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 会いたい、という連絡が来たとき、驚いたといえば嘘になる。

 ある作品がアップロードされた直後のことだった。これまでの絵とは一戦を画するできばえだった。この絵に比べれば、これまでの作品はぼやけた霧を通して描いたも同然だった。誰の目にも明らかだった。

 モチーフは同じだ。天に向かって伸びるオベリスク。正確には違う。これまでの絵では、このオベリスクの外側をほんの少しなでただけのことだった。ぼやけた輪郭をひき、細部に宿る意味も分からないままひたすらに空間を埋めていただけだ。そんな描き落とされていた部分が、この作品では余すところなく表現されていた。

 言葉にならなかった。いや、それでは正確ではない。言葉にすることが出来なかったのだ。

 私は確かに何かを読み取り、心を動かされた。だが、そのことを言語化する事は出来なかった。どんな絵だ、何が描いてあると並べたところで、何一つ伝わる事はないだろう。口に出すそばからうそになってしまうことが、こんなにもどかしいものだとは知らなかった。私の中で膨らんだ感動は、出口を持たなかった。見つからない吐き出し口を求めて絵が私の中で暴れ周り、私の中に深い根を張ったように思われた。来る日も来る日も、気が付くとあの絵のことを考えていた。これまでにない経験だった。

 そんな苦しみを抱えていたところに、彼からの連絡はやってきた。

『語る方法をお教えしたい』

 行き先が異世界だとわかっても、私はいっさい躊躇しなかった。





「まあ簡単に言うと、ここはゴールドラッシュで出来る街みたいなもんだ。特別な資源が沸いて、そこに人が集まる。用がすみゃ解体されて街は消える。異世界でも事情は同じってわけだ。《レジスタ》については……まあ、ここの虫どもが目の色変えて飛びつくような代物だと思ってくれ。接続してからでないと説明はしづらいんだ」

 手を振りながら、グレッグは先の説明をもう一度繰り返してくれた。

「《コンストラクタ》っていうのは簡単に言うとこっちの建設業だ。ここみたいに街を建てるのが仕事さ。この辺じゃもう姿は見えないよ。別のサイト建設現場に移動してる。用が済んだら壊すのはまた別のやつら。ここに今うろついてるのは、《デコーダ》や《インタプリタ》。さっきのたとえで言うと鉱夫や労働者に当たる。まあ、掘削のための機械みたいな扱われ方してるやつもいるけどな。さっきあんたを運んできた虫もそういう手合いだ。まあ、身体のほうだけな。中身はちょっと別もんが入ってた。中身の入れ替えだ。ここじゃ、身体の乗り換えはそんなに珍しいもんじゃない。まんまサイファイだろう? 俺はここのこういうところが気に入ってるんだ」

 グレッグは得意そうに胸を張ると、やおらしゃがみこんで床に手をかざした。水面に触れたときのように床に波が走り、小さな穴が開いた。グレッグはそこに腕を突っ込むと、何かを引っ張り出して私に投げ渡した。冷えたペプシだった。
「先に言っとくがそりゃパチもんだ。地球側には持って帰らないでくれよ。DRMや商標がらみの裁判はこっちだけで飽きるほど抱えてる。まったく、その点に関しちゃひどく手ごわい相手だよ、こっちの虫どもと来たら」

 私は礼を言ってペプシに口をつけた。地球のものと全く区別の付かない味だった。キンキンに冷え切っている。驚きが伝わったと見えて、グレッグは自分のを開けて一口あおった。バドワイザーだ。

「びっくりするだろ? こっちで作ってるのさ。生きた化学合成プラントみたいな虫がいてね。そいつの分泌物を利用してる。缶のほうは地の精霊に働きかけて直接作らせたんだそうだ。昔ある《コンストラクタ》の一派がやり方をアーマイトの女王に売却した。金属加工としちゃピーキー過ぎて塩漬けになってた技術をほんの一押しして使い物になるようにしてやったのは、シドニーで町工場を経営してたおっさんだった。そのうち量産してビジネスに持っていきたいところだね。もうちょっとオリジナリティのある飲み物のレシピさえ用意できればいいんだが。こっちならではの、しかも地球人にも馴染めそうな奴を、さ」

「じゃあ極濃マセバ汁とかどうですか! 情報素1000FPS配合のリポビタン・Dルカカを飲んでお気軽アセンション体験! どんな渋ちんの投資家にも全財産擲たせる革新的アイディアじゃありませんこと? うむ、確かに我ながら見事。その功績を認めここにマーシャル諸島での銀行口座とsteamへの登録許可を与えよう! えっほんとですか! やったー! フフフご心配なく、こちとらCivilizationに一生首まで浸かって生きていく準備は出来てますぜー」

 甲高い声と共に、横の壁に穴が開いて人が飛び込んできた。

 始めは人間に見えた。黒っぽい光沢のあるジャンプスーツのようなもので全身を覆った、金髪碧眼の若い女性。ピンと伸びた触角のような前髪と、外はねが印象的なショートヘアをゆらしながら、奇妙に光り輝く瞳がくるくるとうごく。女性は絶句していた私とグレッグを交互に見つめて胸を張ると咳払いし、たっぷり三十秒ほど、なにやらこちらに流し目をくれながらくねくねとポーズを取って見せた。その間一瞬たりとも、口から飛び出す言葉が途切れる事はなかった。立て板に水とはこのことだ。

「いえーいどうもこんにちわ! この姿でお会いするのは初めてですね? それはあなたの勘違いで前にもお会いしてますけどねってこれじゃ口説いてるみたいじゃないですかヒューウ! ダメですよ、気持ちは重々ご理解できますけど、このぼでーじゃ出会って五秒で合体というのはちょっと無理なんです。五秒が五年でも無理よ? 罪な女ね。いや分かってますよ。確かにちょっと舞い上がりすぎました。いやーなんといってもこのめちゃしこぼでーに入ると気分よくなっちゃってテンションアゲアゲ……めちゃしこですよね? あれ、この単語で合ってましたっけ? 『この肉体はホモサピエンスの男性に対する多大な性的魅力を有しています』って日本の言葉でいうとどういう感じなんでしたっけ? ハイそこの日本に留学してた時にこっぴどく振られた経験を三回ほどお持ちのグレッグさん、正解をどうぞ。ご参考までに教えときますがアタックチャンスですよ!」

 回答はなかった。グレッグが指を鳴らすと、床に穴が開いた。女性はポーズを取ったまま悲鳴を上げることもなく消え去り、残ったグレッグはこめかみを揉み解した。

「今のはうちの職員でしてね。見苦しいところをお見せしまして大変申し訳ない。ああ、そんなに心配する必要はないよ。どうせすぐ自力で帰ってくるから」

 急に言葉遣いが改まったのは、明らかに照れ隠しだったのだろう。

「中身はあんたも知ってる。ここまで運んできたでかい虫の中身だよ。あいつの名前は……互いに独立した三つのふるいがどうのってそんな名前なんだが、シーヴでいいだろう。ご覧の通り、ちょっと問題のあるパーソナリティの持ち主でね」

「ご歓談中失礼しまーす! 突然奉公人を外に投げ出すような血も涙も触角もない人の話してます?」

 再び床に穴が開いた。差し込まれた手ががっしと穴のふちをつかみ、さっき落ちたはずの女性が顔を出した。つぶらな目に涙を湛えてグレッグをにらみつけるシーヴに手を貸すと、花のような微笑が咲いた。

「あー、どうもすみませんホント。うちの雇用主がなんか失礼な事しませんでしたか? この野蛮人と来たらトースターにかなづち振り下ろすのが最高にクールな娯楽だと信じ込んでる疑いのある人物でしてよ? あなたもお気をつけ遊ばせ。あーらどっこいしょっと」

 シーヴが穴の裾に足をかけて身体をひっぱりこむ。その背を覆っていたはずの黒い服はかなり広い範囲でどこかに消えうせ、代わりに光沢のある羽が三対生えていた。露出したわき腹には点々と小さな穴が開き、いくつもの節が刻まれていた。思わず絶句していると、羽はしゅるしゅると折りたたまれて女性の身体に絡みつき、服に溶け込んで一体となった。まるで元からそうした機能を備えていたかのようだった。グレッグが目をむいた。

「お前、なんだその羽は。また新しい機能を買ったのか」

「はーさっぱり知らぬ存ぜぬー」

「どこからその金出してるんだ。まさか女王の金に手を付けてるんじゃあるまいな」

「今しがたちょうど聞いたこともない名前のとおーい親戚が亡くなって遺産を相続したんですー。オンデマンド相続ですー」

「調べれば分かることだぞ。買ったんならまだいいが、この前みたいな不正利用だったらコトだ」

「我らが雇用主はご存じないようなのでお教えしますが、飛行能力は全ての知的生命体の魂にインストールされた基本機能なのです。どんな形で発露するかはディルカカだってご存じないのです。たまさか私の魂に書き込まれていた情報がいいタイミングで形質として発現することだってありえるのでは? 特にさっきは生命の危機でしたし? へい旦那、こいつぁきっとうちの村に千年前から伝わるふしぎなパワーの発露ってやつでは? 伝説に敬意を払え」

「何がふしぎなパワーだ。それに生命の危機でもない。ちょうどお前の落下に合わせて、下のセクターにビスマス環の一体が通りかかるころあいだった。余裕で受け止めて戻してもらえたはずだ。お前だって連中の巡回スケジュールぐらい知ってただろうが」

「ビスマス環? はぁ? 《ガベージコレクタ》に捕まったらこの身体がどうなるか知ってて言ってるんですか? それもビスマス環なんて一番の堅物どもに? どうせ回収されて、あのろくでもないハサミで開腹されて、挙句に『あーこりゃアカンですわ活動期限切れてますわーアカンわー』とか言われて八つに切り離されるんですよ? この美しいぼでーが建材だか食料品だかとして再利用されるんですよ! 僕がい・ち・か・らデザインしたこの芸術品を! この身体の価値を分かってないという点では、あなたもビスマスどもとどっこいどっこいですよ! あんな棹体細胞と錐体細胞の区別も付かない連中と同レベル! 悔しかったらにらんでないでビューリホーとか言ったらどうなんですか! この丸砥石野郎!」

 まくし立てるシーヴの足元にまた穴が開いた。だがシーヴはうろたえることもなく、さっとまた羽を展開して踏みとどまった――かに見えたが、この部屋は飛ぶには少々狭すぎたらしい。開いた羽が壁にぶつかり、折りたたまれてもとの位置に戻り、話が違うと言いたげなシーヴは落下して消えた。グレッグが鼻を鳴らした。

「――さて、うるさいのもいなくなった辺りで、あんたの話に入るとしようか。あんたが会いたいっていう蟲人の話だ。まず先に言っとくが、あんまり簡単にはいかなさそうだぜ」

 私は椅子に座りなおした。



 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。

  • 好奇心と探究心の塊と思えば、片や役割のみを人生として生きる者もいる。 どの種族に言えることではあるが蟲人と懇意になれば人間には大きなメリットがありそうだ -- (名無しさん) 2013-08-16 23:45:54
  • あらゆるものがせわしなく動き回り次々と様々なものが出来上がっていく様子がとてもマセ・バズークと蟲人に合いますね。独特な情報が流れ込む話の中で人にとっての質量とは物質だけではないのだろうかと過ります -- (名無しさん) 2017-01-22 19:46:49
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最終更新:2013年08月18日 14:01