新天地は西。
オルニトに近く、先細りの領地がそこはかとなく窮屈な印象を与える地域。
海に面したやや角度のある傾斜面、棚田のような段々に形成された場所に
風の港町はある。
立ち並ぶ風車は異国情緒を感じさせるかもしれないし、ある者にはそう感じられないかもしれない。
例えばヨーロッパ方面を故郷とする異邦人は、むしろ懐かしいとさえ感じるだろう。
風車の数多くが風向きを無視し、あらぬ方向に顔を向けている点さえ気にならなければ。
この街がここまで風車を多く持つのは単純な理由だったりする。どういう訳か風の精霊がやたらと集まるのだ。
四方八方を向く風車がどれも正しく回っているのは、風の精霊が面白がって回しているからに過ぎない。
こうやって精霊のたまり場を街の中に用意することで、海の方で暴れるのを防ぐという狙いがある。
丘の先、海の下に潜ってみれば山ほど見つかる事だろう。風の悪戯に翻弄されて沈んだ船の残骸が。
時刻は太陽が山頂にたどり着くまであと二歩を要するといった頃。
段々になっているアネモスの中で、最も高い段から見下ろす海は正しく水平線を描く。
海面には波のひとつさえ見えず、その様は空の青さを映した鏡なのではないかという疑いさえ抱くほど。
一方で傭兵ジャックと見習いの林檎が居る場所はこれでもかという程に風が纏わりつく。
右から左へ扇いだかと思えば左から右へ。前から来たと思えば下から突き上げられる。
果ては高所だというのに上から押しつぶすように風が吹く始末。神の祝福と呼ぶにはあまりにも荒々しい。
ジャックの黒いコートが音を立ててはためく中、林檎は手をさすり白い吐息を漏らしていた。
林檎の黒髪は以前ほどみっともない状態でもなく、衣服もヒンナムの門前市場で見繕ったローブを纏っている。
間に合わせゆえ丈が合わず、着心地の悪さを感じているようで林檎はどこかソワソワしていた。
あるいは自分たちが見下ろす眼下の街で、これから行うであろう仕事の内容が気になるからか。
ジャックは一通り港の方面を確認し、対象の船が到着前――あるいはすでに出航済み――である事を確認する。
海をぼうっと見つめ、仕事の順番変更を余儀なくされたジャックは首筋を爪で引っ掻いた。
その音は猫が爪を研ぐ音に良く似ており、ジャックの身体が木製であることを強烈に主張する。
風になびく翡翠の髪もまた木の葉のざわめきに近かった。
アネモスは新天地の玄関口のひとつに数えられる。ゆえに船と船乗りは多い。
そして長旅の疲れを癒すため、また航海の無事を祝うための場も当然用意されている。
また船から降ろされる積荷の輸送や護衛の仕事を受けようとする傭兵たちが群がる場でもある。
今は多くが出払っているものの、これから来るであろう一仕事に備えて一時の休息に浸る者もいなくはない。
そこへ一人の少女が来店した。東へ行くために護衛が欲しいと酒場に集う者共に一声をかける。
丈に合わないローブに身を包んだ客は、気前の良い金額を一同に提示した。
怪しさが漂う中、少女はローブから金貨が詰まった袋を取り出し報酬が確かであることを示す。
いぶかしみながらも腕立つ者どもが細かく注文を聞く。
いつ発つのか、目的地はどこなのかを聞かれるも、少女は曖昧な答えを返した。
とにかく東へ行ければ良い。方法や手段は問わないので、手筈は全て任せると。
唯一の注文は海を眺めて行きたいということのみ。
名乗りを上げたのは、海岸沿いの道を知ると言うシャチに似た魚人と思わしき傭兵。
早速と町中で二足の竜が引く地を滑る船を借り、新天地は東、ヒンナムを目指す。
出発の間際、注文通りに海沿いを行くものの事故が起きる可能性も高いと傭兵は告げた。
水の精霊が遊び相手を求め、道行く人を波でさらうのだという。
強靭な脚と引き換えに腕と翼を失った竜が大地を踏みしめ、アネモスからの風を受けて船が大地を滑走する。
海の間際を駆け抜ける竜船の背後を、翡翠の髪をした男が気づかれぬよう追いかけていた。
【地獄の海でトレジャーハント】
異世界の海のどこか。太陽が灼熱の劫火で月を照らし、辛くも勝利を収めた場所の付近。
流れ落ちた太陽の血が海を赤く染め上げ、この世のものとは思えぬ風景を作り上げる。
灼熱と化した海より立ち昇る湯気。それが赤い雲を形成し、赤い平原に熱い雨を降らす。
この地獄に等しい場所のどこか、太陽の血が大海に抱かれ玉となったものが沈んでいる。
深紅そのものを体現したそれはまさに神に等しい最上位の宝石。
宝石としての価値はもとより、持っているだけで試練の難易度が緩和されるとあっては重宝もされる。
そのため他国はもとより
ラ・ムールでは驚くほどの値で取引される。
それこそ一生を終えてなお、あと四生くらいは遊んで暮らせるのではないかというほどに。
ゆえに、この地獄にサバ柄の猫商人が駆けつけるのは違和感の無いことだった。
「あっついにゃー……」
パタパタと手で顔を仰ぐ様子は余裕を感じさせるが、彼の内心はそうでもない。
他にも船が多数、海を埋め尽くす勢いで集合しているが、ここは海では無く地獄そのもの。
来る船の底を燃やし、灼熱に引きずり込まれた貪欲者が身を焦がし叫ぶ様は地獄そのもの。
物言わぬ船が苦しみの雄叫びを上げて、赤の海に燃え尽きる様は間違いなく地獄そのもの。
また一隻、また一人と飲まれて消えていく様を見て、次は自分かと思わずにはいられない。
頑強な船に備えられた灼熱に耐える網で地獄の底をかき回す。
そろそろと思って引き上げてみれば、見るも無残な成果ばかりが取れるのみ。
ミイラ取りがミイラになるとは異邦のことわざだが、まぁ似たようなものかとサバーニャは思う。
後数回が限度だろうと打算を打って網を投げ返し、再び船を走らせ収穫を待つ。
その時、どこからとも無く大声が響いた。
「獲ったどー!」
ああ、となで肩をさらにがくりと落としてサバーニャは甲板に座り込む。
ため息を吐きながら宝玉を手にした船を見れば、それはドニーの船。
相手によっては体当たりでも仕掛けようかと思ったものの、ドニー船相手には分が悪すぎる。
もっとも取得者が彼の者でよかったという安堵もあったりする。
金のためではなく生活のため。海を地獄に変える宝玉は太陽そのもの。
寒いドニーではそのまま暖房器具――村や町単位の――として末永く活用されることだろう。
だが悔しいものは悔しい。帰り際に体当たりを仕掛けるサバーニャだった。
- 精霊とそれを扱うための仕組みやそこから生まれる景観の妙。読んで思わず膝を叩くと同時に景色が浮かぶ -- (としあき) 2013-01-01 07:41:07
- 自然と精霊と隣り合う異世界の生活とその知恵というのが伝わってきた。商人はいつの時代でもたくましい -- (とっしー) 2013-01-12 18:25:45
- 精霊と密接に繋がる風光明媚な港町いいですね。一変して神の傷で生まれた過酷な地。人の欲求はそのような土地でも立ち入っていく原動力に成り得ると -- (名無しさん) 2015-08-30 18:23:03
最終更新:2013年01月19日 21:01