【詮無い船内ムーンブルース】

 ケラーマン環礁と呼ばれるサンゴ礁が、ドニー・ドニーの西に存在している。
 昔、ドニー・ドニーの海が温暖で豊かだったころの名残り。大環礁が波に削られ、僅かにのこる小環礁地帯。
 そこは素晴らしい漁礁であり、古くから住む島民たちは貧しくも、食生活豊かな生活をしているという。
「クラーケン環礁じゃねぇぞ。勘違いするなよ」
 オーガの船乗りが、狭苦しい船内で身を丸めながらジョークのように注意した。
 それを聞いた鬼娘は、扇子で肩を叩きながら不機嫌に答える。
「妾の国の字で書いてあるわけではなかろう。そのように読み間違えることはありえぬ」
 成人したばかりの鬼娘 シテ・パーントゥは、未だ船員から教授される身である。
 シテの一族、パーントゥ家は、ミズハミシマとドニー・ドニーから、大延国まで交易する大船団を持っていた。
 シテは幼い頃からその船団で父親の背を見て育ち、その技と知識を見につけ、成人してからは小船団を任されるほどになっていた。

「こりゃすまねぇな、お嬢。で、だ。悪いがこの海域まで行くとなると水が足りん。具体的にはケラーマンで水を得る事も難しい」
 オーガにして航海士という奇異な彼、オグリッシュ・ショックハンマーは、父の時代からこの船をまかされた古強者である。
 例え、船長のシテであろうと、彼の言葉を無視するわけにはいかない。
「諦めろと申すか?」
「そうとってもらって構わねぇ。だがな、大延国からライムジュースを大量に買い付ければ無理はなくなる。となると、船倉の余裕はねえってことになる。つまり、儲けがガクンってわけさ」
 航海士だが会計係も出来る有能なショックハンマーの言葉は重い。
 シテは扇子を開き、口元を隠して熟考した。
「ならば、詮無いことと諦めよう。無理を申した」
「ああ、かまわねーよ、お嬢。相談は俺様の役目だ」
 船長室から立ち去るショックハンマーを見送り、シテはソファーに身を投げた。
「ケラーマンの宝石か……」
 それはシテが夢見るほど欲しいものだ。
 形も分からない。どのようなものかも分からない。価値がどれほどなのかも分からない。

 シテは夜の帳が降りた船長室で、西の星を見詰める。
 寝巻き気だるく纏いながら、甘く出来上がった白ワインを煽る。とてもではないが上品な味ではない。商売用の上等な酒を開けたかったが、それをするくらいならケラーマンの宝石を捜しにいきたい。
「いっそ、海賊にでもなるか?」
 採算度外視の海賊というのもいいだろう。もっともそれで一生を終える覚悟はない。
 ケラーマンの宝石の価値が分からない以上、そんな冒険は出来やしない。
 シテは肌蹴た寝巻きに構わず、ベッドの上に転がった。
 まどろみに身を任せる……。

「ケラーマンの宝石とは決して奪う事ができないと聞く」
 喧騒と怒号と様々な臭気が立ち込める酒場で、黒い男はそう言った。
 彼は黒い。不思議だ。なぜ肌が黒いのだろうか? どこの住人なのだろうか?
 シテは黒い男を観察し始めた。
「ケラーマンの宝石は、儚いと聞く。そして、一人のものではないと聞く」
「まるで、夢物語と言えよう」
 黒い男の言葉を肴に、シテはキツイ、モルトウィスキーを煽って喉を焼く。
「夢物語りもまた奪うことは出来ないな。言いえて妙。だが、夢物語は一人のモノにできのではないかな?」
「なにゆえ?」
 黒い男は砕顔して笑う。
「お前さんだけが、思い願うことがひとつやふたつあるだろう。数多にある夢だからこそ独占だ」
 ふむとシテは扇子で顎を撫でる
「酒、旨かったぞ。旅の祝福を」
 黒い男はそういって、壁に背を向けてギターを奏で始めた。
 力強く叩き付けるような演奏。それでいて、旅愁を誘うしっとりとしたメロディーライン。
 男はそれを「ブルース」だと言った。
 ドニー・ドニーの男たちには似合わない曲だと思った。きっと、陸に取り残された海の男が聴くような曲なのだろう。
 海の上を思い出すような、切なくて肌寒く、そしてなにより仲間の強さを想起させる曲。
 シテはこれがいたく気に入り、彼に酒を奢ったのだ。
 海上に未だいる身でありながら。


 夢から覚める。
 月はまだ高い。
 温くなった白ワインを手にしておき、そして……捨てた。
「若いうちに夢を追うのか。年老いてから夢を追うのか」
 シテは自問した。
「ケラーマンの宝石。なるほど。おそらく誰もが二の足を踏むような財宝なのであろう。何かの呪いを感じようぞ。ふふ」
 シテはミズハミシマに伝わる伝承を知っていた。
 誰も触れることの出来ない宝石の話しを。
 呪いなのだ。
 きっとそうに違いない。
 それを求めると、人が、嵐が、病魔が、老いが、波が、風が、全てが向かい風となるのであろう。
「きっと、黒い男の奏でるブルースを妾が気に入るのは、これなのだろうな」
 遠いケラーマンの宝石を想う心。
 シテは心はどこへも向いていない。
 船団の船首は大延国へと向いている。


追記

 タイトルを「詮無い船内ムーンブルース」に変更予定
 ていうかしたい

 気が向いたら、発起人さん、上記のタイトルにしてくださいm(_ _)m
 タイトル変わった! 感謝!!


  • シテの船出とも思えた話でした。異世界の航海の準備や仕組みが異世界のもので説明されているので様子を想像するのが楽しいです -- (ROM) 2013-03-13 19:59:38
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最終更新:2011年10月17日 12:28