3月。
ついに俺たちも卒業の時を迎えた。
出会いもあれば別れもあるのが世の常。
とはいえ3年間共に過ごした友との別れは、あっけなく終わらせるには忍びないもので、
浮田が最後の最後まで訴え続けていたプランにようやく着手されたのだった。
皆で旅行に行こう。
浮田が浮かれて(浮田だけに)多方面に話が広まり、参加者がうなぎ昇りに増え続け、
犬塚から連鎖して奥山さんが手芸部を呼び、杉浦さんを中心として水泳部が参加し、
運動部の大半にまで話が広がりかけた時に「その人数でどこに泊まる気だよ」のツッコミがはいるものの、
陸上部2年の月光カナタの「旅館で仕事をしてる親戚がいる!」宣言により、
その親戚とやらの宿を会場とすることになったのであった。
そんなノリで、俺たちは今、
ミズハミシマにいる。
ここはミズハミシマ陸地の名勝にある古い館「ツキヤマ邸」である。
その規模たるや尋常ではなく、もはや城郭か何かと言ったところだ。
生真面目な者ならばその様子を詳細に解説するのだろうけれども、
あいにく俺は建築物にあまり興味は無い。
「じゃあ、ここからは自由行動で。
皆々様、お疲れ様っした!」
十津那学園剣道部を中心とした最後の宴会「追い出し会」もとうとう終わりの時を迎え、
それでも大広間からは名残を惜しんで参加者たちはなかなか動こうとはしなかった。
俺はちょっと夜風にでもあたろうかと思い、ひとり静かに廊下に出た。
廊下の隅にうずくまる人影を見つけドキリとするが、嗚咽する声から浮田だとすぐにわかる。
こいつ、ずっとここで泣いてたのか。
「うぐぅ、川津?」
そこには涙と鼻水でぐじぐじになった浮田がいた。
さすがに酷い。可愛い顔も台無しだ。
「なぁに泣いてんだよ」
呆れながらも俺は言った。
「だってぇ、これで皆サヨナラなんだよぅ。
もしかしたら、もう一生会わないで終わっちゃう人もいるかもしれないんだよぅ」
涙と鼻水でグジグジになりながら浮田が言う。
キタネェ顔。
「んな大袈裟な事でもねぇだろ。
そら大学行ったり何だりで散り散りにはなるけどさ。
それでもOB会だの何だのやりゃあ、集まるんじゃないか」
ちなみに俺は過去、小、中学校のクラス会に呼ばれた事の無い男、川津天です。
よろしくお願いします。
「川津とだって、これでもう会えないかもしれない」
鼻水グジグジ女が、ベソをかきながら言う。
「あのなぁ、俺は十津那学園大学進学組だぞ。
会えないって事は無いだろうによ。
それよりお前、鼻水酷過ぎだろ。ちょっと待ってろ。
何か拭くもん用意してやっから・・・むぐ」
完全に不意をつかれた。
浮田が俺によりかかって、涙と鼻水でベトベトになった顔を押し付けてきた。
「うぐぅ・・・川津の服で拭いてやるぅ」
殺すぞ鼻水。
けれども、俺に伝わってくるのは、小刻みに震える浮田の体の温もりと、
それ以上に熱さを感じる彼女の流す涙の温度だった。
「バーカ」
涙が服に滲むのを感じる。
頭に手をやると、髪の毛の隙間に指が入る込むのを感じる。
想像していたよりもずっと華奢な体が寄りかかってくるのを感じる。
一体どれくらいの間そうしていたのだろう。
気がつくと浮田は俺から離れていた。
いつの間にか涙もひき、まるでタコのような表情をしている。
何してんだコイツ。
「ん~む~」
「何してんだコイツ」
あ、声に出た。
「いいじゃん。これっくらい。
一応ファーストキスだから、それなりに価値あるよ」
キスの要求だったんだ。
蛸人のモノマネかと思った。割とマジで。
「片平にやれよ、そういうのはさ」
「イヤですー。悪いけど私、川津のこと諦めてないからね」
「さっき杉浦さんから聞いて正直驚いた。
俺、お前のこと普通に友達としか見てなかったもんなぁ」
「アンタその辺、中1の頃から何ひとつ成長してないよね。
もうちょっと女心を理解しないと、あの娘にもフラれちゃうよ。
まあ、私はそっちの方がいいんだけどさ」
「メゲないよなぁ、お前。
とりあえず俺、夜風にあたりに上にあがるけど、お前どうすんの」
「私はもうちょっとしてから皆の所に戻るよ。
ホントにこれで最後になるかもしれないしね」
「そっか。そんじゃまた後でな」
俺は浮田と別れて、ツキヤマ荘の上層にある展望楼へと足を運んだ。
「バイバイ、川津。私、ホントに・・・」
浮田が小さく何か呟いたのは聞こえたが、何と言ったかまではわからなかった。
展望楼は月のあかりで照らされていた。
ミズハミシマの、いや、十一門世界の月は地球の月とはまるで異なる。
何というか、妖しく、奇しい光とでも言おうか。
見つめ続けると狂気の世界に誘われそうな、そんな光だ。
そんな光に照らされた人影がひとつ。
「遅いよテンちゃん。
普通はもっと早くに抜け出て来るもんだよ」
ヤマカだ。
もう深夜だというのに、まるで白日の下に居るかのようにはっきりと照らされている。
長い髪をほどき、闇夜に溶け込んでしまいそうに見える。
「テンちゃん、ほら見て。
ここからなら海も
ゲートもはっきり見えるんだよ」
ヤマカが指差した先には、海の中から天に向かって伸びる光の柱が見えた。
言うまでも無くミズハミシマゲートから漏れ出る光だ。
「不思議だよね。
あの光がチキュウまで繋がっているんだよ」
実際のところはどうなのだろうか。
何度もクソ親父とイカレお袋から門について解説されたが、ついぞそのメカニズムを理解するに至らなかった。
結局のところゲートってのは何なんだろうなぁ。
「テンちゃん、寒い」
はいはい。わかったわかった。俺は黙ってヤマカを抱き寄せた。
浴衣の上に1枚羽織っただけの格好でこんな所にずっと居るのが悪いんだろうに。
「ゲートが無かったら、アタシの人生どうなってたんだろう」
ヤマカがポソリと呟いた。
「どうって言われてもなぁ。
ずっとこっちで暮らしてたんじゃないのか」
ヤマカは不満そうにちょっとだけ低く唸ると、声を搾り出すように話しだした。
「ずっと前にちょっとだけ話した事あったよね。
アタシが孤児で、
ルガナン言宮に捨てられてたって話。
言宮の役割に児童保護があるからそういうモノかもしれないけどさ。
でもアタシ、ほんとあそこ嫌だったんだ。
蛇巫女の次世代を担う人材育成うんぬんで川津のお義母様とママが引き取ってくれなかったら、
今頃アタシどうなってたんだろうって」
ヤマカは深刻な表情になっていたけれど、俺は笑いがこみ上げてしまった。
「中学1年でお前に初めて会った時、お前ずっとスネてたもんな。
目つきも何ていうか、世間の全ての人間をコロス!って感じでさ。
会って最初に言った言葉、ヤマカ覚えてるか?」
「・・・何だっけ」
「何見てんだ。キモい。不快だ。消えろ。死ね。咬み殺すぞ・・・だったんだぜ。
しかもずっとやぶ睨みしてさ」
「そんなくだらないコト、よく覚えてるもんだね。
アタシの誕生日は毎年忘れるくせにさ。
ま、プレゼントがステキだったから許すけど?」
ヤマカがニタリと笑った。
これ多分、ネズミーマウスのペアウォッチの事じゃないな。
さて、俺もだんだんと体が冷えてきた。
「今夜も同じプレゼントで宜しいですか。お姫様?」
「うむ。よきにはからえ」
ヤマカはニンマリと笑った。
ヤマカの部屋である階下の海の見える奥座敷「漣」に二人で行く。
なんでこいつだけこんな豪華な部屋になってんだろうと、ふと疑問も浮かぶ。
確かこいつ、奥山さんと杉浦さんと同室だったんじゃなかったか?
まあ、奥山さんの動向はすぐわかる。どうせ犬塚のヤツと一緒だ。
杉浦さんは・・・気を遣わせてしまったんだろうか。
「なあヤマカ。何でお前だけこんなってうわ!」
ヤマカの方を振り向くと、もの凄い勢いでヤマカが俺に覆いかぶさってきた。
あまりに不意打ちすぎたため、俺とヤマカは揃って布団の上に転倒してしまう。
このノリ今日2回目だぞ。俺が一体何をしたってんだ。
「テンちゃん、ごめんなさいは?」
うわ、ヤマカすげー怒ってる。さっき浮田と一緒にいたのバレたんだ。
そりゃあまあそうだろう。蛇人の嗅覚は地球人の比ではない。
それにしても、久々にこんな眼を見た。完全に殺人鬼の目ですよこれは。
今年の誕生日もド忘れしてて咬み殺されかけて以来だから、なんだ、まだ一ヶ月か。
「あの、ヤマカ、その、ごめん」
俺は素直に謝った。
「わかればよろしい」
そういうと、静かにヤマカの尻尾が俺に巻きついてきた。
波の音が聞こえる。
部屋全体に波の音が反響しているようだ。「漣の間」とは実にいい翻訳だ。
ミズハの人たちも、波の音を心地よく感じるのだろうか。
それとも、水中で暮らす人たちだから、自分たちで思うところの風の音のようなものなのだろうか。
「波の音、聞こえるね」
ヤマカがポソリと呟いた。
「凄く落ち着く音」
ヒトの感性など、そうそうかわるものでも無いのだろうか。
地球人と亜人とだって、変わらぬ普遍的な感情があるのではないか。
そう思った矢先に、枕元からネズミーマウスマーチが流れた。
ヤマカのケータイの着信音だ。待て。ここケータイ使えんのか。
ヤマカはケータイの隣、床から5センチくらい上の虚空をナデナデすると、
「ありがとね」と見えない何かにお礼を言った。全体的にどうなってんだ。
あれか。座敷わらし的な何かでもいるのか。怖い。
「テンちゃん、一つ質問があるんだけど」
「なに?」
「ゆーまっちとフーカちゃんのラブラブタイムが大体終わったのと、杉浦さんがもう眠いんだって。
二人ともこの部屋に戻ってきたいみたいなんだけど・・・」
「うん。それで質問ってのは」
「追い返していい?」
「ヤマカ・・・お前は相変わらず身勝手っつーか何っつーか」
「淫魔的なポジションを目指してますんで」
「見た目は相変わらず地味目なのにな」
「もう処女じゃないのにね。誰かさんのせいで」
「そういうことを言うな」
「それじゃ、精霊さんにお願いして追い返す事にします。
ごにょごにょごにょ、あと5回、むにゃむにゃむにゃ」
「精霊さんって何だよ。なんか居るのか?つーか追い返すの決定かよ。
痛ぇ!なんか居る!でも見えねぇ」
「精霊さんをイジメると酷い目にあうよ。気をつけなさい?お姉さんからの忠告よ」
「知らんがな」
翌朝、完全に寝坊して出遅れた俺たち二人は、剣道部員と同行者から好奇と揶揄の目で見られ続けたのだった。
さあ、今日はミズハミシマ観光だ!
- え?R18じゃない?という初見。ヤマカさん割り切った性格してるなー -- (とっしー) 2013-03-22 00:50:46
- ひょんなことから旅行がプチ修学旅行になるいいですね。ちょっとしんみりした空気ともう入る隙間のないヤマカと天と浮田の関係が切ないですね。異世界宿の雰囲気もよかったです -- (名無しさん) 2016-05-08 18:44:55
最終更新:2014年08月31日 02:01