【負け犬ロック異…「負けてねーよ!」 タイトルに口を挟むな沢村!】

「言葉や歌というより、モールス信号だな」
 蟻蜂人の会話を盗み聴きしながら、沢村はギターのブリッジを調整していた。
 異世界に着て幾星霜。大ゲートを潜ってから、異世界に電気がないのでエレキギターが使えないと分かり、とんぼ返りで日本に戻って手近な中古楽器店にエレキギターを引き取ってもらい、代わりに手にいれたアコースティックギターだが、すでにガタが出始めていた。
 多めに持ってきたストリングも底を付き掛け、チューニングに手間取るほどになってきた。
「アニーボールやフェンダーとか贅沢は言わないけど、そろそろ弦を補充しないとな」
 ドニー・ドニーで見かけたマセ・バズーク産の糸に、ギターで一般的に使われるラウンド・ワウンド弦に近い品質のスティール弦が合った為、取るものもとりあえず沢村はマセ・バズークへと足を向けた。
 幸い到着直後、アラニクドと呼ばれる蜘蛛一族が作る糸を少し加工すれば、ギター最適な弦となることがわかった。
 異世界に来てから稼いだ金の大部分をつぎ込み、アラニクドたちが放出する糸の太さを選別し、加工を教えてラウンド・ワウンド弦に近い品質を作ってもらう事にした。
 ラウンド・ワウンドは少しノイズが出やすい弦なのだが、沢村は既に卓越した技術を持っているのでその心配はない。

 弦が出来る間、沢村はマセ・バズークの地方都市「シエナ・カタリナ」で弾きあたりをして……。
 見事にスベった。
 しかも、町に張り巡らされたアラニクドたちの糸が共鳴し、えもいわれぬ不協和音まで奏でた。
 だが、その音にすら蟲人は不快感を示さない。

 蟲人とは根本的に精神構造が違う。

 情感で会話する沢村にとって、蟲人たちの会話は理解できても共感できない。
 彼らは共感より共有に重きを置き、情感より合理に事を語る。

「今日の空は特別青いですねぇ。夏っていいなぁ」
 沢村が世間話を振れば
《君の目は、レイリー散乱に強く反応する機能があるのかね》
 蟲人の商店主は寒い反応を返す。
 なんともドライである。

 しかし、沢村にも蟲人たちにも
 なにか沢村の中で既視感が湧く。
 蟲人たちの無味無感想な会話に、聞き覚えがある。
 いつだろう……。
 どこだろう……。
 沢村の意識が深く潜る。

 初めて買った練習のギター……。あれからときより聴こえる音。
 固いラウンド・ワウンド弦……。走る不慣れ指が、弦と立てる不快な音。

 はたと沢村は思い当たる。
 フラットノイズだ!
 弦を渡り損ねた時に出るキュッキュという耳障りな音。時には演奏のアクセントで使いもするが、基本的には避ける音。

 さりとてフラットノイズを出せば、蟲人たちの心を理解できるわけでもないし、また蟲人たちが沢村の音楽を理解してくれるわけでもない。

「ちくしょー……。異世界きてから初めての敗北だ、こんちくしょー」
 涙目だが、悪態をつく沢村はどこか嬉しそうだ。

 音楽が届かない知的生物がいる。とても残念な事だ。
 だが、音楽や娯楽などに頼らずとも確固たる精神を形成できる知的生物。
 それは、沢村には理解できない存在だが、同時にうらやましくもあった。
 音楽ごときで、寂しいだの嬉しいだのと安い感情を想起させない歪つだが強い精神。これは驚嘆に値する。
 そしてその精神を揺さぶる音楽を作れたならば……。

 沢村に新たな夢が加わる。

「ちくしょー! 待ってろよ! マセ・バズークの未来のファンたち! おめーらが泣いて喜ぶような歌をつくってくるからなぁ!」
 ほとんど負け惜しみである。
 不可解な行動を取る沢村を、一人の蟻人が見咎め、そして呟いた。
《覚えておこう。異邦人》
 それはその場にいない女王と共有された意見であった。


  • 人間以外の、音楽を音楽と感受しない相手に如何にして音楽で切り込んでいくか? これからの挑戦が楽しみだ -- (名無しさん) 2012-04-04 00:07:57
  • 音楽という概念のない相手に音楽というものを理解してもらうにはどうすればいいか?考えましたが答えは浮かびませんでした。沢村のリベンジに期待します -- (名無しさん) 2013-03-18 20:47:15
  • 蟲製品いいな本気で売ってほしい。音楽と音との違いをまず教えるのが難儀しそうだ -- (名無しさん) 2014-08-27 02:50:43
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最終更新:2013年08月11日 10:46