ウィリアム=シェイクスピア曰く。


『人生はただ歩き回る影法師、そして哀れな役者でもある。』

『いざ、自分の出番がくるとなると。舞台の上で胸を張って。』

『見栄をきって!』

『ギャーギャー喚き散らして!!』













『そして跡形も無く、消えてなくなる。』













「なら、その影を照らしているのは、太陽よ。」

少女は言った。
絶望に明け暮れた少年を支えるかのように。

「太陽と言うのは希望。そんな素晴らしい物に照らされている人生が、唯の影法師の訳がない。

――――――――――――――――――――――――…………………………だから、貴方はまだ立ち上がるべきよ。」

あの夜。森の傍の河で、アリシア=ハントという人はそう言ってくれた。
まだ、希望があると言ってくれたんだ。
同い年とは思えないほどハッキリとした口調で、あの絶望の崖っぷちから助けてくれたんだ。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


アイルランド上空。
魔術と何のかかわりも無い一般人が上空を見たとしても、そこに広がるのは数多に輝く星空。月明かりが無い事も相俟ってとても神秘的な雰囲気を醸し出している。
しかし、一般人の目には見えなくても、上空には確かに飛行物体が存在している。一般人に見えないのは透明化の術式を組んでいるからだった。

霊装『魔法の船《スキーズブラズニル》』。

ヴィクトリア=ベイクウェルが所有する北欧神話の豊穣神フレイの所持する船を模した霊装だ。
現在、『魔法の船』はアイルランドの湖の上空を飛んでいる。上を見れば星空が映り、下を見ても水面に浮かんだ星空が映っている。
まるで宇宙空間の中を漂っているような幻想的な雰囲気を醸し出していた。

そんな風景を見ながら、『魔法の船』の甲板の上でアーノルド=ストリンガーは自分の過去を思い出し、そして――――――――――――――――――――――――――――――








「……いい加減にせんかおまえらぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

幻想的な雰囲気の中でさっきから金属的な音を響かせながら同士討ちを行ってる仲間に喝を入れた。

さっきから鬱陶しい程に同士討ちをしているのはジャックとハーティのブレッティンガム兄妹だった。
なんらかの術式にかかって錯乱しているのではない、この兄妹にとっては日常茶飯事の出来事。顔を合わせる度に行っている。
こんな二人を同じ任務に就かせるなんて、最大教主は人選を間違ったとしか言いようがなかった。
ちなみにこの船を操っているヴィクトリアは完全に眼を逸らして見なかった事にしようとしている。

「イヤー悪い悪い。俺は適当にあしらおうとしてんだけどさぁ。こいつがまぁうるさいのなんの。ってか俺近接戦闘専門じゃないんですけど。」
「死ね!!死ね!!死んでしまいなさいこの≪ピー――!!≫」
「はいはいそこで『長柄の肉切り包丁(ヴォルジェ)』の魔術なし。」
「あぁあああああああ、ったくいい加減やめ……!!」







アーノルドが怒鳴ろうとしたその時。
光の奔流が辺りを包み込む。
輝く星空も、水鏡に映っていた虚栄の星々も、深い緑色の光により掻き消されていく。

「あれは、一体?」
「知らないっすよそんなの!」

呆然と光を眺めるジャックに慌てて返答を返すヴィクトリア。
光が強まっていく中、アーノルドがある事実に気付く。

光の爆発の中心地。
其処にある廃墟と化した建造物、魔術結社『至高の獣を得る者』。

「ヴィクトリア!!今すぐあの光の方へ向かってくれ!!」
「えぇ、何を言ってるんすかアーノルド!!」
「あそこにはオズとマチがいるんだぞ!!」
「!!……分りましたッス!!」

アーノルドに言われ、急いで『魔法の船』の行先を光源へと向かう。まるで灯台へと向かう船の様に。誘蛾灯に誘われる羽虫の様に。
『魔法の船』を近づける度に深緑色の光源はどんどん強まってくる。
近づいているから光が強まっているのではない、確実に光は徐々に明るさを増し、辺りを深緑色に染め上げていく。
光が一定の強さになり、少しずつ高度を下げているその時。




深緑色の光が、天へと上り柱を成した。

「……ッツ!!」
「ちょ、アーノルドさん!!?」

魔術結社の本部から天に上る柱を見て、アーノルドは思わず『魔法の船』から飛び降りる。ヴィクトリアやハーティ、ジャックが止める間もなかった。
滞空中にアーノルドは術式を発動、紫色に輝く光の鎧を上半身と脚部に纏い、着地と同時にその勢いを活かして魔術結社へと向かった。

「オズ!!マチ!!無事か……………………!!」

そして、魔術結社に突入したアーノルドが見た物。

そこいらじゅうに築かれた赤い屍の山。床の上に刻みつけられた火炎の痕。
倒れ臥し、気絶寸前の仲間……マティルダ=エアルドレッド
そしてもう一人の仲間……オズウェル=ホーストンを担ぎ上げ、移動術式によって消えかけている男。

男は、長く伸びた金髪を一纏めにしていた。
男は、黄金に輝く5つの矛先を持つ槍を持っていた。
男は、真鍮色の太陽が輝く深紅のマフラーを着けていた。






アーノルドは、その男に見覚えがあった。














「まさか、お前。エドか……!!」
「………――――――――チッ。」

深紅のマフラーを着けた男………、エドはアーノルドを見るや否や舌打ちした。
そして、顔を歪ませたまま転移していった。
そんなエドを見たアーノルドは、ショックを受けたまま硬直したままだった。

「オ、ズ君……。」

そう、さっき死んでしまった戦友の名を呼びながらマチは気絶してしまった。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


エドワード=ハントは自室で紅茶を飲んでいた。

「下準備は整った。儀式にはあと一人要れば問題ない。僕の計画は完遂する。」

中身のないティーカップをポットの傍に置き、立てかけてある自身の相棒である『閃天の五槍(ブリューナク)』を持つ。
ケルトの光神。太陽を司る神が持っていた、雷撃の槍のレプリカ。5つの矛先を持つ灼熱の槍を模した霊装。




「だというのに!今、あの男にだけは!!会いたくなかった!!!」

そして激昂しながら槍をティーセットに叩きつける。
テーブルごと粉砕されたポットとカップ。それでもなお関係ないとばかりに文字通り怒りの矛先を叩きつけていた。





「おい、何をしているんだ!!」

怒りをぶつけているエドに対して声をかける者がいた。

ニコライ=エンデ
エドワードの同僚、つまり同じイルミナティの幹部である男だ。
金髪で、碧眼を覆いで隠している彼はエドワードの『閃天の五槍』を持つ腕を掴む。
その時、ニコライは気付いた。

エドワードの腕が震えていたことに。

「お前がしっかりしなければダメだろう!!この計画において私達の総大将はお前だ。利害の一致で従っているとはいえ、私とリーリヤはお前を頼りにしているんだ。」

そんなエドに対してニコライは言葉を投げかける。
その一言でエドの腕の震えが収まった。

「……………済まない。」

エドワードはただ一言謝罪で答えた。

ニコライが言ったように、この作戦に置いてニコライ=エンデとリーリヤ・ネストロヴナ・ブィストリャンツェヴァはエドワード=ハントに従っている。
イルミナティと言う魔術結社が崇めているのは『自身の強欲』。
それ以外は何一つ関心は無く、『誰かに協力する』ことすら発想にない。時として同士討ち、仲間割れが起こる事すら珍しい事ではない。
そんな自分勝手な者達の幹部であるニコライとリーリヤがエドワードに対して従ったわけとは何か?

『自身の望む強欲』を対価に差し出されたからだ。

ニコライの強欲は『命の共有』
リーリヤの強欲は『不死』

『生冥の魔釜』はダグザの魔釜をベースに作られた霊装。二人の強欲が叶う切っ掛けになるには十分だった。
ちなみに鬼島甲兵の強欲は『すべての人外の抹殺』
『生冥の魔釜』に必要な生贄と刻みこまなければならない『印』の範囲内にたまたま鬼島の強欲を叶えるのにうってつけな輩がいたから、少し声をかけてみたのだった。

まさに利害の一致のみで築かれた関係だったが、計画の下準備を行ってきた年月は彼らが気付かずともある程度の『絆』を発生させるには十分だった。

「所で、『増援』と『兵』の方はどうだい?」
「何一つ問題ない。全部『増援』も『兵』も全部準備完了だ。所で、随分と大層なものを持って帰ってきてくれたものだ。」
「ああ、あれか。」
「使い道のない死体をどうするつもりだ、とリーリヤが不機嫌そうだったぞ。彼女に冷凍保存を任せているではないか。」

エドワードは視線をニコライからアタッシュケースへと移した。
霊装『生冥の棍匙』の入ったアタッシュケースへと。

「少し、試したいことがあってね。」

そう呟いたエドワード。
彼は計画の事を考える事で、アーノルド=ストリンガーを忘れることが出来た。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


その頃、聖ブリジット教会にて。




「そんな事が……。」

目の覚めたマチの話はイギリス清教に報告し、その後メンバー全員に伝わった。
それを聞いたヴィクトリアは驚愕のあまり思わず言葉をこぼした。
ハーティをジャックは話を聞き終えても一言も喋らず、表情も冷めた物だった。
アーノルドはハーティとジャックと同じく一言も言葉を発しなかったが、表情は悔やんでいるような、重苦しい物だった。












「ねぇ…アーノルドさん。貴方はあの男を知っているの?」

目が覚めてからずっと元気のなかったマチが、重苦しい表情のアーノルドに尋ねてきた。

「オズ君を攫ったあの男は誰?二人は知り合いみたいだったけど……?」

マチは後悔しているような瞳をアーノルドへと向ける。
アーノルドは目を瞑って少し考え事をした後、再びマチを見据える。

「……確かにあの男は俺の知り合いだ。いや、それ以上の関係だ。


アイツの名はエドワード=ハント。俺の――――――――――。」









「ご苦労だったね、皆の者。」

アーノルドがマチの疑問に答えようとした時、一人の男がノックも無しにドアを開けた。

「……ノーランド司教。」
「おぉ、君はハーティではないか。元気そうで何よりだ。最近調子はどうかね?」
「今世間話に興じている暇はありません。何か用かしら。私達は今後の方針を練らないといけないのよ。」
「その方針を伝えに来たのだがな。」

フン、と高圧的な態度をとりながら5人に話しかける。

「どういうこと?」
「今作戦において、このキース=ノーランドが指揮をとらせてもらう。」
「アンタがか?司教様が出来るのかよ?」
「出来るも何も、最大教主からの命令なのだがな。」

そう言って、キースは懐から丸まった羊皮紙を取り出した。
キースは羊皮紙を投げる。暫くして丸まった羊皮紙は拡がりジャックの元へ飛ばされた。



≪イギリス清教最大教主ローラ=スチュワートはこの『生冥の棍匙』奪還作戦においての指揮権をキース=ノーランドに任せる。≫



羊皮紙には確かにローラ=スチュワートからの勅命であることが記されていた。
贋作では無く、偽装も何一つない、正真正銘の本物だった。

「確かに、あの最大教主はアンタに指揮権を委ねたらしいな。で、どうするんだよ。今後の方針。」
「それは明日、本格的に話し合いたいのだがな。今夜はゆっくり休んでくれ。支給された部室まで案内する。」

そう言ってノーランドは部屋を出て、他の者達もノーランドについていく。
自棄に他人を気遣うノーランドの態度に、ハーティとジャックは違和感を抱いていた。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


部屋割りは男組と女組で割り当てられた。男組はジャックとアーノルド、女組はハーティとヴィクトリア、そしてマチだ。
ノーランド司教は支給された部屋へとメンバーを連れてきた後、まるでルーチンワークを終えた後の様な表情で自室へと戻っていった。
他にすることが無いメンバー達は明日に備え、ゆっくりと休むことにした。



「まさかあのオズが、そんなことに……。」
「………オズ君。」

女組に支給された部屋は沈み、淀みきった空気に支配されていた。
無理もない。同僚が死んだのだ。
彼等は魔術師。命のやり取りだって特に珍しいものではない。寧ろ彼ら自身だって自らの手で命を奪う事すらある。

けれど、どんなに魔道へと浸っていたとしても、彼らは人間。親しい人が亡くなれば当然悲しむし、悔やんだりもする。
まさに今、ヴィクトリアとマチは後悔と悲哀に包まれていた。





「いつまで悔やみきっているのですか?」

ただ、此処にいるハーティだけは例外だった。

「ちょ、ハ、ハーティ……。」
「マチ。貴女今どんな状況下にいるのか解っているのですか?今まさに敵が攻めてくるかもしれないのよ。死んでしまった人間の事は忘れるべきだわ。」
「ハーティ……!!」

今までふさぎ込んでいたマチが起き上がる。起き上がってハーティを見据える。その眼は、まるで噴火寸前の火山を思わせる、怒りの感情がこもっていた。
ハーティはそんなマチと対峙してもヴィクトリアはどうしたらいいか分からずオロオロしていた。

「別に永遠に忘れろ、という訳じゃないわ。ただ、任務に支障が出るのは困るという訳です。……私だって知り合いが死ぬのは嫌だもの。」

その一言を聞いたマチの怒りは一気に覚める。行き場をなくしてしまった感情はマチの胸の内で燻り続けるしかなかった。
マチはベッドの中に再び入り、ベッドの中で悔やむしかできなかった。


“マチさん。貴女はこれからも貴女らしくいてください。闘いを愉しんでこそ、マティルダ=エアルドレッドなんだから。”


ふと、オズの最後の言葉が、燻った感情と後悔に包み込まれたマチの脳裏を一瞬よぎった。

「(……出来ないよ、オズ君。)」

オズウェルの死に際の言葉。告白すれば、きっとマティルダ=エアルドレッドと言う人間を壊してしまうだろうと思ったが故にオズウェルが言った最期の台詞。

「(今は、闘いを愉しむなんて出来ないよ、オズ君………。)」

しかし結果としてその言葉はマチを苦しめてしまうことになる事に、オズウェルは考えもしなかった。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「しっかしよぉ。今回の事件の犯人っていったいどこの魔術結社だよ。『アインソフオウル』か?『イルミナティ』?それとも『革命者の王冠』かよ?」
「知るかよそんな事。」

べらべらと喋るジャックに対し、アーノルドは投げ槍気味に答えた。
余裕が無かった。アーノルドは困惑していた。
同僚であるオズウェルが死んだことが応えているというのもある。
しかし、今回の事件に『自身が知る男』が関わっていたというのが衝撃的だった。
いや。もしかするとこの事件の首謀者である可能性だってあるのだ。

「あー、アイツら!!『世界樹を焼き払う者』なんかはどうよ?」

そんな思いつめているアーノルドに対してジャックはべらべらと喋りかけてくる。
空気が読めないというか、喋ってないと死ぬ性質なのか。
とにかく、流石のアーノルドも我慢できそうになかった。

「今回盗まれた霊装はケルト神話の物。アイツらは北欧系だから違うと思うぞ。っていうか、なんだってお前ら兄妹は顔を合わせるたびに喧嘩ばっかすんだよ。」

心に余裕が無かったせいか、少しぶっきらぼうな口調でブレッディンガム兄妹のプライベートに口を挟む。

「まぁ、俺たちにも色々あってなぁ。それで勘弁してくれや。」

そう答えたジャックの声は素っ気無かった。

「それはそうとさぁ、お前……。」

そっくなかった声からいつものトーンに声を戻してジャックは再び喋ろうとした。


コンコン。


その時、部屋の窓を何かが叩く音がした。
振り返ってみると布に包まれた棒状の物体を担いだ真っ黒な影がそこにいた。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


夜が明け、陽が昇り始めた。時間帯としては人々はまだ眠りについている頃だ。
マチ達が拠点としている聖ブリジット教会を見下ろすことが出来る崖の上。
崖の上、といってもそこまで大した高度でも断崖絶壁でもない。そして、ちょっとした林が、崖の上には生えている。

そこに、四人の人影があった。

「さて、こちらの準備は終わっているのだがな。」

キース=ノーランド。
必要悪の教会に所属している司教職の男だ。
きらびやかな衣装を身に纏っているものの、『カリスマ』という物は一切感じられない人物だ。

「フフフ。どれだけの利益が出るか楽しみですな。」

グレゴリー=ガーランド
キース=ノーランド司教と同じく司教職の男だ。
親愛の情は全く何も感じられず、相手を値踏みするような目をしており、人によっては人間の姿をした寄生虫と例えるだろう。

「………始まるのだな。」

セバスチャン=ボールドウィン。
必要悪の教会に所属している魔術師の男。
右手に細身のメイスを、左手に黄金の角が4つ備わった盾を装備している。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

そして、三人の後ろにいる謎の騎士がいた。
体格は中背中肉、少年から青年くらいの男のソレだった。
騎士の甲冑は金属製の物ではなく、土を素材にした物だ。
土の甲冑の上に緑が生えており、まるで自然の雄大さを甲冑にして身を護っているかのようだった。

「さて時間だ。始めたまえ、セバスチャン=ボールドウィン。」

キースがセバスチャンに何らかの行動を始めるよう促した。
その顔は真っ当な倫理観を持つ人間なら見ただけで忌避するようなものだった。
セバスチャンはその顔を視界の隅で見て、直後に嫌悪感を感じた。
しかし、今ここでキースを殺すよりも重大な事がある。
そう心の中で言い聞かせた後、メイスを構えた。

「済まない、皆。これも娘の為だ。」

そう、呟いた後。
彼は自身の盾にメイスを叩きつけた。

きぃいいいいいいやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!

盾とメイスが衝突したことで発生した金属音が辺りに鳴り響いたかと思えば、直後にまるで殺される直前の人間の様な悲鳴が響き渡った。
発生源は盾。
セバスチャンの霊装は武具(メイス)では無く防具(シールド)だった。
悲鳴が辺りに響き渡った直後、それはまるで回線の角笛の音を合図に攻め込む兵どもの様に。
直径3mの水球が3つ。
何処からともなく顕れ、聖ブリジット教会目がけ放たれた。

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最終更新:2014年07月01日 16:43