「おう…?なんや、こないなところで見かけるとは奇遇やな」
後ろから掛けられた言葉に思わず舌打ちした。
せっかくいい酒を飲んでいたのに、台無しだ。
ドニー杉で出来た温かみのあるカウンター席は私のお気に入りなのだが…。
声をかけられて他人のふりをするわけにはいくまい。適当に付き合うしかない。
水滴の浮いたグラスを渋々置いてスツールを軋ませ、私は振り返った。
「相変わらずカタチが真ん丸やの、おっさん。どや、儲かっとるか?」
「………ぼチボちだナ」
この訛りは聞き覚えがある。
ミズハミシマの一部の地域から流れて来た者の訛りだ。
案の定。どこか暴力的な雰囲気でだらだらと歩いてきたのは三人の魚人だ。
二人は《ウツボ》。一人は《イカ》。
私は店内の抑えられた光量の中、素早く連中の身なりを確認した。
マーク。刺青やそれに類するもの。あった。三人共通だ。腕や服に泣いた髑髏を象った印を付けている。
このマークは見覚えがある、間違いない。
七大海賊のひとつ『魚人海賊団』の連中だ。面倒なのに見つかった。
この地でリスクリターンがあるとすれば、リスクの方。
「そうかいそうかい。おっさんでぼちぼちちゅうことはようけ儲けとるんやろな。で、ここで一人寂しく何しとんねん」
「……別ニ」
「言わんでもええ、またどっかの海賊にホケン払ったんやろ?悲しいわぁ、なんでワシらに頼まへんねん。同じ魚人のよしみやろ?」
にたにたと笑いながらリーダー格らしいウツボの魚人が馴れ馴れしく言う。
全員だいたい2メトルほどか。身長2メトルと10か20サンチある私ほどではないが、一番低いイカの魚人でも1メトル80サンチはありそうだ。
そろいもそろっていかにもな者たちだ。私は内心毒づいた。
私はこの魚人海賊団、特に下っ端の連中には目を付けられている。同じ魚人である私が他の海賊団にマージンを払うことが気に入らないのだろう。言いたいことは分かる。
ドニー・ドニーは鬼族たちが幅を利かせる国だ。その中で魚人や人魚、鱗人たちが海賊をやるというのはいくら戦闘で有利とはいえ、同族内で助け合うより他はない。
つまり結束力が強い。ある意味ではミズハミシマの者たちよりも種に対しての意識は強いだろう。
だからこそ、私は相容れない。私は声を荒げるでもなく、かといって萎縮するでもなく彼らと向き合った。
海賊は嫌いだ。
「悪イガ、あンタらト馴レ合ウつモリは無イ。あマリ良イ噂ハ聞かヌもノデね」
「けったいな言い様やなぁ。おっさんと大して変わらへんわ。ワシらも商売しとるんじゃ、商売を」
「一緒にシテクれルな」
かちんと来た。
ごろつき風情が何様のつもりだ。真っ直ぐ睨み付けるとわずかに連中はたじろいだ
怖面故に普段は決して人に向けぬようにしているがこいつらなら遠慮はない。《鮫》の中でもひときわ力強く、嵐のように激しく、冷酷で、荒ぶる神にも匹敵するとまで謳われた私のご先祖の血は伊達ではない。
………私自身はというと、顔だけのはりぼてなのだが。
「商売人ト簒奪者ヲ一緒ニするナよ」
「な…なんやおっさん!喧嘩売っとるんか!」
「調子乗るなや、ワレ!」
血気立つ三人組。いかん、つい。
荒事は得意ではないのだが。この場をどう切り抜けるかスツールに腰かけつつも身構えた私が考え出した時だった。
「なにを、して、いる」
「ひっ」
「お、オジキっ……!」
彼らの背後から声が響いた。
それほど張った声ではなかったはずだが、不思議と店中に響き渡る。ざらざらと海風に揺れる木々が騒ぐような、しゃがれた声。
さすがに息をのんだ。とんでもない大物がやってきた。
「この店で、誰が、騒いで、いいと、言った」
「す、すんません……ッ」
「ヴの奴がいて、調子乗ってて…ッ」
「黙、れ」
「は、はいッ」
すくみ上る三人組が飛ぶように脇に散った。その間を青と黒で出来た小さな影がひたひたと音もなく横通る。
身長はわずかに1メトル50サンチほどか。2メトルの身長が珍しくもないドニー・ドニーにおいてその背丈ではまるで子供のようだ。
しかしあたりの重力が彼の周りだけ歪んでいるように錯覚させるほどの存在感は只者ではないという印象を見ている者に投げかける。
皺の無い、光届かぬ深海のような黒にも見える群青色の航海服を身にまとったそれの寸胴な体には黒い羽毛が生えている。
特徴的なのはその眉だ。そこだけ闇に走る閃光のように、はっとする鮮やかなオレンジ色の長い眉。それも右側だけだ。左側は目に縦に走った傷で途中から切れていた。
重鎮だ。こいつこそ、魚人でも人魚でも鱗人でも無いというのに荒くれ者だらけの魚人海賊団において全員を統率する首領。
《ペンギン》の鳥人。『光喰い』のオルチ。ドニー・ドニーの海賊の中でも最悪の部類の男。
そこにあって何も見ていないような昏く紅い眼差しを一瞬私に投げかけると、カウンターの方を見てオルチはその鈍角な嘴を開いた。
「それ、に。こんな、ところで、お前と……いや。お前、たちと、事を、構える、つもりは、ない」
「違いない。これ以上店を騒がせるなら相手になるが、俺としても出来ればあなたとはやりあいたくはない」
突然私の背後―――カウンターの中―――から声が響き、私は目をひん剥いて振り返った。
いつの間にか男が立っている。身長2メトルほどの男だが、私には彼が近づいてくる気配も音も感じられなかった。
身長が高く丸鼻なのは
オークの特徴。際立つのは緑の肌に刻まれた全身の入れ墨。
きっちりと糊の利いた海賊礼服を着こなし、2対のレイピアを佩いている。どれも値打ち物だ。剣の方は鞘しか見れないが大したものなのは見て取れる。
普段ならこの男は洒落の効いた羽根つきの帽子を愛用しているのだが、店内だからだろうか。どこかに置いてきているらしい。
こちらも大物だ。『海賊紳士』。海賊王ラウダフルの右腕、バルバンクール。
しかし彼がここにいるのは納得の理由がある。そもそも、ここは彼の嫁さんの店だ。そして私の今日の待ち人でもあった。
「それで、今日は飲みに来たのかい?客としてなら歓迎する、オルチ」
「いや、これでも、忙しい、身だ。今日は、お前に、次の、パーレイの、用向きを、伝えに来た」
「あなたが?直々に?」
「ラウダフルの、奴が、近くに、いると、聞いたが、捕まらなかった、ものでな。面でも、拝む、つもり、だったが、残念だ。上物の、酒が、あるのだが」
「それはお生憎様。それでは俺が代役になろうか。聞かせてもらおう」
微妙な緊張感の中オルチが懐から巻紙を取り出してバルバンクールに渡す。
手早く開いて目を通したバルバンクールは巻紙を元のように巻きなおすと小脇に収めた。
「了解した。この事は俺の名をもって船長に伝えておく」
「騒がせ、て、悪かった、な。おい、帰る、ぞ」
「へ、へいっ!」
大きな体を出来る限り縮ませながらオルチに従う先ほどの三人組。
こっくりと頷いたオルチは踵を返しながら私に再度目線をくれてきた。
「部下が、世話を、かけさせ、た」
「……そウ思ウなラバ、モう少シ綱紀粛正ヲ図っテもらイたイもノダな」
「俺の、ところは、放任主義、だから、な」
か、か、か、と。
小石が割れるような特徴的な笑い声を残し、オルチは魚人三人を引き連れて店の暖簾をくぐっていった。
途端に空気が緩む店内。この店が普段から響かせている和気藹々とした猥雑な会話たちが若干の緊張を残しながらも戻ってくる。
海賊の荒くれ者たちも大人しくなる姫琴とはいえ、さすがに相手が相手だったということか。
「すまないな、ヴ」
「………オかわり」
脱力してスツールに体重を戻した私のグラスにバルバンクールは景気よく酒をなみなみと注いだ。ああ、溢れた。