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 あれは何だろう、という疑問が、私の心に居座っている。詮無いことだと分かっていても、追い払うことが出来ずにいる。

 存在する風景を描いたものだという理解が、私の中で居座っている。見たことも聞いたこともない風景だ。異世界の景色だからこそ、私は語る言葉を持たずにいるのだ。

 知りたかった。この絵に何がこめられているのか、この絵が何を描いたものなのか。描く事で何を伝えようとしているのか。真実を知りたかった。一部の誤りもない、完全な理解を得たかった。

 もちろん、自分で勝手に合点してそれで済ませることも出来たはずだった。理解や手の届かない事柄に、そうやっていくつもふたをしてきたはずだった。分かったつもりになってその場をやり過ごし、日常の中に埋もれていくうちに存在すら失われる。慣れてきたはずのことだった。

 だが、この絵だけは私の心を捕らえて放さなかった。

 私は知りたかった。

 あのオベリスクの正体を、私の中に渦巻くこの感情の正体を知りたかった。




「一応これじゃないかという相手が見つかりはした、見つかりは、な」

 私はうなずいた。グレッグにはあらかじめ全ての事情を話し、手がかりとして、彼から貰ったメールの全文をあらかじめ渡していた。

「だがそこから先でちょっとした問題が生じてる。しばらく時間を貰うことになるかもしれない」

 どういうことか、と、私はグレッグに問いかけた。グレッグは言いにくそうにしながら、ふと私に手を差し伸べると、飲みかかっていたペプシを飲み干すように促した。訳もわからずのみほすと、グレッグは再び口を開いた。

「貰ったメールにあったアドレスとシグネチャに該当する個体は確かにこっちの世界にいるらしい。だが、俺から連絡をつけることは今のところ出来てない。手が届かなくはないが、どうも苦手にしてる相手でね。ガイドで食ってる身としちゃ情けない話なんだが、俺もこの世界にそれほど馴染んでるってわけでもないんだ。

 なあお客さん、あんたこの世界をどう思う? さっきのシーヴでもいいし、この部屋でもいい。見慣れてるってわけじゃないよな。正直言ってかなり異質な存在なはずだ。そうだろ?」

 私はうなずいた。控えめに言っても、この世界は私の住んでいる世界とは異なる空気に支配された場所だ。目もくらむような出来事の数々に、私の心は麻痺さえ始めていた。慣れ親しんだはずのペプシコーラでさえ、こうして手の中に納まっている缶やその中身は異世界で作られたイミテーションなのだ。

 グレッグはうなずき返し、唇を舐めて私に目を据えた。

「確かに、ここのサイトはちょっと地球とはかけ離れた奴らが支配してる。身体を乗り換えたり、あー、ネットみたいなもんに常時接続したり、先週出来た街が来週には跡形もなくなってたり、それが当たり前の生活を送ってる。宇宙人みたいなもんなんだ。

 だが本当はもっと、地球人向けの奴らがいる。ちょっと虫っぽい身体をしてるだけで、考え方も暮らし方も技術のレベルも地球人とそう対して変わらないような、身体を乗り換えたりなんかもしないで、畑を耕して生きてるような連中も大勢いるんだ。ごくごく最近までは、ゲートの周りだってそういう奴らが支配してた。あんな殺風景な岩砂漠じゃなくて、それなりに居心地のいい街があったのさ。あんたは運が悪かったんだよ」

 私はゲートをくぐった直後の光景を思い出した。ほんの数時間ほど前のことなのに、もう遠い昔のように思えてならなかった。それでも、街が存在した痕跡など一つもなかったことだけは確信が持てた。廃墟が砂漠に変わるにはしばらくかかるはずだ。

 だがそう伝えると、グレッグは渋い顔になった。

「悪いが、ゲートそばの街が消滅したのはあんたが到着するほんの18時間前だ。住民もろとも《ガベージコレクタ》どもが綺麗に片付けた。もっとも、来週には住民ごと再生してるはずだけどな。《使途連述》が不手際を認めて補償するらしいって話だが、詳しい事情はこっちでも調査中だ。とにかく、そういう場所なんだ、ここは」

 ちょっと話がそれちまったが――と、グレッグは座りなおした。

「人類に比較的近い方の奴らでさえ、ここマセ=バズークの住民は異質なところがある。異世界側の住民としても際立って変わってる連中なんだ。ところが、ここの住民ですら慣れ親しんだ親戚の叔母さんに見えてくるような連中がいる。途方もない変り種、理解不能な精神の持ち主だ。物理層から遠く離れて、論理層のそれも深層部分にアーキテクチャのほとんどを依存してるような奴らなんかはその筆頭だ。あんたが会いたがってるのは、どうもそう言う手合いの一人じゃないかという気がする。まだ確信はないがね」

 マセ=バズークは決して一枚岩ではない。無数の種族、民族、氏族、企業や教会や都市国家が互いに層構造=レイヤを成し、本のページやミルフィーユのように重なり合っているのだという。あまりにも異質すぎるレイヤ同士はめったに干渉しあわず、お互いの存在を認識することすら稀なケースもあるという。

「この辺は目で見てるだけじゃ絶対にわからねえ。地球人の目に映ってるのはほんの上っ面もいいところだからな。全体像を見通したり、レイヤを超えて干渉しあおうと思ったら、どうしてもディルカカに接続する必要がある。この国の全てを支えてる神様に」

 グレッグが椅子から立ち上がり、私の手からペプシの缶を受け取った。そのまま私の肩を押さえ、顔を正面から覗き込んでくる。その顔はひどく真剣だった。不意に、その顔半分がしかめられた。

「先に謝っとくが、妙な味はしなかっただろう? これ以上の話は、接続してないと実感持てないんじゃないかと思ってね。あんたのそのペプシに仕込ませてもらったよ」

 接続用の粘菌は身体にくっつけておくだけでも機能するが、摂取すればなお効きやすい――と、グレッグは繰り返した。

「そろそろ効いてくるはずだ。あんたが会いたいという相手が、一体どのあたりにいるもんなのか、説明用の資料を作っておいた。あとはあんたのほうさえ準備できれば大丈夫だ。菌が効いてくれば、ローカルサービスのアカウントも発行されるはずだしな」

 一体何を、といいかけて、ふと視界の隅に何かがよぎるのが見えた。

 ふらつきかけた私の体を、グレッグが支えた。始めはびっくりするもんだからな――と囁くグレッグの言葉が、だんだん聞こえなくなり始めた。何かがわんわんと私の耳の中で反響していた。舌が皮になってしまったかのようだった。何かに手首をつかまれた気がして、私は思わず手をさすった。見えない触感は手のひらの上に移り、そこで手のひらから抜け出して宙に解けた。見えなかった。だが見えた。

 現実が剥がれ落ちる。開いた穴から、理解が流れ込んでくる。

 そうして、私の周りで全てがはじけた。



 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。

  • 毎回思うのが静かな流れの中にがっちり骨組みがあるということか。クライアントとの掛け合いも面白いけどグレッグがどこまでマセバズークに浸っているのかが最も気になる -- (とっしー) 2013-08-21 01:45:38
  • 宇宙人は言い得て妙ですね。しかしマセ・バズークはそれだけではないという解説も入れるところが印象を固めさせずに上手いですね。そして更なる情報の深淵へと向かう中で冒頭の絵画の描写がアナログの一枚に込められた視覚から脳に広がる情報量はHDDよりも勝こともあるのではと思い至りました -- (名無しさん) 2017-02-19 19:01:44
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最終更新:2013年08月18日 14:04