彼がいたのは本当に何にもない街だったんだ。寂れた町並み、昼間から酒瓶を抱えて路上で寝こける人、枯れたサボテン、しなびた風転草…それ以外何も…
…いや、一つだけあった。燃えたぎる灼熱の赤い赤い夕焼けが……まるで彼のような。
1.
ギシギシと音を立てて酒場の戸が開く。
寂れた店内では丸テーブルでカードゲームに興じる五人のガラの悪そうな一団とビクつく鬼人系のバーテンが一人…
僕は足音が響くほどガランとした店内を進み、バーテンに話しかける。
「何かジュースみたいな飲み物と軽食を…」
その声にバーテンがビクリと反応しわたわたとしだした。
同時に丸テーブルの一団がゲラゲラ笑い出してヤジを飛ばしてくる。
「おいおい酒場に酒が飲めないボウヤが来てるぜ?」「帰ってママのおっぱいでもシャブッてりゃいいんじゃねえかね」「おいおい可哀想な事言ってやるなよ。ありゃきっと地球の猿人だぜ?もしかしたらママがおっぱい出せねえ身体かもしれねえじゃねえか、ギャハハハ」
酒場に下品な笑い声が響くのを無視しながらバーテンに
「…それで、注文の品は?」
「あ、あああ!はい…ではサボテンの微発泡ジュースと塩豚のベーコンサンドなどは如何でしょう……?」
「じゃあそれで…あと、この街のシェリフはどこにいるんです?」
僕がそう聞いた瞬間、バーテンは凍りつき丸テーブルについていた一団の一人がいきなり立ち上がってこちらへと近寄ってきた。
そしてドンとカウンターにゴツゴツとした大きな手をつくと
「おいおいボウヤ?財布でも落としたのかい?だったらこの優しいお兄さん達が探してやるよ」
トロルはニヤニヤした顔でこちらに顔を近づけてそう言った。
「結構、僕が探してるのは財布自体じゃなくて入れる中身ですから」
淡々とそう返すと残りの四人が椅子から立ち上がって周りを取り囲む。
「はは…面白い坊やだ。だが小遣いが欲しいんなら他の街を当たりな。それならキャンディーの一個ぐらいおみやげにやるよ…」
巨体を揺らして低い声で凶暴に笑いながらそう凄むトロル人、周りのドニー系のお仲間も腰の鉈剣や手斧の柄に手をかけてニヤニヤと嗤っている。
「…キャンディーじゃ割に合いませんよ」
「察しの悪いやつだなぁ…じゃあ、俺が割に合うようにしてやるよ!」
トロルはそう言うやいなや大振りのナイフを抜いて斬りつけて来た。
僕はカウンターの縁を左手で掴み、その刃を逆側に倒れ込んで避けながら腰のリボルバーを抜き撃つ。
「があ!?」
トロルがナイフを取り落とし、撃たれた腕を庇ってうずくまる。
僕はバネのように掴んでいたカウンターを左手で押してひょいと彼の後ろに回りこむと、頭にリボルバーを突きつけ服の襟首を捻り掴んで無理やり立たせ、彼を盾にしながらお仲間の方へ向き直る。
「てめえ!!銃使いか」「卑怯なことしやがって!ミーシャを離しやがれ!」「俺らを誰だと思ってるんだ!タダじゃ置かねえぞコラァ!」
先ほどの余裕と打って変わってお仲間がぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。
「お、おい!頼むよアンタ、止めてくれ…撃たないでくれ」
「そっちからやってきたんでしょうに…下手な動きをしなきゃこれ以上痛くはしませんよ」
盾にしたトロルを引きずりながらジリジリと出口の方へ向かう。
重すぎる彼を何とか引きずってやっとのことでスウィングドアに手をかけようとした所で、僕はとっさに彼の襟首を引きしゃがみながら横へ避ける。
ドカッと凄まじい音がして彼の頭が真っ二つに割れる。
「ああああ!!ミーシャーーーーッ!糞!!てめえ、俺の仲間を盾にしやがって!!」
戸の所で待ちぶせしていたらしい
オーガのゴロツキのお仲間がトロルの頭に食い込んで抜けなくなったらしい両手斧を離してこちらへ殴りかかって来た。
ゴツゴツとしたその手を掴み腰に相手の体重を乗せて投げる。
「ごぁっ!」
したたかにテーブルや床に頭をぶつけて転がるオーガ。
そして、こちらの意識が逸れる機会を伺っていたのかそれを飛び越えて残りのゴロツキ4人がこちらへ襲い掛かってくる。
「ヒィャアアアアッ!!!」「死ねやクソがぁっ!!」「頭引っこ抜いてやるよ!」「オルァァァァ!!!」
僕はすぐさま彼らに銃口を向け撃鉄を上げて引き金を引く…
「OK…Come on Baby!!」
寂れた街の片隅でトントントンと規則的な金槌の音が響いている。
そこに新しく足音が加わり、金槌の主が顔を上げて足音の主に声をかける。
「…なんだ、客か?」
作りかけの棺桶に釘を打っていたオーガの老人が顔を上げてこちらを見る。
「ええ、棺桶を追加で6つお願いします」
「は!お前、地球人だろ?またえらく派手に遊んだな……都市銀貨500枚、前払いだ」
老人がそのゴツゴツとした手を突き出す。
僕は黙ってその手に一枚の都市金貨を載せる。
「…おい、何のつもりだ?ここには金貨に釣り銭出せるほどの金は無いぞ」
「釣り銭に見合うだけの情報を売って頂きたいんですよ…保安官のオフィスに行ったら焼け落ちた後だったんで酒場で出会った親切な人に貴方のことを教えてもらったんです」
一気に不機嫌そうに顔を歪めた老人は鼻を鳴らして
「ふん…それで、何が聞きたいんだ?」
「この人物に見覚えは?」
僕はバックから折りたたんだ手配書を出して老人に渡す。
老人はその手配書をしばらく食い入るように見つめた後、目を閉じその大きな掌で顔を拭った。
「…ここじゃなんだ。家に入って話そう」
そう言うと老人は返事も聞かずにあばら屋のような彼の家に入っていった…
2.
『どうしてみんな僕をいじめるの?』『知りたいのかい?それは…君が酷く醜いからさ』
…ノックの音が聞こえる。
「ボス!アタシです。お楽しみの所すいやせんがちょっと失礼しますぜ」
俺の入れという声にドアを開けて入ってきたのは部下の一人であるオーガのユーリだ。
奴はこちらを一目見て顔をしかめる。
「…何があった」
「へ、へい!…先ほどちょっとボスのお耳に入れておいた方がいいと思うタレコミがありやしたもんで…へへ…」
俺の声で慌ててユーリが取り繕うように説明をしだす。
その声には明らかに俺に対する恐怖が混ざっている。素晴らしい。
この世で自分に対する恐怖ほど心地いい物はない。
「それで?」
「え、ええ、それがカラスマの店でアガリを回収してたミーシャ達が賞金稼ぎらしい奴に潰されたそうなんでやすよ…」
声を低めて伝えられた言葉に俺は鼻を鳴らして答える。
「…そのくらいの不始末は俺の楽しみの邪魔をせず、てめえらで片付けるように躾けたと思ったが?」
「ああ!いや!ごもっともな話でやすが、やった奴がちょいと気になりやしてね……普通に流れの賞金稼ぎならいつも通りにアッシらで処理しますが、どうも今回の奴は変わってやしてね」
…コイツは他の奴より使えるが、いつももったいぶった言い方をするのが俺をイライラさせているのを分かっているのだろうか?
「それで?」
俺は手に持っていた得物の胴を回転させながらそう聞いた。
「す、すいやせん!話が長くなりやした。つ、つまりミーシャ達を殺った奴が使っていた得物が『ボスと同じ類のモノ』だったんでやすよ!しかもミーシャ達はそう弱くはありやせんし数も揃えてやしたがほぼ全員が一撃で殺されてやす」
その言葉を聞いて俺は『リボルバー』を回転させていた手を止める。
「…つまり、相手は俺と同じ銃使いだっていうことか」
「へ、へい…」
その言葉を聞いて自然と俺の口元から笑いが溢れ、ユーリが怪訝な顔をした。
「ユーリ、そいつの居場所は?数は?目的は?」
「既に何人か仲間をやって情報を探ってやす。もうしばしお待ちを…」
「分かった。分かったらすぐ俺に知らせろ…それとここの片付けをしておけ」
俺は銃口で顔面に穴ボコの空いた
エルフの娼婦の死体を指す。
「…へい、あのボス、今度のコイツは一体何をしたんで?」
ユーリは顔をしかめてエルフの残骸を見つめながらそう聞いてくる。
「俺の肌の色がチャーミングなんだとよ」
いつものことだ。そろそろ俺もこの理由で薄汚い淫売を始末するのが飽きてきた。
俺の答えを聞いたユーリは哀れそうに死体を見つめて頷き、俺は腰掛けていたベッドから腰を上げて下の酒場に戻る。
下では俺の手下がどんちゃん騒ぎをやっている。これもいつも通りだ。
顔をボコボコにされながらもなんとか酒を注いで回るバーテンも連日の輪姦で壊れた酒場の元看板娘や今なお騒ぎの中で強姦されている娼婦も…
俺は止まり木の一つに腰掛ける。
するとすぐさまバーテンが酒を注ぎに来て俺はそれを一息に煽った
しばしぼんやりと空のグラスを見つめていると懐かしいあいつの言葉が蘇る…
『いいか?よく覚えていろよ坊主…そいつはお前の力になってくれるがそいつを持ってる限り、いつか必ずその日が来るんだ。だから…』
…だからどうだと言うのだ。
自分に仇なす運命など幾つ叩き潰して来たか分からない。今回も同じことだ。
俺は空のグラスをバーテンの方へ放り投げる。
そして慌ててそのグラスを取ろうとする哀れなバーテンを放り投げたグラスごと撃ちぬいた。
バーテンが倒れる前に銃口を壊れた女に向けてもう一発。
それで五月蝿かった酒場はあのクソッタレなドニーの冬の海のように凍りついた。
「…祭りになるかも知れん。得物の用意をしておけ」
俺はそれだけ言うとカウンターの中の酒瓶を手にとって煽った。
来るなら来ればいい…俺はあいつとは違う。
3.
外から見るとボロボロだった家の中は意外にもよく整頓されていた。
ただそこら中に作業台や工具類が置かれていて、一番目に止まったのが奥に鎮座している…
「意外か?棺桶屋の店の中に炉があるのが…これでも元はドニーの船大工でね。あそこには腕のいい
ドワーフの専業鍛冶屋なんて殆どいないから俺たち船大工が必要に応じて船釘や金具、他にも副業でなんやかんやを打ってたのさ…」
「この街も同じってことですね」
「ああ、20年ほど前にドニー系の奴が集まって出来た街だからな。交易路に近いってだけが取り柄のシケタ街さ」
ぎしぎしと軋む椅子に座って自嘲気味にそう語る老人に僕は本題を切り出す。
「それで、彼のことについて話してくれるんでしょう?」
「…あいつに関わるのはやめておけ、俺が言えるのはそれだけだ」
ぎしり…と椅子が鳴る。
「ご忠告どうも、でも僕はどうしても彼を討たないといけない理由があるんで…
なにせお世話になってる雇い主のボスから直々にこの件の事を頼まれてるし、それに何より酷い金欠でね。新しい銃を手に入れたはいいけど弾が買えない」
適当な作業台の端に腰掛けて僕は答える。
その言葉を聞いてため息を吐きながら老人が
「…あいつはシケてはいるがこの街を支配している。
首長こそ殺されてはいないが職務に忠実だった保安官も抵抗した市民も腕に覚えのある賞金稼ぎも、今じゃ全員俺が作った棺桶でおねんねしてるよ。
お前だって事前の情報でヤバい仕事なことくらいは分かってるだろ?金欠はお前の自業自得だろうし、その雇い主のボスとやらにそこまでして義理立てするようなことか?命は金で買えねえぞ?」
言いながらポケットからスキットルを取り出してぐびぐびとやりだす。
「中央市の市長って知ってます?」
そのもっともらしい老人の疑問に僕は疑問で返した。
ブバッ!と老人の口から蒸留酒らしい酒が噴き出され、僕はモロにそれを浴びることになる……うへぇ…
「ゲフ!ゴホ…おい!お前、本気で言ってんのか?中央市の市長っつったら独立戦争での英雄だぞ!」
「僕が嘘ついてるように見えますか?」
「……いや、すまなかった。
確かにあの人ならこういった事には目ざといし、すぐに首を突っ込んでくるはずだ。そうか、じゃあアンタはあの戦場のカミサマのお使いってわけだ…」
クックックと喉で笑う老人にジョークで返す僕。
「背中に翼が生えてりゃ良かったんですけどね」
「翼?…あの人はペンギン族だろ?」「ああ…いえ何でも…」
変なところでこっちじゃ地球のジョークが通じないんだなと改めて思わされた。
「それで、結局ご協力いただけますか?頂けないなら金貨のお釣りを頂きたいんですけど…」
「協力しよう。だがこちらからも頼みがある」
「?」
「俺は知っている限りできるだけ詳しくあいつの情報について話そう。だから…頼む、アンタはあいつを…」
4.
部屋で弾を補充しながら考える。
あいつに、あの行き倒れのオッサンに会ったのはいつの頃だったか…
そう、ちょうど12の時だったか。
俺はいつもの如く、使えるものが無いか路地でゴミあさりをしていた。
そこで手に入れたまだ使えそうな鉄くずや古い木材をいつも鍛冶屋兼大工兼葬儀屋のオーガのジジイに売って小銭に替えてもらって家に入れるためだ。
そうしとかねえと家のババアが気違いみたいに怒りだして俺に熱湯をかぶらせて嘲るので毎日必死だった。
街の人間どころか精霊にすら嘲られ、魔法も使えないガキを雇おうなんて物好きはいない。まともに取引しようとする奴もお人好しで手の足りてないオーガのジジイぐらいだ。
そこまで思い出して俺はランプからつまみ取って薬莢に詰めようとしていた火精を摺りつぶした。
小さな悲鳴が聞こえ、それを聞いた他の火精共が怯えて火を揺らす。
俺の醜さにも幾つか利点はある。
一つは火傷の痕がわかりにくいことだ。
…あの時、行き倒れなんて珍しくも無いのに俺はなぜか見つけたあいつをオーガのジジイの所まで引きずっていくことを思いついた。
後にも先にも俺がやったヒト助けなんてもんはアレが最初で最後だろう。
『坊主、まずはしっかり構えてよく狙え。馬上射撃やらの曲打ちなんざ後だ、後』
『うっせー!分かってらガキ扱いすんじゃねぇ!ちび』
ヘンリーと名乗ったあいつはゲラゲラ笑いながら俺の肩を叩いて
『はっはっは、気張ると当たらねえぞ?…さあ坊主、肩の力を抜いて撃って見ろ』
即座にガンガンと銃の音が響く、しかし杭に括りつけた的に弾は全くかすりもしない。
『…っくしょう!』
『一発目は引き金を荒く引き過ぎだな。二発目は銃口がぶれて跳ね上がったまま引いちまってる…ま、初めは誰でもこんなもんだ』
そう言いながら俺の頭をグリグリと撫ぜつけた。
『止めろっつてんだろ!』
『はっはっは』
『…おい!てめえら、いつまでも遊んでねえでメシ代分ぐらい働きやがれ!』
オーガの爺さんがサボって銃の練習をしてる俺たちを怒鳴りつけに来た。
『ありゃ?見つかった…じゃあこの続きはまた今度な。ヘーイ!すんませんボス!!』
ヘンリーがケラケラ笑いながら俺はムスッとした顔でジジイの方へ走って行く。
あの頃、気違いババアから逃げてヘンリーと一緒に無理やりジジイの店に転がりこんで…俺の人生の中で『あの頃』は楽しかったといえるだろう。
そう、『その日』が来る前までは…
8/31 三、四章追加
- まるで絵に描いたような西部劇。 しかしそこは異世界で、これはひょっとすると誰かの夢なのではないかなと。“彼”は憧れの西部劇スター -- (名無しさん) 2013-09-27 01:23:52
- 乾いた雰囲気がカッコイイ。ボスの心の虚無はかなり深い。火精霊を捻り潰すシーンが妙に印象に残った -- (名無しさん) 2013-10-08 23:43:33
- 無法と理解しながらもその土地で生きていかなければいけない人々の心境が痛切伝わってきます。命が軽く吹き飛んでいくのは奪う側にも軽く消されてしまうであろう覚悟があるのだろうかと淡々と行われる命のやり取りを見て感じました。非道の限りを尽くす者は己に終わりをもたらす者の到来を渇望するかの様な空気もありました -- (名無しさん) 2017-02-19 18:49:30
最終更新:2013年09月26日 19:21