「ん?」
「お、おいちょっと待て。あれ……何だ?」
「鳥……?」
遺跡前防衛戦線に勝利の凱歌が上がった頃、ようやく黒煙晴れた空の彼方に黒い影が見えていた。
最初の内は何か分からず、気に留める者も殆ど居なかった。しかしその影は徐々に、しかし確実に戦場に近付いていたのだ。
そしてそこにいる者達の誰もが分かるようになる。破滅の時は過ぎ去ってはいなかったと言う事に。
「違う……あれは鳥じゃない! あれ、全部鳥人だ!」
「ファルコ軍だ……正規部隊が動いたんだ!」
今や空を埋め尽くす程の勢いとなったファルコ軍一千の大軍勢。大してこちらの戦力は、総崩れとなった防衛の陣地と百数名の自警団員だけ。
こんな状態で戦いになれば、その結果は火を見るより明らか。一方的な虐殺だ。
「こ、こんなの勝てる訳ねぇ。なぶり殺しにされるだけだ!」
「四元魔将を斥候に使うだなんて! 本体が後ろに控えてるなんて!」
「殺される、俺達みんな殺されるぞ!」
「いやだー! 死にたくないー!」
自警団陣営は混乱の坩堝と化した。皆が口々に絶望の言葉を吐き、逃げ場の無い戦場で右往左往するだけだった。
そんな中、エルとシエラでさえも希望を失い、これから始まる破滅に打ちひしがれるのみとなっている。
「万事休す、か」
「みんな……お姉ちゃん……ごめんね」
そんな前線の様子を見つめるソラリアは、同様に絶望の淵に沈む後方部隊の中で一つの決意をする。
(タクトさんは私が守ります)
例えこんな一縷の光も見えない闇の中でも、その誓いだけは絶対に捨てない。
ソラリアの中に眠るたった一つの確かな記憶。
――タクトさんが好き――
その記憶、その想いだけは決して嘘にしてはならないのだ。例え自分の身がどうなろうとも……
「っ!」
ソラリアが後衛の陣から一人飛び出した。
その手には鍵の剣がしっかりと握られている。
「ソラリア!? 止めろソラリア! ソラリアー!」
タクトはそれに気付いたがソラリアを止める事が出来なかった。何故ならタクトも、他の者達と同様絶望していたのだから。
ソラリアの強い決意を秘めた横顔を見てタクトは自分を恥じた。
あの時、ソラリアを守ると誓ったのは嘘だったのか?自分の心の弱さをタクトは心の底から恥じた。
絶望なんてしている暇は無かったのだ。いや、今だって、この瞬間だって、今すぐ駆け出さなければならないのだ。間に合わなかったとしても。
「皆さんは、タクトさんは傷つけさせません……絶対に!!」
それがソラリアの気持ちに対する、タクトが出来るせめてもの答えなのだから。
「ソラ……リア……」
「すごい……あんな戦い、そんな……」
空に上がったソラリアは鬼神の如き戦いぶりを見せた。
一千の敵の大群に突撃し、炎を放ちながら戦っている。圧倒的不利な状況にも屈せず、たった一人で戦い続けているのだ。
「武器を貸してくれ! 俺も戦う!!」
タクトは駆け出していた。弓と矢を引っつかんでソラリアの舞う戦場へと。
その姿を見て、残った自警団員達の心境に変化が生じ始める。
「な、なぁ。これならひょっとして俺達、勝てるんじゃないか?」
「ありえるぜ。あの娘スゲェよマジで」
「俺達も戦うぞ! まだ武器はあるんだ!」
「最後まで戦って戦って、戦い抜いてやるぜー!」
自警団の男達が再び武器を持ち立ち上がった。タクトに続き蒼穹の戦場に向かって走り始める。
ソラリアの想いが、タクトの誓いが、再び一同に戦う勇気を与えたのだ。
タクトは思う。ソラリアの姿を見て、改めて思う。
(それにしても……ソラリアの、あの強さは普通じゃない。本当に何者なんだ? 君は)
たった一人、蒼穹に舞うソラリアは、戦場の女神か死神か……
「あっ、もう矢が! 俺ちょっと矢を取りに行って来るから!」
そんな折、武器となる矢が尽きたタクトは前線から離れた。
「あぁ、頼む」
「ここは任せて! お兄ちゃん」
「あぁ!」
この時、タクトはみんなより一足先に知る事になる。本当の恐怖はまだ別に居た事に。
「こ、これは――!?」
遺跡内後方にある資材置き場に来たタクトは、そこで信じられない光景を目にした。
「みんな……死んでる……?」
それは後方支援で控えていた団員達。その誰もが、一人残らず頭の穴と言う穴から血を流して倒れている光景だった。
誰一人動く者は居ない。完全に死んでいるようだった。
「何故だ!? 四元魔将は倒した筈なのに、誰がこんな――ぐわっ!」
と、その時突然、タクトは頭部に強い衝撃を感じ地面に叩きつけられた。ガンガンする頭と回る視界の中、必死で何が起こったのか情報を得ようと模索する。
だがその望む情報は、意外な形ですぐにもたらされる事となった。
「来てしまいましたね、タクトさん」
「君は……スワティさん?」
倒れ伏したタクトの前に姿を見せたのは、宿で四人の世話をしてくれていた白い鳥人のスワティだった。
彼女もここで物資の管理や武器の運搬をしていた。だが今、彼女以外の人は全員死んでいる。彼女だけが生き残ったのか?どうやって?
いや、そうじゃない。タクトは状況をありのまま、冷静に見る事にした。スワティの手に握られている鉄製の扇、その端から赤い液体が滴っているのだから。
「ずっと待っていたんですよ。遺跡の警護が最も手薄になる、この瞬間を」
「まさかこれは、全部君が?」
「フフッ……」
スワティがタクトの頬を撫でながら微笑を浮かべた。だがそれはタクトへ向けられたものではない。その鉄扇を手にした悦び故だ。
タクトの目の前に鉄扇が広げられた。その鉄扇には見た事のない文様と、流麗な絵が描かれている。意味は分からないが、何となく水を思わせる図柄だった。
「全てはこれを手に入れる為、水神の神器ミズハミノノリトの為なのです」
「神器……だと?」
『神器』地球の神話にもよく登場するそれだが、この異世界においては大きくその意味を変える。
ただの伝説上の存在ではないのだ。古臭いだけの文化財ではないのだ。それはこの世界の神の力を注がれた、確かな力を持った神聖な道具。
精霊の力が込められた魔道具とは比べ物にならない、まさに人が使えば神の如き力を発揮できる脅威のマジックアイテムなのである。
「そうです。これさえあれば神の力を行使できる……もうファルコなど恐くない。私……あたいこそが、ここ
新天地の支配者になってやるよぉ!!」
スワティ――いや、水の魔将スワン。彼女が本性を表したのは、自分の勝利に絶対の自信を持った時だった。
「?」
ソラリアが、戦火の中何かを感じ取ったのは、時にして丁度タクトがスワンの前に倒れ伏した時の事であった。
タクトに続き自警団がソラリアの援護に回った時感じた安心感や心強さのような感覚が消えたのだ。
彼女の中にある魂のような物が、最愛の相手に何かが起こった事を感じている。それは何億光年離れていても感じ取る事が出来る人と人との絆の力。
(おかしいです。タクトさんの身に何か……何か妙な――!?)
地球で言う「虫の知らせ」と言う感覚にソラリアが困惑していると、遺跡の中から見た事のない、恐ろしい何かが現れた。
「何だアレは! 水が龍のようになって――人々を食らっている!?」
「こっちに来るぞ! 逃げろー!」
『わぁーーー――』
その水の龍は瞬く間に百人余りの自警団の面々を飲み込み、その水で出来た体内に取り込んでいった。
圧倒的だった。
誰も何も抵抗できないまま、一方的に一瞬で水龍に取り込まれてしまう。中には苦し紛れに矢を放った者も居たが、そんなもの水に射ち込んだ所で何の意味も無い。
ソラリアは味方があっと言う間に負けてしまう様を、ただ眺めているだけしか出来なかった。
「タクトさん! みんな!」
突然の事にファルコ軍の者達も動きを止めている。ザイールの遺跡は遥か昔、水神と崇められた水の大神龍を祭っていた遺跡だ。
その遺跡から水龍が現れたのだから、神の怒りに触れてしまったのかと思い、恐れ戦いたのだ。
だがすぐに、ファルコ軍にとって、その心配は無かった事が判明する事となる。
「動くな!」
遺跡の入り口から出てきたのは、真っ白い鳥人、スワンだった。
ソラリアには訳が分からなかった。何故自分達を世話してくれていたスワティが自分に動くななどと命令するのか。
だが次の彼女の台詞で全てを理解する事となった。
「動くなよ魔神。動けばこいつらを殺す」
スワンは裏切り者だったのだ。いや、最初から裏切るつもりでこの街に潜入していたのだ。そして時が来たから裏切ったのだ。
ソラリアがそう理解した時、自体はもう既に取り返しの付かない状態になっていたのだった。
「ファルコは新天地、いや、世界支配にはお前が必要だと言っていたが、あたいにはどーもそうは思えなくてねぇ」
スワンの言う言葉の意味は分からないソラリアだったが、何となく彼女が望んでいる事は察しが付いた。
そうしてソラリアがスワンの次の言葉を想像するより早く、スワン自らの口から、その残酷な言葉は放たれたのだ。
「あんたにはここで死んでもらう。あんたが大人しく死んでくれるってんなら、こいつ等の事は特別に見逃してやってもいい」
「タクトさん……」
水龍の中で息が出来ずもがき苦しむタクト達。その姿を見て、ソラリアの答えは一つしかなかった。
「……分かりました。私一人の命で、皆さんが助かるのなら……」
「そうそう、いー娘だねぇー――よっと!」
スワンがソラリアの答えに笑顔で答えたのと、水龍の鋭い爪がソラリアの体を裂いたのは、ほぼ同時の事だった。
水圧カッターのような一撃を受けて、ソラリアの胸部は大きく十文字に爆ぜ、鮮血を散らしながら地面へと落ちていったのだ。
その光景を見ながら、やっと水龍の体内から顔だけ開放されたタクトは絶叫する。
「っぷはっぁ!! はぁっ! はぁっ! ソッ、ソラリアーーーーーーーーーーーーーー!!」
巨大な水龍の胴体から下を見下ろすタクト。
ソラリアはどうなったのか?生きていて欲しいと願いながら、落下地点に目を凝らした。やがて落下の衝撃で上がった土煙が晴れると、そこには大きな赤い花が咲いていたのだった。
「ソラリアぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!! うわぁぁぁぁぁあああ!」
「あーーーっはっはっはっは! 何が災厄の存在だ! 何が滅びの具現化だ! やっぱり魔神なんか大した事ないじゃないか! 神の力の前にはゴミクズ同然さぁ!!」
守れなかった。
あの可哀想な娘を守れなかった。自分を好いてくれた娘を、頼ってくれていた娘を守れなかった。あまりにあっけなく訪れた結末に、タクトは悔恨と絶望の悲鳴を上げる。
タクトの慟哭とスワンの笑い声だけが、タクト達の敗北終わった戦場にこだました。
(タクトさん……ごめんなさい……)
ソラリアの意識は闇の中に沈んでいた。
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。完全なる闇。
[損壊率45% 戦闘継続不可能 自己修復装置起動 回復予想時間――秒]
その闇の中、ソラリアの心の中に直接響く声があった。
(なんだろう……頭の中でおかしな声が聞こえる……何だか……懐かしい)
その声にソラリアは覚えが無い。だが知らない声なのに何故か懐かしさを感じるのだ。
[必要元素 鉄……確保 炭素……確保 珪素……確保 マグネシウム……確保――]
ルーチンワークをこなすだけの、抑揚の無い声なのに、何故そんな感覚を覚えるのか。
[システム再起動まで残り――秒 頑張ってね、ソラリア]
その声はもしかして、もしかしてソラリアの――
ソラリアがその答えを求めようとした時、彼女の意識はそこで途絶えた。
「さて、これであんた達は用済みな訳だけど……どうしてほしい?」
「くっ……」
勝負がつき、自警団とタクト達を縛り上げたスワンは余裕の笑みを見せていた。
「くくく、悔しそうだねぇ、悲しそうだねぇ、恐そうだねぇ、いーよその表情。そうやって楽しませてくれてる内は生かしておいてあげるよ」
スワンは既に自警団の何人かを殺している。
縛られ、動けない相手の頭に水の玉を被せ、窒息する様を眺めて楽しんだのだ。
その残虐性、悪趣味さに、同じファルコ軍の兵士達まで恐れ戦いている。
「お前、神の力と言ったか。その扇が神器なのか?」
エルがスワンに質問した。時間稼ぎとターゲットを絞る為の質問だ。
今エルは縄抜けを試みている。手の関節を外し、手枷を取ろうとしているのだ。手が自由になれば砥いでおいた親指の爪で縄を切る事が出来るかもしれない。
だがスワンはそんなエルの企みを知ってか知らずか、いきなり顔面に蹴りを入れたのだ。
「エル!」
顔を蹴られ頭を遺跡の石柱にぶつけたエルは意識を失った。
そんなエルを心配して這いずってでも近付こうとしたシエラの背中を踏みつけて、スワンは憎憎しげにこう言った。
「生意気にお前とか言ってんじゃないよ! スワン様、だろう? このブス女」
横たわるエルに対し乱暴に唾を吐きかけるスワン。目を背けたくなる暴虐さだ。
だがスワンは怒りつつも上機嫌だった。その理由は長年追い求めてきた神器を手に入れる事が出来たからに他ならない。
「……ふん。ダークエルフはこれだから嫌いだよ、生まれつき目つきの悪い女ばっかりさ」
もはや好き放題といっていい傍若無人ぶりを発揮しつつ、スワンは手に入れた神器『ミズハミノノリト』に頬ずりした。
「だけど今日は気分が良いから教えてやるよ。これはね、かつてこの地に居た水神の力を宿した神器なのさ」
神器である碧い鉄扇を満足げに、何度も開け閉めしながらスワンはうっとりとした表情で語り始める。
もうこれさえあれば他何もいらないと言った様子だ。
「ここ新天地や未踏破地帯には、そうした物がいくつも眠ってる。遺跡や大地の恐れとなってね。あたいは昔からそーゆうのに興味があってね、黒い月の伝承をファルコに教えたのもあたいさ」
ファルコが捜し求める『黒い月』の伝承。
異世界には三つの月――即ち『セレ』『ニア』『コス』が存在する。だがその月とは別に、この世界を小さな黒い月が回っていると言う伝承があるのだ。
その伝承によれば黒い月には悪魔達が封じられていて、誰にも見つからない空の軌跡を通っていると言う。
スワンは古代の伝承を研究する内、この黒い月が実在して、悪魔達がかつて本当に居たと言う確証を得たのだ。
そしてそれをファルコに教える事で、
オルニトの大図書館で司書をしていただけの女が、神官と四元魔将の地位を得た。
「おかげであたいは地位を与えられ、自由に遺跡探索出来るだけの資金と力を得た。けど、それも最近はやり辛くなってきてねぇ……アストレス、あいつさえ現れなけりゃ今頃……」
その成果として発見したのがミィレス=アストレス。ソラリアと同じ太古の眠りから目覚めた少女だ。だがその発見が彼女の地位を脅かす事となったのは、スワンにとって皮肉と言う他ない。
「少し喋りすぎたね。ま、とゆー訳だから。あんたらはあたいが神器を手に入れる為の犠牲になりましたって事さ。分かったら処刑を始めるよ」
「そんな! 約束が違――きゃあ!」
「う……シエラ……」
ソラリアとの約束を破り全員処刑すると言い放ったスワン。
その酷さに異を唱えようとしたシエラに、スワンは言い終わらぬ内に蹴りを入れた。
意識を取り戻したエルだが、まだ完全に覚醒していない為に何も出来ない。こんな時にシエラを守ってあげられない自分の不甲斐なさに、エルは唇を噛んだ。
「うるさいねぇ! 気が変わったんだよ! ここはあたいがルールなんだ!」
「くっ、こいつ……」
もう時間稼ぎも出来そうにない。縄抜けも間に合わなかった。
完全に打つ手無しの状態となったエルは、最早限りなく望みは薄いが、残された唯一の可能性に賭けるしかない。そう覚悟した。
「さぁて、どいつから殺してやろうか……やっぱり目つきの悪いあんたか? それともさっきから一番恐がってるあんたかい?」
「私だけやれ」
「あん?」
エルは吐き気を催す邪悪な女、スワンに対してこんな真似をする事だけは嫌だった。嫌だったが最早これしか手は残されていないのだ。
「この娘は何の罪もない、ただ巻き込まれただけの鳥人なんだ。その地球人も何もしてない。二人とも無関係なんだ。だから……あぐっ!」
「エルー!」
命乞いだった。
敗北が決定した時、情けなく敵に助けて下さいと懇願する行為だ。それをエルはシエラとタクトの為に行ったのだ。自分の命はいらないから二人を助けて下さいと。
「だからあたいに指図すんなって言ってんだろうが! 頭の悪いブスだよ全く! お願いする時は……」
「ブッ――ぐ……っ」
だがしかし、そんなエルの切実な気持ちを、文字通り踏みにじるように、スワンがエルの顔を踏みつけた。
いや、踏んだだけではない。何度も何度も、エルの恥辱に歪む顔を楽しむように、踏みにじり続けるのだ。
「こうして、地に頭擦り付けながら懇願するんだろうがぁ、あぁ!?」
「お願いします……どうか……この子達だけは……お助け下さい……」
「あぁん? 声が小さくて聞こえない――よっ!」
そして極め付けにエルの顔面を再び蹴りつける。エルはおびただしい鼻血を噴出しながら、再び意識を失った。
「うぁっ!」
『エルーーー!』
「あーーーっはっはっはっはっは!」
シエラはそんなエルの姿を見て、涙と鼻水で顔をビシャビシャにしながら這いずりながら近付いていった。
自分達の為にあれだけやったエルの為に、シエラは何もしてあげる事が出来ない。そしてそんなエルをゴミのように扱ったスワンに対して、何も出来ない。それがシエラは悔しくて仕方なかったのだ。
だがそんな時――
「スワン様ー!」
「なんだい! 今良い所だよ!」
「そ、それが! 外の魔神が突然また動き出しまして!」
「なにぃ!?」
「ソラリア!?」
タクトにとって、そしてシエラにとっても喜ばしい、驚くべき知らせが入ったのだ。
こんな時、願うべくもない喜ばしい知らせが。
「うわぁぁぁあ!」
「ぎゃぁあーー!」
スワンは急いで遺跡の外に出た。
魔神は先程、確実に自分の手で仕留めた筈だった。だがそれが何故か復活して、再び自分の邪魔をしているというのだ。
スワンは思った。いや、願った。あれだけのダメージを与えて立てる筈が無い、と。
だが部下の何かのみ間違いだと願いながら、半信半疑のまま表に出たスワンの目に飛び込んできたのは、上空、遺跡の直上で巨大な火の玉を形成し続ける火の悪魔の姿だった。
「ダメだ! 火が強すぎて、近づくと翼が燃えてしまう!」
「スワン様! 奴に近づけません!」
「えぇい!」
既にソラリアを撃墜しようと接近を試みているファルコ軍の兵士達だったが、ソラリアがチャージする集積火粒子砲の余熱だけで近付く事が出来ずに居た。
「もう一度くらいな! 青龍演舞!!」
魔神相手に部下達ではどうにもならない。
それが分かっていたスワンは、一度倒した自信もある為か、すぐさまもう一度、水龍による攻撃を敢行した。
今度は爪ではない。水龍が真正面からぶつかる、大質量の水による破砕攻撃である。山をも削り、砕く力のある水の流れ。その力をソラリアにもろにぶつけたたのだ。
小さな火球程度一瞬で消し去る水の量。スワンは自信があった。
今度こそ倒した。ソラリアの周辺は水蒸気で何も見えなくなっていたが、そう確信していた。だが……
「っ! な、なにぃ――!?」
だが水蒸気が晴れたそこには、変わらず火球を構え続けるソラリアの姿があった。
ソラリアの火球はただの火ではない。超高温の火は既にプラズマ状態にシフトしていたのだ。
大質量の水龍(水流)は、鼻先が触れた瞬間に蒸発。いわば水蒸気爆発の状態となって残りの水を吹き飛ばしてしまっていた。
「く、くそ! 青龍乱舞! これならどうだぁ!」
その光景にスワンは戦慄した。水は火に対して相性の良い属性ではないのか?その水属性のトップクラスに位置する力を、水神の神器を手にしたのに、魔神の炎に勝てないというのか。
スワンは今度は水龍を同時に五体出現させて、ソラリアに向けて突撃させた。その威力は山をも砕く力を持とう。
だが……
「そんな……そんなバカな……くそぉ!」
再び起こる水蒸気爆発。その白いモヤが晴れた空には、ボロボロに成りながらも健在の、蒼穹のソラリアがそこに居た。
スワンが遺跡の方に飛ぶ。その手にした扇から放たれた水龍が、遺跡内から誰かを引っ張り出した。
その人物とはソラリアの守るべき、愛する者。
「おい! こいつを見な!」
遺跡から引っ張り出したのは地球人、久我タクトその人だった。
そう、スワンは再び人質作戦に出たのだ。
「今すぐその炎を消して投降しな。こいつらの命が惜しけりゃね」
「ソラリア……」
だが今度はタクトは暴れたりしない。
タクトも誓ったのだ。絶対ソラリアを守り抜くと。それは人質になってソラリアの足枷になるくらいなら、このまま殺されても構わないと言う覚悟。
タクトは静かに目を閉じてソラリアの名を呼んだ。
「どうした! 早くその火を消せ! こいつが死んじまっても良いのかい!?」
人質のそんな態度に、そして今度は無反応なソラリアの態度に、スワンは今までに無い焦り様を見せる。
もう今のソラリアには人質作戦は通じない。そう踏んだスワンは速やかに、次なる手に出た。
「~~~~来い!」
再びタクトを連れて遺跡に戻るスワン。その心にはもう先程までの余裕など微塵も無く、ただただ一つの感情だけが湧き上がっていた。
(くそ! 一体何なんだあいつは!? 正真正銘の悪魔だとでも言うのかい!?)
それは恐怖。
敵わないと言う畏れの感情。
だがこのままそれを認めてしまう訳には行かなかった。負けを認めれば死、あるのみだからだ。
ここまでやった自分を許す者など誰も居ないだろう。ここは何としても・・・
「おい魔神! 一旦勝負はお預けだよ! 今遺跡は水神の結界で守ってある! 絶対に破れない水神の障壁だ!」
そう、勝てないと分かれば逃げの一手しかない。
タクトを人質としたまま遺跡内を通る地下水脈を使って逃げるのだ。勿論、安全圏まで逃げたら途中で人質は捨てて行くつもりだろう。
「次の勝負まで、こいつはあたいが預かっとく! 追って来たら殺すからね!!」
ここで追わなければタクトは殺される。それがソラリアには分かった。
だからこそっこで引くわけにはいかないのだ。ソラリアはタクトに出会う為、タクトを守る為、気が遠くなる程の悠久の時を超え、ここに居るのだから。
「本当に、その水の結界は破れないんですね?」
ソラリアが言った。
静かに、澄んだ声ではっきりと。
今やこの場には誰も口を聞く者はいない。だからこそソラリアの声はスワンにはっきりと届いたのだ。
「絶対に破れないんですね?」
返事が無いスワンにソラリアはもう一度聞く。
この問いが一体何を意味するのか、スワンには何となく分かった。だが彼女の勝気な性格が、逃げると言う戦術的敗北と呼べる手を取る以上、これ以上弱腰になりたくないと言う気持ちからこう答えるしかなかった。
「当たり前だ! 神の力の前に、己の無力さを思い知れ!」
「分かりました」
「っ!?」
その瞬間、最大限までチャージされたソラリアの集積火粒子砲が遺跡に向けて放たれた。
「きゃーーー!」
「うわぁぁぁあ!」
遺跡の中は物凄い爆音と振動に包まれた。
ソラリアが水神の障壁がある事を無視して、全力で集積火粒子砲を放ったのだ。
「な、何をしている! 全員かかれー! さっさとそいつを叩き落せー!」
その一撃で百層の複雑な水流から成る水の障壁は、第七十層まで蒸発してしまっている。
しかしそれだけの大出力で放ったソラリアも無事とはいかない。一撃目の砲撃で、衝撃を吸収する間接部が悲鳴を上げ、熱量のノックバックで全身至る所が焼け始めている。
それでもソラリアは間髪入れず、次の砲撃準備を進めているのだ。
再び鍵の剣の先に収束されていく火の粒子に、突撃を命じられたファルコ軍の兵士達は次々と翼を焼かれ落ちて行く。
だがそれでも突撃を止めないのは、命令されたからと言うだけではない。ソラリアに対する恐怖が、それを誤魔化す為の蛮勇とも言える攻撃を行わせているのだ。
そして、第二撃目の火粒子砲が放たれた。
『うわぁーーー!!』
凄まじい炎の奔流に群がっていた兵士達がまとめて蒸発する。集積火粒子砲はその発生原理から、砲撃の射線上周辺にプラズマ過流が発生する。それによって大半の兵士が燃え果てた。
そして放たれた第二撃目によって起こった水蒸気爆発も、まだ地表周辺にいた兵士達を薙ぎ払った。
今ソラリアの体は、鍵の剣を両手で支える事も出来ない程ボロボロになっている。撃てば撃つ程自分をも壊していっているのだ。
最初にスワンから受けたダメージが完全に直る前に動き出したツケが出ているのだ。
だがそれでもソラリアは止まらない。
機械の如き正確な砲撃は、水の障壁を一撃目と全く同じ箇所を砲撃する事で、残り三十五層にまで消滅させている。
「み、惨めな女だよ! そんな事をしても、無意味だってのに!」
「恐いのか? スワン」
「く!」
もしもう一度砲撃されれば障壁は持たない。
スワンはまさか神の防御壁が突破されるなど、いや、中に仲間がいるまま砲撃してくるなどと思いもしなかった。
ソラリアの第三砲撃目のチャージは始まっている。このままではスワンが地下水脈に逃げる暇はない。
「や……止めろーーー! ここにはお前の仲間が居るんだぞー!」
スワンが祈るような気持ちで叫ぶ。
だがソラリアは止まらなかった。
「ソラリアーーー!!」
タクトの叫びと共に、ソラリアの最終砲撃が放たれた。
「へ、へへ……バカや奴だよ。神の力に逆らうから……そうなるのさ」
障壁は破れ、遺跡は殆ど跡形も無く吹き飛んだ。
その瓦礫の中、いち早く這い出してきたスワンは、瓦礫の上に転がるソラリアを見下しながらそう言った。
ソラリアは今、瓦礫の上に片手片足を失った状態で転がっている。もうピクリとも動く事が出来ない。
「勝負はあたいの勝ちだ。死ね、悪魔め!」
そんな無抵抗のソラリアに止めを刺そうとスワンが鉄線を振り上げる。その手に纏われる水龍は、小さいながら今の状態のソラリアを殺すには十分な威力を持っている。
その水龍鉄扇を振り下ろそうとしたその瞬間、何かがスワンの手を射抜いた。
「な!?――がっ!」
スワンの手を射抜いたのは矢だった。続けて放たれた矢がスワンの喉に命中する。
「カハッ! ……ガフッ、て……めぇ……」
スワンは鉄扇を取り落とし、喉を貫通した矢を抑える。そしてそのまま喉に溢れる地を我慢出来ず吐血しながら倒れこんだ。
完全に致命傷だ。スワンを射抜いたのは、まだ瓦礫から半分抜け出せていないエルの愛弓だった。
「ソラリン!」
「ソラリア!」
そのエルの後ろからシエラとタクトが駆け出す。目指すはソラリアの所だ。傷ついたソラリアの元に一直線に向かって行く。
「タクト……さん……みん……な……」
タクトに助け起こされたソラリアは、今にも意識を失いそうな弱弱しい調子で辛うじてそう答えた。
「あぁ……ああぁ……こんな、こんな大怪我……」
「ソラリン! しっかりして! 死んじゃ嫌だよぉ!」
タクトもシエラもソラリアのあまりにも酷い惨状に涙が止まらなかった。
あちこちの皮が火傷でめくれ上がり、左手と左足は根元から失われている。残った右足も着地の際ににやられたのか、膝から下があらぬ方向に曲がっていた。
「大丈夫……です。私……何となく分かるんです……自分が……大丈夫だって……」
そんな状態でもソラリアは、気丈に二人に笑って見せた。
「落ちた手と……足を拾って下さい……一週間ほどで……回復しますから……」
そんなソラリアを二人は生きていて嬉しい気持ちと同時に、何故こんな状態で生きていられるのか、一週間で回復するなんて本当なのか、あんな真似が出来るなんて一体何者なのかと言う疑問に思う気持ちで一杯だった。
もしかしたら、自分達はとんでもない事と関わり始めているのかもしれないと言う不安が、二人の胸に去来した。
「ソラ……リン……」
「ソラリア……君は……一体……」
ソラリアが笑顔の中に悲しい表情を見せる。
本当は分かっているのだ。こんな状態でも痛くない、自分はタクト達とは違う”何か”だと言う事が。
「私……一体何なんでしょうね……自分で……自分の事が分かりません」
ソラリアは正直に今の気持ちを伝えた。
目覚めた時、過去の事を何も覚えていなかった。ただ一つ、タクトの事だけは覚えていた。タクトを好きと言う気持ちだけを。
だが一緒に旅をする程にソラリアは思うのだ。自分はタクト達とは違う存在なのだと言う事を。そしてそれがとても悲しいのだ。寂しいのだ。
「でも……お願いです……」
そして実はその事をタクトも薄々考えていた。
意識的に考えないようにしてきたが、今回の件でその事が、もう目を背けられない事実だと言う事を突きつけられた。
それでもタクトは信じたかったのだ。
ソラリアが、自分達と同じ『心』を持っている事を。
「私のこと……嫌いに……ならない……で……」
「ソラリア!? おい! ソラリア! ソラリアぁーーー!!」
ソラリアはその一言を残すと眠りに付いた。
その後三日間、彼女が目を覚ます事はなかった。彼女の傷は宣言通り見る見る回復していった。
だがもうタクトはソラリアを疑ったりはしない。何故ならあの時、「嫌いにならないで」と言ったソラリアの目には、人と同じ涙が浮かんでいたのだから。
- 前後編読んでみてやはり映画のようなと楽しめた。今度は以前の話も読んでみます -- (とっしー) 2013-01-12 18:39:11
- ソラリアならではの要素が多分に登場しますがイレヴンズゲートを基盤に演出されているので違和感なく読んでいけます。序盤から怒涛の展開の切っ掛けになり牽引するスワンのブレなさと存在感は悪役として存分に輝き散りました。かなり痛手を負いましたが分かり合えた面々の次の一歩を次回に期待します -- (名無しさん) 2015-09-27 19:52:22
-
最終更新:2013年07月07日 00:36