【海賊王の遺産】

 ミズハミシマから波に揺られて私が辿り着いたのは、ドニー・ドニーという名の国だった。
 戦神を奉る鬼達の国ドニー・ドニーはその荒々しいイメージによって異世界からの来訪者が滅多に訪れる事はなく、また仮に訪れたとしても
その豪放な風紀についていけず、すぐに回れ右して帰るのがオチであるが、何事にも例外が存在する。
 私は丁度その例外に当る存在だったようだ。
 確かにこの国は理性よりも蛮性の方に重きを置き、対応を間違えれば流血沙汰も日常茶飯事という有様だが、それはいわばこの国の負の面
であって、それが全てというわけではない。ドニー・ドニーの魅力的な要素は、鬼達と共に汗を流し、語り合い、食卓を囲まなければ、なかなか
見えてこない。
 それでもあえて魅力を言葉にするなら、常識では考えられないようなものが半ば公然と集うその懐の広さだ。
 世界中から合法非合法の区別なくかき集められた品々、そして……。 
 前置きが長くなってしまった。
 つまり私は彼らが語るこの異世界にあってさらに不思議な物語に魅せられたのだ。

 宝を求めて七つの海、広大な砂漠、欝蒼と茂る熱帯林、雑多な街々、果てしない野、険しい峰を巡り持ち帰った物語を。
 何故だか分からないが彼らの言葉はそれがどんなに破天荒でも、不思議と真実味を帯びる。
 船が帰ってくる度に持ち帰ってくる品々を見ていると、一語一句本当のことを話しているように思えてくるのだ。
 それがどんなに奇妙な話で、例え語り部の口がアルコールに操られているとしても、私は彼らが事実を話していると思っている。 

 私がその日の仕事を終えて、すっかり馴染みの店である逆叉亭へ向かった。
 逆叉亭は、盗品の貴金属を融かす錬金術師の店や怪しげな薬屋などが立ち並ぶ王都の裏通りに、ひっそりと佇んでいる。
 ここでは場所柄様々な人間が集まる為に、私の好奇心を刺激する話をたっぷりと聞けるのだ。
 店内に設えられているテーブルや椅子が――船材にも使われるドニー杉を加工して作られたとても頑丈な物だ――鬼やオーガの体格を基準に作られていて
私にとって少々大きすぎるのが唯一の難点だが。

 店内はガヤガヤと騒がしかったが、その中でも一際激しく口論している二人組みが私の興味を引いた。
 一方は浅黒く日に焼けた肌の鬼族の娘。肌と対照的に白く輝くおかっぱの鶴髪からは時折生えかけた一本角が見え隠れしていた。
 もう一方は耳無芳一のように全身隈なく刺青を彫りこんだ、巨体の老オーガだった。顔を覆うように生えた髭と髪は獅子を思わせた。
 私はそっと彼らの側に座り、こっそりと聞き耳を立てた。

 女はかつてないほど酔っていた。同時に怒っていた。自分がこの界隈で少しは名の知れた夜盗ククリであることさえ忘れていた。
「まァ、たまににゃ手ぶらで帰るって事もあるだろうよ」
 王都周辺のヤクザ者を取り仕切る老オーガ、ザムラは優しげにそう言った。
「そう気を落すな。生きて帰ってこれただけでも十分よ。一度下手うったくれェで、わしゃ手前ェの腕が落ちたなんて思っとらんぞ」
「あたしゃ失敗してない……」
「そうよ、生きてる限り失敗じゃねェのさ!」
 敵意を向けられるのはいい。だが気遣われたり慰められるのはククリには我慢ができなかった。
 そんな弱い人間だと思われたくなかった。
 その為、そっと心の中にしまっておくはずの事を大声で叫んだ。
「そういう意味じゃねぇよジジイ! あたしゃ見つけたんだ! 海賊王の宝をな!」
「そうかい」
「手前ェ信じてねぇな!」
「物が無ェんじゃな」
 ククリの顔は怒りとアルコールでこれ以上ないほど真っ赤に染まった。
「クソっクソっ! 南の……ザニー諸島にある小さな島の洞窟だ! 今でもそこにあんだァ!」

 酔っ払って呂律の回らない言葉で、ククリは自分が見たものを語り始めた。

 海賊王ガルカドは死ぬ前にそれまで集めた宝をどこかに隠していた。その遺産は今でもどこかに眠っている――。
 ドニー・ドニーの建国から今に至るまでずっと語られている伝説である。
 曰く、世界の果てにある大迷宮の底にそれはある。
 曰く、それは怪物、島食いに守られている。
 曰く、戦神ウルサに魅入られた者だけがそれに辿り着ける。
 曰く、この世で最も大きな船でも一度に運べぬ程の黄金。
 曰く、神々が飲む美酒。
 曰く、不老不死の薬。
 噂話だけが先行していて、正直嘘くせェ。
 そんなあるかどうか分からん代物を追いかけるより、地道に追剥や遺跡の盗掘するのが賢いやり方ってモンよ、とククリは常々そう思っていた。
 ククリがドニー・ドニー南部に足を伸ばしたのも、ザニー島周辺にドルイドと呼ばれる呪術師たちの遺跡が、殆ど手付かずて残っているという情報を得たから
であって、海賊王ガルカドの遺産など毛ほども頭になかった。
 だが、ククリはドルイドの遺跡を見つける代わりにその洞窟を見つけた。
 一見するとただの洞穴に見えたが、何かに引き寄せられるように、ククリは近づいていった。
 中を覗き込むと、奥の方に光が見えた。
 なんだありゃ?
 洞窟の中に足を踏み入れて光へ向かうと、そこだけ天井が吹き抜けになっていて外から光が差し込んでいるのが分かった。

「多分、洞窟は自然の物に手を加えたものだったんだろうよ」一旦ククリは話を切って、酒に手を伸ばした。
「で、その光の差すところに宝があったのか?」
「違ェ。洞窟は下に続いていたんよ」

 光の差すその場所には巨大な穴があり、その穴の内側に螺旋を描くように階段が掘られていた。明らかに人の手によるものである。
 ククリは逸る気持ちを抑えながら一段一段、階段を下っていった。
 その時点ではまだそこが古の呪術師達の隠れ家だと思っていたが、しばらくするとそれが誤りであると気付いた。
 階段を下っていく内に、穴の外側の壁に岩を掘って描かれた幾つもの絵が現われのだ。
 文字は掘られていなかったが、明らかにその絵は連作で一つの物語を綴っていた。
 男児が誕生する絵、少年がケンカに明け暮れる絵、船に乗って出立する絵、巨大な剣を振るって敵の船を襲う絵、小さなゴブリンと腕を組む絵、海の怪物と戦う絵……。
「海賊王か……」
 ぽつりとククリは呟いた。
 下るたびにその確信は強まっていった。絵はさらに続き、宴会の様子や戦争の様子、戦略会議や海賊王十一の試練の場面を描いたものもあった。
 やがて絵の中で海賊王ガルガドと思わしき男は戴冠式を挙げ、そして死んだ。
 階段もそこで終わり、ククリは洞窟の底へと到達した。そこには人が4~5人は入れそうな巨大な箱が安置されていた。
 箱の上部には『強者よ、我が威を授ける』と記されている。
 ククリの胸は高鳴った。
 元々狙っていた物とは違うがここまでくれば関係ない。今自分は伝説の前に立っているのだ。遊んで暮らせるほどの財宝が目の前にあるのだ。
 何分、箱の大きさが大きさの為、蓋は非常に重く、腰が折れるかも知れないと思ったが、ククリは気合に気合を込めて何とか蓋をこじ開けた。
 そして中を覗いた。
 収められていたのは剣。
 刃の太さはククリの肩幅ほどもあり、刃渡りはざっと見積もっても軽く2メトル以上。もしかしたら3メトルに達しているのかも知れない。
 恐らくは海賊王が振るったものだろう。
 使い手が没して数百年は経っているはずだが、刀身は冷たい水で濡れたように輝いていた。飾り気はなく実用一辺倒といった体である。
「す、すげぇ……これさえあれば……」
 剣が放つ迫力にククリは息を呑んだ。
「これさえあれば……」
 だがすぐに興奮は冷めた。確かに凄いけど、ぶっちゃけ要らない。そもそもそれ以前に……。
「はァ!? どうやって運ぶんだコレ?」
 到底持てる大きさではないがもしかして見た目より軽いのではないか? という一縷の望みを掛けて柄を握ってみるが、剣はビクともしない。
 ククリは空を仰いだ。はるか頭上に日の光が見える。
 石段は五百段はゆうにあった。仮に持てたとしても、ここから剣を持って地上に上がるのは自分一人では絶対に無理だ。
「出直しか……」
 ムカついたので柄を思いっきり蹴ってみたがそれでも剣は全く動かない。
 しかし、その時蓋の裏に文字があるのに気が付いた。

『強者の手で持ち帰ってこそ価値がある。 自らの非力さを叫び徒党で以って運ぶことなかれ』

 なるほどなるほど、すべてお見通しってわけかい。
「あたしの負けだなこりゃ」
 ククリは深くため息を吐くと、見たものを心に秘めることに決めて王都へ帰還した。


 いつの間にか、逆叉亭の店内は静まり返っていて、皆ククリの話に聞き入っていた。
 話が終わると真っ先にザムラが唸った。
「ううううむ。本当の話か」
「全ての精霊ぃと神々ぃに誓って」
 飲みすぎたぜと言って、吐き気を堪えながらもククリは頷いた。
「面白ェ!」
 ダンとテーブルを叩いてザムラが立ち上がった。
「聞いたか野郎ども! 明日の日の出と共に出発するぜ! ククリィ、お前ェは道案内だ、頼んだぜ!」
「おおおおおおおおおおおう!」
「マジかよ……」
 呆然とするククリをよそにヤクザ者達は大いに活気付いた。
 力自慢の者達は自信の程を語り、端から持てないと諦めてる者達は、誰が大剣を持つか賭けを始めていた。本命はやはり大親分ザムラである。
「無理無理無理無理。ジジイでも絶対に持てねェから。素直に上から滑車で……」
「んな事できるかよ! 心配するなガッハハハハハハハ!」
 豪快に笑いながらザムラはククリの肩をバンバンと叩いた。
「やめて、ホントに限界……」

 その晩私が最後に見たのは、青い顔で口を押さえるククリだった。
 次の日、彼らは言葉通り出立したが、後に聞いた噂によれば、海賊王の剣はまだその島にあると言う。


  • 異世界で海賊とか種族も多彩で凄いことになっていそう。宝への憧れや宝の意味など短くまとめられていますがよい冒険譚でした -- (ROM) 2013-03-10 12:54:37
  • うーん正に海賊とお宝の国という雰囲気。夢と同じ数だけ危険もいっぱい -- (名無しさん) 2013-10-11 22:21:48
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最終更新:2011年10月17日 12:28