをずっと見詰めているのは・・・“詐欺師ヒーロー”。
臙脂達が脳裏に思い浮かべる少女が『なりたくない』と言った『自分を最優先に考える“ヒーロー”』。

「“ヒーロー”ってのはそんな生易しいモンじゃ無ぇよ?」
「ん?何だよ、“カワズ”。お前だって一応は“ヒーロー”なんだよな!?何情けねぇこと言って・・・」
「“ヒーローごっこ”に興じてる君にはわかんねぇだろうな」
「!!!」

“詐欺師ヒーロー”が、ベンチから腰を上げる。そして、臙脂の目の前で中腰になる。目線を合わせる。

「俺は、昔“詐欺師ヒーロー”とは違う“ヒーロー”だった。その時でさえ、自分を保つことに苦労した。“ヒーロー”は、皆の期待を一心に背負う。勝手に背負わされる。
そして、その期待は一つ間違えれば失望に変わる。“ヒーロー”の行動1つで。現に、君達が目撃した“ヒーロー”になりたがった女の子は・・・その途中で堕ちた」
「「「!!!」」」
「彼女がその時どう思っていたのかは、俺にはわからない。何かに気付いたのかもしれないし、何一つ気付けなかったのかもしれない。
1つだけはっきりしていることは、“ヒーローごっこ”に興じてた彼女は“ヒーロー”になれずに・・・敗北した。“ヒーロー(敗者)”の末路は・・・言わなくてもわかるだろう?」

“カワズ”は、“ヒーローごっこ”に興じている子供に現実を教える。“ヒーロー”に夢を、憧れを抱く子供達に容赦無く事実を叩き付ける。

「“カワズ”は・・・その人が心配じゃないの?きっと、その女の子は助けを求めているんじゃないの?“救いの手”を求めているんじゃないの?」
「心配じゃないってのは嘘になるけど・・・今の俺はそれ所じゃ無いんだよ。色んな意味で。これは、ウソツキな俺の確かな本音の1つだ。
そもそもさ・・・何で“ヒーロー”が他者へ絶対に“救いの手”を差し伸べなきゃいけないんだろう?」
「何でって・・・!!」
「“ヒーロー”だから、誰でも救わなきゃいけない義務があるのかい?“ヒーロー”だから、誰かの期待に応えないといけない義理があるのかい?その先に・・・何があるんだい?
勝者になっても敗者になっても、“ヒーロー”の行く末は茨の道さ。それが、“ヒーローごっこ”なら尚更ね。
彼女の場合は、見事なまでに転落しちゃったねぇ。まぁ、これも自業自得かな?ご愁傷様」
「お、お前!!それでも“ヒーロー”かよ!!?」
「“カワズ”は“詐欺師ヒーロー”さ。それ以上でもそれ以下でも無い。人1人をそう簡単に背負えると思ってるのかい?・・・君達のことだ。
“ヒーロー”ってのは、皆のために・・・他者のために自分を犠牲にしてでも頑張らなくちゃいけない責任があるって思ってそうだね。んふっ、何を馬鹿なことを言ってるんだ?
“ヒーロー”に全部押し付けて、自分の責任を軽くしてるのは何処のどいつだ・・・!?責任逃れをしてんのは、“ヒーロー”じゃ無くて君達“一般人”なんじゃねぇのか・・・!?」
「「「・・・!!!」」」

それは、“詐欺師ヒーロー”としての言葉では無い。“閃光の英雄”としての言葉。“ヒーロー”は反論する機会を与えられない。結果を出せなければ非難を喰らう。
それなのに、期待や憧れだけは勝手に背負わされる。“一般人”による『罪深き』要求を。そこに秘められた危うさを知っているからこそ、“英雄”は断言する。
これは、まがりなりにも“ヒーロー”になった―なってしまった―者にしかわからない感情。それは、“ヒーローごっこ”止まりの臙脂や“一般人”足る友人にはわからない感情。

「そ、それでも“カワズ”は“ヒーロー”なんでしょ!?だったら・・・」
「・・・さっきも言ったけど、今の俺はそれ所じゃ無いんだよなぁ。俺なりに先のことを考えて色々動いているし」
「“カワズ”は、『それ所じゃ無い』って理由で人を見捨てるの!?今確かに助けを求めているかもしれない人を、何で助けようとしないの!?
『ご愁傷様』って言って高みの見物を決め込むだけなの!?何だよ、それ!!?おかしいだろ!!?屁理屈ばっかり言って!!!」
「先のことを考えて、今のことを大事にしないのは間違っているよ!!今確かに困っている人を救えるなら、先のことなんかどうでもいいだろ!?
誰にも先のことなんかどうなるかなんてわからない!!だったら、はっきりしている今に集中して・・・」
「正しいけど無責任だねぇ・・・自分に。まぁ、年齢も年齢だししゃーねーのは理解できるけど。・・・当時の緑川(ゴリラ)の気持ちもわかる気がするわ。
しかしまぁ、こういうのを見ると親友(ダチ)が俺の考えをわかった上で自分の考えを貫いた重さってのがよくわかるわぁ。だから、俺も頷いたんだし」
「「!!!」」

臙脂の友人2人が矢継ぎ早に叩き付けた正論を、しかし“詐欺師ヒーロー”は一刀両断する。今の彼等は思い付かない。彼が、そんな正論を考えていないわけが無いことを。

「君達の言っていることは正論さ。正しい。ある意味では。確かに、君達が言うように俺が間違っているかもしれないし、おかしいのかもしれない。
その上で言うよ。俺は、別に今を軽んじてなんかいない。当然先のことを軽んじてもいない。俺は俺なりの秤でどっちも考えている。感情的にも理性的にも」
「・・・どういうこと?」
「俺は、自分が『本気』で為したいと思うことには責任を取るつもりだ。だから、必死になって考える。考えている。今この時も。後悔しないために
そんな『本気』の俺からしたら、『先のことをほっぽりだして今のことだけを考える』なんて考え方は自分に対して無責任としか言いようが無い。
『自分のことをほっぽりだして他者のことだけを考える』なんて真似は死んでもゴメンだ。自分のことを軽んじる奴なんかに、蔑ろにする奴なんかに俺は絶対になりたく無い。
遊び・冗談半分・気紛れレベルならまだ理解できるしやってもいいとは思うよ?普通の日常生活を送る中でならそこまで大きな問題にはならないだろうからね。
でも、真剣に考えている時や本当に大事な時なら俺は絶対にやらない。選ばない。そう心掛けている。
俺は、基本的に無条件で人を助けたりはしない。無条件・・・つまり考え無しで人を助けはしない。きちっと『助け』を見極めた上で動くんだ。だから、俺は後悔しない」
「・・・!!」
「感情を軽んじるな。理性を軽んじるな。正論を軽んじるな。理屈を軽んじるな。目的を軽んじるな。手段を軽んじるな。過去を・・・今を・・・未来を・・・絶対に軽んじるな。
全部考えろ。瞬間的にでもいいから考えろ。考えて選べ。自分の在り方を。自分の意志で。望む未来を掴むために。望まない未来を掴んでも絶対に後悔しないために。
唯『助けたい』という気持ちだけで動くな。現在の自分が今この瞬間に取った行動が先にある未来(じぶん)に何を齎すのかまできっちり考えた上で動け。責任を全うするために。
その結果として、他者が何を感じたかまでは負わなくてもいい。そんなモンは十人十色だ。千差万別だ。
感じ方自体は当人の責任(いし)だ。混同は禁物だぜ?・・・と俺は考えているわけだ。他の誰でも無い、この俺がそう考えているんだ。
だから、君達には強要しないさ。あくまで俺の考えであって君達の考えじゃ無いからね。俺の言葉をどう受け取るかは君達次第さ。んふっ」
「(な、何だろう・・・この“強さ”は!!?)」
「(僕達の言葉は間違ってなんかいないのに・・・自分勝手で我儘ばっかり言っているのは“カワズ”の方なのに・・・どうして!!?)」

理解が追い着かない。自分達は決して間違ってなんかいない。そう思っているのに、どうして言い負かされているような感情を抱くのか。
相手が口達者な“詐欺師ヒーロー”だからなのか?真摯な言葉でも薄情な言葉でも何でも吐けるウソツキだからか?わからない。わからない。わからない。
そんな彼等故にこそ考えが至らない。彼が、『無条件で人を助けたりはしない』と言い放った言葉の裏側を。『絶対に人(焔火緋花)を助けない』とは一言も言っていないことを。






「つまりさ、“ヒーロー”には責任が付き纏うのさ。他の誰よりも。その責任を自覚した上で行動を取らないといけないんだ。俺は俺の責任で動く。
俺は彼女のためだけに動かない。場合によっては、自分を最優先にした上で彼女のために動くかもだけど。今回の場合は・・・『利用価値』次第かな?
自分を最優先に置く以上他者から命令される筋合いも無く、俺の意思以外で助ける義務も義理も存在しない彼女のために俺が命を懸ける程の何かが“それ”にあるかどうか。
俺が命懸けで確かめたいと思う程の『利用価値』が“それ”にあるかどうか。その価値次第じゃ、事の“ついで”に動いたりするかもね」
「『利用価値』・・・。やっぱり、“カワズ”は“詐欺師ヒーロー”なんだね」
「さっきも言ったじゃん。それ以上でもそれ以下でも無いってさ。俺は変わりモンでね。『利用価値』で物事を量る時もあったり無かったりするんだよ」
「そもそもさ。『利用価値』って“何の”『利用価値』を言っているの?“それ”って何なの?」
「そこら辺は、君達のご想像にお任せするよ」
「やっぱり・・・」
「ね・・・」

子供達は、無条件に他者を助けない“詐欺師ヒーロー”に失望する。だが、それだけでは無い感情が湧いて来る感覚も同時に抱く。それが何なのか・・・幼い子供達には判別できない。

「・・・俺は、“ヒーローごっこ”で終わらせるつもりは無ぇ!!」
「勇君・・・」

その中で、臙脂だけが“カワズ”に対して凄まじい対抗心を抱いていた。“ヒーローごっこ”と断じられた彼は、自身偽者と判断する“詐欺師ヒーロー”に宣言する。

「俺は逃げねぇ!!俺は背負い切ってみせる!!“カワズ”!!お前みたいな“ヒーロー”からトンズラこくような男に、俺は絶対にならねぇ!!!」
「・・・好きにしなよ。言っとくけど、俺は逃げたつもりは全く無いから。親友との死闘の果てに選んだだけだから」
「そんなモン、俺からしたら同じようなモンだ!!」
「そうかい?んふっ」
「お前等!!これ以上ここに居ても仕方無ぇ!!さっさと行こうぜ!!」
「「うん!!」」

そう言って、臙脂達は足早に去って行く。その後姿を“カワズ”は目に映しながら、敵の手に堕ちた“ヒーロー”になれなかった少女に思いを馳せる。
かつて“英雄”と呼ばれていた頃・・・少年少女が目指し、憧れる“ヒーロー”だった頃の記憶を掘り起こしながら。

「んふっ・・・お子ちゃまは世間知らずでいいねぇ。まるで、君を見ているようだよ・・・緋花。もし、生きていたら君も臙脂のように反論するかい?・・・きっとするんだろうな。
全く・・・そんなに“ヒーロー”ってのは憧れるモンなのかねぇ?良いことなんて碌に無いのにさ。理解に苦しむよ。
真刺と死合う直前の頃の俺なんか、“閃光の英雄(ヒーロー)”って肩書きから逃げたくて逃げたくて仕方が無かったのにさ。・・・・・・・・・」

何時の間にか目を閉じていた。記憶を掘り起こしていたからだろう。そう・・・掘り起こしていたからこそ、少年は次々に思い出す。まるで、自らそれを望んだかのように。


『逃げてんじゃねぇよ、焔火緋花!!』


数日前に自分がある風紀委員へ言い放った言葉を思い出し・・・考える。彼女の覚悟を。


「『逃げ』・・・か。緋花は逃げなかった・・・か。周囲の助けを借りながらも、“ヒーローごっこ”を繰り返しながらも、“ヒーロー”に真正面からぶつかった・・・か。・・・・・・」


『何故、お前はそんなにも“ヒーロー”になりたがらないのだ?』


同じく数日前に“ヒーロー戦隊”のリーダーが己に問い掛けた言葉を思い出し・・・思案する。“ヒーロー”の意味を。


「“ヒーロー”・・・ねぇ。果たして、“それ”にどこまでの『利用価値』があるのか・・・改めて見極めてみる必要があるか?桜の時と同じように・・・自分のために。
誰に指図されるわけでも命令されるわけでも無い、義理でも義務でも無い、『自分の意志』で色んなモノを『背負う』“ヒーロー”。『背負う』ことを決して後悔しない“ヒーロー”。
『背負わされる』モノから目を背けずに足掻く“ヒーロー”。『自分の意志』である以上、『背負う』モノを可能な限り背負わないといけねぇ“ヒーロー”。・・・まるで呪いだな」


『銅と明星、女神に象徴されるは金星。意味するものは、愛、調和、芸術。混沌とした世界に存在する真理を見通す偉大なる輝星。故に少年よ、君に光あれ』


約2年前、自身の在り方に大きな影響を与えた赤毛の魔術師の言葉を思い出し・・・耽る。“本質に光を当てる”『光学装飾<イルミネーション>』を体現するように。


「呪い・・・“お呪い”か。んふっ、どうしても文字繋がりでそれを連想しちまうわな。気紛れと経験でリノアナが言っていた感覚は会得したけど、
“お呪い”と一緒に試したことは無いなぁ。碌すっぽ信じてねぇし、不穏な言葉もあったし。
そんなあいつ風に言えば、『宿命にも似た導きと加護を一身に背負いながらも足掻く故に、“ヒーロー”は“英雄”足り得る』か?
その『利用価値』を。その先にあるモノを。この真理を見通す目でもう一度見極める・・・か。もうすぐ“詐欺師ヒーロー”の出番も来るし、丁度いいかも。
面倒事の解決にも一役買いそうだし。ハァ・・・やっぱ“ヒーロー”ってなるよりなっちまう方が圧倒的に多いよなぁ。実は、俺が思っている以上に複雑怪奇なのかも」


『“カワズ”!!お前みたいな“ヒーロー”からトンズラこくような男に、俺は絶対にならねぇ!!!』


先程“詐欺師ヒーロー”に大見得を切ったガキ大将を思い浮かべ・・・改めて実感する。その重さを。選択の先にある厳然足る現実を。


「“閃光の英雄”時代はそれに十分気が回っていたとは言えないし、改めて真正面から向かい合うってのも悪くないのかもしれねぇ。緋花や臙脂とかにも偉そうに言っちまったし。
まぁ、それで発生する責任は俺なりのやり方で背負うってことになるけど。『殺さなかったんだから大目に見てくれよ』って言ったら理解してくれるかな?・・・どうだろ。
せめて、『○○を助けたんだから』とか『○○のためを思ってやったんだ』とかをプラスしないと不承不承+“3条件”を踏まえても理解してくれなさそうだ。
『こちとら、テメェ等のせいで命がヤベェっつーのに何様のつもりだ!!?』って言いたいけど、理性を吹き飛ばすのが感情ってモンだからなぁ。
破輩はメールで色々書いていたけど、そんな覚悟を貫ける奴の方が希少だってーの。そもそも、環境的に殺人鬼以外を俺の手で殺すわけにはいかねぇんだよ。ハァ・・・気が重ぇ。
自分勝手にやっていた頃が懐かしいぜ。あん時は自分のことだけを考えてりゃ良かった。無責任で居られた。独り善がりで居られた。独りで・・・居られた。
辛い目にも遭ったし、逃げたかったし、『背負わされる』苦しみも味わったけど、『背負う』苦しみを味わうことは無かった。・・・重てぇなぁ。本当に・・・・・・クソ重てぇ・・・!!!」


『死ぬつもりは無いし、そんな恐怖を越えた欲求があるの。今の私にとって、危険を冒してでも得世の傍で色んなモノを見る方がよっぽど生き甲斐を感じるわ。
学校の授業だけじゃ知り得ないモノが・・・“ここ”にはある。“閃光の英雄”には・・・ね。反面教師的な意味も含めてだけど。後、私を下の名前で呼ぶなって言ってるでしょうーが』


そして・・・1年以上前に『裏切った』少女の何処か嬉しそうな顔を閉じた瞼の裏に思い浮かべ・・・目を開ける。
着ぐるみに隠れて外からは見ることが叶わないその瞳に映るのは・・・光。確かな意志と覚悟を宿した・・・閃光。


「“閃光の英雄”・・・“自分のことしか考えない無責任な英雄”・・・か。そういや、あいつを当時の俺は結果的にしろ裏切っちまったっけか。偽者だったもんなぁ・・・今思えば。
はてさて、今の俺は“閃光の英雄”・・・『本気』の中身を『自分だけ』から『最優先』に切り替えて使いこなせるかな?まぁ、切り捨てる時が来れば躊躇せずに切り捨てるけどな。
優先順位にそういう側面があることから目を背けちゃいけねぇ。順位付けってのは、時と場合に応じて背負うモノと切り捨てるモノを区別する“線引き”だし。
それに、『本気』の“英雄(おれ)”が、邪魔する奴に容赦する理由なんて存在しないし。現状に即した俺なりのやり方で遠慮無くブッ潰させて貰おうか。
んふっ・・・やっぱ俺はリンリンの言う所の『界刺さん』だな。世間一般的な“ヒーロー”とはかけ離れてるわ。んふっ!」

丁度その時、“カワズ”の携帯電話が鳴った。相手は、自分が“追加実装”を依頼していた人間からの連絡。
故に、“カワズ”はこの場から一時的に離脱する。学園都市の兵器開発に関わっていた彼にしか聞けないこともある。自分が果たすべき責任のために、今の彼は只管突き進む。






『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?例え救えたモノがあったとしても、その“ヒーロー”は納得し続けられるのかな?』



彼は、確かに世間一般的な“ヒーロー”では無いのかもしれない。とは言っても・・・“ヒーロー”と一口で言ってもこの世界には色んな種類の“ヒーロー”達が存在しているが。
『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』・・・『過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を歩もうとする者』・・・
『誰にも選ばれず、資質らしいものを何一つ持っていなくても、たった1人の大切な者のために“ヒーロー”になれる者』・・・。他にも色々あるのだろう。
そんな多種多様な“ヒーロー”達の中でも、もしかしたら彼は特異と見られるのかもしれない。



『“自分”が望んで“他者”のために戦う』



それは、ある意味では『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』と根幹が似通っているかもしれない“ヒーロー”。
己が信念や感情に従い、行動し、結果として他者を救う。自身が納得できれば手段は何でもいい。自分が後悔しないのならどんな方法だって選ぶ。
しかし、確かにそれとは違う“ヒーロー”。かの“ヒーロー”は、『助けたい』という想いだけで己に降り掛かるであろう様々な危険を顧みず躊躇無く行動を起こすことができる。
他者が助けを求めているのならば、どのような過程を踏んでも最終的には迷い無く強大な敵と戦うことができる。
小難しい理屈をブチ殺し、効率等のご高説をブチ壊し、助けを求める他者に“救いの手”を差し伸べようとする。そして、それを確かな結果へと結び付けることができる。
かの“ヒーロー”にとって、その想いこそが最適な理屈であると同時に唯一無二の戦う理由である。すなわち・・・かの“ヒーロー”は“他者”を最優先にするのだ。



『極論を言えば、“目的”・“信念”や状況次第で最優先をどっちに置いてもいいんだ。選ぶのは当人の自由さ。俺の場合は、“自分”にばっかり重さの無い重りを付加してるけど』



一方、彼は『助けたい』という想いだけでは動かない。他者が助けを求めていても、第一に考えるのは自分のことである。
自身の信念に従い、己の選択が自分に対してどのような影響を齎すのかをきっちり納得した上で動こうとする。
その過程において自分を最優先で失くすと判断すれば、求められた助けが他者のためにならないと判断すれば迷うこと無く動かない。
他者のため・・・転じて自分(たしゃ)のため。“ヒーロー”と同じように、『助け』にも色んなモノが存在する。それを、彼は彼の価値観で見極めた後に実行しようとする。
そのための判断材料として、湧き出る感情の他に様々な理屈や理由を引っ張り出した後に己が意志で選び・・・他の選択肢を切り捨てる。



『君はさ、あのお嬢さんを助けたくないの?』
『わ・・・私には、そんな資格なんてありません!!こんな私に・・・。それに、あなただって言ったじゃないですか。“今”は先輩を助けないって!!』
『・・・ったくメンドくさい奴だなあ、君は。助ける資格?風紀委員失格?んなことはどうでもいいんだよ!
確かに君はあのお嬢さんを知らず知らずの内に差別していたのかもしれない。自分のために利用していたのかもしれない。
だが、それがどうしたってんだ!!あのお嬢さんを救う理由にそんな付属品が必要なのかよ!
これが最後の質問だ。5秒以内に答えろ!・・・お前は、春咲桜を救いたくはねぇのか!?答えろ、一厘鈴音!!』
『た・・・助けたい。助けたい!!先輩を、春咲先輩を救いたい!!!』



かつて、彼は一厘鈴音と『人の助け方』について議論を行ったことがある。その時の彼女は、『春咲桜を助けたい、救いたい』という本気の想いを己が醜態を理由に押さえ込んでいた。
見極めでも選択でも無い、唯罪悪感に打ちひしがれていただけの少女を彼は檄でもって奮い立たせた。彼が選んだモノとは違う理屈を、他でも無い彼が『提案』した。
何故なら、一厘鈴音は界刺得世では無いから。彼女が彼の考えに恭順する義務も義理も無いから。彼女が彼の言葉を受けて反省はしても自分を否定する必要は一切存在しないから。
何より、罪悪感に苛まれていた一厘鈴音自身が彼の『提案』を本当は心の片隅で望んでいたから。だから、懺悔を聞き続けたくない彼はそれを引っ張り出した。
『界刺得世の立場における優先順位』を叩き付けられて思考停止状態に陥った彼女に代わって、『一厘鈴音の立場における優先順位』を部外者の独断で振り分けた後に『提案』した。
そして、それを彼女が受け入れただけの話。それが、当時の彼が彼なりに考えた上に選んだ『助け』。彼女を思っての言動。
近いタイミングで言い放った『なるようにしかならない』も、彼はちゃんと考えた上でそういう結論に至っている。
もし、彼が当時の彼女の立場―春咲桜の同僚―なら付属品についてきちんと考えを張り巡らせ、秤に掛け、優先順位を定め、それに応じた選択肢を選んでいただろう。



『あなたの言う通り、私は「間違っていた」。私は・・・自分の「正しさ」を証明するために春咲先輩を助けようとしていた』



『「俺の“信念”が正しいことを世界に証明する」ために、自分のために、俺なりのやり方で春咲桜を己の足で立ち上がらせてみせる』という選択肢を。
当時の一厘鈴音が嫌悪した―自分のために―選択肢を。彼女はこの選択肢を“差別”と捉えた。彼はこの選択肢を“当然”だと捉えた。どうして、両者で捉え方が違うのか。
それは、結局は『人の助け方』における自分の想いをきちんと“線引き”していたかしていなかったかの違いでしかない。
『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』も似たような悩みを抱え、後に“線引き”をして乗り越えた難題。
当時の風紀委員一厘鈴音は、春咲桜に“救いの手”を差し伸べようとした。だが、彼女は春咲桜が抱く感情と己の想いを混同していた。
その結果、“線引き”をしっかりしていなかった己の差別的感情に気付き、『助けに行く資格なんて無い』と吠え、醜いと判断した自分を否定した。
一方、風紀委員界刺得世なら春咲桜に“自分で立ち上がる足”を持たせようとしただろう。そのためにしっかり“線引き”を行い、責任の所在を明確に区分けしていただろう。
その結果、自分を最優先にしつつ春咲桜のために迷い無く行動を起こすことができただろう。行動そのものの是非はともかくとして、彼が自分を否定することは無かっただろう。
『シンボル』のリーダー界刺得世として春咲桜に関わった時と同じように動いただろう。但し、“自分のことしか考えない無責任な英雄”時の思考であればその限りでは無いが。
何せ、自ら責任を背負おうとしなかったのだから。彼もまた、様々な苦悩を乗り越えて来た人間である。



『現在進行中、つまり“今”お嬢さんを助けに行ったら、今までの俺の努力が全て水の泡になる。
これは、彼女の問題だ。彼女自身で解決しなきゃならないことだ。たとえ、どんな結果になろうとも。
なのに、誰かが助けたら・・・それこそあのお嬢さんは今度こそ悟るだろう。『自分が無力』だってな。それじゃあ・・・話にならない。
春咲桜に必要なのは・・・“救いの手”なんかじゃ無い。“自分で立ち上がる足”だ!!』



そう、界刺得世は“救いの手”を早々望まない。“自分で立ち上がる足”を・・・『自立』を強く望む。何処の誰であっても、自分の足で立ち上がることができないのなら『助からない』。
だから、言う。何度でも言う。自分を軽んじるな。自分を蔑ろにするな。まずは自分のことを考えろ。自分のことを考えてから他者に目を向けろ。これが、彼の揺るがぬ信念の1つ。
『人間は世界の一部である』・・・『自分を否定しない』・・・『いわれなき暴力を振るわない強者で居ること』・・・これ等と並ぶ1柱・・・・・・『助かりたいなら己が足で立ち上がれ』。
そうすることで、初めて“自分”は“他者”を救うことができる。それは、行動を起こす側の“ヒーロー”も例外じゃ無い。故に、彼は“自分”を最優先にするのだ。



『最優先をどちらに置くかってだけの話』



似て非なる両者に差は存在しない。優劣などある筈が無い。あるのは差異のみ。その最足るモノが、
『“自分”が望んで“他者”のために戦う』における“自分”と“他者”のどちらを最優先にするか。
それ等を踏まえた上で、仮に今―ある決意を固めた―の彼を“ヒーロー”という括りで語るのならば・・・こうだろう。






『誰よりも自分を愛し、誰よりも己を信じ、誰よりも自身を見極めようと世界の一部足る存在として閃光のように苛烈に、峻烈に、激烈に煌こうとする者』






「・・・・・・ハァ」
「何溜息なんか吐いてんだ、ボウズ?」
「うおっ!?」

“意図的”に友人と離れ、公園に設置されている公共トイレの近くで溜息を吐いていた臙脂に、“ゲロゲロ”が声を掛ける。
後ろには、“ケロヨン1号”と“2号”も居た。実は、彼等は先程の臙脂達と“カワズ”のやり取りをこっそり眺めていたのだ。

「“ゲロゲロ”・・・“1号”に“2号”も・・・」
「・・・“ゲコ太マン”から聞いたよ。・・・レベルで悩んでるって。・・・さっき“カワズ”が虹色の光球を生み出した時に難しい顔をしていたのはそのせい?」
「な、何でそれを!!?」
「“ゲコ太マン”だからね~。子供の思うことは何でもお見通しなんじゃないかな~」
「・・・・・・やっぱ、本物の“ヒーロー”は違うな」

臙脂は、自分の悩みを見事看破した“ゲコ太マン”に感嘆する。もちろん、『“ゲコ太マン”だから』という理由では無いし、そもそも“カワズ”から教えられたことである。

「ボウズの悩みはわかる気がするぜ。俺なんか無能力者だし」
「えっ!?そうなの!?」
「あぁ!」
「・・・僕も無能力者です」
「僕はレベル1の『塩味欺舌』って能力だけど~、感じる塩味を少しだけ調整するだけの能力だから殆ど意味無いね~」
「・・・!!」

臙脂は、目の前に居る“ヒーロー”(1人だけ“一般人”ポジション)が自分と同じかそれ未満の能力者であることに驚愕する。

「そんなんで“ヒーロー”になれるの?」
「何だ、ボウズ?確かお前・・・自分のことを散々“ヒーロー”だって言ってたじゃねぇか」
「そ、それは・・・」
「・・・やっぱり、自信が無ぇのか?」
「・・・・・・・・・うん」

幼い子供は“ヒーロー”達に吐露する。本当は、“ヒーロー”になる自信が自分には無いことを。『レベル1の自分』に“ヒーロー”になる資格があるのかどうかを。

「最近クラスメイトの何人かが俺よりレベルが上になったんだ」
「・・・」
「・・・焦った。俺に付いて来てくれた連中が、そっちに流れちまうんじゃないかって。俺はレベル1の『光学操作』から全然上がらないし」
「・・・友達なんでしょ?・・・だったらレベルの上下なんて関係無いと思うけど」
「・・・あいつ等は気のいい奴等だってことはわかってんだ。でも、それは俺があいつ等の先頭に立っているからって気持ちがあったんだ。
先頭に立つからには、強くなきゃ駄目だ。皆を引っ張って行ける男じゃねぇと」
「・・・その方法が・・・“ヒーロー”?」
「うん。戦隊物が大好きだったし、そこに出て来る“ヒーロー”ならあいつ等を離さずに引っ張って行けるんじゃないかって思った。
やってみたら・・・皆俺に付いて来てくれるようになった。友達が・・・できた。嬉しかった」

“1号”の質問は、臙脂の抱いている気持ちを正確に射抜いた。ガキ大将は、単に恐かっただけなのだ。
友達作りのために偶々使ったのが“ヒーロー”というお面。戦隊物のお面を幾つも持っている臙脂が幼いながらも身に付けた処世術。
だから、臙脂勇は“ヒーロー”というお面を外すわけにはいかなくなった。“ヒーローごっこ”を辞めるわけにはいかなくなった。少なくとも、当人はそう思ってしまった。
『身体検査』の結果がわかってからは、その気持ちが益々強くなった。故に、“ヒーローごっこ”にのめり込んだ。

「だから・・・焦った。ビー玉サイズの光球を生み出した所で、強さには全く関係無い。レベル1じゃレベル2や3の奴等より下に見られる。
あの・・・あの“カワズ”くらいに色んな光を生み出せないと・・・俺は・・・」
「・・・それは、ボウズのダチに確認したのか?」
「・・・・・・」
「・・・してねぇな。・・・それは駄目だぜ?ちゃんと当人に確認しねぇと。自分の思い込みで自分を追い詰めてちゃ、自滅もいいトコだぜ?
“ヒーロー”とかそんなことは関係無ぇ!!ボウズがボウズとして、ダチに認められているかってことが一番重要なんだ!!」
「“ゲロゲロ”・・・」

“ゲロゲロ”の言葉が、臙脂の旨に染み入る。幼い子供は、単に意地を張っていただけなのだ。強がっていただけなのだ。恐れていただけなのだ。勇気が無かっただけなのだ。
一方の“ゲロゲロ”は、自戒の念を込めて臙脂に思いを伝える。まるで、今の自分の姿を臙脂に見ているようだったから。

「・・・“ゲロゲロ”の言う通りです。・・・臙脂君。・・・確かめましょう」
「そうだね~。僕もそれがいいと思うよ~」
「・・・・・・わかった。やってみる。・・・ありがとう」

“1号”と“2号”の後押しも受けて、臙脂は感謝の言葉を述べる。こうやって、誰かの後押しを貰いたかった。幼い子供の甘えでもあるそれを、“ヒーロー”達はしっかり受け止める。

「よしっ!それじゃあ、早速確かめに・・・」
「待って、“ゲロゲロ”!!ほ、他の奴が見てる中じゃ・・・」
「あぁ~。確かに聞き難いな。ダチも、こんな所じゃ腹割って話せないかもしれねぇ」
「え、えっとそれじゃあ・・・今日の夜に『太陽の園』に来てくれる?」
「『太陽の園』に?」
「うん。あいつ等とは、晩飯と風呂が終わってから寝るまである教室で遊んでるんだ。トランプとかしながら。その時なら落ち着いて話せると思う」
「・・・やっぱり俺達も一緒か?」
「・・・駄目?」
「・・・まぁ、いいけどよ。“1号”と“2号”は?」
「・・・大丈夫」
「僕も~」
「よっしゃ!決まりだな!!ボウズ!!ちゃんと本音をぶつけろよ!?」
「うん!!」

少年は“ヒーロー”達に勇気を貰う。“ヒーロー”としてでは無く、臙脂勇として友達に本音をぶつける。
それは、皮肉にもあの“詐欺師ヒーロー”が選択したモノ―“ヒーロー”を辞めることを選んだ“英雄”―と同類であることに少年は気付かない。






「ってことで、俺・“ゲコゲコ”・“ゲコっち”・“ゴリアテ”はちょっと所用で席を外すから。“ゲコ太マン”。ちょっとの間任せるぜ?」
「わかった!」

自然公園から『太陽の園』へ戻るために子供達が公園の噴水近くに集合しつつある中、“カワズ”は“ゲコゲコ”達を連れ立ってグループからの一時離脱を宣言した。

「よしっ!“ゲコゲコ”。君の念動力で、向かって欲しい所があるんだ。いいかい?」
「了解しました!」
「うん。それじゃあ、早速行こう!」


この後に、“カワズ”達は“ゲコゲコ”の念動力によって飛び去って行った。『ブラックウィザード』の魔手がすぐそこまで迫っていることに気付かないまま。

continue!!

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最終更新:2013年03月01日 23:59