【大延国の山で】

一度で良いから、異世界の山に登ってみたかった。 異世界の山を見たかった。
山岳警備と山林管理なんて大した給料もなく、趣味と実益を兼ねた山具購入で貯金も僅かづつしか出来なかった。
円満退職には届かない年齢だが、自身の状況と想いを汲んでくれてか、
会社都合にしてもらい、会長の色も付けての退職金は夢を叶えるのに十分な額になった。
「どうしても行くのかい?」
「その金を充てればきっと…」
「すいません、どうしても叶えたい夢だったもので。 それに、こうなったのは山にかまけて不精した自分の自業自得ですから」
 これで良い

シーズンでも無かったのですぐに予約は取れた。
淡路ゲートを越えてミズハミシマへ。そこから船で大延国の玄関港に。
間髪入れずに大都へ向かって二日の観光を終えて、同じルートで日本へ戻る安い弾丸ツアーだが、
 大都に着きさえすれば後はどうだって良い。

大都に着いて一泊目の夜中に宿を抜け出す。馴染んだ山具を背負い。
夜明けと同時に、全容を現した金卓山地を臨む。心躍る。
山おろしが咽返る程の緑香を運んでくる。
透き通った空に朝陽が境界も露に滲んで行く。
多くが踏み固めた土がほんのり湯気を出している。
雲を運ぶ風が ──
「にゃー」
 異世界は地球に無いものに溢れていた。胸が軽くなった。

日頃見かける野鳥や獣とはどこか違うそれらとすれ違う度に童心に返る。
山道のそこかしこに置かれている石や、あくまで自然が第一に人は第二にと感じる手入れに、豊かさとはまた違った温かみを感じる。
山は好い。 山に包まれる。 心が溶け込む。
「おじさん、おじさん。お弁当かなにかもってないのだ?」
空気を吸い込み馴染ませていたのを突如現実に引き戻された。ズボンの裾を引っ張られて。
横下、声のした方を見るとまるで寝巻きか家着と思わせる薄く楽な服装の、チョコレート色の肌とキタキツネの様な金色の耳と尾を持つ少女。
軽やかそうだが山歩きに適しているか?と言われたらノーだ。
「もってないのだ?」
「いや…食糧と言うのであれば持ってはいるが…」
急に輝く丸々とした瞳の純粋さよりも、ふわふわ浮いているのが目を引く。
ゆっくりと進むこちらに合わせてふわふわと付いて来る。足を止めると次が疲れるので、足は止めない癖だ。
「どんなのなのだ?ボクにもちょっとわけてほしいのだ」
むず痒い。自分のエゴだとは自覚しているが、どうしても抑えられない。
ずんっ。
少女の肩を下に圧(お)し、浮いた足を地に着けさせた。
「山は歩いて登るもんだろう?」
「そうなのだ?はじめてきいたのだ」
きょとんとした目で見上げてきたが、素直にそのまま歩いてついてくる。
 恐らく、“食糧”が目当てなんだろうが…

「お腹が空いたのだ~… はやく食糧をわけてほしいのだ!
あっ!美味しそうな山兎なのだ! あっちの草の実も美味しそうなのだ!」
文句と要求と感嘆をローテで繰り返しながらも付いて来る。中々根性がある。
「おぉ…良い眺めだ」
まだ山の中ほどとは言え、木々の開けた先の崖から見上げた昼の太陽は、余りにも眩しいものだった。
「うーん。もうげんかいなのだ…」
体力も腹の具合も限界なのか、少女は力無くへたりこんだ。
「今、用意をするからな」
飯盒、道中集めていた小枝を山にして燃やし掲げる。
昨日市場で買っておいた米に近い穀物と乾物、山で集めた木の実、木の皮をまとめて炊く。
「ぴょこんっ!」
音では無く、言葉が跳ねる。
「美味しそうな匂いなのだ! なにをつくっているのだ?なにをしているのだ?」
ぶくぶくと泡を噴く飯盒に枝を差し当て耳に添える様子を不思議がって寄ってくる。
「勘と経験と状況判断ってやつさ」
頃合いと火から避けた飯盒を逆さにして少し待つ。
大判の葉を敷いて、上に盛大に混ぜ飯を盛る。
ぐぎゅるるる~~~!
「まぁ待て」
おあづけ状態の犬の様に涎を頬張る少女の足を揉む。普通の人の足だった。
「よく浮かずについてきたな。見上げた根性だ。少し楽にしてやる」
「ふにゅぅ~」
「足で歩いて見た山の景色はどうだった?」
「美味しそうなものがたくさんみれたのだ!」
「自然のままが自然な目線になるってもんだ。 浮かんでいたら見えないものもあるってこった」
暫くして、程好く熱の引いた飯を少々の塩を手に付けて丸める。
「ほら、出来たぞ」
「ぱっくんちょ!」
「食うなら受け取ってからにしてくれ… 手が涎まみれじゃないか」
もう一個手渡すと、むっしゃむっしゃと二口で平らげた。
「おかわりなのだ!」
「何で美味いか分かるか?」
「もむもむ。これが美味しいからなのだ?」
「山登って腹減らして食ったからさ。おにぎりを」
「おにぎりっ!」
粒を口の周り一杯つけての笑顔で反応したが、言葉の意味を分かってくれたかどうか…
「すまないが、それで終わりだ」
少女は物凄く哀しそうな目をする。最後の一個を頬張りながら。
「もういちどつくってほしいのだ~」
「材料がもう無いんだ」
「またいっしょにのぼってくれなのだ~」
「…あぁ、また一緒に登ったら作るよ」
「約束!約束!」
ふわり浮いて思いっきり背中を叩かれたのが思いの他、胸板に響く。
一つ咳き込むと急に意識が飛んだ。
 あぁ、よく持ったな、体。

気が付けば麓に立っていた。 すぐに背後にツアーがやって来る。
呆気に取られたが、何故かそのまま素直に日本へ戻ることにした。
何の希望も無かったが、本場の“おにぎり”を用意してみようと思ったからだ。
 時間があるかどうかは分からないが。

「…おかしいですね」
「先生、何か? まだ体は持ちますか?」
「…いや、それが、全く不可思議なことなのですが…」
「はい」
「患部がきれいさっぱり無くなっているんですよ… 塵も残さず燃え尽きた様な具合に」
その後、数度検査したが原因は分からず仕舞いだった。
ひょっとしたら異世界の山の空気のおかげなんだろうか。
最後の旅が折り返しになった形だが ──
 どうやら忙しいことになりそうだ。


  • ニート分神のくせになんか本体より仕事してないか!? -- (名無しさん) 2013-07-17 20:42:53
  • 食もそうだけど金羅の純粋さがよくわかる。張り手の御利益すごい -- (としあき) 2013-07-18 21:18:51
  • 金羅様なのにエロくないカワイイ -- (名無しさん) 2013-07-18 23:16:47
  • 人と意図せず遭遇する確率が一番高い神かも金羅様 -- (名無しさん) 2014-10-21 23:33:39
  • 姿は様々でも食欲とそれに準ずることには純真なのかな金羅神 -- (名無しさん) 2014-12-06 16:45:04
  • 様々な縁を手繰り寄せるような雰囲気が金羅様には感じます。見事病状がよくなった神の奇跡も無自覚に起こしているような所も好きになってしまいます -- (名無しさん) 2016-11-13 17:07:59
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

g
+ タグ編集
  • タグ:
  • g
最終更新:2013年07月17日 20:12