【ヤマカさんとクリスマス】

12月も末を迎え、ようやく連休である。
こんなに心安らかになれたのも久しぶりの出来事だ。
なお、成績は悪いが試験勉強の組立は良いと自画自賛する、
今回もしっかりと12月中に推薦入試でほぼ大学合格決定の俺、川津天です。
神がかり的なヤマのはり方とカンニングテクは、我ながら感心する。
受験勉強なんてやってられるか!あと3ヶ月は寝て暮らすんだ。
そう思った矢先に、ほぼ予想通りにヤマカの襲撃を受けた。

「テンちゃん起きてる?寝てたら起こすけど。
 うんうん。起きてるね。おはようテンちゃん」
部屋の主の許可を一切取ることなく、蛇人の娘である蛇神ヤマカが入室してきた。
あらためてヤマカの顔を見るが、あまり代わり映えしない。
強いて言うなら、最近冬の脱皮とやらが終わったおかげか、ほっぺたのウロコがツヤツヤしている。
全ての鱗人がそうなのかは知らないが、少なくともヤマカには2種類のウロコがある。
ひとつは硬質なウロコで、年に2回ほど剥がれ落ちる。成長に合わせて脱皮しないと引き攣りそうだし。
硬質ウロコはほっぺた、首周り、背中、尾、腕と足の半分くらいを覆っていて、ちょっとザラザラした肌触りだ。
もう一つは人間の肌のような軟らかいウロコで、これは普通に垢みたいに剥がれる。
ウロコというが、じっくり見ないと、いっそ触ってみないと継ぎ目がまったくわからない。
手触りは人間の肌とほぼ一緒だと思う。スベスベしていて触り心地が良い。
それと、これも他の鱗人がどうかはわからないが、体毛がほとんど無い。
髪の毛、眉毛、まつ毛くらいじゃないだろうか。どれも青いくらいに真っ黒だ。
「なぁに?マジマジとアタシの顔を見てさ。
 いつも可愛いねくらい言ってよ」
ヤマカは手に持った数冊の雑誌を床に広げながら言った。何を持ってきてんだか。
「で、今日は何の用事なんだ」
ベッドから起き上がりながら俺は言った。
するとヤマカはズイと顔を近づけてきた。吐息がくすぐったい。
「な、何だよ」
「その前にー」
「前に?」
「いつもー」
「いつも・・・」
「可愛いねー」
「可愛いね・・・これ誘導する必要あんのかよ」
「あるに決まってるじゃない。明日が何の日か忘れたわけでもないでしょ~
 イヴだよイヴ!クリスマスイヴ!もっとボルテージ上げて行こうよ!
 ほらテンちゃんもこれ見て」
ヤマカが差し出して来たのは、『神戸さんぽ12月号』と『とつくに新聞クリスマス特大号』だった。
え?まさか出かけるの?絶対混んでるのに?
「テンちゃんさ、露骨に面倒臭そうな顔するのやめてよ。
 高校最後のクリスマスイヴくらい、一緒に出かけてくれてもいいじゃない」
ヤマカがプクーっとほっぺを膨らませてスネたので、とりあえず指でつついて遊ぶ事にする。
さらに抗議の声があがったが、完全に無視して『神戸さんぽ12月号』をパラ見する。
へぇ・・・猫人喫茶ねぇ・・・肉球をプニプニできるサービスか。いいな。
カレー専門店『みぎに』 か・・・普段通い慣れた店が雑誌に載るのって不思議な感じがするな。
お、ここいいじゃないか。これならヤマカも一ヶ所で満足出来る事だろう。
フラフラ色んなところに振り回されないで済みそうだ。
ヤマカも学園新聞部で作成した『とつくに新聞クリスマス特大号』で良さそうな場所を決めたみたいだ。
「ヤマカ、ここでいいんじゃないか?」
「テンちゃん、アタシここに行きたい」
俺が目につけた場所、ヤマカが行きたがった場所。
それが新ポートアイランドパークの西向かいにある大型集合店舗『マックスGARYU』だった。

次の日、朝も早くからヤマカのおはようメールで叩き起こされた俺は、そのヤマカの身支度待ちをしている。
そんなに気合入れるような事かね。デートじゃあるまいし。デートか。俺、普段着だな。
「ゴメーン!お待たせた」
ようやく出てきたヤマカは、普段とは大違いの姿だった。
全身をフワリと包む長めのワンピースに、普段はかけないミスリルフレームの眼鏡。
胸元には宝玉をはめたブローチが光る。フェイクでは無いらしい。<向こう側>から持参したものなのだとか。
尾の先に赤いリボンをしているのが可愛い。メイクも普段は嫌がってしないくせに、見た事ないくらいカンペキな仕上がりだ。
ヤマカは俺の姿を見ると、ちょっとだけ眉間に皺を寄せたが、すぐに上機嫌に戻った。
「なぁるほど。そういうプレゼントをご希望なのね~
 予算は1万円だけど、バッチリ仕上げるから任せてね♪」
と、ニマニマしながら言った。さてどういう意味だろうか。
ロクでも無い事を思いついたのだろうという事だけは理解できるが。
それより、プレゼントの予算など考えもしなかった。
財布の中には五千円札が1枚と千円札が2枚。心もとないな。
仕方がない。バイトで稼いだ金が5万円ほど、どこかのキャッシュコーナーでおろしてくるか。
「まあ、とりあえず駅に行くか」
俺が歩き出すと、ヤマカはいつも通りに左腕に巻きついてきた。
ちょっと邪魔くさいけど、首で巻き付かれるよりはマシだろうか。

神戸市ポートライナーの十津那学園前駅まで歩いて15分。
12月も末ともなれば、だいぶ気温も下がってきて、ただでさえ低体温で寒がりのヤマカにはキツい季節だ。
今日も一見軽装のようでいて、中にはしっかり体温を逃がさない最新素材の服を着込んでいる。
それでも寒いようなので、駅の中にあるキャッシュコーナーで貯金の大半をおろしたあとで、
ベアーバックスコーヒーに立ち寄って体を暖めなおした。
「テンちゃん、お昼ご飯はどうしようね?」
さっきまでカエルコーヒーじゃないと嫌だと拗ねてたヤマカだが、クソ甘いココアを飲んで機嫌が治ったようだ。
よくあんなものを飲めるものだ。というかコーヒー飲めよ。エスプレッソうまいぞ。
「で、昼が何だって」
ヤマカが持参した付箋が山ほど貼られたガイドブックを覗き見ながら俺は言った。
ヤマカのこういうアナログ感は嫌いじゃない。
「ほら、こんなにいっぱいお店があるんだよ。
 昨日はイストモスバーガーでいいやって思ったけど、せっかくだしもうちょっと思い出に残る所がいいな」
俺はイスバのオニオンリングが食べたかったんだけど・・・
「これから行くんだし、様子見て決めてもいいんじゃないか。
 何十分も並んで食べるのも時間が勿体無いし」
「でも、あらかじめ決めておかないと迷いそうだよ。
 ほら、レストランだけでもこんなに一杯あるんだよ。
 あ、中華レストラン『犬塚飯店』だって。
 勇馬っちと何か関係あるのかな」
ヤマカはガイドのページをペラペラとめくっては、ここがいいそこがいいとはしゃいでいる。
犬塚飯店なぁ・・・あんだけ兄弟いると、本当に関係あるような気もしてくるな。
「せっかくだし、行ってみるか。犬塚飯店」
するとヤマカは再びニンマリと笑い出した。
「クーポン券で20%オフなんだってさ。
 それに店長お薦めメニューも。ウフフフフ」
怪しい奴。

目的地の新ポートアイランドパーク駅までは、新交通モノレールポートライナーで20分ほどで到着した。
乗り物に乗ると、どうしても居眠りをしてしまうという妙なクセを持っている俺は、毎度のことながら寝顔をヤマカに撮られた。
ヤマカちゃんコレクションの一つなのだそうだ。何の価値も無いな。
駅舎から出てすぐに目の前に飛び込んできたのは、『マックスGARYU』の巨大すぎる建物だった。
「うおお、ここまでデカいのか」
思わずバカみたいにくちをポカンと開けて立ち尽くしてしまった。
「これだけ大きいと、巨人さんたちもラクラクよね」
左腕に巻き付いたままのヤマカも呆気にとられている。
とりあえず建物に向かって歩き出すと、周りの人も一斉に歩き出した。みんな目的地は一緒なのか。
1Fフロアを歩いてみて、だいたいの詳細が把握できた。
天井高は少なくとも3m以上。高い所で数十mって所だろう。トラス構造を多用して吹き抜け空間を確保してんのか。
壁もほとんど見当たらず、ガラスか透明アクリルを使ってるんだろうな。中は凄く明るく見える。
そして建物の中には水路が縦横無尽に張り巡らされており、ミズハミシマ魚人への配慮も怠っていないようだった。
この雰囲気は、強いて言うならば京都駅や関西国際空港に近いのだろうか。

「すっげぇなぁ・・・すっげぇなぁ・・・」
俺が建物そのものに感心していると、ヤマカはそんな事にまったく興味が無いようで、しきりに店舗をチェックしていた。
「あ、ほら。テンちゃんあれ見て見て。
 すっごく可愛くない?あーゆーの着たら似合うかなぁ」
ヤマカが指差した先には、なるほど可愛らしい服がディスプレイされている。
つーかここネズミーマウスショップじゃねぇか。
「ヤマカならもうちょっと大人っぽい方が似合うんじゃねぇかな」
こいつ、俺の前だとはしゃぎまわるけど、普段はネコかぶってクールだからなぁ。
だが、この回答はどうもヤマカのお気に召さなかったようだ。
ギュウっと俺の脇腹をつねると、「いいじゃん別に」とボソリと呟いた。
ああ、今日はそういうモードか。
俺はヤマカの手を握ると、ヤマカの抗議の声を無視してその店に入った。
「いらっしゃいませ~」
うお、猫人の店員だ。え?普通に働いてるけど法律とか大丈夫なのか?
「本日クリスマスイブセールとなっております~
 どうぞごゆっくり店内ごらんくださいませ~
 お連れ様は彼女様でいらっしゃいますか~お可愛いですね~
 どうぞご自由にお試着なさってくださいませ~
 こちらのコートなどはいかがでしょうか~
 ノームの衣装職人アステラ・ロッカ氏のデザインですよ~
 さささお客様、早速試着をどうぞどうぞ~」
もの凄い勢いで畳み掛ける猫人女性の営業トークに流されて、ヤマカは試着室へと連れていかれた。
シャっと試着室のカーテンが開くと、ちょっとビックリするくらいカワイイ全開に固められたヤマカが現れた。
「えーっと・・・」
「なによ」
「すっげぇ可愛いぞ」
「もう一回」
「可愛いよ」
「ふふん。そうかね」
「えーホント可愛らしい彼女さんですよね~
 もう何を着ても似合っちゃうって言うか~
 本日イヴセールになっておりまして~
 コート、セーター、マフラー、ニット帽、それにお財布と合わせて何と4万9千800円のご奉仕価格です~
 それではカウンターの方へどうぞ~」
女性店員は間髪いれずにカーテンをシャッと閉じた。
え?購入決定なんですか?
しばらくすると、着替え直してフルスマイルになったヤマカが試着室から出てきた。
なし崩し的に購入決定・・・俺にはこれが高いのか安いのかすら判断できん。猫人商人おそるべし。
「エヘヘヘヘ。サンタさんありがとー」
「誰がサンタだよ。まったく」
「次はアタシがサンタさんだね。
 テンちゃんの服をヤマカちゃんがコーディネートしてあげよー」
うお、すげー嫌な予感。
そもそも予算1万円という時点で無理があったのではないかと思うのだが、
3階フロアの衣料品店街にあるゴブリン達の店『ゴブクロ』にて、俺はヤマカのオモチャになっていた。
「こっちの竜皮ジャケットの方が似合うかもしれない・・・
 それともポリエステル地の方がいい?ん~・・・」
ヤマカさんそろそろお昼も過ぎた頃合いなんですけど。
「そもそもテンちゃんは髪型が適当すぎなのよね。
 良く見たら無造作ヘアだけど、悪く見たらボサボサ頭なんだから」
髪型にまで言及されるとは思わなかったよ。
「お悩みのようですね」
あまりに長く居すぎたからか、とうとうゴブリンの店主に声をかけられた。
大人のゴブリンを見るのは初めてだな。すげー悪そうな顔してるなぁ。
「この店のコンセプトからは外れますが、こちらの毛竜種から得られた糸で編みこんだセーターはいかがでしょう。
 希少品ゆえに値ははりますが、お連れ様にはお似合いかと思いますよ。
 おっと、せっかくのクリスマスイヴです。私の裁量で予算内の価格とさせていただきます」
おお、店主。顔に似合わずなんという良心的な人だ。これで着せ替えから逃れられる。
「ちょっとテンちゃんには上品すぎる感じもするけどなぁ
 でもクリスマスだし、これはこれでいっか」
ヤマカはニンマリと笑いながら、俺の上着を着せかえた。

思った以上に着心地の良いセーターに着替えて、俺たちは最上階にあるレストラン街に来た。
昼時を過ぎたというのに、どの店も混雑しているように見える。
「っと、あれか。犬塚飯店」
見た目は普通の中華料理店だ。結構繁盛しているようで、若干待たなければならなそうだ。
「せっかく来たんだし、ちょっと待ってあそこで食べようぜ」
相変わらず左腕に巻き付いたヤマカは、セーターの肌触りを楽しみながらうなづいた。
待ち時間は10分ほどだった。店内に通された俺は、そのメニューの多さに唖然とした。
「何ページあるんだよこれ・・・いいやエビチリ定食にする。
 つーか馬鹿みたいに安いな。これで採算取れてんのかよ」
メニュー表の最後のページに、食材の仕入先や提携先が所狭しと書き連ねてあった。
随分とやり手の経営者のようだなぁ
「あった!アタシこれにする。店長のオススメなんだってさ」
ヤマカも決まったようだな。
「で、オススメってのは?」
「田鶏(ティエンチー)ランチ」
田鶏(ティエンチー)と言えば中華料理では一般的な食材であるが、要はカエルである。
「ヤマカ・・・お前な」
「美味しいよね。カエル」
付き合いの長さゆえか、ヤマカの事はもう鱗人とか蛇人という感覚が薄れている所ではある。
だが文化的側面、特に食生活において決定的に相容れない部分は確かにある。
それがこの、ヤマカのネズミ肉とカエル肉をこよなく愛する嗜好の部分だ。
それを否定はすまい。俺も亜人から見れば随分と奇異な物を食べているかもしれないからだ。
それにしてもだ。
「あ、店員さん注文おねがいしまーす。
 えぇと、この田鶏(ティエンチー)ランチをふたつ。
 あと飲み物が烏龍茶の暖かいのでお願いします♪」
ヤマカがテキパキと注文を伝えている。あれ?
「いや、俺はエビチリ定食で」
あぶねー。
「何でさ。カエル美味しいのに。
 あ、そっかそっか。二人で分けた方がお得なのか」
ヤマカは一人で納得しているようだけど、俺は絶対にカエルは食べない。
と誓ったのだが、結局は強引に押し切られて2切れほどあん掛けのから揚げを食べた。
美味しいけどさ・・・美味しいけどさ・・・

その後は店内映画館にて封切り直後の『ホビットの冒険』を観て、本屋に立ち寄って、家路についた。
すっかり日も暮れて真っ暗な帰り道。俺は寒がるヤマカの肩を抱きながら歩いていた。
「けっこう映画、面白かったな」
「アタシ、よくわかんなかったな。
 エリスタリアってあんな国なんだねぇ」
「いや、あれエリスタリアの話じゃねぇぞ」
「何で?ホビットなのに?」
「ま、いつかゆっくり教えるわ。
 つーかお前の方が本とか読んでるだろうに、何で知らないんだよ」
「テンちゃんはエッチな本しか読まないのに何で知ってるのさ」
「うっさいわ」
くだらない話をしつつ、気がついたら玄関前。
「それじゃテンちゃん、また明日ね」
「ああ、また明日」
そのまま家に入ろうとすると、ヤマカに袖を引かれた。
「ちーがーうーでーしょ」
顔を見るとむくれている。
わかっちゃいるんだけどさぁ。さっきカエル食ってんだよな。この娘。
ハァ・・・仕方ない。蛇人とお付き合いするってのも、楽じゃないよな。
そう思いつつ、ゆっくりとヤマカに口付けた。
幸いにして、カエルの味はしなかった。


  • この二人の会話は年相応の「らしさ」があっていいですね。大人へと時間が進む中でふと種族の違いを感じたり触れ合ったり。ご当地ネタも丁寧で頭に浮かんでくる風景に二人の姿が。最後まであてられっぱなしのニヤニヤしっぱなしでした -- (名無しさん) 2015-10-04 17:30:09
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最終更新:2014年08月31日 01:57