ある『客人』がこう尋ねた。
「一足違いだったようだね。ファッションにうるさいという彼にこの僕の美しさをとくと堪能して貰いたかったのに!」
ある『客人』はこう応えた。
「何、この胸の高鳴りをもう少し感じていられると思えば悪くないぞ!!!」
ある『客人』は初めて会うメンバーへ思いを馳せる。
「界刺氏とは如何なる御方なのか、遂にこの眼(まなこ)に映すことが叶う・・・すっごい楽しみ!!!」
ある『客人』は運動不足から来る体力の無さを実感して愚痴を零す。
「私は裏方なんだから、体力が無くて当然当然。あぁ、早く自己紹介を終わらせて性能テストしたい~!!」
刺客(?)という名の『客人』達は喧しく、しかし心だけは長閑やかに驚愕させる機会を図る。
「ふはははは!!!『獣耳衆<ケモミミスタ>』推参!!!さぁ・・・『
シンボル』の“変人”よ!!!これより貴様にケモミミの素晴らしさを叩き込んでやろう!!!いざ参る!!!」
『獣耳衆』の頭領であり、黒猫の仮面を被っている黒井がテロ()活動開始を宣言し、両隣に並ぶ宇佐美と独楽田が戦闘体勢に入る。
僅か後れて黒井も自己の身体機能全般を強化する肉体系能力『身体強化』を発動し、標的へ特攻を仕掛ける準備に入ったのだが・・・。
「ちょいタンマ!!!んで、質問がありまーす!!!」
「「「はっ?」」」
当の標的足る界刺の問い掛けによって行動が中断される。挙手しながら質問をする様は、あたかも教師の授業に疑問を抱いた故に挙手して質問を行う生徒のようであった。
「『獣耳衆』ってあれか。人が多く集まるイベントなんかに潜入して、参加者にケモミミを装着させる迷惑行為を繰り返しているって噂の・・・」
「迷惑行為とは失礼な!!俺の目的は徹頭徹尾変わらぬ。遍く世にネコミミを広げることだ!!!」
「俺はイヌミミ!!!」
「俺はウサミミ!!!」
「俺達はケモミミの普及のために日夜奮闘している!!この学園都市に住まう者達もいずれ悟るだろう!!ケモミミが世界共通の万能機に成る素晴らしき時代が到来することを!!!」
「(いや、そんな時代は来ねぇよ)」
「(いや、そんな時代は来ないわ)」
黒井の自信満々な演説に界刺と霧流は揃って駄目出しを行う。もちろん心の中で。言葉に出すと面倒臭いことに発展することはわかり切っている。それよりも・・・
「もう1つ質問していいかよ?」
「ほぅ。何だ、言ってみろ」
「アンタのそのネコミミ・・・超絶的に似合ってなくね?」
「何っ!!?」
「ブッ!!!」
「噴出すな、銀髪女!!」
ファッションデザイナー
界刺得世としてどうしても納得がいかないことを問い質すにはいられない。噴出した霧流も同感であったそれを端的に述べるなら・・・『アンバランス』。
黒井が自分の体に『移植』した長さ10cm程のネコミミと、彼自身の体格(身長195cm、体重90kg)が超絶的に似合わないと界刺と霧流は判断したのだ。
「いやね、もっと似合うミミがあるんじゃねぇかとファッションデザイナーである俺は思うんだよ。そのミミはアンタにゃちょっと可愛過ぎる」
「(む、むぅ。確かに野宮からも『ライオンや虎といったかっこよさを追及したネコミミの方が似合うかも』と言われたことがあるが・・・)」
黒井というネコミミをこよなく愛する人間は、ネコミミを馬鹿にされるとキレるタチである。当たり前ではあるが、界刺と霧流の(黒井目線で)非常に失礼な態度にキレかけていた。
だが、話を聞くと“変人”は黒井に合うミミが他にあるのではないかと指摘しているのだ。何も、ネコミミそのものを馬鹿にしているのでは無い。
副頭領であり自身の彼女でもある貴常からも、過去に似たような指摘を受けたこともある。本人としては、このネコミミが一番のお気に入りだからこそ『移植』した自負がある。
今後も他のネコミミへ乗り換えるつもりは全く無いが、ネコミミと装着する人間との相性的観点からの参考意見として聞き入れるのは吝かでは・・・
「そ、そうか。まぁ、貴様達の意見を参考として聞き入れてもいいぞ。俺にはどんなネコミミが似合うと思う?(お前達の心の底に眠る『装着したい』ケモミミの願望をこの問いにて見極めてやろう!!)」
「(はっ!?私はそもそもケモミミなんかに興味は無いんだけど。でも、ここは話を合わせておいた方が・・・)そうねぇ、あなたに似合うのは猫よりもライオンや虎といった・・・」
「俺としては、ゴリラとかチンパンジーとかオランウータンとかかな」
「(ブッ!!何でネコじゃ無くてサル統一なの!!?)」
「嫌ってんなら百歩譲ってバッファローとか?体格的にアンタらしいと思うよ」
「(ウ・シ!!!あの男はネコミミって言ってんでしょうーが!!!何でどれもネコから外れてるの!!?あなた馬鹿!!?)」
「・・・(プルプル)・・・」
「(ほれ見なさい!!見当外れな返答が返って来たモンだから、怒りで顔が真っ赤じゃない!!!)」
無かった筈なのだが、自称ファッションデザイナー界刺得世の返答はいずれもネコとは種族の違う獣ばかりでネコミミを愛して止まない頭領として全く受け入れることができない。
一方、黒井の怒りのボルテージが急激に上昇しているのを瞬時に理解した霧流はこれ以上面倒臭い方向へ状況が流れないよう必死に声を張り上げる・・・
「ちょ、ちょっと待って!!こんな常識の知らない“変人”の言うことなんか真に受けないで、常識人である私の言葉を聞い・・・」
「ありゃ、お気に召さない?なら、ここは獣縛りを外してバッタやゴキブリとかにある触角に乗り換えてみたら?
個人的には、今のアンタのネコミミってバニーガールを連想させる長さなんだよな。だから、可愛過ぎるって思ったし。
その点、触角なら可愛いとは全く思わないしケモミミのようにピンと立ってるから風貌もそんなに変わらないと思うし一石二鳥じゃね?」
「ブッ!!!何で触角!!?1万歩譲って触角を出すのはいいとして、何で例えで挙げるのがよりにもよってバッタやゴキブリなの!!?特に後者!!!あなた、わざとやってるの!!?」
「えっ?だってアイツには・・・」
「そうよ!!あの男にはネコミミなんか似合わないわ!!!でもね、少しは話を合わそうと努力しなさいよ!!!」
「俺はファッションについてはうるさいんだ」
「あなたの語るファッションどれもおかしい!!」
が、よりにもよって“変人”がバッタやゴキブリの触角の方が似合う云々を言い出したために己の目算が瓦解する霧流。
確かに、ハタ迷惑な行為を繰り返している『獣耳衆』と“害虫”とも称されるバッタやゴキブリを結び付けることは有り得なく無いとは思うが発言する時と場合が悪過ぎる。
「ほぅ・・・つまり、貴様も本当は俺のネコミミを馬鹿にしていたと?」
「(あっ・・・しまった!!)」
「ゆ、ゆ、ゆゆ、ゆゆゆ、許さぁぁーーーん!!!!!」
結果、『黒井にネコミミは似合わない』『ネコミミより“害虫”の触角の方が良い』とされた『獣耳衆』の頭領は完全に怒ってしまった。
さすがに頭領足る者ちょっとやそっとの挑発には動じないものの、ここまで虚仮にされては憤怒のK点ならぬ沸点を完璧に超えるというものである。
「あれ?何が気に入らなかったんだろう?『獣耳衆』のケモミミと“害虫”の触角との組み合わせは通じるモンがあると思ったんだけどな。
う~ん、これが価値観の相違というヤツか。俺のファッションセンスを一般人が理解する日はまだまだ遠そうだ。残念」
「残念なのはあなたのアタマ!!!つーか、やっぱ“害虫”との組み合わせだったか!!!あなた、よくそれでファッションデザイナーを名乗れるわね!!?」
「だから、“変人”って皆に言われんのかな?今更だけど」
「そりゃそうだ!!」
収まることを知らない怒涛のツッコミをかます霧流は確信する。この“変人”に『獣耳衆』をとやかく言う筋合いは無いと。
『ケモミミが世界共通の万能機に成る素晴らしき時代が到来する』と豪語する黒井の感性とケモミミの代わりにバッタやコギブリの触角を提案する界刺のファッションセンス。
双方共に一般人に受け入れられる日が来ることは無いと。そもそも、共に『価値観の相違』というレベルをとっくの昔に超えている。
「まぁ、しゃーねーか。よしっ。んじゃ、ここは連中のケモミミから逃れるために共同戦線を張るとしようか、寿恩ちゃん?」
「何、休戦してんだゴルアァッ!!?それと、気安く私をちゃん付けで呼ぶな!!!」
「言葉が荒れてんなぁ・・・傭兵まがいのお仕事で完全に“不良”になっちゃったんだねぇ。界刺お兄さんは悲しいよ。しくしく」
「う、うるさい!!!それと、勝手に兄さん面してんじゃないわよ!!!」
「別に実の兄貴面するつもりねぇし。君、見た感じ俺より年下だよね?なら、『体操のお兄さんだよ~』的な兄貴面くらいしてもいいんじゃないかな?
さすがの俺も亡くなった兄貴の面を被るつもりは無ぇよ。俺は1人っ子だから、君が抱く兄貴への想いなんてのを本当の意味で理解することはできねぇし」
「そ、それは・・・」
「そんな俺でもわかる・・・気がするだけかもしれないけど。寿恩ちゃんは兄貴のことを・・・本当に愛してたんだな」
「・・・・・・当然じゃない(ボソッ)」
「・・・んふっ。それに“今日の敵は今日の友”って言うじゃないか。常識を知らないね、寿恩ちゃんは」
「それを言うなら“昨日の敵は今日の友”だ!!!異常なファッションセンスといい、常識から掛け離れているのはあなたでしょ!!!」
それなのに・・・自身とは価値観が全く合わない筈のこの“変人”は、それ故になのかはわからないが自分の心へズカズカと無遠慮に踏み込んで来ている気がする。
いや、違う。他の誰でも無い、
霧流寿恩自身が踏み込ませてしまっている。“変人”らしいわけのわからない御託を並べられて自分が混乱してるせいだろうか。
「(あれ?このやり取りって・・・)」
何時・・・何時のことだったろうか・・・こんなやり取りを誰かとしたような気がして仕方が無い。故に、銀髪の少女は束の間だけ記憶の海へ飛び込み・・・
『兄さん。あんまり悪いことばっかりやってると、何時か大事になっちゃうよ?』
『うるせぇな~。レベルの高い奴等からどれだけ上手くカツアゲできるかを競い合うってのが俺のようなスキルアウトの常識なんだよ。わかったか、寿恩?』
『そんな非常識、別に全然褒められることじゃ無いよね~。チンピラみたいな兄さんって・・・カッコワル♪』
『うるせぇ~。このっ!』
『アハハ!痛い痛い~』
今となっては遠き日の出来事・・・カツアゲの仕方で一々誇っていた頃の“不良”な兄と妹のやり取りが現在の“不良”界刺とのやり取りと重なり・・・
『何て・・・何て馬鹿なことをやってるのよ・・・!!!そんなことしたらヤバいことになるってわかってたでしょうが!!!!この馬鹿兄貴!!!!!』
兄が犯して来た数々の罪を、当の兄が犯そうとした犯行―凶器を伴った強姦未遂―の末に逆襲された挙句殺されたことで知った過去の妹の哀しき慟哭が、
現在の―因縁とは『関係無い』人間を襲う・・・すなわち兄と同じ立場に立つ妹―霧流の鼓膜を震わせた気がした。
「(私・・・私ったら、何で兄さんと“変人”を重ねてるの!!?何で、あの時の言葉が私を『襲う』の!!?わけわかん・・・)」
「(ジ~)」
「何よ?」
「『壊れた私に常識を期待する方がおかしいわよ』って言ってた君が常識を語るんだなぁって思っただけ」
「ッッ!!!な、何を言ってるのかしら!?私は壊れてるの!!壊れてるんだから常識を期待するなんてちゃんちゃらおかし・・・」
「なら、君も非常識なあの連中と同類?ほら、見てみなよ。大の男がケモミミや尻尾をピコピコフリフリさせてる様子をさ」
「許さん!許さん!!許さん!!!あの男だけはこの手でネコミミを装着させなければ俺の気が済まん!!!(ピコピコ)」
「教祖様!!落ち着いてワン!!あんな“変人”の言葉なんか無視すればいいワン!!!(フリフリ)」
「そりゃ無ぇぜ、錬児!!今回は俺だって言ってんだろ!!!(フワフワ)」
「・・・・・・(プイ!)」
「全力で目を逸らしてんじゃ無ぇよ」
本当はちゃんとした常識を持つ―現在は無視しているだけ―霧流は、非常識を謳いながらも『獣耳衆』と同類にされることだけは頑なに拒否する。
同じ非常識でもあの連中と同類とだけは見做されたく無い。大の男か尻尾を振ったりケモミミを揺らしたりする様は奇妙を通り越して気味が悪いのだ。
「こうなれば、湧き上がる憤怒を怒りの咆哮として見舞ってくれる!!!奴等の能力行使を阻害するためにもな!!!」
<ちょ、ちょっと錬児!!ここでやったら、警備員達に勘付かれる可能性が・・・>
「ネコミミを侮辱した者は何人たりとも許さん!!!例え警備員達に勘付かれたとしても、その前にあの“変人”へケモミミを装着してしまえばいいのだ!!
今の奴なら俺の怒りの咆哮は“防げない”からな!!『身体強化』で即刻ケリを着けてやる!!美兎!!今回は早い者勝ちでいいな!!?」
「・・・へっ。ようは、何時も通りってヤツだな!!上等!!」
「教祖様お得意の・・・これはヤバいワン!!」
他方、ネコミミを侮辱された怒りが収まらない黒井は、貴常の忠告を無視した上で標的足る“変人”へ有効な攻撃を仕掛けるべく大きく息を吸う。
頭領の傍に居る宇佐美と独楽田は黒井が『身体強化』によって初めて実現し得る先制攻撃が放たれることを察知し、『耳を栓で塞いだ』。
「(耳を塞いだってことは・・・!!!)」
「(まさか!!!)」
数瞬遅れて『獣耳衆』それぞれの行動の意味を今まで培って来た戦闘経験から悟った碧髪の少年と銀髪の少女だったが、遅れた以上先手を打ったのはやはり頭領足る黒井の方。
両手を口に添えた上で『身体強化』によって己が心肺機能を高めに高めた状態で放つ咆哮という名の呼気が、宣戦布告として吐き出された。
「――――――――!!!!!!!」
ある『客人』が信望する“神”へこう尋ねた。
「向こうの方から、何やらけたたましい音が聞こえますわ!!」
ある『客人』は、確信をもってこう応える。
「・・・俺の勘が言っている!!あそこに界刺が居ると!!行くぞ!!!」
ある『客人』は小柄な体型とは裏腹と言っていい男勝りな性格そのままな大声を張り上げる。
「おおお!!!界刺よ、待ってろよおおおおぉぉぉ!!!!!」
ある『客人』は日除けにもなっている傘を握り締めながら溜息を吐く。
「はぁ・・・アイツの勘は当てになんのかねぇ」
ある『客人』は遥か遠き未来を見ているかのような視線を己の拳へ向ける。
「さて、界刺得世とやらは私達に共通する『真の目的』を忘却しているのかしていないのか・・・確かめねばなるまい!!」
刺客(?)という名の『客人』達は騒々しく、しかしざわつき始めた心を何とか宥めながら時が満ちるのを待たずに疾走する。
「(音響攻、撃・・・くそっ!左腕が使えりゃ!!)」
黒井の咆哮を受けて苦痛に苛まれる界刺は【叛乱】にて重傷を負った左腕を見やりながら歯噛みする。
片腕を使えない以上、音響系攻撃を防ぐことはできない。わかっていたことだが、いざ直面するとどうしても歯噛みする気持ちを抑えられない。
付近に居る霧流はどうにか手で耳を塞ぐことに成功したようだが、あれだけの大音量を完全に防げたかどうかは定かでは無い
「とうっ!!!」
先手を打たれた標的の動きが鈍っているチャンスを逃すまいと黒井は3階建ての建物の屋上から飛び降りる。
常人なら自殺とも捉えられかねない“黒猫”の行動だが、肉体強化系能力を有する彼にとっては至って普通の行動である。
ドォン!!!
着地と同時に発生する轟音。僅か陥没した地面。獲物をこの手で狩らんとする獰猛な瞳。全てが、標的に危機感を募らせるに足る代物。
界刺と霧流は眼前で起きた一連の流れから、『獣耳衆』の頭領が肉体系能力者であると推測した。
「“変人”!!覚悟!!!」
“黒猫”の手にはネコミミカチューシャが握られている。肉体強化系能力をフル活用し、速攻で界刺へネコミミを装着させるつもりなのは明白。
だが、界刺を標的に強襲を仕掛けたのは『獣耳衆』だけでは無い。むしろ、先客である銀髪の少女は黒井の行動そのものに腹立たしさを覚えた。
「邪魔すんじゃ無いわよ!!」
「ぬっ!!?」
今まさに特攻を仕掛けようとしていた黒井の皮膚や服の表面に多量の水粒が発生し、次いで氷漬けにすることで身動きを封じる。
水分子限定で三態変化を自在に操る霧流は、黒井に後れを取るなと言わんばかりに飛び降りて来るウサギミミ―及びウサギミミの後背にしがみ付くイヌミミ―達へ視線を向ける。
パキン!!!
「しゃらくさいわ、銀髪!!!」
「なっ!!?」
油断。“黒猫”の咆哮による演算の乱れが少々あったため、動きを封じた黒井より飛び降りて来た宇佐美と独楽田へ集中したため、何より『身体強化』行使中における“黒猫”の実力を霧流は見誤った。
体に纏わり付く氷を力尽くで粉砕し、今度こそ標的へ特攻を仕掛ける黒井。ロスした時間は数秒のみ。だが、この数秒が“変人”にとって救いとなる。
「(猫にはマタタビ、『獣耳衆』にはケモミミってな!!)」
「うおっ!!良いネコミミ!!!」
何とか持ち直した『光学装飾』によって自分から離れた位置にネコミミの幻影を生み出し、黒井の気をそちらへ逸らした界刺は逃走に掛かる。
ネコミミ大好き、ネコミミグッズマニアでもある黒井だからこそ引っ掛かった罠。その姿はマタタビにじゃれ付く猫そのものである。
「教祖様!!お気を確かに・・・」
「よしっ!!錬児がモタついてる間に、俺が“変人”の頭にウサミミを!!」
「えええぇぇっ!!?こういう時は仲間を助けに行くのが普通じゃないかワン!?」
「早い者勝ちって吠えたのは錬児だぜ!?そんじゃ、あの銀髪はお前が何とかしろよ!?じゃぁな!!」
ネコミミ派閥長が敵の罠に引っ掛かっているのをこれ幸いとし、ウサミミ派閥長
宇佐美美兎は霧流の相手を独楽田に任せ“変人”の後を追い掛ける。
『獣耳衆』のテロ()活動において、どのケモミミを一番多く装着させられるかというのを競い合うことが多い。それが、各派閥のステータスにもなるからだ。
この競い合いで『数の多さ』と同じくらい競われるのが『早さ』である。特に、標的が限定される場合はいの一番に装着させた派閥が賞賛を集めるのだ。
「ま、待ちなさ・・・」
「ワ、ワン!!お前の相手は俺だワン!!」
「逃げられた・・・か。・・・あなた、氷漬けになりたい?それとも水流の圧で潰されたい?」
「(ど、どっちも嫌だああああぁぁぁっっ!!!)」
宇佐美の行く手を阻もうとした霧流だったが、独楽田の声に気が散ったのと『脚力強化』を発動した宇佐美の猛スピードに虚を突かれたために取り逃がしてしまった。
一応水蒸気によって後を追えるが、その前に自分の行動を邪魔し、今後も邪魔するであろう犬っころを何とかしなければならない。
敵では無い者には容赦もする霧流だが、敵となる者に対しては容赦をする必要は無い。
「はぁ・・・。だったら、大人しく小屋に戻ってなさい。私はあなたと無駄口を叩いている時間さえ惜しいの」
「(この女は俺以上の水流操作系。まともに戦ったら勝ち目は薄い。なら、俺が採るべき選択肢は1つ!!)」
とは言え、どう見ても自分にビビっている独楽田を眺めていると今ひとつ戦闘意欲が削がれてしまうのも正直な所である。
もしさっさと引き下がってくれるなら、こちらとしても無駄な戦闘を避けられる。そもそも、自分の標的はあの“変人なのだ。
故に、霧流は脅しに見せかけた降参をイヌミミ派閥長に突きつけたのだが・・・
「お、お前にはイヌミミが似合ってると思うワン!!お前なら、すぐにでもイヌミミ派閥のNo.2になれるワン!!」
「私はイヌミミなんかに興味を抱かない・・・」
「だ、だったら教祖様のようなネコミミは!?女の子にネコミミは萌えポイントが高いワン!!いや、どんなケモミミでも萌えポイントがあるワン!!」
「ネコミミにも興味無いし・・・」
「じゃ、じゃあキツネミミは・・・」
「キツネミミ?何それ?そんなのがあるの?でも、どうでもいいというか・・・」
独楽田の必死の勧誘作戦によってどんどん変な方向へ話がズレて行く。戦闘になれば独楽田が不利になる可能性はすこぶる高い。
なら、戦闘以外の手段で目の前の銀髪少女を足止めする。界刺の話にツッコミを入れまくっていた霧流の姿を見て思い付いた作戦でもあるのだが、滑り出しは中々に好調のようだ。
<こまださん。ゾウミミもお願いしますね~>
「こ、こうなったらゾウミミを試してみるというのはどうだワン!!?アフリカ象にアジア象、何でもいいワンよ!?」
「ゾウミミ!?ゾウミミに萌えなんてあるの!?」
「そりゃある・・・・・・・のかワン?」
「勧誘してる人間が疑問を持つな!!」
「常識という壁を打ち壊して新たな世界の扉を開いてみるワン!!」
「嫌よ、そんな非常識な世界!!!」
実は、足止めのための場当たり的作戦では無く今回の勧誘で霧流にもケモミミの素晴らしさに目覚めて欲しいと心底願っているイヌミミ派閥長は懸命に勧誘を続ける。
『ケモミミが世界共通の万能機に成る素晴らしき時代が到来する』と豪語した頭領の言葉を彼は本気で信じている故に・・・なのだが、
そんな彼でも未だに屋布が推すゾウミミの萌えポイントが理解できないあたりまだまだケモミミ愛が足りていないようである。
「ハァ、ハァ」
影に覆われている路地を駆ける碧髪の少年は、荒々しい呼吸を繰り返しながら自身の置かれた状況の整理に努める。
「(さっきから、上空や水道管の上なんかに動物が群がってやがる!!しかも、首下にはカメラや発信機のようなモンが付いてんな!!動物へ作用する能力を持つ奴が居るのか!?)」
置かれた状況とは、上空や建物の屋上に集まるカラスの群れや水道管や屋根の上に群がる猫による“監視”。
小動物に分類される生物達が、首下に小型カメラやレーダー発信機らしき機材を身に付けながら界刺の進む先に何匹も屯っているのだ。
「(カメラに関しては『光学装飾』でどうとでもできるが、レーダー発信機はどうにもなんなぇな。チッ・・・<ダークナイト>がありゃ何とかできるのによ!!)」
『光学装飾』が及ばない領域である電波レーダーに対する要でもあった<ダークナイト>の破損が、この状況下で界刺を苦しめる。
殺人鬼との戦いに生き残るために仕方無かったとはいえ、<ダークナイト>が手元に無いために起こる不利は確かに存在する。それが今の状況だ。
「(まぁ、走るしか移動手段が無い俺がここで動物を避けて動くのは愚策だよな。敵さんの戦略は、逃げ道をわざと残した上で俺をそこへ誘導するって所だろ。
ご丁寧に、警備員の警戒区域から離れてる路地程動物が少ない。わかりやす過ぎるだろ。んふっ)」
<えへへ~。“変人”さんってかしひまさんを思い出す行動をするんですよねぇ。だったら、普通の追い込みは見破られる可能性が高い。なので、“わざと”わかりやすい配置を採ります>
『シンボル』の策士と『獣耳衆』の策士の読み合いが熾烈さを増す。共通するのは、かの『軍隊蟻』の“指揮官”
樫閑恋嬢の存在。
彼女の影響を受けた者同士である界刺と屋布。互いに高度な先読み能力を有する者達の勝敗を分けるのは・・・
「(『獣耳衆』って噂通り変わった連中の集まりだな。しかも、脳筋が多いって印象。能力そのものはヤバそうだが、あのトップからして頭脳戦には根本的に向いて無ぇ)」
<くろいさんの行動で、図らずもあの“変人”には僕達が頭脳戦には向いていないという先入観を与えられていると思います>
植え付けられた“先入観”と・・・
「(いざとなりゃ光で動物は蹴散らせる。寿恩ちゃんのことは気掛かりだけど、ここは追っ手が来る前に一旦退散・・・)」
<“変人”はきじょうさんの『頭脳強化』によって知能を向上させた監視係の動物達を能力で何時でも追い払えると考えている筈。
追い払わないのは動物達をできるなら傷付けたくないから。そして、追い払っても追い払わなくても場所が知られるから。
つまり、“変人”が不利な状況は全く変わっていない。それなら、こちらの有利を活かしつつ肉体強化系能力を持つ2人の連携で仕留められる。ですので・・・>
有する“戦力”の活かし方である。
<くろいさん。うさみさん。短期決戦です。恨みっこ無しでお願いします>
「「おおよ!!!」」
「ッッ!!!」
屋布の号令を受けた黒井と宇佐美が全速力で特攻する。『身体強化』によって人間を超越した身体能力を得た黒井と『脚力強化』と四足走法を組み合わせた宇佐美は、
共に時速200km近い速度を叩き出しながらビルからビルへと飛び移る。界刺と霧流の間に割って入ったあの時も彼等はビルからビルへの移動によって、
複雑に入り組む路地を進まないという大幅なショートカットを実現していた。
<錬児。宇佐美。今から電波レーダーによる索敵情報を仮面へ送るわ。光学映像じゃ無いから戸惑うかもしれないけど、何とか適応しなさい>
副頭領からの合図と共に、2人の仮面にある『目』の部分にシャッターのようなモノが降りる。これによって黒井と宇佐美は外からの映像を取得することができなくなったものの、
即座に映った電波レーダー映像によって周囲の状況を確認する。光学系能力を有する“変人”への対策を怠らない『獣耳衆』は、趣味趣向はさておいて決して馬鹿な集団では無い。
「錬児!!行くぞ!!」
「あぁ!!」
“変人”を眼下に捉え、黒井と宇佐美が声を揃える。制止を振り切って咆哮を放った挙句ネコミミの幻影に引っ掛かった黒井は貴常に、
速攻でケリを着けようとした宇佐美は屋布にそれぞれ指示を受けていた。近くに警備員がウロついている以上迅速且つ確実な狩りが通常以上に求められる今回の活動において、
認められる独断の限界を超えたと判断した後方支援組の指示に渋々納得した2人は、せめて活動の成功でもって自分達の力を示そうと躍起になっている。
「(なんつー速度!!!しかも、あの高さから飛び降りても平気なのかよ!!!)」
他方、上空から飛び降りて来た黒井と宇佐美を認識した界刺は2人の仮面の『目』が光を遮っていることを見抜き、屯っている動物と合わせて刺客達に光学偽装が通じないことを悟る。
何処まで肉体強化が及ぶか未だに判明していない故に、“通常”の赤外線加熱が黒井達に通じる保障も無い。
「(【雪華紋様】と【千花紋様】は対人相手には『使わねぇ』!!どうする!?)」
残る目ぼしい手段はレーザー能力である【雪華紋様】と赤外線加熱炉化能力である【千花紋様】だが、有する性質的に対人相手にはまず使わない。
使うとしたら『本気』の時だけ。あの殺人鬼を相手にしたように、『殺す』気で戦闘する時でしか使用しない。
そんな碧髪の少年の逡巡を、しかしケモミミの刺客達は全く気にせず唯々“変人”の頭にケモミミカチューシャを装着させることしか頭に無い。
「(どうす・・・・・・寿恩ちゃん!!?)」
<錬児!!宇佐美!!独楽田から緊急連絡!!あの銀髪が物凄い速度でそっちへ・・・>
「あのしゃらくさい銀髪が!!?」
「あれは・・・水の竜巻!!?」
対抗策を考えていた界刺は『光学装飾』で、降下中の黒井達はケモミミから聞こえる副頭領の声でそれぞれ認識する。
カラスや猫が一目散に退避していく中を行進する水の竜巻が、猛烈な速度でもって“変人”と『獣耳衆』の戦場へ迷い無く突入した。
「失せろ!!!」
「教祖様!!!」
竜巻の半分が水の槍として降下して来る黒井と宇佐美目掛けて放たれる。全身を強化できる黒井はともかく、宇佐美は下半身限定の肉体強化系能力者である。
上半身を狙われれば一溜まりも無い。降下中故に身動きの取れない2人・・・彼等を救ったのは霧流と同じく水流を操作して移動して来た独楽田の『水流操作』。
能力的に劣るとは言え、自分なりに必死に磨いて来たイヌミミ派閥長が狙うのは唯1点。水槍の突貫速度の減少のみである。
「「ハアアアァァァッッ!!!」」
独楽田の干渉によって速度の落ちた水槍を黒井は拳で、宇佐美は脚でもって迎え撃つ。全力を出せば戦車砲並みのパンチを放てる黒井と、
著しく肥大化した筋肉を纏う脚から繰り出される蹴りが次々に水槍を破壊して行く。更に状態変化による冷凍化にも備える2人だったが、銀髪の少女は水槍以外を仕向けて来ない。
「ここで・・・くたばれ、“変人”!!!」
「寿恩ちゃん!!?」
仕向ける先は標的足る界刺。竜巻の残り半分を巨大な氷塊とし、碧髪の少年を押し潰しに掛かる霧流。
限界操作範囲ギリギリだった最初とは違い、この距離なら“変人”の加熱攻撃を受けても固体状態を保って見せる自信を抱く銀髪の少女。
「(これ、で・・・いいんだ!!これが『今』の私なんだから!!)」
竜巻と共に移動して来たせいか顔に幾粒の水滴が付着している霧流。その姿が、まるで泣いているかのように界刺には見えた。
しかし、銀髪の少女は止まらない。過去から『襲って来る』声も、抱く罪悪感も押し殺して・・・霧流寿恩は遂に巨大な氷塊を標的へ向けて放ち、界刺得世は迫る氷塊に圧殺され・・・
「すっごい炎壁扇風<ファイア・ブラスト>!!!!!」
ることは無かった。何故なら、変な掛け声と共に飛来した3000度にも上る超高温の炎の壁が氷塊を瞬く間に溶かしたからだ。
「ッッ!!!ここはマズい!!!」
炎の壁から放たれる輻射熱は『光学装飾』によって防げるものの、炎によって熱された空気そのものは防げない界刺はすぐさまその場から離れた。
殺しに掛かった霧流も降下した黒井達『獣耳衆』も事態の変化に付いていけていない現状を利用し、何とか距離を取ろうと足がもつれながらも動く碧髪の少年の視線の先には・・・
「あれが、かの『シンボル』のリーダーですか?随分と服装が乱れているようで・・・髪も同様に。フフッ、全くもって美しく無い。僕の方が断然美形でイケメンだよ」
「能面被ってちゃ美形もイケメンもさっぱりわかんないと思うんだけど。あぁ、暑い暑い。早く工場(ラボ)へ帰って『実は日本刀になるスマホ』の開発を・・・」
「目の前の光景を見て美形だの開発だのを口から漏らせるお前等の胆力ってやっぱすげぇな」
能面を被った少年―
苑辺肇(そのべ はじめ)―へ花がらのワンピースに、軍手と安全靴を身に付けた少女―
鉄こころ(くろがね―)―が至極当然のツッコミを入れ、
2人の間に挟まれた古株らしく新入りと比較的新入りが織り成す会話に常識人らしい感想を述べる仲場が・・・
「ゲコ太様!!ワタクシ達の仲間へ危害を加えようとしているあの者達へ、ミンチにしてやんよ!!的な手法を取っても構いませんでしょうか!!?」
「落ち着くでござる、ピョン子!!とりあえずは、界刺殿から事情を・・・」
「おおお!!ピョン子!!やるならアタシも手伝うぜ!!喰らえ、エアロマシ・・・」
「落ち着けって、山蕗!!(や、山蕗に触っちまったー!!うおおおおぉぉっっ!!!)」
ピョン子のマスクを被っている以外は、どうしてか【叛乱】を経て“ヒーロー”になったあの風紀委員を思い出す格好をしている少女(?)―
ピョン子マスク―を、
古株でありゲコ太のマスクを被る
ゲコ太マスクが羽交い絞めによってどうにかこうにか取り押さえ、
少しチャラチャラした雰囲気を醸し出しているのにも関わらず男勝りな性格よろしく果敢にも敵へ向かおうとした少女―
山蕗撫子(やまぶき なでしこ)―を、
毛先を白に染めている程度の黒髪にサングラスやマスクを顔へ装着する少年―
綿杜篭則(わたもり このり)―が同じく羽交い絞めにして取り押さえる姿が・・・
「この混沌(カオス)な事態・・・フッ、これは私の正義(ジャスティス)の出番だな。共に行こう、扇堂。正義フォーム発動!!」
「寄ってたかって界刺氏を苛めるとは・・・何たる悪辣!!控えろ、控えろー!この紋所が目に入らぬかー!」
虹色に染め上げられたキノコヘアーと、銀色のラメが散りばめられたジャージが特徴的な少年―
未来守護者(タイムキーパー)―が髪と同じ色のサングラスをキラリと輝かせ、
燃え上がる炎のような色が際立つくりんくりんのドリルツインテ少女―
扇堂焔(せんどう ほむら)―が某時代劇ドラマにほぼ毎回出て来るあの紋所を見せ付ける姿が・・・
「そこな銀髪少女よ!!界刺にどんな恨み辛みがあるのかは知らんが、奴の仲間としてこれ以上の狼藉は許せんな!!!後ろの者共!!!お前達もだ!!!」
「・・・・・・・・・な、仲間?ま、まさか『シンボル』!?い、いや。『シンボル』はこんな大所帯じゃ無かった筈。あなた達は一体・・・!!?」
「きょ、教祖様!!」
「錬児!!話が違うじゃねぇかよ!!」
「・・・野宮?」
<私だって、あの“変人”にこんな仲間が居るなんて初めて知ったわ!というか、逆咲!!報告遅い!!>
<だって、警備員中心に観察してましたしぃー!!それに、あの銀髪の接近やなんやで私の報告を後回しにしたのって・・・>
<えへへ~。これは予想外の展開だなぁ・・・・・・本当に>
そして、絶賛混乱中の霧流及び『獣耳衆』の視線を一身に集める長身の男の姿があった。界刺もよく知る黒いコートに包まれし少年・・・啄鴉は霧流の疑問に応えるべく、
腰に差していた剣(模造品)を抜き放ち、遂に仲間が全員揃った高揚感も相俟って自分達を称するあの名前を声高に宣言する。
「その瞳に確と映せ!!その耳に強く刻め!!俺達は風紀委員や警備員の目の届かない所で虐げられている者達を救う12人の正義の勇者達・・・
【叛乱】を契機とし、弱者を救い悪を刈り取る我が“剣”が放つ暗黒闘気(オーラ)の下に集った歴戦の強者達・・・その名も
十二人委員会だ!!!ハーハッハッハ!!!!!」
銀髪の少女達―この中には十二人委員会の一員である界刺も含まれる―が目を白黒させている中、十二人委員会のリーダーが放つ高笑いは留まることを知らない。
穏健派救済委員の中で啄鴉を中心として結成した非公認グループ・・・刺客(?)足る十二人委員会の標的は・・・・・・
【『
ブラックウィザード』の叛乱】にて啄達と共に戦った『シンボル』のリーダー界刺得世の首・・・では無く、『【叛乱】を切欠に十二人委員会のメンバーが遂に出揃ったと界刺得世に教えて驚愕させること』。
【叛乱】が齎した余りにも意外な展開、予想だにしなかった『客人』の襲撃に啄へ問いを投げ掛けた霧流は相次ぐ妨害によって混乱する頭を抱えながら心中で盛大に叫んだ。
「(何か、面倒臭そうな連中キタアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!)」
continue…?
最終更新:2014年01月24日 19:28