【新天地の町】

  昔 新天地 荒野広がる中に 小さな水溜りがあった

 人々は己の力と仲間を頼りに、力で染まった大地を生きていた。
荒野を行き交う者達にとって水場は貴重な補給源であり交流の場であった。
ある乾いた風の吹く日、水溜りに荷車を引く竜を休めに商人が訪れた。
彼らは家族で商いを行う者達で、この荒野が盗賊や野盗の跋扈する土地であるとは分かってはいたが
突然体調を崩した竜を何とかして休めようと止むを得ない事であったのだ。
真面目に悪どいこともせず一生懸命に商売を営む彼らであったが、
非情にも刻を同じくして竜馬野盗の一団が水場に獲物がいないか巡回にやってきた。
すぐさま商人は囲まれ、身包み全てをよこすよう、要求される。
命が助かるのであればと荷を差し出したが、野盗は水場で蹲る竜をもよこせと言ってきた。
荒野で足を失うのは命を絶たれるも同じであると同時に、新天地を家族と一緒に生き抜いてきた竜を渡す事など
家族を一人失うに等しいと、商人は断固拒否する。
頑なに拒む商人に業を煮やした野盗が刃を振り上げたその時、
縄張りを同じくし争い合っている竜馬盗賊の一団が水場の巡回にやってきたのだ。
お互いに目の上のたんこぶである者同士、目が合うと同時に戦闘が始まる。
力を持つならず者の戦いは激しさを増し、竜が動けぬ商人はその只中で震えるしかなかった。
肉が裂け骨が折れ血が舞い、最早どちらかが完全に打ち倒されるまで戦いは終わらないだろうと思ったその時、
蹲っていた竜が突如呻き声をあげて苦しみだしたのだ。
「こりゃやばいぞ! 竜が産気づきやがった!」
野盗と盗賊の双方から声があがり、周囲の様相は一変する。
それまで激しく争っていたならず者達が罵声罵倒を投げ合いながらも連携し、身重になった竜を動かし
ありったけの草木を集め敷き、その上に産卵に適した姿勢で寝かしつけた。
幾分かは落ち着いたものの、相も変わらず呻き声は続く。
竜を見守る商人家族の後ろに並ぶならず者達が声を合わせ助産の息遣いを合唱する。
やがて深けていた夜が明け、空に陽の光が差す頃、見るも大きな卵が一つ勢い良く飛び出した。
皆が目を丸くする中で卵が微かに、緩やかに、徐々に、震え、激しく、割れた。
割れた殻の中央には丸々とした瞳を輝かせる竜の赤子が、朝陽の広がりと共に精一杯の産声をあげた。
その後、すっかり興冷めしたならず者達は産後で弱った竜が休めるようにと水場の周りに岩と木で屋根を作った。
商人の荷の半分を、その半分づつを分け合った野盗と盗賊は縄張りを巡る戦いの中でも
この水場周辺だけは干渉しないようにと言付けて、去っていった。

安心して休める水場として徐々に有名になっていく。
粗末な陽避けしかなかったのが、風避けの壁を作り、水溜りの水を溜めておく大瓶を配し
夜でも遠くから場所が分かる様にと、失われしルーンが刻まれた銅版を掲げ、精霊を集めるようにした。
そうこう時が過ぎる間に、水場に到着するも持病で足を悪くした商人が
この先の移動を断念し、水場に腰を落ち着けて骨を埋めようと一念発起する。
発起した商人は手持ちの荷と財を駆使し、立ち寄る商人に荷を売り、時には荷を買い訪れる他の者などに売るなどした。
間に余裕のある者を雇い、周辺から素材を集めては思いつく限りの建物を造った。
幾年が過ぎ、幾つかの施設を並べ建て、そこに住む者も現れ、より一層有名になったところで
発起した商人は本懐を遂げし安らかな笑顔のまま、発起した頃よりの思い出と共に永遠の眠りについた。

やがて新天地にも多くの者が訪れるようになった頃には、発起商人の意思を継いだ者達により村とも呼べる程に大きくなった水場。
周辺にも幾つかの小さな水湧きも掘り当て、いよいよ以って人の生活の基盤が出来上がった。
その頃には今までの顔ぶれも大きく変わり、新天地の流れも徐々に変わりつつあった。
あらゆる国から多くの力が流れ込んできた。
それまでの暗黙の了解は瓦解し、再度訪れる力の奔流の中で村は商人の知恵や雇われた戦士などにより生き残っていた。
それでも抗えぬ程の暴力はやってくる。
最早これまでと、村と共に果てるも已む無しと覚悟を決めた住人の前に現れたのは、
オルニトを追われた地上に生きる鳥人の一団と見たこともない装束と金に輝く星の印を胸にはめた者。
村を襲った者達を蹴散らし撃退する中で、特に目を引いたのが星印の男が使う火を噴く鉄の塊だった。
落ち着く場所を求めていた彼らは、村を護る傭兵として定着し、村人と共に建立を行っていった。
しかし、新天地の荒ぶる風は村から町へと栄え育つ人の営みにも容赦はなく、今までに無い激しく強大な暴力が押し寄せる。
そこにいる者全てが戦い、守り、散っていく中で星印の男は鳥人の頭領と共に暴力の渦中へ攻め入るも、
男は「最後の一発」と言い残し放った火の後、息を残した狂刃により切り裂かれる。
頭領が首をあげるも、すでに男は息絶えていた。
「私は私の信じる正義の元に友を裁いたが、結果、それが友の命を奪う事になった。
私の中にある未練が、誰をも幸せにする正義を求めた。
正義を成すのであれば、私の命など惜しくは無い」
かつて男が語った信念と共に、星印を受け継いだ頭領は、この地に荒れた暴力を許さぬ法を作ると誓った。

強者が集う安息の地は、交流と安全という看板の元で発展していく。
多くの商人が行き交い、道も駅舎も町並みも整備されていく。
もうこの繁栄は新天地に国を興すまで続くだろうと誰の目にも明らかになりつつあった時、それは訪れた。
最初の異変は空より降り落ちてきた蛮獣の頭であった。
それは遥か東の未踏破境界付近に生息する出会えば命の無いものとまで言われる凶暴強大な獣のもので、
それが頭だけ降ってくるなどどうにも原因が思いつかないことであった。
次なる異変は、町の酒場で歌い子をしていた翼人達が一斉に奇妙な合唱を始めたことである。
しかし、その異変の意味を理解した頃には全てが遅かった。
 突如町外れに立ち上る何本もの竜巻  空を埋め尽くす雷雲  降り注ぐ雨と雹  突風は弱い建物を薙ぎ払う
風神嵐の襲来である。
風神ハピカトルが何の選定も意思も無く巻き起こすその嵐は自然災害の何よりも強大であり、
混沌の神力により乱された事象はあらゆる対策を以ってしても防ぎきれないと言われていた。
嵐は町の眼前にまで迫り、吹き付ける風、飛来する塊に町は次々と破壊されていく。
かつての水場付近以外のほぼ全ての建物が無くなり、避難した住民はもう祈ることしか残されていなかった。
その時、空より飛来する三つの巨大な影が水場を守るように覆い立ち塞がる。
先陣に立ち町を守ろうと奔走する町長の見上げた視線には、巨大な龍が三頭。
『人よ、かつてこの地で救われた同胞、生まれた命に代わり返礼しよう』
住民の心に響く声、奮起した者達が立ち上がる。
いよいよ町全体を飲み込んだ嵐から、残った水場の東西北を三龍が、南を人が守る。
やがて嵐は去り、晴天が開いた空へ龍は飛び去っていった。
崩れた町並みと原点である水場が残った中で、再度人は立ち上がる。
 ここに住み、ここを盛り立てる思いは人それぞれだろう。
 その思いの始まりには大きな町など必要ではなく、唯一つ人の心の集まるものがあれば良いのだ。
 たとえそれが目に見えぬ心の中の誓いであったとしても、
 その存在を、その者が疑わない限り
 手を取り合う者にはそれが分かるのだ。

水場は再び歩みだす。
また苦しい道のりにもなるだろう。
だがしかし、そこに人の集う限り、心の灯は消えない。


最近のスレの流れから、思わず新天地で小さなきっかけから大きくなっていく場所の様子を想像しました
だからこれというわけではありませんので、仮説やとある町の歩んだ道とでも思ってもらえば幸い

  • 様々な人たちの思いに笑った泣いた感動した。 -- (名無しさん) 2014-02-04 23:28:02
  • 人々の波が様々な音を奏でて集まりやがて大きな町になるというのはいいものですね。異世界ならではの龍の訪れまでの流れにあついものがこみあげてきました -- (名無しさん) 2016-11-06 18:40:41
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

f
+ タグ編集
  • タグ:
  • f
最終更新:2013年05月29日 22:20