新天地は大テオドルの一端が海に迫る地域。海に面さず山からも若干遠い所に門の街はある。
門の街といわれる所以はその名の通り、新天地を東西に二分する大門があるからに他ならない。
真白な巨体は山を越えるに容易な脚を持ち、ひとたび股下へ入ろうものならそこそこ長い夜道を歩くことになる。
ずばりと半身を切り取られた体躯は大地に平行し、空を支える腕を失った巨人は代わりに腹でそれを行う。
そしてその円周には、巨人のもたらす恩恵に授かろうと多くの店が連なっているという様相を呈す。
果たしてこの大門を誰が作ったのかと問われれば、その詳細は不確かなものとなる。
製法はおろか用途もよく分かっていない門だが、この門が人の手で作られたとは思い難い。
そして前述の問いに対する答えは大抵次のように返ってくる。神が休憩を取る際の椅子として作り置いたのだと。
唯一確かなのは、いつの頃からか存在し、この門が
新天地を東西に二分する役目を負ったということだけ。
巨人から見て西側に位置する石畳の噴水広場では、昨日も今日も、恐らく明日も多くの人が行き交う姿を見せる。
その往来の場で人に声かけては何かを見せ、また別の人に声かけてはと同じ所作を繰り返す少女がいた。
大小入り混じる人々の中でも、身長150cmあまりの少女は一際小さく感じられる。
長いことこの場に居るのだろう。肩に届くくらいの黒髪は乱れ、衣服は汚れてくたびれていた。
たまに門へ目をやってはため息を吐き、また来る人に声をかける。
その時少女が声をかけた相手は、異世界では見慣れぬ恰好をした男だった。
紫のラインが入った黒いコートを着用し、小さめの丸眼鏡をかけたその顔立ちは異邦人に似る。
しかし首の後ろで束ねた翡翠色の髪と、所々露出した肌に刻まれた木目がそれを不確かなものにする。
遠目に見れば齢は40に近い異邦人と見え、近くで見れば若年の樹人と思える人物。
少女は写真を差し出し、この人物を知らないかと男に尋ねた。
写真には今よりも若い少女の姿と、両親と思わしき人物が写し出されている。少女が指さすのは男性の方。
知らないと答えたあとで、男が少女に尋ねる。そんなボロボロの状態でどうしたのかと。
聞けば、約6年ほど前に異世界へ渡ってから戻らない父親を探すため、遥々異世界へ来たのだと言う。
しかし消息はおろか手掛かりさえ掴めず、色々な国を回った末に新天地に足を運んだ。
西からこの街まで来たものの、路銀も少なく引き返すより他にない状態なのだとも。
話を聞き終えた所で、男は働いて金を稼ぐか、あるいは身でも売って足しにすれば良いと言い放った。
押し黙る少女を相手に男も黙り、長々と沈黙と雑音が流れていく。
皮切りに歩き出した男は門より西へ、少女を後ろに置いていった。
僅かに離れて振り返れば、往来の人々に飲まれ、少女の姿はたちどころに消え失せた。
男が街の出口に差し掛かった頃、巨人の姿を顧みれば視線は水平から浅い角度。
空を支える腹にはちょうど、月が腰を落ち着け化粧直しをしていた。
今はまだ白くも、あとどれほどかすれば鮮やかな姿に変わるだろう。
ここは新天地。法も無法もまかり通るアルカディア。強きは走り続けねばならず、弱きはくずおれるのみ。
少女の事を僅かばかり気に留めながらも、男は止まった足を再び運び出した。
【小さな門出】
誰かの歩みを止めることは別段難しいことでもない。
ヒンナムから少し離れた所で、男はたったの一声で歩みを止められた。
「あの!」
門前の広場で出会った少女が後を追いかけていた。
乱れていた黒髪はさらに乱れ、汚れてしかも汗ばんだ服で息も絶え絶えに語りかけている。
繰り返し、あの、と言い続けるが、肝心のその先がどうにも出てこない。
相手の出方を伺っていた男がふと空を見上げると、すでに月も化粧直しを終えて太陽を追い始めようとしていた。
「えっと、あの――」
「嬢ちゃん。生憎だがオレは“あの”だけで会話が成り立つような高等種族じゃねぇんだ。
続きを言ってもらわない事には返答も質問も出来かねる」
昼とも夜とも言い難く、日食とも月食とも言えぬ曖昧な空の下で、男は少女の返答を待つ。
躊躇なのか、恥じらいなのか、恐怖なのか。あるいは全てが混在して曖昧なのか、答えは返ってこない。
だが男もそれは同じことだった。こうして留まっていることの理由は酷く曖昧な状態にある。
目の前の少女が盗賊の類だという可能性も否定はできない。新天地では“稀によくある”事だ。
だのに男は足を止めて待っていた。そして答えが返ってくる。
「あなたは、どうやって生活しているんですか。どんな仕事をしているんですか?
私でも出来る事ですか? 私でも手伝えますか? 私でも――」
矢継ぎ早に繰り出される質問に対し、男は手を前に出して止めさせ、天を仰いだ。
曖昧な空は太陽が辛くも勝利したようだが長くは持ちそうにない。じきに空は黒くなるだろう。
暁の空の中、太陽の血がどこかに落ちていくのが見える。
それを求めてドニーかクルスか、ともかく一斉に多くの国――スラフを除いて――が船を出すだろう。
男は少し思案した後、少女に向かって「さて何だったか」と問いかけ、“あの”と返ってきたところで話し出した。
「オレはある傭兵団……は微妙か。まぁ“小さな傭兵団”の一員としてちんまり仕事をしている者だ。
金を積んでさえくれれば、一通り仕事は完遂するというのが信条だ。オレのではなく団長のな」
傭兵。小さな揉め事から大きな荒事の解決、荷物の調達から輸送まで、金を貰えばきちんと遂行する者たち。
金の亡者と揶揄されることもあるが、実態は便利屋といった方が似合っている。
何も好きこんで荒事に首を突っ込むのが傭兵では無い。ただ力を問われる仕事の方が多いだけのこと。
傭兵を営む男を前に、少女は自分を雇ってくれるよう嘆願した。
しかし男の答えは辛辣だった。見ず知らずの輩を雇う気など無いと。そもそも決定権が無いとも。
団長に会わせて欲しいと無茶な頼みもするが、当然のように断られる。
だが必至に食い下がる姿を見て、男は出合った時と大分異なる印象を少女に抱いた。
気まぐれとは言い難いものによって、男は少女にひとつの提案をする。
「オレの仕事のサポートをしてもらおう。結果によっては、団長に会わせてやらなくもない。
こっちから提示できるものは、今はそれだけだ。この条件を飲むなら話を続ける」
こくりと頷く少女を前に、男は話を続けた。
今から西へ仕事をしに行くこと。しかし太陽が血を流したので、恐らく今行っても無駄足になりそうなこと。
とは言え他の仕事も無くは無いので、手際よく済ませようとしていること。
そして最後に男は名乗った。
「自己紹介がまだだったな。オレはジャックと名乗っている者だ」
こうして少女――園部林檎――は傭兵見習いとして、異世界で新たな門出を果たすこととなった。
2012/12/26:少女の門出話を追加。
- 新天地名物とも言える突拍子も無い設定を仮想になり過ぎない程度で見せていると感じた。続きを追記していく形式でこの先も進めるのかな? -- (名無しさん) 2012-12-28 02:12:18
- 名称と風景描写の仕方が上手く重なっている -- (とっしー) 2013-01-12 18:18:26
- とてもインパクトのある町の風貌の中で人々の生活が流れているのは新天地の魅力でもあるでしょうか。名前は置いておいても異世界で6年捜索を続けられている彼女の強さは前に進む心なのかなと思いました -- (名無しさん) 2015-08-23 17:39:52
最終更新:2013年01月19日 21:02