自分が嫌い。この世界が嫌い。
だから私は変身して夜の街を彷徨う。
お気に入りのワンピースを着て、しっかりとメイクを決めて。
「あっ」
「おっと失礼」
曲がり角から飛び出した人影にぶつかって尻もちをつく。
ふわりと香るスパイシーな柑橘系のパルファン。
顔を上げると目の前に浅黒い肌のハンサム。外人さん?いや違う。
長く尖った耳、きれいな銀色の髪。このひと
エルフだ。
肌の色が濃い。ダークエルフっていうのかな?
「ごめん、怪我は無い?綺麗な服なのに少し汚れちゃったね」
ハンサムなダークエルフは、軽々と私を抱き起こして丁寧に服のほこりを払ってくれた。
そのままお詫びと称して近くのバーに連れ込まれた。なんて手際の良いナンパなんだろ。
薄暗いバーのカウンターの奥に私を押し込んで、するりと隣に腰を下ろす。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はシャロム・シャンカール。
見てのとおりのダークエルフ。キミらが言うところの"異世界"は
エリスタリアの出身さ。
……キミ、エリスタリアって知ってる?」
もちろん。学校で習ったし、テレビでも見たし。
こっくり頷いてこちらも自己紹介。
「私は雨宮真琴。じゅうよ……十七歳」
「おっと未成年か。地球人の年齢はよく判らないな。
ま、四捨五入すれば二十歳だし大丈夫かな」
本当は四捨五入してもハタチじゃないんだけどね。
大雑把なエルフは早速マスターに飲み物をオーダーした。
私にバナナビーチ、自分にジンのロック。
そんな不味いお酒よく飲めるなあ。
「そんな強いお酒よく飲めるね」
「僕ら無駄にお酒が強くてね。これくらいじゃないと全然酔えないんだ」
「日本には観光?それともお仕事?」
「お仕事。前任がリタイアしちゃって去年日本に来たんだ」
「どんなお仕事なの?」
「いろいろさ。お役人の尻蹴っ飛ばしたり、本国の偉いさんとこっちの議員先生の間を取り持ったり」
「大変そうね。ホームシックとかならない?」
「こっちの生活は楽しいよ。キミみたいな可愛い子とお近づきになれるしね」
「いつもこんな風にナンパしてるの?」
「まさか!普段はこんな事しないよ。キミは特別さ」
一息にジンをあおって楽しそうに笑う異世界のダークエルフ。
他愛の無い世間話に相槌を打ちながら、ぼんやりと褐色の横顔を眺める。
落ち着いて間近で見ると怖いくらい整った顔。あたりまえだけど本当に耳が長い。
柔らかそうな銀色の髪と長い銀色のまつ毛が、褐色の肌にうっすらと影を落としている。
私はシャロムの首筋から肩、背中にかけてのラインをゆっくりと目でなぞった。
滑らかに続く曲線。軽々と私を抱き上げた割には線が細くて中性的な感じがする。
そしてシャロムが次のオーダーをする為に身体の向きを変えた瞬間、気がついた。
「ん?どうしたの?」
シャロムは女性だった。
目立たないけどちゃんと胸がある。
日本人に比べれば肩幅広いし筋肉質だけど、よく見れば身体のラインは間違いなく女の人のそれだ。
勘違いしてた。シャロムのことを男の人だと思い込んでた。恥ずかしい、何で気付かなかったんだろ。
赤くなってモジモジしてる私を見てシャロムがすっと目を細める。
「この後どう?良ければ僕の部屋で……」
「ご、ごめんなさい。でも女のひとだったなんて……」
シャロムは一瞬きょとんとして、首を捻りながら問い返してきた。
「だってそう言うキミは……おっと失礼、もしかしてナイショだったのかな?」
心臓が特大の音を立てて鼓動した。
全身から脂汗がにじみ出る。
「…………気付いてたの?」
「最初にぶつかった時にね。骨格と匂いですぐ判った」
初めからばれてた。恥ずかしさで真っ赤になる。じんわりと涙が滲んできた。
俯いて震えてる僕の肩に手を掛けて、シャロムが慰めるように優しく話しかけてくる。
「気にする事はないよ。性別なんて些細な事さ。
それにキミはとても可愛い。"本物"の女の子以上だ……」
低く心地よいハスキーボイスが耳の中に流れ込んでくる。
しなやかな褐色の指が僕の手首の内側をつうっとなぞる。
「僕たちダークエルフは森のハンターでね、獲物に悟られないように普段は無臭なんだ。
でも発情してる時は違う。どう?ちゃんと"匂い"がするだろう?」
シャロムの首筋が近い。ゆっくりとシャツの胸元のボタンを外していく。
きめ細かな褐色の肌から立ち上るなまめかしい匂い。
花の香水と混じって頭がぽーっと蕩けていく。
「キミは自分が嫌いなんだね。だからこんな風に変身して街を彷徨ってる。
でも僕たちエルフが発情するってことはキミにそれだけの価値があるってことさ。
キミはもっと自分に自信を持っていい……」
シャロムがふいに顔を寄せてきて、ちろりと耳の中を舐めた。
そのまま耳の中に注ぎ込むように、静かにゆっくりと話し続ける。
「キミは普通じゃない。でも特別な存在でもない。要するにただの"種"だ。
このまま世界に背を向けて埋もれていくか、自分の可能性を解放するか。
キミは自由だ。少し、羨ましい……」
一瞬、優しく静かなシャロムの声に微量の棘が混じる。
「僕ならキミの可能性を形にする事が出来る。それもとびきりの快楽付きでね。
エリスタリアにおいで。夏の国の
世界樹の森に。英国回りならここから3日もかからない。
そこで僕たちはたっぷりと愛し合う。朝も、昼も、夜も。他の事なんか一切考えずに。
心配しなくていい。キミはただそのエッチな身体を僕に委ねていればいい……」
いつの間にか盛り上がったワンピースのスカートの頂点を、シャロムの指先が優しく爪弾く。
電流が背筋を駆けあがる。頭がくらくらして何も考えられない。
「お望みなら前だけじゃなく後ろの方でも気持ち良くしてあげる。
でも無駄撃ちはダメだよ?ちゃんとボクの中に出してくれないと。
もちろん強制はしない、僕は"フェミニスト"だからね。
何かご質問はありますか?お嬢さん」
シャロムの声、シャロムの匂い。抵抗なんてとても出来ない。
僕は、朦朧とした意識の中で秘めた望みをうわごとのように呟いた。
「エルフに、なりたい」
シャロムのきょとんとした顔。これで二度目だ。
余裕たっぷりで何でも知ってる大人のダークエルフ。
そんなシャロムが見せる無防備な表情がたまらなく可愛い。
そしてすぐにシャロムは何かを理解したように静かに微笑んだ。
「そうか、キミは"転生の泉"の噂を聞いたことがあるんだね……
でもとてもお勧めはできないな。あれは然るべき時を迎えたエルフが母の御許に還る場所だ。
キミが考えているようなものじゃないし、そもそもキミたち地球人がおいそれと近づける場所じゃない。
はは、そんな絶望的な顔をするんじゃないよ。そうだな、ダメもとでイルミンスール様にお願いしてみよう。
イルミンスール様は世界樹の神霊でね、とっても気さくで親切な御方なのさ……」
明るい声音とは裏腹に、シャロムの表情は妙に沈んでみえた。
僕がエルフになりたいと言ったその瞬間、シャロムの唇が声を立てずに微かに動いたのを覚えている。
(そんなに自分が嫌いなのか。)
そうだ。いつだって自分が嫌いだった。そしてどこにも居場所の無いこの世界も。
僕は、優しくて綺麗なダークエルフと恋に落ちて、異世界で人間からエルフに生まれ変わるんだ。
熱に浮かされたようにこくんと頷いた僕の手を優しく握って、音もなくシャロムが立ちあがった。
雲の上を歩いてるようなふわふわした気分のまま、シャロムに導かれてゆっくりとバーの出口に向かう。
灰色の視界の中で、シャロムの手の温もりだけが確かなものに感じられた。
バーのドアを開けると、その向こうはいつもと変わらぬ夜の雑踏。
そしてシャロムはくるりと振り返って艶やかに微笑んだ。
「さあ、素敵な恋をしよう」
視界いっぱいに咲き誇る大輪の花。
モノクロームの世界に、パッと鮮やかな色彩が宿った。
end
- 地球にやってくるエルフはプロというか使命を持ってくる者が多いんかな?飲酒はちゃんと国の法律を守ってね! -- (とっしー) 2013-04-29 20:59:01
- すばらしく官能的 -- (名無しさん) 2013-04-30 00:21:17
- 世界が交流を始めてから異種族になりたいと思う人間は出てきてもおかしくないな -- (名無しさん) 2013-05-03 02:44:55
- ハッピーなのかバッドなのか判断難しいな。女性と分からなかったって胸が残念だったってことすか -- (名無しさん) 2013-05-14 23:15:49
- 発情度に応じて胸のサイズが変化する説 -- (名無しさん) 2013-05-16 19:38:59
- まるでミュージカルのような歌うテンポで流れる文章がとても印象に残りますね。流れるような瀟洒なムードに思わず稲村ジェーン -- (名無しさん) 2016-07-18 17:21:13
最終更新:2013年05月03日 14:32