「こいつはあたしが貰う」


 赤と青の魔法少女が向かい合う。
 杏子の槍は火を吹き、デリュージの槍は凍気を纏う。
 二人が槍を構えた瞬間。赤色の糸と青色の糸が宙を駆け抜けて衝突した。
 糸の正体は二人の魔法少女。残像すら生じる速さで互いに前へと踏み出したのだ。
 槍と槍がぶつかれば一合目で蒸気が発生し、二合目で焔と氷の華が咲く。


「邪魔をするな!」


 氷華に光が乱反射し、火花が次々と花咲く。
 魔法少女の戦いは綺羅綺羅しい。苛烈極まる戦いであるが誰しもが魅了されてしまう美しさがそこにある。
 質量保存やエネルギー保存といった物理法則は遥か彼方に置き去りにされ、幻想が舞台を蹂躙する。
 絶氷、煉炎、氷矢と炎槍が衝突して爆発する。


「テメェも魔法少女か?」
「それが何? そっちだって同類でしょう?」


 同類。まあ確かに同類だろう。
 超人の肉体と現実ではありえない現象を引き起こす能力を持つ少女。
 成り立ちは違えど互いに魔法少女と呼ぶにふさわしい。
 二人とも獲物は槍、宝石を核とする魔法少女。
 だが、使える魔法の種類は佐倉杏子の方が多い。


「く」


 デリュージの前に魔法の壁が現れて薙ぎを阻み、魔法の鎖が手足を拘束せんと巻き付く。デリュージはそれを力づくで引き千切る。
 両刃の槍が掠め、デリュージの青い髪が数本切られる。
 間髪入れずにデリュージの足元から生えてきた槍を身体を撓らせて躱し────たと思ったら槍の柄が折れてデリュージの頬と胸元を浅く切る。
 さらに佐倉杏子は柄を振り、それをデリュージも柄で受けて、頭部に強い衝撃を受けた。
 生えた槍と同様に柄が分解されて鞭となって柄で受けたデリュージの後頭部を叩いたのだ。


(ヌンチャク……?)


 映画でしか見たことがないような武器に驚きつつもデリュージは乱れる呼吸を一息で鎮めた。
 佐倉杏子は立て直させまいと畳み掛ける。
 二人の戦いはニトロをくべたエンジンのようにデッドヒートを開始した。




 ────例題です。

 少女がいました。

 少女には友達が四人いました。

 みんなとてもいい子です。

 そこへ意地悪な女王様がやってきて友達を連れていってしまいます。

 少女はどうするべきだったのでしょう。

 女王様と戦うべきだったのでしょうか?

 それとも自分も連れていってもらうべきだったのでしょうか?

 それとも途方にくれるべきでしょうか?


──────────────|回答|───────────────

        戦うべき

        連れていってもらうべき

        途方にくれるべき

    ニア   《世界介入》

─────────────────────────────────


 結局、女王様は彼女も捕まえにきました。彼女にどうすることもできないのです。

 もう諦めて女王様のいいなりになるしかないのです。

 いいえ、そうはなりません。世界の敵がここにいるから。





" 時には敵わなくても戦わなくてはならない時があるだろう。

 仮にも魔法少女を名乗るのならば手が届く範囲まで手を伸ばせ。

 お前の仲間が、お前守るためにそうするように"




「ッ…!!」

 頭がくらくらする。
 完全にこちらの動きを読んでいる。明らかに相手の方が戦闘能力……いや、戦闘経験が上だ。


「ちょろちょろしてんなよ! ウスノロ!」


 剣舞ならぬ槍舞。三節棍から繰り出されるソレは一発一発が鉄槌を叩きつけられているに等しい。
 このままではすり潰される。
 状況は最悪で、いつ他のマスターやサーヴァントがいつ動き出すかもわからない。
 ならば、この状況。力ずくでこじ開けるしかない。


「ラグジュアリーモード・オン」


 デリュージのティアラが青い光を発し、全身に力が湧いてくる。
 三ツ又槍を突く速度もパワーも大幅に上がり相手の連撃を力づくで弾き返す。
 生えた槍を弾き飛ばし、魔法の鎖を地面ごと凍らせて止める。

 一歩。更に一歩。槍の射程で劣っているデリュージは相手を射程に収めるために近付く。
 と思ったら相手が凄まじい速度で踏み込み、頭突きをしてきた。こちらも額で迎撃する。


「つゥ」
「く」


 デリュージの目の前を破片となった氷が花火のように散る。
 予め額に氷のヘッドギアを作って対抗したが相手の頭突きはヘッドギアごと叩きつけてきた。
 更に相手は槍を捨ててデリュージにボディブローを叩き込んできた。
 肺から空気が一気に抜ける。込み上げる吐き気を呑み込んで、デリュージは槍を半回転させて石突きで相手の胸を思いっきり突く。
 肋骨や内蔵が潰れる感覚を期待したがすんでのところで左掌でガードされ、手の骨を砕くだけに留まった。


「ああ、テメェ分かったわ。ニオイでわかる」
「?」
「真っ当な魔法少女なら不意討ちなんざしねぇし、かといって生きるために何でもするって感じでもねぇ。
 テメェ、さてはあれだ。まともな覚悟もねぇのに〝こっち〟に来たんだろ?
 それで地獄を見たとか勘違いしてる甘ちゃんだろ?」


 返答の代わりに三連突きを放った。




「はん、図星かよ」


 佐倉杏子は知っている。こういった特に理由もなく魔法少女になった魔法少女は大勢見てきたからだ。
 覚悟もなければ義理もなし。余裕があるから他人の心配までし出す大馬鹿者。そして勝手に現実に絶望する。
 奪われるのは当たり前だ、何も喪ってないんだから。
 そして奪われたくなくて、他人から奪うだけの屑に成り下がる。あたしのように。

「ならよ!」

 吠える相手の三連突きを捌き、反撃をかましてやろうとして槍が動かない。
 敵の槍と自分の槍が凍結されて接着している。
 押しても引いても動かない。
 だったら棄てる。


「テメェみてえなのが魔法少女を名乗んな。丸わかりなんだよ。頭お花畑の箱入りだってな!」


 まぁ、そこら辺はあたしらも同類だけどな。
 でも忘れちゃならねえモンがある。
 無くしちゃならねえ理想がある。
 だからまぁ先輩風吹かして、らしくないことしてやるか。
 だけどマミと違ってあたしは不器用だからな。スパルタでいくぜ?




 敵が槍を捨てて蹴りをいれてきた。
 デリュージは凍結を解除して串刺しにしようとして、槍が動かない。
 今度は逆に赤い鎖のようなものがデリュージの槍と相手の槍を捕らえていた。
 更に相手の槍の柄も鎖で地面に固定されている。


「テメェみてえなのが魔法少女を名乗んな。丸わかりなんだよ。頭お花畑の箱入りだってな!」


 ────そんなこと分かっている。
 プリンセス・デリュージ……いや、青木奈美は至って平凡な人間だ。
 クラスの中で突出しすぎず、仲良しグループから弾かれないように周りの顔色伺っていた人間だ。
 だけど、あの日。魔法少女にしてあげるというメールで全て変わった。
 一緒に集められた魔法少女達と毎日顔を合わせて、心から笑って、私達が世界を救うんだーって訓練していた。
 それを全て奪われた。自分達を実験動物として回収しようとした魔法少女達が現れデリュージ以外の仲間を殺していったのだ。
 まともな覚悟が無い? あった! 仲間と一緒に世界を救う覚悟が!!


「なら私達を、彼女達を魔法少女と呼ばないでなんて呼ぶのよ!」


 デリュージは吼えた。
 槍を捨てて蹴りを蹴りで止める。骨の芯まで衝撃が突き抜けた。


「ぴったりの名前をくれてやるよ。『魔女』だ」


 右頬に衝撃が走る。


「お前にお似合いだぜ。
 勝手に絶望して、頭が狂って。そんで周りに呪いしかばらまかねぇ!
 いいかよく聞きな馬鹿野郎」


 聞けと言いながら赤い魔法少女の拳が炸裂する。
 今度は左頬に衝撃が走り、更に鼻から血が出て息が詰まる。


「どんなに辛くても悲しくてもなぁ、本物は最後の最後まで逃げねぇんだよ」


 防御しようと構えたデリュージの脇腹に蹴りが入れられて、デリュージの態勢が崩れる。


「絶望さえ立ち向かって、そんで最後に消えんのが魔法少女だ。
 救われる日なんて来やしない。
 現実から逃げたんだからあるわけねぇんだそんなモン!」
「なら……」


 続く相手の回し蹴りを受け止めて、氷のメリケンサックで思いっきり相手を殴り付ける。


「その魔法少女の理想は全て嘘で、ただ消費されるためにあるとでも言うつもり?
 私はそんなもの、絶対に認めない」


 赤い魔法少女の言うことは確かに的を射ているのかもしれない。
 でも認めることなんて出来はしない。
 だって私たちは生きているんだから。


「私達は薪でもないし歯車でも無い。あんな消耗品のように使い捨てられていいはずもない。
 世の中どうしようもないことばかりだけど、どうにかしたいと思う正しい魔法少女は確かにいるのよ」


 少なくても私は一人知っている。
 それはインフェルノの友達で、悪い魔法少女をやっつける正義の体現者。


「どうにもならないって決めつけて、使い切られるのが正しい? それこそ逃げです。
 逃げ出しているのは貴女の方だ!」


 拳と共に自分の主張を叩きつける。相手の主張ごと叩き砕いてやると言わんばかりに強く──強く!!
 そうだ。救いが無いなんて逃げ口上だ。
 どうしようも無いから諦めて、諦めて、心すら投げ捨てて世界の不条理(ルール)に従っている。
 デリュージにはそれが出来ない。


「弱ければ寄り添って力を合わせて困難に挑む。
 どんな悪意にも障害にも、世界にさえも屈さないのが魔法少女!
 救いが無いですって。救えないのは貴女だ!」


 デリュージは啖呵を切りながらもう一発お見舞いしてやろうとして────一瞬、赤い魔法少女が笑ったような気がした。
 しかし。


「それが現実見てねぇんだよ!」


 次の瞬間、クロスカウンターで相手の拳が顔面に炸裂し、相手の表情が見えなくなった。
 更に下顎にアッパーを食らい、視界が天へと向いて相手が見えない。


「お前がやってる事は真逆だろうが。
 ヘドラと戦わず、倒すために来たヤツを後からグサリ。
 正しい魔法少女だあ、どこの虚構(アニメ)から引っ張ってきた借り物の理想像だ馬鹿野郎!」


 脇腹に入る蹴りを受け止める。
 しかし相手の猛攻は止まらず────




「んなものを御大層に掲げて。なのにやってることは屑そのもののテメェは何者でもねえ半端野郎だ。
 幻を追い続けて、そんで最後に壊れて、周りを巻き込んで無理心中がオチなんだよ!」


 青い魔法少女が受け止めた足を基点に空中で回転する。
 足がメシメシと激痛と共に嫌な音を立てるが構うものか────でないときっと笑っちまう。

"逃げ出しているのは貴女の方だ"

 結構痛いところ突かれたぜ。ああ、そうさ。お前の言う通り。
 あたしは魔法少女の体の正体を知った時、どうしようもねえから逃げ出した。
 そして似たような奴に声をかけた。お前も同じだろってさ。
 だが、アイツは、あの青臭い魔法少女は違った。
 結局、最期の最後まで、憧れるくらい理想を貫いた。
 ならよ。先輩のあたしも初志に戻るって決めたんだ。
 だから私はあの魔女と───


「テメェの理想は雑魚のそれだ。
 いつか頑張れば報われますだの。いつか頑張れば救われますだの永遠にこねえ『いつか』を待ち続けやがる!
 『いつか』はこねえ! 『いま』しかねえんだ!
 この世は弱肉強食なんだよ。強い奴が弱い奴を食って、もっと強い奴がそれを食う。学校で習わなかったか!」

 いつぞやの言葉を口にする。
 ああ、すげえ昔のことみてえに感じる。
 アイツは、さやかは拒絶してみせたぜ。あんたはどうだ。

 足を犠牲にして放った回し蹴りは相手の鎖骨を砕き、そのまま後方へとふっとばす。
 硬いアスファルトを布団のようにめくりながら地面とキスした相手はそれでも立ち上がる。
 追撃するように口撃をした。


「理想じゃ『いま』は救えねえ。
 テメェの仲間が死んだのも、テメェがここでおっ死ぬのも弱えからに決まってんだろ!
 普通に生活して、普通に学校に行って、楽しく生きている奴がお遊びで生きられるほどこの仕事は甘くねえんだよ」
「違う!」


 血を吐きながら手に槍を持って迫る。
 蒼い宝石の光は既に消えて、あちこちに青痣が出来ている。
 しかし、それでもコイツは折れない。
 あたしも槍を出して受ける。
 さぁ、あんたの答えを見せてみろ。


「私の魔法少女像は確かに借り物で、しかも私はそれすら追いかけられない。
 でも、理想(それ)が間違いだったなんて言わせない。
 私達が過ごした日々が、目指したモノが、お遊びなんて、言わせない!」


 一合、また一合。突きと薙ぎを繰り返すだけだ。
 こんなもん戦い以前の問題だ。子供の駄々みたいにブンブン振り回すだけ。
 なのに────


「私は、まだ生きている。今、この時も。
 なら、あの訓練は無駄じゃなかった。
 なら、みんなの命を無意味にさせたりなんてしない。
 私は────」


 何故こんなに重い。
 なるほどコイツの地力、いや覚悟か。
 数本、槍を生えさせたが見違えるほど早く弾かれる。
 応えてやろうと、私は後ろへジャンプした。


「私達は」


 巨大魔槍、顕現。
 佐倉杏子のとっておきである。
 ソウルジェムが一気に濁るが、もう関係ない。
 くれてやる。


「ピュアエレメンツは」


 何節もある槍の柄が竜の如くとぐろを巻き、その穂先が顎門のように開く。
 因果なことに、その形は敵対者の得物と同じ三ツ又の槍だった。
 巨大な牙が青い魔法少女を喰い千切らんと襲いかかる。


「おふざけじゃないんだから!」


 そう言って力一杯、少女は槍を突きつける。
 槍と槍。その穂先同士が衝突する。その時。


「ラグジュアリーモード・バースト」


 青い魔法少女のティアラから出る光が爆発的に広がる。
 杏子の魔槍が凍り、砕ける。
 エネルギー保存の法則が敗北し、極寒が大地を冷やす。


 杏子が地面へと着地するのを狙って少女が疾走する。
 杏子は相対すべく槍を創造し重力を乗せた一撃を放つ。


 ようやく、対等な戦いだ。
 既に敵はボロボロだけど心は折れていない。
 心が折れていなければ戦える。それが魔法少女だ。
 故に加減も手抜きも一切なし。これで死ねばそれまでだし、生き残れたら見逃してやってもいい。
 渾身の焔を槍へくべて、全体重を穂先にかけて。



 ──────白黒つけようぜと。



 そう思ったところで────────最低の幕引きが発生した。


「え?」


 声を出したのはどちらだったか。
 長い爪が青い魔法少女の胸から突き出て、青い魔法少女は疾走の勢いのまま地面に倒れて前のめりに転がった。
 そしてそこには────


「危ないところでしたね」


 白い魔法少女と黒い魔法少女がいた。



 ────例題です。

 少女がいました。貧乏だけど家族がいて、幸せな少女でした。

 でも、少女はある日気がついてしまったのです。

 少女の父は神父でした。父は悲しんでいました。毎日毎日、世の中のために涙を流していました。

 少女にはどうしようもありません。

 父の涙を止める方法が分からず途方にくれてしまいました。

 ずっと泣いていた父は色々な人に見放されてしまいます。

 家がもっと貧乏になりました。

 その時、意地悪な奴が話しかけました。

 何もかもを助けてあげるから君がほしいと言われます。

 少女はどうすべきでしょう?

 無視するべきでしょうか?

 聞くべきでしょうか?

 それとも諦めるべきでしょうか?


──────────────|回答|───────────────

        無視するべき

        聞くべき

        諦めるべき

    ニア   《世界介入》

─────────────────────────────────






 目が掠れる。胸が苦しい。


 私は負けたの……?……どうして……?


 声が聞こえる……誰かの声が……


「テメェらは何て事を……何て事をしやがったんだ!」
「助太刀したのにその言い様はひどくありませんか?」
「誰がそんなこと頼んだ! いいや、そもそもテメェらは何もんだ」


 なぜ。


「ああ、そういうことなのですね……私の名前は織莉子と申します。
 こちらは私のサーヴァント、『呉キリカ』です。〝初めまして〟」
「テメェらも、魔法少女か」


 なぜ、あの人は、こんな泣きそうな声を出しているのか。


「は、はは、ははははははは。やっぱりこうなるのかよ、あたしは……何をやっても、やっぱり!」
「貴方────! ソウルジェムが!!」
「この馬鹿野郎────!」


 ……違う。違うの。私は……本当は……


 慟哭の叫びを聞きながら、デリュージの意識は暗黒へと飲まれていった。


【プリンセス・デリュージ(青木 奈美) 死亡】
【佐倉杏子 魔女化】




 例題です。いいえ、末路です。

 結局、少女達は選べませんでした。

 どうしたら皆が幸せになれたか彼女達にはわかりません。

 選べなかった彼女達は死んでしまいます。

 世界が選ばなかった彼女達を殺します。

 いいえ。そうはなりません。世界の敵がここにいるから。



" 少女よ。たとえ魔法少女であっても救えない者はいるだろう。

 私から言えることはただ一つだ。選べなくても前は向け。失敗しても胸を張れ。

 たとえ守れず死なせてしまったとしても、逝ってしまった者のことを弔えるのはお前達だけだ。

 忘れるな。そして目を逸らすな。彼等は確かにここにいたのだ"




 ──────世界線が変動しました


《以下の事象が剪定されました。》
【プリンセス・デリュージ(青木 奈美) 死亡】
【佐倉杏子 魔女化】




 青い少女と赤い少女が矛を交えている。
 赤い方は見知った顔だ。ええ、覚えています。世界を破壊する魔女を殺すために戦った私達の邪魔をした人。


「キリカ。青い方の子を倒して」


 いいの、と問うように織莉子を見る。
 織莉子は静かに頷いた。
 確かに争った関係にあるがこの戦場においてヘドラを倒すという目的はおそらく一致している。

 マスターの命を受け、魔法少女狩りの魔法少女『呉キリカ』が動き出す。
 飢えた獣の如く獰猛に、豹の如く迅速に接近し、爪を青い少女へ突き立てようとした。
 だがその瞬間。人肌とは明らかに異なる感触がキリカに伝わる。
 まるで金属を裂こうとして弾かれたような感触だ。いいや、ようなではなく────


「輝きを持つ者よ。尊さを失わぬ若人よ。お前の声を聞いた」


 キリカの魔爪を防いだのは紛れもなく機械の籠手。
 手の甲の部分にはメーターのついた異質な帯。


「ならば呼べ。私は来よう」


 雷電を纏う、白い男がいた。
 異国のものと思わしき白い詰襟服を着て。
 僅かに雷電を帯びる襟巻(マフラー)をたなびかせ。
 その腰部には機械的な帯が。
 その両手には機械の籠手が。
 そして────彼の瞳が輝いた。


「貴方、何者ですか?」
「見ての通り世界の敵だ。名はニコラ・テスラ。歳は72歳」
「ふざけないで」
「事実しか言ってないというのに。全く無礼千万だ」


 バーサーカーが死の爪を走らせる。織莉子と白い男の会話の間に時間遅滞の魔術を既に発動させていた。
 乱入者がサーヴァントではないと理解しつつも油断なく行うその手際は正に『魔法少女狩り』に相応しい巧妙さである。
 しかし────


「だが遅い」


 ニコラ・テスラの雷電回避は更にその上を行く。
 亜光速の回避行動であるため時間がいくら遅滞しようと呉キリカがテスラに追いつくことはない。
 故に彼を切り裂くことはできない。


「発雷(イグニッション)」


 曇り一つ無い夜空に雷霆が轟く。
 闇を裂き、空を灼くその光は魔法少女狩りのバーサーカーに直撃する。


「キリカッ!」
「──────」


 プスプスと身体から焼け焦げる音と臭いを発しながらもバーサーカーは未だ戦闘態勢にあった。
 そして同時、赤と青。二人の魔法少女の戦いが落着する。




 何の妨害もなく、魔力を籠めた炎槍と膨大な魔力を籠めた三ツ又の槍が衝突した。
 莫大な熱気と冷気が周囲に撒き散らされ、ダイアモンドダストとエクスプロージョンが撒き散らされる。
 蒸発する地面。凍結する大気。電荷の如く撒き散らされる魔力。
 衝突の硬直はたったの数秒。弾かれるように二人は吹き飛ぶ。


「ちっ!」
「っう!」


 二人の衝突した場所に凄まじい傷跡をつけるのみで、二人に決着は付かなかった。
 デリュージ側の地面は霜や氷が降り積もって氷山が出来上がり、逆に杏子側は大槍の衝突で出来たクレーターが魔炎によってマグマの如く地面が煮えたぎり火口と化していた。二人の衝突した場所を中心に凍てついた白い大地と熱気を噴き上げる赤い大地が広がっている。余人にはサーヴァントではなく、まさかたった二人のマスターが作り出した惨状だと思うまい。


 デリュージは歯噛みする。
 デリュージが出しうる全てを注ぎ込んでなお倒せなかったという事実に。
 シャッフリンIIのスペードのAと互角の能力を引き出すラグジュアリーモード・バーストでさえ倒せなかったということは、あの赤い魔法少女は最上位の戦闘能力を持っていることを示している。

(……ま……だ)

 バーストモードが切れて意識が薄れる。力が抜ける。気を失うわけにはいかない。
 杖がわりに槍を地面に突き刺し、体を支える。相手はまだ余裕と言わんばかりに二本の足で立っている。
 今ここで攻撃されたら……とそこへデリュージのサーヴァントが都合よくやって来た。


「これはまた……派手にやりましたね」


 苦笑いしながら神父はデリュージの腰に手を回す。恥じらいとか言っていられる場合では無いが、それでも見逃せないことがあった。


「あなた、血が……」
「ええ、少し自分を過信していたようだ。いいや、この場合は相手を嘗めていたというべきでしょうねえ」




 話は数分前に戻る。

 ヴァレリア・トリファが徹甲弾で吹っ飛ばされ、瓦礫の山へと突っ込み粉塵を巻き上がる。
 ゴーグルを装着したメロウリンクが敵を見極めるべく得物を構えて臨戦態勢に入った。
 攻撃は直撃したが敵サーヴァントの気配は微塵も消えていない。奇襲を受けた相手が一体どうでるか、メロウリンクは油断ならない目付きで神父の埋まった瓦礫の山を見る。


「やれやれ、とんだ邪魔が入ったものだ」


 瓦礫の下から呆れたような声がした。
 パラパラと瓦礫の山が崩れ出す。


「しかし、一手目でマスターが狙われなかったのは行幸ともいえる。私は自分以外を守るのはどうも下手ですからねえ」


 手が、頭が、腰が、次々と瓦礫から脱して無傷の男が現れた。


「それであなたはどちら様ですかな」
「ランサーだ」


 メロウリンクの発射した徹甲弾が狙い通り神父の胸に直撃する。神父の体は一発目と違い、微動だしなかった。
 構わず徹甲弾を撃ち続け、パイルバンカーを突き立てるべく接近した。
 全弾命中、粉々になっててもおかしくないダメージを負わせたと確信しつつも爆炎を煙幕としてメロウリンクは突貫し、人影を捉えた。
 とどめとばかり、金属の牙が炸裂する。


 ───メロウリンクは目の前の現実を疑った。
 もしかすると悪い夢を見せられているんじゃないかと思うほどに。
 なぜなら発射された金属の牙は神父の体に皮一枚、一ミリたりとも穿っていなかったのである。
 想像していた全ての予測を裏切られるも動揺は飲み込んだ。


「────ッ!」


 鳩尾に神父の掌底が叩き込まれ、更に流れるように目を抉ろうとした魔手を回避した。
 腕力自体はそれほどでもないらしく、受けた衝撃は弱い。また、動きも鋭いとは言えない。
 事実、メロウリンクの心臓目掛けて貫手が放たれても体を捻って容易に躱せる。
 避けたメロウリンクがそのまま独楽のように回転し、遠心力を乗せた回し蹴りが神父の顔面へと突き刺さる……が、砲弾でも無傷の神父が喰らうはずもなく、そのにやけ面を崩せない。


「無駄ですよ、聖餐杯は壊せない」


 メロウリンクが蹴りつけた足の足首を掴み、片手だけでメロウリンクを持ち上げて勢いよく地面へと叩きつける。
 また持ち上げて叩きつけ、また叩きつけ、顔面にナイフを突き立てられても無視して叩きつけ、叩きつけること七度。飽きた玩具を投げるようにメロウリンクを投げ捨てた。
 メロウリンクは最初に徹甲弾を受けた神父が突っ込んだものとは別の瓦礫の山に投げ込まれる。
 しかし、メロウリンクもただでは済まさない。
 ヴァレリアに投げ捨てられる際にメロウリンクがピンを抜いて置いていった手榴弾が爆発した。

 結果、二ヶ所から破壊音が鳴り、粉塵が舞い上がる。
 生前と同じように血と泥に塗れながら神父を睨む。
 手榴弾のが至近距離で爆発したにもかかわらず、神父の肉片一つ欠けていない。
 不滅の太陽が如く金髪を綺羅めかせながら涼しい顔をして笑っていた。


「さて、そろそろ終わらせますか」


 一歩。また一歩と死神の足音を響かせながら神父が近寄る。
 持ちうる武装を全て使い、残っているのはパイルバンカーのみ。ならば、メロウリンクも接近するしかない。


「おおおおおお」


 雄叫びを上げ特攻を開始した。
 もはや手は他になく、そしてこれが通じなければメロウリンクに勝算はない。
 故に賭けた。分が悪い……いや、そもそも自分の分すら分からぬ賭けに全てを賭ける。


「喰らええええええ!」


 あぶれ出た弱者の牙が発射された。




 ────無駄なことを。
 神父は純粋にそう思った。逃げられれば宝具を試し射ちする絶好の機会であったが、相手が近寄るならば宝具は使えない。
 どのみち結果は変わらないだろう。聖槍で貫くか、素手で心臓を抉り取るか違うだけだ。
 そして偶然にも相手の武器……機械仕掛けの槍を見たとき。


「────!」


 途端、全身を悪寒が襲った。
 一度は無効化したはずの金属杭が今では処刑の杭に見えてならない。


(何を馬鹿な……しかし!)


 ヴァレリア・トリファの宝具『黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)』。100万人分の霊的・物理的装甲を持つ肉体に対物理・対魔術・対時間・対偶然といった魔術的な防御膜を施した神の玉体である。単純に硬すぎるために如何なる宝具を受けようと聖餐杯たるこの身は崩せない。
 だからこそ、あの金属杭が自分を貫くことは理論上ありえない。
 だが、神父は知ってもいる。この無敵性は完全であっても破壊、あるいは終わらせることに特化した概念であれば容易く削れてしまうことを。
 全力で後退し、さらに体をねじるも既に遅し。放たれた金属牙は神父を逃がさなかった。


「───か、は」
「何?」


 血と共に噴き出る魂。弱者の牙はヴァレリア・トリファの左胸を僅かに穿っていた────が、軽傷であり、牙はそこで止まっていた。
 恐らくは概念と概念が相殺しあったため完全には貫通できなかったのだろう。だが、もはやその部分にだけは無敵性はなく、聖餐杯の鎧に穴が開いたといえる。
 もしもこの状況を聖餐杯の本来の持ち主が見れば感嘆と賞賛が生まれたに違いない。
 しかし────ヴァレリア・トリファは──


「は、はは、ははははは」


 壊れたようにケタケタ笑い始め


「ハーハッハッハッハハハハハハハハ!」


 大爆笑する。
 自身の絶対に壊れないはずの容器が壊され、“それ”を魂の髄まで信奉していた狂気の信仰は負傷と生じた問題に暴走を開始する。


 なんだ、これは。なんだ、こんなものか。
 聖餐杯は壊せるではないか。黄金は殺せるでないか。
 ああ、なんたる不条理。神坐がないこの天では、黄金は不滅ではないのだ。
 精神が白濁し、機械の電源を切るように視界が暗くなり。


「否!」


 黄金信者は再起動した。
 何を勘違いしているのだと。


「あの方は揺るがぬ。仮に杭を胸に撃たれたとしても、致命傷如きで死ぬわけがない」


 そういうモノなのだ。
 ただ優雅に総てを破壊する黄金の君。
 そして己はその代行。ならばこそ、この程度の傷で我が罪が消えるはずはなし。
 不滅の黄金はここにあり。それを証明しよう。


"  親愛なる白鳥よ この角笛と この剣と 指輪を彼に与えたまえ  "
" Mein Liever Schwan, dies horn, dies Schwert, den Ring sollst du ihm geben. "


 十字状の魔紋が神父から出現する。
 その紋にメロウリンクは息を飲んだ。
 あれは彼方へと繋がる門。混沌より溢れる死の気配と神気が世界を蹂躙する。
 弱者の牙をへし折るべく、覇者の爪牙がこの世に降りようとしていた。


"  この角笛は危険に際して救いをもたらし  "
" dies Horn solll in Gaefahr ihm Hilfe schenken "


 効果は必至必中必殺。
 何人たりとも防ぐ術はなし────ゆえに滅べ。
 聖餐杯を傷つけた大金星を誇って逝くがいい。


"  この剣は  "
" in widem Kampf…… "


 突如、神父が詠唱を中断した。
 理由は大地を揺るがす震動。すなわち二人のサーヴァントのマスター達が全力でぶつかったことを悟ったためだ。


「デリュージ……」


 まさか相手のマスターはデリュージと同じ……いや、それ以上の実力なのか。
 魂なんて欠片も見えないほど薄っぺらい存在だったというのに。
 何が起きたかはともかく、背に腹は代えられぬ。
 ヴァレリアはランサーとの戦いを放り出して、マスターへの元へと向かった。
 あれはまだ死なせるわけにはいかない。




 合流したデリュージを抱えて逃亡するヴァレリア・トリファ。
 幸いにも追撃はなく、念のために山を横断する形で逃げ切った。
 この場における最後の戦いが終わったと同時に二コラ・テスラも戦闘状態を解除した。
 既に彼女たちの嘆きを払い、世界線を変えた白い男がここにいる必要はない。


「さらばだ若人」


 去りゆく少女を見送ってテスラは去ろうとした。
 その背中に声をかける者がいる。


「なぜ、あなたは彼女を守ったのですか? 彼女の仲間には見えなかったのですが」


 白い魔法少女狩りの魔法少女、美国織莉子
 突如として出現した白い男に疑問を投げかけずにはいられなかった。


「おかしなことを言う。助けたいから助けた。
 過日に仲間と共にあった思い出。家族を愛する少女の想い。その輝きは世界にくれてやるには惜しいものだ」
「ならば、私達に──」
「お前は駄目だ」


 二コラ・テスラは白い魔法少女の願いを断固として否定する。
 救出劇を可能な限り行う二コラ・テスラであっても織莉子は救いがたい邪悪として目に映っていた。


「世界救済をお題目に人殺しを容認し、それを背負う気も省みる気もない救済者よ。お前の輝きは守るべきものにあらず」


 世界を救うためならば何人も殺していいだろう。
 どれだけ輝きを奪っても許されるはずだ。
 救った総量に比べればちっぽけなものだ、と。
 彼女達の性根を二コラ・テスラは見抜いていた。

 駄目だろうそれは。
 呪いをまき散らす魔女を引き連れて、世界だけを救う白い魔法少女。
 人も輝きも救わない、世界のためにそれらを殺す救世主のなり損ないだ。
 そんなもの魔女の所業と大差変わらないだろう。
 故に──


「お前の救おうとする世界が私の敵だ」
「■■■■■■■!」


 吼えるバーサーカー。
 よく言った白い男、お前は織莉子(せかい)の敵だと野獣の如き目を向けてテスラへと突撃した。
 だが、殺意を滾らせるバーサーカー達にテスラは付き合う気などなく


「今はお前達に付き合う暇はない」


 爪をすり抜け雷電魔人は何処かへ去った。
 既に佐倉杏子もいなくなり、ビスマルクは霊体化して姿がない。
 残されたのは白と黒の魔法少女のみ。
 どうしようもない敗北感が織莉子の内へと湧いてくる。


「それでも、私はこの子(せかい)を守りたい」


 織莉子は虚空へと呟いた。


BACK TOP NEXT
幕間 Uボート 【1日目】 第三戦局点 鉄底落魂海峡 ホワイトライダー

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年05月14日 11:55