くどいようだが
獣耳衆はテロ組織である。
それゆえに彼らと
警備員・
風紀委員との対立は避けられず、そして毎度のように衝突が起こっている。
そして繰り返される衝突・対立の結果として、時には因縁浅からぬ相手というものもできてしまうのである――あ、名無しの警備員ではなく。
* * *
ある夏の日の《風紀委員》一七六支部内にて、支部長である
加賀美雅は支部員たちに連絡をしていた。
「オープンイベントの警備?」
「そう!最近話題の総合レジャー施設『テラ・ステラ』のオープンイベントの警備を打診されたの!」
ぶっきらぼうに聞き返した神谷に対して、加賀美は楽しそうに告げる。
近頃盛んに宣伝されているレジャー施設の警備が楽しみで仕方ないらしい。
「当日は日曜日だから参加できない人は連絡すること。イベントの前に現地に集合して、イベントが終わった後に現地解散。詳しいことはプリントを見てね」
「それはいいんですけど、なんで俺達なんですか? それこそ警備員の人たちに任せるものだと思うんですけど」
嬉しそうに語る加賀美に対して、
鳥羽帝釈が疑問を呈する。
本来、風紀委員は校内の治安維持組織である。稀に外部活動を行うことはあれど、このような大規模イベントの警備などに駆り出されることは少ない。
「同じ学区というわけでもありませんし、なにか理由があったりするんですか?」
「……あー、うん。やっぱり勢いでごまかすのは無理よね」
気まずそうに目をそらす加賀美に、支部員たちの疑いの目が強まる。
彼女は優秀なリーダーだが、やや軽いところがあるのは玉に瑕といえる。
頬をかきつつ、加賀美は口を開いた。
「えー、と。今回のイベントには、前に稜と姫ちゃんがやりあった……『獣耳衆』だっけ?あいつらが現れる可能性が高いらしいの。それで、なんでも彼らの対策を行ってることで有名な――」
「――そこからはワシが説明しよう」
ふと、支部の入り口の方から声が届く。
そちらを見やれば、一人の巨漢が立っていた。
身長にして一九〇センチはあろう長身と、学生服の上からでも分かるほどに鍛えあげられたことが分かる筋肉。黒い髪を角刈りにし、太い眉毛と割れたアゴが目立つその少年――「……」――何ですか姫空さん物言いたげな目をして。
「……学生?」
「うむ、高校三年で風紀委員だ。ワシの名は
鬼瓦仁平。奴ら――『獣耳衆』を引っ捕らえるべく全力を尽くしている。」
姫空の訝しむような発言に対して、事も無げに答える鬼瓦。常日頃から留年疑惑を持たれているためか、普通に失礼な姫空の態度に怒るわけでもない。
「(イケメンじゃないわ……というか本当に高校生? 青髪の殿方とは大違いね)」
「(あー、確かにちょっと、いやかなり老けてますよね)」
「(
鏡星さんも
緋花ちゃんも、失礼ですよ)」
「はいそこ、ガールズトークはストップ。
葉原ちゃんと私に余計な負担かけないでね。」
ひそひそと話してる鏡星・焔火に対し、加賀美と葉原が注意する。
他支部から来た先輩に対してあまり失礼な態度をとるのはあまりよろしくない。
「で、鬼瓦さんは獣耳衆を捕まえるのに全力……って、あいつら神出鬼没だったような気がするんですけど」
「うむ、その通り……奴らには学区も管轄も関係はない。だがそれでもワシと部下は学園都市全域で奴らを追っているのだ。あのような迷惑テロリストは一刻も早く逮捕すべきだからな」
「まったくだ。あの超傍迷惑テロリストは可能な限り迅速に務所にぶち込んでやりてえな」
加賀美の疑問に胸を張って答える鬼瓦。クビにならないのが不思議だが、おそらく彼は基本的に(獣耳衆が絡まない限りは)優秀で人望厚い風紀委員であるためだろう。
そして神谷がその発言に同意する。以前ウサミミを装着された上にネット公開されたことを根に持っているらしい。
「それで、結局なんで俺達がその警備に選出されたんだ?」
しかし本人の意思と疑問は別のようで、神谷は続けて鬼瓦に尋ねた。こちらの面子が話をかき回したのもあるが、未だに話が進んでいない。
「ああ、それは今の……神谷だったか。お前の返事が理由だ」
「返事? ……ああ、なるほど。モチベーションか」
「うむ、その通り。何しろあいつらはやってることがやってることだからな。傍から見るとドタバタ劇でしかない。実際に被害にあっていなければ大してやる気も出ず、やる気があったとしてもあの無駄に戦闘力の高い面子に対抗できる者でなくてはならない。そのために選ばれたのが――」
「――俺ってわけか。いいぜ、乗ろうじゃねえか。先だっての罪も合わせて、あいつらまとめて務所にぶち込んでやる!」
「そうだ、そのやる気を待っていた!この腕章にかけても、あいつらから学園都市の平和を守ってみせよう!」
「一応リーダーは私なんだけどなー……あ、参加する人は集まってね。ちょっと作戦会議しましょ」
「そうだな、そうしよう。ワシらはこれまでの経験から――」
「――え、それって――――だから――」
「――――」
意気投合……とは少し異なるだろうが、ともあれ目的を同一とした彼らは対獣耳衆について作戦を練りはじめる。
そこで出た案は、かの迷惑テロリストを捕らえる助けとなるだろう――――彼らの
プライドと引き換えに。
* * *
イベント当日。テラ・ステラ入り口からすぐのイベント広場は、イベント開始を待つ多くの人々でごった返していた。もしこの中にケモミミを隠した獣耳衆が混じっていたとしても容易に発見できないであろう。
実際、彼ら――獣耳衆はいくつかのグループに分かれて人混みや建物の上などに待機していた。
黒井は司会者を襲撃し自分たちのなを高々と伝えるために据え付けられた壇の近くに潜んでいるし、ウサミミ派実働部隊の
代表コンビは人混みの中、兄妹のように仲良く話している。
その他、同じく人混みの中に
イヌミミコンビが、近隣のビル屋上に待機して上空からの視界を屋布に提供する貴常とその警報装置……もとい警戒要員の逆咲、護衛の柳谷のトリオなどがバックヤードの屋布によってグループ分けされている。
そして、据え付けられた壇上に立つ司会によってオープンイベントの開始が宣言された瞬間、彼らは現れた。
人混みの中の一部が、懐からケモミミカチューシャを取り出して自分と周囲の人間に装着する。どこからともなく現れた鳥の群れが、人々にケモミミを投下する。そしてどうやって潜んでいたものか、壇の裏から飛び出す黒井。
「フハハハハハハハゲホッ、刮目せよ!しかして喜ぶがいい!ネ――ケモミミのケモミミによるケモミミのための福音を!」
『な、いやあんた誰――い、いつの間にか頭にネコミミが!? ぐわああああああ!』
「ふ、遅すぎるな……。我が名は『黒猫』!世に名高き獣耳衆の頭領にしてネコミミの王!さあ無耳達よ、ネコ――ケモミミの洗礼を受けるがいい!」
『いやあんたさっきから欲望駄々漏れじゃないっすか』
「出たな獣耳衆……!」
「落ち着きなさい稜。あなたや姫ちゃんの能力使用は一般人の避難誘導が済んでからよ」
のっけから司会と漫才を繰り広げている黒猫、もとい黒井を睨みつつ神谷は棒を握る力を強める。ちなみにこの間、鳥羽のような切った張ったが苦手なタイプの風紀委員たちは別働隊として避難誘導を行なっている。
それを見て加賀美が諌めてはいるが、実際はそこまで心配していない。神谷は問題児と言えるが、そこまで見境のないタチではないからだ。
さらに言うなら、この状況は作戦通りである。敵が客に紛れ込んでいるのは確実、そして自分たちが紛れ込んでいるとバレているのもほぼ確実だ。
であるなら、自分たち戦闘向き風紀委員および変装警備員がやるべきことは、極限まで風紀委員・警備員であるということを隠し、あたりがケモミミだらけになって敵が油断したところを確実に突くこと。
そのための秘策も、風紀委員たちの懐や鞄の中に入っている。――反撃の時は近い。
「ふ、む――妙だな。いつもに比べて警備員共の動きが鈍い」
漫才を終え、その桁外れの運動能力を用いてケモミミを布教していた黒井は、あたりの様子を伺ってそう呟いた。
普段ならそろそろどっかの警備員だのアゴの割れた老け顔の風紀委員だのと妙に因縁深い連中が現れていてもおかしくないはずなのに、やけに彼らの動きが大人しいのだ。
「まあ、伝えてはおくか……『全員に伝達する。警備員たちの動きが妙だ。敵作戦の可能性を考慮して――』っ!?」
「見つけたぞ『黒猫』!逮捕だああああぁぁぁ!」
連絡を始めた矢先、聞き覚えのある声が届く。そちらに目をやれば、黒井の目の前には拳が迫っていた。
「があっ……!? 貴様……!」
為すすべなく殴られる黒井。無論彼の能力を持ってすれば生半な物理攻撃など屁でもないのだが、今の一撃は生半で済むものではなかった。
黒井の視界に映るのは、黒井自身と同程度の身長に鍛え上げられた肉体(以下描写省略)の男、つまりは鬼瓦である。
彼は黒井を睨みつけ、片手に黒井のパワーでさえも容易くは破れぬ特殊素材を用いた手錠を構えている。さっきはあれをメリケンサック代わりに殴ってきたようだ。
「……ふっ、誰かと思えばやはり貴様か鬼瓦よ。今頃のこのこと出てきて一体どういうつもりだ?」
「決まっている。ここでお前を逮捕するつもりだ、黒猫ぉ!」
互いに不要な前置きを交わし合う。彼らは相いれぬ思いを持つ敵同士であり、向き合ったからにはやることはひとつだ。
そして――緊張が最も高まっているこの瞬間こそ、秘策を使うとき!
「喰らえ黒猫!これこそワシらがこれまでの研究から編み出した秘策!」
「秘策だと? 馬鹿馬鹿しい。フィクションじゃあるまいしそんなものそうホイホイと……そ、それは!?」
「呆けたな黒猫、スキだらけだぞ!喰らえええぇぇぇ!!」
「しまっ、ぐわああぁぁぁ!!」
鬼瓦の秘策を目にした黒井が作ってしまった一瞬の忘我。当然その反応を予測していた鬼瓦が隙を見逃すはずもなく、彼の手錠パンチが黒井を殴り飛ばす。
その角刈りの頭には――――
――――ぴんと立つ、黒いネコミミがのっていた。
* * *
つまり、秘策とはこういうことである。
『奴ら獣耳衆は、「ケモミミ皆兄弟」なるスローガンを掲げている。また、ワシらのような敵にカチューシャを付けるとき、たとえ対処が容易な相手だろうと無力化してから行う。』
『その他諸々過去のデータから推測する限り、奴らは好むケモミミを着けた者とは戦えない、あるいはその気力が著しく削がれるということだ!』
『よってワシらがとるべき秘策は――「相手の目の前で相手の望むケモミミを付けることによる動揺作戦」だっ!』
~作戦会議での鬼瓦の台詞を抜粋~
この発言に、「ホントかよ」などとつぶやいた者が居たとか居ないとか。
ともかくこの秘策は鬼瓦の読み通り、正しく作用したといえよう。
彼ら獣耳衆はその理念とか個人的感情とかそういうアレによって、自分と同じミミを着けた相手を攻撃することは好まない。
特に黒井などの派閥長はその傾向が顕著であり、彼らにとって同じミミを着けた相手は子孫や弟妹も同様である。よって、たとえ理性がどれだけ説得しようととても全力で攻撃なんてできなくなるのだ。
※彼らの反応には個人差があります。
* * *
「おのれ、あそこまでケモミミを嫌悪していたくせに卑怯な!しかもそれ我々が販売してるケモミミではないか!」
「お前たちを逮捕するためなら、ワシらのプライドなど捨て去っても構わん!お前たちがケモミミをつけているものに攻撃し難くなるのは承知しているぞ!」
殴り合いながら――――実質鬼瓦が一方的に殴っているのだが――――言を飛ばす両者。
本来なら戦車砲の如き破壊力を持つ黒井の拳はどうしても途中で減速し、逆にその隙を狙った鬼瓦のカウンターをよけきれずに食らっている。逃げようとしても、これまでの経験を活用して絶妙に立ちまわる鬼瓦相手ではそれも容易ではない。
元々から強力な能力者である黒井と互角に渡り合える鬼瓦だ。いまのように黒井が全力を出せない状況であれば容易に戦える。
いまだ黒井が戦えているのも、身体強化のおかげでしかない。
そしてこのような状況は、広場の各地で起こっていた。
「さて、俺もあの黒いのといきたいところだが……まずはてめえからだ、ウサギ」
「テメエ……中々似合ってるぜ」
「さ、させないよ!美兎お兄ちゃんはボクが守る!」
「……はぁ、似合ってても嬉しくねえしやりづれぇ……」
「強面に童顔って、どうして私の相手って……イケメンは!イケメンはどこよ!」
「よくまあこんな下らない悪事をはたらくものね!無駄に人望のあるあの黒猫……だっけ? そいつごと捕まえてあげる!」
「ぐ、ぐるる……困ったワン」
「くっ……わんこの魅力で押してくるとは、中々やるっすね」
「……捕まえる」
「そうそう、さっさと片付けるわよー。そしたらこっそりもらえた優待チケットで遊びつくすんだから!」
「なんというか、あなた達も大変ね。でも、私たちは他の皆みたいにはいかないわよ?」
「その通り!あの憎き固……悪鬼をネコミミで浄化するまで、俺達は負けない!」
各所でケモミミを装着した風紀委員たちと獣耳衆たちが睨み合う。しかしこの状態は、風紀委員たちの側にこそ利すれど、獣耳衆側には殆ど利益がない。
時間がたち、増援が来ると困るのは獣耳衆側。タイムリミットは避難誘導が落ち着き、離れて警備しているであろう警備員たちがこの場に到着するまで――どれだけ長くても半時間にも満たない。
この短時間において、獣耳衆は風紀委員たちから逃れなければならないのだ。……いや、社会正義的には逃れないほうが良いのだが彼らが主人公ですし。
とにかく、各所で獣耳衆の逃亡戦が幕を上げたのだった。
* * *
現在明らかに不利な獣耳衆の面々、特に各派閥の長を務める者達は現在の状況について混乱しながらもある程度の把握を試みていた。
現在敵方は自分たちの派閥と同様のミミをつけ、こちらの戦意を削ぐ作戦に出ている。
逃げるだけなら不可能ではないかもしれないが、それも相手がミミをつけているとなると難しい。つい揺れ動くミミに目が寄ってしまい、相手の連携から抜け出し切れないのだ。
この状況を打破するためには、ひとえにあのケモミミが邪魔なのであり、そのために鍵となるのは――ビル屋上にいる貴常・柳谷のコンビだ。
ちなみに逆咲は早々に風紀委員の接近を感じて警告・逃走したが、貴常たちは自分の役割の重要性を知ってその場に留まっている。
彼女たちは、少なくとも今逃げるわけには行かないのだ。逃げている間に仲間が捕まれば意味が無いし、この状況に最も上手く対応できるのは彼女たちなのだから。
貴常の能力で手懐けた動物たちにケモミミを奪わせる、あるいは覆いかぶさるなどしてケモミミを隠しさえすれば、皆の逃亡もうまく行く可能性が高い。
さらに、彼女らの派閥は別派閥。いくら相手が二種類のミミをつけているからと言って他の面子ほど容易く崩されはしない。
そして何より――――彼女、
貴常野宮の座右の銘は「ミミはシッポと組み合わさる事によって完成する」。彼女にとってミミだけでは片手落ちなのだ!
ともあれ、ここまで読み切っていたのかは本人のみぞ知るが、屋布の指揮能力(?)によって最悪の事態は免れたといえよう。
しかし、ここから無事に脱出するには目の前の風紀委員……加賀美と姫空の無力化が必要だ。
加賀美の手のひらには水球が現れ、姫空はゴーグルを下ろしている。完全に戦闘態勢である。
「と、まあそういうわけで……あいつらを追っ払って皆を助けるわよ、柳谷君」
「わかりました、副頭領! ……とはいっても、あいつら……えっと、大きい方とか結構強そうですよ?」
「随分と余裕そう。私の《能力》を前にしても同じ事を言えれば良いのだけど」
「ほら、姫ちゃんにはまだ成長の余地があるわよ。私だって特別大きいわけじゃないし」
「それは関係ないし、今の私はそのような些事を気にはしない」
「拗ねてる……わけじゃないみたいね。なんていうか、若いっていいわねー」
「……あれは私に喧嘩売ってるのかしら?」
「副頭領もまだ女子高生じゃないですか、若さを気にする年齢じゃないでしょうに……。それにほら、大きさでは断然勝ってますよ!」
「それ、セクハラじゃない? 錬児に告げ口しちゃおうかしら」
「し、師匠に言うのは勘弁してくださ……ッ!?」
アホなことを喋っていた中、瞬時に緊張が走る。
加賀美の水使いの応用、手から放たれたウォーターカッターが、貴常のキツネミミを切断したのだ。
同時に放たれた光子照射によって、柳谷のネコミミもその片方を焼き切られている。
「さて、これで通信も出来ないわね。改めて言うけど、風紀委員よ。テロリスト集団獣耳衆の構成員……招き猫と狐耳。公共物破損、傷害、その他諸々の容疑で逮捕するわ」
「油断がすぎる。素直に従うなら命だけは助けてあげ……いたっ。いきなり何をするの」
「それじゃ悪役の台詞じゃない。風紀委員なんだから言葉遣いには気をつける!……さて、それで従う気に……」
加賀美の言葉が途切れる。何の気なしに目を向けた二人の様子がおかしいのだ。ぷるぷると震える彼女らからは、何やら良からぬオ―ラが漂っている。
「ふ、ふふ……私のキツネミミ…………」
「俺のネコミミ……師匠から頂いた…………」
不気味に呟く二人を見て加賀美たちがあっけにとられていると、二人はぐるんと音がなりそうな勢いで加賀美たちの方を向く。
その顔は深い怒りに彩られており、なんかもう殺気とか殺意とかそういうものが浮かんでいるかのようだ。
『ブッ飛ばす!』
彼女たちは同時に叫び、能力を行使する。加賀美たちのレベルは4、それに対して二人のレベルは3、おまけに貴常は戦闘向きの能力者ではない。
だが、そう――彼女たちには果てしない怒りが宿っている。ケモミミをたやすく破壊する邪智暴虐の徒に対する正義の怒りが。もう正直片手落ちがどうとか言ったのなんて関係なく、今この時だけ彼女たちは同胞をも手にかけ得る修羅と化した。
※一般的に、正義は風紀委員側にあります。
ともかく彼女の怒りに呼応して、周りに鳥達が集まってくる。彼らのほとんどは町中に住むカラスや雀といった小鳥だが、いつも餌をくれて優しくかまってくれる獣耳衆に対する恩義は深い。恩義を感じるのにも貴常の能力が必要だが。
「行きなさい!あの極悪非道な二人組を突き倒してあげるのよ!」
鳥達は貴常の命令に忠実に、時にはワシやフクロウのような天敵も追い払う集団戦術を開始する。モビングと呼ばれる行動で、多くの鳥達がよってたかって突き、ひっかき、飛び回るのである。殺傷力自体は高いものではないが、視界を塞ぎ、全周から襲いかかるこの攻撃から逃れるのは難しい。
能力を使おうにも、常に最大威力で放たれる姫空のレーザーでは余計な被害を出しかねず、かと言って加賀美の水使いで捕まえようにも常に入れ替わり立ち代り現れる鳥を狙うのは難しい。ウォータージェットで撃墜することは可能だろうが、考えなしにやればバラバラになった鳥の血肉を浴びるかもしれない。そして当然ながら鳥に対人用の格闘術が有効なわけもない。
この調子なら、加賀美たちが解決法を編み出すまでの数十秒から数分の時間は稼ぐことが可能だろう。
とはいえ、この鳥達がいないと他のケモミミをどうにかすることも出来ないので、早急に風紀委員たちを無力化しなければならない。
貴常は怒りを鎮め、自分に頭脳強化を発動させながら考える。
(単純な力勝負ではこちらに勝ち目はない。……ゴーグルの子ならなんとかなるかもしれないけど、もう一人……水の子は厄介ね。どちらも出力から行って推定レベル4クラス、これ以上時間を与えて対処される前に一気にやるべきね)
「(柳谷君、タイミングを合わせて電撃を打ち込んで。気絶するくらいでね)」
「(ぐぬぬ、あいつら……あっ、了解です副頭領。任せてください、全力でぶち込みます)」
「(ねえ話聞いてた? 気絶するくらいの強さでよ?)」
「(大丈夫です、任せてください!)」
「(ならいいけど、失敗したらその時は――――)」
「(はい、了解です――)」
ひそひそと会話を交わす二人。その間も鳥達に囲まれた加賀美たちからは目を離さない。
可能な限り迅速に、柳谷の準備ができた瞬間を見計らって貴常は声を上げる。
「散開!柳谷!」
「了解です!食らえネコミミの仇!」
貴常の声と同時に鳥たちが散開、解放されて一息ついた風紀委員の二人めがけて、柳谷の電撃が放たれ、音を遙か超越する速度で放たれた電撃が過たず加賀美らに向かう。
だが、彼女らが大能力者は決して伊達ではない。鳥に巻かれた時こそ風紀委員であることと無駄に動物を殺したいわけでもない心情を突かれた故に為すがままだったが今は違う。敵の行動を十中八九招き猫(仮)による攻撃だと読んでいた加賀美は、迷わず柳谷に向けて水球を放っていた。結果として空中で水球と電撃が衝突、両者とも散ってしまう。
「(ち、マズイわね。こうなったら……逃げるわよ!鳥達は皆のとこ行って助けてあげて!)」
「(了解です)」
「あ、危なかったわ……」
「助かった。私の《能力》の封印をこんなところで解き放つわけにはいかない……って、敵は?」
「……あっ」
そのころ、ビルの内部には全力で走る2つの影があった。言うまでもなく貴常と柳谷である。
「全力ダッシュよ柳谷君!一応鳥達に命令は出しといたから、それが効果を発揮するまで逃げないと!」
「了解です副頭領!でも副頭領に合わせると全力なんて出せません!」
「余計なお世話よ!ああもう、こんな無駄に高いビル選ばなければ良かったわ!セキュリティだかしらないけど時々階段が別な所に設置されてるし!馬鹿じゃないの!?」
「でも高ければ高いほど良いって言ったの副頭領ですよね?」
二人は喋りながらビル内部の階段を下りていく。下りる前に一応鳥達に命令を下したものの、今度は自分たちが逃げる番となってしまった。柳谷にしろ貴常にしろ、運動能力は優秀な風紀委員と比べて高いとは言えない。というか基本的にインドア派の上に常時和装を着こんでいる貴常の場合は低いとさえ言える。故に、そんな二人が補足されるのに大した時間はかからなかった。
「はっ、はあっ、もうちょっと、運動しなきゃね」
「そうっすね、その方が師匠も喜ぶと思うっす。いろいろ引き締ま……うわっ!」
「私は十分引き締まって……きゃあっ!?」
どれだけ逃げただろうか、いい加減貴常の疲れも目立つようになってきた。そして、自棄気味に話す二人を目掛けて見慣れた水球が放たれる。とっさに柳谷が放電によって迎撃するも、やや威力を減衰させる程度だ。結果として二人は揃って吹っ飛ばされ、踊り場の壁に強かにその体を打ち付ける事になった。
「か……はっ」
「ぐうっ……」
そこに追いつく加賀美たち。当然ながら大した疲れもなく、余裕の表情だ。当然ながら先の水球も彼女の仕業である。
「いらなく梃子摺らせてくれる。さっさと捕えてあげるから無駄な抵抗はしないほうがいい」
「だからそれは悪役の台詞だってば……でもまあ、事実よね。そろそろ観念しなさい」
対する獣耳衆の二人は、当然抵抗する気満々である。であるがしかし、未だ対抗手段は来ていない。通信できない以上いつになるかは分からないが、それまでの間は時間を稼がなければならない。
「……仕方ないわね。この子は使いたくなかったのだけれど。柳谷。作戦KKHよ」
「KKH……? ふ、副頭領、まさか師匠から預かったあの子を!?」
「ええ、この場を乗り切るにはこれしか無いわ……多分」
「あれ、今多分って言いました?」
唐突に話し始める貴常と柳谷。加賀美たちはそれを訝しんでいるが、「この場を乗り切る」との表現にはさすがに黙っていられない。
「何だかわからないけど、何か策を使う暇なんて与えると思うかしら?」
「……ええ。貴女はこの策の前に敗北するわ。そしてそれを妨害する暇も無いでしょうね」
「へえ、なら試してみましょうか!その策が使えるのか!」
即座に水球を現す加賀美。電撃による不意打ちだろうと、この場で防御することは容易だ。そして貴常本体に戦闘能力は皆無であり、鳥達もいない。万が一スタングレネードのような兵器を使われてもいいように、姫空のゴーグルには今回に限り遮光機能まで付加してきたのだ。
「という訳で、あなたが今から何をしようと――「猫よ」――え? ……えーっと、何だって?」
妙な言葉を聞いた気がするなー、と言わんばかりの表情で、加賀美が聞き返す。
「私の服の中には頭領と連絡するための猫が入っているわ」
「……はい?いや、あなた今まで散々走ったりしてたじゃない」
「副頭領が最大限に注意を払っていたんだよ。誰かさんがふっ飛ばしたせいで今はかなり弱ってるけどな」
「うえ!? いや、でもそれは……あなたたちが悪いんじゃないの!」
「ええ、そうよ。私達が悪いわ。私たちは自分たちの正義を敢行しているけど、それが理解力に乏しい世間一般にとってはテロ扱いなのも知っている。でもそんなことは関係なく、あなたたちの行いによってこの猫は弱り切ってるわよ?」
「加賀美、わ、私の《能力》だと獣を癒したりはできない……」
言い合いの結果、仲間の姫空にまでチラチラ見られる加賀美。全く悪くないのに悪いことをしたようで居心地が悪い。
「ぐぬぬ……、そ、それならその猫を渡しなさい!すぐ病院とかに連れてってあげるわよ!あと姫ちゃんは呼び捨てしない!」
「嫌よ。この子は今私を守る最後の盾なのよ?そう易易と渡せるわけがないじゃない」
「副頭領、それは流石に酷いです!」
「とんだ卑怯者。哀れな小動物を盾にするなんて、血も涙もない」
柳谷にまで非難されても全く堪えていないのか、貴常は余裕の笑みを浮かべている。そして笑ったまま、戦いの終わりを告げた。
「なんとでも言いなさい。勝者こそ正義なのよ……それに、間に合ったようだしね」
「あ、そうなんですか。良かったー」
「へ? いきなり何を……っ!? これは……!」
「か、壁が……!?」
加賀美たちの言葉が聞こえたわけでは無いだろうが、轟音とともに踊り場の壁に大きな亀裂が走る。繰り返されるたびに亀裂は広がり、ついに頑丈なはずのビル壁には大穴が空く。そしてその向こうには人影――頭部にネコミミを生やし、浅黒い長身を極限まで引き絞った筋肉で覆った、野生の獣の如き肉体が映る。そう、かなりボロボロになってはいるものの、獣耳衆頭領・
黒井錬児がそこにいた。
「……遅かったじゃない、錬児。どうしたのその顔。男前が台無しよ?」
「ししょおおお!待ちわびてましたあああ!」
「ふはははは、声やら匂いやらを辿って殴ってみたが、当たっていたようだな!顔に関してはじき治る、気にするな!……しかし、よくもまあうちの面子をやってくれたものだな」
貴常と柳谷は喜びを浮かべて黒井を迎え、黒井は高笑いで応じ、加賀美たちの方を見やる。
「ええ、もちろん。それが私達の仕事だし、あなた達のような迷惑テロリストを放って置くわけにはいかないわ」
「貴方達は自分の行いの罪深さを知る必要がある……あれ、あまり深くないような」
「いや、深さに関係なく罪は罪よ。ああもう、とにかく治安維持を担うものとしては、ここであなた達を見逃すようじゃダメなのよ!」
加賀美の言葉に、黒井はにやりと笑みを浮かべる。
「そうか、その意気やよし!……だがまあ、今回はその信念を曲げて見逃してもらうこととしよう。時間的に余裕が有るわけでもなし、この距離なら俺の方が圧倒的に有利だしな」
無類の身体能力を誇る黒井にとって、屋内での近距離戦闘は最も得意とするところである。近距離戦が得意な神谷や鬼瓦ならまだしも、この場の少女二人を沈めることくらいは可能だろう。彼女たちもそれは分かっているようで、口惜しそうにはしているが手を出そうとはしない。
「ではさらばだ!心こそ無いが、良きケモミミであったぞ風紀委員!だが次こそは我が手で正しくネコミ……ケモミミの良さを教えてくれよう!覚えておくことだな、はーっはっはっは!」
「あ、ちなみにKKHっていうのは『可愛い子猫でハートを直撃作戦』の略だ!」
「ぶっちゃけハッタリなのよー。良かったわね、かわいそうな猫は居なかったわよ?」
「ぐぬぬ……!」
「……良かった」
言い捨てながら黒井に担がれ、まとめて脱出する獣耳衆。流石にあの程度の犯罪者にレーザーやウォーターカッターを直撃させるわけにもいかず、二人は他のメンバーに連絡しつつ、ビルやら家やらの屋根を飛び移っていく後ろ姿を眺めるのであった。
「……次は絶対」
「ええ、そうね。絶対に捕まえてやるわ……でもまあ、今日は無理っぽいわねえ。皆大丈夫かしら」
「……多分」
* * *
いつものように、何処ぞの学区の何処かに存在する獣耳衆活動拠点。ここで獣耳衆の面々は今回の反省会兼
パーティをしていた。
「えー、そういうわけでだな。今回のような作戦をとられると我々は弱いということが判明した」
「だよなあ、ウサミミは卑怯だぜ。悪くはなかったけどよ」
「ごめんね美兎お兄ちゃん、ボク足手まといだったよね……」
「馬鹿いうな、ウサミ……ケモミミに足手まといなんていねえよ。あいつだってお前が居たから大分やりづらそうだったしな」
「なんというか、大変だったんですねー」
黒井の報告に対して話すウサミミ派の三人。宇佐美でも流石に剣神こと神谷の相手はきつかったようで、ところどころ傷つき、さらには自慢のウサミミも片方切り落とされたらしい。ひたすら回避に注力していてもこれなのだから、倒すのは難しかったといえるだろう。
「ま、あいつをやるなら不意打ちの一撃必殺を狙うべきだぜ。俺なら……俺も痛えが全力のタックルとかな」
「その時にはボクも手伝うからね!」
「俺の方も結構きつかったですよ教祖様。幸い砂も電撃も俺の水とは比較的相性良かったんですけど、流石に二人を抑えることは無理ですからワン」
「そうっスね。幸い運動なら吉田たちのほうが出来たんで、逃げるだけならそれなりに出来たんスけど。どっちも見づらいのが怖かったっス」
イヌミミコンビも答える。連れてきた犬を構いながらなので格好はつかないが。
駒田にしろ吉田にしろ、能力は敵より強いわけではないが運動神経に関しては極めて高い。かたや犬神の異名を持ち、かたや最多MKP保持者である。
「ミミさえなければ勝負はわからなかったワン!」
「そうっス!ミミさえなければ吉田がミミをつけてやったはずっス!」
声を上げる二人をなだめつつ、黒井はいつもの様に音頭をとる。
「うむうむ、その意気だ!我々も今回の弱点を野放しにせずいずれ潰すだろうが……まあそれは後日行うとしよう。今はとにかく、第43回ケモミミ布教作戦の成功を祝って、乾杯だ!」
『乾杯!』
* * *
一方その頃、風紀委員176支部にて。
「おのれ『黒猫』、『獣耳衆』!次こそ逮捕してやるうぅ!」
「ちっ、あのウサミミ野郎ちょこまかと……」
鬼瓦たちは、今回の件で大分荒れていた。何しろ確実なチャンスを掴み、ギリギリまで追い詰めたのである。ふたりとも怪我は殆どなく、逆に相手の受けているダメージは、逮捕目前と言える状況だったはずだった。……にも関わらず、極限まで逃げまわられたせいで意識を奪うまでにはいかなかった。肉体面で優れる獣耳衆実行部隊のしぶとさによってギリギリで逃がしてしまった口惜しさは大きい。
しかし、現在そんなことを悩んでいるのは少数派だ。なにせ相手が相手だったからか、逃したことを延々と悔やむような者より次に何とかすればいいのだと考えてる者が多い。なにしろあの連中の被害によって一番ダメージを受けるのは警備員・風紀委員である。逆に言えば守るべき人々へのダメージはミミをつけられるくらいしかない。と、これらの要因もあって彼らの過半数は気楽な様子を見せている。
「いやー、それにしても楽しかったね『テラ・ステラ』!」
「この空気でそれを言うんですか加賀美先輩。そりゃまあ、確かに楽しかったですけど」
「獣耳衆にイケメンもいなかったし、もう楽しむしかないじゃない」
「……怖かった」
「あー、あの『超地球規模・衛星探査火箭列車』だっけ?最新技術を惜しみなく使用した電磁誘導式ジェットコースター。確か……『最高時速600キロオーバー!すこしでも無重力を味わえるよう足場は無し!さあ皆、宇宙を征く感覚を味わおう! ※安全だけはしっかり確保しています』とか書いてたっけ。姫っちよく乗る気になったよねー」
「ああ、獣耳衆のサブリーダーの人美しかったなあ。恋人居るらしいけど、残念だなあ」
「
一色さん、またそんなこと言って」
「何を言ってるんだ鳥羽、男たるもの美しい女性に焦がれるのは当然だろ?」
「いやまあ大なり小なりそうでしょうけど、一色さんほどじゃないと思いますよ」
女子組男子組それぞれで最新のレジャー施設の感想など言いつつ、彼らは次こそ不届き者を捕えんと決意を新たにする。今回の相手のような馬鹿な連中ばかりとは限らない。守るべき人々を傷つけないために、彼らはまだまだ働かなければいけないのだ。
ともあれ、皆の夜は更けていく。
最終更新:2013年07月05日 22:35