戦争、それは地球の歴史でも異世界の歴史でも数限りなく行われてきた行為である。
その理由は実に様々であり、その衝突規模も少数なものから国家間の大規模なものまで様々。
地球において戦争の歴史は兵器と戦術の進歩の歴史であり、異世界においてもそれは同じくであるが、異世界の場合はそこに魔法という要素が加味される。
地球の歴史には存在し得なかった魔法というものが存在する異世界の戦争とは一体いかなるものか、今回はそれについて少し触れようと思う。
○侵攻と防衛
地球においても攻め手と守り手は同数の衝突であれば圧倒的に守り手側が有利だとされている。
異世界の魔法が存在する戦争においても基本的にはこの法則は当てはまり、防衛側は圧倒的な地の利を有し、侵攻を迎え撃てるからである。
この場合の地の利とは地理の把握や防衛に適した施設をあらかじめ構築できるという意味だけではなく土地の精霊との結びつきということのほうが大きい。
魔法とは精霊に働きかけて行使するものであり、異世界においては地域ごとに精霊が縄張りのようなものを形成し、その土地の者はその地域の精霊との関係を良好なものとすることで生活をより魔法を使うなどして豊かなものとしている。
これは日々の生活だけではなく、戦争行為においても適用され、精霊は日頃懇意としている者に助力することが一般的である。
異世界での戦争の勝敗にはこの精霊の意向というものが大きく関与し、精霊の助力さえ満足に得ることができれば圧倒的な戦力差での戦いにも勝つことができるとされている。
そして、逆に言えば侵攻先の土地の精霊を掌握することができれば防衛側より少ない兵力でも侵攻を成功させることができるということでもある。
○異世界の戦争の手順
異世界の戦争の手順を大まかに説明すると以下のとおり。
- 主戦場の選定
- 主戦場となる土地の精霊のリサーチ
- 陣地と歌姫or戦場楽団用の舞台の建設
- 両陣営による土地の精霊の籠絡合戦とそれと並行した通常兵力同士の衝突
- 精霊を掌握するか、通常戦力が本陣を攻め落とすことで勝利条件達成
- 戦後処理
ということになる。
○主戦場の選定
異世界においての戦争とは精霊の縄張りを一つずつ切り取っていくというものが一般的である。
小国でも基本は領土の中に複数の精霊の縄張りを有し、その縄張りに沿って砦や守護拠点を構築しているということがほとんどだ。
当然、本拠地を置く縄張りこそその土地の権力者と最もつながりの深い精霊の縄張りということになる。
戦争に置いてはどの縄張りが最も攻めやすいかをリサーチし、そこにどのように軍を侵攻させるかというのが重要な要素ということになる。
○主戦場となる土地の精霊のリサーチ
侵攻先の決定に重要な要素である。
その土地の権力者との関係や縄張りとする精霊の性向などをできる限り調査することが要訣であり、この調査の良し悪しがすべてを決めると言っても過言ではない。
○陣地と歌姫or戦場楽団用の舞台の建設
侵攻先が決定すると攻略に必要な人材を集めることとなる。
侵攻先の主な攻略対象の精霊に対処するための従軍精霊使いや籠絡要員となる歌姫や戦場楽団などの雇用など、最も人と金の動きが激しくなり、この準備に数カ月をかける。
○両陣営による土地の精霊の籠絡合戦とそれと並行した通常兵力同士の衝突
本陣と舞台の建設が完了すると本格的な軍事衝突という段階になる、歌姫や楽団を中心に時には攻略対象の精霊と同属の精霊なども用いて精霊の籠絡が行われ、それと同時進行で通常戦力での防衛拠点の攻略が行われる。
精霊の籠絡は地球で言えば制空権の激しい奪い合いに相当し、これに失敗した場合侵攻側はその時点で侵攻を即時中止せざるを得ないほどの打撃を被る可能性がある。
○精霊を掌握するか本陣を攻め落とすことで勝利条件達成
攻略対象の精霊を籠絡成功するか、精霊の攻略が膠着している間に拠点を攻略することで戦闘の勝敗が決する。
戦闘開始から決着までは短い場合は数時間、長い場合は数カ月にも及ぶ
長期戦になればなるほど攻守共々歌姫や楽団をいかに効率よく運用できるかと歌姫と楽団のタフネスが要求される局面である。
○戦後処理
精霊の攻略あるいは拠点の攻略によって勝敗が決したことでその縄張りが侵攻側の領土となった場合、精霊の籠絡に成功したか、あるいは拠点を攻略したかでその後の処理が幾分変わってくる。
精霊の籠絡に成功した場合は比較的戦後処理は簡単であり、歌姫や従軍精霊使いを介して改めて土地の精霊としての契りを結べば良い
しかし、精霊の籠絡ができず、拠点を攻略した場合は多少物事は複雑となる
まず、拠点の防衛責任者か土地の有力者は生きて確保しなければならない
戦闘終了後、捕虜とした拠点責任者や有力者に様々な条件を出して精霊を納得させる必要がある
この段階で失敗し、そのまま攻略した拠点を追われて敗走するということも決して少なくない。
○精霊の攻略手段
異世界の戦争にとって勝敗を決する重要な要素はいかにその土地の精霊を攻略するかである。
この攻略集団は様々であるが一般的には、籠絡 相殺 封殺 の三つになると言える。
籠絡とは精霊を様々な手段で寝返らせることであり、最も難易度の高い攻略方法であるとされるが戦後処理も含めて最も成功すれば恩恵の大きいものと言える。
二番目の相殺は侵攻に対して敵対する精霊と対となる精霊をぶつけてその力を削ぐという力押しな攻略方法と言える。
最後の封殺は精霊の根拠地に打撃を加えてその力を削ぎ、戦争に介入できないようにしてしまうというもの。
川の水源を堰き止めたり風の流れを変えたりと大規模な事前工作を必要とし、精霊を対象とした兵糧攻めのようなものである。
○戦術兵器としての精霊使い
異世界において精霊に働きかけて魔法を行使するということはごくありふれたものである。
しかし、一個人が精霊と深い結びつきを持ってパートナーとなるということはそう多いことではない。
さらには従軍精霊使いともなれば希少な戦力であり、その運用如何では戦局を大きく左右するとされている。
一般的に戦場での精霊使いは精霊使い一人で平均的な兵士百人分に相当するとされ、そのことから従軍精霊使いは百人隊長もしくは軍団長の待遇で召抱えられることが一般的である。
○戦局を決定付ける歌姫と戦場楽団
従軍精霊使いが戦術兵器とするなら歌姫とそれに付随する戦場楽団は戦略兵器と言えるだろう。
片方の勢力にだけしか歌姫が存在しない場合、その戦いはすでに八割がた決着がついていると言えるかもしれない。
歌姫の役割は精霊の籠絡であり、楽団との相乗効果によって精霊の気持ちを揺さぶり靡かせることが主な仕事となる。
○戦場楽団と戦場舞台
異世界の戦争がまだ各地で頻発し、時には大国間の間での武力衝突さえ起きていた時代、各国は戦争をいかに自軍有利に進めるかということに苦心し、大国であればあるほど優れた歌姫を求めた。
そこで出現したのが戦場楽団と呼ばれる傭兵集団だ。
彼らは戦場での舞台構築から戦場となる地域の精霊の勢力調査までを一貫して行う集団であり、戦場楽団の中でも最大規模であった戦場楽団「永劫楽土」は千人にも達する大所帯であったと記録されている。
しかし、多岐にわたる職業の者たちを抱えた大規模な戦場楽団は全体からすれば極一部であり、多くの場合は分業化された集団が集められてある期間の間だけ戦場で働くということも多かった。
素質のある歌姫の卵を各地で見つけて育成して売り込みを行う歌貸しと呼ばれる集団
小中規模の戦争ではそれ単独でも戦局を大きく左右させることもあった楽士集団
歌姫やその歌や踊りを盛りたてる楽団がその歌と演奏を最大限に発揮する舞台を構築する大工集団
そして、戦局を大きく左右するこうした戦場楽団を的勢力の攻撃から身を呈して防御する護衛集団
これらが戦場の規模や依頼者の資金繰りによって集められて戦場で歌や踊り、時には芝居を精霊相手に披露して彼らの気を引き戦いの行方を左右したのである。
○歌貸しの発祥
古来、歌姫とはその土地の民の中から選ばれることは当たり前であった。
事実、今でも土地の精霊に愛されたその土地の民の者が歌姫となることがもっともふさわしいとはされている。
古来、まだ異世界に大国と呼ばれるものが無く小規模な国家や集落単位での争いだけの時代はそうした地域の歌姫が戦場に立って精霊に語りかけていた時代が長く続いた。
しかし、時代が下り国家が巨大になっていくにつれて武力衝突は時と場所を選ばないようになり、古来からの習いだけでは立ち行かなくなっていった。
また、異世界において地域の権力者や王というものは多くの場合その土地の精霊に気に入られた者やその一族がなることが多く、歌姫もそうした一族から生まれることが多かった。
しかし、戦場に立つ歌姫は当然のように戦死するリスクも高く、時代が下っていくにつれて権力者の中には自分の子供を失うことを恐れてそれを拒む風習も生まれてくることとなった。
こうした戦場の広範囲化ならびに歌姫そのものの不足を補うように現れたのが歌貸しと呼ばれる後の戦場楽団の中核を成す者達である。
彼らは元々は戦場奴隷を扱う奴隷商人だったと言われているが定かなことはわかっていない。
しかし、彼らはある時から歌や踊りに優れた者を教育し歌姫に仕立てて権力者に売り込むという商売をはじめた。
権力者は最初は半信半疑であったものの戦況を左右する歌姫の不足は事実であり、次第に彼らの売り込む歌姫を戦場に立たせるようになったという。
当然最初は失敗や試行錯誤の連続であり、それによって多くの歌貸しの歌姫が犠牲になった。
しかし、年月と共にそのノウハウは確実に蓄積され、やがては戦争の歴史に名を残す偉大な歌姫が何人も誕生するまでになっていく。
そして、戦争の歴史とはすなわち歌姫達の歴史と呼ばれる時代が到来するのである。
○歌姫達の戦争
歴史に名を残す歌姫とは、即ち歴史に刻まれる大規模戦争を勝利に導いた歌姫のことである。
戦場において名だたる大精霊を魅了し、時には神すらその歌と踊りで惑わしたと言われる彼ら彼女たち
現在、異世界の主だった大国の歴史を紐解けば少なくないそうした戦場の麗しき英雄の名が散見されることだろう。
そして、今回はそうした名だたる歌姫の中から特に興味深い者を数名紹介したいと思う。
狂いし歌姫クルク・カカン
興亡の歌姫とも呼ばれる
オルニト大帝国繁栄期最後の歌姫。
雛鳥と呼ばれるオルニトの主神
ハピカトルの影響を生まれががらに受けた白痴の子でありながら、その類まれな歌声を見込まれ歌姫となった異色の歌姫である。
それまで東方大陸で栄華を誇ったオルニト大帝国衰退の引き金となった
マセ・バズーク侵攻、これに同行し、オルニト大帝国期最大の空中劇場「完全にして偉大なる神の黄金祭壇」と150にも及ぶ大小の空中劇場をもってマセ・バズークを制圧しようとするも侵攻は失敗、マセ・バズークの逆襲を受けて大壊滅したオルニト空中軍団の残存戦力を本国に帰還させるため、迫るマセ・バズークの「黒蝗」と呼ばれる戦闘個体群の前に立ちふさがり、最後は自爆をもって多くの戦闘個体を道ずれにしてオルニトの兵を救ったとオルニト大図書館の歴史書に記録されている。
美傾姫ユエン
大延国史上最も多くの戦いに勝利をもたらし、また最も金のかかったとされる伝説的な歌姫。
天声神舞などとも呼ばれ彼女の祀られた霊廟は今でも歌と踊りにご利益があるとされ、多くの参拝者がやってくることで有名である。
大延中興期に活躍し、幾度もの南伐戦役に常勝した軍神カンホウの横には必ず彼女が居たとされる。
金羅の分け身であったなどと言われるほど野放図な性格で、カンホウ以外の言葉には一切聞く耳を持たず放蕩三昧、南伐の度に当時の大延国の国庫は彼女一人のために何度も底を尽きかけ国が傾きそうになったなどという話は有名。
塞王再建の役にて押し寄せた南蛮の大軍勢相手にカンホウと共に立ち塞がり、熾烈な戦いの末にカンホウ共々その命を散らして塞王を無事再建させた。
その人生そのものが後の時代に延劇の題材となり、カンホウとの熱く激しい恋物語として人気の高い演目となっている。
黒の舞姫シャシャ 白の舞姫エリナリーゼ
同時代の
イストモスで伝説的な東西の歌姫
まだ東西が対立していた時代、東西の大規模な衝突には必ず彼女たちが戦場でお互いの歌や踊りを競い勝敗を左右していた。
生涯通算150回にも渡って戦場で争ったがその勝敗は両者50敗50引き分け50勝だったという。
邪悪なる月の女神に王妃の魂を奪われた
ラ・ムール王に助力するために遣わされた救星主アルトスの物語では、彼女たち二人がアルトスの仲間としてラ・ムールへと渡りラ・ムール王を助け、月神に囚われた王妃を助け出したとされている。
駆け足となったが異世界の戦争について軽く触れてみた。
基本的な戦術や戦略は紹介したとおりだが、これに各国独自の軍事ドクトリンなどが加わるためさらに奥深く複雑なものとなる。
今度は各国独自の軍事ドクトリンを加味したものを個別に紹介できればと思う。
- 実際にあるものを考察した彼の如く異世界の戦争論。 相手を滅ぼすんじゃなくて勝敗を分からせる意味合いが強い気がした -- (名無しさん) 2013-10-09 22:34:07
- 歌姫列伝が燃える!他国の歌姫はどうなのかな -- (名無しさん) 2013-10-10 22:50:58
- 源氏平氏あたりの形式に則っての戦を彷彿させるな -- (とっしー) 2013-10-12 19:33:45
- 役割と動きがはっきりしてて思い浮かべやすいな -- (名無しさん) 2013-10-27 13:54:10
- ロマンと様式美があるねー。月からの救出はかっこいい -- (名無しさん) 2014-04-17 23:18:24
- 時代時代で戦争における最善手が確立されると開戦から一つの儀式や手順のようなものをなぞるようになるのかも。歌は異なる存在との対話の手段ではと思える伝承もいいですね -- (名無しさん) 2017-07-23 19:09:14
最終更新:2013年10月09日 22:31