【ダブルブッキング】
「今の妻は少々月神に魅入られたようなところがあってね。勿論そうならないよう最善は尽くすつもりだが、もしものことがあれば私の屍を頼みたい」
スラヴィア貴族の覚えもめでたく、仕入れた遺体が売れた先で“部品でなくそのまま”スラヴィアンになった実績もあるせいか、最近は二度目の生を得たい金持ちが時折私にこういう頼み事を持ちかけることがある。
「売れた先での扱いまでは保証外となりますが」
「それでいい。私はな…あの妻と墓の下まで一緒にいたくはないんだ、ぞっとする」
「左様ですか。いえ、勿論商売である以上はきっちりお引き受けいたしますよ」
私の言葉に、依頼人は安堵の表情を浮かべた。よっぽど怖い奥方なのだろう、くわばらくわばら。
程なく、その依頼人は件の細君との泥沼の痴話喧嘩の末、無理心中で互いに心臓を一突きされた屍で見つかった。
私は依頼された通り彼の遺体を引き取り、然るべき買取手が現れるまで預かることとなった。
実を言うと、彼より先に細君と契約し、彼女が首尾よくスラヴィアンとなった暁には彼の屍を買い取るという契約になっているのだが、彼には最期までそのことを伝えずじまいであった。
細君の転生が失敗すればこの契約は無効となるのだが…依頼人には是非この試練を乗り越えてもらいたいものだ。
【腕の記憶】
「よう、“黒ブチ”の。稼いでるかい」
大延に買い付けに訪れた昼下がり、遅い食事をとっているところに見知った顔の鴉人が現れた。
いわゆる同業者だが、私のように状態のいい急死死体を探し歩くのではなく、戦場の遺留品やコマ肉を拾い集めて歩くいわゆる“戦場漁り”と呼ばれる古いタイプの人間だ。各国が凪の時代に入った昨今、今や彼らのような人種の住処は随分と少なくなってしまった。
「まあ、ぼちぼちです。貴方も相変わらず南都巡りですか」
「おう、今回も空振りだったがな。そっちもシケたツラしてるってことはご同様か」
図星を突かれ、思わず重く息をついてしまった。
「“死に待ち”の債務者が崖から飛び降りましてね、いい素材だったのにほとんど全滅です。まったく、監視役は何をしていたのか…」
「そいつぁご愁傷様だが、ま、よくあるこった」
すぱーっと煙管をふかし、“戦場漁り”は特に同情も揶揄もなくそう言った。
「だが、ほとんどってこたぁちっとは回収できたんだろ?」
「わずかばかりの物です、部品にしても大して高くはならないでしょう」
「まあそう腐るな、バラ売りでも案外いい目が出ることもあるんだぜ」
火皿の煙草を代えて火鉢の火精に火を入れてもらい、“戦場漁り”はとうとうと語りだした。
「そりゃあ、俺たちのお客にしてみれば出来うるかぎり無傷の完品が望ましいってのはよくわかってる。俺だって何度、流れ矢が一本たまたま耳の穴に突っ込んじまったツイてねぇ野郎でも転がってないかと夢見たもんか。だがまあ、戦場ってのは肉斬り包丁に槍衾、矢の雨に火攻めに石飛礫、とどめとばかりに軍靴に蹄の追い討ちと来る。まともなカタチが残るだけありがたいと思えってぇのが鉄火場よ」
特に今なお南蛮との最前線であるここ大延の塞王などは、怪力無双の南蛮人や破滅獣が跋扈するこの世の奈落である。五体無事な死体などなおのこと望めない環境であろう。
「だがな、俺の先代が万に一つのお宝を引き当てたのよ。まあ、残念ながら五体無事どころか腕一本だったんだが、それはそれはごつく筋肉は隆々とし、鉤爪鋭い極上の熊人の剛腕でな。先代はその時、嬉しさのあまり小便を漏らしたそうだ」
くっくっくと忍び笑うその顔に、彼に語ったその先代殿の語り口の愉快さが垣間見えた。
「お貴族さまに売ってみりゃあ、そらもうひと財産ってなもんでな。笑いが止まらんと同時に、もう二度と他の稼業ができんようになったとも言うとったわ。そこはまあ、俺も似たようなもんだがな」
“戦場漁り”の話はそこまでだったが、私はその話に、彼と異なる人脈から得たある一つのエピソードとの関連を見出していた。
それは、ある狐人に招待された酒宴で出会った“隻腕の熊人”から聞いた話なのだ。
彼は南蛮との戦で右腕を失いながら辛くも生き残り、内地に戻ってからは訓練教官として教鞭を振るったという、老いてなお眼光鋭い古強者であった。
そんな彼の元に、数年前の夜明け間際、奇妙な訪問者があったのだという。
寝室で眠っていた彼が不意に夜風を感じて目を開くと、窓際の御簾越しに右腕だけが妙に隆々としたいびつな影が立っていたのだ。
誰何を訊ねると、影はただ一言こう返した。
『俺を失ってからも 壮健であったか』
奇妙な問いだったが、彼はなにかを感じ取ったのか、無言でひとつ頷いてみせたという。
それを見て、影は安堵したような微笑むような気配をみせると、夜明けの光の中にすうっと消えたのだ。
「屍族を見たのはあれが初めてだったが、あれが“死出の旅”というものであったかな」
「ええ、そうでしょうね」
奇妙な話ではあったが、死出の旅路で奇矯な振舞いをする屍族は少なくないため、その時の私はただそのように返したのだった。
今にして思えば、スラヴィアで戦い抜いた彼の右腕が、役目を終えて主のもとに帰ってきたのかもしれない。
真相は朝の光の中である。
【美人に口なし】
『万迷宮(パンラビュリウム)』。
新天地にあって、日常茶飯事の細々とした紛争と同等、あるいはそれ以上に安定して“我々の資源”を供給してくれる得がたい環境である。
それだけにただでさえ競争率が高いというのに、さらには「ずっと地下に潜っているなら生身のカラダなんざいらねえ」とあっさり屍族となる道を選んだ荒くれどもが現地需要まで生み出しているありさまで、この国の主神にふさわしい混沌とした稼ぎ場となっている。
正直、そんなトラブルに事欠かない土地で取引などしたくはないのだが、「売りたいモノがある」と聞いては出向せざるを得ない。それもまたこの稼業の宿業である。
待ち合わせは深夜、ニシューネンの倉庫街と指定された。
早く到着しすぎた私は、待ち合わせまでの時間を潰すため適当な酒場に入ることにした。
私は自分を店構えに郷愁をおぼえるような人間ではないと自負していたのだが、その店は妙に居心地がよかった。首をひねりながらも片手を挙げ給仕を呼ぶと、そんな疑問はたちまち消し飛んだ。
現れたのは、屍人の給仕だった。足音も控え目に現れた給仕は“ご注文は?”と書かれたプレートを無言で差し出してきたが、私の目は彼女の肢体に釘付けとなった。
疑いようもない美品だった。ベースは豹人だろうが、単なるオッドアイかと思っていたその左眼に、よく見るとダークエルフ特有の埋め火の輝きを宿している。おそらく全身も何箇所か別種族のものが使われているだろう。かなり名のある職人の手に間違いない、こんな僻地で思いがけずこのような美しい仕事に出会おうとは。
陶然と見つめていると、給仕は“ご注文は?”と書かれたプレートを引っ込め、かわりに“NOT FOR SALE!!”と書かれたプレートをずいっと突きつけてきた。気分を害してしまったか。
軽く謝罪して酒と肴を注文すると、給仕は一礼して下がっていった。表情こそ変わらないもののどこか憮然とした雰囲気を漂わせながら去っていく彼女に、客商売なのにあんな調子で大丈夫なのだろうかとちらりと心配になった。この酒場の経営状態など私には関係のない話ではあるのだが。
とはいえ、ここが落ち着く理由は理解した。屍族の神気と濃い闇精霊の気配が、この店の地下からかすかに立ち上っている。おそらく昼間の彼女の住まいだろう。
その空気はつまり、我々の稼業が商売柄常日頃から慣れ親しんでいるものなのだ。落ち着いて当然だろう。
今夜の取引は気分よく行えそうだった。
- 死生観というか死体観?戦闘本能させ満たせれば死なんて関係ないぜって -- (としあき) 2013-04-16 00:47:48
- オムニバス形式面白い。 ともすれば己の体と魂までも取引材料になってしまうスラヴィアは先の未来の世界を体現しているのかも -- (名無しさん) 2014-03-07 23:20:43
- こんな作品が埋もれてたとは。スラヴィア短編らしい雰囲気がものすごく好み。 -- (名無しさん) 2014-03-08 00:42:37
- するするっと頭の中に入ってくる表現や台詞が素晴らしいですね。スレネタや今までの作品要素を自然体で盛り込んでいて思わずニヤりとしたりも。二度目の人生という可能性のある異世界ならではの価値観などが分かり易くて良いですね -- (名無しさん) 2016-06-19 17:12:46
最終更新:2013年06月19日 21:54