ある集団の先頭を歩く『客人』が脳裏に思い浮かんだ言葉を演歌に似せて歌う。
「火種、火種、火種を探せ♪」
楽しそうに、何処までも楽しそうに『客人』は唄う。この世に生まれ出でた己が『生』を謳歌するように。
「探して見付けて鞴で吹かせ♪」
後方から聞こえて来る煩くも賑やかな声をBGMにしながら、『客人』は目的地で為される宴に思いを馳せながら詠い続ける。
「送れ、送れ、火種を絶やすな♪焼いて、燃やして、大火を目指せ♪」
その姿からは威厳など微塵も感じることはできず、イタズラ好きのガキ大将がそのまま大きくなったかのような印象さえ受ける。
それでも機微に聡い者からは只者では無いと受け止められてしまう理由は、醸し出す雰囲気に潜む陶然足る酔狂さ故か。
「そ~れが漢の『祭り』ってモンだ♪ワッショイ♪ワッショイ♪・・・ハハハハハ!!!いくぜ、野郎共!!『祭り』の会場はあそこだ!!!」
“変人”では無く“酔狂人”と称される『客人』は、誰も彼をも巻き込んで今日もまた多種多様な『祭り』の火種を探し続ける。
「その瞳に確と映せ!!その耳に強く刻め!!俺達は風紀委員や警備員の目の届かない所で虐げられている者達を救う12人の正義の勇者達・・・
【叛乱】を契機とし、弱者を救い悪を刈り取る我が“剣”が放つ暗黒闘気(オーラ)の下に集った歴戦の強者達・・・その名も
十二人委員会だ!!!ハーハッハッハ!!!!!」
界刺と霧流、そして『獣耳衆』の面々が目を白黒させる中啄鴉は遂にメンバーが出揃った非公認グループ十二人委員会をお披露目する。
【叛乱】前までは半数以上が存在しなかった組織は、しかしこの数日間で急速にメンバーを集うことに成功した。
「十二人委員会のメンバーが・・・出揃った?」
「驚愕したか、界刺よ!?驚愕したな!?ハーハッハッハ!!!皆、俺達の目標は今ここに成就したぞ!!!」
「「「「「オオオオオオオオォォォォッッッ!!!!!」」」」」
驚愕に顔を染めている界刺を上機嫌に眺める啄の歓喜の声に、ゲコ太、ピョン子、
未来守護者、山蕗、扇堂が呼応する。
彼等は十二人委員会の中でも比較的啄の言動に対するノリが良いタイプの人間である。よって、呼応する声の大きさも啄に負けていない。
「ちょ、ちょっと待てよ!鴉、俺は全然聞いちゃいないぜ?」
「当然だ。お前を驚かせるために内緒にしていたからな。朱花嬢の見舞いが終わった後に皆を病院へ集めてお前の病室へ向かったというのに・・・探し出すのに苦労したぞ」
「はいはーい!!あなたが啄氏が十二人委員会のエースとして認められた界刺氏ですよね!?」
「う、うおっ!?」
「私は
扇堂焔と言います!お会いできてすっごい光栄です!!」
自分に内緒で十二人委員会のメンバー集めが行われていたことに不平を漏らす界刺の手を両手で包み込んだのは、ドリルツインテが特徴の扇堂。
焦げ茶の瞳が爛々と輝いている彼女のテンションに少し押されながらも、彼女の『すっごい』という言葉から自分の危機を救ったのがこの扇堂であることを悟った少年はすぐに礼を言う。
「せ、扇堂ちゃんね。さっきは助けてくれてどうもありがとう。助かった」
「何のこれしき!あっ、私のことは呼び捨てでも渾名でも何でも呼んで下さってすっごい構いませんよ。“扇堂”でも“焔”でも“ホムラっち”でも“ホムホム”でも!!」
「な、何か後の方の渾名は妙に他の奴と被りそうな語感だからとりあえずは扇堂ちゃんで」
「すっごい了解しました!!」
「その『すっごい』は癖か何か?」
「当初は必殺技を放つ際だけだったんですけど、啄氏から『お前の「すっごい」に勇気を貰える』との言葉を貰ったんで最近はすっごく言うようになりました!!」
「(『最近』・・・?まるで、前から鴉と知り合ってた風に聞こえるな)」
今や十二人委員会のムードメーカーと称してもいい扇堂の勢いに面喰らいながら、界刺は彼女の言葉から妙な違和感を感じ取る。
その違和感に思考を働かせようとする碧髪の少年だが、そこへ次の『客人』2人が突っ込んで来る。
「界刺様!!」
「よぉ、界刺!!」
「ぬおっ!!?き、君達は・・・!?」
「お初にお目に掛かります。
ゲコ太マスク様が妹分、
ピョン子マスクですわ!」
「アタシは
山蕗撫子!よろしくな!!」
「(ゲコ太の妹分!?これまた何て物好き・・・つーか、ヒバンナを思い出す格好だな。それと、山蕗って娘・・・どう見ても俺より年下だよな?
年上や年下とかあんま気にしないタチだけど、ピョン子や昼頃に会ったつつじ髪の女の子の後だとすっごい馴れ馴れしく感じる・・・ハッ!これが破輩が感じてる感覚か!?)」
深々と頭を下げながら自己紹介を行うピョン子と年下でありながら界刺の肩に手を置きつつ上から目線で挨拶を行う山蕗の正反対な行動に複雑な感情を抱く界刺。
その感情に思考を働かせようとする碧髪の少年だが、そこへ新たな『客人』2人が突っ込んで来る。
「山蕗に馴れ馴れしく触られてんじゃ無ぇよ!」
「見るに堪えない乱れた髪だ・・・仕方無い。ここは僕が一肌脱ぐか!」
「うぬおっ!?お、お前等は・・・」
「・・・
綿杜篭則だ。フン・・・俺の嫌いな啄のお気に入りってんだから、どうぜロクでもねぇんだろうが」
「(んじゃ、何でお前は十二人委員会に入ってんだ!?)」
「動かないでくれよ、界刺君?十二人委員会一の美形、この
苑辺肇自ら君の髪を整えてあげるんだから。全く、素材は良いのだから・・・(ブツブツ)」
「(そんでもって、何でお前はこの状況下で俺の髪を櫛で整えてんだ!?マイペースだな、おい!!)」
山蕗を碧髪の少年から引き離しつつ侮蔑を込めた視線を向ける綿杜と能面を身に付けながら他人の髪を勝手に整える苑辺のマイペース振りに困惑を隠せない界刺。
その疑問に思考を働かせようとする碧髪の少年だが、そこへ今まで傍観していた『客人』2人が突っ込んで来る。
「久し振り・・・というには間隔は空いてないですね。元気してますか、得世っち?」
「まぁ、何とか。こころちゃんも元気?『外』はどうだった?」
「はい、元気ハツラツです!そして、『外』はすごく新鮮でし・・・」
「君が
界刺得世か?」
「おわっ!?ア、アンタは・・・」
「私の名前は未来守護者!遙か未来(フューチャー)の彼方から、罪無き人々を守るためにやって来たのだ!」
「ハ、ハァ・・・(な、何かコイツからは鴉と同じ匂いがプンプンする!!)」
「お前は我々十二人委員会の各員が有している筈の『真の目的』を記憶(リメンバー)しているか!?どうなのだ!?」
「『真の目的』!?何だそれ!?」
「・・・フゥ。やはり記憶してないか。まぁ、他のメンバーも同じなのだから驚愕(サプライズ)では無い。
いずれは、記憶凍結(マインドロック)が解除されて皆本来の使命(ミッション)を思い出すだろう」
「(何で一々横文字が入るんだ!?普通に日本語でいいじゃん!!)」
「ま~た始まった。ねぇ、未来守護者?あなたは未来から来たって言うけど、どうやって未来に帰るつもりなの?時空を移動する方法でもあったりするの?」
「どうやって未来に帰るのかって?フッ・・・見給え!これが時間転移装置だ!今はこの時代の携帯電話に偽造しているが・・・・・・」
「へぇ・・・それじゃ分解してみよっと!それっ!」
「コラッ!勝手に触るな!分解するなァーッ!」
「(・・・“変人”の下に集うのは“変人”ばかりってか)」
過去に対面したことのある鉄との会話に入り込んで意味不明な言葉を羅列した後に悲鳴を挙げながら鉄の行動を止めようと慌てふためく未来守護者の言動にいよいよ面倒臭くなって来た界刺。
ここから思考を始めると再び『客人』が突っ込んで来そうだったので、今度はこちらから問いを投げ掛ける。相手はよく知る十二人委員会の古参メンバー3人である。
「なぁ、鴉。何かメンバーが出揃ったって言うけど俺を入れても11人しか居なくね?」
「最後の1人は、十二人委員会のシークレットメンバーだからな!!奴は単独行動を好むので、今回の活動にも参加していない!!」
「ふ~ん。・・・ゲコ太。何か妹分ができたらしいな。よかったじゃん」
「暴走癖があるでござるが・・・拙者を慕ってくれることは素直に有難いと思っているでござるよ」
「そうか。・・・仲場。何かお前の負担がこれから大きくなりそうだな。常識人ポジ頑張れ」
「お前も時々力を貸してくれよ?」
最初は界刺を入れて4人だけだったグループが12人の大所帯となった。特に、常日頃から勧誘に勤しんでいた啄にとっては現在の状況は格別に嬉しいモノだろう。
「・・・そういや、扇堂ちゃんの話を聞いてて疑問に思ったんだけど、新規メンバーとは前から知り合ってたのか?
さすがのお前等でも、ここ数日で全くの初対面な連中を何人も加入させるっていうのは無理だろう?」
「「「・・・・・・」」」
だからこそ出た疑問。【叛乱】時点での十二人委員会のメンバーは啄・ゲコ太・仲場・界刺・鉄の5人だけだった筈。
そこからたった数日で7名を加入させる芸当は、以前から勧誘なり何なりして話掛けていなければ無理だろう。
界刺の疑問に少しの間だけ無言になった3人だが、直後にリーダー足る啄が悔しさを滲ませながら真実を語り始める。
「俺は数日前の一件で敵の幹部を取り逃がしたことで己の力の無さを痛感した」
「ゲコ太や志道は『俺のせいでは無い』と言ってくれた。俺もそう考えた。目的であった朱花嬢の救出も叶った。
だが・・・だが、それでも俺はあの一件で己の力不足を酷く痛感した。『俺にもっと力があれば奴を死なせずに済んだのではないか』と」
「鴉・・・」
阿晴は風紀委員会が『ブラックウィザード』における裏切り者と見做している戸隠に殺害されたと断定されている。
そこに啄の責任は一切存在しない。『
シンボル』始め彼等の行動は全て非公式扱いにもなっている。
しかし、啄は【叛乱】に関わった者として・・・阿晴と直接対峙した者として自身の力の不足を嘆いた。
「故に、俺は以前より声を掛けていた者達全員へ連絡を取り、1人1人の前で頭を垂れた。『俺に力を貸してくれ』と。俺が抱く想い全てを曝け出して」
「あの時の師匠は鬼気迫る迫力だったでござる」
「付き合いが長い俺でも鴉のあんな真剣な表情は初めて見たぜ」
啄鴉は決断を下した。前から声を掛けていた救済委員達に連絡を取り、彼等彼女等に集まって貰ったその場所にて1人1人に土下座を敢行した。
事情も全て話した。自分の非力も何もかも。その上で協力を求めた。そして・・・啄の言葉を聞いた者全てが十二人委員会へ加入した。
「啄神様の訴えはワタクシ達の心に強く響くモノでしたわ」
「私の心にもすっごい衝撃を与えたぜ!!」
「人助けの助力を請われて断る理由はこの十二人委員会一の美形には存在しなくてね」
「アタシにはわかる!!真の男の土下座はその人が本当に苦しい時だって!!なら、アタシは力を貸す!!この学園都市の平和を守る同志として!!」
「・・・・・・まぁ、そんなトコだ(山蕗が入るから加入したってことは言えねぇ・・・!!)」
「同じ業(カルマ)を背負っている者同士、土下座以上の言動は必要無い!!」
「(スゲェ・・・!!やっぱスゲェよ、お前は)」
今一度あの時の啄の姿と言葉を思い出す新規メンバー達の吐露に界刺は『新規メンバー登場時の驚愕』以上の驚きを抱かずにはいられない。
界刺得世とはタイプが違うリーダーである啄鴉の真価ここに在り。彼の有り様は界刺でさえ驚嘆する程の生き様を他者へ示す。
唯の“変人”なら誰も着いては来ない。他者を惹き付かせる“何か”を有する者でなければ。そして、啄鴉はその“何か”を持っている人間なのだ。
「それにしても、十二人委員会とは具体的にどんな組織なのでしょう?」
「それは私もすっごく気になってる!!『風紀委員や警備員の目の届かない所で虐げられている者達を救う』って以前の救済委員(かつどう)でも普通にやってたし。
『弱者を救い悪を刈り取る我が“剣”が放つ暗黒闘気(オーラ)の下に集った』というのも組織そのものの説明じゃ無いし」
「確かに・・・十二人委員会一の美形と称するようにはなったものの、その十二人委員会がどのような代物であるかがわからなければ僕の美しさが際立たない」
「えっ?」
とはいえ“変人”は何処まで行っても“変人”である。界刺はピョン子・扇堂・苑辺の最も基本的な疑問に虚を突かれてしまう。
見れば、山蕗や綿杜も首を捻っている。これはもしかしなくとも・・・
「お、おい鴉!お前、コイツ等に十二人委員会がどんな組織か話してねぇのか!!?」
「失礼な!俺はちゃんと組織の概要や成り立ちを話したぞ!!そうだな・・・確かあの時のやり取りは・・・」
界刺の問い掛けに憮然とした表情で返答する啄は新規メンバー達1人1人と話し合った回想を界刺へ伝える。
つい数日前の出来事の筈なのに遠き過去のように思えてしまうあの時の光景を余さず伝達する。
『十二人委員会は、元は俺が作った組織だ。組織の概要や成り立ちを話せば長くなるが・・・そうだな、まず』
『ゲコ太様の師匠はワタクシにとっての“神”も同然!!承知致しましたわ!!』
『十二人委員会は、元は俺が作った組織だ。組織の概要や成り立ちを話せば長くなるが・・・』
『アンタの覚悟、アタシの心に確と刻まれたぜ!!男の土下座に応えなきゃ女が廃るってモンでしょ!!』
『十二人委員会は、元は俺が作った組織だ。組織の概要や成り立ちを話せ・・・』
『いや、いい。興味無ぇ。まぁ・・・入ってやらなくも無いけど(山蕗も加入するみてぇだし)』
『十二人委員会は、元は俺が作った組織だ。組織の概・・・』
『ようは、この僕が十二人委員会一の美形が務まると見込んでくれたわけだ。なら、その期待に応えてみせようじゃないか』
『十二人委員会は、元は俺が作った組・・・』
『すっごい火災旋風<ファイアストーム>!!!これが私の答えだああああああぁぁぁぁっっっ!!!!!』
『ギャアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!』
『ゲホッ、ゲホッ。じゅ、十二・・・』
『君の心(マインド)は全て私へと伝わった。これ以上の言葉は不要(ニードレス)!共に正義(ジャスティス)をなそう』
「ほら。ちゃんと話しているだろう?」
「何・処・が!!?お前、全然話せてないじゃん!!最後の方に至っては『十二』しか言えてねぇし!!!」
「何を言う。私と鴉の間に言葉など不要(ニードレス)!そうだろ、鴉!?」
「そうとも!言葉など不要(ニードレス)!」
「な、何かムカつくやり取りだなおい」
回想が終わるやいなや速攻でツッコミを入れる碧髪の少年を意に介さない十二人委員会のリーダー。土下座した時点で新規メンバーの気持ちは固まっていたのかもしれないが、
それでも啄と未来守護者が肩を組んで横文字を連呼する様に腹が立つ界刺。だが、本当に腹立たしいのは先程から無視され続けてる者達の方である。
「ムカついてるのはこっちの方よ!!」
「あっ。霧流ちゃん、まだ居たんだ」
「『まだ居たんだ』じゃないっつーの!!」
一番手として額に青筋を数本立てながら界刺へ突っ掛かった霧流はどうしようも無く怒っていた。
新たな闖入者達が雪崩れ込んで来ただけでは無く、自分を完璧に無視しながら内輪の話に興じているとしか受け取れない界刺達の態度には荒い口調による抗議しか湧いてこない。
「くそっ!くそっ!また邪魔者が!!十二人委員会!!?何よ、そのふざけた組織は!!?」
「ほぅ、興味があるのか。ならば教えてやろう。十二人委員会は、元は俺が作った組織だ。組織の概要や成り立ちを話せば長くなるが・・・そうだな、まず」
「いや、いいわ。興味無いし」
「・・・・・・(ガクッ)」
「(師匠・・・)」
「(いっつもこの繰り返しだからな。鴉も結構ガックリ来てるよな)」
毎度の如し。十二人委員会の概要や成り立ちを説明しようとして速攻で霧流に断られた啄は明らかに落ち込んでいる。
ゲコ太や仲場も啄と共に色んな人々へ十二人委員会についてのあれこれを説明しようと頑張ってはいるのだが、新規メンバーを除けばまず速攻で説明を断られるのが現状である。
説明係の啄の雰囲気的な問題か、怪しげな勧誘商売とでも勘違いされるのか、いずれにせよ悉く空振りに終わってしまう。
最近は『何が問題なのだろうか』と啄達は首を捻って試行錯誤する毎日を送っている。『全部が問題だ』と気付く日はまだまだ遠い。
「俺は興味があるぞ!!」
「教祖様!?」
「錬児!?」
「何だと!!?」
「俺達『獣耳衆』の活動を邪魔する組織がある!!それだけで、俺が貴様等十二人委員会に興味を抱くには十分な理由だ!!」
「・・・・・・(パアァッ)」
「(師匠・・・!!)」
「(やったな、鴉!!)」
運命とは何時も唐突である。なんと、『獣耳衆』の頭領黒井が十二人委員会に興味を示したのだ。十二人委員会のメンバーでも無い人間がである。
これは、まさしく奇跡と言ってもいい・・・のかもしれない。もしくは、“変人集団”のトップ同士常人には理解し難いシンパシーを抱いたのかもしれない。
事実、他の『獣耳衆』メンバーである独楽田や宇佐美達は十二人委員会の概要や成り立ちにこれっぽちの興味も示していない。
「そ、そうか。そんなに興味があるのか。ならば仕方無い。今回は特別サービスとして、より詳しく事細かに概要や成り立ちを教えてやろう。そうだな・・・まず」
「その前に」
「えええぇぇっ・・・またこの
パターン?貴様、本当は俺をからかっているのではないだろうな?」
物凄く嬉しそうに説明を始めようとする啄だったが、当の黒井が途上で遮った。本当は啄の言葉を素直に聞くつもりだったのだが、
視界に捉えた碧髪の少年への『目的』を今尚諦めていない『獣耳衆』頭領としてどうしても言っておかなければならないことを思い出したのだ。
「からかいなどせんわ!!単に、貴様の説明を聞く前に俺達『獣耳衆』の『目的』を達成しなければならないだけのこと!!」
「『目的』の達成・・・?」
「そうとも!!『界刺得世にケモミミを装着させること』が、今回俺達が掲げた『目的』よ!!故に、貴様の説明を聞くのはその後だ!!ふははははは!!!」
「ケモミミ・・・『獣耳衆』・・・ゲコ太に志道よ。確か『獣耳衆』とは・・・」
「昨今巷を賑わせているケモミミテロ()集団でござる」
「人が多く集まるイベント等に潜入して、参加者にケモミミを付けるテロ()行為を繰り返しているらしいぜ?」
「(ジ~)」
「むっ!?何をジ~っと俺を見て・・・ハッ!!!貴様もあの“変人”や銀髪のように俺のネコミミを馬鹿にするつもりか!?」
黒井はついさっきの悪夢のような出来事を脳裏に思い浮かべてしまう。ネコミミを馬鹿にしただけで無く、“害虫”の触角を下回ると酷評されたあの忌まわしき記憶が。
『界刺得世の仲間である啄鴉も自分のネコミミを貶すのではないか』。その可能性は十分に有り得ると黒井は判断し身構える。
一方、ゲコ太や仲場の説明を受け『獣耳衆』の実態を記憶から掘り起こした十二人委員会のリーダーは真剣な眼差しを正面の大男へぶつける。
「誰が馬鹿になどするものか!!俺は貴様のネコミミをそれなりのモノだと評価する!!界刺達がどう見做したのかは知らんが、俺は貴様にそのネコミミは中々似合っていると思うぞ!!」
「・・・!!!」
「(教祖様・・・すっごく嬉しそうだワン!!)」
「(“害虫”扱いされた後だもんな。無理も無ぇよ)」
運命とは何時も唐突である。なんと、十二人委員会のリーダー啄が『獣耳衆』の頭領黒井とネコミミの組み合わせを『似合っている』と評価したのだ。『獣耳衆』のメンバーでも無い人間がである。
これは、まさしく奇跡と言ってもいい・・・のかもしれない。もしくは、“変人集団”のトップ同士常人には理解し難いシンパシーを抱いたのかもしれない。
事実、他の十二人委員会のメンバーである界刺や仲場は『獣耳衆』の頭領黒井とネコミミの組み合わせを『似合っていない』と評価している。
「だからこそ惜しく思わずにはいられない!!今の貴様は『中々』から上には至っていないのだから!!」
「うおっ!?な、何がいけないと言うのだ!?俺に何が足りないと言うのだ!!?」
「知りたいか?」
「あぁ!!」
“変人集団”の巨頭が二頭の間を流れるシンパシーは、ここに至って更にボルテージを上げていく。
黒井は啄の言葉を待つ。ネコミミを愛する力だけは誰にも負けない自信がある。それだけの自負がある。
ならば、目の前の男は一体自分に何が足りないと言うのだ。その答えを見極めるべく、長くも短き時が過ぎた後に・・・決定的な言葉が放たれた。
「ならば断言してやろう!!貴様にはネコミミを広めるための・・・猫になるための努力が欠けているのだ!!!
ネコミミと尻尾だけでどうやって猫になった気分で居られるというのだ!!?俺にはサッパリ理解できん!!!」
「へっ?」
『啄鴉の目から見て
黒井錬児はネコミミを広める努力を怠っている』という『獣耳衆』頭領として致命的な宣告が。
「俺は思う!!ケモミミとは獣の特徴を追加することで獣特有の魅力を人間へ付加させるのでは無く、『獣になりたい』という欲求を現実にする代物であると!!
魅力の付加は“主”では無く“従”であり、『獣になりたい』という欲求こそが“主”なのだ!!」
「ちょ、ちょっと待て!!俺は何も他人を猫そのものにならせたいのでは無く、あくまでネコミミそのものの魅力を他人へ伝えるために・・・」
「その魅力を伝える努力を貴様は怠っていると言っているのだ!!猫の気持ちがわからずして、どうやってネコミミの魅力を伝える伝道師となり得るのだ!!?」
「ば、馬鹿にするなよ!!俺は猫もこよなく愛している!!猫の気持ちだってわかっている!!実際この学園都市に住まう猫で俺の言うことを聞かない猫など存在しない!!・・・筈だ」
「どうだか。少なくとも、俺の方が貴様より獣を愛している自信はあるし、貴様より他人へケモミミの魅力を伝える力を持っていると思うが?もしかすれば、界刺もな」
「何だと!!?あの“変人”が俺より!?何を証拠にそんな大法螺を吹ける!!?」
「そうだワン!!教祖様があの“変人”に劣るだなんてこと有り得るわけ無いワン!!!」
「聞き捨てならねぇな。錬児とは違うケモミミ派閥だが・・・事の次第によっちゃ唯で済むと思うなよ?」
ケモミミの魅力を他人へ広める努力において界刺より劣るかもしれないとされた黒井は憤怒を隠さず、独楽田や宇佐美も啄への敵意を露にする。
おそらくケモミミからこの場の会話が伝わっている貴常達後方支援組も同様の気持ちだろう。
しかしながら、十二人委員会の長は絶対の自信をもって『獣耳衆』と相対する。先日の【叛乱】にて自分や界刺達が扮した“ヒーロー戦隊”に集まって来る子供達を思い浮かべながら。
「俺や界刺はな・・・かつて『ゲコ太マンと愉快なカエル達』という“ヒーロー戦隊”を組織し、悪の組織から子供達を救い出した!!
その子供達は俺達を“ヒーロー”と見做し、慕ってくれた。そして・・・その時俺達は全員カエルの着ぐるみを身に付けていた!!
ケモミミであるカエルの耳だけでは無く、体全体をカエルと化していたのだ!!」
「ッッ!!!」
「ここまで言ってもまだわからないのか!!?子供達はケモミミだけを見てケモミミに興味を持つのでは無い!!獣全体に興味を示した後に身体の各パーツに興味を移すのだ!!
俺達“ヒーロー戦隊”は徹底的にカエルになりきった!!だから、子供達は俺達を慕ってくれたのだ!!
貴様はネコミミが大好きなのだろう!?それは、貴様が猫を大好きだったことが切欠ではないのか!!?」
同種のシンパシーを持つ者同士の本気の会話が繰り広げられる。相手を馬鹿にするためでは無い。
『何故そうしないのか?』『もっと上手くできる方法があるのに』等湧き出る疑問とその先にある真理を見出すために臆さず怯まず感情を剥き出しにぶつかり合う。
「・・・そうだ。俺は猫が大好きだ。それがケモミミに・・・ネコミミに興味を示す切欠になったことは確かだ。
だがな!!猫そのものにならずともネコミミの魅力を伝える自信はある!!!貴様が言った『獣の特徴を付加させることで獣特有の魅力を人間へ付加させる』は、
決して全否定されるような考えでは無い!!当人に合うケモミミや尻尾を付加させることで、獣特有の魅力だけで無くその人間しか持ち得ない新たな魅力が発生するのだ!!」
「俺はそう思わん!!」
「俺はそう思う!!」
「ならばここは第三者の意見を聞くというのはどうだ!!?両陣営に属する者では無く、ケモミミに興味を抱かぬ第三者ならば割りと公平な意見を頂戴できるだろう!!」
「よし、乗った!!ならば、その第三者は・・・」
「その第三者は・・・」
「「貴様だ、銀髪少女よ!!!」」
「えっ!!?何で私!!?散々私の存在を無かったことにしてた癖に!!!」
ぶつかり合いは平行線を辿る。そのため、啄と黒井は第三者の考えを貴重な参考意見として頂戴することに決めた。
その第三者足る
霧流寿恩は、今の今まで無視されまくっていたことに不平不満をダラダラ垂れ流し続ける。
界刺にも十二人委員会にも『獣耳衆』にも存在無し扱いで放置されていたのだ。愚痴の1つや2つは当然出て来る。
しかも、大人数の前で全然興味の無いケモミミについて意思表明することを強要して来る状況である。一言で言って恥ずかしい。これは羞恥プレイか何かか。
「今は貴様の意見が重要なのだ!!ケモミミは徹底的にだろう!!?・・・(ズン!)」
「貴様の考え如何でこの議論は重要な局面を迎えるのだ!!ケモミミは適材適所だろう!!?・・・(グン!)」
「顔を近付けるな!!気色悪い!!!」
「さぁ・・・!!!」
「さぁ・・・!!!」
「(何なのよ、もぅ!!!)」
さりとて、事態は少女の気持ちなど勘案しない。啄と黒井の真剣な―気色悪い―顔が間近まで近付いているのだ。
このままでは、顔と顔が接着しかねない勢いとプレッシャーである。連鎖するヘンテコリンな空気の怒涛が絶賛直撃中な霧流はこのままでは色んなことがヤバくなることを悟り、
半ば聞き流していた2人の会話を懸命に思い出し―ケモミミには全く興味が無いことを承知の上で―自分の考えを数秒で纏める。
そこに自分の信条を込めながら銀髪の少女は右手を左肘へ置き、恥ずかしそうに伏し目がちになりながらもくだらない議論に終止符を打つべく口を開いた。
「徹底的に・・・かな?」
「よっしゃあああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「何だとおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
本当に終止符が打たれるかどうかは定かでは無いが、少なくとも第三者である霧流寿恩の意見は十二人委員会リーダー啄鴉の意見を支持した。
場に歓喜と悲哀が込められた絶叫が木霊する。歓喜は啄達十二人委員会の面々を中心に。悲哀は黒井錬児達『獣耳衆』を中心に。状況だけ見れば啄達の勝利と見て取れる。
しかし、未だ勝負を諦めていない―諦めるわけにはいかない―『獣耳衆』頭領は最後の反抗に打って出る。
「クッ・・・大体、貴様の話が本当である証拠が何処にある!?貴様の作り話では無いとどうやって証明する!!?」
「ほぅ。・・・ゲコ太!!“ヒーロー戦隊”の着ぐるみはちゃんと綺麗に保管庫へ締まっているな!?」
「勿論でござる!!」
「よしっ!『獣耳衆』よ。今から貴様等にケモミミの何たるかを十二人委員会総出及び実例をもって教えてやる。俺に着いて来るだけの度胸と覚悟は・・・あるか!!?」
その結果として向けられた挑発。これは、啄鴉からの挑戦状。ケモミミを本当に愛しているのは啄鴉率いる十二人委員会か黒井錬児率いる『獣耳衆』か。
待ち受ける真理がどちらにとっての幸か不幸かは現時点では定かでは無い。だが、1つだけわかっているのは・・・ここで退いたらケモミミを愛する資格など無いということ。
「・・・野宮よ」
<わかってるわ。ここまで言われたら、おめおめと引き下がれないわ。『獣耳衆』の存亡が懸かった大一番よ、錬児?
私も新開発したばかりのも含めた各種ケモミミグッズを保管庫へ取りに行って来るわ。“変人”はまた別の機会に>
「あぁ・・・わかってる!!いくぞ、皆の者よ!!『獣耳衆』の存亡を懸けた大決戦だああああああぁぁぁっっ!!!」
「「おおおおおおぉぉぉっっ!!!」」
<え~。私帰っていいですかーっ?これ以上派手に暴れると警備員に見付か・・・グヘッ!>
<さぁ、逆咲もやる気満々だし一丁後方支援組も前線に出てみましょうか!!ねっ、逆咲?>
<は、は~い>
<えへへ~。十二人委員会が乱入してからは僕の出る幕は無かったなぁ。あぁいう型破りな人達は行動が読み難くて苦手だなぁ>
『獣耳衆』頭領黒井と副頭領貴常を始め実戦部隊の独楽田や宇佐美、後方支援組の逆咲や屋布も覚悟を決める。
“変人”についてはまた別の機会を設ければいい。今は目の前の大決戦を生き抜くことが最優先事項である。
「ハーッハッハッハ!!!その覚悟、確かにこの目に焼き付けた!!!では、俺達十二人委員会もかの地へ行くぞ!!!『獣耳衆』よ!!着いて来るがいい!!!ハーッハッハッハ!!!」
「「「「「オオオオオオオォォォォッッッ!!!!!」」」」」
対する十二人委員会もまたリーダー啄の号令を受けて疾走を開始する。唯一綿杜だけは面倒臭そうにしていたが、全体の流れに逆らうつもりは無かったらしく山蕗の後を着いて行く。
また、『獣耳衆』の面々も数瞬遅れて十二人委員会の後を追って行った。十二人委員会と『獣耳衆』という2大“変人集団”は嵐の如く襲来し、
碧髪の少年と銀髪の少女の交錯場を荒らすだけ荒らし回った後これまた嵐のように過ぎ去って行ったのであった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
嵐のような喧騒が唐突に過ぎ去った後に残ったのは、呆気に取られて沈黙している界刺と霧流の2人のみ。
そもそも当初は2人だけだったのだから、ようやく色んなモノを仕切り直せる環境が整ったということでもある。
「・・・ハッ!!よ、よくわからないけど邪魔者も居なくなったわけだし、ようやくあなたを・・・」
「疲れた」
「へっ?」
「あぁ、疲れた。界刺お兄さんは疲れちゃいました。アイツ等のせいでシリアス気分にもなれないし、対決はまた後日ということで一丁よろしく」
「ちょ、ちょっと!!」
しかしである。『獣耳衆』と十二人委員会、2つの“変人集団”が衝突して巻き起こったギャグ的空間に毒された界刺はうんざりした表情そのままに溜息を吐きながら霧流との対決を拒否する。
「君もさ、アイツ等のヘンテコな空気に毒されて始めの方のシリアス気分を保てていないんじゃないの?」
「そ、そんなこと無いわ!!私は今でも十分シリアス気分よ!!」
「それじゃ、今の君は『ケモミミ装着に執着する“変人集団”に邪魔されて、オーラとか何とかワケのわからない奇声を発する“変人集団”にも邪魔されて、
あまつさえその両方のトップからケモミミを愛する者の心構えに関わる是非を迫られ、恥ずかしそうに「徹底的に・・・かな?」と返答した後に標的を討つことに拘っている霧流寿恩ちゃん』でいいのかな?」
「うっ・・・うううぅぅ・・・」
「すごいね、君。よくやるね、君。あっぱれだよ、君。俺には無理だ。到底真似できない・・・」
「く、くく、くそおおおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!何なの!!?何なのよ、あの“変人集団”は!!?も、もううううううううぅぅぅぅっっっ!!!」
ウンザリしているのは銀髪の少女も同じ。界刺の追及に顔を両手で隠しながらしゃがみ込んでしまう霧流もまた、最初の覚悟やその他諸々の気勢を保てなくなっていた。
唯でさえ無理をして仇とは関係無い人間を潰そうとしていたのだ。それを何度も妨害された挙句に“変人集団”の巻き起こしたギャグ的空間に毒された。もうグダグダである。
「(揺れてんなぁ・・・さっきの泣きそうな顔といい)ハァ。なぁ、霧流ちゃん・・・(ポン)」
「(ポン)・・・な、なな!!?」
そんな少女に碧髪の少年は近付き、動く右手を霧流の銀髪に乗せる。その触り心地―手入れが全くされていないボサボサ具合―にかつての水楯を思い出す。
ずっとストーカー行為を続け、寮にも戻らず、風呂にも入らなかったために髪が酷く傷んでいた碧髪の少女のことを。
「髪がボサボサだね。手入れなんか全然していないんだろ?」
「そ、それがどうしたのよ!?」
「女の子なんだから、もうちょっと気にしようよ?」
「ハッ!ストレスで色が抜けた髪に今更気を使っても!」
「・・・今の君を見ていると、何だか昔の涙簾ちゃんを思い出すよ」
「あの殺人鬼と私を一緒にし・・・!!!」
自身の状態を憎き仇と同列に語られることに強い不快感を抱いた霧流が頭に乗る少年の手を振り払いながら抗議の声を挙げようとした瞬間、少女は胸倉を掴まれる。
息が詰まったかのような感覚を抱いた霧流は次の瞬間息を呑む。彼女の瞳に映った男・・・血走った『本気』の瞳へ色を変えた界刺から放たれる冷徹な気迫に・・・押された。
「・・・!!」
「・・・んふっ。涙簾ちゃんと会わせてあげる」
「なっ!!?」
そして提案されるは仇である水楯との対面。『シンボル』のリーダー直々の提案―よりにもよって仲間に危害を与えることが確定している者へ―が意味するモノとは一体・・・?
「君が涙簾ちゃんを憎む気持ちは、他人事だけど理解はできるよ。なら、それは俺にじゃ無くて涙簾ちゃんへぶつけるべきだ。
俺は、今の所君と涙簾ちゃんのぶつかり合いに直接手を出すつもりは無いし。思う存分感情を剥き出しにして、君の気持ちのありったけを涙簾ちゃんにぶつけるといい」
「・・・我が身可愛さの余り仲間を売るってワケ!?それで、よく『シンボル』のリーダーを務めていられるわね!!?」
「どう解釈するかは君の好きにするといい。でも、君も覚悟しときなよ?君が兄貴を殺された憎しみを涙簾ちゃんへ抱いているように、
涙簾ちゃんも性的暴行に及んだ君の兄貴を憎んでいる。もし、彼が死なずに性的暴行が完遂されていたのなら・・・彼女は君の兄貴の死を望んだだろうね。『今』の君のように」
「・・・!!!」
「『中立を気取った天秤』が傾けた(くだした)判決に納得できないなら・・・そこからは完全に個人の意思だ。だからさ・・・自分の想いをぶつける相手を見誤るなよ、寿恩ちゃん?
ぶつけられる相手から逃げるなよ、霧流寿恩?ぶつけ合った結果がどうなるにせよ、相手を間違っていたら晴らせる恨みも晴らせなくなる。まぁ、“どうせ晴れないだろうけど”」
「ど、どういう意味よ!!?」
「さぁ?所詮は他人事だから俺もわかってないかも。・・・涙簾ちゃん、俺が寿恩ちゃんに襲われたって聞いたら問答無用で潰しに掛かるだろうな。さて、どうしようか・・・」
「(何なのよ、コイツ・・・頭おかしいんじゃないの!?)」
胸倉を掴んでいた手を話し、冷徹な視線から打って変わって優しげな瞳や言葉を述べる界刺に霧流は戸惑ってしまう。
水楯と自分を引き合わす提案からしてこの“変人”はおかしい。“変人”としてはおかしくないのかもしれないが、少なくとも普通の常識を持つ自分には・・・
「(ッッ!!!じょ、常識なんか持っていない!!持っていないんだから!!!・・・クソッ!!こうなったら、“変人”の思惑をブチ壊すためにも水楯を全力で潰す!!
“変人”のあの妙な自信は、きっと私が水楯に敵わないと思っているから!!だったら、水楯共々あなたの思惑を叩き潰してあげる!!!)」
思考がグチャグチャになっている時の一番の対処法は、目的を1つに絞ることである。そうすれば、そこまでに至る経路を見定めることも容易い。
“変人”の思惑などどうでもいい。自分の最終目標は仇を討つことなのだ。最初から回り道をせずに仇を討つ行動を取っていれば、こんな面倒事に巻き込まれずに済んだのだ。
「(フフッ・・・見てなさい、界刺得世!!私が
水楯涙簾を血祭りに挙げる瞬間を!!!)」
水楯へ連絡を取るためにズボンのポケットから携帯電話を取り出した界刺を見ながら、奇しくも仇と堂々と対峙できる状況になったことにほくそ笑む霧流。
討った後に自分の身へ起きることなんかどうでもいい。仇を討つことが全て。沈んでいた気勢も持ち直した。後は・・・仇を討つための行動を起こすのみ。
ここは第5学区に存在する公園。大きさとしてはビルが多く立ち並ぶ学区にしてはそれなりの面積を誇り、花に囲まれた池や様々な遊具が設置されている。
気温が幾分下がった夕方ということもあって、遊戯に戯れている子供達の大声が遠方にも届く中彼女『達』は対峙していた。
「(水楯・・・涙簾!!)」
銀髪の少女と碧髪の少女が激しい視線をぶつけ合う。界刺の言う通り、霧流は自身の兄の命を奪った憎き仇と遂に相対した。
水流操作系能力を有する両者の隣には能力戦にはおあつらえ向きの噴水まである。今すぐにでも戦闘を開始することだってできる。
「(遂に・・・遂に来た!!私の憎しみをあの女へぶつける日が!!私が抱く憎悪の限りを知らしめる日が!!!)」
えも言われぬ高揚感に危うく酔いしれてしまいそうになる霧流。無理も無い。数年もの間抱き続けていた憎悪を、ようやく仇へ叩き付ける時が訪れたのだ。
先程までの非常識な世界から一転、ここにはケモミミ愛好者や高笑いが喧しい妄想患者のような邪魔者は現れない。
「(なのに・・・それなのに!!!)」
否、今まで散々自身の復讐が邪魔されて来た『流れ』はそう簡単には止まらない。その証拠に、高揚感に酔いそうになる自分を繋ぎ止めてもいる彼女の怒りが向く矛先に・・・
「何だか、厄介な面倒事に巻き込まれてる気がするんですけどー?」
「別にいいじゃん。姫空も私事で抜けられるくらい暇なんだろ、“カガミン”♪」
「風紀委員を何だと思ってるの!?というか、“カガミン”って何!!?」
「加賀美の渾名だけど?可愛いでしょ?」
「勝手に付けるな!!あなたの渾名って広まることで有名なんだから!!ここには居ない緋花やゆかり曰く!!」
「そうなの?へぇ・・・ねぇ、斑に一色。カガミンって良い渾名だと思わない?」
「(カガミンか・・・・・・可愛い)」
「(カガミン・・・カ~ガミン♪・・・・・・な、なな、何という甘い響き!!何という甘美な萌え~。
よし、今度からカガミン先輩と呼ぼう!!責任は全部“変人”に押し付ければいいし!!)」
「ちょ、ちょっと!!狐月も丞介も何で黙ってるの!!?しかも、2人共頬を染めながらニヤニヤしてるし!!麗や帝釈も何か言ってよ!!」
「だって・・・“ハバラッチ”や“ヒバンナ”に比べると数段マシというか」
「逆に可愛い渾名ですよね。丞介さん達がニヤけるのもわかる気がします。俺も可愛いと思いますし」
「か、可愛いを連呼するな!!こ、このままじゃ駄目!!なし崩し的に渾名が定着しちゃう!!稜!!こうなったら、あなたが最後の砦よ!!カガミンってダサい渾名よね!?そう思うわよね!!?」
「・・・・・・・・・可愛いっす(ボソッ)」
「いやああああぁぁぁっっ!!!あの稜にボソっと小声で恥ずかしそうに『可愛い』って言われたから背中がムズ痒いいいいいぃぃ!!!」
176支部所属の風紀委員達が居た。渾名がどうとか何やらくだらない口論が交わされているようだが、霧流にとっては風紀委員がここに居ること自体が有り得ないのだ。
そんな苛立ち溢れる彼女の抗議の眼差しに気付いた“詐欺師”は、横でギャースカ騒いでいる176支部リーダーを無視しながら、銀髪少女を真似して胡散臭い視線でもって返答を行った。
「(『涙簾ちゃんと会わせてあげる』とは言ったけど、『涙簾ちゃん“のみ”と会わせる』なんて一言も言ってないからね。んふっ)」
「(騙しやがったなああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!)」
“目は口程に物を言う”。霧流寿恩は胡散臭い“詐欺師”の優しい視線と甘い口車―そこに含まれた深意に少女は気付いてない―に騙された結果、
立会人として176支部の風紀委員が見守る環境下において己の仇と対面することと相成ったのである。
continue…?
最終更新:2014年01月30日 01:37