「・・・どう思う、網枷?」
「東雲さんの予想通りではないかと」
風紀委員会や『
シンボル』、殺人鬼の攻勢を受けている『
ブラックウィザード』。その上層部が居る施設内北部の作戦会議室には、上層部以外の人間も居た。
具体的には構成員の智暁と中円、新“手駒達”の朱花、そして『太陽の園』の回収作戦に同行していた“手駒達”である。
「もし、東雲さん・網枷・伊利乃、そして回収作戦に同行していた“手駒達”に発信機か追尾系の能力が行使されていた場合、向こうは迷わずこの作戦会議室に来る筈だ。
如何に殺人鬼の強襲があったとしても、ここへ向かう進路を取る筈。警備員の駆動鎧部隊も同じように。つまり・・・」
「永観の想像通りだろうね。ボクも同じ想像をしているよ。ようは・・・」
「『六枚羽』に何かが仕掛けられていた・・・可能性が極めて高い」
永観・蜘蛛井・網枷が順に述べた言葉が示すのは、この本拠地を追跡・看破された方法。仮に、東雲達“人間”に発信機なり能力なりが仕掛けられていた場合、
風紀委員会や『シンボル』にここ(=作戦会議室)の位置は割れてしまっている。焔火の救出を優先していた可能性も無きにしも非ずだが、それならばそれでここにも戦力を向けないのは変だ。
つまり、“人間”に何らかの仕掛けが施されている可能性は低い。また、回収作戦に使用した車両はここへ帰還するまでの間に数回乗り換えているため、こちらに仕掛けがあるとは考え難い。
残るは・・・1つしか無い。回収作戦に用いた強大な戦力・・・『六枚羽』。界刺達によって傷付けられたあの時に・・・何かを仕掛けられた可能性が高い。
「真昼。『六枚羽』を調査している構成員からの報告は?」
「そ、それが赤外線含めた電波の検出はやはり皆無だということです。同行した“手駒達”の念動力で調査してもそれらしきモノは無いと」
「・・・ナノデバイスの発信機はこの学園都市だと珍しくは無いけど、それにしたって電波関係が用いられている筈。一体どんな方法を・・・?」
中円と伊利乃が首を捻るが、答えは出ない。『情報送受信用薬品』の実用化は極最近である。異常な速度で進む学園都市のテクノロジーは、時に人間を置き去りにする。
ちなみに、冷却ジェルで防護した『情報送受信用薬品』は本拠地到着直後に破壊されている。『六枚羽』本体の熱と(損傷しているが故に)マッハにも及ぶ摩擦熱に耐え切れなかったのだ。
界刺達がこの辺りに来た時は、“匂い”もかなり薄くなっていた。よって、『光学装飾』によるサーチ活動を行っていたわけである。
「おい、智暁!何時までも塞ぎ込んでんじゃ無ぇよ!!失敗しちまったモンは次の成功で取り返せばいいんだよ!!」
「阿晴さん・・・」
「
調合屋はおそらく死亡。
焔火緋花は178支部に奪還された。風子も行方不明・・・か。だから、ボクは言ったんだよ。2人共“手駒達”にするべきだって」
この部屋で一番落ち込んでいる智暁に阿晴が喝を入れる。暴走した風子が焔火を監禁していた部屋から出て行った後、彼女を追う智暁達を邪魔したのは例の殺人鬼である。
調合屋を巻き込んだ『蛋白靭帯』の長槍は、通路に出たばかりであった智暁達にも影響を与えた。正確には、長槍で後方すぐの床が破壊され、バランスを崩した後に落下したのだ。
その時は朱花が磁力を操作することで軟着陸を果たした智暁だったが、そのせいで風子を見失った。持たせていた携帯電話は、焔火の調教で下着姿になった時に部屋に置き忘れていた。
施設内の至る所に配置してある監視カメラも何者か―峠と雅艶―にどんどん破壊されているために、現在も風子の位置を特定できていない。
突然の事態に混乱していた智暁を正気にさせたのは、彼女の携帯に掛かって来た阿晴からの連絡である。彼の指示の下、朱花を連れてこの作戦会議室を訪れたのが今の状況である。
「・・・仲違いをするなら後でしろ、お前等」
「「「「「・・・!!!」」」」」
混乱・恐怖・いがみ合い等の空気が作戦会議室を覆い尽くすのを、“弧皇”が一声で振り払う。
彼の言葉に逆らう者はこの場では居ない。逆らえば・・・殺される。問答無用で。
「網枷。現状を整理しろ」
「わかりました」
“弧皇”の意を汲んだ“辣腕士”が、現状整理及び今後の指針を決めるために言葉を連ねて行く。
「現在施設内北東部に178支部、東部に159支部と花盛支部リーダー、南東部に176支部が居ます。中央部付近に“花盛の宙姫”が墜ちましたが、そこに成瀬台支部の援護が入りました。
『シンボル』のメンバーもその付近で活動している模様。北部方面からは、別の成瀬台支部員と『太陽の園』で連中を手助けした『協力者』と見られる者達が侵攻し始めました。
また、南西部では界刺と殺人鬼が戦闘を行っています。施設外では、四方を取り囲むように警備員の駆動鎧部隊が展開中。もう少しすれば施設内に突入してくるかと思われます」
「・・・八方塞ね」
網枷の的確且つ簡潔な説明に、伊利乃がほんの少し震えた声を漏らす。自分達を取り巻く現状のまずさを再認識させられたための、嘘偽りの無い彼女の本音である。
「東雲さん。どうされますか?現在の戦況では、北西部方面がまだ手薄です。連中もわかっているでしょうが、この方面から逃れるしか手は無いかと思われます」
「いよいよ、新“手駒達”の大々的なお披露目だね。人質としても戦力としても使えるし。死んだ調合屋のためにも、あいつ等を思いっ切り活躍させてやろうかな。フフッ」
永観の提案に蜘蛛井が相槌を打つ。彼等とて、ここで捕まるわけにも死ぬわけにもいかない。何としてでもこの場から無事に脱出する。
今後のためにも・・・新たな『ブラックウィザード』のリーダーとして君臨するためにも、新“手駒達”は可能な限り温存する。
新“手駒達”は、北部と中央部の中間地点に保管されている。調整もできる限りのことはした。何時でも行動可能だ。
「・・・この窮地を切り抜けられる妙案が1つある」
しかし、彼等の思惑は外れる。
「本当ですか、東雲さん?その妙案とは?」
誤算。永観と蜘蛛井の誤算。彼等は見誤っていた。否、見ようとしなかった。裏切り前提が故の見落とし。“孤独を往く皇帝”の本質を2人は見誤った。
「永観・・・。ククッ。何、簡単なことだ」
自身に害を及ぼすなら切り捨てる。たとえ、それが『仲間』であっても。切り捨てることで自身に害が及ばないのなら、“幾らでも”切り捨てることができる。
『ブラックウィザード』は“弧皇”の『力』。生殺与奪権は全て東雲にある。彼が生き残ること、それは『ブラックウィザード』が滅ばないことを意味する。すなわち・・・
「簡単なこと?」
“孤独を往く皇帝”
東雲真慈が下した決断・・・それは――
「新“手駒達”200名の内、半数の100名を
界刺得世と殺人鬼が戦闘している戦場へ送り込む」
「「「「「!!!??」」」」」
誰もが予期していなかった―網枷や伊利乃でさえ―決断を東雲は宣言する。
「・・・ちょ、ちょっと待って下さい!!」
堪らず永観が抗議の意思を露にする。対して、その反応を予期していた“弧皇”は“裏切り予定者と思われる”部下に対し不敵な笑みを浮かべる。
「不満か、永観?そもそも、新“手駒達”はあの殺人鬼を殺すために用意した駒だろ?」
「そ、それはそうですが!!あそこには界刺も居るんですよ!?戦闘が決着して生き残っているどちらか一方を相手取るならともかく、2人共に健在の今・・・」
「そうか・・・不足か。ならば止むを得ない。100名から130名に増員する」
「なっ!!?」
東雲の常軌を逸した決断に永観は絶句する。東雲の決断は、逃走のセオリーから完全に外れている。
自分達を護衛する強大な戦力をむざむざ切り捨て、人質という絶対価値を放り捨てて、却って自分達の身を危うくする判断ではないのか?
更に言うならば、新“手駒達”の半数以上を切り捨てることで『ブラックウィザード』の弱体化が益々加速する。先のことを全く考えていない。そうとしか思えない。
「真慈!!私や網枷君達にもっとわかりやすく説明して!!皆、呆気に取られているわよ!?」
「別に、俺はおかしなことを言っているわけじゃ無い。よく考えろ。俺達を包囲している連中の網を掻い潜るには、どうにかしてその包囲網を“乱して”、“打ち破る”必要がある」
「“乱して”・・・?」
「そうだ。永観や蜘蛛井が言っているのは“打ち破る”手段でしか無い。人質として、戦力として新“手駒達”を連中の包囲網を“打ち破る”駒とする。
だが、これは一点突破だ。一点突破を図るには、その前段階として連中の動きを“乱す”必要がある。できるなら・・・長時間に渡って」
「・・・成程(ボソッ)」
詳しい説明を求める伊利乃に対して自身の考えを述べる東雲。彼が言わんとしていることに、いち早く網枷が気付く。
「・・・それが、界刺と殺人鬼の戦闘に新“手駒達”が割って入ること?」
「あぁ。殺人鬼と単独で戦闘を行っていることを見ても、あの“変人”の実力は凄まじい。殺人鬼の実力については今更指摘するまでも無い。だからこそ“乱れる”。
“『悪鬼』”が戸隠達を尾行していた所から見て、俺達が“決行”作戦時に一般人を拉致していたことは向こうも気付いている可能性があることはお前達も認識していた筈だ。
“手駒達”に仕立て上げることも同様に。まぁ、確証は無・・・」
「あっ!そういえば、界刺得世が『思った以上に早ぇな。“手駒達”化がよ』って言ってました!」
「智暁。それは本当か?」
「はい!」
「となれば、風紀委員会は十中八九気付いていると見て間違い無い。その上でここまでの強硬手段を展開している理由の一端は、間違い無くあの殺人鬼にある。
俺達の標的でもある殺人鬼の存在が。ここまで出張っている奴等が、殺人鬼の毒牙に掛かる新“手駒達”を見捨てられると思うか?
俺達を取り逃がすリスクが大きくなってでも新“手駒達”を守り、救い出すために奔走するとは思わないか?」
「し、しかし130名も費やすのは如何なものでしょうか!?人質としての価値以上に、新“手駒達”は貴重な戦力ですよ!?
『ブラックウィザード』を・・・東雲さんや僕達を守る強力な駒です!!そもそも、この戦闘で構成員や“手駒達”は更に減少の一途を辿っているのに・・・!!」
「俺の身は俺で守れる。人質は多くても少なくても対して変わらない。人数でその価値が色褪せることは無い。少なくとも、連中にとっては・・・な。
残りの70名は、俺としても温存しておきたいラインだ。それに、俺が死なない限り『ブラックウィザード』は滅びない。『ブラックウィザード』は俺の『力』なんだからな・・・!!」
「東雲さん・・・!!」
永観はようやく悟る。目の前の男は、自分が生き残るためなら自分以外の“全て”を迷い無く切り捨てられる人間だ。文字通り“全て”を。
“弧皇”が、仲間でも容赦無く切り捨てる人間であることは理解していた。その場面も何度か目に映した。だが、これ程までの断絶っぷり―損得の無視―とは予想できなかった。
「さっきも言ったが、“乱す”時間は長時間が好ましい。界刺と殺人鬼の2人を相手取る以上、数十名程度では話にならない。だから半数以上をぶつける。
風紀委員会も、その人数の多さに度肝を抜かされるだろう。連中が2日程度の短期間で拉致された人数を正確に把握しているとは思えないしな。
その結果として、連中の包囲網は崩れる。位置的に西と南に展開している駆動鎧部隊はすぐに駆け付けるし、南東部及び東部に位置する風紀委員も向かうだろう。
そうなれば、他の『シンボル』のメンバーとて黙ってはいない。リーダーを守るために新“手駒達”を対峙すれば、風紀委員会と敵対する可能性は高い」
目を白黒させている部下の気持ちを理解しながらも無視する“弧皇”は、親友に求められた詳しい説明及び指示を続行する。
「駆け付けることで発生する穴をカバーするために、連中の展開網は必然的に薄くなる。脱出できる方角の選択肢が増えれば、それだけ敵は迷うし慎重になる。
その隙を見計らって、俺達は機を見計らって永観が示した北西部からの脱出を図る。当初予想されていた脱出路以外の選択肢が浮上すれば、必ず気が逸れる。そこを狙う。
まずは・・・希杏!戸隠・西島・風間に159支部の足止めを命じて、連中を焦らせろ!!確か、159支部に差し向けた構成員中心のメンバーに戸隠達は含まれていたな?」
「え、えぇ。風間君に関しては、最近は裏方ばっかりしていたせいで我慢できずに戸隠君達に無理矢理付いて行ったみたいだけど」
「まぁ、いい。電波を操作可能な湖后腹の足止めができれば最高だが、実力的にそれはそれでまずくもある・・・か。新“手駒達”への電波撹乱に対する策が無いわけでも無い。
警備員の駆動鎧部隊を食い止めるためにも・・・希杏!戸隠達に、破輩と湖后腹を離脱させるように事を運べと念押ししておけ。
能力的に、風を操作する破輩と電気を操作する湖后腹が優先的に離脱するよう連中も動く筈だ。残る冠・一厘・鉄枷の能力詳細も、連中にもう一度伝えておけ!」
「わかった!」
最初の指示が伊利乃に飛ぶ。新“手駒達”が界刺と殺人鬼が戦闘を行っている戦場へ向かった場合、動く可能性の“比較的”高い159支部+冠を“必ず”動かす。
そのための攻勢を新たに仕掛ける。攻勢が『風紀委員を新“手駒達”の下へ向かわせない』ためのモノと解釈させるために。
戦場へ向かうメンバーとしては、移動や離脱としても活用できる風を操る破輩と“手駒達”を操っている電波を撹乱できる湖后腹が最有力だろう。
一厘の『物質操作』では、頭皮にしっかり埋め込まれているチップ型のアンテナは引き剥がせない。界刺からの情報―アンテナがチップ型に変わっている―も伝わっている筈だ。
集団戦に向いている破輩と湖后腹を南西部へ向かわせる意味は言葉以上に大きい。『ブラックウィザード』が持つ旧型駆動鎧部隊とガチで戦り合えるのだから。
後ろに警備員の駆動鎧が控えている以上、このままでは押し潰される。戦況を拮抗させる意味―敵を東部付近で足止めさせる―でも、必ず両者を“離脱させなければならない”。
「中円!!」
「はい!!」
「お前には永観や網枷と共に逃走経路の選定を命じる。警備員達が使用する無線を傍受・チェックし、連中の裏を掻くルートを選定しろ!
方角的に北西方面へ脱出するにしても、その後のルートまで考慮していなければすぐに追っ手が来るぞ!」
「わかりました!」
次に、傍受等の情報収集に長ける中円に逃走ルートの確保を命じる。ある意味命綱でもある重要な役割に中円は“色んな意味”で緊張の色を濃くする。
「永観。お前には網枷や中円・・・そして智暁と共に行動して貰う」
「・・・智暁と?」
「私・・・ですか?」
「そうだ。朱花も一緒に連れて行け」
続けて“弧皇”は永観と智暁、そして参謀足る網枷に命令を下す。
「智暁と朱花は永観達の護衛だ。永観・網枷・中円の任務は、俺達にとって最重要と言っても過言じゃ無い代物だ。その護衛はできるだけ多い方がいい。
最新の情報を入手できる立場でもある。網枷。お前は施設内における情報及び中円の情報に基づいて随時行動指針を立てろ。いいな?」
「わかりました」
“辣腕士”に課せられた任務はとても重たい。『ブラックウィザード』の・・・ひいては東雲真慈の生き残りが懸かっているのだから。
「永観。時と場合によっては、お前も智暁と共に戦え。位置的にもし戦闘が発生するなら、北から攻め込んでいる成瀬台支部か北東部の178支部のどちらかになる可能性が高い。
施設外の北に展開している警備員の駆動鎧部隊は、絶対に南部と西部に増援を送ることになるだろうからな。迂闊には動けなくなる」
「178支部・・・か。フフッ。焔火緋花が居るかもね、智暁?」
「緋花・・・!!」
東雲が指し示した可能性に自分達が罠に掛けた少女の幻影を見た永観は不気味な笑い声を発し、智暁は手元から少女が逃げた現実に歯噛みする。
「蜘蛛井。希杏。阿晴。お前達は俺と行動を共にする。いいな?」
「えぇ。もちろん」
「東雲さんに仇名す野郎は、この俺がブッタ斬ってやる!!伊利乃さん。アナタは俺が命懸けで守りますから、安心して下さい!!」
「阿晴君・・・わかった。私を守ってね!私も阿晴君を守るから!」
「は、はい!!!(よっしゃぁっー!!!)」
「・・・・・・」
最後に東雲と行動を共にする者として、蜘蛛井・伊利乃・阿晴を指名する。戸隠達に命令を下した伊利乃や阿晴が当然の如く受諾するのに対し、蜘蛛井は沈黙を守っている。
憮然とした表情から読み取れるのは、東雲の決断に対する失望。新“手駒達”の大半を半ば失うことが決まった“弧皇”の命令に納得していないのだ。
蜘蛛井とて、オモチャである“手駒達”を幾度も潰して来た殺人鬼は憎い。あの『守護神』と同じくらいに。
しかし、現状の混乱下でむざむざ駒を失うのはどうしても納得できないのだ。それが、“弧皇”に敵対することになっても。
「蜘蛛井」
「・・・何だよ?」
「お前には“手駒達”及び新“手駒達”への指示と、駒を操作するメインコンピュータの守護及びデータ消去の時期を一任する」
「そんなことはわかって・・・」
「もしかすれば、お前が憎く思っている『守護神』並に面倒な相手が仕掛けてくるかもしれないぞ?」
「・・・それは、『阻害情報』っていうハッキング能力を持つ成瀬台支部の
初瀬恭治のことを言ってんの?」
“弧皇”は他者の弱みを見極め、握ることに長けている。弱みとは、すなわち“傷”。蜘蛛井で言うならば、かつて『守護神』に敗北したトラウマ。
ガキが抱えるトラウマは未だ色褪せていない。むしろ、時を経るごとによってどんどん大きくなって行く。『もう二度と負けたく無い』という刃にも似た激情が。
「あぁ。俺が敵側なら、“手駒達”を操作するメインコンピュータをどうにかして機能停止に追い込むことを考える。
その手段として、初瀬の『阻害情報』は最適だ。本来であれば成瀬台強襲時に始末しておきたかったんだが、失敗した以上現実を見なければならない」
「・・・まさか、このボクが初瀬に負けるって言いたいの?」
「それはわからない。奴は己に与えられた『力』を示そうとするだろう。その『力』にお前はどう対処する?
初瀬の『阻害情報(ちから)』に屈するのか?かつて、『守護神』に惨敗した時のように」
「ッッッ!!!」
それは禁句。デッドラインを踏み越えるか踏み越えないかの瀬戸際を、少しの躊躇も無く東雲は歩く。
『ブラックウィザード』に入る人間は、どいつもこいつも自分勝手。自分勝手である以上、自分を害する存在を許すことができないことを“弧皇”は知り尽くしていた。
「・・・いいよ。そこまで言うなら、見せて貰おうじゃ無い。その初瀬って奴の『力』をさ!!
『守護神』と戦う前の前哨戦だ!!この
蜘蛛井糸寂が完膚無きまでに叩き潰してあげるよ!!」
「そうか・・・。ククッ。ならばお前の『力』、存分に示せ!」
先程までとは打って変わって俄然やる気が出た蜘蛛井に東雲は笑う。『力』を示すのならばこうでなくてはならない。
世界が突き付けて来る巨大な『力』に抗いたければ、全身全霊をもって『力』を示さなければならない。
「細工をされた『六枚羽』は、ここで使い潰す程に扱き使ってやれ。また、70名の新“手駒達”は人質及び戦力として各々に割り振って行く。
駒を操るメインコンピュータのバックアップ用サブコンピュータは車両に搭載済みだ。この部屋に居る“手駒達”部隊の力も合わせて警備員を振り切・・・」
「「「「「!!!??」」」」」
東雲が指示を纏めていた最中に停電が発生する。しかし、この施設には自家発電があるためすぐに停電から復帰する。
“手駒達”を操作するメインコンピュータは、停電対策として普段から自家発電の電力も利用していたため特段の支障は出ていない。
今の現象から、東雲達は風紀委員会がこの地域一帯に電気を送る施設―中央ハブ変電施設―を押さえたことを察する。
「一学区に1つしか無い中央ハブ変電施設を押さえられた・・・か。しかし・・・・・・どう思う、網枷?」
「永観。君の予想通りだろう。専門でも無い警備員が、変電施設を管理する大型コンピュータを簡単に扱えるわけが無い。あの施設は、通常は無人だからな。
おそらく、初瀬の『阻害情報』でプログラムを把握・制御し、ここへの送電を中断させたんだろう。・・・電線には通信回線も含まれている」
「・・・そうかそうか。早速お出ましというわけか・・・初瀬。フフフッッ・・・」
永観と網枷の推測から蜘蛛井は叩き潰す敵の速やかな登場を知り、漏れ出る笑い声を抑えることができない。
敵は、“手駒達”を操るメインコンピュータや(状況次第では)自家発電装置を破壊しようとすぐに動き出すだろう。
「いいよ!!この施設に残っているメインコンピュータで遊んであげようじゃないか!!
どうせ、“手駒達”は止められないんだし!!
“手駒達”の指示の片手間で済ませてあげる!!ボクとお前の力の差を思い知らせてやるよ!!」
「蜘蛛井君・・・すごいやる気ね」
伊利乃が呟いたように、蜘蛛井がここまでやる気を見せるのは『ブラックウィザード』に加入してから初めてである。
それだけ『守護神』が憎いのか、それだけ東雲の挑発が効いたのか。その興奮振りを目に映しながら、網枷は東雲に代わって注意事項を述べる。
「諸君!初瀬の『阻害情報』が施設の機械類に侵入した可能性がある以上、使用は厳禁だ。手持ちあるいは施設内の機械とは繋がっていないモノを使用するんだ!」
「さぁ、これからは刻一刻と状況は変わっていくぞ!前にも言ったが、世界が齎す流れに淘汰されたく無ければ決死で自分の『力』を証明しろ。いいな・・・!!?」
「「「「「了解!!!」」」」」
締め括りは東雲。以前『ジャッカル』の会合にて言い放った檄を受けて、『黒き力』は動き出す。これは、生き残りを懸けた決死の戦いである。
「侵入に成功したヨ!!これから私のアバターがキョウジと一緒にメインコンピュータの破壊に向かうヨ!!」
「わかった。頼む!!」
第17学区全域に流れる電気を制御している中央ハブ変電施設―『ブラックウィザード』の本拠地から方角的に北方向にある―には、風紀委員会後方支援組が居た。
駆動鎧や警備ロボットが守護している中、施設内にある大型コンピュータに初瀬がタブレトデバイス装備の『ハックコード』用いて侵入、
プログラム制御により『ブラックウィザード』の本拠地への送電を絶った(施設を管理する会社には比較的自由に動ける九野が『事件解決』という名目を盾に交渉、許可を得た)。
この送電中止の直前に、初瀬と
電脳歌姫(アバター)が地下にある通信回線を伝って『ブラックウィザード』本拠地へ突入した。
もし、現実世界に異変が起きた場合は『ハックコード』に残る電脳歌姫が変電施設のコンピュータにケーブルを繋げた後に通信回線によって初瀬達に情報伝達を行う。
新たな指示を出す時も同様に。指揮する椎倉と橙山は、眼前で各支部を支援する葉原・浮草・鳥羽・一色・佐野を見ながら議論を行う。
「橙山先生。あの施設にある自家発電装置を制御するコンピュータの破壊時期は先生にお任せしてもよろしいですか?」
「もちろんっしょ!!今は風紀委員も施設内に居る。自家発電装置を破壊してしまえば、照明も消える。そうなれば、こちらにとってもリスクが大きい。
第17学区の特徴、そして敵の本拠地の広大さから周囲の建物の灯りを頼ることもできない。初瀬達の能力で『ブラックウィザード』の内部データも可能な限り押収したいし。
いざという時は、私の責任で情報網に再接続して電脳歌姫の追加アバターを派遣する形で初瀬に指示するっしょ!!」
「逆アクセスによるウィルス攻撃を警戒して現段階ではケーブルを繋いでいない以上、初瀬達からの連絡を受けることもできない・・・か。こればかりは、あいつを信じるしかないな」
「ヒネモス!!私も居るヨ!!」
「・・・そうだな。2人を信じるしかないな!!」
椎倉と橙山が、自家発電装置の破壊を巡るタイミング等を確認し合う。“手駒達”の中には光学系能力者が居ることも確認されている。
この状態で施設内の照明を消してしまう自家発電装置の破壊は、現場に居る風紀委員達にもリスクが大きい。例え暗視装置を用いても、それを幻惑するのが(光学系)能力者である。
機械に完全には頼れない。そして、『ブラックウィザード』側も初瀬の『阻害情報』を知っている。万が一の対策を行っていても不思議では無い。
“手駒達”を制御するメインコンピュータを独立させている可能性もある。動力となる電力は電気系“手駒達”が生み出せる。そもそも、メインコンピュータが1つとも限らない。
「本当なら『ハックコード』の傍受機能を応用して“手駒達”を操作する電波経由で直接メインコンピュータへハッキングを仕掛けたかった所ですが・・・」
「どうやら、それを見越しているようね。以前の成瀬台強襲と似た展開ね。連中は、電気系の“手駒達”を介して“手駒達”に指示を出している。
『阻害情報』は電波自体を操作できないし、『ハックコード』にはジャミング機能が無いもんね。湖后腹なら対抗できるけど・・・甘くは無いっしょ!」
『阻害情報』はネット(情報網)を伝う。そこに有線・無線は関係無い。また、湖后腹の実力なら電波の逆探知やジャミングも可能だろう。
それは『ブラックウィザード』も熟知している。故に、電気系“手駒達”を使ってメインコンピュータへ逆アクセスされる可能性を潰し、
ジャミング等にも対抗できるようにしているのだ。現に、『ハックコード』を使って傍受した電波から『阻害情報』を仕掛けようとした所、該当電波への干渉をブロックされてしまっている。
「早急に、電波を制御している電気系能力を持つ“手駒達”を見付け出して叩かなければなりませんね。そうすれば、無線を通じた『阻害情報』を行使できる。
初瀬達も、速攻でサブなりメインのコンピュータにハッキングできる。『ハックコード』の逆探知で怪しい場所はわかっているのですが・・・」
「『ブラックウィザード』の妨害に遭って踏み込めていないわ。特に、湖后腹が足止めを喰らっているのが痛いっしょ。位置的には・・・中央部に近い場所が怪しいわね」
タブレットデバイスから浮かんでいる3D映像―『ブラックウィザード』の本拠地を中心とした地図の中に仲間の位置が点滅している―を見ながら指示を出す2人は思考を加速させる。
「中央部・・・。閨秀と抵部は勇路が無事保護できました。2人を襲った敵も蹴散らしたようですし。まぁ、閨秀の治療で勇路はしばらく動けないでしょうけど」
「『シンボル』のおかげ・・・っしょ?」
「・・・連中としても、『六枚羽』が健在である以上閨秀の離脱はマズイんでしょう。自分達が生存する確率を上げるために。
助けて貰ったことに関しては素直に感謝しますが、“あの”可能性が現実になった場合の躊躇する要因には・・・・・・なり得ません」
勇路と抵部からの報告で、『シンボル』が助けに入っていなければ閨秀と抵部の命は無かったかもしれないことが判明している。それについては本当に感謝している。
だが、それとこれとは違う。これ・・・すなわち施設内南西部で激闘を繰り広げているらしき2人の男の死闘が齎す可能性。それを脳裏に思い浮かべる椎倉と橙山の声が小さくなる。
「膠着状態・・・と表現するべきかな?私達としては界刺の勝利を願うばかりだけど」
「・・・それは、界刺が殺人鬼を『殺した』としても願えるのですか?」
「・・・・・・」
椎倉の容赦無い“確認”に、風紀委員会の顧問を務める橙山は押し黙る。界刺が提示した“3条件”は、あくまで風紀委員会に所属する風紀委員に適用されると解釈できる。
逆に言えば、風紀委員会に所属する警備員には適用されないと解釈できる。実は、椎倉自身界刺の部屋で“3条件”を突き付けられた時に、
彼なりの抵抗として適用範囲を風紀委員に限定させたのだ。警備員までもが反抗できなくなることを何としてでも避けるために。
「あの殺人鬼は、レベル5に近い実力を持っていると予想される“怪物”です。そんな相手に手を抜く余裕は一切無い筈。それこそ明確な殺意を抱く程の気概が必要なんでしょう。
但し、実際に界刺が殺人鬼を殺すかどうかはわかりません。お得意のペテンなのかもしれません。殺人鬼と戦うこと自体が殺し合いと形容されても何らおかしくはありません。
1年以上前に不動と殺し合った時も、周囲の人間含めて結局死者は出ていません。あの男は自分を最優先に考える人間です。殺人が自分に齎す意味を重々理解しているでしょう。
その上でもう一度だけ確認します。もし、あいつが殺人鬼を殺しても俺達は黙認させられます。でも、警備員は黙認する必要はありません。自分達の判断で動くことができます。
目の前で起きた殺人という行為・・・仮に正当防衛として処理することができたとしても、その身柄を警備員は確保しなければなりません」
椎倉は心中で心を痛めに痛めていた。界刺は自身のために殺人鬼と殺し合いを行っている。そこに、風紀委員会のためにという気持ちもあるにはあるのだろう。
しかし、もし界刺が殺人鬼を殺せば警備員として動かないわけにはいかない。正当防衛だとしても、身柄を確保しなければならない。
超能力という一歩間違えれば容易に殺人の手段になってしまう異能の力が蔓延るこの街では、正当防衛の基準も超能力の存在を踏まえた学園都市独自の司法に沿っている。
何分住民の8割が学生(こども)であり、その殆どが大人(おや)の居ない寮生活である。小さければ小学生でも高位能力を有している程だ。当然善悪の判断基準の幼さが顕著になる。
無論、小さいからと言って殺人を犯していい理由にはならない。普通なら。しかし、正当防衛(or過剰防衛)になると話は変わってくる。
異能の力を用いて理不尽にも殺されそうになっている時に、自身持ち得る異能の力でもって抵抗することは無論正当防衛の範疇に入る。
その結果として人を殺してしまっても、正当防衛による無罪or過剰防衛による減免・執行猶予付き判決が下されるケースが多い(今回のケースに当て嵌まるかは現時点では不明)。
銃大国に住む人間が自身や家族、財産を守るために銃を用いて殺人を行ってでも死に物狂いで侵略者から大事なモノを守り抜くのと似たような論理。
異能の力が蔓延る学生主体の街という特殊な環境下では、殺人に限らず盗難や器物損壊等における刑罰の中身も『外』の世界とは一線を画している。
(逆に、『外』の世界の法律よりも厳しい条例が敷かれていることもあり、例えば『電子情報に対する不正行為』における刑罰は『20年以下の懲役or5千万円以下の罰金』である)
「界刺に殺人鬼の相手を任せている事実は確かにある。ある意味では俺達も共犯に近いです。そんなあいつを・・・いざという時は裏切ることになる」
彼が風紀委員会を利用しているように、風紀委員会も彼を利用している。共犯に近い関係。なのに、待ち受けている結果は明らかに界刺に不利となる。
正当な治安組織である自分達は、まだ組織に守られる。だが、界刺は守られない。九野が言っていた通り。自分達のツケを界刺に払わせ、自分達は変わらず風紀活動に勤しむ。
更に、いざという時―新“手駒達”の居る場所へ2人の戦闘範囲が広がる場合―は“3条件”を無視して風紀委員・警備員総力で戦うことになる。
邪魔する者は誰であっても殺そうとする界刺相手に手加減はできない。殺人鬼も居るのなら尚のこと。その結果、風紀委員会は自分達の都合―譲れないモノ―で界刺を切り捨てるのだ。
「・・・椎倉」
「・・・はい」
「その“3条件”の話を聞いた時から疑問に思っていたことなんだけど、何で界刺は“3条件”の適用範囲を風紀委員会に所属する警備員にまで広げなかったと思う?」
「そ、それは俺が・・・」
「あの“詐欺師”なら、押し通すこともできた筈っしょ。固地の件を鑑みるに、椎倉相手でもあの男ならできた筈。
警備員と風紀委員は管轄が違っているとは言え、同じ風紀委員会の一員として交渉材料になる言質を風紀委員である椎倉から取れたと思うっしょ」
「・・・確かに」
橙山の指摘に椎倉は再考する。確かに、橙山の言う通り固地の失態を握っていた界刺なら“3条件”の適用範囲を警備員にまで広げるよう要求してもおかしくは無かった。
押し通すだけの実力もあった。少なくとも、言質を取ろうとしてもおかしくは無かった。それなのに、界刺はそれをしなかった。
「今ならわかるわ。彼は・・・『わかっている』のよ。自分のやっていることが、一般的に見て正しくないことに。だから警備員を『残した』のよ。
自分が殺人という罪を犯した時に、その罪を償う機会を消滅させないように。そして、私達治安組織の意義を消滅させないように。確保されることも覚悟しているのよ、きっと。
じゃなかったら、私達が居る戦場でここまで堂々と殺し合いなんてしないでしょう?きっと、当時からそうなる展開も有り得ることを予測していたんだと思うわ」
「ッッ!!」
橙山の言葉に椎倉が瞠目する。固地の失態や『ブラックウィザード』の件、そして界刺の鬼謀に翻弄されていたために当時は―今まで―気付くことができなかった可能性。
もし、界刺が自分の行っていることを客観的に判断することができるとしたら?あの部屋での問答でも、その観点を発揮していたとしたら?
客観的に判断したとしても、あの碧髪の男はその通りには動かないだろう。自分の行動を後悔しないだろう。それでも、その視点の一部をあの時の言葉に含めていたとしたら?
「・・・なんて言っても、あの“詐欺師”のことだから機会や意義を消滅させないように最低限の“線引き”を行っただけでしょうけど。確保への抵抗は絶対にするだろうし。
もし、殺人鬼を殺すにしても正当防衛を主張するでしょうし。・・・それに私だって彼を殺人罪で起訴したく無い気持ちは・・・正直ある。本音を言えばね。
そもそも、殺人鬼の方が界刺を殺そうとしているんだから。界刺だって、正当防衛云々は考えているでしょうし。でも・・・できれば彼お得意の嘘であって欲しいわね」
「・・・本当は、界刺に殺人という経歴を負わせたく無いんです。正当防衛であっても、その経歴は一生付き纏う。あいつの一生を汚してしまう。
あいつ等が『太陽の園』を出発する前に寒村を通してそのことを言いましたが、『俺の勝手でやるから気にしなくていいよ』と返されました。
俺達の気持ちはあいつにも伝わっているとは思うんです。でも、あいつはあえて無視して殺人鬼との戦闘に臨んでいます。・・・歯痒いです。
それを認めてしまった自分自身も。どんな理由があったとしても、あいつの手を汚していい理由になんかならない筈なのに・・・頼ってしまっている自分が現実に存在します」
「・・・・・・界刺なりの気遣いでしょうね。『俺達に構っている余裕は無いだろ』的な。私達が『ブラックウィザード』に専念できるように配慮してくれている。
悔しいわね、ホント。状況的に逼迫しているとは言え、一般人(かいじ)の人生すら大きく変えてしまう戦闘に彼を『巻き込んで』、あまつさえ任せてしまっているんだから。
先月に起きた『幻想御手』の一件で、学園都市第三位の超能力者である御坂美琴が命懸けで『幻想猛獣』を叩き潰してくれたことを思い出すわ。ほら、彼女も一般人だし」
敢えて『巻き込んで』と漏らした橙山は、橙山なりに『シンボル』や界刺に思う所があった。彼等が風紀委員会に貢献してくれた規模はとても大きい。
はっきり言って、あの殺人鬼相手に駆動鎧部隊でも対等に戦えるかどうかは怪しい。そんな凶悪な敵を任せているのも事実。
任せていないという意見もあるかもしれないが、それなら界刺を押し退けて最初から殺人鬼の相手をして然るべきなのだ。それをしていない時点で任せている。
それは、先月下旬に解決に至った『幻想御手』事件で一般人である御坂美琴が風紀委員や警備員に協力し、最終的に発生した化物『幻想猛獣』を駆逐した事実を思い出させる。
否、思い出させるからこそ風紀委員会に所属する警備員は『幻想猛獣』の如き脅威を誇る殺人鬼への対処を―御坂美琴のように―界刺得世(いっぱんじん)に任せてしまったのだ。
ましてや、今回の場合は下手をすれば協力してくれた界刺を鎮圧しなければならない。椎倉だけでは無い。風紀委員だけでは無い。橙山や緑川とて苦しいのだ。
「・・・そのためにも、一刻も早く新“手駒達”を解放し、『ブラックウィザード』の上層部を叩き潰さなければなりませんね。俺だってあいつ等を裏切りたく無い。
できるならあいつの手を汚させたくは無い。たとえ汚させたとしても、殺人鬼の殺害以上の罪だけは絶対に背負わせたく無い。そうならないように・・・全力を尽くす」
「えぇ。・・・よしっ。東部で戦闘している159支部に、ようやく駆動鎧部隊が合流したみたいね」
決意を新たにする椎倉の声を聞きながら、橙山は3D映像の点滅から敵の本拠地を四方から囲うように進撃していた駆動鎧部隊の東部侵入部隊が159支部と合流したことを知った。
「1人たりとも逃さないよう慎重に展開していたから、結構遅れちゃったっしょ。閨秀の『皆無重量』は障害物関係無く突き進めるし、どうしても時間差ができるわね」
「相手は改造しているとは言え旧型駆動鎧。こちらは最新鋭。そこに159支部が加われば、一気に突き崩せる。鳥羽!破輩と連絡を繋げ。俺が直接話をする!」
「了解です!!」
足止めを突き崩す好機と見た椎倉は、鳥羽に連絡の指示を下す。十数秒後、椎倉の耳に一時的に戦線を離脱した破輩の声が聞こえて来た。
「椎倉!」
「破輩!東部侵入部隊が合流したな!?戦況はどうだ!?」
「大助かりだ!!駆動鎧部隊が敵の旧型を相手してくれるから、私達は構成員に集中できている!!
この施設は多くの建物が立ち並んでいるために、駆動鎧本来の機動力は完全に発揮されているとは言い難いが、それでも性能の差だろう・・・こちらが有利だ。
私と湖后腹の能力は集団戦にも向いているから、この力を構成員に集中できるのは大きい。このまま行けば、そう時間は掛からない!一気に中心部へ侵攻できる!!」
破輩の冷静な、それでいて威勢の良い快活な声が状況の好転を照明している。159支部と東部侵入部隊が東部戦線で勝利すれば、『ブラックウィザード』側も慌てるだろう。
また、勝利する前でも『ブラックウィザード』は物理的・精神的圧迫を受けるに違いない。東部戦線を崩さないように戦力を投入すれば、それだけ敵の陣形も崩れる。
何より、“手駒達”を操作する電波を撹乱できる湖后腹が動けることは非常に大きな意味を持つ。
「新“手駒達”はまだ見ていないな!?」
「あぁ!!」
「北部の成瀬台支部はまだ侵攻し始めたばかりだから仕方無いとして、北東部の178支部、南東部の176支部も未だ見ていないという報告だ。つまり・・・」
「中心部から西方方面に居る可能性が高いな。駆動鎧の展開状況はどうなっている!?」
「進行して来た方角的に一番距離が遠い西部方面の展開が遅れている。南部及び北部方面の展開はほぼ完了した。順次侵攻を始めるだろう」
「ということは、連中の逃走経路としては必然的に西部方面に限られるな」
「あぁ。護衛として、そして人質として新“手駒達”を連れ立って一点突破を仕掛けるだろう。幸い、この施設及び周辺には地下通路らしきモノは存在していない。
連中は必ず地上を使う。界刺と殺人鬼の戦闘には巻き込まれないにしても、困難なことには変わりないぞ?」
「百も承知だ。だが、必ず乗り越える!!これは俺達風紀委員会の任務だ。何としてでも罪無き人々を救い出し、『ブラックウィザード』を潰す。そうだろう!?」
「・・・あぁ。そうだとも!!」
椎倉の決意の言の葉を聞き、破輩も闘志を燃え上がらせる。風紀委員として、何としてでもこの事件を解決してみせる。
何度も何度も繰り返して来た決意の確認をもう一度行う。強い意志を持つことが、困難に立ち向かう何よりの要素であることを知っている故に。
「よしっ!それじゃあ頑張ってくれ!!」
「了解した!!さっさとここ・・・・・・」
椎倉の檄を耳に入れ、破輩が再び戦線に戻ろうとした・・・その時!!
<風紀委員会の諸君に告ぐ!!私は『ブラックウィザード』の1人・・・
網枷双真だ!!>
「網枷!?椎倉!!」
「あぁ・・・通信機越しに聞こえている。何のつもりだ・・・!?」
破輩と椎倉が、突如として北部と中央部の中間程に位置する場所から戦場全体に木霊する―音波を操作する“手駒達”の能力を用いた―網枷の言葉を耳に入れる。
椎倉は通信機をスピーカーフォンモードにすることで、橙山他後方支援を担当する風紀委員にも伝わるようにする。
<諸君の健闘振りは私達の想像以上だ!!その不屈の闘志、素直に認めよう!!>
「網枷・・・先輩・・・!!」
「(・・・何の真似だ?)」
北東部を移動する178支部にも聞こえる網枷の言葉に焔火が苦渋の表情を浮かべ、固地は網枷の意図を図りかねる。
<しかしだ!!この戦場には私達と君達の栄誉ある戦いを邪魔する異物が存在する!!これは私自身としても許し難く思っている存在だ!!>
「網枷の野郎・・・何が『栄誉ある戦い』だ!!?」
「双真・・・!!」
南東部から南部へ移動していた176支部に所属する神谷は裏切り者の同期の言葉に憤怒の色を露にし、リーダーである加賀美は数日振りに聞く“元”部下の声に顔を顰める。
<故に、私達は決断した!!これ以上異物の狼藉は捨て置けない。新たに加わった『力』をもってこれ“等”を排除することにした。すなわち・・・>
“辣腕士”は宣言する。“孤独を往く皇帝”の意思を。“辣腕士”足る自身も気に入らない異物の排除を確と明言する。
<新たに加わった“手駒達”総勢130名の総力でもって、南西部に居る異物共を排除する!!!以上だ!!!>
南西部で死闘を繰り広げている『シンボル』のリーダー界刺得世と、殺人鬼
ウェイン・メディスンを新“手駒達”の力で駆逐することを。
「何、だと・・・!!?」
「130名・・・!!?」
破輩と椎倉が愕然とする。ここに来るまでの調査で、成瀬台を襲撃された日から今までに100名以上の行方不明者が出ていることはわかっていた。
無論、これ等の全てが『ブラックウィザード』に拉致されたとは考えていない。まず、無能力者や低位能力者を連中が拉致するとは考え難い。
また、今は夏休みである。誰にも告げずに数日に渡って何処かに出掛けることもよくある。そのために、実際に拉致されたのは100名に遠く及ばないと目されていた。
だが、網枷の口から告げられた数は想像を大幅に超えている。同時に『130名』という数の真意も理解する。
「固地先輩!!確か、新“手駒達”は人質として盾にされる可能性が高いって・・・!!」
「・・・さすがに、新“手駒達”を全部界刺と殺人鬼に差し向けるとは思えない。網枷の言葉を信じるなら、拉致された一般人はこちらの予想を大きく超えている。
しかし、何百名も拉致しているとは考え難い。もしそうなら、最初から前線に出していてもおかしくは無い。
新“手駒達”は、連中にとっても虎の子的な切り札の筈。・・・多くて200名程度か?それでも界刺達に差し向ける数にしては多過ぎる。
確かに、それ程の人数で無ければ太刀打ちできないのかもしれないが・・・。これは勇断じゃ無い。自分達を、『ブラックウィザード』を“確実に”危うくする無謀な決断だぞ!?」
真面の声に、固地は敵の上層部が下した決断を『無謀』と断じる。もし、新“手駒達”を差し向けるなら現状では自分達風紀委員会が先に来る筈だ。
界刺と殺人鬼に限っては、現状『ブラックウィザード』を攻撃していない。『ブラックウィザード』を襲って来る可能性は現時点では低いし、場所も割れている。
幾何学模様が浮かんでは消えるドームが消えていない以上、界刺と殺人鬼は生存している。聞こえて来る轟音は、未だに戦闘を継続している証拠である。
可視光及び赤外線が歪められ、塗り替えられている以上中の様子を知る手段は限定される。人間であることに変わりない新“手駒達”も例外では無い。
加えて、両者の実力が並外れていると判断できる現状下、両者の実力が拮抗していると見れる状況下、そこへ横槍を入れるのは自殺行為の何物でも無い。
不意打ちで殺すことができるような2人では無い。光によるサーチ、蜘蛛糸による感知を両者共に展開している筈だ。
実力差はハッキリしている。両者を同時に敵に回すメリットは無い。そんな化物共に刺客を差し向けるなら、(湖后腹が居るとは言え)崩れる可能性大の東部戦線に新“手駒達”を投入するべきだ。
もしくは、脱出時にその能力を発揮するべきだ。その方が確実性は高い。少なくとも、玉砕がわかっていながら界刺達に130名もの新“手駒達”を差し向けるよりは。
如何に“手駒達”が使い捨ての人形とは言え、既存の“手駒達”が減少の一途を現在進行中で辿っているのだ。折角手に入れた新“手駒達”は、連中にとっても貴重な筈だ。
生き残りを図るのなら、もっと重宝して然るべきだ。身の安全を最優先にするなら、堅牢な盾として近い場所に置くべきだ。今後を考えるのなら、一緒に連れて行くべきだ。
今回の宣言は組織―“手駒達”体制や『ブラックウィザード』の勢力―の存続を危うくさせ、個人―組織を動かす上層部の命―の生き残りを“確実に”危うくさせる代物である。
今回の決断は、『ブラックウィザード』の主力である130名もの新“手駒達”をむざむざ切り捨てることと等しい代物である。
これは、永観や蜘蛛井も同じ意見である。馬鹿げていると言ってもいい。もっとも、永観達の裏切りを牽制するため『も』あって、東雲は今回の決断を下してはいるが。
下手をすれば、不慮の事故―風紀委員会による電波撹乱―を装って護衛として近くに居る大量の新“手駒達”の力でもって東雲を殺そうとするかもしれない。
そう東雲は考え、しかし現状で永観を殺すことは脱出の妨げになる可能性も考慮した結果でもあるのだ。永観とて命は惜しいだろう。
「加賀美先輩!!これは・・・」
「マズイ・・・マズイよ!!このままじゃあ・・・新“手駒達”が殺される!!!」
斑の焦った声に加賀美の顔色は蒼白の様相を呈す。今回の『無謀』は確かにその通りだ。しかし、唯の『無謀』には収まらない。
何故なら、風紀委員会にとって新“手駒達”は必ず救い出さなければならない一般人である。その新“手駒達”の大半が、『ブラックウィザード』の上層部に切り捨てられた。
彼等彼女等は、命令のまま界刺や殺人鬼を襲撃するのだろう。それは自殺行為だ。界刺はまだ殺さないでいてくれる可能性はあるが、あの殺人鬼は違う。
仕事の邪魔になるものは殺す。先程“手駒達”ごと建物の一角を崩落させた所から見ても、あの男が襲い掛かって来る新“手駒達”を殺さない理由は無い。
風紀委員会が懸念していたのは、界刺と殺人鬼の殺し合いに新“手駒達”が巻き込まれることであった。
だが、現実として現れたのは両者の殺し合いに新“手駒達”が自ら巻き込まれに行く―襲撃を掛ける―という事態である。
抵抗では無く襲撃。被害者では無く加害者。新“手駒達”は内部分裂(うらぎり)を牽制するための駒として『も』用いられた。
この緊急事態に、固地と加賀美はすぐに椎倉に連絡を入れる。数十秒後、通信機を境に椎倉・橙山・破輩・固地・加賀美が早急に対策を練る。
「椎倉!!これはマズイっしょ!!」
「・・・これだけ大々的に宣言しました。ということは、操作されているとは言え新“手駒達”は『界刺視点』では紛れも無く加害者になります。
強制的に襲撃行動をさせられる人間達には何の罪もありません。しかし、『界刺視点』では自分達の殺し合いに巻き込まれた被害者では無くなります。つまり・・・」
「界刺は、新“手駒達”に対しても正当防衛を確実に主張できる事態になった。『シンボル』には形製が居る以上誤魔化しはできないだろう」
「債鬼君!!それもあるけど、それ以上にあの殺人鬼がヤバイよ!!」
「あぁ!チィッ・・・破輩!!」
「わかっている!!網枷の声がした付近に新“手駒達”が居たと仮定すれば、南西部に辿り着くまでにそう時間は掛からない!
一厘と鉄枷は冠に任せようと思う!何とか私と湖后腹だけでも南西部に向かわなければ大変なことになる!!」
風紀委員会は、近く訪れる最悪な可能性を予期し体を震わせる。2人の死闘に首を突っ込めば、殺されなかったとしても重傷は免れない。
普通に考えれば、重傷どころか即死すら十分に有り得る。それだけは何としてでも阻止しなければならない。
「破輩先輩!!私達176支部も行きます!!位置的には、風紀委員の中で私達が一番近いです!!」
「加賀美・・・。わかった!!椎倉!!いいな!!?」
「・・・・・・あぁ。『シンボル』の妨害も予想される。気を抜くなよ。・・・(プツッ)・・・橙山先生。西部及び南部の駆動鎧部隊をすぐに向かわせられますか!?」
「問題無いっしょ!!『ブラックウィザード』の逃走を許さないように展開していたけど・・・背に腹は代えられない!!
きっと、一番先に現場に到着する筈っしょ!!網枷の宣言が本当か嘘っぱちかもその時判明するっしょ!!」
このままではいられない。そう判断した風紀委員会は、風紀委員(176支部・159支部)と警備員(西部・南部駆動鎧部隊)を南西部に急行させることを決断する。
破輩と加賀美との通信を終えた椎倉は、橙山の言葉に勇気を貰いながら通信を繋いだままの固地にも指示を出す。
「固地!!お前達178支部は、引き続き『ブラックウィザード』の上層部討伐を継続してくれ!!おそらく、これは連中の捨て身の一手だ!!無謀にも程があるがな!!」
「・・・了解した!!」
「橙山先生!!閨秀達の復帰にはまだ時間が掛かります!!東部方面の駆動鎧部隊も破輩と湖后腹、両名の能力者が抜けることと地の利も加味して再び拮抗状態に戻るでしょう!!
北部方面の駆動鎧部隊は、『ブラックウィザード』を逃さないように展開していた西部と南部のカバーに回らなければならない可能性が大です!!
なので、北東部の178支部及び北部の成瀬台支部と『協力者』合同チームに『ブラックウィザード』の上層部討伐を任せることになります!!・・・よろしいですね!?」
「・・・・・・」
固地に指示を出した椎倉は、顧問である橙山に確認を取る。敵の捨て身の一手に包囲網が崩れつつある現状で、『協力者』の力を正式に仰ぐことの最終的な決断を迫る。
現状では“勝手に”付いて来ているとも言える『協力者』を頼るということは、風紀委員会が今作戦において正式に『協力者』の力を仰ぐことを意味する。
その意味・・・その重責を橙山は感じ、吟味し、熟慮した後に決断の言葉を吐く。
「いいっしょ!!『太陽の園』で『協力者』の実力はわかったわ!!寒村に伝えて頂戴!!『頼む』って!!それともう一言!!『「協力者」をしっかり守りなさい』ってね!!」
「わかりました!!」
「それと!!その『協力者』の中に界刺を含めた『シンボル』も入れるっしょ!!界刺は『自分は入れなくていい』ってほざいていたらしいけど!!」
「それは、つまり・・・!!」
「風紀委員会が正式に『シンボル』の力を・・・界刺の力を仰ぐことにすれば、界刺が負う責任を共に背負うことができるっしょ!!
具体的には、『風紀委員会が「ブラックウィザード」討伐への協力を仰いだ「シンボル」のリーダー界刺得世が突然殺人鬼の襲撃を受けて死に物狂いで交戦している』という具合よ。
仮に・・・仮に界刺が私達なり殺人鬼なり新“手駒達”なりを殺したとしても、彼の行いが法を犯すモノであったとしても、その責任は彼に協力を仰いだ私達の責任にもなる!!
責任逃れをするわけにはいかない!!彼に責任を押し付けるわけにはいかない!!彼個人的な事情があったとしても、私達はそれごと抱えてみせるっしょ!!
協力という大義名分でフォローでき得る部分は可能な限りフォローしてみせるっしょ!!そうすれば、上層部の意思で協力が非公式扱いになった場合でも融通が利くわ!!」
「橙山先生・・・!!」
「ハァ・・・何時の間にか、私は臆病になっていたのかもしれないわね。同僚達を傷付けられて・・・『ブラックウィザード』の戦力が想像以上で・・・殺人鬼も居て。
それ等を切り抜けるために、強大な能力者である界刺の力を頼り過ぎていたわ。彼の意思表明に甘えていた。・・・子供を守るのは大人の役目っしょ!!!」
橙山の脳裏に思い浮かぶのは、今も生と死の狭間で懸命に戦っている同僚達の姿。成瀬台を強襲され、幾人もの同僚が重体となった。それ以上に重傷者も出た。
それだけ今回の任務が命懸けであることを、橙山はその時心底痛感した。その上、実力が未知数な殺人鬼も同時に相手取る可能性があった。
統率者として悩みに悩んだ。そこに現れるのは界刺の存在。強大な実力者である彼が、同じく強大な実力者である殺人鬼の相手を務めてくれる。
その事実が、対『ブラックウィザード』における重大な失態を犯した風紀委員会にとってどれだけ大きいモノなのかを橙山は理解していた。
あの御坂美琴が、傷付いた警備員の代わりに原子力施設へ侵攻する『幻想猛獣』と戦った事実を思い出させる彼の意思表明。
故に、任せてしまった。殺人鬼の方から風紀委員会へ危害を加えるようなら断固抵抗するが、橙山の命令が無い限り能動的には行動を起こさないように指示を出した。
界刺との戦闘が勃発すれば接近するなとも伝えた。自分達が最優先するのは、『ブラックウィザード』討伐と拉致された人々の救出・・・それを“言い訳”にしていた。
界刺なら“言い訳”とは言わないだろう。だが、橙山はそれを“言い訳”と断じた。何故、最初からこうしなかったのか?何故、一般人に全てを任せてしまったのか?
何故、界刺得世の人生『も』最優先に考えなかったのか?並列しなかったのか?堂々巡りが続くが、今更言った所で過去は変わらない。ならば、未来を変える。今この時から。
「・・・但し、今の私達が最優先に決断しなければならないのは新“手駒達”の確保。“言い訳”でも、これは揺らいだら駄目っしょ。最優先は時と場合次第で変動する!
おそらく南部部隊が一番乗りするから、彼等には新“手駒達”の無力化と確保を命じる。
これで、多少以上に新“手駒達”が界刺達の戦っている場所へ接近することを防げるわ。
そして、西部部隊には新“手駒達”の対処と界刺・殺人鬼への対処に分かれて貰う。界刺に新“手駒達”を殺させはしない!界刺と新“手駒達”のために!!絶対に!!!」
「・・・!!」
「双方共に、最終手段として界刺の鎮圧許可及び殺人鬼の殺害許可を出すわ。界刺の手を、殺人鬼如きで汚させはしない!!たとえ、彼への裏切り行為と同義だとしても!!」
「最終手段というよりは、決定事項ですよね?でも・・・俺達の想いを無視しそうですね、あいつは。・・・それでも、あいつの手を殺人鬼や新“手駒達”の血で汚させるくらいなら・・・!!」
「・・・わかっているわ。『本気』の界刺が殺し合いの邪魔をする私達を攻撃する可能性が高い以上、迂闊には手を出せないっしょ。そのために、『最終手段』って言ったのよ。
南部・西部部隊全てを2人に叩き潰されるわけにはいかない。大人数の新“手駒達”を確保するためにも、駆動鎧部隊をできるだけ残しておかなければならないわ。
唯でさえ、あの奇妙なドーム内は光学センサーで見通せないし。電波では分解能がどうしても劣化する。だから、新“手駒達”確保を最優先にする南部部隊は介入させないわ。
実質的には西部部隊に2人の対処に当たって貰う。その時々の判断は部隊長に一任するか、部隊長と共に協議して私が指示を出す。これでいいっしょ、椎倉!?」
「はい!!!」
橙山の冷静且つ的確な決断を受けて、椎倉は部下にすぐ連絡を取る。北部から侵攻している頼りになる同僚を。
「寒村!!!」
その頃の施設内北部では・・・
「速見先輩!!今です!!」
「“速見スパイラル”!!!」
「「どりゃあああああぁぁぁぁっっっ!!!」」
『思考回廊』で武佐が“手駒達”の思考に自分の思考を叩き込むことで演算を妨害した直後に速見が特攻を仕掛け、
背中に乗っていた荒我と梯のダブルラリアットを“手駒達”の顔面に喰らわせ頭から地面に叩き落す。
無論“速見スパイラルは”止まらないので、ラリアットを喰らわせたと同時に速見にしがみ付いていた腕を解き、地面に転がり、急いで小型アンテナを取り外す。
ちなみに、荒我達は焔火が保護されたことを知っている。今の彼等は、焔火に手を出した『ブラックウィザード』に落とし前を着けるために動いている。
「益荒男共よ!!俺に続け!!!」
「緑川師範に遅れるわけにはゆかぬ!!
十二人委員会!!我輩達も負けてはおれぬぞ!!」
「言われずとも!!朱花嬢は必ずやこの俺が救い出してみせる!!ゲコ太!!志道!!気を抜くな!!」
「「おう!!」」
合流した緑川と寒村は持ち前の筋肉と身体能力を武器に構成員達を薙ぎ払う。一方、啄・ゲコ太・仲場は仲間である
鉄こころが開発した癖のある武器を使いこなしながら戦闘していた。
啄達の最優先目標は焔火緋花の姉である朱花の救出。これに関しては荒我達も同じ目的を抱いている。
「うわっ!?雅艶さんに麻鬼さんに峠さん!!?何でここに!!?」
「理由なんてどうでもいいわよ、林檎。それより・・・菊。あなた・・・」
「丁度いい所に来たわ、峠。雅艶に麻鬼も。今度打ち上げしない?『ブラックウィザード』討伐祝いと・・・和解の宴をね。どう?」
「ハァ?何でこの状況的にそんな話を・・・」
「いいぞ。乗った。そのためにも、この場は穏健派・過激派関係無く協力して『ブラックウィザード』を叩こうか」
「雅艶!?」
「俺も異論無い」
「麻鬼!?何!?何この展開!?私の感覚的なモノがおかしいの!!?」
「何処のどなたが存じませんが、この手のことに一々揺らいでいては世の中渡ってはいけませんよ?経験的に」
「誰!?というか何、その人生の教訓的な何かは!?私と歳そんなに変わらない娘に諭されちゃった!!?」
「うるせぇ、ガキ共!!!防弾仕様の車両だからってギャーギャー騒いでんじゃ無ぇ!!」
緑川や寒村達が去った跡に灰土操る大型車へ空間移動して来た雅艶・麻鬼・峠の過激派メンバーに面識がある林檎が驚く。
そんな中花多狩が和解の打ち上げを提案し、雅艶と麻鬼が乗り、急な提案に混乱する峠を真珠院が優しく諭し、灰土が喧しいガキ共に怒りの声を上げる。
この車には真珠院の『念動使い』が行使されており、防弾仕様も相俟って敵の襲撃にも対応できるようにしている。
そんな轟音飛び交う戦場を駆け巡っていた寒村の通信機から椎倉の声が聞こえて来た。
「寒村!!!」
「むっ!?椎倉か!!?我輩達なら心配要らぬぞ!!?一般人達も戦線へ参加する以上、現場の我輩達は覚悟を決めた。彼等と共に『ブラックウィザード』を成敗する!!
守り守られ、そして目的を達成する!!界刺は『許可』をしなくていいと言っておったが、我輩達からすればやはりそうはいかん!!
椎倉!!我輩達を灰土先生の下へ再び向かわせたのは、貴殿にもその意図があったからと見た!!故に、事後承諾ではあるが今ここで正式な『許可』を貰いたい!!
何、心配するな!!緑川師範曰く『益荒男』であるあの者達となら、必ずや良き結果を生み出せる!!いくぞ、者共!!!」
「「「「「「「「おおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!!」」」」」」」」
「・・・・・・そ、そうか。何か盛り上がっている所に水を差したみたいだな」
「何の!!我輩達の気勢はうなぎのぼりよ!!!」
「そうだ。さっきの網枷の宣言は聞こえたか?」
「何と!?そんなモノがあったのか!?何分、今まで銃声や爆発が飛び交う戦場に皆身を置いていたものでな!!全然気付かなんだわ!!」
「(・・・気付かなかった?橙山先生・・・どうします?)」
「(難しいわね。・・・一応北部から侵攻している寒村達には『ブラックウィザード』討伐を最優先にして貰いたいし・・・徒に気を散らす真似は避けたいわね)」
「(気勢も上がっている現状、彼等には『ブラックウィザード』討伐に集中できる環境下で活動して貰った方が良い結果に結び付く可能性も大きい。
でも・・・今回は寒村達を信じて伝えます。成瀬台を襲撃された時と同じ轍を踏みたくありません)」
「(・・・わかったしょ!)」
通信機越しに聞こえて来る寒村達のハイテンションに、椎倉と橙山は彼等に新“手駒達”のことを告げるかどうか悩む。
寒村達が網枷の宣言が聞こえなかったのには幾つかの理由があるが、一番大きかったのは侵攻が他戦線に比べて遅かった点だ。
当初、寒村・勇路・速見は灰土の車両を出て風紀委員会後方支援組と合流する予定であった。しかし、花盛支部の閨秀達が殺人鬼に撃墜されたことから目算が狂った。
椎倉からの情報を伝え聞いた勇路は、すぐに閨秀達が墜ちたであろう場所へ向かった。残る寒村と速見は、
疾走する勇路を少々援護した後に椎倉達と合流するために行動を開始したのだが、その後のやり取りで当の椎倉が合流中止を決めたのだ。
この時点で、本拠地に不時着した159支部・176支部・178支部が『ブラックウィザード』と交戦を開始していた。
奇襲に失敗した形となった状態で椎倉達後方支援組―変電施設に向かうために本拠地から離れつつあった―に合流するために、
寒村と速見が『ブラックウィザード』の本拠地から遠ざかる行動は悪手であると椎倉自身が判断し、逆に緑川を寒村達の居る場所へ向かわせた。
その合流地点として“勝手に”『ブラックウィザード』へ喧嘩を売ろうとしていた『協力者』が乗る灰土の大型車が選ばれ、連絡を取った後に緑川・寒村・速見は灰土達と再び合流した。
このすったもんだもあり、戦線突入が遅れてしまった。そのせいで、『ブラックウィザード』の構成員や“手駒達”と激戦を繰り広げている中で網枷の宣言が始まった。
176支部及び178支部は移動中、159支部の破輩は椎倉との通話のために戦線を離脱していたために網枷の言葉をきちんと聞き取ることができた。
(=一厘・鉄枷・湖后腹・冠は轟音響く戦場に身を投じていたために、網枷の宣言を上手く聞き取れていない)
しかし、北部で激戦を繰り広げていた寒村達は網枷の言葉を全く聞き取れなかった。これは、車両の中に閉じ篭っていた灰土達(雅艶達含む)も同じである。
雅艶の『多角透視』なら光景を認識した時点で把握も容易だろうが、生憎彼等過激派救済委員は表立って風紀委員を手助けするつもりは無かった。
告げないことで生じるメリット・デメリットを勘案した椎倉は、仲間を信じて詳細を告げることを決断し、橙山も椎倉の決断を尊重する。
「・・・ということだ。手はもう打った。お前達は『協力者』の身を守り、その上で彼等と共にそのまま任務を続行してくれ。
侵攻具合によっては178支部とも合流するかもしれん。頼んだぞ、寒村!!!」
「了解した!!任せておけ!!!・・・(プツッ)」
「・・・ということだ、固地。寒村達と落ち合った時は、上手くやってくれ。他の178支部メンバーにもその旨をしっかり伝えてくれ」
「わかった。・・・(プツッ)」
寒村と固地への通信を切った後に、椎倉は同僚へ通信を入れる。傍に『シンボル』のメンバーが居る成瀬台支部員・・・
勇路映護に。
「・・・勇路。そっちはどんな具合だ?」
「・・・とりあえず、治療中だからどうも無いよ。但し、『シンボル』の娘達が恐い目で僕を見張っているけど」
通信を受けた勇路は、治療している閨秀(+彼女の手を握っている抵部)を瞳に映しながら、傍で仁王立ちしている『シンボル』のメンバー
月ノ宮向日葵と春咲桜の強烈な視線を肌で感じ取る。
中央部付近に居る彼等にも先程の網枷の宣言はハッキリ聞こえていた。その後からこの状態だ。
「・・・そうか。戦闘はしていないんだな?」
「まぁね。僕は怪我人の治療を最優先にしているから。・・・椎倉。1つ提案なんだが・・・」
「?何だ?」
「閨秀ちゃんの傷は深くてね。僕の『治癒能力』でも、もうしばらくは治療を続けなければならない。命には別状無いけど」
「・・・」
「だから、君達が取るだろう行動に僕は参戦しないよ」
勇路の決断。それは、新“手駒達”を止めるという風紀委員にとって絶対に譲れない行動に彼は参戦しないことを決めたのだ。
「勇路・・・!!」
「その代わり、ここに居る月ノ宮ちゃんと春咲ちゃんも『行動を起こさない』。そういうことになった」
「・・・それで彼女達は納得したのか?」
「不承不承ね。何せ、僕の『治癒能力』はこういう戦場では重宝されるからね。もし、界刺君が重傷を負っても僕が居ればその場で治療が可能だし。
そもそも、彼の治療も約束させられたんだよね。もっとも、彼の身体情報は知らないから重傷レベルだと効率も悪くなるだろうけど」
勇路の『治癒能力』は他者の怪我を治療することも可能だが、より効率を上げる場合は当人の身体情報を必要とする。
実は、風紀委員会が始動する前に風紀委員会に参加する風紀委員や警備員等の身体情報(MRI等)を勇路は全部頭に叩き込んでいる。
風紀委員会への参加者は全員その手の身体検査を受けており、彼等彼女等が重傷を負った時(特に内部損傷)にすぐに治癒を可能にするためである
人間の体は常に変化しているが、そこは勇路の演算能力にてカバーし、事前のデータと共に重傷の治癒を可能にしているのだ。
「これは取引さ。僕達風紀委員会の妨げになる可能性のある存在を少しでも足止めするための・・・ね」
「・・・・・・わかった。お前の意思に任せる」
「ありがとう。もし、その行動や他の行動で重傷者が出た時は僕の所に来なよ。位置はわかっているだろう?僕の所に来るより病院へ行った方がいいならそっちを選ぶべきだけど」
「あぁ・・・皆にも伝えておく」
「うん。それじゃ・・・(プツッ)」
勇路との通信が切れる。これで、少なくとも月ノ宮と春咲の妨害は無くなった。閨秀の復活にはまだ時間が掛かりそうだが、命に別状は無いとわかっただけでも朗報である。
ほんの少しだけ気を緩める椎倉の隣に居る橙山が、通信の終わった椎倉に声を掛ける。
「椎倉。西部と南部の駆動鎧部隊に指示を出したわ。とりあえず、今は西部部隊が対処するまでに界刺が“殺さないこと”と“殺されないこと”を祈るしかないわ」
「・・・わかりました。勇路の方も月ノ宮と春咲の足止めに成功しました。閨秀も命に別状は無いようです。
但し、復帰にはまだ時間が掛かりそうです。それと・・・勇路は新“手駒達”の件には関わりません。その代わり、怪我人が出た時は勇路の居る場所へ・・・という話になりました」
「・・・わかったわ(・・・唯、もし界刺が殺人鬼を殺したとしても法で裁けない気がするのよね。あの殺人鬼の存在が公になることを恐れる“誰か”の圧力によって、
殺人鬼自体が最初から存在していなかったと処理される・・・『紫狼』以外の雇い主の存在が急浮上して来た以上そんな気がしてならないっしょ。
そうなれば、法律的・対外的に界刺の行為は無かったモノになる。その“誰か”が私達にまで影響を及ぼせる力の持ち主ならの話だけど。
でも、それなら界刺が殺人鬼以外の人間・・・私達や新“手駒達”を殺さなければ・・・フッ。こういう治安組織の人間にあるまじき可能性を考えちゃうのは・・・か。
お願いだから・・・殺人鬼相手でも殺しだけは避けて、界刺。それ以外なら、何とでもしてみせるから。
それにしても、今回の件では学園都市に潜む色んな影が見え隠れしているわね。・・・嫌になるわ、ホント。
情報操作に隠蔽工作、薬物氾濫に実験場・・・イカれた人間がこの街には住んでいる。・・・だからこそ、治安組織である私達は強い意志を常に持っていなきゃなんないっしょ!!)」
椎倉の言葉から勇路の取った行動に当てを付けた橙山は、警備員として培って来た経験を基にした思案を経た最後に1つ気に掛かっていたことを椎倉に問う。
「ねぇ、椎倉。この捨て身の一手・・・誰が出したと思う?」
「・・・・・・誰が出したにせよ、トップを通しての筈です。つまり・・・」
「『ブラックウィザード』のリーダー・・・東雲真慈・・・!!!」
東雲真慈。“孤独を往く皇帝”と謳われる『ブラックウィザード』のリーダー。『力』に狂う男。有害と判断すれば、仲間でさえ容赦無く切り捨てると言われる男。
「・・・これ程損得ってヤツを無視する人間だとは思わなかったわ。この捨て身の一手で逃げ延びたとしても、『ブラックウィザード』の存続自体が危うくなるでしょうに・・・」
「現在進行中で護衛にもなる新“手駒達”の大半を切り捨てていますから、自分達の身すら危うく・・・・・・」
「・・・椎倉?」
橙山が怪訝な視線を椎倉に送る。その送られた側である椎倉は、かつて界刺から忠告されたあの言葉を思い出す。思い出し・・・それを橙山にも伝える。
「・・・“3条件”を受け入れたあの部屋で、界刺にこう言われたんですよ。『仮に、薬の氾濫を抑えたとしても、あいつは別の手段で「力」を生み出せることを証明するだろう』と。
『風紀委員が最優先に考えなきゃいけないのは、「薬の氾濫を食い止める」ことでも、「薬物中毒者を救う」ことでも、「『ブラックウィザード』を潰す」ことでも無い。
「元凶である東雲真慈を潰す」ことだ。そこを履き違えたら・・・君達全員が痛い目を見ることになるよ?最悪命に関わるような・・・ね』・・・と」
「最優先じゃ無いこと・・・現状で言うなら『新“手駒達”を救う』ために動けば痛い目を見る・・・か。最悪命に関わること・・・か。今の私達としては最優先だけど。
界刺も当時はこの事態を予期していたわけじゃ無いでしょうけど、まさにその通りになりそうな流れよね。・・・東雲真慈を私達が見誤っていたってことかしら?」
「・・・・・・かもしれません。あいつは、東雲真慈と直に会ったことがありますから。その時から、東雲のネジの外れ具合を肌で感じ取っていたのかもしれません。
俺達も言葉では聞いていました。俺達治安組織に大々的に襲撃を仕掛けた時点で、東雲の異常さについてはわかっていたつもりでした。でも・・・どうやら甘かったみたいです」
「“孤独を往く皇帝”・・・東雲真慈。『ブラックウィザード』は、彼にとって幾らでも替えが利く存在でしか無いのかもしれないわね」
椎倉と橙山は“弧皇”の異常さに心身を震わせる。『ブラックウィザード』は、彼にとってその程度のモノでしか無いのか。であれば、この捨て身の一手も理解できる。
(無論、この解釈は間違っている。東雲にとって、『ブラックウィザード』は己の『力』である。自身と同じ故に、東雲真慈が健在である限り『ブラックウィザード』は滅びない。
自身と同じ故に、“何でもできる”。加えて、今回は永観達への対策という意味もあった。もし、永観達が妙な言動をしていなければこんな捨て身の一手を打つことは無かった可能性が高い)
混迷の色を増して来た戦場に、多大な不安を抱かずにはいられない椎倉と橙山であった。
では、その中心地となる南西部・・・【閃苛絢爛の鏡界】内で死闘を繰り広げている2人はというと・・・
「よぅ、ウェイン!!“人気者”は辛ぇな!!!」
「フン。俺は“人気者”になった覚えは無いが?」
「なら“嫌われ者”か!?ハハハッッ!!俺もテメェも大層嫌われているみてぇだし!!!」
「ククッ・・・かもしれん」
軽口を叩く“閃光の英雄”界刺得世は、その態度とは裏腹に体の各所から血を流していた。
全て軽症の範囲を超えない程度とは言え、血を流し続けているのは余り良い状態とは言えない。
一方、“世界に選ばれし強大なる存在者”ウェイン・メディスンは、表面上では傷を負っているようには見えない。
しかし、蜘蛛糸の鎧に覆われている体の数箇所に光線による穴が開いていた。もちろん、全て縫合済み+念動力による身体制御で戦闘に差し支えは無い。
「こっからはいよいよ乱戦になりそうだな!!折角1対1(サシ)でやってたってのによぉ!!生死の境を行き来するこのゾクゾクする感覚は1年以上振りだってのによぉ!!
騒ぎやがる血を!踊り出しやがる身体を!!『本気』の“自分自身”を制御しようとメッチャ努力してんのによぉ!!ウゼェなあ!!!本当にウゼェ!!!」
「弱者程群がる習性は強くなる。群がらなければ強く出られない。ククッ、弱者らしい行動だ。だが、それも無意味なこと。
弱者が単純に数を増やした所で強者足る俺に勝てるとでも?駆動鎧のような絡繰仕掛けを幾つも用いれば俺を倒せるとでも?
弱者である限りどれだけ集まろうが所詮は弱者でしか無い。強者が何故『強者』と呼ばれているのか・・・それは実力と共に偶然必然が強者に味方するからだ。
あるいは、味方をしなくとも強者は己が実力で運命を切り開くことができるからだ。“窮鼠猫を噛む”とは言うが、あんなモノは強者の真足る力を知らぬ弱者がほざく言葉だ。
噛んだ時点で、その者は弱者では無い。なのに、弱者はその者を弱者(どうるい)と見たがる。または、その者が己を弱者と見做し続ける。つくづく愚かだな。
強者と弱者の差はまさにそこにある。真に気付く者は偶然必然を味方に付け、ややもすればこの学園都市最強のレベル5にすら勝ち得るかもしれん。
そして、真に気付かぬ者は何時まで経っても弱者のままだ。群れながらわざわざ俺に殺されるがために来る連中はまさしくそれだ。おとなしく餌を追い詰めておけばいいものを。
先日弱者足る風紀委員<ジャッジメント>が強者(おれ)を審判(ジャッジ)しようとして無様に返り討ちを喰らったのと同じ愚を犯すか。ククッ・・・滑稽なことだ」
「ハハッ!その言葉、どっかの負け犬お嬢様に聞かせてやりてぇモンだな!!ハハハッッ!!!」
『閃光大剣』を構えながら“不良”は修羅の笑みを浮かべる。何時ものような胡散臭さ満点な表情では無いそれは、まるで殺し合いを愉しんでいるかのような“戦鬼”の貌。
そんな彼が持つ『閃光大剣』とは、『閃光剣』状態の<ダークナイト>を連結状態にした超高温度の長棒である。
『閃熱銃』発射前の状態にした後に『閃光剣』に転換することで成立する『閃光大剣』は、『閃熱銃』時に発生した超高温度を保つセラミック系非金属物質と、
非金属物質から放射される熱線を『光学装飾』で制御・運用している。『閃熱銃』と同じく長時間の運用はできない。
一見不利な界刺が笑みを浮かべているのは、【雪華紋様】による光線が通じる境目を見極めたからだ。具体的には、5条を1条に集約すればあの【獅骸紘虐】を貫けることを確認した。
「ここに来る“手駒達”は、数日前に『ブラックウィザード』が拉致った一般人が材料だけどよぉ!!テメェはどうすんだ!!?」
界刺は確認する。仕事に無関係な人間を『無闇』に殺さないのがウェインの主義。ならば、今回はその主義に当て嵌まるのか?
「俺の邪魔をするのなら排除する。それだけだ」
答えはNo。ウェインにとって、相手が操作された罪無き一般人であっても自分に危害を加える―そして仕事の邪魔をする―のであれば誰だろうが排除することに変わり無いのだ。
「ハハハハハッッッ!!!」
ウェインの答えを聞いた『本気』の“戦鬼”は・・・嗤う。冷酷な瞳と笑みを浮かべながら。
「奇遇だな!!俺も同じ気分だよ!!!」
敵であるならば容赦しない。今まさに、“戦鬼”と“怪物”の意思は確かに同じを見た。
continue!!
最終更新:2013年08月30日 20:08